恐怖の泥が身体を包み込む。湧き出る怒りが心の臓から内側から身体を燃やし始める。残虐な行為に反旗を翻せ。立ち塞がる敵を切り裂き、罪人の臓物を引きずり出せ。熱く焼けそうな内側とおぞましく冷たい外側に気が狂いそうになる。
(違う。これは僕の願いじゃ───)
思考を重ねても、燃え上がる怒りに追いつかれる。心は二つの感情に押しつぶされ、身動きが取れない。このままではツカサは意識を失い、ダークディケイドが目の前の敵を殲滅するだろう。
「こ──が!私の追───めた力ァ!!」
勝利を確信した笑い声が鼓膜を揺らす。怒りは怪人に狙いを定めた。「殺せ。殺せ。」とひたすらに連呼する。口から吐き出そうだ。いや、もう小さく漏れ始めている。これでいいのかとも一瞬考えたが、首を横に振って考えをかき消す。
(こんなの…こんなの僕の憧れた仮面ライダーじゃ───)
「全くだ。この程度でディケイドを名乗るなんてな。鳴滝も腹抱えて笑うぜ。」
偉そうな男の声。ツカサは意識の中で、声がした方へと振り向く。しかし、眩いマゼンタと白の光に照らされ、その主の姿は全くと言っていいほど認識できない。ただ傲慢不遜な態度で、その場に立っていた。
「だからこれは俺が持っていく。お前がガキじゃなくなるまでな。」
ツカサの胸から黒いものが吸い寄せられ、男の胸に吸い込まれる。イメージ状の産物であるはずなのに、ツカサは肉体的にもその感触を味わった。
「あの、あなたは…?」
「名前なんてどうでもいいだろ。それよりもお前はここにいていいのか。」
男は背を向けた。コツコツと革靴を鳴らしながら、光の向こうへと去っていく。いや違う。空間自体がツカサから離れ始めているのだ。光がより一層強くなり、思わず目をつぶりそうになる。暗い空の眩い星のような彼は一言だけ呟く。
「9つの世界を巡れ。その先に答えはある。」
「何故?一体どこの世界を?」
「知らん。だが、俺達の役割は一つだけだ。」
かすかに聞こえた最後の言葉は、欠けた器にぴったりとハマった。一言も聞いたことが無いのに、まるで生まれた時から知っていたような、そんな感覚がツカサを包む。
「全てを破壊し、全てを繋げ。」
どす黒い炎をかき消し、彼は通りすがってゆく。目を瞑るその最中。わずかに見えたその口元は、小さく微笑んでいた。
「おい!起きろ!」
目覚めは力強いビンタだった。鼓膜にまで衝撃が響き、虚ろだった意識がパチンと鳴って明瞭になる。馬乗りになる翔子が視界いっぱいに広がる。その後ろは灰色の瓦礫のようで、ここが敵の視線から逃れているセーフティゾーンだと直感的に気づけた。
「翔子…さん。ベータさんと、ニューさんと…」
「無事だ。ただ身体は動かねえから、ケミーに守らせてる。」
倒れたまま首を右に回す。そこに倒れたベータは苦々しい表情のまま倒れており、意識は無いようだった
「……ビターガヴくんは……」
「……さっき死んだ。ぐちゃぐちゃだったが、最期の言葉くらいはあいつに残せてた。立派な奴だったよ。」
鳴り響く肉体同士の衝撃音の中で、か細い音が一つ聞こえた。身体を起こし、視線をそちらに向ければ泣いているのはニューだった。瓦礫を組み合わせてできたこの場の隅で、膝で顔を隠し、啜り泣いていた。
それはツカサにとって初めての出来事だった。先程まで戦っていた敵が、人間らしく悲しみに暮れている。敵にも敵の事情があるというのは、至極当たり前に知っていたことだ。それでも、この胸は鉛製のコルセットでも巻かれた様に苦しく、音が鳴るまで肋骨を締め付け、心臓を鷲掴みにした。
