目が覚める。コップの底の氷が浮き上がるように。徐々に開いた視界は真っ白な天井を写し、耳に入るのはゴウンゴウンとなる無機質な換気扇の音だけだ。
「ここ──は───」
起き上がろうとした瞬間、体中の関節が軋む。肌のどこにも傷はないのに、痛みが身体を支配する。痛みが脳に電撃を走らせ、靄がかっていた記憶をクリアにしていく。
「シグマめ…!余計な真似を…!!」
フラッシュバックする何百もの一つ目の軍団。斬っても斬っても湧き出る奴らに阻まれ、肝心のターゲットには触れることすらできなかった。倒れて意識がもうろうとしている自分を楽しそうにシグマがいたぶっていたのを思い出し、はらわたが煮えくり返りそうになる。
「…そんな資格も、私にはないか。」
記憶の全体がはっきり見えた事で、自分が今いかに組織に必要ない人材かはっきり見えてしまう。怒りは冷えた水差しで勢いを失くし、その胸に残るのは灰のような屈辱と自分への落胆。思わず殻にこもるように膝を抱える。何が解決するわけでもない。だが、今は自分の世界に引きこもっていたかった。
「…お姉ちゃん?」
小さな少年の声が耳に入る。ふと顔をあげれば、少しだけ開いた扉から顔をのぞかせる二人の少年と目が合った。恐る恐る覗き込む彼らの手は、ドアを握りながらわずかに震えている。
「───敗者には構うだけ無駄ですよ。帰りなさい。」
「で、でもお姉ちゃん。さっきまですごく痛そうで。」
どたどたと歩み寄ってくる二人がもつ籠の中身が視界に映る。包帯、消毒液、痛め止め。どれも初歩的な応急処置にしか使えない。だが、それを覆いつくすように詰められているのはお菓子の箱と袋。籠をおろした2人は中から各々お気に入りのグミとクッキーを取り出し、彼女の前へと差し出した。
「食べて!いっぱいあるよ!」
「こないだ死んだ俺、全然食ってなくてさ。余って困ってたからさ…」
さらりと語られた死。彼らは自分と同じ顔をした”彼”の死をなんとも思っていないようで、胸がざわめく。それは嫌悪感でも何かの予感でもなく、当たり前のように話す彼らを渦巻く状況に対する気持ち悪さだった。
「…いらないの…?」
「い、いえ。ありがとうございます。頂きます。」
それを聞くと、元気だが少し臆病な方の少年ははにかんで笑った。渡されたうちの一つ、六枚入りのクッキーの箱を開け、個包装のチョコチップクッキー一枚を取り出す。相も変わらず全身に走る痛みに耐えながら、なんとなしにかじった。
「お、美味しい。」
「でしょ!?でしょでしょ!!」
サクッとした固くも軽い食感。その後、口の中にチョコの濃厚な甘さが広がり、幸福感が喉を通り、身体の隅々に染み渡る。思えば嗜好品というのを摂取したことのなかった彼女はすっかり夢中になり、大き目だったその一枚をペロリと食いつくしてしまった。
「これも美味しいから食べてみなよ!!コーラ?味なんだって!」
その後はしばらく彼らと憩いのひと時を過ごした。次々とお菓子を進めてくる彼らの勢いに、段々とニューも乗っていき、手術台をチェア代わりに、奇妙なスイーツタイムが緩やかに流れていく。
「俺ら、気づいたんだよ!好きな人達と一緒に食べるこれってめちゃくちゃウマいんだ!」
「カートリッジもそんな時に出やすくて…あっ、これは内緒だよ。」
「あなた達…」
一般的なことをまるで大発見かの如く笑顔で語る二人。それを指摘するほどの過去も経験も持ち合わせていないのに、胸のざわめきだけが、「こんなことはおかしい」と叫びをあげていた。今まで感じた事のない、不思議な感覚だった。21と33が記された彼らの首輪がどうにも邪魔で仕方なかった。
