背中を裂かれ、膝をつく。変身が解除されると共に、身体はツタによって吊るし上げられた。勝利を確信した邪武は変身を解除した。お菓子の袋を開けるように一つ、二つ、三つとヒマワリの種の錠前*1が開き、からんと地面へ捨てられる。空から降りた三体の灰色の使い魔*2が、シュルルルと不気味な鳴き声をあげた。
大きな爪が肉を削り、ツカサの服が赤に染まっていく。魔女はケタケタと楽しそうに笑った。激しい痛みは彼の思考力を奪い、強化された体と言えど、その限界が見え始める。消え入りそうな意識の中、最後に映った景色は焼き印のように今も彼の脳に刻み込まれている。
あの時見た笑顔とは似ても似つかない絶望の表情。破れていく。身体中の血管が。壊れていく。守りたかったはずの景色が。動け、動けと念じても身体は動かず、声も出せない。心を置き去りにして、彼の意識は深く、深く闇の底へと落ちていった。
「……録開始。これより、──回レプリファ───ティックケミーの使用及びドレッ──式への変身実験を始める。」
人生2回目の目覚めは泥の中から這い上がるような感触だった。悪夢が身体にまとわりつき、休むことを許さない。はっきりとしない意識でも自分がソファの上で寝かされていることだけは分かる。耳へと入り込む途切れ途切れの声が気になり、かけられたブランケットをどかし立ち上がる。ぼやける視界に二度三度眼をこすり、音の方向を見た。
『スチームライナー…ユニコン…』
薄々分かってはいたが、声の主はベータだった。風車のようなキャラクターがプリントされた長袖とジーンズだけの特段オシャレでもない恰好を見事に着こなしている。どうやらここはガレージの中らしく、金網上に立つ自分が彼女を見下ろす構図になっているようだった。
「…よし。」
カードが入ったことを確認すると小さくガッツポーズをした。見知らぬ少女のようにあどけない微笑みは、普段のクールフェイスからは想像できない。その可愛らしさに思わず見とれていると、小さく息を吸い込んだ彼女は意を決してレバーを開いた。
「変し…」
そのすぐ後だった。バチバチっとドライバーが火花を散らす。爆発音と共にベータが背後の壁へと吹き飛ばされる。ひらりとレプリユニコン*3がドライバーから出てくると、主人を気にすることなく、背後のホワイトボードに立てかけられたカードアルバムへとすっと戻っていく。
「え!?大丈夫!?ベータさ、うわわわわああああ!!!」
よく考えもせず下の階へと飛び降りようとした結果、怪我明けのおぼつかない足が金網にひっかかり、盛大に下へと背中から転び落ちた。治りかけの傷が開き、思わず顔をしかめる。
「痛たた……」
「ツカサくん!?」
心配してたはずの彼女自身が走り寄ってくる。大した傷もないようで、逆に世話をかけさせている自分がとても情けなかった。「ツカサ”くん”」と今までにない敬称がつけられていたように聞こえたが、気のせいだと風に流した。
「血が垂れてる。拭くからじっとしてて。」
身体をしゃがませ、取り出したハンカチで額に垂れる血を拭く。今までにないくらいに顔が近い。流れる血の源を見つけようと、さらに顔が迫る。何故かは分からないがツカサの顔に血が巡り、心臓が速く動く。
「いいよ…平気だから…!」
「抵抗しない!君はおとなしくしてて!」
続けて包帯を巻こうとする手を押しのけようとするが、怪我した身ではそう強く抵抗することはできない。白く綺麗な腕がテープだらけの腕を無理やり押し切り、新しい包帯がミイラのように頭に巻かれていった。
「出来たわ。これで大丈夫なはず。」
「ありがとう、ベータさん。それと…さっき言ってた実験って何してたの…?」
近くだからこそ見える彼女の体の違和感。汗ばんだ身体、白い生肌で目立つ擦り傷。気にしない方が不自然だった。
「別に…大したことじゃ…」
「ちゃんと…!こちらを向いて…言って!」
眼をそらしかけた彼女を強く確かに見つめる。遠ざかろうとする肩をガシッと掴み、逃げるのを防いだ。
「…ドレッドには5段階の形態があるわ。素体となる零式。その強化型である壱型と弐式。そして、その二つを合体させた参式。最後に次元を超越した力を持つと言われる終式。」
「なるほど。その変身実験だったんだ。じゃあ今やってたのはさ───」
「まだ壱式。」
「え…」
「試験運用段階で盗み出したせいよ。このドレッドはオリジナルより強い分、一部のケミーの意志が強くなってしまった。」
細く綺麗な人差し指をくいくいと曲げられると、カードアルバムを何枚かのカードが協力して運んでくる。目のまえの彼女は細い眉をハの字にし、それを開いて見せてくれる。
「見て。さっきのユニコンを筆頭としたファンタスティックケミーと、こっちのページのコズミックケミーは特に自我が強い。この子たちが私を認めない限り力が使えない。」
他のカードとは違い、目の前の18枚は微動だにしない。言葉はなくとも他のカードと比べることによって拒絶の意志が良く伝わってきた。
「ごめんなさい。あの時、私がもっと強ければあなたをこんな目には…」
「それはこっちのセリフだよ!僕がもっと強ければベータさんにこんな実験をさせる必要もなかったのに…」
「違う!元より君を私が守り切ってたらこんな不測の事態にはなってなかった!私が…やらなきゃ──きゃっ!」
「危ないっ!」
吹き飛ばされたダメージが拭えなかったのか、足元が縺れ、前方へと倒れそうになる。咄嗟にツカサは落ちてくる肩をつかみ支える。手から感じる重さは脳に組み込まれた一般的な女性よりおそらく軽かった。
「よかった間に合って…怪我はない?」
「え、ええ…大丈夫…」
「おーっと。お熱いじゃねえか。お邪魔だったか。」
放たれた台詞のした方を向いてみれば、いつのまにか一人の女性が真っ黄色に塗られた金属製の扉にもたれて立っている。薄藤色のポニーテールにハンチング帽を深く被り、目元を隠すミステリアスなさま。ダンディな口調のその女性はまさにハードボイルドと言えた。服装がフリフリスカートのメイド服であることに眼をそらせば。
