※作者のやる気次第で続きが出たりでなかったりします。
※全人類安守ミノリをすこれ
労働の後に最適なプリンとは、容易く選択できるものではない。資本家に覆された報酬と違い、スプーンが一度差し込まれたプリンは元には戻せない。この心のトキメキの行き場を決めるように後悔の無い選択をしたいのだが。
「う〜〜〜〜ん…………」
トリニティ総合学園のスイーツ街の一角、こぢんまりとした手作りプリンの店のショーケースの前で、あたし──安守ミノリは並べられた数々のプリンとにらめっこしていた。
「ゆっくり選んでいいからね」
同伴していた先生に促される。いや、先生といるのは変な意味ではない、たまたま契約の諸々で出張っていた所に居合わせただけだ。せっかくトリニティに来たのだから、美味しいプリンを工務部のみんなに振る舞ったらどうだと言われて、その話に乗ったに過ぎない。
先生に案内されたこの店は、個人経営で一つ一つ丁寧に焼き上げられたプリンで名が知られている、らしい。先生は「あまり高級店だとブルジョアっぽくてミノリは嫌かな?」と言っていたが、別に先生の勧めなら……いや、折角の配慮は素直に受け取っておこう。
「迷うな……」
小ぶりなガラス瓶に詰められた乳黄色のカスタードをはじめ、チョコレートソースのかかったココアプリン、宝石のようなジェルが乗せられたイチゴプリン、その他にも濃厚そうなミルククリームや、何やら物珍しそうなトロピカルなフルーツが重ねられたフレーバーがぎっしりと並べられて、正直なところ……目移りしていた。
チリンリーン♪──いらっしゃいませー
そんな折、入り口ドアの鈴が新たな来客を告げる。金髪を二つアップに結んだその人物は、こちらに気がつくと声をかけてきた。
「あれ?先生じゃない」
「ヨシミ?奇遇だね」
どうやら先生の知り合いの生徒らしい、制服から見るに、トリニティ生か。
「こんなところで会うなんて珍しいじゃない、って……別の女の子とデート中?」
そのヨシミという人は、あたしに気がつくと嬉しそうな声色を一気に沈めて先生に視線を送る──ってデート!?先生と!?
「違うよ、彼女はレッドウィンターの生徒でね、トリニティのお土産にプリンでもどう?って誘ったんだ」
そ、そうだ……別にあたしはデートとかいうつもりじゃなくて、あくまで工務部のみんなのためにであって……、
「ふーん、でもあんまりデートってのを簡単に否定しない方がいいわよ。先生といる価値って結構大きいんだから」
「あはは、気を付けるね……」
そうだそうだ、あたしたちにとって先生と一緒にいる時間は極めて価値あるものなのだから……
「ところでヨシミもプリン買いに来たの?」
「ええそうよ、ってもしかして迷ってる?」
「うん、だからオススメとかあったら教えて欲しいなって」
それを聞くとヨシミという人は得意気になって喋り始める。
「そうね……まあ、プリンにも色々あるけど、このお店のプリンの特色は何よりも濃厚な味わいよ、専属で契約した牧場産の厳選された牛乳をたっぷり使ってるの。卵も卵黄だけを丁寧により分けて使ってるから、コクのある美味しさが味わえるの」
「流石は放課後スイーツ部、詳しいね」
「まーね、だから私のオススメは……この王道のカスタードプリンかしら」
ほほう、やはり一番はカスタードか……だが……
「もしかして、まだ迷ってるのかしら?」
「いや、別にそんなことは……」
「それなら──」
──百聞は一食にしかず!イチオシをご馳走してあげる!
店前のテラス席の一角で、あたしはプリンを前に行儀よく座ってしまっていた。ショーケースの外に出されたガラス瓶はいやが上にもあたしの視線を釘付けにしてしまう。
「さあ、召し上がれ!」
「い、いただきます……」
瓶のキャップを外すと、気泡一つ無いプリンの表面が、陽の光に当てられてキラキラと輝いているのが目に入った。ガラス越しに見ていたときよりもずっと、カスタードの濃い黄金色が胸をときめかせた。
瓶の真ん中へスプーンをひとすくい──ふわりと沈み込んだ窪みに乗った一口はしっとりとして重量感があり、それでいて流れ崩れることはなく、ステンレスの大地に小山を作っていた。
ぱくり──
口の中に入れると、舌先に品の良い甘みが広がる。塊をゆっくりとほぐしながらいっぱいに風味を広げると、卵の深いコクがしっかりと存在感を現す。それでいて牛乳の優しさは僅かな希釈もせず味わいを滑らかに延ばしていく。
「んんんん~〜〜っっっ!!」
美味しいっ!事務局からの支給品とは比べ物にならない美味しさだ!たまらない経験に、眼の前がパッと明るくなったような心地だった。
「喜んでくれてよかったね」
「当然よ!私がどれだけスイーツを知ってるか分かって言ってるの?」
2人が見守る前で、あたしは脇目も振らず一口一口食べ進めていた。
「そういえばいつも思うけど、こういうお店のプリンって、こう、お皿にプッチンできないタイプなんだね」
「そうね、やわらかさ重視のお店とかだと、そもそも崩れちゃってお皿にあけられないみたい。安いやつとかだと、ゼラチンとか寒天とかを混ぜて固めてるらしいけどね」
「なんだと?」
あたしはプリンの混ぜものの話を聞き流すことはできなかった。