「ねえねえ。お姉ちゃん。」
「なんですか、21号くん。」
「そうそれ。僕らにはこの番号しかないけど、お姉ちゃんには『ニュー』って名前があるよね。」
首の21の番号プレートを叩きながら、少年は問いかけた。至極当然の疑問だが、答えにはいささか困る。包み隠さず話せば、それは彼らがヒト未満の扱いでしかない証以外の何物でもないからだ。
「なんだよ、俺!姉ちゃんに名前ねだってんのか?」
「わ、悪い!?そういう僕も欲しがってたじゃん。」
この子たちは兵器だと、ニューは知識として知っていた。そして、この子らの犠牲を前提として研究が進められていることも。既にデータは取り終え、彼らを診る研究者の誰もが彼らの速やかな死を望んでいるということも。彼女は知っていた。
「名前、ですか。少し待ってくださいね。」
それらを蹴散らして、言葉が漏れてしまった。愛着は不要であり、名前は判別のつくものでさえあればいい。分かっているはずなのに。彼女は彼らを愛しく思った。この場で唯一純粋に自分を思ってくれる彼らの人生に少しでも意味があればと。喜ぶ彼らの声を聞きながら、道端に咲く名前も知らないこの花の名前を考える。
「二人とも。今から言う名前は私たちだけの秘密です。こちらに寄ってきなさい。」
過剰なくらいに近寄るいとおしい二人の少年。シスターの服を着ながら、初めて神に祈る。彼らの未来に少しでも希望があらんことを。そう願いながら、語ったその名は───
「通りすがりの仮面ライダーだ!覚えておけ!!」
ウェザーの怒りが空気を焦がす。それはいずれ赤い稲妻となり、オゾンの匂いと共に、ツカサを襲う。凄まじい爆発音が耳をつんざき、立ち込める白煙が彼らを包み込む。あっけなく直撃したかに思えたその攻撃。しかし、白煙から現れたのは倒れた彼の姿ではなく、紫色のドーム状のエネルギー越しに映る無傷のダークディケイドだった。
「ったく…!啖呵切るだけ切って、丸腰でいんなっての!!」
掲げた細く筋肉質な手をおろすと、半透明のドームはパラパラと無数のトランプカードになって散っていく。キュッと被り直した黒いハンチング帽。それからはみ出た淡藤色の長髪が風にたなびいた。一歩前に出て堂々と立つのは、切り札の巫女、鳴海翔子。頬に残る涙の跡を親指でくっと擦り消した彼女の眼はギッとウェザーを睨んだ。
「たった一回の使用で、これ程のメモリの力を使えるとは。やはり殺すには惜しい!」
「翔子。」
「ん、なんだよ。おやっさ───」
言葉が途切れる。懐から取り出されたそれに、彼女の意識はフリーズし、瞳はその一点を見つめた。それは、この街を守る戦士の証。その背中に憧れ続け、ついぞ正面から見る機会がなかったもの。ずっと憧れたその赤いバックルが、自分の胸元にそっと押し当てられる。
「こ、これって…ロストドライバー…?」
「文音からだ。いつかこうなることを予期───いや、夢見てたんだろうな。戦う俺の横に、お前がいるこの景色を。」
彼女はここが現実なのか疑った。師匠が自分を頼りにしているだけでも夢みたいなのに。また溢れそうになる涙をぐしゃぐしゃにこすって止めて、必死に感情を誤魔化した。
「俺と一緒に街の涙を拭おう。力を貸してくれるか。」
「…はっ…はい!はいっ!!」
溢れ出す涙をそのままに。翔子はドライバーを腰に装着する。一連の会話を見終え、ウェザーはゆっくりと拍手する。まるで滑稽な演劇を遠回しに批判するように。
「感動的ですねぇ。だが、切り札を失った貴方達に何ができるというのです!」
