第一話 破壊者の模造品
正義の反対は悪ではなく、正義。邪は存在せず、邪とされるものが存在する。
100人全てが正しいと思う考えなどはなく、対立はどのようにしても起こる。
それを止めるには一体どうすればいいのか、答えはまだ見つからない。
「…て…めて…目覚めて。」
寝起きのぼんやりとした視界と意識がどんどん鮮明になっていく。青年は硬い手術台のようなものに仰向けに寝ていた。聞こえてきた声の主が視界に入る。目の前で肩を揺さぶり、話しかけているその女性は今まで見たどんな人より綺麗な顔をしていた。表情一つ変わらないその顔は精工に作られた人形のようで、思わず見惚れてしまう。
だが彼は気づく。彼が今まで会った人や物を思い出そうとしても脳は何も反応を示さない。彼の頭の中には「過去」がなかった。
「貴方に残された選択肢は2つ。ここで兵器となるか。私と逃げるか。」
青年は混乱する。真っ白な記憶のキャンパスにいきなり兵器、逃亡というキーワードを並べても、ただの現代美術でしかない。オドオドした表情を気にもせず、目覚めたのを確認した女は彼をベッドから強引に立たせる。数歩歩こうとした手足はまるで初めて動かすかのように重い。
(聞きたいことが山ほどあり過ぎて...何を聞けばいいか分からない...一先ず...)
「君は...誰なんだ?」
「私の名前は、あるとするならばベータ。あなたの味方。」
ベータと名乗った美女は眉一つ微動だにしない。淡々とした口調に青年はさらに困惑する。次は何を聞こうか思考を巡らせていると、廊下からザッザッと規律の取れた足音が聞こえてくる。
「追手の到着は想定より30秒ほど早いわね。...伏せて。」
いきなり頭を押さえつけられ尋常じゃないパワーで床にうつ伏せになる次の瞬間、一斉に銃声が鳴り、扉は穴だらけ、部屋はハチの巣になった。命を狙われ、一般人なら驚き叫ぶはずの状況でも青年は少しの恐怖で済んでいた。彼自身も自分の異常さに気持ち悪さを覚える。取り巻く状況は混沌とするばかりだ。
「突破する。黙ってついてきて。」
銃声が止み、縦一列に並んで襲撃者が部屋の中に入ってくる。その瞬間を狙ってベータが動き出す。壊れかけのベッドを踏み台にしなやかな肉体が高く跳んだ。先頭の頭上へ華麗なかかと落としが炸裂する。バチバチっとスパークをあげ、襲撃者の一人が倒れた。残り三人の黒い戦闘用アンドロイドは優先排除対象とみなして、階段状にしゃがみ、マシンガンの銃口を一人に集中させた。
その視線の誘導が隙となる。後ろに隠れていた青年はベータを飛び越え、一番前のドロイドの頭部を蹴り飛ばし粉砕する。それを踏み台にして繰り出される飛び膝蹴りは二番目のドロイドの頭部をまたもや粉砕。状況判断をさせる暇も与えず、三番目の頭部をこぶしで粉砕。四機の襲撃者は一瞬で地面に倒れた。数秒のクールダウンの後、青年は我に返る。
「...ハッ!僕は一体何を...?」
「バトルマギア*1三体を瞬殺とは流石ね。戦闘技術の身体記憶はしっかりしてるみたい。」
身体についた鉄くずをパッパッと払う。聞きたいこと、知りたいことはまだ山ほどあった。次なる一手として青年は口を開く。
「なあ。僕は一体何なんだ?この力、とても人のものとは...」
『ケミーライズ...ゴルドダッシュ!』
ベータの左手に構えた手持ちサイズのガトリング*2のようなものが光を放った。すると、黒色のバイク、レプリゴルドダッシュ*3が現れる。
「こ、これは?」
「魔法かなんかと思ってくれればいいわ。説明は移動中にする。乗って。」
どうにも命令されるがままで、怪しさを感じてしまう。が、そんな思いは項垂れた顔を起こした瞬間に消えた。彼女は相変わらず一つの感情も見せていない。しかし、その黒く奥底の見えない深淵のような瞳の中には確固たる信念が見えた。人を信用した経験のない青年は自分の直感を信じ、彼女の後ろに乗り込んだ。
