仮面ライダーダークディケイド:フェイク   作:五妻翔兎

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お久しぶりです。時の流れは速く、もう年末になってしまいました。スーパーヒーロータイムもお休みのこの時期に、片時の埋め合わせになれば幸いです。ではお楽しみください。


ゼロワンの世界編
第十話 AIと食欲とボクの夢


それは茨のように苛烈で、猛獣のように獰猛で、椿のように麗しかった。刺さったトルティーヤが特徴的なホットドッグを手に取る所作も、動く指先の一つ一つが美しい。次の瞬間、あんぐりと開けた口にそれが飲み込まれていく。まるで食道と口内全面にも歯があるかの如く、バキバキと音を立てて一口で。

 

「んーっ!やっぱ風都は美味しいもんが多かったなあ。オムライス、ラーメン、珈琲に饅頭、ガイアメモリ!ダークディケイドにも感謝やな。」

 

ゴクンと大きく喉が鳴る。彼女はそれでも淑女の風格を保ち、取り出したハンカチで口を丁寧に拭く。既に大量の料理を食べたにも関わらず、身に纏う黒い着物には艶やかな光沢を保っている。ガタンゴトンと部屋が揺れ、彼女の椿色のショートヘアが揺れた。

 

「シータは連れてこなくても大丈夫だったのですか。」

 

「シータちゃんはあの実しか食えへん。折角の食事や。味の分かるニューちゃんと食べたい思うてな。」

 

二人を隔てるテーブルには、所狭しと料理群が敷き詰められていた。匂いが鼻腔をくすぐる。しかし、対峙する彼女の静かな微笑みに圧倒され、食欲は全く湧かなかった。しばらく食事の時間─ニューが手を付けたのは、紅茶のみだった─が続いたのち、恍惚とした表情で彼女は語った。

 

「なぁ、生き物ってのはどこからやと思う?」

 

突拍子もない質問に、ニューは肩透かしを食らう。世界を滅ぼせなかったというのは、ハンドレッドにとって()()を意味する。そんな状況で呑気に世間話をするのは、よほどの阿呆か上の立場の者だけだ。もっとも、質問者がどちらなのかはこめかみから伸びる黒い入墨模様が示している。

 

「失礼ですが、チトセ様。どこから、というのは?」

 

「だーかーらぁ。じゃないもんとの境界線の話やに。」

 

次はお前だと言わんばかりに、チトセと呼ばれた女性は寿司下駄上の五貫を飲み物かのごとく食べ始める。取り繕う暇もない。だが、ふと目についたものがあった。

 

「あ、ああ…」

 

「ん。なにぃ。そないにチョコクッキーが気になん?」

 

食べたいわけでもないのに。無意識に、テーブル上の缶を開ける。余りにも甘い香りが、一時の記憶を思い出させる。これほどまでに胸を締め付けるのに、温かく優しいたった数日の宝物。自らの『名前』を欲した彼らの遺したもの。

 

「誰かと共に食べることを『美味しい』と感じられるかどうか 。」

 

言葉が漏れる。目のまえの微笑みは崩れない。金色の瞳が、目の前のごちそうに食らいつかない忠犬を細い瞼の間からただじっと見つめる。硬いプラスチックの椅子で、膝上の拳を握りしめて言葉を続けた。

 

「誰かの未来のために自らの命を差し出せる。そんな『意志』の有無かと…私は、思います。」

 

人によって造られたものを生き物と呼ばないのなら、あの笑顔は。あの犠牲は。彼らの祈りは、なんだったのか。彼女はどうしてもあの少年たちを「使い捨ての兵器」や「生物ではないただの道具」などと、口にはできなかった。

 

「ぷふっ…」

 

全てを聞き終えたチトセはその細い笑みを崩し、カラカラと笑い始める。開けた口の中で二つに分かれた長く細い舌がうごめき、鋭く尖った犬歯が見える。おおよそ人のものではない鋭さ。かつて幽雅で尊敬すべき上司に見えていたものが、今では人に似た'別の何か'にさえ思える。車体が大きく揺れ、外から何か硬いものを砕いた音がした。だが、そんな大きな音も笑い声に阻まれ、彼女の耳には届かない。

 

「あ~んな正義正義と、全身がこそばいで仕方なかったニューちゃんが、えらいおもしょいことゆうなあ。わろかしてくれてありがとぉ。」

 

つやつやと輝く丸焼きされた七面鳥の両足を折り、ニューの皿へと置いた。チトセは、もう片方を大きく開いた口でかぶりつく。ボキリと鳴った大きな音が、脳裏に黒くこべりついた記憶を想起させる。命がいとも簡単に踏みにじられる音によく似ていた。

 

「あんさ、実をゆうとな。別にシグマちゃんが死んで、任務に失敗したことを叱るつもりはあらへんのよ。アレは生き物じゃないし。」

 

「シグマが――生き物ではない?」

 

骨ごと足を食べ尽したチトセは、手づかみで七面鳥を腹から食べ始める。あっという間に身はなくなり、挙句の果てには骨すら残らなかった。喉を鳴らしながら、赤ワインをボトルで飲む。まさしく()()。彼女の語る視点は人のものを超えており、その在り方も独自のものを形成していた。

 

「さっきの、正解は『喰らうこと』やに。」

 

「『喰らう』…こと。」

 

「せや。生き物は誰しも、何かを喰らわんと生きられへん。一つの目的のために何かを喰らいつくす。生存、復讐、正義、支配、そして―――夢。シグマにはそれがあらへんかった。言われるがままに動くなんて、喰らうとは言わんからなぁ。」

 