戯言を耳に挟む暇はなかった。彼女は目をつむり、開いた右手に力を込める。まるで何かを掴もうとするように。あふれ出るそのオーラは濃くなるだけでなく、まわりにバチバチと小さな稲妻を発生させる。
「とぼけても無駄だ。種は分かってる。」
突如、轟音が響き渡る。分厚い壁を突き破るようなその音は、高速でこちらに近づいてくる。ウェザーが目に見えてうろたえ始めたその時、ニューに通信が入る。
「はい、こちらニュー。何!?オブジェクトがメモリ倉庫を飛び出し、高速移動中!?」
「切り札の巫女ぉ…!まさかそこまで!!」
「よぉく覚えておくんだな!切り札は自分の手でつかみ取るもんだ!!」
音源が壁を突き破り、一閃の光となり、翔子の右手のひらへと吸い込まれる。紫色のオーラを纏ったそれは、荘吉の握るスカルメモリに、形も色も似た正真正銘の切り札だった。
「おかしいと思ったんだ。あんたみたいな変態メモリ野郎が、なんでわざわざ複製品を使ったのか。答えは『複製品しか使えなかった』だ。」
惹かれ合う巫女と本物のメモリ。尋常でないエネルギーがその身体から溢れ、彼女を覆い揺らめいているのが、メモリ未使用者でも分かる。
「生産されたのは、この純正品だけだったんだろ。だから、直挿しにこだわるあんたは粗悪な複製品なんざ作った。ったく挿される側にもなれって───」
言葉を遮るようにドゴォと音を立て、何かが飛ばされる。反応した時には、その音源は頭上へ迫っていた。隕石のように降ってくるのは、灰色のインベス。翔子をむさぼり喰らおうと、無数の鋭い牙と巨大な口を開くその化け物の凶行を誰も止められない。
「援軍!シータの仕業か!!」
(いや、彼女は別行動のはず。おそらくこれは私が失敗するだろうと見て差し出された保険。…不甲斐ない。)
気付いた時にはもう遅い。ツカサの行動は間に合わない。頭上数mmに接近したのを、ただ見守ることしかできない。悲惨な光景に目を閉じかけたその薄目で見たのは紫の光だった。
『JOKER MAXIMAM DRIVE』
轟音を放ち、彗星が地上から空へと打ちあがる。焼き焦げたインベスの死骸に、翔子を中心に天井と同じまん丸ぽっかりな穴があく。上顎側と下顎側に真っ二つに裂けたそれは、地面にパサリと倒れ、小さく爆発した。
彼女の手に握られていたのは愛用の赤い銃。銃口から吐き出される白煙を、余裕そうにキザったらしく吹き消すと、バチっとスパークした後、メモリを吐き出し、銃は真っ二つに割れた。
「ええええええ!!??壊れたぁ!文音さんに怒られる!!」
先ほどのクールビューティーな姿はどこへやら。慌てふためく彼女にはハードボイルドのドの文字は残っていなかった。呆れて吐いた荘吉の溜息にはどこか安堵も含まれていたようだった。
「改造も受けてない、複合してもない一つのアイテムが…あの程度の能力を出すのですか…?なんて強力な…」
「許さないッ…!!いや許されないッ!!!祝福を受けずして、メモリの最大限の力を引き出すなどォ!!!」
驚愕し、恐怖を覚えるニューと、ありえざる光景に怒り狂う紳士。どうにかこうにかくっつけようとツカサと背を向けていた翔子は、振り返り、にいと口角を上げながら、挑発の言葉を送った。
「そう怒んなよ。メモリの使いすぎより、頭プッチンでポックリ逝っちまうぜぇ?」
有頂天に達した怒りが暴風となり、稲妻となり、翔子の周りを囲む。それだけじゃない。次々とインベスが初級ではあるものの、投げられたように落ちてきて周りを囲む。
だが、降り注ぐ雨を、つららを、雷を、怪物を。彼女を守る紫のカードは一度として通さない。もはやどんなに数が増えたとしても、力の天秤はこちらに傾いていた。
