不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
あの日からちょうど一週間が経った。未だにあの小狐ちゃんは目を覚まさない。
私は相変わらず毎日を保健室で過ごしていた。すぅすぅと小さな寝息を立てて寝ている小狐ちゃんのベッドの隣で、深い眠りに落ちることなくふわふわと意識の狭間を彷徨っている。
あれから深い眠りにつけなくなったと言い換えてもいい。眠ろうとすると脳裏に焼き付いたあの光景がどうしても過ぎる。誰かの死を直視するのはもう嫌だ...
その死が直接私の手によって引き起こされたものだと思うと、喉を掻っ切りたいような気持ちになってしまう。
だから私は隣にいる小狐ちゃんの命を感じながら寝転がって、安心を得たかったのだ。出来ることなら早く目覚めて欲しい。そして直接謝りたい。
謝って許されることじゃないことは重々承知している。殺しかけたんだ。当然のことだ。
もし目覚めて、私のことを見たくもないと言うのなら喜んで姿を隠そう。お世話はみんなにお願いすればいいだけ。その代わりに必要なものは私が全て用意する。
目を覚ますまでは私が付きっきりで看病している。保健室で寝泊まりしており、家には帰っていない。パトロールはもちろん続けているけれど少しだけ時間を短くした。
看病とはいっても服を着せ換えたり、定期的に身体を拭いてあげたりしているくらい。
今、小狐ちゃんにはセナちゃんから貸してもらった病衣を着させている。ゆったりとしたサイズで窮屈な思いはしないだろう。
初めて身体を拭く際には、身体中に銃創や打撲痕が見えてしまった。最初にそれを見たときは意識が飛びそうなくらい動揺してしまい、しばらく動けなかった。
その後、しっかりと拭いてあげようと思い直し拭き始めるが、お腹にある一番大きく新しい縫い目を見て、あの日の記憶がフラッシュバックしてしまうことが続いた。
それでも毎日拭いてあげる。記憶を抑えつけて、震える身体も抑えつけて拭いてあげる。私がやらなければならない。こんな目に遭わせてしまったのは私なのだから...
今日も私はいつものようにこのコを看ている。他のみんなもいつも通り過ごしている。
ノノミちゃんとアヤネちゃんは校舎の掃除を。シロコちゃんとセリカちゃんは教室で勉強をしている。
みんなが揃っているのは珍しいかもしれない。普段はバイト等で誰かしらが外に出ていることが多かった。
・・・日差しが心地いい...
窓の外から差し込む光が程よい眠気を誘ってくる。このまま眠りにつけたらどれだけ幸せなのだろうか。
微睡みながらそう思う。
そうしている内に、隣のベッドからガサゴソと物音が聞こえてきた。ふとそちらの方に視線を向けると、眼を覚ましたばかりなのか、完全に開ききっていない眼で、布団をどかしている小狐ちゃんの姿が目に入った。
「・・・え?起きた?」
動揺により口から思っていたことが漏れてしまう。それが耳に入ったのかあのコが先程よりも開いた眼でこちらを見てきた。
目が合う。互いに何も言葉を発さない。見つめ合う時間が続く...
その沈黙を破ったのは相手の方だった。
「あ...あぁぁぁ...!ころさないで!ころさないでください...」
そう言い、顔を歪め布団の中に潜り込んでしまう。布団を被っていてもガタガタと震えているのが伝わってくる。
・・・当然だ...あのコの最後の記憶は自分のことを殺そうとする私の姿なのだから。
なんて声を掛ければいいのか分からない。殺されかけた相手に何を言われても安心できる訳がない...
