不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
私は判決を言い渡される罪人のような感覚で、手術が終わる瞬間を待っていた。
砂に浮かぶ血痕は、私の目を吸い寄せて放してくれない。照り付ける日差しが、大海のような砂が私の罪を飲み込むかのように、その跡をだんだんと消していく。しかし、どれだけ自然に飲み込まれようと、絶対にその跡は消えることはなく残り続けるだろう...
他のみんなも何も言わずに佇んでいる。まるで私のことを責めているかのような錯覚に襲われるが、みんななら許してくれるだろうと心のどこかで思ってしまう自分が酷く醜い。例え命がつながったとしても、私が殺しかけたという事実だけは絶対に無くならない。
あの子は車両に運び込まれる前までは呼吸と脈拍は少しだけあったみたいだけど、本格的な手術室ではないこの車両だけの設備で本当に助かるのだろうかと、疑心の念を抱いている。
今回は、本格的な設備がそろった場所まで移動していたら確実に命が無かったからとはいえ、このような場所での手術は行ってもいいのだろうか。
私は医療には詳しくないから分からないけれど、衛生面などの問題で命を落とすこともあると聞いたことがある。
・・・結局はやらないで死ぬかやって死ぬかの違いしかない...
私がまいた種とはいえ、勝手にこんなことを思うのはお門違いかもしれないけどね...
ふと車両の扉がゆっくりと開く音が聞こえた。中から手袋とマスクをつけた救急医学部の人が足を外に踏み出す。
そしてついに私への判決が下された。
「・・・手術は無事終了致しました。命を落とす心配は無いでしょう」
私の胸の内は安堵の気持ちでいっぱいだった。自然と涙腺が刺激され、瞳の中が潤んで視界がぼやけてくる。私には涙を流す資格なんか無いというのに...
救急医学部の人はそのあとに言葉を続ける。
「しかし、この方は怪我をする以前から重度の栄養失調を患っています。その時点ですでに命の危険が付き纏っていたでしょう。
────はっきりと言いましょうか。この方がどのような経緯で撃たれたかは知りませんが、この方の異能が無ければ確実に死んでいます。」
「・・・っ!!」
────言葉が出なかった。実際みんなが来るまでは私も死んでしまったと思っていた。
・・・が、こうして医療従事者から面と向かって言われると心が痛い
撃った本人が言えたものではないけれど生きていてくれて本当によかった...
しかし、「この方の異能が無ければ」という部分がどうしても引っかかる。一体この子に何があるのだろうか
「それってどういうことなんですか...?この方の異能が無ければっていうのは⋯」
私が思っていた疑問をアヤネちゃんが代わりに聞いてくれた。その質問に対する答えがすぐにやってきた。
「この方には、科学では証明できないような力が備わっています。皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。キヴォトスに住む生徒の中には、特殊な能力を持って生まれてくる方がいるということを。」
────っ!!私には覚えがある...!というよりも今現在、変な黒いヤツからいろいろと話を聞かされていたから分かってしまう!
私にもそのキヴォトス特有の力が眠っているという話もされた。確か『神秘』だとかなんだとか言っていた気がする。
その力がこの子にも備わっている...?一体どんな力なんだろう...
「私が先程実際に目にしたのは、自然治癒力の強化。そして恐らくは...
「んっ!!!」
「えっ!?不死、ですか?!!」
「へ?不死ってあれよね?!死なないってコトよね??!!」
「聞き間違いでなければ確かにそうおっしゃってましたね...」
まさかの言葉が飛び出してきた。不死?そんな力が実在するの?あんなに身体が弱いのに不死だって?それが代償だとでもいうの?