「いくぜツカサ。切り札の拳、見せてやるよ。」
改めてメモリに向き合う。街を泣かせる元凶とその涙を拭うハンカチの二面性を持つこの力が秘める危険性に一瞬ためらいが生まれる。だが、それは、顔を上げれば自然と振り払われる。メモリをばらまく狂人と人を捕食しかけた灰色の怪物。力の中身は後で考えればいい。
『今はただ、この街を守る。』
ただ一つの思いが、手に力を入れ、スイッチを押す。
『JOKER!』
ドライバーのスロットに突き刺さるメモリ。その瞬間紫の風が吹き荒れ、邪魔な風雷をかき消し、生々しく残る涙の痕に黒い刺青が刻まれる。左手をドライバーに添え、右手を目の前で変身した友人を真似るように握りしめる。心臓を握りつぶすイメージが体中に力をみなぎらせる。今、この街を守るため、憧れは現実となる。
「俺…変身ッ!!」
『JOKER!』
倒されるスロット。システム音と共にその全身は漆黒の装甲に纏われる。一瞬牙のように荒々しく逆立った装甲を、吹き荒れる風が抑えつけ、彼女を中心に収束した。紫の風から現れた戦士、その名は仮面ライダージョーカー。この街で生まれた、二人目の仮面ライダー。
その指が元凶たるウェザーへと向く。この街を泣かせる悪党へ、父が幾度となく放ったこの言葉を、ついに自分の口で発する。
「さあ、お前の罪を数えろ!」
「罪だと?ドーパントへの進化こそ!人々の生まれ持つ使命であり祝福なのだよ!!」
「分かんないようなら、一緒に数えてやる。変身。」
『SKULL』
並び立つ骸骨と切り札の戦士。遂に風都を守る仮面ライダーは一人ではなくなったのだ。
「さってと…肩慣らしといくか!」
ぐるぐると肩を回したジョーカーは、一番距離の近かったインベスに急接近する。その強大な跳躍力のまま、腹部に繰り出した底上げのアッパーはインベスを壁面に吹き飛ばし、即座に爆発させた。ベルトのメモリと彼女の付近には未だバチバチと紫の稲妻が走り、溢れ出る規格外のパワーが形となって表れていた。
殴れば、蹴れば、投げ飛ばせば、インベスはダメージに耐え切れず爆散する。増援はほぼ一人の手によって蹴散らされ、手についた汚れを払うジョーカーと後方支援に徹していたスカルだけが残された。
「ウェザーは俺に任せとけ!ツカサはそっちを!」
ジョーカーは狙いを定め、ウェザーへと真っすぐに跳んでいく。拳は受け止められたが、その腕はわずかに震え、彼女の力を完全に受け止めきっているわけでもなさそうに見えた。
「ったく突っ走りやがって…まだ子離れができなさそうだ。頼めるか。」
「こちらは任せてください!!」
力強く頷くツカサへ、感謝する代わりにスカルは小さく静かに会釈を返した。だがそれを見逃すカリバーではない。妨害しようと剣を構え、走り出そうとする。
その力を込めた足を狙い、ライドブッカーの弾丸が横一文字に連射される。受けたダメージこそ少ないが、問題はそこではない。一瞬足を止めた間にスカルは走り去っていき、目の前にダークディケイドが立ちふさがる。
「死にぞこないが…!ハァッ!!」
初撃の対抗に全てを賭ける。残り体力が少ない彼は、一瞬の熟考の末にその選択を選んだ。大きくしゃがみ、刃の届かない相手の懐へと急接近。ギリギリと軋む足のばねが、金属性の床を割る。軋んだ床から両足が離れると、勢いに乗った乱暴なタックルが、その身体を無理やり押し倒す。
「っ…!!速い!?」
「捕らえた!!」
馬乗りで乱暴に拳を振る。カリバーは剣の平で捌くが、乱暴で粗雑なその怪力に、徐々に押し込まれていく。柄部分を狙ったチョップと正拳に耐え兼ね、遂に剣は弾き飛ばされる。