チトセは二つの皿を前へと引き寄せた。片や山盛りになった銀色のメダル、そしてもう一皿には何かの心臓。飴玉かの如く、1枚1枚メダルを口へとほうり込む。ゴクンと大きな音を立て、嚙み砕くことなく腹へと消えていく。今にもこちらを食べるんじゃないかと冷や汗が背中を垂れた。こわばる舌が声を発することを許さない。残った最後の一枚を手に取ったチトセは、テーブルに置かれた紫色のライドブック、ジャアクドラゴンへと投げ入れた。

 

「ほいでさ、まだあんたは中途半端なん。うん、50点くらいやに。力はしばらくあかへんよぉ。」

 

包帯が本を包み、繭から人型へと変化した。白い欲望の怪人の名はヤミー。おぼつかない足でチトセの隣へと歩き、騎士のようにそこへ跪く。その動きは、以前の純粋な彼女に瓜二つであった。切り捨てられる瞬間が、今か今かと近づく。恐怖の象徴は心臓を掴み取り、くちゃりくちゃりとガムのように味わっていた。

 

「チトセ様は、何故私をここに呼んだのですか。」

 

震える声がなんとか唇の間を通った。反撃および不意打ちの構えとして、立てかけられた闇黒剣を手に取る。二人が死んだあの瞬間に覚悟は決めてあった。それでも、圧倒的な怪物の様を見せつけられては心ではなく、身体が屈するというものだ。ペロリと舌なめずりをした後、きょとんとした顔でチトセは答える。

 

「言うたやろ。うちは単にニューちゃんと食べたかっただけやで?ほうら、まだ一つも口つけとらんやないかぁ。もし嫌いならうちが食ったろけ?」

 

その言葉に嘘偽りはない。そう肌身で感じられるほどに彼女は自由奔放に食事を楽しんでいた。一瞬の警戒の緩みで、お腹が甲高い音を立てて鳴った。思えばスカルの世界から帰還して以来、まともな食事を摂っていなかった。にやりと笑ったチトセが口にチキンを突っ込む。疲れた身体に溢れる脂の旨味が沁みる。極上の味であった。

 

「うちなぁ、実は次の世界楽しみなんよ。そやもんでさな、ぜひともニューちゃんとシータちゃんにはついてきて欲しいんよ。あっ、上の人らは気にすることあらへんよ。四人衆をむざむざ死なせた、喰らうことも怖がる老いぼれの集まりやで。」

 

車体がゆっくりと動きを遅らせ、金切り音と共に列車は停まった。主の意志のままに自動ドアが開く。食べ終えた七面鳥から意識を離し、怪人に向けていた視点を机へと移す。その時既に皿の上には綺麗さっぱり何もない。残るのはチョコクッキーの缶とコーラグミの小袋であった。

 

「お待ちください、チトセ様!最後に一つだけお聞かせください。」

 

ドアから飛び降りようとしたチトセが動きを止める。従者のごとく先に降り、彼女に手を差し伸べていた怪人はピタリとそのまま不動に徹する。ゆっくりとニューはドア付近へと歩み寄った。音の無いこの砂漠で彼女の問いだけがこだまする。

 

「あなたは何故、ハンドレッドの一員として戦うのですか。」

 

桜色の髪に隠れ、彼女の顔は見えない。この質問に意味はない。既にニューはハンドレッドを見限っており、離反する機会を窺っているだけだ。しかし、人の形をなしているだけの怪物がこの組織に所属していることに整合性が欲しかったのだ。

 

「―――うちなあ。生き物になりたいんよ。この世だけやない、あの世のもんも全部。全部喰らって、完全な生き物に。」

 

ひらりと桜色の羽織が揺れ、ふわりとチトセは電車から飛び降りる。砂と触れた下駄が音を鳴らしながら、足先をドアの方向に回す。目の前の'ソレ'が日常における小さな幸せを願うように笑う。それと共に語る言葉は余りにも獣じみていた。

 

「邪魔するもんも全部喰らう。今がそん時じゃないだけやに。」

 

瞬間一枚のコインが投げられた。銀色のそれが、ある顔を映し出す。荒くまとめたブロンドのハーフアップ。泣き腫らした青い瞳。いつまでも消えることのない悪夢に苛まれる隈。煤けて汚れたままの紫色の眼鏡。それが自分だとようやく認識したとき、時の狭間での記憶は途切れた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「以上がこの世界の概要よ。」

 

真っ白な壁に映し出されたプレゼン資料が消え、プロジェクターの役割を担っていたレプリテレヴィがベータの手元へと戻る。暗かった部屋に明かりが灯り、バケツやモップ、雑巾が散らばる床があらわとなった。それと同時に、淡藤色のポニーテールが特徴的なメイドの姿もベータの視界に強制的に入ることになる。

 

「はーん。飛雷インテリジェンスのアンドロイド、ヒューマギア。それが反乱起こして暴れてんのが滅亡迅雷.netってわけか。」

 

「それを守るのが、仮面ライダーゼロワン。まだこの世界では人類側の仮面ライダーは彼一人のようね。」

 

ベータがまとめた紙の資料にヒューマギアの大まかな概要が記されていた。多種多様な職業に対応する人型ロボット。近年では、シンギュラリティと呼ばれる『自我の獲得』が問題視されている。それを、バグと判断するか、新たな生物の誕生とするか社内でも派閥が分かれているらしい。

 

「……で、なんでまたメイドなの、翔子さん。ハマった?」

 

「好きで持って来たわけでもねえし、着てるわけでもねえ!」

 

事務所でかつて着たミニスカートのものではなく、此度は和風クラシックメイド。赤と白のツートンカラーで彩られた袴の上から、白いエプロンを身に着けたその姿はまさしく大正時代の女給だ。垂れる長い振袖をゴムで雑にまとめているのも、生活感が感じられ、ウォッチャマン辺りが喜ぶだろうとベータは想像した。

 

「さっき服全部濡らしちまってよぉ。残ったのがウォッチャマンから押し付けられたあれしかないんだよ…」

 