「おい、何立ち上がろうとしてんだよ。足震えたまんまだぞ。」
震える足に爪を立てる。布越しに血が滲んだその時、やっとこの足は自由を取り戻し、両の足で大地を踏みしめた。
「外では誰が戦ってるんですか。」
「…おやっさんだよ。化け物とウェザー、両方相手にしてる。なっさけねえよな。」
大胆不敵に笑っていた翔子は一瞬その表情に影を落とし、帽子のつばで目を隠す。ところどころが焼き切れ、ボロボロなそれでも役割は十分にこなせた。
「結局、俺はあの人に何もかも背負わせたまんまだ。」
視線を落としてみれば、腰に巻かれた赤いロストドライバーにはヒビが入っている。ジョーカーメモリを握り締めるその左手には、色濃く血管が浮き出ていた。
「翔子さんは、それでいいんですか。」
「いいわけねえだろ!でも、俺は。」
翔子の身体はいまだに震えていた。涙腺は決壊寸前で、悔しさに血が出るほど奥歯を噛みしめていた。ツカサは彼女の肩を乱暴につかむ。縋るように、寄りかかるように。
「僕だって怖いですよ…!でも、このまま何もせず得る未来の方が、よっぽど怖い!だから!」
顔を上げ、翔子と目を合わせる。今にも泣きだしそうな瞳の二人は、鏡写しのようなお互いの姿を瞳に映した。
「悪魔と相乗りする勇気、ありますか。」
記憶の波が彼女を襲う。それは、幸せの記憶。そして、誓いの記憶。街に待つ仲間、約束した友、自分を育てくれた父とこの街、そしてそこに住む全ての人々。'鳴海翔子'を作り上げた勇気と希望の記憶が彼女を包み込む。彼女は無言で強く頷いた。
「…作戦がある。聞いてくれるか。」
「また一人のようですねぇ!鳴海荘吉ィ!!」
放たれる赤い落雷。スカルマグナムで迫るそれを相殺し、伸縮する棍棒の連撃は拳で振り払う。真珠のような白色から一転、ウェザーの身体は泥に包まれ、雷雲のように黒く染まっていた。未だ広がる恐怖の泥が地面に広がり、いくら精神攻撃に耐性のあるスカルとはいえ、物理的に足が重くなる。
「お前はずっと独りのようだがな。」
「ええ、当然です!恐怖の王に理解者はいらない!」
ウェザーが左手を前に突き出すと共に、暴れ狂う武装恐竜の銃口すべてが一斉に火を噴く。マシンガン、ガトリング、大砲にロケットランチャー。この世で兵器と呼ばれるすべてが生えたそれから放たれる火の雨に、流石のスカルも無傷ではいられない。
「くっ…」
弾の一つが拳に命中し、スカルマグナムが弾き飛ばされ、背後の方へと消えていく。銃の行方に気を取られたその一瞬に、目の前に立ち込めた濃霧から、ウェザーが飛び出してくる。赤熱した腕が一直線で首を掴み、そのまま足を地面から離した。
「たとえ不死身の骸骨でも、火葬してしまえば無意味だ!」
超高温のウェザーの掌とスカルのみを包み込むカンカン照りの日差しがスカルの身体を燃やしていく。苦しみ悶える彼を見て、ウェザーは高らかに笑う。勝ち誇ったように。あふれ出る喜びを隠さずに。
「あなたを助ける者はもういない。あの小娘も、目障りなガキも。何人たりとも私の前には立てない!」
「…言っておくがな。翔子はもちろん、あの二人は四日前からの長い付き合いだ。お前程度の小悪党に平伏すほどやわじゃない。」
髑髏は表情を崩さない。その声は一切の闘志を失わず、恐怖にくじける様子を見せなかった。
「口がよく回りますねえ。お望み通り燃やし尽くしてあげますよ!」
