2024.9.21
お題「ドーナツ」「涙目」「天使or悪魔」で参加させて頂きました。
最終軸、10歳と9歳のタケふゆ。
翌日が真ん中バースデーという事でタケふゆの色々を詰めました。
「おーい、ねこー!おやつやるからいい加減降りてこいよー」
公園のジャングルジムの上で猫が震えているのを助けようと、猫用おやつを握りしめて格闘すること小一時間。ジャングルジムに登って捕まえようにもひらりと身をかわされ、どうにもできないままオレはジャングルジムの下からこうやって声をかけている。
「さっきの身の軽さで降りてくりゃいいのに…」
九歳の身体の小ささで前の世界の記憶があるってのはなかなかにもどかしいもので、あれだけ動けていた高校生の身体から九歳の身体に戻ればこんなものなんだろうとは思えずに過ごしていた。
大人に助けを求めにいくべきか考えあぐねていたオレの元に、そいつは突然やってきた。
赤い星のアップリケがついた黄色いTシャツにジーンズの半ズボン、膝小僧に大きな絆創膏。赤い風呂敷か何かをマントみたいに巻いたそいつは、オレに笑顔を向けた。
「あの子猫助ければいいのか?オレが助けるから待ってろ!」
そう言ってはるか頭上にいる子猫に手をのばすヤツの瞳の色に、オレは釘付けになった。なぜかひどく見覚えのある、青い色をしていた。友達にこんなヤツいたっけ?いくつもある記憶を手当り次第に探してみる。
「……タケミ、っち?」
あまりにもあっさりジャングルジムから降りてきた猫を抱えるそいつに、おずおずと呼びかける。
「…ごめん。オレ、オマエとどっかで会ったことあるっけ?人違いじゃねえかな?」
投げられた言葉に、オレの身体は竦んでしまった。涙が滲んで景色を歪めていく。オレが覚えている前の世界を、タケミっちは覚えていないんだ。それもそうか、タケミっちは「あの」タケミっちじゃないんだ。あのタケミっちは、死んで――
「じゃあ、オレ用事があるから。猫、大事に預かってくれよ!」
オレの腕に子猫を託してくるりと背を向けると、赤いマントを翻してそいつは走り去った。オレのありがとうの言葉も受け取らず、流れる涙にも気づかずに。
◇◇◇
団地の集合ポストの前で場地さんに会った。泣き腫らしたオレの顔を見るや否や「どこの何奴にやられた?」と、握りしめた拳を震わせている場地さんにタケミっちのことに触れつつ事情を説明する。
「タケミチに会った?しかもオマエ、全部覚えてるってそりゃあ…」
場地さんが驚くのも無理はない。普通じゃこんなこと有り得ないんだろう。オレだってこの世界のオレの頭の中に、見たことのない世界の記憶が流れ込んだ時にはパニックになったんだ。
「でもなあ…オレが見る限り、タケミチに前の世界の記憶がねえ様には見えねえんだが」
場地さんの自室でペヤングを食べながら聞いた話では、タケミっちはたまに、遠い昔を思い出すような目をして物思いにふけっていることがあるらしい。
「…てゆーか!なんで場地さんがタケミっちと先に出会ってんすか!ズリぃです!」そう抗議すると、もうこの世界で東卍が結成されているらしく場地さんは、マイキー君を介してタケミっちの幼なじみというポジションをまんまと手に入れたということを話してくれた。
「そーですか!別にいいです!オレは幼なじみなんかじゃなくて……」
相棒。
オレはタケミっちを前の世界でずっと「相棒」と呼んでいた。それを場地さんの前で口に出すのが気恥ずかしくて、口ごもったまま猫を連れ、自分の部屋へ帰った。
翌日の放課後、また公園にいくとタケミっちがブランコを足で揺らしながら漕いでいるのが見えた。隣のブランコに座って同じように足で揺らすと、タケミっちがオレに呼びかける。
「猫、どうなった?」
変わらず青い瞳を輝かせて微笑むタケミっちの綺麗な顔に一瞬見惚れそうになって、誤魔化すように話し出す。
「あっ、猫ね!二階下の…知り合いと一緒に!飼うことになった、よ!」
話し方が不自然なのをおかしく思ったのか、タケミっちはこちらを向きながら漕いでいるブランコを止めた。
「良かった!猫好きに悪いヤツはいないよな。まるで場地君みたいだ」
「あ……の!その知り合い、場地さんだ!」
「えっ?何だぁ。じゃあ場地君が東卍に連れて来たいって言ってんの、オマエか!」
「は?何その話。初耳!」
「まあ…まだあんまり誰にも言ってねえし。オレ、花垣武道!よろしくな!」
満面の笑みで握手を求めてくるタケミっちの手をそっと握り返す。前の世界で何度も触れた愛しい人の手。じんわり温かくて、泣きそうになる。
「オレ、松野千冬。よろしく…」
「まつ…の?なんか聞いたことある気がすんなあ…」
あるんだよ。オマエとオレは前の世界では相棒だったんだ。いや…オマエが前の世界で死ぬまで、付き合っていたんだ。
涙が零れる。
「そうだ、千冬!一緒に食べようと思ってドーナツ買ってきたんだ。ひとつ食べる?」
バッグから紙袋を取り出して、それを手渡してくる。
中にはふたつ、穴が開いたノーマルなタイプのドーナツが入っていた。
「じゃあひとつ…いただきます」
甘いドーナツが自分の涙のせいでしょっぱく感じてしまう。全部が涙の味にならないように、なるべく少しずつちぎって口の中に入れていく。
「みてみて千冬!」
話しかけられてタケミっちの方にふいと顔を向けると、笑いながらドーナツを頭の上にかざした。
「天使の輪!なんつって!」
――!!!