他のみんなを呼んで来よう。うん、それが一番このコのためになるはず。そう思いみんなが居る所に行き、小狐ちゃんが目覚めたことを伝えた。みんな口々に驚きの声を上げ、保健室へと急いでいった。
保健室の扉を開け小狐ちゃんが丸まっているベッドに近付く。私はみんなの後ろに隠れるようにして様子を伺う。
「おはようございます♪身体は大丈夫ですか?」
ノノミちゃんが明るい声で話し掛ける。このコはノノミちゃんのことを私の仲間だと認識しているだろう。反応を返してもらえるだろうか...
「・・・だいじょうぶ...」
「そうですか!それは良かったです〜!あなたが無事で私も嬉しいです☆」
「・・・うん。」
───────驚いた...。まさか本当に返事が返ってくるなんて...
小狐ちゃんは布団からちょこんと顔を出しノノミちゃんのことを観察している。ノノミちゃんの優しい雰囲気がこのコの気を許させたのだろうか。
確かにノノミちゃんのふわふわとした包容力のある雰囲気と話し方は私もリラックス出来るくらいだ。他のみんなは小声でひそひそと会話をし、二人の邪魔をしないようにしてる。
「ここはノノミ先輩に任せた方が良さそうね...」
「ん。」
「そうですね。私たちは見守ってましょうか...」
私も賛成だ。他の三人ならまだしも、私は出て行けるはずがない。そのためにみんなを呼んだのだから。
ノノミちゃんは流れるように言葉を続ける
「あなたはどこから来たんですか?本当にヘルメット団のボスなんですか?」
「・・・ちがう...!ぜったいに違うんだ!ボクはずっとホームレスとして路地裏で過ごしてた...そしたら住処を追い出されて歩き続けてたら意識を失っちゃって...
─────そこをヘルメット団に誘拐されたんだ...」
「・・・っ!!」
・・・とんでもない話だ。多分このコは本当のことを言っている...
セナちゃんから聞いた話を含めて考えると辻褄が合う...!
あの時の私は怒りで視野が狭くなり過ぎてた。何を言っても信じられずにハナから否定してしまっていた...
「そうだったんですね...でも、姿があのヘルメット団のボスと同じだと思うのですが。まさか本当にただのそっくりさんということですか?」
「うん。あいつのヘルメット外した姿は見た事ある...?」
その質問にノノミちゃんは私の方に目線を向けてきた。私はヘルメットをつけたあの姿しか知らない。そう思い首を横に振る。
「見たことは、ないですね...」
「・・・あいつはネコミミなんだ。そして顔も違う。似てるのは頭を隠した時のただパッと見だけなの...」
─────まさかの落とし穴だった...
本当に酷いことを、このコにしてしまった...
ごめん...ごめんなさい....!
胸が締め付けられる。手が震える。取り返しがつかなくなるところだったっていうのに、私はまだ直接謝ることすらできていない...
***
・・・またこれだ…
酷い目にあった後、意識が戻る寸前のあの感覚。これで何回目だろう。
ボクは身体が弱いからすぐに死にかける。ボクに暴力を振るってくるヤツらはボクが死なないように手加減してるつもりでいるんだろうけど、それで全然死ねるのだ。ボクは弱っちいから。
本当に死にかけた時、意識が覚めた後は自分の中に存在していた
その感覚がある時は必ず、ボクのあたまに浮いてる輪っかを構成してる金色の勾玉のひとつが色褪せる。今こうして意識を失う前は、九個あるうちの六つが色褪せていた。
今回もその感覚を覚えている。つまりこれで七つめ。全部色褪せた時、ボクはどうなってしまうんだろう...?
このナニカの正体は自分でも分からない。ボクの身体の生命力が高いことと関係があるのだろうか...?いくら考えたところでどうせ分かりっこない。
そろそろ目が覚めそうだ。次に目が覚める場所は何処になるだろう?
あのピンク髪のあの人の所は出来ればいやだ。多分まともに話せそうにない。
あの人が悪い訳では無い。ボクの心が弱いからどうしても怖いのだ。もしその人の所で目が覚めたら隙を見て逃げ出そう。嫌な態度を取ってしまうだろうから気分を悪くさせる前に...