より赤くその腕が発熱する。合成獣の火炎放射器がスカルを捕らえ、新たな炎を食らわせようとする。首の装甲が溶け始め、ガパッと開いたその口から焔が吐き出されようとしたその時、一筋の光が心臓部を突き刺した。倒れ伏し、床に響く衝撃と土煙に思わず目を瞑るウェザー。彼の瞳はその瞬間を捕らえ、先ほどの銃撃が間違いなく二本のメモリを同時に刺し穿ったと確信した。
「「ライダーバットシューティング!!」」
放たれる二発目の弾丸。銃撃の主を認識した瞬間にはすでに遅い。雷雲、水流、竜巻、冷気。無意識に並べたその全てがウェザーを守る。が、切り札の弾丸はそれを意にも介さない。紫色の残光を残しながら、胸を撃ち抜く銀色の弾丸。心臓に結びついた恐怖の記憶が、彼の内部で粉々に砕け散る。
「き、貴様らぁ!!」
引き金を引いた二人の指は今もなお震えていた。だが、それは恐怖からではない。帝王の威圧に打ち勝ち、師を救うこの二撃が成功したことに対する歓喜。銃口から吹き出る白煙が揺らめき、役目を終えたスカルの愛銃は負荷に耐え切れず、粉々に爆発した。
「王様ごっこは楽しかったか、センセ。」
「まさか!テラーの恐怖に打ち勝ったというのか!?」
恐怖とケガで支えきれないそのフィードバックを二人はお互いを支えることでカバーした。震えて引けないトリガーはお互いの勇気で補う。バットカメラで定めたターゲットが重なった瞬間、寸分違わず引いた二人の一撃が恐怖の帝王もどきを貫いたのだ。
「たとえあなたがどんなに凶悪だとしても、人々を泣かせるなら絶対許さない。」
「この身体一つで食らいついてやるよ。――そうだ。その思いこそが仮面ライダーなんだ!」
二人の黒いライダーが膝をついたスカルに並び立つ。この街には仮面ライダーがいる。風都の善良な人々が信じ続けたからこそ、彼らは戦ってこれたのだ。傷ついた師の代わりに二人は、街を泣かせる悪党に男が言い続けてきた、あの言葉を叫ぶ。
「仮面…ライダァ?」
「全ての元凶、井坂深紅郎!!」
「「さあ、お前の罪を数えろ!!」」
苦しみと悔しさを誤魔化すように、ウェザーは怒り狂いながら襲い掛かってくる。その絶叫にかつての紳士さは微塵もない。許されざる夢を打ち壊され、黒に染まったその身体色褪せていく。
「罪がこの体を作り上げた!誰にも!この力を否定させない!!」
「丁度俺も数え直したかったところだ。付き合ってもらおう。」
伸び縮みする棍棒をその拳だけで叩き折り、雷雲を掻き分け、その頭へ回し蹴りを食らわせる。横から襲い掛かる暴風は、ジョーカーの拳に掻き消える。冷静さを失った彼に、隙は火を見るよりも明らかであった。追撃しようと取り出したライドブッカーから一枚のカードが飛び出し、ツカサの手元に収まる。垣間見た一瞬で、ツカサはそれをベルトに投げ入れる。これが状況を打破する最後の一手と確信しての行動だった。
『FINAL FORMRIDE S S S SKULL』
振り上げた腕を、やり投げの要領で投げられたライドブッカーが串刺しにする。動きが止まったその一瞬でスカルの背後に回り、指先を背骨に突き立てた。
「ちょっとくすぐったいですよ。」
指が広げたその隙間から、眩い光が溢れ出していく。やがて光がスカルを包み、その身体を変形させていく。まずドライバーのスロットが増え、Wの文字を作る。スカルのメモリはそこへ移動し、新たに緑色のメモリが右側のスロットに現れた。
『サイクロン!』『スカル!』