あれと指差したのは一つの紙袋。中にはこれでもかとコスプレ衣装が入っており、その一枚一枚があの撮影会を思い出させ、脳に浮かび上がる光景をぶんぶんとかき消した。扉の向こうでゴウンゴウンと格安の洗濯機が揺れる。

 

「全く。頼れる探偵さんはどこへやら、ね。ああ、替えの服取ってくれる?」

 

黒いパンプスとジャケット、白いブラウス等がふぁさりと床に落ち、中に着ていた典型的な漆黒のスパイスーツが姿を現す。そのラバー生地には左肩から襷のように走る赤い楔形の模様もあるが、その最大の特徴はベータの身体に密着したその形。恵まれた身体のラインがよく浮き出ており、キュッとしまったヒップとウエストに似合わないグラマラスな胸部が翔子の眼を釘づけにする。鼻からほのかに血の匂いがしたような気がして、彼女はいるはずのない周囲の人々をキョロキョロと見まわした。

 

「お、お前!その服脱ぐなら言えって…!」

 

「あら。ドキドキしてるの?大丈夫よ。靴からしてツカサくんは買い出し中でしょ。」

 

汗のたまったラバースーツを脱ぎ去り、無防備な下着姿となる。とても日曜の朝には見せられない光景を前に、翔子の鼻から一筋の血が垂れた。気づくと間もなく、ぐしぐしとこすり取った後は乱雑にティッシュペーパーをその鼻に詰め込み、ソファへどすりと座る。

 

「だからと言ったってお前なあ。万が一。万が一な、ツカサが見たらどうなると思うよ。いい加減気を付けろっての。」

 

「彼はどうにもならないわよ。まだ生まれたてだけど、初心じゃないし、知識として色々を知ってる。トラブルの可能性は薄いわ。」

 

目の前の恥知らずをよそ眼に、翔子はテレビを付けた。どうやら記者会見のようだった。そこには、明るい笑顔で記者たちに対応する一人の青年と、隣に立つ耳のデバイスが特徴的な秘書がいた。よれた黄色いネクタイとスーツがどこか似合わない彼に、二人は既視感を覚える。

 

『社長!ヒューマギアの暴走問題はいつ解決するのでしょうか。御父上の飛雷インテリジェンス社長は無回答のままです。』

 

『現在、私率いるAIMSがその原因であるテログループ、滅亡迅雷net.を調査中です。それまでしばらく―――』

 

「こいつがゼロワン、飛雷アルトか。…似てるな。」

 

「ええ。似てるわね、ツカサくんに。」

 

顔や雰囲気も違うが、その本質が似ているような気がした。矢継ぎ早に次の記者が質問を投げかけていく。その中には、意地悪く自作自演を疑う声もある。ヒューマギアの安全性を疑う声を聴いた瞬間、画面の彼は大きな声で訴えた。

 

『ヒューマギアはただの道具じゃありません!俺たちを支えてくれる、『夢』を繋ぐマシーンなんです!』

 

一部の記者たちが笑う。そのにやけ面が映るよりも先に、翔子はテレビの電源を切った。ベータは何も文句を言わなかった。見たくないのは同じようだ。

 

「しっかし『夢』か。気持ちのいい奴じゃねえか。」

 

「私にそれがあるとしたら、あの時救えなかった世界のみんなを取り戻すこと…なのかしら。」

 

「俺は、おやっさんを超える探偵になること。そして、ツカサは―――」

 

強く立ち上がった翔子の言葉が途切れる。着替えを探し、うろうろと半裸で歩き回るベータに視線を移す。ようやく慣れてきたその肉体の持ち主に、ふとした疑問を投げかけた。

 

「なあ、ツカサの夢ってなんだ?」

 

「…そういえば、彼って人のことは気遣うけど、自分がしたいことへの関心が薄い。」

 

「『みんなを守る』も『通りすがりの仮面ライダー』も夢ではないからなあ。」

 

数秒の沈黙が流れる中で、ベータは部屋の片隅まで調べ尽くした。静かに天井のファンが回る。口をとがらせ、天井を見ながら思考を巡らせる翔子の前。仁王立ちのベータがぐいと顔を近づける。限りない不満の表情を持って、翔子に問いただす。

 

「そ・れ・よ・り・も!私の着替えどこ!?」

 

言葉を放った後に、ベータは気づく。畳んだ着替えの数々がいつの間にか水気をまとって、ハンガーにかけられていることに。数々の違和感が導いた、考えたくもない最悪の可能性。言葉に出すのもはばかられると思考を纏めていたその最中、二つの音が絶望を知らしめる。扉とメイドの口が開いた。

 

「お気づきの通り、お前の服も全部濡れちまった!!ごめんな!」

「翔子さーん。頼まれた通り、服買ってきたけど…」

 

紙袋を両手に、ツカサが扉を開ける。思考を巡らせていたベータと当然ながら目が合い、その肢体の全容を目にする。一瞬の出来事だった。鼻から飛び出す鮮血。キャラも何もないベータの甲高い悲鳴。背中から倒れていく彼の眼は白目をむいており、まるで殺人現場かのようにどくどくと血が流れ続け、床は赤く染まっていくのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「いたた…なんだったんだ一体…」

 

未だ痛みが残る鼻を抑えながら、写真館に一番近いショッピングモールを歩く。家族やヒューマギア連れが多い中、男一人は目立つ。が、あまり気にはならない。帰宅して気を失う原因となった一切の記憶が思い出せない。そのことがずっと頭のなかで引っかかっていたからだ。

 

「確かドアを開けて、靴を脱いで…くっ…」

 

小さく独り言を呟く。これ以上の記憶が引き出せず、脳がエラーを吐き出す。現場にいた二人に聞いても、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりで、手掛かりも何一つない。特にベータはその言葉を吐くときに、顔は真っ赤で体温も高そうだった。情報収集の疲れによるものなのだろうか。おまけにぶつぶつと独り言も呟いていた。