「あなたは…誰ですか?」
「──街に流れる涙を拭う二枚のハンカチーフ、その片割れ。いわゆるここ鳴海探偵事務所の───私立探偵さ。」
「メイド服なのはさておいて…もったいぶったこと言わないの、翔子さん。それに半端なあなたはまだハンカチじゃなくてダスターじゃないかしら。」
「捜査に協力した借りだなんだつってウォッチャマン達がさあ…てか誰が雑巾だコラ。命の恩人に対して失礼と思わねえのかぁ?」
仲良さそうに軽口を叩き合う二人。ベータの表情は変わらず固いが、口元が緩んでいる──気がした。階段からせわしなく降りてきた翔子と呼ばれた女性がベータに軽く手刀を打つ。その片手間にミニスカートを必死に伸ばし、足を隠そうと必死だ。よく見ると生足である。
「ん?命の恩人って…?」
「ああ、改めて紹介するわ。彼女はシータ達から私達を助けてくれた──」
「鳴海翔子だ!よろしくな、ツカサ!怪我の方は…そりゃ3日間も寝てりゃ治るか。」
ツカサとベータの間に割り込むような形で、翔子が手をガッシリと掴んでくる。女性にしては異様な力だ。おそらくベータよりは上なのではないだろうかとツカサは思った。
「…って三日!?僕そんなに寝てたの!?」
「驚くのはこっちよ。初級インベスとはいえ、ヘルヘイム症*4をこの短期間で完治してるんだから。しかもほぼ自力。」
「詳しいことは俺もわかんなかったけど、お前大分やばかったっぽいぞ。ずーっと看病───モガッ」
「シータとニュー、それとあなたが気を失ったあとに現れたシグマについては協力者が対応してくれたと連絡が来てるわ。ある程度の時間がかかるはず。今はゆっくり休んでいて。」
何か言いかけた翔子の口を、ベータが無理やり押さえつける。どのような意図があるかは知らないが、ベータさんのことだ。何かしらの考えがあるのだろうと気にしないようにした。だが、『休め』という言葉に対しては納得がいかなかった。
「…ベータさん。僕も手伝うよ。翔子さん、『捜査』って言ってたよね?さっきも何かの実験してたし…何かできることがあれば手伝──」
「大丈夫だから…!君はそこでおとなしく寝てればいい。これは私の仕事。」
突き放すような言い方と冷たく苛立ちが見える視線。思えば目覚めてから、ベータの態度が変な気がした。何かから遠ざけようとしているような一つ空いた距離感がツカサの心にとって大きな重石となる。微妙な沈黙に我慢できないと言わんばかりに、翔子が押さえつける手を無理やりどかす。ぷはーという大きな呼吸からすかさずベータに言い寄った。
「おいおい落ち着けよ、ベータ。そりゃねえんじゃねえか?起きるまであんなに心配してたっつーのに。」
仲介の一言に、ベータは口を閉ざし、その様子を見てツカサは困惑し、何も口を出せない。お互いがお互いを助け、守ろうとする。三日間の短い間ながらも二人の今の関係性をなんとなく察知した翔子はとある提案をした。
「いよっし!!少し待ってろ!コーヒーブレイクだ。最高の一杯出してやるぜ!」
「…普通ね。本当に普通の味。そうとしか言えないのも珍しいわね。」
「僕は美味しいと思うよ…!すごく美味しい!」
「うう…ありがとな、ツカサ…ちくしょう…!これでもおやっさんよりは上だし、上達したんだぜぇ!?」
翔子とベータは同じテーブルにて談笑し、一方でツカサは客人用のソファにちょこんと座り、初めてのコーヒーを楽しむ。ミルクと砂糖は入れたが、その芳醇な香りは失われておらず、ふわりと煙る湯気が黒の液体に映える。もう一口とカップを傾ければ舌から脳へと深いコクが突き抜ける。穏やかな時の流れに浮かぶ幸せにツカサは思わず笑みをこぼす。
「っていうか、俺は元々お前らを仲直りさせるために淹れてやったってのになんでお前は俺と一緒の席にいるんだよ!」
「…気まずいから。」
「小声で言うな!思春期か!お前本当に組織のエージェントだったんだよな?!」
「…うるさいわね…!メイドのコスプレしてる半人前のハーフボイルド探偵に言われたくないわ!」
「あ~!言いやがったなてめぇ!人が一番気にしてる言葉を~!!」
お気に入りの黒の革ジャンを羽織ってなんとかマシ(?)にはなっているが、脱ぐのも面倒なので翔子はメイド服のままだ。二人が立ち上がり、睨み合い始める。経験のない女性の言い争いを前に、ツカサは二杯目のコーヒーをカップに注ぐ。解決策がない以上、見守るしかない。先ほど風都名物だと自慢された風花饅頭をほおばった。コーヒーの苦みと饅頭の甘さはまさにベストマッチで、非常に美味しかった。
「呑気に食べてんじゃねえよ!?」
「ご、ごめん!おいしかったです…!」
「そりゃどーもっ!!ほら!休めとか以外に言うことあんだろ?」
ソファへとベータが押され飛ばされ、ぽふっと座る。
「…危なっかしいツカサくんが悪い…」
「言いたいことはそれじゃねえだろ?はあ…三日間あんな心配してた奴がこうなるとは思ってなかったよ…」
目まぐるしく変わるベータの表情。初めてのキレ顔を見たかと思えば、今は口を突き出してすねている。クールな印象はどこへやら。ツカサは混乱した。この三日間に何があったのだろうか。いつのまにか”くん”付けはされているし、起きたら怪我の心配をされたかと思えば嫌われている。一先ずコーヒーを一口飲んだ。この頭に元々備えられている記憶では、落ち着くためにコーヒーは飲まれていたイメージがあったが、まさしく今はその効果に縋りたかった。
「たのもー!!翔ちゃんi…いたー!!」
「げぇ!?クイーンにエリザベス!それにウォッチャマンまでぇ!?」
バーン!と開かれる事務所の重そうな扉。二人のギャル*5,6とアフロヘア―の不審者*7がずかずかと入ってくる。革ジャンのメイドはそそくさと書斎のある奥の方へと戻り、小さい窓から飛び降れないか窺っている。
「あ、ちなみに外にはサンタちゃん*8がいるから。抵抗はむだだよ~ん。」
「今度こそ三日前の留守番代!巷で噂のクイーン&エリザベス!それに翔ちゃんを加えたメイド服撮影会をしちゃうもんネ~!」