黒いバイクは警報が鳴り響き、赤いサイレンが鳴る深夜の研究施設を最高速度で突き進んでいく。雑兵などはバイクや手持ちの武器で蹴散らした。
「今いる場所はハンドレッドという組織の研究施設。あなたと私はそこで作られた人造人間。」
淡々というには余りにも衝撃的な内容ではあったが、青年は不思議と納得してしまう。そういう風に作られたのだと身体が言っている気がして、複雑な気持ちだった。
「そのハンドレッドってのはどういう組織?」
「端的に言えば、全ての平行世界の支配を目論む組織。ライダーと呼ばれる者たちやその敵になる者たちの技術を複製し、兵器として利用し、抵抗されるようなら殺し尽くして滅ぼす。そんな組織のこと。」
「それは...ただのテロリズムじゃないか?いくら目的があったとしても、支配して虐殺するのは過剰だ。」
「客観的に見ればそうね。でも、組織によって作られ、育ち、働いていた私達にとってはハンドレッドこそが正義だった。支配と侵略こそが平和への近道…抵抗する世界の人々が不思議でしょうがなかった。」
彼女の口調は依然淡々としていたものの、声色は語るたびに微弱ながら寂しさを含んでいるように聞こえた。それが直感なのか、はたまた自分に供えられた機能なのかは知る由もなかった。
「世界を統一し、あらゆる技術を手に入れる。それに仇なす者は全て排除すべき敵。あなたもあのまま手術台にいればそれだけを信じるように改造されていた。」
「ぞっとするようなことを声色変えずに言うね...」
「それが私。生まれた時からそう。何かが抜け落ちてる。」
「君も世界を滅ぼしたの?」
その瞬間、ヘルメットの向こうに見えるベータの表情が変わった。バイザーに遮られても分かるほどに、今までのポーカーフェイスとは打って変わって、目を細め、口を噛みしめていた。何か言おうにも言えない様子の、とても苦しそうな顔が青年の心を深く突き刺した。あれ程までに保たれていた彼女の表情を自分がたった一つの言葉で瓦解させてしまったのが、あまりにも衝撃的で幾ら状況を理解できてないとは。
空気が凍るというのはこういう事なのだと生まれて初めて分かる。ベータの顔を見続けることもできず、青年は地上の照明のせいで星一つ見えない空を見つめた。
数秒ほどバイクの走行音とサイレンだけが耳に入る時間が過ぎると、管理棟と思わしき箱型の建物の前に停車する。ベータがロックを解除し、扉が開く。その向こうには天井スレスレまでに巨大な円状装置が佇んでいた。輪の向こうは灰色に歪んでいるせいで様子は分からない。
「あの中に入れば別の世界に行ける。その先に協力者が待ってる。」
「...ねえ。僕ら、追われているにしてはここまでスムーズ過ぎやしないかい?君が盗むくらいだ。僕は貴重な実験体なんだろう?全力で捕まえようともしないのは不自然だ...」
「ええ。最初から私の狙いを奴らは分かっている。待ち伏せされるのは簡単に予想できてた。だから...」
『ドレッドライバー』
懐から取り出した機械を丹田に押し付けると、ベータの細い腰にベルトが巻きつく。見計らったように先ほどのバトルマギアに加えて、金色の近衛兵──名をカッシーン──*4が装置の影と背後の方から現れる。銃口はこちらに向けられ、近衛兵はジリジリと近づき今にもこちらに襲い掛かってきそうだ。
「まとめてここで排除する。」
『スチームライナー...』
力強くカードをベルトのスキャナーにスライドし、中央のクリスタル部分に挿入する。胸元で右手を強く握りしめ、小さく屈んで力を溜める。敵はどんどんとその数を増やし、いつの間にか逃げ場がないほどに埋め尽くされていた。だが、ベータは気にもしない。目の前の敵を倒し、青年を外へと送り届け、自らの後悔を晴らす。任務遂行のため、今誓いの言葉が解き放たれる。