 

「ねえ、君は何か知ってる?」

 

「ダーッシュ…」

 

胸ポケットに入るのはここまでの乗り物として借りたケミー、レプリゴルドダッシュ。その声には恐怖が混じっている。ケミーまで言葉を濁す凄惨な現場だったのか。それを自分に伝えまいと口をつむってくれたのだと納得し、一抹の迷いを消す。彼女に後で解熱剤を買っていこうとツカサは決心した。

 

「追加の食料はこれで最後かな。夕食はカレーかぁ。」

 

メモと照らし合わせながら、最後の食品をかごに入れた。思えば風都での生活も長かったものだ。戦いの後の数週間でかなりの常識を身に着けた気がする。それが無性に嬉しくて、徐々に埋まっていく本棚を眺めるように、この日々を楽しんでいた。

 

「ん~!これええなぁ。美味しいなぁ。全部もらえる?」

 

「少々お待ちください。店長に確認を取ります。」

 

レジ前の冷凍食品コーナーにて声がした。周りの客全員が『全部』というワードに反応し、試食を勧めるヒューマギアの店員と黒い和装の女性を見る。だが、左目を囲うように彫られた異様な入墨に、人々はその目をそらす。当事者の片方は耳のギアをピコピコと鳴らしている。先ほど言った店長と連絡を取っていると考えるのが自然だ。

 

「ん?あらぁ!こんなとこで出会えるとはなぁ!」

 

件の女性がこちらへと近づいてくる。下駄をはいてるとは思えないその歩みの速さに驚く間もなく、彼女は目の前に現れた。細い瞼はその奥を見せず、小さな微笑みと声色だけが彼女の感情を伝えていた。

 

「ぼ、僕らどこかでお会いしましたっけ?ここには来たばっかりなんですけど。」

 

「ええそうやなぁ。あんたとは初めましてやん。ベータちゃんはどうしとる?」

 

心臓がキュッと閉まる。体中の筋肉が警戒態勢に自動的に入った。『ベータ』という名を知るということは、この世界の人間ではないことを表す。しかも、彼女は親しげにベータの名前を呼んだ。すなわち────

 

「ハンドレッドの、方ですか。」

 

身長差は2cmほど。それでも、睨む眼を静かに見下げる彼女は、自分の何倍にも大きく見える。周りの音は何も聞こえない。この場の空気は、二人の元へと集中される。

 

「質問に答えやぁ。うちの方が先やに。」

 

「…拠点にいます。場所は言いません。」

 

「あらぁ。残念。うち、えらい警戒されとるんやなぁ。」

 

彼女の瞼は常に細く、その瞳を写さない。だが、答えを求めた一瞬、彼女が開けた2cmほどの隙間から放たれた金色の眼光は、この身を強張らせた。目のまえにいる"それ"は今まで対峙したシグマとは違う、最初から人間でない何かであることが本能から感じられた。

 

「お、お客様!お待たせいたしました。それでその…本当にこれ全てをご購入するおつもりで?」

 

人間の店長がこちらへと走ってくる。その額には汗が垂れ、顔は緊張でガチガチだ。笑顔が笑顔として機能していない。

 

「ええ。支払いはカードでもええ?それと、他にも喰らいたいものいっぱいあるんやけど。」

 

「ももも、もちろんでございます。お、おい。対応頼むぞ!」

 

先ほどのヒューマギアが対応を受け継ぐと、大量の食糧品を抱えたニューがどこからか出てくる。ここで彼女の位が決まる。彼女はニューよりも上の立場。ならこれまで以上の強敵であるのは確実だ。警戒態勢を解かず、ごくりと唾をのむ。ゼーハーと息をつきながらニューは渋い表情で声を出した。

 

「チ、チトセ様。お買い物は以上でしょうか。」

 

「あんがとなあ、ニューちゃん。せや。ダークディケイ……長いから名前でええか。ツカサ、この買い物終わったら3階のレストランで集合なぁ。」

 

チトセと呼ばれたそれは、なんの警戒心もなく背を向けた。これまで見た事のないタイプの敵に、恐怖が胸の奥に芽生える。なんの危害もなく、その存在感だけでこの場を支配するのはまさに上位者として表現するにふさわしかった。

 

「あんたと話せることが楽しみやわぁ。」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよし。後は頼むよ、ゴルドダッシュくん。ベータさんによろしく。」

 

「ダァッシュ…」

 

「大丈夫。すぐに戦闘になることはないよ。なったとしても、なんとかするよ。」

 

地下駐車場にて実体化させたレプリゴルドダッシュに買った商品と紙の伝言を乗せる。どこか心配そうな声を出しながらも、最終的にはこの場を離れた。あとは三階のレストランへと向かうだけだ。

 

「さてと、行きましょうか。ニューさん。」

 

「一つ質問を。」

 

黒いレースの手袋に包まれた人差し指が立てられる。握れば折れてしまいそうで、表情を崩さないその瞳の中に怯える少女を垣間見た気がした。改めてニューを見れば、ハーフアップの金色の髪はところどころが乱雑だ。紫の眼鏡は手入れされている様子がなく、生真面目そうな彼女にしては不思議に思えた。

 

「あなたは怖くはないのですか、あの方が。」

 

「うん。だってあの人はあの場で戦おうとしなかった。きっと、優しい人ですよ。」

 

監視役であるはずのシスターは問いの答えに対して複雑そうな表情を見せる。こう言ったものの、それはかすかな祈りだった。身体中から吹き出る異形の雰囲気。自分が異端であることを欠片も隠そうとしないが故に、人々は本能から彼女を避けていた。それだけは事実としてこの目に映っていた。

 