「翔ちゃんそれ絶対似合ってるって!閲覧数多かったら収入も入るしやろうよ!」
「嫌だやめろ!俺はハードボイルドでカッコいい探偵になるんだ!!モデルとかアイドルで売れるのなんて勘弁してくれ~!」
売れるのは前提なのか。そう思ったが口に出してはいけないとベータとツカサは悟った。この場において、会話に混じれば即座に巻き込まれる。そして、会話から察するにそれがろくでもないことなのは流石のツカサでも気づけた。
「ならさ!俺の代わりにこのベータはどうよ!?ほら!大分美人だろ!?」
「なっ!?翔子さん!?」
小賢しく囮にしようとしてきた。眼を光らせた三体の肉食獣がこちらへととびかかってくる。あれよあれよといううちにソファからツカサは追い出され、ベータは二人から質問攻めにあう。
「なんて名前?どこ出身?何歳?何やってんのー?!」
「髪も肌もキレー…!上品だし、どこかのお嬢様だったりするん?」
「よぉし…今のうちに…」
「翔ちゃァん。まだ買い出し分のは貰ってないヨネ?」
「あれはノーカンだろ!うわ!なにするやめろォ!」
あっという間にベータはロングスカートのクラシカルなメイド服へと着替えさせられ、二人はどこかへ連れ去られた。過ぎ去った嵐の跡にはツカサと空のコーヒーカップしか残っていなかった。
「置いてかれて…しまった…」
何をするか少し迷ったあと、一先ず残ったカップとソーサーを片づけることにした。簡易キッチンで水を流したら、シンプルな黄色いスポンジをカップにこすりつけ、茶色を丁寧に洗っていく。
暖かな日が差し、水流と窓から吹く風の音のみが聞こえる昼の探偵事務所。生まれ目覚めてから、戦ってばかりのツカサにとってはこの平和な時間が宝石のように輝いて見え、とても愛おしく思えた。窓から外を除けば、子供たちが走り遊び、楽しそうな黄色い声が聞こえてくる。
「これが平和ってことなのかな。」
しかし空をよぎる暗雲かの如く、ふと脳裏に三日前の夜の光景がよみがえる。一歩先をゆき、こちらを圧倒した二人の仮面ライダー。珈琲がてらに聞いたベータの話によれば、自分が倒したはずのシグマまで来たという始末。つんざくような彼女の悲鳴がフラッシュバックする。
「強く…ならなくちゃ。みんなも…この光景も守れるくらいに。」
しかしこれ以上どうすればいいのかツカサには見当がつかなかった。未だ手持ちのディケイド以外のカードは力を失っている。泡を流そうと蛇口を思いっきりひねる。水がとめどなく流れ、激しい流水音がそよそよと吹く風の音をかき消す。灰色に濁った感情が、スポンジを強く泡を吐き出させながら潰した。
『ユニ…』
「君は…ありがとう、大丈夫。優しいんだね。」
いつのまにか左肩に一枚のケミーが引っ付いていた。心配をしてくれていたのだと思ったツカサは絆創膏だらけの人差し指で左右に優しくなでる。
「ねえ…なんで君は──」
チリンチリンという扉の鈴の音が耳に飛び込んできた。依頼人かと思い、振り返るといつのまにか左肩にユニコンは忽然と姿を消していた。困惑する暇はなく、推定依頼人の対応をしようときちんと扉の方へと向き直した。
「すみません。今探偵さんは不在で──」
「俺がその探偵だ。」
ドスの効いた声。投げられた真っ白な帽子がツカサの真後ろの帽子掛けへと引っかかる。神業に驚愕するも束の間、真っ白なスーツを着こなす男はソファへとなだれ込むように座り込む。間違いない。彼はどう見ても三日前の夜に遠目で目撃した仮面ライダースカル、鳴海荘吉そのものだった。
「文音はいるか?…いや…今ならシュラウドの方が分かりやすいのか。」
「行かなくて良かったのですか。強大な敵なのでしょう。」
「あーいいんですよ。俺はまだ満足に戦える状態ではないし。撃退程度ならあいつらともう1人の増援さえいればなんとかなる。」
くぐもった通信音声でダークドライブ*9ことシグマは答える。その仮面の奥には何もなく、声も彼の感情を伝えるには音質も悪く、冷徹すぎた。だがそれ以上に隣に座る黒ずくめの紳士からは何の感情も読み取れない。帽子はあるものの、素顔を曝け出しているのにも拘わらず、だ。
「よければこの間にあなたも祝福を試されてはどうです?当然あなたの組織にもメモリはあるでしょう。」
「誠に光栄な申し出ですがお断りさせていただきます。」
「そうですか…よろしければ理由をお聞かせいただいても?」
「職業柄、理性を失う道具は使わないことにしてまして。ドライバーがあるとはいえ、万が一にもあのような姿になるのは避けたい。」
空色の視覚センサーが強化ガラス越しに見える実験場へと視線を移す。壁を突き抜け、密かに聞こえる甲高い悲鳴と共に人が怪物へと変貌する。いや、意志のない機械であるアレは人というより人形と言い表した方が正しい。
「ははっ、あれはあくまでも二本差しによる実験ですよ。あなたほどの適合率をお持ちの方であれば、ああなる事はまずありえない。」
「…通信越しにも見えるのですか?人に備えられたガイアメモリの適性が。」
「ええ。見えていますよ、流石に曖昧ですがね。あなたからは強い黒のオーラを感じます。アームズ*10やエッジ*11などは───」
「私のことなどよりも、どうです。目の前の実験や提供した試作品について話してくれるとこちらと致しましても嬉しいのですが。」
強引に話を切り替える。今後ハンドレッドの力になるやもしれぬ人材を刺激したくはないが、彼の異常なガイアメモリに対する愛に関してはこの上なく厄介であった。それに表情が見えぬ人間ほど信用できない物はないことをシグマは知っていた。
「ああそれですか。見ての通り、非常に役に立っていますよ。適性が一律にないのは残念でしたが、数が多い上に抵抗される心配がないというのはこちらとしてもありがたい。」
背中に羽を生やした
「喜んで頂けて何より。重加速も引き起こせないお試し品ですが、大量のメモリを持つあなたならばこの上なく良く使えるでしょう。」
