不幸な小狐は幸せを探す   作:うしさん

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12000文字です。のんびりお読みください。


ゲヘナに行こう!【裏】

 

 

私の一日は暴動の鎮圧から始まり、仕事で終わる。睡眠の時間は殆ど取れない。そもそも暴動なんて日常的に起こりすぎて、一日の始まりが何時なのか分からない。

 

まるで機械的にプログラムされたロボットのようだ。

 

書類仕事があれば無くなるまでやる。その間にテロや騒ぎが起こったら鎮圧しに行く。毎日毎日同じことの繰り返し。

 

だけど私は逃げ出す訳にはいかない。これが風紀委員長としての責務なのだから。

 

他の風紀委員に任せてもいいのだけど、私が直接手を下した方が効率がいい。だけどそんな事を繰り返していると、アコを始めとした風紀委員の子が私に休むように言ってくる。

 

結局それを聞いて私も休もうとするけれど、最近上手く眠りに付けない。書類仕事や、ゲヘナの風紀の乱れがどうしても頭の中を過ぎってしまう。まるで眠り方を忘れてしまったかのように意識が落ちてくれない。

 

だから休みを貰っても、眠れもせず仕事もさせて貰えないその状況が私にとって辛い。どうすることも出来ずにぼーっとしていたら、またすぐに暴動に対処しきれなくなって私が呼び出される。

 

私としてもおかしいと思うけれど、呼び出されたその瞬間は逆に安心する。何もしない状況よりも、仕事をしていた方が落ち着くというのは異常だと私も思う。完全なワーカホリックに陥ってしまっている。

 

 

今だってそう。アコやイオリに休んで欲しいと言われて執務室で一人座ってるけど何もする事がない。こっそり書類を片付けてもいいけど、後でアコにバレたら面倒臭い。

 

どうせまたすぐに呼び出されるのだろう。そんな事を考えていたらスマホに着信が入った。やっぱりか、と思いながらも電話に出る。

 

「場所はどこ?」

 

『ヒナ委員長!手を貸してください⋯!

・・・え?今なんて⋯⋯?』

 

「だから場所よ。手を貸すから手短に何処かだけ教えて。」

 

『は、はい。場所は─────』

 

 

場所を聞いてすぐに用意を済ませ部屋から出る。そこまで遠くないから走っていけばすぐに着きそうだ。そうして歩き慣れた学園を駆けていく。

 

現場に到着した。そこにはいつもの温泉テロリスト集団の姿が見える。イオリは前線で攻めようとしているが、相手も厄介で攻めようにも攻めきれないでいるようだ。私はその場に向かい、イオリに声を掛ける。

 

「イオリ。後は私に任せて。」

 

「委員長!?いつの間にここに?!」

 

「たった今よ。イオリは怪我人を連れてチナツと一緒に後方に下がってて。」

 

「で、でもっ⋯!・・・分かった⋯。」

 

風紀委員はみんな後ろに下がってくれた。これなら私の好きに動く事が出来る。いくら暴れた所で巻き込むことは無いだろう。

 

街への被害は最小限に。それでいて迅速に殲滅する。敵の姿を見据え、今すぐにでも攻撃に移れるように銃を握る力を強める。

 

そうしてその場の暴動はすぐに鎮圧した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「・・・すみません、ヒナ委員長...。私が休むようにお願いしたのに呼び出してしまって⋯」

 

「構わないわ。私としても、何もしない時間が辛かったから丁度よかった。」

 

「委員長⋯、それ完全にワーカホリックなんじゃないのか?」

 

「自覚はしてる⋯。」

 

「本当にすみません⋯。私たちが情けないばかりに、頼りきりになってしまって⋯」

 

「もう謝らないで。私は気にしていないんだから。」

 

これは私の本心だ。本当に気にしてなんかいない。休みなんて貰ったところで、最近は息苦しくなることが殆どなんだし。

 

みんなはよくやってくれてる。少し頼りない部分もあるけれど、マコトバカが流してくる大量の仕事を処理してくれていたり、私の負担を減らそうと頑張ってくれてる。

 

正直なことを言うのなら、この生活に慣れてしまった。眠れないことは当たり前。仕事は身体が覚えていて、ただの単調な作業と化している。趣味らしい趣味は無いし目を引くような新しい事も特に無い。