肉弾戦を得意としない彼女は身を守る術を失い、続けざまに右左とフックが飛ぶ。苦し紛れに受け止める掌にダメージが蓄積されていく。左手がわずかに痺れたのを見逃さず、ツカサは大きく振りかぶった。そのダブルスレッジハンマーの構えに、カリバーは強大な痛みを覚悟した。
「お姉ちゃん!これを!!」
走るビターガヴの腹部から生成された剣、ビターガヴガブレイドが吐き出される。射出されたそれを掴み取ったカリバーは防御を捨て、即座に横一文字に振りぬく。両者の捨て身の攻撃。切り裂かれたダークディケイドの胸部と剣とのリーチ差に負けた拳が、この牽制の勝者を表していた。
「ぐっ…!!」
怯んだ隙に、慣性を伴ったビターガヴの両足ドロップキックが横から叩き込まれる。渾身の一撃に弾き飛ばされながらも、ツカサは態勢を立て直す。だがその身体はふらつきが隠せず、蓄積されたダメージ量が見て取れた。
「33号くん、感謝します。21号くんの方は?」
「お父さんの方に行ったよ。クッキーの俺の方が強いからさ!任せてよお姉ちゃん!」
感謝と共に剣を預けた後、愛剣を拾い上げる。その手は震えていた。信念と疑念の狭間でその心は揺れる。短く、小さく深呼吸した後、本能と使命のままにカリバーは相手に剣を向けた。
「…あなたを倒す。───それでしか私の迷いは晴れない。」
落ち着かせたはずなのに、向けた剣の先は僅かに震えている。ゆっくりと向かってくる黒い
「今信じてる正義が、どれだけ多くの犠牲を必要としてることが。」
昨日の少年の最期の顔を思い出す。あのように死んでいった人々が何人もいたのだろう。それを思うたびに、この拳を握りしめ、覚悟が心臓をキュッと締め付ける。
「やめろ。」
「あなたには分かっているはずだ、ニュー。」
「やめろ!私に…それ以外の選択肢はないはずなんだ…!」
脳に直接響く、ひどい頭痛。「組織に従え。世界を滅ぼせ。」と頭の中で誰かが囁く。疑うことは許されない。逆らうことは許されない。この苦しみをかき消すために、あるいは八つ当たりに必殺の一撃を構えた。
『月闇居合!』『ベイキング!』
「一撃で決める…」「お姉ちゃんを…いじめるな!!」
目の前で繰り出されようとする斬撃と弾丸。反撃しようとツカサは一枚のカードを取り出した。その瞬間、耳元で声がした。振り向いても声の主はいない。ホッとした。安心で骨を支える気合が抜けそうになる。それをグッとこらえながら、カードを差し込み、ハンドルを押した。あの言葉と共に。
「変身!!」
『読後一閃!』『フルブラスト!』
放たれる炎の銃弾と紫の刃は一体となり、ツカサへと螺旋を描いて向かっていく。赤と紫に染まった爆炎がその姿を覆いつくす。残った白煙が立ち込める中、戦いは終わったとニューは確信し、ゆっくりと爆心地へと歩みを進めた。
「倒した…のか?私が…」
実感が湧かない。消えるはずの頭痛はまだ残り、心はまだ靄がかったままだ。もはやなんのために戦っていたのか。騎士という殻がドロドロと溶け、空っぽな中身が徐々に見えてくる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ。問題ありません。…21号くんの方に向かいましょう。彼も今頃きっと───」
「彼がこれで死んだと思ったのなら、あなたは二流以下よ、ニュー。」
頭上からの声。思わず彼女はバッと天井を見上げる。青色の眼が映し出すのは、施設の電灯に照らされ、三日月の如く舞い跳ぶ者。白のマントをたなびかせ、現れるのはドレッド壱式。突き出す左手のクローが、警戒するより速く射出され、引き連れたロープでカリバーの身体を拘束した。