「ええ。ですが…もう一つの試作品、あれは純粋無垢で子供なのはいいことですが一体だけとは量が少ない。」
「申し訳ございません。こちらでも研究し始めの最新作なものでして。しかし単体性能は保証しますよ。」
左足を引きずりながらゆらゆらと半裸の青年が怪物の前に現れる。二倍以上の体格差のタックルをいとも簡単に受け止めたかと思えば、腰の大きな口を操作し、異形の姿へと変貌する。
「だからこそですよ。異世界の技術と祝福がどう相互作用を起こすか私は早く見たいのです。まあこれだけでも計画は進められそうですが。」
「計画?何をする気で?」
ガラスが液晶となり、写真付きの人物データを映す。盗撮されたであろうその人物の写真にはシグマが良く知る人物が入り込んでいた。
「私はね…欲しい物は我慢しない質でして。もちろん纏めて全部。手に入れます。」
「これはこれは…療養を急がねば。いつ実行するのですか。」
「ですから言ったではありませんか。我慢しないと。」
突如強い衝撃音がガラスから響く。壁の向こうでは内部機械が飛び出た巨大ドーパントが羽も足も角も引きちぎられ、動きを停止している。理性なき人型の異形が本能のままに鉄の死骸を食らう。誰かが舌なめずりをした。紳士がしたとは思えない野生的な音が暗いこの場に響いた。
ディスプレイには丁度姓と名の間を引き裂くようにひびが入っている。中でも大きく割れた部分にはこう書かれていた。
「鳴海 翔子───適合率:99.9%」
「文音と翔子から大体の話は聞いている。」
客人用のテーブルにコトンと2つのコーヒーカップが置かれた。荘吉の雰囲気に押され話をする形になってしまったものの、ツカサは今から何をされるか全く分からなかった。表紙に赤く極秘と書かれた資料がテーブル端で目を引く。なんとなく読み進めていく。
複数の言語を混ぜて書かれていることから、この資料の重要さがうかがえる。大半は隠し撮りされたであろう顔写真と共に、変身したガイアメモリのデータとドーパントの特徴がキメ細やかに記録されていた。変身者の経歴なども記されていたが、そのいずれもがガイアメモリの過剰適合者であり、「意識不明」もしくは「死亡」で締め括られていた。
「坊主。それが読めるのか。」
「あ、はい。読んではダメでしたか…?」
恐る恐る聞く。ソファで珈琲を飲む目の前の探偵は、その鋭利な目線を絶えずこちらに向けている。生まれて4日、生身の人間からこんなにも威圧感を感じるのは初めてだった。
「いや、そちらで分かるなら話が早い。」
ホッと胸を撫でおろす。しかし、何故自分はこれが読めるのだろうか。この知識までもが実験体に備えられた機能とするならば、組織の技術は相当なものだろう。あるいは───と思考を巡らせようとした瞬間、荘吉が口を開く。
「ここ数日、深夜に突然ドーパントが暴れまわる事件が多発している。このリストはそのドーパントの変身者だ。」
「変身者?被害者ではないんですか…?」
「なぜそう思った。」
コーヒーカップが静かに置かれ、角ばった指が資料の方を指さす。意図を察し、もう一度深く読み込む。抱いた違和感の糸をほどき直して、なんとか言葉という布に織っていく。
『ガイアメモリは悪魔の小箱。量産が効くために金と悪意が絡みやすいの。』
「崩壊した研究所でガイアメモリを拾ったとき、ベータさんが言ってたんです。ファイルの人々の人間関係に問題はないし、売人と会っても、大量のお金を手に入れてもいない。加害者だなんて信じられない。だから、この人たちにはメモリを買う理由も使う理由もない。」
「───生まれたてにしては理解が速いな。」
荘吉は立ち上がり席から離れると、ガラス棚から更に複数枚の書類を取り出した。読めば先程と同じ平凡な一般市民の情報だが、こちらの最後は全て「行方不明」で締め括られていた。
「本題はこっちだ。ドーパントの連続的な出現が始まったのと同時期からこの街では市民の行方不明事件が多発している。共通点は一つ。」
「ガイアメモリの過剰適合者…ですか?」
「そうだ。立て続くドーパントの目撃情報とも失踪時期が一致していた。」
新たに二枚の人物写真がテーブルに並ぶ。上空から隠し撮りされたような奇妙なアングルだ。
「この二人は現状確認できる中で最後の過剰適合者だ。同時に尾行及び護衛、そして真犯人の特定を行うためには少なくともドーパントを倒せる力がいる人材が二人必要だ。」
「荘吉さんと…さっき言った文音さんという方ですか?もしくは翔子さん?」
静かに首が左右に振られる。一口コーヒーを味わったあと、香りと共に言葉が放たれる。
「この街でドライバーを使うのは俺だけだ。文音にも翔子にもドーパントを真正面から戦える力はない。」
当たり前のことであるような物言いだった。諦めも悲しみも感じられない。沁みついたコーヒーの香りが苦みを想起させるように、荘吉の言葉一つからその戦いの苛烈さが感じ取れた。
「というわけだ。お前に協力を頼みたい。依頼の前金はすでに黒髪のレディの方に渡しておいた。後はお前の了承だけだ。引き受けてくれるか。」
断る理由はなかった。半人前に何が出来るかは分からない。だが、自分が出来ること、自分しかできないことなら何が何でもやりたかった。
「わかりました。協力します。」
「交渉成立だ。」
無骨な手がツカサへと差し伸べられる。数秒のフリーズの後に”握手”を求められていることに気づき、目の前のそれをガシッと両手で挟みこむ。まるで猫のような動きに、透明な帽子を深く被り、探偵はこれからの捜査に一抹の不安を覚えた。それと同時にこれを推薦した文音と翔子の観察眼を疑うのであった。
「…生まれたての坊主に礼儀作法は難しかったか。」
「ええ!?何か間違ってました?」
「ったっくよぉ…なんで俺があんな格好を…」
「似合ってたわよ、翔子さん。お疲れ様。」
「サ、サンキュー…じゃなくて!俺はハードボイルドな探偵を目指してんのォ!ったく…」