 

結局その日は、数件の騒ぎを鎮めて書類仕事をして日を跨いだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから、何回もの日の出をこの執務室で観測した。しっかりとした睡眠を最後に取ったのは何時だったろうか。私は一睡もしていないのか、と問われたら多分首を横に振るだろう。

 

作業の合間に、少しだけ意識が飛んでいる時が何回かあった。これを睡眠と捉えるか気絶と捉えるかは正直どちらでもいい。私にとってはそれが唯一の休息なのだから。

 

ふと、執務室の扉が開かれる。そこには見慣れたアコの姿。何回見たか分からない私を心配するような顔。休みを取るように言おうとしているけど、毎回結局私を呼び出してしまうため、口を開くのを躊躇っている時の表情。

 

その葛藤が終わり、遂に口を開けて話しかけてきた。

 

「ヒナ委員長、もう休んでください⋯。今の時点で既に何日寝てないと思っているんですか!」

 

「・・・四日くらい、かしら。」

 

「っ!違います!六日です⋯!今日という今日は絶対に休んで貰いますからね!

────セナさん、委員長をお願いします!」

 

「かしこまりました。風紀委員長、そういう訳なので私と一緒に来てください。」

 

「どういう訳よ...」

 

「行政官からお話は伺いました。私は貴女が眠りにつくまで傍にいます。無理矢理にでも寝かせて欲しいとの事です。」

 

そこまでして私を寝かせたいのだろうか⋯。私は別にこのままでもいいのに。こうして働いている内に、いつか勝手に意識が落ちるはずだ。それを待つのはだめなのだろうか。

 

だけどアコがここまでして私を休ませたいと言うのなら、従わざるを得ない。その厚意を無下にしてまで仕事をしようとするほど腐ってはいないし、セナが居るのなら何時もみたいに退屈はしないだろう。

 

そうして、私はセナに連れられ救急医学部の部室へと向かった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

執務室を離れてから一日が経った。やはりというか当然というか、セナに見張られていても相変わらず私は眠りにつく事は出来なかった。本当に私の身体はどうしたというのだろうか。目を瞑っても心の底からくる正体不明の焦燥感が私を叩き起す。私の身体は疲労で休みたがっているというのに。

 

「セナ⋯⋯。どうしても眠れないわ⋯」

 

精神が不安定なのか、セナが醸し出す落ち着いた雰囲気にあてられたのか、今まで誰にも言えなかった悩みがつい口をついて出てしまった。

 

「・・・風紀委員長、今の貴女を蝕んでいる症状はおそらく『不眠症』です。」

 

「ふみんしょう⋯?」

 

「はい。不眠症の主な原因としてストレスや生活習慣の乱れが挙げられます。今の生活をよく思い返してみて下さい。思い当たる節しか無いのではないですか?」

 

そのように言われてようやくしっくりと来た。私は不眠症だったのか。今の生活は、風紀委員長になってからずっと続けてきたというのに、どうして急にこんなことになってしまったのだろう。

 

いや、寧ろここまで続けて来てしまったからこそ身体にガタが来てしまったと診るべきなのか。とにかく病名が分かったところでどうすればいいのだろうか。

 

「・・・治療法とかは無いの?」

 

「治療法自体は主に二つ。薬を使うか、生活リズムを適切なものにするか、です。この病は精神から来るものなので、外科が専門の私にとっては専門外です。なので私から言えるのは、毎日決まったリズムで生活をして頂くように、としか⋯」

 

「────そう⋯」

 

今すぐにこの状況をどうにかする方法は無いらしい。時間を掛けて少しずつ生活習慣を作っていくしかないのか。けれど風紀委員長としての仕事をしながらだと確実に無理に違いない。

 

とりあえず今は身体を休めよう。どうせまた何時ものように呼び出されるのだろうし⋯。

 

そうして私はベッドに寝転がり目を瞑る。眠れはしないけれど疲労は少しだけ取れている気がする。セナは私が勝手にどこかに行かないように隣で作業をしながら見張っている。

 