「純粋さというのは、時に罪ですね。」

 

「すみません。わざわざ剣も持ち出して…」

 

「これはただの護身用ですよ。今の私は変身もできません。」

 

ニューさんは言葉の末尾も聞かずにそっぽを向いてしまう。俯く顔から垣間見える、その蒼い瞳は曇っていた。未だ恐怖が沁みつく口元は唇を噛んでおり、ピッチの速いその足音が彼女の悔しさを示していた。ハイヒールの高い音が地下にて木霊する。彼女は黒いベールに顔を包んでしまい、ロボットのような聖女へと変わる。

 

「戦闘になった場合、最大限サポートはします。ですが、勝てると思わないように。」

 

エレベーターへ乗り、3階のボタンを押す。沈黙に包まれるこの空間では、液晶に映るデジタル数字がB1から1へ変わるのが妙に遅く感じられる。この世界の脅威である滅亡迅雷.netに会う前に、こんなことになるとは予想外だった。長い長い待ち時間の末に呼び鈴が鳴り、扉が開く。そこはただのファミレスであるのにも関わらず、店内は重い空気で満ちていた。

 

「彼女はチトセ。ハンドレッド新四人衆の一人。現ハンドレッドの最高戦力です。」

 

店員が二人を案内し、一人座るチトセの元へと連れていく。四人用テーブルにはすでに積み重なった皿の山ができている。こちらに気づいた彼女は大きく手を振りながら、円形のピザを四つ折りにし、ほおばる。ゴクンと大きな音が鳴り、それは飲み込まれた。僅か数秒の出来事。ツカサを含め、周りの者は唖然としていた。

 

「遅い、遅いやん!うちもうサラダ食べ尽してまったわぁ。」

 

「申し訳ございません、チトセ様。」

 

テーブルから歩み寄ってきたチトセに、ニューはぴったり90°お辞儀をする。つられてお辞儀をしながら、ジャケットの内に隠してあるドライバーに手を付ける。いつ彼女が襲ってくるかも分からない。準備は万全にしておくべきだと思った。

 

「喰らう覚悟もないやつが、狩りの道具に触らん方がええよ。」

 

「なっ…!」

 

突如現れた黒づくめの服の男が、ドライバーを掴む右手首を強引に引き出す。その力はとても人とは思えない。だが、それも当然そのはず。帽子やマスク、手袋、その隙間から見えるのは素肌ではなく包帯であり、サングラスの奥には瞳さえなかった。包帯男は手首をねじ切るかの如くひねる。力なくからんと落ちたドライバーを男が拾い、チトセがにやりと大きな犬歯を見せた。

 

「別に戦ってもあかへんことは無いわ。ただ、あんた程度なら喰い足らん。付け合わせにこの場にいる全員食ってしまいそうやから、忠告しとるだけやに。」

 

薄い瞼の奥からまた金色の眼光が垣間見える。威圧感に押し潰れそうな感覚がツカサを襲う。痛む腕を抑えてうずくまっていると、ニューが駆け寄ってきた。

 

「…っ!」

 

乱暴かつ優しく立ち上がらせるニュー。包帯の男は何も語らない。自らの何をも表そうとしない。静かな怪人について小声で隣の彼女に尋ねる。

 

「こいつは…」

 

「ヤミーです。人の欲望が怪物となり具現化したもの。チトセ様が使役するのは少々他とは異なりますが、おおむねそう思ってくれれば。」

 

小声で返してくれたことに、小さく感謝する。あまり面白くなさそうに見つめるチトセは、残念そうに口を開いた。

 

「ほっこりとはわかっとらんかったけど…そんなかあ。ニューちゃん、ハンドレッドは嫌い?」

 

「そんなことはありません。この心は組織を守る騎士の────」

 

「ええよええよ、そんな硬くならんでもぉ。さ、はよテーブルにいこまい。」

 

テーブルへチトセは戻っていく。その傍らには大量の料理を乗せるワゴンロボットが待っており、だれよりも勇敢に怪物と対話した。見合う形でテーブルソファに座る。チトセの傍らのニューさんの顔は強張り、感情の逆流を防ぐのに必死だ。

 

「でもまあ、死人みたいに眠ってた人形さんがここまで至るとはなぁ。大したもんや。」

 

「僕の過去を…知ってるんですか。」

 

窓とは反対の方向を横目に見れば、先ほどの黒いガードマンがテーブル横に直立不動で待ち構えている。逃げることはできない。戦うことも許されない。この場はチトセの支配下にあり、誰もが彼女に逆らえなかった。

 

「過去も何もあんたは生まれてから眠ったまんまやったやん?ベータちゃんから聞いとらん?」

 

「それは、そうですが…」

 

「あ~…あんた、『知られていない自分の過去』があるとでも思っとったんか?」

 

嘲るようにケラケラと彼女は笑い出して、ジョッキ満タンのビールを飲み干す。口周りにベッタリとついた白泡を、その二股の舌で舐め取る。ビチビチと動くその舌先は、アダムとイブを惑わした邪悪な蛇そのものだった。

 

「多少は人らしくなったようやけど、やっぱ何も喰ろうとらん奴は駄目やなぁ。」

 

口を閉ざしたまま睨む。骨付きチキンを食いつくしたチトセはその声を受け取り、ニューに向けて左の掌を翻す。それに呼応するように崩れかけの騎士は立ち上がり、シスター服の裾を揺らし、どこかへと行ってしまった。

 

「あんた、好きな食べもんはある?」

 

「…コーヒーです。食べ物かは分かりませんけど。」

 

意図は分からなかったが素直に答えた。対するチトセは大きくため息を吐き、その解答にひどく不満そうだった。ニューが大量のコップを乗せたトレイを持って来る。赤、黄、緑のコップを取ると、その三つを同時に喉へと流し込み、げっぷもせず空にした。3分の2が炭酸飲料だったのにも関わらず。