''目を覚ます''
瞼が重い。身体が重い。どれくらい寝ていたのだろうか。重い瞼の上から陽射しが差し込んでいることが感じられる。
次第に視界が開けてきた。ここは真っ白いベッドに真っ白い布団の上。目の前には人の姿。よく目を凝らす。向かいのベッドに寝そべるピンク色。
(─────やばい...やばいやばいやばい....!殺される....)
その姿を見た瞬間、冷静さを一瞬にして失った。頭の中が真っ白になってしまう。口から漏れるのはひたすらに謝り倒す言葉と許しを乞う言葉だけ。
堪らず布団の中に潜り込んでしまう。こんな布団で自分を守れるわけが無いというのに。身体はガタガタと震えて収まりそうにない。
すると、その人はベッドから降りどこかに行ってしまったみたいだ。布団の中で安心する。次第に冷静さが戻ってくる。
しばらく布団の中にいるとまた誰か来たみたいだ。今度は複数の足音が聞こえてきた。あの人の仲間だろう。どんな人だろうとボクは絶対に信じない。ボクを殺しかけた人の仲間なら同じくらい怖い人だろうし...
「おはようございます♪身体は大丈夫ですか?」
その声を聴いてボクは気づいたら布団の外を覗いていた。声の発生源と思われるひとの姿が目に入る。
優しそうなひと。雰囲気がすき。柔らかい髪色。安心する声音。
ボクはあっという間にそのひとに心を開いてしまっていた。そのために、質問にもあっさりと答えてしまう。
そしたら再びあの質問をされる。
ボクがヘルメット団のボスなのかどうか...
それに対してボクも努めて冷静に答えた。あの時は恐怖に怯えすぎてしまい、まともな答えを言えていなかった気がする。同じことを何回も繰り返し言ったところで信じてもらえないのも当然だ。
だから今回はちゃんと答えられたと思う。なにがどうなってボクがあの場所に居たのか、結構端折っちゃったけど大まかな流れは伝えることが出来た。
ついでにあのヘルメット団のボスの容姿についても全部暴露しちゃう。なんでヘルメットなんてものを被って暴走族をやろうなんて思いついたのだろうか。ばかだよ。ほんとに。ばかばっか。
ボクが質問に答えた後、何故かみんな静まり返ってしまった。どうしたんだろう...そんなに衝撃的な話だったのかな?
なんて思ってたら、後ろからまたピンク髪のちっちゃい人が現れた。
(やっぱりだめだ...!本当に怖い...あのときのような雰囲気じゃないけど身体がその場から逃げ出そうとしちゃう...!)
すると、突然話し始めた。いったいなんだろう...?また何かされてしまうのだろうか...
「・・・あの、本当に、ごめんなさい...。謝って赦されることじゃないと思う。だから赦さなくても大丈夫。私はキミに直接謝りたかったんだ...」
「・・・え...?」
「あの時の私はどうかしてた...。ノノミちゃんがやられて頭に血が上っちゃったんだ。いいや、これも全部言い訳だね。キミの言うことを何一つ聞き入れようとしないで、一方的に酷いことをした。これがすべて...。ほんとうに、本当にごめんね...」
・・・まだ身体は震えている。顔を合わせるのも正直怖い。だけどこうして謝ってもらっている。
結果的にボクはこうして生きているし、何も失われていない。赦すも何も悪いのはヘルメット団であってこの子じゃない。だからボクは...