「あくまでも私の予想だということを念頭に置いてください。不死の力と言っても不完全なものだと思います。実際に撃たれた瞬間は心臓が完全に止まり死んでいたといえるでしょう。そもそもこんなに酷い健康状態で、あんな怪我を負ったら生きていられるわけがないのです。人の身体の限界として、です。
・・・ですが生きていた。それに加え、手術を行っている際に意識の無いこの方に浮かぶ筈がないヘイローの一部が輝き、全身が淡い光に包まれていたのです。外では分かりづらかったでしょう。その光に包まれている間、ゆっくりと、ゆっくりと身体が修復されていきました。ここから分かるのは、あくまで自己治癒力の強化は死の危機に瀕した際発動する不死(仮)の力の付属品ではないか、ということです。
まぁ本当のところがどうなのか、私は専門家ではないので分かりませんが。今の話は忘れて頂いて構いません。それでは私はこれで...」
・・・衝撃的な話だ。思わず話に聞き入ってしまい自分が今置かれている状況を忘れかけるところだった。
皆もまさかの話に言葉を失ってポカンとした顔になっている。
救急医学部の人はそのままふり返り車両に乗り込もうとするが、ふと何か思い出したのか再び戻ってきた。
「スピリチュアルな話に熱を入れすぎたせいで忘れていました。この患者はあなた達で保護してあげてください。既に傷は癒えかけておりますので」
・・・私としては何も言う権利はない。だが、対策委員のみんながどう思うかだ。元はと言えばこの子はヘルメット団のスナイパーであり、ヘルメット団の団員から見捨てられた立場となっている。もう居場所はない。
特に直接危害を加えられたノノミちゃんやセリカちゃん、それにシロコちゃんはどういった答えを出すのだろう。
もしみんなが拒否したら私が預かろう。怪我を負わせた責任をとらなければみんなに顔向けができない。
みんなの様子を見るとどうやら答えは決まっているようだった。迷う暇もなく答える。
「ん。わかった。」
「まかせてください♪」
「わかったわ。あくまでも怪我が完治するまででいいのよね?」
「皆さんが良いのであれば私も異議はありません。」
みんな本当にいいコたちばっかりだ。私が取らなければいけない責任を自ら一緒に背負ってくれるなんて、申し訳ない気持ちでいっぱいだよ...
「差し出がましいお願いになってしまいますが、私としては怪我が完治した後も面倒を見てあげて欲しいと思っています。その健康状態ではまともな生活を送っていたとは思えないので⋯」
「まって!こいつはヘルメット団のボスよ!仲間の元に帰らせちゃえばいいじゃない!」
「・・・セリカちゃん、この子は団員から見捨てられたんだよ。だから帰る場所はないと思う...」
「あぁ、そうなのですね。・・・ですが妙です⋯。そんな身体でヘルメット団のボスが務まっていたとは思えません。」
「ん...どういうこと?」
そういえば最初の方で気になることを言っていた。
『この方は怪我をする以前から重度の栄養失調を患っています。』
この言葉通りであれば本当にボスが務まらないだろう。だが、姿形は以前みんなと確認したものと確実に同じだ。
まさか本当に影武者だとでもいうのだろうか...?
「先程も言ったと思いますが、この方は栄養失調です。それもかなり重度の。そこまで至るまでには、かなり厳しい環境に長期間身を置いてなければそのような状態になりません。いくらヘルメット団とはいえ、人として最低限の食事は取れるでしょう。先程診させて頂いたところ、銃を扱う筋肉があるのかさえ怪しく思えます。
・・・ですが、この件に関しましてもあくまで外部の者の意見ですので、どうなさるかは皆さんで決めてください。」
(・・・まだ確証は取れない。だけど私はもしかしたらとんでもないことをしてしまった可能性がある...)
落ち着いてきた心が再びざわめき始める。呼吸の間隔が少しずつ短く荒くなっていく。銃で撃ち抜いてしまった時の光景が鮮明にフラッシュバックする。漂い始める血の匂い。胃の奥から込み上げてくる吐き気。頭が痛い...
思わずふらついてしまう。が、横にいたセリカちゃんとシロコちゃんが支えてくれた。
「ホシノ先輩!?」
「大丈夫...?ホシノ先輩...?」
「あぁ、いやぁ...ありがとねえ。迷惑かけてばっかりでごめんね...」
「それに関しては大丈夫なんだけど。どうするの?預かる?」
「みんなが預かりたくないって言うのなら、私が責任もって引き取るよ」
もう覚悟はできている。罪を償う機会があるだけありがたい。みんなには迷惑をかけてしまうかもしれないけれど...
「もぉーホシノ先輩?そんな水臭いことはナシですよ?私たちみんなで引き取るんです!」
「その通りです!それに預かりたくないなんて一言も言ってないじゃないですか!」
・・・ほんとうに、みんなはなんでこんなに優しいのだろう...
こんなにいいコたちばっかりに囲まれている私は幸せ者だ。
「無事結論は出たみたいですね。それでは今度こそ私はこれで。」
「待って!!」
「まだ何か?」
「対価はなに?私はタダ働きさせるつもりはないよ」
一番大事なことだ。貸し借りの関係ほど厄介なものは無い。大人との取引でこのやり取りに失敗すると、痛い目を見ることは既に学んでいる。その場ではっきりさせておかないと、後々になって後悔することになるのだ。
・・・たとえどんなものでも私が返してみせる...