右半身がメモリと同じ緑色へと変わる。骸骨だった頭部に肉が付く。新たなその形状はジョーカーに酷似しているが、口元に彫られた歯のようなディテールだけが異なり、スカルの面影を残している。最後に首元のマフラーが灰色に染まる。風都の風がマフラーをたなびかせ、新たな姿を祝福する。その名は、仮面ライダーW サイクロンスカル。この世界で失われたはずのWの戦士。
「これが、俺の新しい姿。」
「行きますよ、荘吉さん!翔子さん!」
「「おう!!」」
新たな力に呼応するように、風が吹きすさぶ。それは今までで一番の風。強く、清涼で、喜びに満ちた風。運命が彼らを祝福したかのように、この街そのものともいえる風が彼らの背中を押す。
「あ、ありえない。ダブルドライバーは再現不可能なはず。」
「今、この場にあるんだ。素直に認めてもらおうか。」
緑色の半身が風を受け、その力を増幅させていく。カラカラだった荘吉の中に活力が沸き立ち、今までとは比べ物にならないくらいのパワーを発揮させる。不思議と身体が無意識に動き、不可避の不意打ちさえも避けることが出来た。
『鳴海荘吉、でよかったかい。』
「頭の中に直接声を響かせるな。誰だお前は。」
『冷静さを失わないとは流石だ。しかし、僕もこの体に入ったばかりで、しかも見覚えのない決戦の場面だ。詳しい事情は語らないでおこう。』
「うわぁ!!おやっさんから知らねえ男の声が!!」
ウェザーの頭に裏拳を食らわせながら、翔子が驚き叫ぶ。それに気づいた声の主は数秒の沈黙の後、吹き出して、笑い声を口で抑える。咳払いをしたのちに、改めて彼は名乗った。
「あなたのお名前は!?」
『僕の名はフィリップ。この名に見合う活躍をしてみせよう。』
怪人の背中を二人の黒のライダーが蹴り、Wへと押し出した。それを見るまでもなく、右半身は腹部へと掌底を食らわせ、その隙に荘吉の左半身が押し蹴りを食らわせる。劣勢にいるという状況を受け入れられず、慟哭するウェザー。もうすっかりその身体は白へと戻り、恐怖の力を失っていた。
「纏めて潰して差し上げましょう!!この一撃でねえ!!」
遠く距離を取ったウェザーを中心に、天にまで届きそうなほどの巨大な竜巻が形成していく。この一撃に全てがかかっている。この場にいる誰もが、そう勘付いた。
『アレを打ち砕くにはマキシマム二つ…いや、三つ分の力が必要だ。』
「なら、俺とツカサとおやっさんで三人分だ。名付けて、ライダートリプルマキシマム!」
再び吹き出すフィリップ。何がそんなにおかしいのか、翔子は不満そうに言葉をぶつける。
「んだよ、フィリップ。俺のネーミングセンスがそんなにツボか?」
『フフッ…いや、君があまりにも彼に似ていたものでね。』
「無駄話をしている暇があるのですかぁ!?」
背後から迫りくる、がらんどうの機械人形。倒れ伏したロイミュードのうち、爆発しなかった三体が糸に操られ、三人に寄りかかる。単調で稚拙な動きではあったが、動きを止めるには十分すぎるくらいだった。
「しまった…!!」
「ぬぅおぉぉ!!」
放たれる巨大な竜巻。この場を地面ごと吹き飛ばしてしまいそうなその一撃が迫りくる。全てなぎ倒すかに思われたその時、悪しき風がその歩みを止めた。
「させない…!勝つのは私達よ!!」
がれきから一歩出たその場所に、左腕を掲げ、右半身をニューに委ねたベータが立つ。唯一動く左手にはケミーライザーが握られ、時を操るケミー、レプリタイムロードのカードが差し込まれ、悠然と光っていた。
「ベータさん!」
「ニュー!大丈夫なのか!?」
「私たちに構うな!!…行け!