「それじゃあ支給品のプリンは水を混ぜるだけでは飽き足らず、混ぜもので固められたプリンだったというのか?そんなもの……プリンに対する冒涜ではないか!おのれ権力者どもめ……やはり奴等は、必ず打ち倒されなければならない!」
「別にゼラチンで固めてるのがダメとは言ってないんだけど……」
あたしの様子を見かねたのか、先生が口を挟む。
「まあまあミノリ、それでどう?そのプリンは工務部のみんなに食べさせてあげたいプリンだった?」
「あっ、ああ、そうだな。このプリンは確かに全ての労働者に平等に振る舞われるべき逸品だ」
「じゃあ、決まりでいい?」
「ああ」
「OK、私が注文してきてあげるから、ミノリはゆっくり食べてて」
「先生、ありがとう」
先生が席を外して、あたしも残りのプリンを食べようとすると、ヨシミが話しかけてきた。
「ねぇ、あんた、レッドウィンター?の子なのよね?私、伊原木ヨシミ、よろしくね」
「ああ、安守ミノリだ。よろしく」
あたしと彼女は握手を交わす。
「えーっと、それで、単刀直入に聞くんだけど──」
ヨシミはやや気まずそうにしながらも、あたしに尋ねる。
「──あんたって、先生のこと、好きなの?」
「えええぇぇぇっっ!!いやっ、別にっ、その……そんな……ことは……ないが……」
「あんた、ちょっと誤魔化すの下手すぎない?顔真っ赤よ」
突然の問いかけに慌てて飛び出た言葉は、ヨシミの言う通り本当の気持ちを覆い隠せるものではなかった。それにしても、あたしはそんな顔をしているのかと、自分でも恥ずかしくなってしまった。
「まあいいわ、別に好きなら好きでいいの。実際、先生って素敵な人だしね」
彼女があっけらかんと口にした言葉から考えると、彼女もきっと同じように、先生のことが好きなのだろう。
「それで?もう告白はしたの?」
「こっ、告白!?いや……まだだが……」
「そうなの?それなりに先生と仲良さそうだったのに、まだそこまでだったなんて」
それはもちろんあたしも先生と……こ、恋人にはなりたいが。
「それならなおさら告白しちゃいなさいよ!」
「いやっそんな……それは先生を独占する行為だ。先生との時間は全ての生徒に平等に与えられるべきであって──」
「はぁ?何いってんのよ。そんなこと言ってたら、他の女の子に先生取られちゃうわよ!」
だ、だが、それでも……あたしは……労働者として……闘わないといけないだけで……。
「いい!?恋愛っていうのは戦争なの!好きな人のハートをゲットするために、オシャレもアプローチも全力でやるの!闘争よ!分かる!?」
闘争……そうなのか、それならあたしも……。
「ふふっ、ようやく分かったみたいね。それじゃあ頑張ってね、もしモタモタしてたら、私が先生をもらっちゃうんだから」
そう言うと、ヨシミはカバンを背負って「じゃーねー」と別れの挨拶をして去ってしまった。
「お待たせー、って、ミノリだけ?」
「あっ、ああ。彼女は先に帰ったよ」
「そうなんだ、あっ、これプリンね」
先生から袋を受け取る。だがあたしの頭の中では、先程の会話が巡り続けていた。
「ミノリ?どうかした?」
きっとここで何もしなければ、ずっとこの関係のまま……でも先生を独占するなどあってはならなくて、それで……。
「あのっ、先生!」
「なあに?」
「先生は、その、他の生徒とも、2人で一緒にスイーツを食べたり、してるのか?」
「えっ!?まあ、そうだね。頼まれて行くこともあるし、これは喜びそうだなって思って買っていくこともあるし……」
無理筋な屁理屈かもしれなかったが、きっと、たぶん、大丈夫、許されると思う。
「それじゃあ、その、あたしとも一緒に食べてくれないか?その……そうじゃないと、不平等……だから……」
もうずっと先生の顔を見られなかった。俯いたまま、あたしは今どんな顔をしているのだろう?正直、想像もできなかった。恥ずかしさを堪えていると、先生はあたしの手を取って答えを返した。
「いいよ、それじゃあ、私とミノリの分、買いに行こっか。何食べたい?」
「っ!?……じゃあ、あの……イチゴの乗ったプリンが食べたいな──」
「わーい!プリンだ!」
「ありがとうございます!部長!」
「よーし!今日も頑張るぞー!」
レッドウィンターに戻って、工務部のみんなにプリンを渡す。みんな美味しそうに食べてくれて、嬉しい限りだ。
「あれっ?部長は自分の分はないんですか?」
「ああ、それか?あたしは──」
──もう、先にいただいたからな。
工務部員のみんなと同じプリンではないのは、秘密にしておこうと思う。
お読みいただきありがとうございます。
ミノリさん可愛いね……
2つの感情の間で板挟みになる女の子は恋愛小説の常道ですが、ミノリさんは平等精神に基づく自己批判という特大のカウンターパートがあるので余計にかわいいですね。
周りの生徒さんには徹頭徹尾ミノリさんの背中を叩いてもらいます。
今回はプリンアドバイザー兼ケツ叩き役として伊原木ヨシミに出演してもらいました。スイーツ部だと一番この役ができそうだなって思ったので。
いいシチュエーションが思いついたら続きを書きます。
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