ふとそこで電話が部屋に鳴り響いた。誰からなんだろう。救急の患者なのだろうか。そしたらセナは行ってしまう。私は一人になってしまう。そうなったら少し寂しい、かもしれない⋯。

 

私は目を開けセナが電話をしている様子を眺めている。どうやら緊急の様子では無いみたい。何やらセナに用事がある人からの電話らしい。通話が終了し、セナは私の方に振り向いて声を掛けてきた。

 

「風紀委員長、午後辺りにアビドスからの客人がやって来ます。把握しておいてください。私は今から少し席を外しますので、くれぐれも勝手に外に出ないようにお願いします。」

 

「どこいくの⋯?」

 

「万魔殿に今の話を通しておきます。直ぐに戻ってくるので安心してください。」

 

そう言って部屋から出て行った。

 

(・・・寂しくて呼び止めたみたいになったかしら)

 

思わず口から漏れてしまった言葉だったけれど、セナは私を安心させるために直ぐに戻ると言ってくれた。

だけど、そう言ってくれた事が嬉しかったことに変わりは無い。

 

その言葉の通り、セナはすぐに帰ってきた。私もそれを確認して目を閉じ思考に耽る。

 

アビドスからの客人⋯。私の記憶にある限りだと、あの学校はほぼ廃れている。残っていたのは『小鳥遊ホシノ』ただ一人だったはず。それも、あの事件の後アビドスを去ったと思っていたけれど…。一体なんの用事があってゲヘナに、セナに会いに来るというの?

 

「・・・セナ。どうしてアビドスの人があなたに?」

 

「あまり細かい事情は言えませんが、少し前に私がアビドスの方々に呼び出されたのです。救急の患者が出た、と。そうして治療の対価として患者の元気になった姿を見せに来て欲しいと、つい零してしまいました。」

 

「対価?今までそんなの貰ってたかしら?」

 

「アビドスの方が譲らなかったのです。借りを作るのが嫌だったのでしょうね。まぁ気持ちは分かりますが。」

 

(なるほど、そういうこと⋯。確かに話の筋は理解した。けれどセナも、ついそんな事を言ってしまうなんて優しいところもあるのね。)

 

それであれば私は関係ない。争いごとなんて無縁の所に私が居たところで警戒されるだけだろう。それなら私はここで大人しくしていよう。そう思い、再び目を閉じた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

───────外が騒がしい…

 

 

私は相も変わらず眠れぬまま目を閉じていた。どれほどそうしていたかは分からないけれど、昼は確実に過ぎているはず。陽は高く登り、気温が朝よりも上がっている。布団に潜り込んでいるとジワジワと汗が滲んでくる。

 

布団から出ようとした時に、ふと外の喧騒に気付いた。視線を周囲に向けると、隣にはセナがいた。どうやら彼女もこの騒ぎに気付いたようで外の様子を少し気にしている。

 

今ゲヘナには風紀委員が私以外に居ない。外でテロが発生したらしい。今回は私はまだ呼び出されていないけれど、何時もならそろそろ呼び出される頃だ。だけど通話が掛かってこない。無事片付いたのだろうか。

 

そういう訳だから今この騒ぎを鎮圧出来るのは私しか居ない。ダメ元でセナに聞いてみよう。

 

「セナ⋯」

 

「はぁ...仕方ありませんね。私も出ます。直ぐに戻りましょう⋯。」

 

セナは一言で私の言いたいことを察してくれたのか、渋々出撃を了承してくれた。枕元に置いていた銃を手に取り、セナと共に騒ぎの中心へと向かう。

 

やはりと言うべきか、あのテロリストバカ共と比べると、これくらいの騒ぎなんて可愛らしいものだ。私の姿を見ただけで逃げ出してしまった。

 

・・・まぁ楽だったから良かったけれど⋯

 

それにしても最近、風紀委員会が舐められている。これはかなりまずい。セナからも心苦しい言葉を言われてしまった。

 

「おーい!セナちゃ〜ん!!来たよ〜」

 

ふとさっきまでの殺伐とした空気に合わない、のほほんとした声が聞こえてきた。セナの名前を呼んでいる辺り、さっき言っていたアビドスからの客人だろう。その姿を確認しようと声が聞こえた方向に視線を向ける。

 

(──────あれは⋯!小鳥遊ホシノっ⋯?!