「変身...!」
ベルトのハンドルを開く。赤い炎が、黒い肋骨がベータを包み込み、戦士へと変える。
『ドレッド...零式...』
黒い外骨格をまとい、白いマフラーをたなびかせるその姿の名は仮面ライダードレッド*5。喧騒極まる暗い真夜中に、その黄色い瞳が強く猛々しく輝いた。
「実験体を捕らえろ!」「裏切り者は殺してもいい!」
口々に近衛兵達がバトルマギアに命令し、銃弾が一斉に放たれる。青年は金属の板を構え、防御しようとしたがその必要はなかった。
『アントルーパー、ゲキオコプター、マッドウィール...ドレイン...』
計三枚のカードをスキャンして、レバーを開く。
『ブラッドレイン...!』
すると、ドレッドは二人に増え、巨大なとげ付きのタイヤが空中に形成されると、ツインシュートの形で外にいる敵兵達にけりこむ。鋭い刃の高速回転により、敵は爆散。銃弾はもちろん耐久力の低いバトルマギアは消し飛び、近衛兵達もかなりのダメージを受ける。続けざまにゲート周りに立つ兵に対して、八本のミサイルが放たれる。またもや爆散。ドレッドは一人に戻り、青年の背後を守るように構えた。
それでも襲ってきたカッシーンの槍が二人に振り降ろされる。奪っておいたマシンガンで青年は何とか防御する。
「くっ...!」
「あとは私に任せて。君はゲートの方へ!」
ドレッドは向かってくるカッシーン達をその拳一つで打ちのめしていく。負けじと青年も槍を押し返し、よろけた隙をついて軽いジャンプから後ろ突き蹴りをクリーンヒットさせる。先ほどのドレッドの攻撃によるダメージが大きい部分にマシンガンを打ち込むと、スパークと共に機械人は爆発爆風を目くらましに、ゲートへと繋がる階段を登っていく。もう脱出は目の前だ。
──そのはずだった。──
「ダァメだろ、実験体。何も知らないくせに、そんな女の言葉にホイホイ釣られちゃったら。」
『DRIVE! type NEXT!』
どこからか聞こえた音楽とともに黒と青を基調としたサイバネティックな戦士が目の前に突然現れた。青年は抵抗する間もなく、殴り飛ばされ階段を転げ落ちていく。初めて感じる強い痛み。頭から血を流しながらも青年は目の前の敵をにらみつける。
「シグマ!?何故あなたがここに!?作戦行動中のはず!」
「んなもんフェイクに決まってんだろ。元より疑われてたんだよ。」
仮面に隠されていてもベータが動揺しているのは火を見るより明らかであった。今まで忠誠を誓っていた物にこうも簡単に死の刃を向けられる。いくら決心がついた状態であったとしても、その事実が堅物なベータの精神を大いに削った。
「有難く思え裏切り者ども。お前らは上層部から優先排除対象に選ばれた。この執行人シグマが跡形もなく消し去ってやる。」
シグマと呼ばれた男、仮面ライダーダークドライブ タイプネクスト*6は言葉の後、全方位に波動を放つ。それは重加速と呼ばれる、あらゆる物体の動きが低速化し、人間は意識を保ったまま体だけがゆっくりとしか動かなくなる現象を引き起こす動作。対応する装置がない限り、加速しなければ動くのもままならない。
対抗策を知るベータは高速移動を可能とする一枚のカードを取り出し、スライドする。
『スケボーズ...ドレイン...!』
一方、青年は何も知らず、何もできない。しかし、不思議と彼の身体は通常通り動き、周りの状況が異常であることに気づいた。
「チッ...!流石はハンドレッドの幹部...重加速対策は心得てるってわけか。だが!」
青いプラズマを残して、ダークドライブが加速する。加速してなんとかこの重加速空間を乗り切っているドレッドに対抗する術はない。
「どちらにせよ俺が優位なことに変わりはない!潰させてもらうぞ!」