 

「おもろないなぁ。あぁおもろない。どうせそれも、他人の受け売りやろ。」

 

「違います。これは他人から教えてもらったんじゃない。」

 

彼女の目が開いた。それは黄金に輝く蛇の眼。縦長の瞳孔がぎょろぎょろと動き、目と目が合ったかと思えば、どちらかの眼は目線を外す。息が詰まり、喉の声帯が動きを止める。蛇に睨まれた蛙の恐怖を今まさにこの身で体験する。

 

「じゃああんた、珈琲のために誰か殺せるん?」

 

「う、く────」

 

「あ、ごめんなぁ。うっかりにらんでしもうたわぁ。ニューちゃん、珈琲出したって。」

 

「承知いたしました。」

 

テーブルに置かれたトレイのコーヒーカップが、ツカサの目の前へと置かれる。震える手でそれを取り、口へと運ぶ。淹れたての熱いコーヒーがその口内と喉を焼いていく。しかし、痛みと苦みが体を起こした。安っぽいチープな味わいだからこそ、苦みとえぐみがより強調され、恐怖で締め付けられる脳に活を入れてくれた。

 

「僕は、殺せません。」

 

一言だけを強く重々しく語った。抗い、戦うために。焼け付くような視線をチトセへと送る。しかし、未だ彼女は退屈そうな表情のまま、カレーを飲み干し、言葉を続けた。

 

「じゃあそれは本当に好きなものじゃあらへん。あんたは所詮、その気になって『人間ごっこ』をしとるだけやに。」

 

ニューは席に座れなかった。目の前で恩人が否定されていくのをただ傍観することしかできない。彼女はこの場において部外者である。だが、それをよしとしてるのは他でもない彼女自身である。あれだけの悲劇を見ておきながら、いまだ悪に屈する自分が自分でも許せず、その閉じ切った口は悔しさに歪み切っている。

 

「うちなぁ。好きな食べもんいっぱいあるんよ。お寿司、焼き肉、カレーにラーメン…あんた、風都で風麺食べたん?美味しかったで~」

 

一人指折り数え始めるチトセ。夢中に食べ物を語るのを横耳にはさみながら、周りを見ると、そそくさと帰っていく家族連れがいた。こうも近くにいるだけで緊張するのだ。家族で楽しく食事するにはここは合わないだろう。

 

「────それと、オルフェノクの灰。」

 

「…今、なんて?」

 

「だからぁ。オルフェノク殺したときに残る灰やに。人間捨てきれないあの未練の塊、なんにでも合うんよ。」

 

オルフェノク。それは命を落とした者が時折覚醒する、人間の進化体。それを彼女は平然と"食べた"と語った。

 

「それと、アマゾンの心臓。人工物の癖に、本能に勝てない獣の味がする。採りたてはなぁ、噛みしめる度に血が噴き出て、鉄の味が美味いんよぉ。」

 

青ざめ、片手で口を抑える。アマゾンについても聞いている。人と同じ思考能力を持ちながら、人への捕食欲を伴ってしまった人工生物。彼女はその味を"生"で食べた時の味わいをいま語った。言葉を失うと同時に確信する。目の前にいるのは、人間ではない。怪物だ。

 

「うちはこれらのために命張れる。なんだって屠れる。壊せる。何かを得るために、何かを犠牲にする。これが喰らうってことや。」

 

「それは間違ってる。ただ一人の願いで、犠牲が出るなんて。」

 

「なして?あんたら正義の仮面ライダーも、人を守るために怪人を殺すやろ。」

 

空気が凍り付く。チトセの疑問に明確な答えを返せなかった。それでも否定しなければ。これは、()()()()()()()()だ。

 

「ツカサ、あんたは世界を救うために、ベータを火にくべることができるん?……あるいは、その逆を選べる?」

 

脳裏に浮かび上がるのは、笑顔のベータさん。何にも代え難いものなのは、分かっている。けれども、想像の彼女は独り残り悲しそうに泣いていた。最初のあの世界と同じ、後悔と懺悔の涙が、硫酸のように心臓を焼く。いつの間にかチトセは僕のドライバーを片手に持ち、ゆらゆらと振っていた。

 

「あんたらは所詮作りもんや。形だけ真似てるだけの空っぽのお人形さん。こんなおもちゃで何が出来るん。」

 

「僕のことはいくら馬鹿にしてもいい。でもベータさんとそのドライバーは別だ。侮辱するなら、許さない。」

 

消えたはずのどす黒い炎が胸の中でうずく。衝動に身を任せ、チトセの細い糸目に視線を突き刺す。だが、彼女は動じない。そればかりか嬉しそうににやりと笑い、二又に分かれた舌先を揺らめかせた。足にぐっと力を籠める。いつだってロケットスタートは出来る。問題はドライバーを取り返さなければ、勝ち目はないということだけだ。

 

「勝ち目ないのは分かっとるやろ。ならまずは喰らいや。ほら、目の前の料理でもええ。ほら、ニューちゃんも黙ってないで食べや。」

 

僕ら二人に差し出される皿の数々。空の皿と料理をひたすらに店員と交換していたニューは作業の手を止め、言われるがままにハンバーグを食べだす。小さい口でもきゅもきゅと咀嚼するのを見て、気落ちする。ツカサはいったん落ち着こうと、その場に置いてあった冷や汁定食を食べ始める。黙りこくる件の敵は食事に集中し、聞く耳も持たなさそうだ。冷えた味噌と出汁の味わいが心を落ち着かせると共に、この状況のおかしさにむずがゆくなる。

 

『Wing!』

 