・・・姿が昔に比べて随分と違う⋯)

 

まさかの人物の姿に目を細めて見つめてしまう。その隣を見ると身長がイブキ程しかない子が居る。頭頂部には大きな耳、大きな尻尾が脚の間から覗いている。アビドスの制服を来ているけど、あんなに小さな子が居たなんて⋯。

 

私がそんな事を考えている間に、セナは小鳥遊ホシノと話を続けている。その中でセナが気持ちの悪い例えをするものだから私もつい口を挟んでしまった。

 

「あのー、風紀委員長ちゃん?おじさんキミに何かしたかな...?さっき急に睨まれた気がしたからびっくりしちゃって」

 

すると、急に私に話を振ってきた。やはりじっくり見てしまった事を気にしてしまっているみたいだ。申し訳ないことをした。私はすぐに謝罪をする。

 

少しだけ気まずい。初対面で謝罪から入るのは印象も良くないし⋯。なんて言葉を続ければいいのだろう。

 

「あ、あの!ボク、セナちゃんにお礼を言いたくて来ました!!」

 

私がもやもやと考えていると、元気な明るい声が聞こえてきた。お礼、という事はこの子がセナが治療した子?小鳥遊ホシノがそんな簡単に怪我をするとは思えないし⋯。

 

「・・・あの時の...。そうですか。元気になったようで何よりです。長話をするには此処は向いてませんね。救急医学部の部室に向かいましょうか。風紀委員長も休んでいた最中なのですから一緒に戻りますよ。」

 

やはりそうだった。それにしてもわざわざゲヘナの救急医学部を呼ぶ程の怪我なんて、誰が負わせたのだろうか⋯。こんなに小さな子に攻撃を加える人なんて野放しにしていてもいいのだろうか⋯。そんな考えが頭に浮かぶが、もしかしたら事故の可能性もあるし、全てあくまで想像に過ぎない。何があったのかなんて私には分かりっこ無いのだから。

 

セナの後ろを歩きながらなんて事のない会話をする。こうして気楽に話せるようになったのは、あの小さな子のおかげだ。さっきまでの重たい空気は既にここには無い。

 

だから私も気になっていることを聞いてみることにした。

 

「・・・そういえばあなたの隣にいる子は誰?アビドスの制服を着ているみたいだけれど。最後に確認したときにはその子の記録は無かったわ。」

 

聞いてみたはいいけど、小鳥遊ホシノは答えに困っているような顔をしている。聞いてはいけない事だったり、言いづらいことだったりするのだろうか…?

 

するとその代わりに、気になっている本人から答えが返ってきた。

 

「ボクの名前は雪白ユキっていうんだよ!ホシノおねえちゃんが名前をつけてくれたんだ!よろしくね!風紀委員長ちゃん!」

 

 

────かわいい…。

 

わざわざ私の目の前まで小走りでやって来て、元気いっぱいに笑顔で挨拶をしてくれた。尻尾もゆらゆらと留まることを知らないかのように右へ左へ動き続けている。感情が丸わかりだ。

 

他にも気になる点はあるけれど深くは聞かないでおこう。それにしても『風紀委員長ちゃん』はいただけない。きちんと訂正しておかないと。

 

「そう。ユキっていうのね。いい名前だわ。私は『風紀委員長ちゃん』じゃなくて、『ヒナ』。空崎ヒナっていうの。だからその名前で呼んで頂戴。」

 

「うん!わかった!よろしくね!ヒナちゃん!」

 

「ええ...よろしくね...」

 

私のことを『ヒナちゃん』なんて呼ぶ子は今まであんまり見てこなかった。ゲヘナの人は大抵私のことを恐れているから…。だからこんなに小さな子が私に親しく呼び掛けてくれることが何よりも嬉しく思える。

 

セナに顔が緩んでいることを指摘されてしまったけれど、コレで顔が緩んでしまうのは仕方の無いことだ。

 

 

そうして和んだ雰囲気のまま、救急医学部の部屋に辿り着いた。各々好きなところに座り、私は元いたベッドの上へと腰を下ろした。

 