青と黄色のプラズマによって形成されるは銃剣、ブレイドガンナー*7。高速で切り付けられる水色の連撃。ドレッドは可能な限りの防御をする。しかし、徐々に装甲は削れ、姿勢は崩れる。防御もカウンターもすることができないほどにドレッドは疲弊していった。
『NEXT!』
ベルトから必殺技の承認音声が出る。刃がさらに青く輝き、プラズマと共にエネルギーの斬撃が放たれる。
「はあっ!」
「くっ...きゃああああっ!」
斬撃は苦し紛れの防御を突破し、もろに食らったベータの変身が解除される。ダークドライブは仰向けに倒れ苦しむベータの腹を踏みつける。悲痛な叫びが部屋にこだまする。
「何故あんなにも信心深かったお前が裏切った?それだけ聞いてから消す。」
首元に刃を当て、拷問を行うシグマ。だが瞳の奥に燃える静かな炎はまだ消えない。かすれた声でベータは質問の答えを返す。
「私があの子を...泣かせたから...」
「はあ?」
「私を助けてくれたあの子の世界を...私は滅ぼした...あんなこともう二...があっ!」
踏みつける力が強くなる。口から血を吐くほどに、身体へのダメージは大きい。
「組織に逆らう虫けらに情が移ったか。予想以上にくだらない理由で落胆したよ。それじゃあ...」
刃がベータの頸動脈を引き裂こうとしたその時────
「うおおおおおおっっっっ!!!!!」
投げられた三又の槍がダークドライブの頭部にクリーンヒットする。装甲が厚くとも、変身者は人間。攻撃の衝撃でのよろけは重加速を解き、青年がベータを助けるのに十分な時間を稼いだ。倒れていた生身の実験体を脅威とみなさなかったシグマは密かに攻撃の隙を窺っていた青年に気付かなかった。
「なっ!?重加速下で動けるだと!?」
『ケミーライズ...ワープテラ!』
床に大きな穴が空き、二人をどこかへと連れ去る。そこに残ったのはたった一人であり、破壊しつくされた機械兵の残骸がそこら中に散らばっていた。
「くそっ...!なぜ何も知らないあの実験体が瞬間移動ができるカードを的確に選べた!」
ザッザッと機械兵達が向こうを過ぎ去る音がした。どうやら研究所は実験体脱出のごたごたに便乗して何者かに襲われていたらしく、崩れ去った研究所跡が乱立していた。その一つの崩れかけの研究施設を隠れ蓑にして、青年はベータの傷の手当てをしていた。
「吹き飛ばされた時にあいつのミニカーを一つ奪っておいたんだ。なんで取ったかは自分でも分からないんだけどね。」
「...なぜ私を助けたの?やつに気付かれないうちに脱出すればよかったのに...」
「そんなこと具体的に命令されたとしてもやらなかったよ。何故かって言われてもな...無意識に『助けなきゃ!』って思ったら身体が動いたとしか言えないかな。」
青年は淡々と答え、ベータの手当てを続ける。他人から見た自分の恐ろしさというのは、今の彼のような冷静さをいうのだろうとベータは感じた。
「...聞いてもいいかな?あの...シグマってやつに言った『裏切った理由』について。辛い記憶なら無理に話さなくてもいいんだけど...」
疲れ切ったベータでは話さない理由を見つけることができず、弱っていた心はその心情を見ず知らずの青年に垂れ流し始める。
「...いつもの通りに。命令されて、ある世界の対抗勢力の排除を行った。でも、その世界の仮面ライダーに負けて海に落とされて...気付いたら私は小さなみすぼらしい家屋の中に寝かされていた。」
ぽつぽつと呟くように語り出す。一度見たあの表情よりも弱々しい顔と声は青年の心を強く締め付ける。
「漂着していた私を一人の少年が助けてくれた。深く傷ついた身体を彼と村の人々が懸命に治そうとしてくれたの。最初こそ彼らを利用するつもりだった。だけど...」