風が鈴を微かに鳴らし、神社の木々を揺らす。屋台の風車がクルクルと周り、出来立ての甘い甘いりんご飴の匂いが風に乗り、鳥居の方まで飛んでくる。薄手のベージュのコートがたなびき、爽風が身体へと伝わった。飛ばされないように黒いハンチング帽を深く被るのは、メイド服から着替えたベータだ。
「この帽子、本当に私が被っていていいの?」
「いいんだよ。この街は俺の庭だが、同時におやっさんの庭でもある。目ぇ盗んで被ったとしてもたまにバレるんだよ……特にこういうおやっさんのお気に入りの場所はな。」
大げさに首を振り、周りを警戒する。革ジャンはそのままに、その下にサスペンダー付きのスーツを着こなす様は男性のようだが、人結びにした長い髪と首下の双丘が彼が彼女であることを示していた。
「そういうのを大声で言うからバレるんですよ、お嬢。」
「げえ!その声は!サムのおっさん!」
気づけば風車屋の前に、強面の和服の男性*12がりんご飴を片手に立っていた。正直な第一印象はヤのつく職業の頭だ。
「そちらはお嬢のご友人ですかい。お初にお目にかかります。ここいらの露店の頭務めてる尾藤勇と申します。」
「ど、どうも。……ベータです。」
「べーた?外国の方ですか。」
「ええ。そのようなものです。」
嘘は言っていない。幸い相手は何故か笑顔を浮かべており、疑念はないようだった。釣られてぎこちない笑顔を作ろうとするも、口だけが横に広がるだけだった。
「なあサムのおっさん…俺が帽子被ってたこと、おやっさんには───」
パシンと強い音が翔子の額にて鳴り響く。あまりの痛さに唸り声をあげる彼女の眩いおでこには赤いあざが出来ていた。
「いっっっってえ……!!」
「すみませんねえ、お嬢。旦那からこれに関しては厳しく言われてまして。」
「んだよ!サムのおっさんも俺が半人前っていうのかよ!」
「そうじゃありやせん。旦那はお嬢のことを思って……」
「亡き相棒の形見だからって話だろ?んなことは知らねえよ!俺は早く認めて欲しいだけだ!怪人とだって戦えるようになったんだ!」
「翔子さん……」
『亡き相棒の形見』それはすなわち、彼女が荘吉の実子ではないことを指し示していた。尾藤は苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。何も言わない彼にしびれを切らし、半人前は黙って林の方へと走り去ってしまった。
「すみません。見苦しい物を。」
「いえ大丈夫です。」
軽く頭を下げ、それ以上は何も言わなかった。彼女と自分はただの協力関係であり、他人を知ることは「ハンドレッドに対抗する」という目標には無意味なものだ。
(それなら、この胸の痛みは。一体なんなのだろう。)
隣を走り去っていく彼女は涙を浮かべ、唇を嚙みしめていた。一瞬のことだったのに、それが脳裏から離れないのは何故なのか。その顔を思い出すたびに胸が締め付けられるのは何故なのか。
「一つどうです?暗い顔じゃ美人が台無しだ。」
「え、ありがとうございます。」
言われるがままに手渡されたのは二つのりんご飴だった。小と大が一つずつ、暖かな日の光を艶やかな飴が反射している。そんな小さな光でさえこの血みどろの眼では眩しく感じた。
「そんな見つめてても味わえないでしょう。ほら、こうガブリと。」
大げさな手振り身振りを元に口を大きく開け、小さい姫リンゴにかぶりつく。砂糖の匂いが鼻を通り抜けると共にカリッという心地よい音が鳴る。咀嚼を繰り返すたびに飴とりんごの程よい甘さが口に広がり、幸福感に包まれる。
「───っ!美味しい……!」
「気に入って貰えて何より。小さい頃のお嬢もこれが好きだったんです。弟子入りしたいって泣き叫ぶのを止めるために旦那がよく買っていまして……」
「ふふっ……今の彼女なら『こんなガキっぽい食べ物』なんて言いそうですけど。」
それに反応するようにサムは物悲しい表情をした。
「少し昔話をしていいですかい?」
小さくうなずく。サムに促され、屋台内のパイプ椅子に座る。本来無意味なこの時間を回避するべきはずなのだが、彼女の心はそれをよしとしなかった。
「お嬢は旦那の実子ではないんです。本当の親は旦那の相棒とこの街一の歌姫のご夫婦で。生まれてからは情報屋みんなで可愛がりましたし、旦那もあの子の前だけでは笑顔を絶やしませんでした。」
今では考えられない荘吉の情報に思わず口を押さえるが、それに気づくことなく、彼は吐き出すように言葉を続ける。
「でもあの日から、旦那もお嬢も人が変わっちまったみたいに……」
「あの日……?」
「───この街で最初の怪人絡みの事件です。愛する人が触れ合うと爆発する怪奇事件にお嬢の両親は巻き込まれて───当然多くのこの街の住人が亡くなりました。」
胸がズキリと痛んだ。苦しむ人の顔を見ると、助けてくれた人々の世界を滅ぼしたあの時を思い出す。まるで今当時者の話を聞いてるかのようで重い自責の念がのしかかった。
「翔子さんは大丈夫だったんですか?」
「不幸中の幸いかその時はたまたま旦那がお嬢を預かっていましてね。ですが、両親が亡くなってから数日間は魂が抜け落ちたかのようで。その後はすぐに元気よく走り回っていましたが、今思えばありゃ空元気だったんでしょう。」
どうしてもサムの顔を見ることが出来ず、他の屋台の方へと目をそらした。別の屋台番をするウォッチャマン達も一連の話を聞いていたのかすごく気まずそうだ。
「───ごめんなさい。」
「どうしやした?」
「嘘を吐きました。私に友人はいません。翔子さんと私はただの協力関係です。」
無言の数秒が過ぎる。友人関係を装えた方が得だったはずだ。しかし、苛まれる罪悪感にベータは耐えられなかった。
「こんな私に友達が出来ていいはずがないんです…私は幸せになんて……」
「……お嬢さん、それは通らんよ。」
「え……」
さわやかな風が吹いた。風車がくるくると回り、青空を背景に鮮やかな色を描く。子供の笑い声が遠くから聞こえてきた。
「あんたと一緒にいるお嬢は幸せそうだった。まるであの小さい頃が戻ってきたみたいに。」
「そうそう!!翔ちゃん、最近思い詰めてばっかでさぁ。一人で暗い顔する時があるのよ。」