止まる竜巻にノイズが走る。残された時間はわずかだ。ライダーは各々の必殺の構えを取る。呪縛は今、断ち切られる。
『FINAL ATTACKRIDE DE DE DE DECADE』
『JOKER MAXIMAMDRIVE』
『SKULL MAXIMAMDRIVE』
脚に力が籠り切ったその時、三人は跳び上がる。竜巻の時は動き出すが、時すでに遅し。風を纏う髑髏が、紫色の一蹴が、カードを貫く金色の一撃が寸分違わず、風に直撃した。
「「「ライダー!トリプルマキシマム!!!」」」
竜巻を三つに分けて跳ね返し、その全てがウェザーに炸裂する。雄たけびと共に爆散するそれを背後に、三人のライダーは着地した。遠くから聞こえるメモリの砕け散る音が閉幕のゴングとなり、戦いの終わりを告げるのだった。
「う、あ…祝福が…消えていく。」
倒れ伏して呻く紳士の元へと、二人の探偵は近づく。いずれも満身創痍だが、変身は解かない。まだ奥の手があるかもしれないと警戒しての判断だった。
『…彼のような者の結末を僕は知っている。』
突然苦しみだす。ウジ虫が湧き出るようにその身体が黒に染まっていく。その正体はメモリのコネクタ。叫び声を放つ前に喉が消える。逃げ出そうとする前に足が消える。助けを求めようと手を伸ばす前に腕が消え、最終的に苦痛と絶望に満ちた表情で塵となって消えた。多くの運命を狂わせた者の末路には相応しくはあったが、あっけなさすぎる感覚も覚えた。
『テラーメモリも刺していたと聞いた。ならばより早く消滅するのは明らかか。』
「悪魔には相応しい最後か。…祝福っていうにはやっぱり邪悪すぎるぜ。」
後味の悪い結末。変身を解いた翔子の表情は苦々しいものだった。抜いたジョーカーメモリがパキンと音を立て、バラバラに割れた。ロストドライバーもスパークし、その腰から外れる。元より限界値を超えた運用であり、初期生産品が耐えきれるはずもなかった。
「…ありがとう。俺の切り札。」
破片を握りしめる拳を額に当てて、感謝した。切り札の名にふさわしく、ジョーカーはその役目を終えたのだった。
『どうやら、お別れの時が来たようだね。』
ふと見やれば、緑色のメモリが粒子状になって消えかかっている。フィリップは周りをぐるぐると見渡し、大きなため息を吐いた。悲しみや疲れというよりも、残念という感情が似合う息だ。
『別世界の風都に対する興味は尽きないが…ああ。』
「そっちの世界にも、おやっさんはいるのか。」
翔子の質問に、フィリップは答えなかった。後にベータは語るが、フィリップと呼ばれる人物がそう名付けられた時点で、彼の死はほぼ確定するようなものらしい。よって彼は、今も師を仰ぐ彼女に気を遣い、何も言わなかったのだろう。
『いつか、君も僕のような人に出会うかもしれない。』
「あぁ?お前のような奴と?」
『ふふっ。最初はうざったらしく思うかもしれないが許してやってくれ。きっと君の唯一無二の相棒になるはずだ。』
メモリは半分まで消えている。持ってあと数十秒だろう。重い口を開けた鳴海荘吉は一言だけ呟いた。
「また会おう、フィリップ。長い別れになるかもしれないが。」
『ええ、鳴海荘吉。あなたにまた会えてよかった。』
最後の一粒が消え、風と共に、Wであった外装甲は全て流されていく。また会えるという確信が不思議と彼らを包んで、踏み出す一歩の足を軽くさせるのだった。
「――これからどうするの。」
巨骸が倒れ残る中、ベータはそれの頭をなでるニューに尋ねた。振り向くと、泣き腫らしたその瞳が朝日に照らされ、眩しく輝く。紫色の眼鏡を外し、青色の瞳が映すのは変わり映えしない安定した現在ではなく、いなくなった彼らが追い求めた未来だった。
「しばらくはハンドレッド内部に潜みます。あなた達の件、不可解な点も多いので。」
「不可解な点?」
「おかしいと思いませんか。なぜ、あなたは真っ先に洗脳されなかったんです。」
それは余りにも常識的な指摘。だが一応理由は存在する。脳改造というのは、一般的に最も難しく、初期段階での失敗を避けるために、最重要として最後に処理することも多い。しかし、それはあくまでも後天的の場合である。ツカサは最初から作って生み出されている。