「・・・ふむ。そうですね。対価、ですか。私としては珍しいものを見せて頂いたので無しでもいいのですが、それではあなたが納得できなさそうですね。
・・・わかりました。それでは、その患者の傷が完治したら私の元まで連れて来てください。それで充分です。」
「え?そんなのでいいの...?」
予想外の対価に、思わず拍子抜けしてしまう。間の抜けたような返しをしてしまった。
「それでいいのです。医療に携わる者として、患者の無事な姿を確認できることがやりがいのひとつですので。」
なるほどね...。そういう理由なら納得だ。冷たい雰囲気の人だけど根はやっぱり優しいんだ。
その言葉に場の空気も少しだけ和んだ気がした。みんなの顔も柔らかくなっている気がする。
「わかったよ。約束する。」
「それならよかったです。それでは」
「・・・ありがとね。助けてくれて。」
その言葉に振り返ることなく車両の運転席へと向かう。その後ろ姿を見て、医療従事者のありがたさを改めて思い知った。
車両を見送り、私たちは顔を見合わせる。これからどうするかの話し合いをするために一旦学校に戻ることにした。
今、小狐ちゃんは私の背ですやすやと眠っている。さっき来てくれた救急医学部の人、セナちゃんが言うには、自然治癒が進んでいるので普通に動かしても大丈夫とのこと。あんまりに激しい動きは流石に駄目だけど、おんぶくらいならいいらしい。
私たちは相変わらず誰も言葉を発そうとはしなかった。学校に戻れば嫌というほど考えなければならないことが多すぎる。それまでは各々心身を休めようとしているみたいだ。
私も少し疲れた...普段だったらこの沈黙は気まずいけど今はありがたい。
戻るまでに考えることを纏めておこうかな⋯
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「っはあぁぁぁ...!なんかいろいろありすぎて疲れたわぁ...」
「ん、私も。身体はあんまり疲れてないけどなんか疲れた気分。」
「シロコちゃんそれは多分精神的に疲れたんじゃないですか?」
「確かにいろいろとありましたもんね。なかなかショッキングな光景も目にしてしまいましたから...」
学校に無事帰ることが出来た。今は対策委員会の教室でお話を始めた。さっき沈黙が長かった分、発散するかのようにしゃべっている。各々伸びをしていたり、置いてあるソファに寝っ転がったりなどリラックスした様子だ。
かく言う私は自分がいつも座っている席に座り、いつでも始められるように準備をしている。
小狐ちゃんは保健室に寝かせてあげた。目が覚めるまではとりあえずここに寝かせてあげようということに決まった。
少し休んだところで会議を始めるために声を掛ける。
「みんなー、そろそろ会議始めてもいいかな。まだ休みたかったら全然言ってね」
「はーい、私はもういけます!」
「ん!私もいける」
「私も大丈夫です!」
「もちろん私もいけるけど...ホシノ先輩、なんか優しくなった...?」
・・・ん~痛い所を突かれちゃったなぁ...
私もさっきの今でみんなには迷惑かけたから恐る恐る接してたけど、態度があからさまだったかな...?
「ホシノ先輩も疲れてるんです☆
そんな時もありますよ!セリカちゃん!」
「・・・うん、そゆこと~」
ありがとうノノミちゃん...
後輩にすごく気を遣ってもらってしまった。自分が情けなくなってくるよ。ほんと...
少しは普段通りに振舞ってた方がみんなも楽なのかな
「それじゃあ、臨時の対策委員会会議をはじめるよー。最初の議題はあの小狐ちゃんについて。何か意見あるコはいる?」
「はい!」
「はいセリカちゃん」
「あいつはヘルメット団のボスで、私たちを狙ってたスナイパーなのよね?それなら怪我が治ったらヴァルキューレに行ってみるとかはどう?もしかしたら指名手配が掛かっててお金が手に入るかもしれないわよ?・・・さっきの怪我を見た後だとかなり心苦しいけど...」
「うーん、おじさんは却下かなぁ。おじさんが怪我を負わせたっていうのも勿論あるけど、改めて考えるといろいろ怪しいんだよねぇ。もしかしたらボスでもスナイパーでも、ましてやヘルメット団ですらない可能性が出てきてさー」
「あー、セナさんが言ってた栄養失調の話ね」
「それもあるよ。だけど、私と一対一で向かい合っていたとき、戦う素振りすら見せなかった。
・・・泣いて喚いて逃げて、冷静になって考えたらどう考えてもおかしいって思う。最初から最後まで自分はボスじゃない、影武者だ!って言ってた...