初めに口を開いたのは小鳥遊ホシノだった。あの時のお礼にと、菓子折りと綺麗に畳まれた病衣がセナの手に渡った。その後にユキのお礼が続くが、セナは相変わらずの塩対応だ。だけど相手を気遣う優しさが言葉の節々から溢れてる。

 

小鳥遊ホシノがここまで感謝を示すなんて本当に何があったのだろう。そう頭の中で考えている内に、その疑問が口から漏れ出てしまった。やってしまった⋯。と思ったが、気になっていたので発言の撤回はしないことにした。

 

その瞬間、小鳥遊ホシノの雰囲気が変わった。先程までの、のんびりとしたものからピリピリとした重苦しいものになった。今度こそ私は踏み込んでは行けない部分に足を踏み入れてしまったのだろうか。普段の私であればそれくらいの分別は付くけれど、そこまで考慮できる程の余裕が無くなってしまっているみたいだ。

 

「・・・それは...」

 

「ヘルメット団のせいでボクが死にかけたんだ!そこでホシノおねえちゃん達がセナちゃんを呼んで助けてくれたの!」

 

答えに詰まった小鳥遊ホシノの代わりに、またユキが答えを返してくれた。

 

・・・・・ユキが死にかけた⋯。ここキヴォトスの住人にとって、死の概念は馴染みがないものになっている。小鳥遊ホシノはあの件で実際に目の当たりにしているが、再びその状況に陥ってしまうなんて⋯。

 

彼女はユキの言葉を聞いて俯き、血が出るのではないかと思うほどに拳を強く握り締めている。すると直ぐに続けるように口を開いた。

 

「・・・うん。そうだよ。ヘルメット団の罠に私がまんまと引っかかってこのコを撃ち抜いたんだ。それでセナちゃんを呼んだ。」

 

 

───────っ!!!

 

「・・・そう、嫌なことを思い出させたわ。ごめんなさい...」

 

その言葉を聞いて私は一瞬で後悔した。もう余計なことは言わないでおこう⋯。すぐさま謝罪をし、口を閉じた。

 

セナも現場で何があったのかを知るのは今が初めてのようだ。言葉を発することをやめた私と違い、セナは冷静に小鳥遊ホシノを宥めている。やっぱりセナは優しい。私とは違って誰かに寄り添うことが出来る人だ。

 

そのおかげか、小鳥遊ホシノは瞳の光を取り戻し、ユキと微笑ましいやり取りをしている。それを見てセナがぽつりと呟いた。

 

「微笑ましい関係ですね。」

 

「そうね。私にもあの子みたいな癒しが欲しいわ。」

 

・・・今日は頭の中の思考が全て口からぽろっと溢れ出てしまう。それを聞かれて小鳥遊ホシノに反応を返される。

 

「うへー、ユキちゃんは風紀委員長ちゃんには渡さないよー?」

 

「・・・言ってみただけよ。」

 

私は誤魔化すので必死だった。さっき口から漏れた言葉は心の底からの本音だ。眠れなくなった私が今何よりも欲しているのは癒し。心が安らぐ何かがあれば、私はまた仕事に復帰できるのに。いっその事ユキを抱き締めてみようかしら⋯。なんて思考が頭に浮かぶが、直ぐに振り払う。

 

 

「ねね、風紀委員長ちゃん。他の風紀委員は外に出てるって話らしいけど、どうして風紀委員長ちゃんだけ残ってるの?」

 

すると小鳥遊ホシノは私に対して質問をしてきた。答えようと思ったけれど、セナが代わりに全て答えてくれた。当人が語るより第三者からの方が分かりやすいだろうから、私も大人しく黙って聞くことにする。

 

「────ちなみに今何徹目なの⋯?」

 

いきなり来たこの質問に、私は反射的に答えてしまった。この間アコがそんな事を言っていたがもう忘れた。

 

「そうね。覚えてないわ。」

 

「行政官曰く六徹目だそうです。」

 

「六徹目!!?本当に大丈夫なの!?」

 

「大丈夫よ。たぶん⋯」

 

そうだった。アコが言ってたのは六徹目だ。ここまで来ると何徹目だろうがどうでもいい。一日も二日も大して変わらない。だけど小鳥遊ホシノは私が心配のようで、あわあわと私のことを観察している。