代わり映えしなかったベータの瞳が潤み、耐え切れず涙が流れ出した。それと共に抑えつけていた感情が血まみれの口から溢れ出してくる。
「栄養価も高くない、旨味も少ないはずの...みんなが作ってくれる料理はとても美味しくて...優しくて...でも私は組織の考えに従ってみんなを...みんなを...!」
脳裏にフラッシュバックする惨劇の瞬間。立ち尽くし、何もできなかった。人々の悲鳴が耳を支配し、さっきまで命だったものが辺りに広がる。嗚咽も涙も止まらないベータを青年は抱きしめる。溢れ出す涙と鼻水が左肩を湿らせた。
「ごめんなさい。辛い記憶を引き起こさせて。そしてありがとう。僕にそれを話してくれて。」
泣きじゃくるベータは一通り泣いた後、泣き腫らした目をいつもの氷のような目に戻して再び語り出した。
「最期に話すわ...あなたは組織が秘密裏に作り出した最終兵器の実験体。その秘密兵器の正体を知るものは組織でもごく一部しかいない。私とその協力者もその正体までは掴めなかったけど、『世界を破壊する力』だとまでは突き止めた。」
「世界を...破壊する?」
「そんな力をハンドレッドが手にするのを阻止するために私達はあなたをさらった。ねえお願い。あと少しでワープテラの瞬間移動ができるようになる。今ならまだ私が全力で、この命を燃やしておとりになれば、あなたはゲートまで行けるはず。あなただけが...!」
紡ぎ出そうとした言葉は血の混じった咳によって途切れる。青年の目にはどうしても彼女が戦える様子には見えなかった。
「ようやく見つけたぜ。瀕死の裏切り者さんよ。」
声を耳に入れた瞬間、青年は建物から飛び出す。斬撃により完全に崩れ去る施設。振り返ると、二振りのブレイドガンナーを構えるダークドライブが施設の向こうに佇んでいた。
「もう諦めろ。組織に刃向かった時点でその計画には穴ができてたんだ。埋めることのできない大穴が。」
ベータは軋む身体を奮い立たせてドライバーを取り出し、立ち上がろうとする。しかし、その手首は青年によって掴まれ、代わりにすっくと彼が立ち上がった。
「なんで逃げないの!?いくら強く作られたその身体でも彼には勝てない!」
「なぜ何も知らないお前が反抗する...我々が世界を、技術を一つに統一する!その先にもたらされる恩恵を何故理解できない!?」
「分からないよ...今だって分からないことだらけさ...でも!」
青年の丹田から光が放たれる。本来その力はコピーできず、彼に埋め込まれたそれは起動しないはずだった。
「惨劇の先にどれほどの平和と秩序が待っていたとしても!目の前で流れる涙を...僕は止めたい!笑顔を守りたい!この身体が!仮面ライダーの魂が!そう叫ぶんだ!」
光は収束し、一つのドライバーを形作る。掴み取り、力強く丹田へと押し付け装着する。埋め込まれたそのドライバーが青年の勇気を、決意を感じ取り、力を貸した。そうとしかベータには思えなかった。
「そのドライバーは...!?お前!一体何者だ!」
シグマの威圧的な声をものともせず、ベルトの中央部を回転させ、悠然と横のバインダーからカードを取り出す。運命的に自然と取り出したそのカード。掴んだ瞬間にこのライダーのモデルとそれのキメ文句が青年の脳内に流れてくる。
「通りすがりの仮面ライダー...その偽物さ!覚えておけ!」
『KAMENRIDE DECADE!』
あのゲートと同じ灰色の影がいくつも現れ、それが青年の元で重なり合い、一つの姿を映し出す。灰色のボディカラーに黄色のラインと青い瞳。誕生する仮面ライダーの名は仮面ライダーダークディケイド。世界の破壊者と吹聴されながらも、幾つもの世界を旅し、様々な仮面ライダーと共に世界を救った、仮面ライダーディケイド*8。その模造品である。
「ディケイド...」