・・・それを......そんな子を私は、何も聞き入れずに撃ち...」
「はいホシノ先輩ストォーップ!!」
「・・・っあ、ごめんね...つい思い出しちゃって...」
「はい!私の案は無かったということで!ほかに意見ある人!!」
だめだな...私は。セリカちゃんにまで気を遣われちゃった
どうしてもあの光景が脳裏に刻まれて忘れられないや...
いけないいけない、ちゃんとしないと。今は会議中。先輩としてちゃんと振舞おう。
「ん!」
「はい!シロコ先輩!」
「ここで飼うのがいいと思う。そして私の子分にする。」
「へ?」
「はい?」
「いやいやいや...!なんでそうなるのよ!?」
毎回毎回とんでもないことを言いだすなシロコちゃんは...
たまには役に立つこともあるけどさ。
今回はどうなるのかな
「ん、直感。なんかパッと見たときにびびっときた。これは子分にしないといけないって。」
・・・だめだこりゃ。
「まぁ、それはあの子が目を覚ましたら好きにしなよ。ご飯とかはみんなであげること。わかった?シロコちゃん」
「わかった...!ありがとうホシノ先輩!」
何がそんなにうれしかったのやら。
目がすっごいきらきらしてるよ。シロコちゃん、やっぱり変な子だ...
「ホシノ先輩もちゃっかり拾ってきた小動物みたいな扱いし始めてますね...」
「もぉー!一体何の話してるのよ!本題にもどるわよ!!次の意見は?!」
「はい」
「アヤネちゃん!」
「・・・結局セリカちゃんが回すんですね...」
「もうあきらめたわ...」
「はい私の意見を言います!完治したらどこかに預けるのはどうでしょうか?アビドスはもう人も少ないので他の区域で引き取ってくれる方を探すのがいいと私は思います。」
まぁまぁ真っ当な意見だ。けど、やっぱりどこか不安があるというか、腑に落ちないというか。なにか一番大事なことを見落としている気がする。
「ん~悪くない意見だと思いますが、皆さん何か頭から抜け落ちてませんか?」
「へ?頭のねじが外れてるってコト?!」
「ノノミ...ケンカなら買うよ...!」
「違いますよー!シロコちゃんという前例もありますし、他の地域に預けるくらいなら
ノノミちゃんがその言葉を放った瞬間、教室内を静寂が支配した。
その数舜の後、みんな一斉に...
「「「「それだ!!!」」」」
「・・・って結局完治するまで面倒見ることの延長線じゃない!!」
「いやいやぁ、そんなことないよー。所属しているか所属してないかだと大きく変わってくるからね」
「具体的には...?」
「・・・アヤネちゃんが答えてくれるってさ」
「えぇぇ!!!私ですか!?ええっと、そうですね...あっ、学校に所属してるだけで一応身分は証明されます!学生証なんか作れば学割なども効くかもしれません!!」
「そ、そうそうそれそれ~」
「ホシノ先輩思いついてなかったんでしょ...」
ギクッ...!まずいかも!本格的に先輩としての威厳が無くなっていく...
「・・・う、うへへぇ...」
苦笑いで誤魔化すしかなくなったよー!ここで嘘なんかついたらさらに信用がなくなるから...
・・・話題を変えよう。うん。そうしよう。
「そ、それじゃあ学校のみんなで面倒を見るってことで!会議はお開きにしよっか~。定期的にあのコの所に行って様子を見てあげてね。目が覚めたらまたみんなで集まろう。おじさんはしばらくはずっと保健室にいるから何かあったら保健室に来てねー。それじゃまた」
そう早口で言い残し保健室へと向かう。
扉に手をかけ静かに開ける。複数あるベッドの内のひとつに人影が見えた。
そこにいる小狐ちゃんはすやすやと寝息を立てて寝ている。
その姿が数時間前の血にまみれた姿に重なる。徐々に砂に染みわたる血痕。止まる呼吸。
・・・冷たくなる
ここまで回復したのは奇跡だ。私が守らなくてはならない。助けてあげないといけない。このコのために何かしてあげないと心が落ち着かない...
・・・このコが目覚めて、例え私のことを嫌っていたとしても陰からでも支えよう。
私の罪からは逃げられない。
まずは真相を確かめよう。このコが本当にヘルメット団の構成員ではないことを...
ここまでお読み下さり感謝しかないです。