 

「ヒナちゃん疲れてるの?」

 

ふと、明るいけれど私のことを心配するかのような声色でユキが声を掛けてくれた。そう、私は疲れている。今すぐにでもあなたに抱き着いてベッドに寝転がりたいと思う程に⋯。

 

「そうかもしれないわ。」

 

そんな気持ちを我慢して、その質問に対して無難に答える。

 

「眠れないの?」

 

「眠れ、ないかもしれない...。眠ろうとしてもどうしても頭が冴えてしまって⋯」

 

これは本当のことだ。誤魔化す余裕なんて無い。不眠症というのはなんと恐ろしいものなのだろうか。

 

 

「────それなら、ボクをぎゅってしながら眠るといいよ!!」

 

 

「・・・え?」

 

え?え⋯?えぇぇ───────!?

 

私は内心のどきどきが抑えられなかった。突然のユキからの提案に私の心はゆらゆらと激しく揺らめいている⋯!

 

本当にいいの⋯!?あの柔らかそうな髪と耳、そして尻尾!あの全てを私のものにしていいの?!

 

・・・一旦落ち着いて、とりあえずしっかりと確認しよう。

 

「小鳥遊ホシノ⋯。私がユキを抱きしめてもいいのかしら⋯?」

 

「おじさんに聞かないでもいいのに。ユキちゃんが良いって言ってるんだから存分に休みなよ〜。ユキちゃんは究極の癒しだからさ...癒される覚悟はちゃんとしてね?」

 

「そうだよ!ホシノおねえちゃんはボクと眠る時は、幸せそうな顔でぎゅっとしながらボクの髪とかお耳を吸ってるんだよ!ヒナちゃんもやってみて!」

 

ここは夢なのだろうか⋯⋯。いや、眠れない私が夢なんて見るはずがない⋯。ここはちゃんと現実だ。ほんとうに、本当にぎゅってしていいの?

 

─────というより聞き捨てならないことが聞こえてきた気がする

 

「・・・そんなことをしているの...?」

 

「ちょっ、ちょっとユキちゃん?なんで今そんなこと言っちゃうかな?!・・・っていうか気付いてたんだね…」

 

吸う⋯?吸うってなに?何のために吸っているの?私も吸ってみたら何か分かるのかしら⋯。

いや、いくら思考が鈍ったとはいえそんな事をする訳にはいかない。私は風紀委員長。自らが風紀を乱すような事はしないと誓ったはず。ここは耐えよう。

 

「ほ、ほらほらー、風紀委員長ちゃんもユキちゃんのことぎゅってしながら吸いなよ〜。一瞬で天国に行けちゃうからさ〜」

 

「・・・あなた、吹っ切れたわね⋯。

はぁ、そこまで言うならお言葉に甘えさせて貰うわ。」

 

自らの恥を認めてしまった小鳥遊ホシノは私を誘惑する。そんな欲望に負ける訳にはいかないのだ。一人ならまだしも、誰かに見られている状況でそんな事をするわけが無い。

 

 

そうして私はベッドの上に寝転がる。直ぐにユキが私の目の前にぴょこんとやって来て、私の身体の前で丸まった。尻尾は激しく揺れている。まるで私のことを挑発するかのようにゆらゆら、ゆらゆらと⋯。

猫じゃらしにぱんちをする猫の気持ちが少し分かった気がする。

 

 

私はそっと傷付けないようにユキを抱き締める。私の身体にすっぽりと収まるサイズ感は心地が良い。すると、ユキはさらに私の方に身をずりずりと寄せてきて、全身がぴったりとくっつくような体勢に収まった。

 

 

 

いきなりの事で少し驚いていると、ユキは私の身体にほっぺたを擦り付けるようにして甘えてくる。思わず愛おしさが溢れてしまう。自然と手が頭に向かい、手櫛で上から下にゆっくりと撫でるように動かす。ふと胸の中から可愛らしく高い声が聞こえてくる。気持ちよかったのか、顔がゆるゆるになっている。

 

 

「ふふっ⋯あたたかい⋯」

 

 