「ふんっ!」
壁に貼りついたドレッドが左手を横一文字に振りぬく。投げ飛ばすには至らないものの、カリバーの身体は為すすべなくガリガリと地面に引きずられ、鉄パイプの塀に衝突した。
「お姉ちゃん!?な───」
「おおおおお…っりゃあ!」
白煙の中から拳が飛び出し、ドレッドを警戒していたビターガヴの頭部へ炸裂する。走る勢いと力任せの拳が、全身を地面に叩きつける。そのさなかに彼の瞳が映し出した姿は、倒したダークディケイドの姿ではなかった。
『KAMENRIDE SKULL』
以前と違うその姿にニューは目を見張る。銀色の骸骨と黒いボディ。その体は先ほどジョーカーの助太刀に行ったスカルそのものだ。が、ただ一つ、そのベルトだけが黒と青を基調としたダークディケイドライバーであった。
「なっ…!その姿はまさか!!」
「そう、カメンライドだよ。これで人数はイーブンだね。」
白いマントをたなびかせ、ツカサの隣にドレッドは降り立つ。気丈にふるまうも息が混じりがちな声。今にも膝をつきそうなほどの疲れを隠せていないツカサを見て、先ほどまでの過酷さを察した。口から飛び出そうになったねぎらいの言葉をごくりと飲み込む。遠慮するだろうし、彼に仮面をかぶせるだけだと確信できた。だから無理やり行動で示す。一枚のカードを取り出し、ドライバーに挿した。
『ケアリー ドレイン』
緑色の優しい波動がツカサを包み込む。受けた傷の幾らかが癒え、体力が回復する。ケアリーのカードをクリスタル部からすぐ取り出す。自分への治療にも全力を尽くしてくれたレプリケアリーの声はか細く、このドライバーがケミーの命を吸い取っているのが良くわかった。それでも自分の力になってくれたこのケミーを胸に当て、心から感謝の念を送った。
「回復、必要でしょ。スカルは痛みを感じなくなるだけ。多用しないように。」
『KAMENRIDE DECADE』
「あはは…単身残った末に、右腕動いてないベータさんに言われたくはないなぁ。」
それはそうだと自分でも思った。だが、一応でも注意しないと、このお人よしはどこまでも無茶をする。ここまでフルスロットルでやってきた二番目の理由はそれである。
「でも、生きててよかった。初めておかえりって言えるから。」
「ええ。私も。初めてあなたにただいまって言える。」
再会の柔らかな雰囲気を二人の間を貫通する銃弾が破壊する。攻撃の主の方へと振り向けば、くらくらする頭を抑え、ビターガヴがベイクマグナムの銃口をこちらへと向けていた。仮面の奥で必死に噛みしめられる唇。この場で二者同士は互いを奪う者として敵意を表していた。
「許さない…お姉ちゃんを…!!」
怒りのままに乱射されるベイクマグナム。空中に浮かぶ「サクッ」の文字が誘爆し、二人は煙へと包まれる。反撃が来るまでに、ビターガヴはカリバーを助け起こす。
「お姉ちゃん!大丈夫!?」
「ええ。やれます。まだ手は───」
「ごめん。」
爆煙から飛び出す一つの二重線の十字架。ビターガヴを拘束し、スキャン線が彼から浮き出たバーコードを読み取る。煙の向こう、光線の主はもちろんダークディケイド。砕けた氷の殻から現れる超低姿勢の居合の構え。
『ブリザンモス ナンモナイト ドレイン』
『FINAL ATTACKRIDE DE DE DECADE』
「ディケイド・ヴァニッシュ!!」
飛び出し、裂かれるは横一文字斬り。すかさず跳び上がったダークディケイドに追従するか如く、灰色の数字達にビターガヴは持ち上げられる。身体が動かない。ほんの僅かな抵抗さえできない。冷たい獲物の恐怖が背中を伝い、剣が振り下ろされる。