「でも、ベータちゃんといる時、ホントに楽しそうなの!」
いつのまにかはっぴを着たクイーン&エリザベスが屋台の両隣から顔を出していた。戸惑いを隠せず、次に出す言葉を迷っていると、サムがベータの前でしゃがみこんだ。
「何があったかは聞かんさ。だが、旦那の言葉を借りるとそうだな。『Nobody's Perfect』だ。」
「誰も完璧じゃない……?」
「旦那はいつだって罪を憎み、人を許してきた。どんなに重い罪を犯そうとも、犯人に贖罪の機会を与えようとしたのさ。それが出来ずに壊れかかってる今でも、きっとそれを信じてる。」
「……でも、私は。余りにも大きな……」
「あんたが自分を許さなきゃ、何時まで経っても前にゃ進めねぇ。それじゃ周りを不幸にし続けるだけだ。」
永遠に許すことはできないだろう。許されることでもない。罪を自覚した時にはこの手は既に血みどろだった。だが、これ以上値に染まるのは御免だと今になったのなら。
「私は翔子さんの友達でいて…いいん…ですか。」
「もちろん!なんならあたし達も友達っしょ。」
「ベータっちと翔ちゃんだけずるい!」
狭い屋台のスペースにギャル二人が押し寄せてくる。どのような顔をすればいいのか分からなかった。だが、口角は自然と上がっていた。
「…その大きな方の飴、お嬢に届けてやれないか。依頼料はさっき食べた小さい飴ってことで。」
「…わかりました。…その…ありがとうございます。美味しかったです。」
「フッ…そんなに気に入ったならもう一つ持っていってくだせえ。泣いた後には飴が一番だ。」
そこでようやく自分が泣いていたことに気づく。思えば泣き虫になったものだと自分を恥じるが、そんなことより今は翔子と話したかった。食べ終わった串をゴミ箱に投げ捨て、屋台の外から新しいりんご飴を取った。涙を拭き、見上げた青空に雲は見えたが、その青は遠くまで澄み渡っていた。
「一体いつになったら……俺は。」
「隣、いいかしら。」
大樹に隠れ、翔子は蹲って座っていた。サム達の言っていた通りの場所だ。有無を言わさずにベータは座り込む。
「…まだ返事してねえだろ。」
「ふふ。ごめんなさい。どうしても話したくって。」
「なんだ?サムのおっさんからお叱りの伝言でも貰って──」
言葉が止まる。一直線に見つめられていた。その眼差しは覚悟に満ち溢れていて、普段の表情の見えない眼とは大違いだった。
「話してないことがあったの。」
事情を伝えたとはいえ、それは必要最低限の一部だ。マイナスイメージとなる情報は入れていない。全てを話す。自覚なく行ってきた自らの所業を全て。許されたいとは思ってなかった。でも、もし彼女が友人になってくれるのであれば。これを話さなければいけないと感じた。
「そうか……お前、そんなことを。」
「騙そうとしてたわけでは無かったの。ただあなたと正面から向き合いたくて、だから───」
「世界を復活させる方法とかないのか?」
「前例はないけれど…」
「それじゃ願いを叶えてくれる何か!」
「え、ええ?まあそれなら確か幾つかの世界に……」
藪から棒な質問に戸惑う。ぐいぐいと顔を寄せてくる翔子にベータはたじろぐばかりだった。
「ならさ!それを探しに行こうぜ!」
「へ……?」
「このままじゃベータは罪の重さに潰れちまう。何百人の人生を奪ったんだ。許せねえことだと思う。でも!お前がこのまま救われないのはなんか違う!!」
「で、でも。世界をまたいで願いを叶えるものなんて…」
「きっとある!何百人もの命を奪ってしまったんならそれを全部取り返してやろうぜ!世界を跨げるツカサとお前ならきっと出来る!」
突拍子も現実味もない。荒唐無稽な夢物語だった。だが、肩をつかみ、自分を信じる目の前の友達はそれを声高らかに叫んでいた。
「ディケイドが世界の破壊者ならその偽物のツカサは世界の救世主だ。まだ話したばかりだけどアイツならそれが出来る気がするんだ。」
「それは……私も同感。彼ならきっと。」
「何なら俺も手伝うよ!」
「え?」
屈託のない笑顔。さっきまでこちらが慰めようとしていたのに、いつのまにか励まされている。少し不甲斐なさを感じるが、これこそが街の人々に愛される鳴海翔子という人間の魅力なんだろう。
「当然だろ。それが依頼ってんなら探偵の俺は絶対に手伝うし、解決する。そして何より───俺はベータの友達だからな!」
「……ありがとう。」
「へっ。なら泣いてんじゃねえよ。」
本格的に涙が溢れそうになる前に、膝の間に顔をうずめ込み隠した。隣に大きな方のりんご飴を突き出す。
「これ。サムさんからの差し入れ。」
「おっ、サンキュー。」
豪快なガリっという音とゴリゴリという咀嚼音が聞こえる。これまた大きな飲み込んだ音の後に横から声が聞こえ始める。
「俺、力が欲しかったんだよ。早くおやっさんみたいになってあの時守れなかった父さんや母さんみたいな人たちを救いたくって。」
「翔子さん…」
「だから今も背伸びしてる。半人前って自覚はあるさ。でも、誰に言われようと足は止まらないし、文音さんの研究だって協力してる。」
激しさを伴わず、つらつらと語る。それをベータは翔子と同じように静かに聴いた。
「どうしてもおやっさんみたいになれないのが辛くってさ。だからお前たちが戦ってるの見た時、街の被害を考えるそばで、本当に憧れたし、やられてた時はこいつらを助けてやりてえって思ったんだ。」
眼前で繰り広げられる戦いを、翔子ははっきりと覚えていた。ベータもまた絶望の中に現れた彼女をはっきりと覚えていた。
「だけど、今は違う。俺と同じような思いを抱えて、仮面ライダーも戦ってんなら…俺はお前らを、仮面ライダーを支えてやりてえ!それが半人前の俺に出来る精一杯だから。」
悩みは晴れていたようだ。木々の間から射す光は眩しかったが、今はそれが心地よかった。
「だからさ…こちらこそありがとう。俺を友達と認めてくれて。」