瞬間、視界の端が赤く光った。間髪入れずに、銃声とアラート音が店内、いやこのショッピングモール中に鳴り響く。どうやら同時刻に何発かの銃弾が放たれたようだった。フードを被っていた青年がファミレス入口付近でぴょんぴょんと跳ねていた。隠そうともせずに右手に握る拳銃をおもちゃのように乱射する。彼が音源と見るのが自然だった。

 

「あはははっ。人間は皆殺しだよ。変身!」

 

『フォースライズ!Flying Falcon!Break down…』

 

銀色の鷹が青年を包む。同時に伸ばされた銅線が店内の全ヒューマギアが人肌を脱ぎ捨て、一斉に銀色の怪人へと変わる。すでに店内には悲鳴が響き、パニック状態だ。逃げようとする人々を店員がスタッフ口へと誘導している。迷うことなく、身体は彼らを守ろうと動いた。

 

「滅亡迅雷.netの意志のままに…」

 

ふと手元にドライバーがないことを思い出す。しかし、足は停まらず、ぞろぞろと現れる銀色の怪人へと立ち向かう。これぐらいであれば、素手でもなんとか。動きを止めた一人からナイフと拳銃を奪い取るも、パニックになる群衆の中に怪人は入り込み、うまく狙えない。目を逸らした隙に、青年が変身したピンク色の怪人が羽を生やし、背中目がけて襲ってくる。幾らこの体でも、無防備な状態で受ければひとたまりもない。直撃すると覚悟したその時、紫色の剣がその軌道を逸らし、掠める程度に済ませる。

 

「油断しないでください!!貴方、今変身できないんですよ!」

 

「でも、あの人たちが…!!」

 

「生身で勝てる相手ではありません。無謀と勇気は違うんです!」

 

迫りくる攻撃をなんとかいなしながら、苦々しく唇を噛みしめるニュー。背中に隠れて、その表情はツカサから見えない。状況はまさに前門の虎後門の狼。逃げ惑う人々が、再び店内へと戻ってきてしまう。このままでは恰好の的だ。

 

「動け!!ヤミー!!お前は私の欲望なんだろう!!なら私の願いを叶えろ!」

 

ヤミーと呼ばれた包帯男は、微動だにしない。叫び訴えるために変えた視界の端に、幼い少女がうずくまっているのが見える。それに近づくのは、表情を無くした銀色の殺戮マシーン。それが手に持つナイフが見え、すすり泣きが耳に届いた時、彼女は肩に受ける攻撃も介せず、走り出していた。

 

「ぐすっぐすっ…お母さん…おねえちゃぁん…」

 

「っ!!やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

剣は届かない。恐怖にすくみきった少女が刺殺される瞬間をフラッシュバックと共に目に焼き付ける。これが悪に加担していたことへの罰であるならば、どうか。この身が引き裂かれてでもいい。何か別の罰をと願ったその時。音速を超え、拳がマギアの顔面を捕らえた。

 

「いいかげんにせえよ。」

 

置き去りにした風切り音を伴って、天井へと吹き飛び、撃突する。その頭蓋は原型をとどめておらず、首から下だけが引きちぎれて、落下する。拳についた埃と鉄くずを払い、ぎょろりと目を見開いたのは、他でもないチトセだ。

 

「喰らう気もあらへんボンクラの機械が。うちの食事を邪魔していいとでも思っとるんか。」

 

「な、なんなんだよお前は!人間なら大人しく滅亡されとけよ!!」

 

迅の合図により、物言わぬ尖兵たちが放つ大量の銃撃。が、よりその目を見開いたかと思えば、包帯男が動き、彼女の盾となり、全ての銃撃を受け止めた。勿論無傷で。

 

「喰われなきゃわからんらしいなぁ。」

 

「…ツカサ、人々の避難誘導を。」

 

「でも、怪人が!」

 

「いいから早く!」

 

群衆は返って落ち着きを取り戻し、二人の誘導に素直に従い、一目散にスタッフ口へと走っていく。殿となったツカサは最後にチトセの表情を見た。それは、笑顔。引き裂けそうなほどに口角を上げ、金色の蛇の眼が太陽光を反射したかのように爛々と輝く。

 

「ん、とその前に。おいでぇ。口開けやぁ。」

 

盾となっていた包帯男はボロキレとなった黒服を脱ぎ捨て、チトセへと振り返る。そして、人体でいう所の口の部分に、虚空へと繋がる黒い穴を開く。自分より10cmほど低い彼女の方へそれを向け、包帯男は待機した。

 

「んべぁ。れろぉ。」

 

首へと手を回し、顔を寄せた。くちゅくちゅと口の中でよだれを含み、長い舌をベロンと出すと、穴へと流し込む。いわゆるディープキスだ。吸い取るように、喰らうように、濃密に。突如異形と接吻し始めた彼女に、マギア達はフリーズする。約10秒後、唇は離され、つーと繋がった細い糸の橋を彼女は乱雑になめとった。

 

「これで良しとぉ。行きなぃ。」

 

銀色のスーツケースを渡されたヤミーは一瞬別の姿へと変貌したかと思えば、驚異的なジャンプ力を持ってどこかへと跳んで行った。チトセはくるりと何事もなかったように振り返った。再び乱射し始めるマギア達の銃撃をすいすいと避けて、懐から金色のパスを取り出した。

 

「雑に撃ってもあたらんよ。機械も意外と初心なんやなあ。」

 

「うるさい!いいから答えろ!お前は何なんだ!!」

 

縦長の瞳孔が真っすぐに敵を見据える。金色に輝く眼球は生物でない彼らを、冷ややかに見つめる。ベルトが浮き出て彼女の腰へと巻かれると、音が流れ出す。それは聞く者を震え上がらせる、踏切の音にも似た荘厳なメロディ。パスで隠すように口元まで運ぶと、彼女は口を開いた。

 

「質問に答えたる。うちは仮面ライダー。全てを喰らいつくす、牙の王や。」

 