「ハンドレッドは何かを隠している。私の記憶も含めて。」
ツカサが変身を解き、とたとたと力なく、近づいてくる。安静にしてろと言われていたはずの彼はどうしても
「ニューさん、ありがとうございました。あなたがベータさんを支えてくれなかったら、この戦いはきっと――」
「お世辞は止してください。あの無駄話が無ければ、何事もなく勝てたはずです。私は、誰も助けられてない。」
掌に乗る数匹の眷属―彼らがゴチゾウと呼んでいた―が滝のような涙を流す。目を閉じればフラッシュバックする彼の最後の言葉。恨み節でも、後悔でもなく。彼は二言だけ言って息絶えた。
『僕らに、名前を付けてくれて、家族として扱ってくれてありがとう。』
『お姉ちゃんは、お姉ちゃんがやりたいように、
心臓に深く刻まれたこの言葉が、思い出すたびに全身に熱を滾らせる。腰右横に闇黒剣月闇を深く突き刺す。左には辛うじて残っていた彼らの遺品、ベイクマグナムがひもで結ばれぶら下がっている。懐から取り出した、ブックゲートと書かれたタイトルのその小本を開いた。黒い渦巻が彼女の目の前に現れる。
「ま、また!会えますよね。」
ツカサは思わず言葉を紡いだ。その必死で心配そうな表情に二人の弟を思い出したニューは、優しく微笑み、た。
「いつか。もし私があなた達と旅をするその時は。この数えきれない罪を、一緒に数えてくださいね。」
白い彼岸花のように。かくも儚く映るその背を向けて、ニューは歩み出す。憑き物が落ちたような晴れやかでありつつも、どこか悲しみと寂しさを抱えたその微笑みが。いつまでも、いつまでも。ツカサの脳裏に焼き付いて離れないのだった。
「…きっとまた会えるわ。」
「うん。できれば今度は味方同士で。」
もう戻らない合成獣の死体が横たわるそばで、未来へ向けて小さな一歩が踏み出された。それは、三人の少年が終ぞ踏み出すのを許されなかった、確かに大きな一歩でもあった。
事件は終わり、ガイアメモリをむやみやたらに突き刺す狂人は姿を消した。奴が研究のために多くのメモリを持っていたのが、大きな要因で残るオリジナルのガイアメモリの大半を根絶することに成功した。この街に人が戻り始めるのも、すぐのことだろう。実際、生ぬるい風は消え去り、今じゃこの風都にはいつだって気持ちの良い風が吹く。
「ツカサくん。忘れ物はない。」
「忘れ物って言ったって。僕元々何も持ってなかったし。」
事件から数週間たった今、二人は次の世界へ向けて荷造り中だ。つい先日、ツカサのドライバーがある座標を指し示した。曰く、ここが次の世界への扉だと直感的にわかるらしい。
「お前らなあ。少しはこの街に未練とかないのかよぉ。いい街だぜ、ここは。」
わざとらしく、口をとんがらせて皮肉交じりに声をかける。そうして目を離した隙に、紙が端まで達したので、ぐいっと左から右へとタイプライターのレバーを押し戻した。
「勿論楽しかったし、今まで行った中で一番いい街だったよ!でも行かなくちゃ。」
「ええ。私達の世界はここではないから。」
『お前は街自体、ここが初めてだろ』というツッコミは飲み込んだ。表情からして、こいつ大真面目に言ってやがる。そして、ベータの顔は二人で旅に出る気の表情で満ちていた。こいつらは一切気づかない。タイプライターを打つ俺の隣に鎮座する、パンッパンに膨らんだリュックサックの存在に。
「ただいま戻っ───なんだお前ら、もう行くのか。」
「寂しくなるわね。まるで子供が二人増えたみたいだったのに。」
おやっさんと文音さんが戻り、しみったれたムードがさらに過剰になっていく。ウォッチャマンやクイーン&エリザベス、サンタちゃんにサムのおじさん。今まで世話になってきたこの街のみんなには全員別れの挨拶は済ませてきた。あとは二人だけなのだが。どうも言い出すタイミングがなくて、今日に至ってしまった。
「お、おやっさん!!そ、その実は…」
唐突でしどろもどろな言い出し。その後はつらつらと感謝を述べ続けるだけで、一向に話の本筋を告白することが出来ない。えーと言葉が出なくなり、短く切った後ろ髪を搔きむしった時、ぽんと頭に何かが置かれた。