「ハッ...所詮模造品だ。未来の力であるダークドライブには勝てないさ!」
再び重加速が引き起こされる。並のライダーであれば、完封できたであろう。しかし、目の前に立つのは百の仮面ライダーをなぎ倒してきた破壊者の模造品。対抗策などいくらでもあった。
『ATACKRIDE CLOCK UP』
仮面ライダーカブトの使う超高速化機能、クロックアップ*9が再現される。二人の戦いの舞台は同じ高さに揃えられた。ダークドライブはそれを見越して尚、二本の刃を近づき振り下ろす。
バインダー兼武器であるライドブッカー*10をソードモードへと変化し、攻撃は受け止められた。が、これでいい。シグマのある予想は確信へと変わった。
「お前...カメンライドできないんだろ?完全にコピーできてないか...お前がその力を扱いきれてないのかどっちかは知らんがな!」
シグマの予想は当たっていた。自身を他のライダーに変身させるカメンライドのカードは全て力を失っており、青年の手元に残っていたのは固有能力のみを使えるアタックライドのカードだけだった。二刀流の高速連撃がダークディケイドを襲う。
「...ああそうさ。だけど!」
『ATTACKRIDE MACH』
仮面ライダーブレイドの使う特殊能力により、さらに加速する。戦いは再び同じ土俵へと移された。連撃を一本のライドブッカーで受け止め続ける。
「仮面ライダーを道具としてしか使わないお前には!これで十分だ!」
なだれ込む連撃にも必ず隙はある。ましてや二本の剣による攻撃、重心が崩れるその一瞬でライドブッカーの刃がダークドライブを捉えた。火花が散り、強固なその装甲にダメージが入ったのが目に見えて分かる。すかさず次のカードをベルトに差し込む。
『ATTACKRIDE SLASH』
灰色に発光・分身した刀身が贋作を切り裂く。回避困難なその攻撃をダークドライブは完全に受けてしまう。捉えた好機を逃しはしない。下、上、横と斬撃が何回も浴びせられ、遂に膝をつかせた。
「これで終わらせる!」
『FINAL ATTACKRIDE DE DE DECADE』
二人の間にエネルギー状のカードが並ぶ。飛び上がったダークディケイドに追従するように光のカードは階段状に並び直す。カードを通り抜けながら繰り出されるジャンプキック、その名もディメンションキック!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ぐあああああああああ!!!!!」
回避不可の必殺の一撃。蹴り抜けた後、ダークドライブは爆散。満身創痍のシグマだけがそこには残っていた。青年は変身を解除し、彼の元へと近づく。
「支配と統一による悪意の根絶を...平和と秩序を...」
這いずりながら呻くように呟く。見下ろしていた青年にシグマが気付き、仰ぎ見る。
「僕は誰も悲しませたくない。皆に笑顔でいて欲しい。それは君もだ。」
「...何故だ。何故自分を殺そうとした奴にそんな言葉が投げかけられる!」
「憎しみや怒りをそのまま打ち返しても、結局戦いは終わらないよ。だから僕は君を許す。本当の仮面ライダーってのはそういうものだと思うから。」
「...何も知らない夢見がちな馬鹿が...後悔する...ぞ...」
そう言うと気絶して彼は倒れた。戦いを静観することしかできなかったベータはゆっくりと青年の元へと歩こうとする。
「無理に身体を動かさないで!ケガも全然治ってないのに...」
歩き出そうとする前にベータの元へと走り、身体を支えようとした。そんな彼の身体を彼女は思わず、正面から抱きしめた。落ち着いて改めて感じる女性の体の感触に、不思議と心臓がドキリとして右肩のベータの顔をゆっくりと覗き見た。彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ、ボロボロの患者服を濡らしていた。しかし、それは先ほど見たのと同じ悲しみではない。これまで人生で一度も、安らぎのあの時も見せることのなかった満面の笑顔と共に、流す涙であった。