パスを真下へと投げ捨てる。ベルトがそれを認識すると、粉々のエネルギー体が溢れ、彼女の体に吸着する。身を包む直前に、蔑視の眼差しと共に言葉を吐き捨てた。

 

「変身。」

 

『ガオウフォーム』

 

彼女からあふれ出たオーラが鎧となり、各所に装着される。ワニの口が頭のレールを走り、ガチャガチャと音を立てて変形し、ブーメラン型の仮面となる。仮面越しにも伝わる鋭い眼光に、機械はするはずのない冷や汗をかいた。その名は、仮面ライダーガオウ。かつて時を喰らおうとした蛮族の首領の複製品である。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

『Full Charge』

 

「ぐるぅぅぅっぅぅぅぅああああああっ!!!」

 

雄たけびを上げ、斬撃が円周状に放たれる。咄嗟に伏せたその最中に見たのは、道をふさぐマギアの首が切り落とされ、建物の壁はどこも粉々と化す光景。スプリンクラーに濡れ、悲鳴を人々の涙は無情にも流されていく。アラートが鳴り響き、場内に緊急のアナウンスが鳴り響く。

 

『緊急警報です。これは訓練ではありません。従業員に従い、直ちに避難してください。繰り返します。緊急警報です。』

 

スタッフ口の先は非常階段近くだったようで、誘導する従業員の姿が見える。だが、その数は明らかに少ない。おそらく同様の手口でヒューマギアが怪人化したのだと察した。道中、人々が流れてくる源流に何人もの凶刃に倒れた人を見た。瓦礫の下から飛び出た血だらけの腕。声を上げない子供。手を伸ばそうとするが、なだれ込む群衆の中では、どうにも動けない。チトセの問いが頭に響き、解答を勝手に脳が出力しようとする。

 

「失ったものを引きずらないように。彼らだって誰かの足をくじかせるために死んだわけではありません。」

 

「…ついてきて大丈夫だったんですか。」

 

「なわけがないでしょう。立派な離反行為です。」

 

靄がかる視界を振り払い、ただひたすらに走る。しばらく無言の時間が続いた。従業員と共に、一般人を3階から1階出口へと逃がす。そのまま、殿を務めながら2階へと降りてみれば、少数の怪人は駆けつけていた青い服の特殊隊員らが処理し終えていたようだった。

 

「────ずっと。悪夢を見るんです。あと一歩で手をつかみ損ねる、そんな夢を。」

 

ぽつりと彼女は呟いた。ベールで顔は隠されているが、スプリンクラーによる水滴が頬をつぅと細い線を描いていた。アラートは未だ鳴り響き、3階では未だ二体の仮面ライダーが死闘を繰り広げ、破壊音が響き渡る。ほぼすべての一般人が脱出し、従業員も出ていく段階に鳴り始めた頃、隊長格らしきサングラスの男が話しかけてくる。

 

「ここは危険です。早急な避難にご協力願います。」

 

「大丈夫です!それより、逃げ遅れた人々がまだいるのでそちらの────」

 

走り出そうとしたツカサの手首をぐいと男が掴む。サングラスを外し、強面が曝け出される。尖った目尻は研ぎ澄まされたナイフのようで、彼の内面をこれでもかと表していた。

 

「公務執行妨害で逮────んんっ。とにかく、ここからは我々A.I.M.Sの仕事です。繰り返しますが避難を。」

 

声を上げる前に、土煙が上がる。崩落した天井が大きな壁を作り上げ、三人と二階非常階段の前に壁を作る。部隊長の男はデバイスを取り出し、外部との連絡を試す。

 

「こちら一条!二階の崩落により、他隊員と断絶。現在は二名の一般人と同行中。今後の指揮は深海ユアに一任する!」

 

状況確認のため、モールの店舗がある方向へとツカサは繰り出した。瓦礫を踏み砕く音が耳に入る。ふいに顔を向ければ、白煙の中から包帯男は現れた。片手のスーツケースを地面へ落とす。もう片手にはよく見慣れたベルト、ダークディケイドライバーが握られている。

 

「返してくれないかな、そのベルト。君が持っていても意味ないでしょ。」

 

嫌だと言う代わりに、戦利品のようにひらひらとベルトを見せつけ、つかんで離さない。スーツケースを足で器用に開けると、その身体を灰色のウサギのような怪人へと変化させる。

 

「ヤミーが、オルフェノクに変わった…!?」

 

包帯から出てきたわけでもない。怪人はその身体を再構成するかのごとく、別の怪人へと変わった、だが、一条と自称した男はそれよりも、敵の持つドライバーを見て、呆気に取られていた。

 

「あれは…第十号のベルト…!」

 

「チトセ様が来ないのであれば。貴女は追いかけてきますよね、ヤミー()。」

 

黒いガラケーと金ラインが光るギアを、スーツケースから怪人は取り出す。無感情かつ乱雑にケータイの番号9,1,3の順番に押した怪人は、無言で畳んだそれを腰のベルトへ強引に刺した。

 

『Standing by Complete』

 

金色のラインが怪人を包む。その鎧の名はカイザ。黒い血を持った人間が量産し、運用した兵器の仮面ライダー。ニューに立ち塞がるのは、過去の自分の願いであり欲望。腰に備わるカイザブレイガンを取り外し、物言わぬカイザは銃口を向ける。

 

「…来るなら、来い。」

 

カイザが指をトリガーにかけた。ツカサは無意識に、肩を抑えるニューの前に出る。放たれた銃声が鳴り響くアナウンスをかき消す。数多のライダーが集うこの場所で、混沌極まる戦場の火蓋が切られた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。各話タイトルの法則も一新し、新キャラも出てきたこの先にいかなる物語が待っているか楽しみにお待ちください。
評価や宣伝、感想、ファンアートお待ちしてます!!
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