顔を上げれば、立ち上がった彼女が手を差し伸ばしていた。それをがっしりと掴み、同じように立ち上がる。同じ感謝の念を伝えようと口を開いた。
「ッ!?あぶねえ!」
一瞬の判断によるタックルがベータへの銃弾の直撃を逸らす。即座に立ち上がった二人がスナイパーを探せば、太い木の枝に立つ少年がこちらを狙っていた。
「させるかぁっ!!」
早打ちは翔子の圧勝だった。赤い銃*13から放たれた光弾が枝を木からそぎ落とし、相手は地面に落ちていく。
「…やっぱ使いにくい。こんなのいーらない。」
少年は落下をものともせず、左手の拳銃を放り投げた。ダメージはないようで、首をコキコキと鳴らした。ただ一つ目を引くのは体格にしては異様に膨れたように見える腹部だった。
「えーそっちの黒髪は殺して、もう一人は生け捕り。なんだ簡単そう。」
「あなたは何者。私を狙うってことはハンドレッドの手先でしょうけど。」
「うーん。知らない。」
「はあ!?知らねえだとぉ!?」
とぼける様子もない。目の前の少年は何も知らないことは確かだと言えた。
「だけど、これなら知ってる。」
腹部を曝け出すとそこには、レバーのついた黒い口のようなものがあった。まるで仮面ライダーのドライバーだ。彼の右手に謎の小生物が飛び乗る。
「俺の名はビターガヴ。今けんきゅうちゅーのじっけんひん───だってさ。」
正直にいえば、さほど戦闘能力は高くなかった。だが、その後が問題だった。
「なんだこのロボット!!メモリも使ってきやがった!」
「ロイミュード…!重加速を引き起こさないってことは…奴ら、もうこの世界に進行してきている?!」
「どうした…のっ!変身できなかった…りっ!するわけ?」
その後にどこからか現れた二体のロイミュード*14。即座にメモリを差し、変化したかと思えばビターガヴに加勢するかのようにこちらを襲う。
「片方は蝙蝠*15、もう片方はアノマロカリス*16だ!初期生産品と大量生産品!恐るるに足らないぜ!」
「ええ。まとめて叩く。」
『ドレッドライバー』『スチームライナー』
「これ一旦返す。」
「おうよ!」
帽子を翔子へと返したら、腰にベルトが巻きつけられる前にカードを既にスライドさせる。剣は大振り、二体の怪人の動きはとろく、意志の無いゾンビのよう。牙の弾はあらぬ方向へと飛び、翼による刃で襲い掛かっても避けるのは人間でも容易だ。不良品である何よりの証拠であった。
「そんな弾じゃ当たんねえよっと!!」
『BOMB MAXIMAM DRIVE』
五つに分かれた弾が敵三体に炸裂する。爆発による白煙から黒鎧の戦士が姿を現す。
『ドレッド零式』
「一気に決める。翔子さん、後ろに下がって。」
『バンバンブー』『メカニッカニ』『ゲキオコプター』『バレットバーン』
『『『『ドレイン』』』』
ミサイル、レーザー砲、竹を模した大砲が背後に現れ、両手に黒の拳銃を生成する。必殺技は必要なかった。この程度の敵なら圧倒的大火力の銃撃で片付くという確信があった。
「Fire.」
全弾が一斉に解き放たれる。大量の銃撃音と煙で確信はできないが、少なくとも二体のドーパントが爆散する音は聞こえた。
「耳塞げとかも言えよ、ベータァ…」
「ご、ごめんなさい。」
「ワカレバヨシ。これで残りはこいつだけだ。」
白煙の中からボロボロのビターガヴが出てくる。装甲の四割が欠損しており、先ほどの銃撃が相当効いたと見える。
「機械人形じゃないから一応聞いてあげる。あなたに残された選択肢は二つ。ここで全てを話すか。私にここで倒されるか。」
「ははっ…まだ負けじゃないよ…俺には…これがある。」
どこからか取り出したもの。それはここ数日で見慣れた悪魔の小箱、ガイアメモリだった。
「マズい!」
「おりゃあ!」
『Bird』
とっさの銃撃も虚しく、赤い小箱が胸に突き刺さる。すると、刺した部分を中心にぼこぼこと身体が変異し始める。他のドーパントとは違う明らかに異常な現象だった。
「う、UWAHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!!!」
「ガイアメモリと最新技術のクロステスト…シグマも上手い事考えたものね。」
「言ってる場合じゃねえ!なんだあの姿…仮面ライダーなのか?ドーパントなのか?」
黒い装甲を突き破り、緑の羽が背中から生える。あばら骨が突き破って出たかのようなかぎ爪が胴体では目立ち、左腕は灰色のかぎ爪に変化した。他にもところどころの装甲が緑色の体毛の生えた怪人の素肌に変わっている。
「GUAHHHHHHHHHHHH!!!!!」
「くっ!」
巨大なかぎ爪による攻撃を構えた拳銃で防御しようと試みるも、見事にすぱっと切れる。その勢いで刃先がドレッドへと至りそうになるが、間に発生した爆撃がそれを防ぐ。
「気をつけろ!奴はバードメモリ*17を使った。あの爪、ただの怪人の時より強化されてやがる。」
「バード…始祖鳥の記憶だったわね。ということは───」
「QUAHHHHHHHHHHHHH!!!!」
力任せの跳躍と共に異形が飛び立つ。不格好に荒々しく飛んでいる様は、彼の理性を感じさせない。飛行を背中の翼に任せ、腹の口のレバーを本能のままに回す。
『BEAT YOU BEAT YOU』
「もう一度───くっ…!!」
「おい大丈夫か!?」
「四体同時ドレインはまだ体に負荷が…」
飛び上がっていく異形を前にして、ドレッドは膝をつき、動けない。理性なき怪物は課せられた命令も忘れ、ただ目の前の敵を壊そうとする。
『スパーキングミ エンド…』
「SIIIIIIINEEEEEEEE!!!!!」
赤黒いオーラに纏われた両足が重力によって急降下する。絶体絶命のその時、背後からエンジン音がした。
『SKULL MAXIMAMDRIVE』
『FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE』
カードの列を貫いていく赤い光弾と骸骨状の紫のエネルギー弾が異形を貫く。二人が振り返った先には、二人の仮面ライダー、スカルとダークディケイドがバイクにまたがり、銃を持っていた。