それにしても本当にあたたかい。口をついて呟いてしまうくらいに。自ずと瞼がおりてくる。こんなに心地が良い時間は何時以来だろうか。意識がふわふわとしてくる。久しぶりのこの感覚。これは眠りに着く前に感じるそれと同じだ。

 

 

 

 

思考が段々と鈍っていく。腕の中に収まるあたたかいものはなんだっけ?この子の匂いはお日様のような温かな香りがする。まるで一日外に干したふかふかのお布団のよう。

 

 

 

 

 

私は顔を埋めて深く、深く息を吸う。肺にあたたかい空気が送り込まれていく度に意識が曖昧になっていく。これ以上は限界だと、息を吐こうとした瞬間に私の意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・いんちょう」

 

 

 

───────こえが、きこえる

 

 

 

「・・・ふうきいいんちょう」

 

 

 

───────わたしを、よんでいる⋯?

 

 

 

「起きてください。風紀委員長。」

 

 

 

・・・はっ⋯!

 

 

 

「・・・どうしたの...せな」

 

「お休み中の所申し訳ありません⋯。行政官からの緊急要請です。温泉開発部の同時テロが発生しました。起き掛けの所で大変心苦しいのですが、向かわれますか…?」

 

 

───────私は今、寝ていた?

 

時計を見るとかなり時間が過ぎている。隣を見ると気持ちよさそうに眠るユキの姿。さらにその隣のベッドには小鳥遊ホシノがだらしない表情で眠りについていた。

 

私の身体は久しぶりの睡眠のおかげで気分がすこぶる良い。これならすぐにでも出撃が可能だ。

 

「行けるわ。場所はどこ?」

 

「場所は──────です。」

 

「分かった。直ぐに向かう。」

 

 

そう言って準備を直ぐに整える。ベッドから降り、愛銃を手に持つ。部屋から出ようと扉へ向かうが、ふと思い出したように元いたベッドに戻り、足をそこで止める。

 

私の目の前には丸くなっているユキ。この子のおかげで私は眠りに着く感覚を思い出せた。これから同じように眠れるかは分からないけれど、不眠症の私でも眠れることが分かって気持ちがとても楽になった。

 

「ありがとう⋯。ユキ。」

 

精一杯の感謝の気持ちを込めて頭を撫でる。それが伝わったのか、ユキは笑みを零しながら頭を手に擦り付けて来る。

なんて愛らしい子⋯。一緒に居られる小鳥遊ホシノが羨ましい⋯。

 

 

・・・いいや、私はゲヘナ学園の風紀委員長だ。こんなことをしている場合じゃない。最後のひと撫でをし、再び扉へと向かい足を進める。

 

 

外に出ると私は大きく息を吸い込んだ。

 

身体が軽い。思考が冴えている。

 

これならばすぐにでも騒動を鎮圧出来る。

 

 

そうして大地を蹴って、現場へと向かった。

 

 

 

こんなに気分が良いのは初めてかもしれない。

 

 

 

このまま空でも飛べてしまいそう。

 

 

 

これも全てあの子のおかげ⋯

 

 

 

また、抱き締めて一緒に寝れたらいいのに⋯⋯

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「───────んんぅ⋯⋯」

 

 

意識がふわふわと自分の元にかえってくる。たくさん寝たけどもうひと眠りしたいような、そんな気持ち。自分で歩いてるわけじゃないのに身体に伝わる心地よい振動がそうさせてるのかもしれない。

 

ヒナちゃんの腕の中は温かかったな⋯。それに落ち着くような、心が安らぐような、そんな香りがした。あの香りは中毒性があるからハマっちゃいそうかも。もしや一種の麻薬なんじゃないかな?

 

それに撫でてくれたのも気持ちよかった。あのいい匂いの中でそんな事されたら一瞬で寝ちゃうよ。気絶レベルで意識が落ちるのが早かった。

 

ボクもそろそろ目を覚まそう。そういえばここは何処なんだろう?なんでボクは寝ているのに動いている感覚をさっきから感じるんだろう?