「ハァァアァァァァァ!!!」
炸裂する渾身の一振り。叫び声は爆発音にかき消され、ぼとりと鎧の解かれた少年が力なく落とされる。紫の騎士は唖然とする。黒く濁り切った感情が喉元を過ぎさり、獣のような叫びとなって吐き出された。
「あぁあぁぁぁ…!!!貴様らだけはぁ!!!」
黒き怒りは炎へくべられ、煤一つなく燃える。弱さへの悔恨は、赤い血流として全身を動かす。空っぽになりかけた器に、コールタールのようなドロドロの何かが流し込まれるのが分かる。苦くて辛い不快な味。唯一の口直しが仇の血であることを、ニューは本能で感じていた。
『必殺リード ジャアクアーサー ジャアクドラゴン』
「切り裂け!潰せ!王の剣よ!」
黒い大剣が生成され、左手に握られる。それと共に、空中でさらに巨大な同形の巨大な剣が姿を現す。その動きには剣術も騎士道もなく。噴き出す感情の嵐が大剣を振り下ろした。
『月闇必殺撃!習得二閃!』
「アスタロトォ!カリバァァァァァァァァァン!!」
振るわれる大剣の動きに合わせ、同形の巨剣が動く。二人は左右それぞれに跳ぶ。金属でできた足場を豆腐でも切るかの如く切り裂き、死の刃が二人の間を断絶する。
「合わせて。ツカサくん。」
「…分かった!ベータさん!」
二人は同時にベルトを操作し、同時に跳び上がった。横一文字に薙ぎ払われる巨剣をよけ、彼らの足が狙いを定める。
『ドレッドブレイキング』
『FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE』
黒と白の炎を纏うドレッドの左足。カードを貫きエネルギーに溢れたダークディケイドの右足。その二つが重なり、巨剣の切っ先に真っ向からぶつかる。
「負ける…わけには…っ!!」
拮抗する両者の力。カリバーの仮面の奥で、噛みしめた歯から血が漏れ出る。このキングエクスカリバーは、ジャオウドラゴンになれない彼女なりの切り札だ。二刀流の訓練も、この巨大な剣を操作する訓練も、寝る暇も惜しんで取り組んできた。だが、人一倍自信のあったその一撃が止まろうとしている。
「「はぁぁぁぁああっっ!!!」」
雄たけびを上げた二人の足に力がみなぎる。剣先にぴしっとヒビが入った。程なく巨人の剣はドミノ倒しのように崩れ去っていく。死が迫っていた。
「あっ。」
口から出たのは言葉でさえない一文字。胸を燃やすどす黒い怒り。積み上げてきたプライド。聖剣に選ばれた誇り。自らの心を支えていたものがことごとく崩れ去っていく音が聞こえた。遂に巨大な柄さえも貫いて、二人の足がニューの鎧を打ち砕き、爆発する。背後で、ボロボロの布切れを纏ったニューが両ひざをつき、ドサッとうつ伏せに倒れた。
「ごめん。限…界。」
黒骸がどろどろに溶けていき、ベータは膝をつく。右腕を抑えるその手は震えており、顔には冷や汗が浮き出ている。限界が近かった。
「ゆっくり休んで、ベータさ───」
変身を解除した直後、視界の端で倒れていたビターガヴが僅かに動いた。のろのろとカタツムリのように。ゆっくりと立ち上がり、軋む足でニューの元へとたどり着いた。
「お、ねえちゃん…」
「な、なんで…あなたは…」
肩を貸し、立ち上がらせようとする。もちろん人一人を支える力なんて彼には残ってなかった。だから飛び出した。二人の腕を救い取り、ツカサは目の前に立った。
「二人とも、生きててよかった。」
一切曇りのない表情で彼はそう言った。馬鹿げている。いや、馬鹿そのものだと本音を漏らそうとする口を必死に閉じた末、シンプルな罵倒が彼女の口からは出た。感謝を忘れぬ騎士のような彼女が、だ。