「・・・いいよ。おねえちゃんはなにも悪くないし。悪いのはヘルメット団。ボクはただのヘルメット団の被害者。最初っから怒ってないよ...」
「────っ!ほんとうに、いいの...?」
「うん...いいよ。」
「そっか...ありがとね...」
涙ぐみ始めてしまった。ボクが泣かせたみたいで、なんか罪なオンナってやつだ。
それはそうと、そこにいた五人は仲良く慰め合っていた。
ボクはお邪魔みたいだ。今回はボクがいたせいでいろんな人を不幸にしてしまった。ボクはやっぱりひとりで生きていくのがお似合いなんだ。
ずっとここにいるのも申し訳ない。今夜にはここを出て行こう...それまではここに居させてもらえるはずだし。
身体は普通に歩けるくらいには回復しているはず。外に出たらどこにいこっか。今までは人通りの少ない場所を狙っていたけれど、いっそのこと人通りの多い公園とかを住処にしてもいいかもしれない。襲われていたら誰かが助けてくれるかもしれないし。
よく考えたらいいことばっかりだね。なんで今までこの発想に至らなかったんだろう?
というわけだからボクは夜に備えて寝る準備を始めた。五人に申し訳ないのでさっさと寝ることにする。布団に潜り込む。ボクの特技は布団に入って五秒以内に眠れること。それじゃおやす...Zzz。。。
***
「寝ちゃい、ましたね...」
「うん...寝ちゃった、わね...」
私がみんなから慰めてもらっている間に、どうやらこのコは寝てしまったみたいだ。疲れてるところをわざわざ捕まえて話してしまったからかも。
それにしてもなんて心の優しいコなんだろう...あれだけのことをしてしまったというのに悪いのはヘルメット団だから怒ってないなんて、人が好いにもほどがある。
そんなコを撃ったことを私は一生引きずるだろう。むしろ忘れないでいたい...私の罪として、二度と失敗しないようにするために...
「そういえばアビドスに入学してもらう件について伝え忘れてしまいました〜」
「大丈夫。起きたら私が一番最初に伝える。そして子分にする。」
「シロコ先輩それ本気だったの!?っていうかひよこみたいに刷り込みしようとしてない!?」
「あ、あはは...シロコ先輩、それ効果あるの鳥のひなだけだと思いますよ...?」
「ん...残念。でも子分にはする。これは決定事項。」
「すごいこだわるね、シロコちゃん...」
私もあのコが増えた後のアビドスでの日々を想像する。最初は色々と慣れないこともあって大変かもしれない。だけど、なんだかんだあっても結局は楽しかったねで終わるような、そんな日常。
ノノミちゃんがご飯を食べさせてる。シロコちゃんと追いかけっこをしている。セリカちゃんと楽しそうにおしゃべりしてる。アヤネちゃんに勉強を教えて貰っている。
簡単に思いついたものを並べてみても、これだけの楽しみがある。
私はまだ怖がられているみたいだから、まず普通に接して貰えるようにするところから始めよう。
今はまだ午前だ。引き続き私は保健室の番人としてこのコを見守っていよう。みんなはどうするのかな?聞いてみよう。
「午後はみんなどうするの?」
「私とシロコ先輩はお金を稼ぐために指名手配犯を捕まえに行こうってさっき決めたわ」
「ん!準備万端。一応網も用意した。」
「網は要りません!」
「わかった...。ごめん、セリカ...」
「そんな落ち込まないでよ...!私が悪いみたいじゃない...」
「りょーかーい。ノノミちゃんとアヤネちゃんは?」
「私たちは引き続き掃除をします!」
「ピカピカにしちゃいますよ~☆」
「おっけ~。それじゃ、この場は一旦解散しよっか?」
それでみんなはそれぞれが居た場所に戻って行った。
私は安心感から眠気が襲ってきた。久しぶりに深い眠りにつけそうかも...それもこれも優しいあのコのおかげだ。
・・・これからはキミのことも誰にも傷付けさせやしないからね....
意識が沈んでいく。
青く澄んだ水面下から暗い海の底へ。
久々の眠りを祝福するかのように私の周りに集まる小魚たち。
目の前には大きく口を開けたくじら。
私をだんだんと呑み込んでいく。
真っ暗な闇の中、私の意識は夢の中へと消えた