 

「あ、ユキちゃん。おはよ〜。よく眠ってたね?」

 

「・・・ほしのおねえちゃん?ここはどこ?」

 

「ここはアビドス地区だよ。あの後、おじさんも寝ちゃってね〜。結局目が覚めた時には夕暮れ時だったんだ。ずっと居座るのも悪いしユキちゃんを起こすのもあれだったから、ユキちゃんを背負って電車で帰ってきたんだよねぇ」

 

あ、ほんとだ。目を開けたらもう真っ暗だ。星が空に輝いている。それにしても悪いことしちゃったな…。ずっとおんぶでここまで連れてきて貰っちゃって。起こしてくれても良かったのに。

 

だけどホシノおねえちゃんはボクのことを考えて起こさないでいてくれた。やっぱり優しくてだいすきだ!

 

「ありがとうおねえちゃん!こっからはボクだけで歩けるから降ろしても大丈夫だよ?大変だったでしょ⋯?」

 

「いやぁ、ユキちゃんなんて軽すぎるくらいだよ〜。空気を背負っても何も感じないのと同じ!もっといっぱいご飯あげるからたっくさん食べて大きくなるんだよ?」

 

「ご飯くれるの!?たくさん!?」

 

「そうだよー!たくさんたくさん!」

 

やった!ご飯たくさんくれるって!今でも十分満足にご飯を食べさせてくれるけど、もっとくれるってなったら幸せすぎるよ!あー楽しみだな〜。どんなのを食べさせてくれるんだろう?

 

「そいえばユキちゃんって好きな物とか、どっか行きたい場所とか、やってみたいなってコトはある?」

 

んー。好きな物、かぁ⋯。あんまり考えたことないかも。そもそもそんな事言っていられる状況じゃなかったしなぁ。好きな雑草とかはあるけど、今となっては他に美味しいものなんていくらでもあるじゃんってなるし⋯。

 

 

───────あっ!!

 

 

そういえばあれがあった!ケーキだ!あの日ヘルメット団のおねえさんと食べに行ったケーキ!美味しかったなぁ。またリベンジしようと思ってたんだ。今度こそ全種類食べてやろうなんて思ってたっけ?それを言ってみよう。

 

「ケーキ食べたい!一回だけおねえさんに連れて行って貰ったんだ。アビドスにあったケーキ食べ放題のお店!」

 

「なるほど、ケーキねぇ。ってあれ?あそこのお店って最近潰れちゃったんじゃなかったっけ?」

 

「・・・えぇぇ......!!なんでぇ!?」

 

「アビドスはやっぱりどうしても過疎地域だからさ。お客さんが来なかったんじゃないかな?逆によく最近までやってたなって感じだし。」

 

ちょうショックだ⋯⋯⋯。涙がちょちょ切れちゃうよ。せっかくまた食べに行けると思ってたのになぁ。もうケーキ全部制覇リベンジは出来なくなっちゃったよ⋯。

 

「大丈夫!そんな悲しそうな顔しないでよ。おじさんが連れて行ってあげるからさ。」

 

「・・・ほんとに?」

 

「ほんとにほんとに」

 

「ほんとに!?」

 

「ほんとほんと!!」

 

 

「んー!やったぁ!!ありがとう!!いっぱい食べようね!」

 

「おじさんは甘いの食べ過ぎて胃もたれしないか心配だよ〜。」

 

「まだおじさんじゃなくておねえちゃんでしょ?

おじさんになるのはもう少し先だよ」

 

「・・・あはは⋯。そだね〜。」

 

 

ケーキが食べれる!ホシノおねえちゃんはやっぱりすごく優しい!ボクもいつまでもこうして甘えている訳にはいかないな。今度セリカちゃんにバイトでも紹介してもらおうかな?

 

だけど今はこの喜びにひたっていたい気分!!

 

 

「まぁユキちゃん、多分また遠出になると思うからさ。とりあえずゆっくり休んでまた一緒に、

ううん、今度はみんなで一緒に行こっか?」

 

 

 

昔の自分は想像もつかなかっただろうな。

 

 

 

ボクが今こんなにも優しい人たちに囲まれて生活出来ているだなんて⋯⋯

 

 

ありがとう⋯。ホシノおねえちゃん。

 

 

 

 




主人公の身長は耳を含めなければイブキと大差ありません。耳は顔と同じくらいの大きさです。

次回、ケーキ食べる。
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