「貴方は馬鹿なんですか。倒した敵を自ら救い上げるなんて。」
「ええ馬鹿よ。最初からシグマを見逃すお人好しさんなんだから。」
ゆっくりと脚を引きずりながら、ベータが会話に参加する。倒すという強い意志を持ちながら、敵との対話を諦めない。純粋無垢な安堵の笑顔が、そんな彼の意志を二人によく伝えていた。足の力が戻ってきた二人を放し、彼は面と向かって語り出した。
「戦いを止めたい。人々を守りたい。だけど、それにあなた達の犠牲が必要だなんて僕は思いたくない。ただそれだけなんです。」
世迷言で夢見がちな理想論。目の前の青年はそれを、まっすぐこちらの瞳を見つめながら述べた。決して感化されたわけではない。ただ命じられるように意思なく道を決めていた自分を恥じて、ニューは俯いた。そして、心に隔たれた壁が崩れた時、少年はすっと手を差し出した。
「これ、やる。俺たちを見逃してくれたお礼。」
「えっ…うん。」
渡されたのは彼のポケットから出されたぐしゃぐしゃのグミの袋。経験のない行動に困惑するツカサを、少年はキュッと睨んだ。
「嫌い?コーラグミ。」
「いや!違うんだ!こういうの、初めてで…ありがとう。」
ニッと笑った。助けられなかったあの子と同じ顔の少年が。それだけでも、自分のやってきたことが、無駄でない気がして。彼女の心は温かく柔らかい何かで満ちた、そんな感触があった。
(彼らの研究はじきに止められる。組織にいるのと離脱するのとどちらが。彼らのためになるのか。)
答えはとうに分かっていたはずなのに。今、眩い光を見せられても、心地よい闇が今でも足を重くする。その鈍った判断をかき消すように、少年が手を引っ張った。
「お姉ちゃんも食べよ。みんなで食べると、美味しいよ。」
傷だらけでニッと口を横に広げたその笑顔。孤独に苛まれる彼女の中で、最後の一滴が器に落ちる。悩む必要はなかったのだ。微笑み返し、傷ついた身体でゆっくりと足を進めた。
その時だった。
「ッ危ない!!!」
声よりも速く。彼は駆けだす。何よりも優れた第六感と身体能力で、ニューとの位置を入れ替える。抱えた彼女をツカサ側に押し飛ばした彼の顔は、先ほどの笑顔とは似ても似つかない。優しく儚い最後の笑みだった。
骨が砕け、肉の潰れる音が響く。衝撃による風は鉄臭く、埃っぽく、今にもせき込みたくなる。巨大な丸太のような何かが少年を薙ぎ払ったのだ。その丸太のような尾を地面へと叩きつけ、異形の怪物が姿を表す。
見た目はトリケラトプスのようだが、巨体の皮膚を突き破り、ありとあらゆる重火器や刃物が生えている。その姿はまさに
「いや。いやよ。ありえない。そんなの。」
「気をしっかり持ちなさい!!このままじゃ───」
「ええ。あなた達は死にます。このビターガヴの融合獣と、とっておきのこのメモリでね。」
それは、さらなる絶望。メモリそのものが放つオーラに身がすくみ、心臓が閉まり、脳が思考を拒む。焦点を失ったニューの目が虚空を見つめる。右腕を掴む左手がうっ血しそうになるくらいに握りこまれ、ベータの顔はみるみるうちに青ざめていく。唯一真っすぐ見つめるツカサは、今にも逃げだしそうなその脚を力いっぱいに殴り、震えを止めさせる。飲み込まれそうになるほどの感情の渦。そして今ウェザーの胸に突き刺さる、そのメモリの正体は───
「ああ。帝王よ。私に地球の祝福を…」
『TERROR』
今回もお読みいただきありがとうございました。感想、細かな質問、評価にファンアート等も大歓迎です。SNSで#D2Fake をつけての投稿もお待ちしてます。近いうちに9話は出ます。あとで、脚注も書きます!!