「この街を離れるんだったな。ベータから全部聞いてる。」
ガーンと実際に鳴ったか錯覚するくらいには、その時のショックは計り知れなかった。がっくりと肩を落とし、俯く自分の頭から置かれた何かが零れ落ちる。パシッとキャッチしたそれを見て、驚愕の赴くままに叫ぶ。
「ウインドスケールの…最新モデルの…帽子。」
真っ白いラインに、黒いボディカラー。おやっさんの愛用する白い帽子とはリバーシブルなその色使いにもはや感動さえ覚える。いや、この目からは雫がこぼれていた。それは一人前の証であり、他でもないおやっさんからの最大の賛辞だったからだ。
「半熟ではあるが、この街を救ったことには変わりはないしな。だが、俺の目の前でそれは被るな。いつか本当に一人前の探偵になった時、それを被って姿を見せろ。」
泣きじゃくったお陰で、前が見えず、親の顔すらまともに見られない。ドライバーを渡してもらった時と言い、意外と俺は涙もろいのかもしれない。背中を細い腕がさすった。おそらくベータだろう。優しく慈愛に満ちたその動きで、より一層声を上げて泣く羽目になった。
涙も止まり、事務所前。かもめビリヤード場の看板の前に二台のバイクが置いてあった。片方はベータのレプリゴルドダッシュ。そしてもう片方は、スカルボイルダー。今日から俺の愛車になる、文音さんからのプレゼントだ。
「あなたの銃とボムメモリも付けておくわ。これで最低限は戦えるでしょう。」
ノープロブレムってところだよ、文音さん。惜しむらくはジョーカーが付いてない事だが、あれは試作品のプロトモデルであったらしく、未完成も未完成。100%以上の力を引き出せたこと自体が奇跡と言わしめるくらいの失敗作とのこと。まあ、運命のメモリだ。また会えると信じよう。
「まだ道は長いか。」
「はい。」
「そうか。ならさっさと行け。時間も惜しいだろう。」
そうやってドライにおやっさんは、ツカサとベータとの別れを終えた。流石のハードボイルドだ。お気に入りの枕。珈琲メーカーに、イレギュラーズみんなの寄せ書き。そして、父と母の間に俺、その横に立つおやっさんと包帯に顔を包む前の文音さんの大切な写真をカバンにしまい、最後の荷物確認を終えた。
「それじゃ。本っ当に、世話になりました。」
「ああ。」
最後の一言がそう短いといくらおやっさんがそういう人間だとはいえ、寂しくなる。何か言い残したことは無いかと、思案しながらバイクを道路へ入らせようとした。その時、たった一言。この口から言い忘れていたことがあったことを思い出した。
「……行ってきます!父さん!そして、母さん!」
恥ずかしくなって、バイクのエンジンを思いっきり回す。別れを告げるエンジン音と共に、かつての相棒は駆けだした。こめかみ付近を水が伝った。もう流し切ったと思っていた涙が、時間を経るほどにどんどんまた増えていく。
「本当に良かったの。この街から離れて。」
「…ああ。女であっても二言はねえよ。一人前の探偵になるって決めたから。」
ただ、それにしても。余りにも多くの物をもらい過ぎた。この街がくれたものは数え切れず、風が背中を押してくれた瞬間は幾千をも超える。湿り気一つない風が、三枚の青い葉を乗せて、どこかへと吹いていった。あの葉はどこへと行きつくのだろう。誰も知らない旅の終わりに、思いを馳せる。
この街は風都。風の吹く街。運命に狂わされた少女の愛したただ一つの街。硬い表情の探偵がいる事務所で、空のコーヒーポットが日に照らされる。黒い茶渋が底周辺に残っているが、珈琲は一滴も残っていない。
また誰かが突然ドアを叩く。誰かがそうやって助けを求める時、探偵は人のため、走る。異形の怪人が現れたとしても、ご安心を。この街を守る仮面ライダーが、ここにはいるのだから。
「さあ、お前の罪を数えろ。」
完読ありがとうございました。風都を去り、彼らはどこへ行くのか。その目に映る新たな世界は───
次回、スカルの世界編、エピローグと外伝(ちょっとしたおまけ話)です。お楽しみに。改めてありがとうございました!!評価や宣伝、感想、ファンアートお待ちしてます!!