「間に合った…!」
「遅いわよ。ツカサくん…」
「ごめん。尾行していた人が急にドーパントに襲われて…骸骨戦車の中に避難してもらうまで時間かかっちゃった。」
「あれがハンドレッドの支援か。人間じゃない機械がドーパントに変身していた。」
一旦戦闘終了を確認した三人は各々変身を解く。ベータは一瞬ふらつくがバイクから飛び出したツカサによって支えられる。
「ええ。機械人形の名はロイミュード。本来なら意志があるはずだけど、今回はまるでない木偶の棒みたいだった。重加速も発生しなかったし、おそらく不良品のお試し品ね。」
「んじゃあ…この仮面ライダーもどきは何なんだよ…」
翔子が指さした先には先ほど倒した少年が倒れていた。皮膚のところどころが焼けただれ、苦しみもがいている。明らかに副作用だった。
「痛いよう…父さん…どこ…?」
「あの刺し方はおそらく直刺し、しかも未知の生物…なんて…むごい…」
「…っ!」
「ツカサ!?」
思わず走り出してしまう。自分の服を引きちぎり、彼への包帯へと変えていく。
「さっきはごめん…!」
「坊主、そいつは───」
「どう考えたって敵なのは分かってます!だけど…苦しんでる姿を見るだけなんてできない!」
「…私も手伝うわ。」
「俺も!」
ベータがケミーによる傷の治癒を行いながら、翔子の持つ救護用品と共にツカサがてきぱきと応急手当を行う。
「…なんで俺を助けるんだ。俺はお前達を───」
「分かってる。けど、私たちは貴方と話がしたい。だから助ける。」
「おやっさん…!ごめん。」
この時少年は初めて優しさに触れた。この人達になら甘えても許される。そう思い、口を開こうとした。
「いけませんねえ。やはり意志のある子供はこれが面倒くさい。」
人気のない林から突如黒づくめの紳士が現れる。常に微笑むその優しそうな口元はこの場では異様であった。
「お、お父さん…!」
「ふむ。バードメモリは成熟しきったようですね。」
『Weather!!』
反応する間もなく一瞬のうちに少年まで来ていた紳士は耳にメモリを突き刺す。その身体が変化する*18とともに、突風が吹き荒れ、ツカサたちは吹き飛ばされる。翔子と少年を除いて。
「みんな!」
「ねえお父さん!俺頑張ったんだよ!言われた通りメモリ使って…」
「ええ。えらいですよ。ありがとう。」
貫かれる。惨い音と共に。引き抜いたその腕は真っ赤に染まり、手のひらにはメモリが握られていた。
「え…?」
「祝福されし子よ。安らかに。あなたの残した力は私が使います。」
どさっと少年は倒れ伏す。一人そばに残された翔子はその怒りを抑えることが出来なかった。
「お前ええええええええええええ!!!!!!!」
「おっと。祝福なきあなたに何ができるのです。」
「何ができるかじゃねえ!なんで命を奪った!あいつは今…!」
「死ねば成熟したメモリは破壊されてしまいます。だから生きているうちに回収する必要があった。これで十分ですか。」
拳はいとも簡単に受け止められてしまう。それどころか、雷鳴とどろく黒い雨雲に囲まれ、翔子及び全員は身動きが取れなくなっていた。
「まさかお前は…翔子の…!」
「ええそうですよ。仮面ライダー。いや、人殺しの鳴海荘吉と呼ぶべきか。」
空気が凍り付いた。人殺し。荘吉に似合わない言葉に三人は絶句した。
「おや、その様子では娘さんには話していませんでしたか。」
「どういうことだ…!?荘吉さんに限ってそんな…!」
『Spider!』
ウェザーが取り出した白いメモリ*19のガイダンスボイス。なんの変哲もない音のはずだ。しかし、翔子はそれを聞いた瞬間激しく苦しみだす。
「ぐ、があああああああ!!!!!痛い……!!頭が……痛い!!」
「翔子さん!!何をしたの!?」
「可哀そうに…自分で記憶の蓋を閉めた、もしくは都合のいいように書き換えたのですね。」
「荘吉さん!何か言ってくださいよ!荘吉さん!」
探偵は口を閉ざす。隠したかった最大の過去。一生背負うはずだったその罪が暴露されようとしているその時をただ受け入れるしかなかった。
「代わりに答えてあげましょう。最初のドーパントの事件、大量爆殺者の犯人、スパイダードーパント*20は───貴方の父親ですよ。鳴海、いや!松井翔子。」
「あ……ああ……」
「やめて!!」
閉ざされた記憶の蓋が開いていく。心の深い深い奥底に閉まっていたその感情が蘇る。悲痛な叫びがこだまするが、この街に仮面ライダーは今三人しかいない。誰も助けには来なかった。
「そして!それを殺したのにも拘わらず!最後に街の歌姫と相棒による自爆を許してしまったのがぁ!鳴海荘吉さん。あなたですよね。」
もはや言葉にもならない叫び声を翔子が発しだす。唇を震わせる探偵の目元は帽子に隠れて見えない。直後、翔子の身体から紫のオーラが噴出し、林一面を覆っていく。状況は混沌と化していった。
「素晴らしい!これが…ジョーカーメモリの過剰適合者による祝福!!」
「どういうこと!?一体何が?!」
「そうだ…何も間違っちゃいない。」
翔子の帽子がポトリと落ちた。段々とウェザーと翔子が暗雲に飲まれ、姿を消していく。
「マツとメリッサは……俺が殺した。」
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1.ヒマワリロックシード
2.初級インベス
3.レプリケミーカード
4.ヘルヘイム症
5.クイーン
6.エリザベス
7.ウォッチャマン
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9.仮面ライダーダークドライブ
10.アームズメモリ
11.エッジメモリ
12.尾藤勇
13.シュラウドの銃
14.プレーンロイミュード
15.バット・ドーパント
16.アノマロカリス・ドーパント
17.バードメモリ
18.ウェザー・ドーパント
19.スパイダーメモリ
20.スパイダー・ドーパント