いくら記憶がないからって、オレの前でやってほしくない。子供らしい冗談のつもりなんだろうけど、オレは全部覚えてるんだ。やり場のない怒りが込み上げる。
「不謹慎!!」
いつかの軽いノリではないその言葉をタケミっちに叩きつけて、せっかくもらったドーナツも半分をブランコの下に落としたまま、オレは公園から走って逃げた。
◇◇◇
もう東卍の集会に初めて誘われるまで、タケミっちには会えないのかも知れない。前日に叩きつけた言葉に後悔しながらそれでも一縷の望みを持って、昨日タケミっちがくれたドーナツと同じものをふたつ買って、公園でブランコを高く高く漕いでいた。
オレのことを思い出してほしいなんて贅沢は言わない。せめて、仲直りしたい。ぼーっとしながら漕いでいたブランコの勢いを緩めて、深いため息をつく。
完全に止まったブランコを、ゆるゆると足で揺らす。今日会えたらなんて言おう。気まずいけどなにか話さないと。謝らないと。
「千冬」
名前を呼ばれたかと思った瞬間、ブランコに乗ったままのオレの背中を、タケミっちはぎゅうっと抱いていた。
「タケ……ミっち?」
「ごめん。ありがとう。全部…思い出した」
「え?!」
「全部…オマエがオレを相棒って呼んでくれてたことも、好きって言ってくれたことも、全部思い出した。だからその…昨日はごめん」
急いで走ってきたんだろう。オレの背中でハァハァと浅い息を繰り返すタケミっちの身体は、もう九月も終わりかけだと言うのに薄ら汗ばんでいる。
何も言葉が出てこずに、オレはただその「十歳」のタケミっちの細い腕を撫で摩る。さっきまで、オレを思い出してほしいなんてのは高望みだと思っていた。なのに、記憶が戻ったタケミっちを前にオレは、嬉しさのあまりに情けなくも泣き崩れそうになっている。
「お詫びと言っちゃなんだけどさ、ドーナツ買ってきたんだ」
「え、オマエも?」
「ん?…えっ、千冬も買ってきたの?」
お互い目にいっぱい涙をためて、それでも偶然ふたりが同じドーナツを買ってきたことにオレたちはけらけらと笑いあった。
ブランコに座って、またふたりゆるゆると足で揺らし出す。
「タケミっち、ドーナツ一個出して」
「お?……はい」
膝の上に乗せた紙袋から、ひとつずつドーナツを取り出す。オレは空中で、自分のドーナツをタケミっちのそれに並べた。
∞の形になるように。
「千冬、少女漫画趣味は変わってねえのな」
「う、うるせー!オレのバイブルだって言ったろうが!」
「かわいいからいいと思う」
「もう…かわいいとか急に言うな!」
「なあ千冬?」
「ん?」
「今会えると思ってなかった。再会するのは早くても中坊になってからだと思ってた」
「うん…」
オレもそんな気はしてたよ。まさかこんな早くに再会できるなんてな。
「オレさ…初めから千冬がいてくれたら、この世界はきっと全部うまくいく気がすんだ」
「タケミっち…」
悲しいことも苦しいことも全部見てきたオマエが、オレを頼りにしてくれている。それが何より嬉しいよ。
「また千冬のこと、相棒って呼んでいいか?」
オレ達は相棒、だもんな。もうずっと一緒にいられるんだ。
「もちろん!オマエが決めたことならなんにだって乗ってやるぜ、相棒!」