「ありがとう...助けてくれて...本当に...ありがとう...」
生まれて初めて彼女は生きていることの喜びを味わっていた。泣きじゃくりながらも精一杯の感謝を伝えた。感情をここまで爆発させるのも初めてだった。
片や青年は生まれて人の笑顔を見た。言い表せないぐらいのとびっきりの笑顔。とても美しくて、可愛くて、自らも笑顔になる。こんな気持ちは初めてだった。
「そりゃこんな笑顔を見せられたら...守るしかないよな...仮面ライダーは。」
「幹部がやられて、全兵士がゲートに集められている。もうすぐ別の幹部も招集を受けて来る頃だろう。」
「まだ体力はあるし、今のうちに強硬突破は...ベータさんのケガもあるし、難しいか...」
ベータの涙が落ち着いたのち、現状の確認をする。偵察ドローンをハッキングして見える映像には先ほど戦った数百倍の戦闘員が映っていた。
「さんはつけなくていい。それにいざとなった時、私のことは...」
言葉を挟むように幕のような空間の歪みが目の前に発生した。その色はゲートと全く同じ灰色で、揺らめきながら佇んでいた。
「オーロラカーテン*11!?まさかディケイドの力がここまで再現されてるというの...?」
「そのオーロラカーテンってのは...何?」
「端的に言えば、あのゲートと同じ。ここを通れば別の世界に行ける。」
言わずもがなこのカーテンを通ることが最も安全な逃走方法であることは明白だった。しかし、この先何が待ち受けているかも分からない世界、追われ続けるであろうこれからの未来を思うとベータの脚が一瞬すくむ。
「なら行こうベータ!協力者さんも世界を越えられるんだろう?ならいつか会えるさ!それに...」
曇りなき笑顔で青年は手を差し出してくる。何も記憶がなく、経験もないからこそ来る明るさなのだろうが、それが今のベータにとっては眩しくて心強い希望であった。
「...ツカサ。」
「?今誰の名前を言ったの?」
「あなたのことよ。本物のディケイドの変身者から取ったの。性格は全く似てないけどね。いつまでも実験体やあなたじゃ味気ないと思ったから。」
「そうか...僕の名前か。ありがとう、ベータ。」
「別に礼を言われるほどのことじゃないわよ...でも...どういたしまして。...さあ。行きましょうか。」
二人はオーロラカーテンへと歩いてゆく。その先にどんな世界が待ち受けているのか。ハンドレッドを倒した先に平和はあるのか。彼らの旅の終着点はどこにあるのか。まだ誰も知らない。しかし、目の前の涙を拭いとるため、笑顔を守るため二人の仮面ライダーは戦い続けるだろう。偽物だらけの彼らでも、それだけは確かな真実だった。
拙作ですが完読いただきありがとうございました。思想の対立なんてのは「近くの人の笑顔を守りたい」「悪意に対して悪意で返さない」ことができれば起こらないのではないかという考えを煮詰めて、この一話が出来上がりました。終わりの見えない、答えのない問いに初めて自分の考えをこうはっきりと言い表せた気がします。もし気に入って頂けましたら、高評価とご感想のほどよろしくお願いします。
さて次の世界のキーワードは「風」「骸骨」「襲撃」です。お楽しみに。
参考文献
1.バトルマギア
2.ケミーライザー (黒鋼スパナVer.)
3.ゴルドダッシュ
4.カッシーン
5.仮面ライダードレッド零式
6.仮面ライダーダークドライブ
7.ブレイドガンナー
8.仮面ライダーディケイド
9.クロックアップ
10.ライドブッカー
11.オーロラカーテンで検索