不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
お店の中に通されると、六人がちょうど座れるような席に案内された。一つの四角いテーブルを六つの椅子で囲むような形だ。お店の中の様式も外の景観に劣らずオシャレな造りになっている。
店の扉を開いた瞬間から感じているのは、頭がふわふわとするような甘い香り。お昼前の丁度いい空腹感がさらに刺激される。みんなもそれを感じているのか嬉しそうな顔をしている。特にユキちゃんは耳と尻尾が忙しなくパタパタと動いて、今すぐにでもケーキに向かって飛び出していきそうだ。
この日を一番待ち望んでいたのはこのコなわけで、テンションが上がりに上がってしまうのは仕方の無いことだと思う。実は私も結構楽しみにしてた。久しぶりのみんなとのお出かけ。楽しみじゃないわけが無い。
周りを見渡すと所々からぽつぽつと会話の声が聴こえてくる。席ごとに仕切りがあるからどんな人が来てるのかはっきりとは分からないけど、さすが人気店。平日でも人はいるものだ。しかしケーキを取りに行く時くらいしか人の姿は見えない。これなら誰にも邪魔されずに私たちだけで楽しめる。
そろそろユキちゃんの我慢も限界を迎えてしまいそうだ。さっきからキョロキョロと辺りを見回し、催促するかのように身を乗り出して私たちの顔を覗き込んでくる。しばらくこの可愛らしい行動を見守って居たいけど、今日はケーキを食べに来たんだ。心惜しい気持ちを抑えて早速取りに行こう。
「それじゃあみんな、それぞれ好きな物でも取りに行こっか」
「やったぁ!やっと食べれるんだね!ボク最初はチーズケーキがいい!」
「うふふっ、良かったですね~。それなら私はショートケーキにします♪」
「それでは私はモンブランで。栗の旬はまだですが、食べたくなってしまいました⋯!」
「じゃあ私は無難にチョコケーキで!」
「おじさんはプリンロールとかにしよっかなー」
「ん。私はレアチーズケーキにする。」
みんな無事決まったようだ。それぞれ違うものを持ってきて分け合うって話だったからちょうど良かった。これならユキちゃんの全種類制覇の目標も達成出来る可能性が見えてくる。
⋯と思ってたけどユキちゃんが不思議そうな顔でシロコちゃんのことをじっと見ている。どうしたんだろう?そういえばユキちゃんはチーズケーキでシロコちゃんはレアチーズケーキだった。もしかして被ってるって思ったのかもしれない。
確かに名前はチーズケーキで同じだけど、味とか食感自体は結構変わってくる。それを知らなかったのなら、同じものだと勘違いしちゃうのも仕方がない。
「シロコ?チーズケーキならボクが持ってくるよ?あーんして食べさせてあげるよ?」
「シロ、チーズケーキとレアチーズケーキは種類が違う。味も少し違うから食べてみるといい。」
「そうなの?レアだと何か違うの?
⋯⋯はっ!もしかして、スーパーレアチーズケーキとかハイパーレアチーズケーキとかあったりするの!?」
「シロ、やっぱりおバカ⋯」
「なんでさ!ちがうもん!」
こんなところでもユキちゃんのおバカな部分が顔を出してしまったようだ。その様子を見てみんなも苦笑いしている。
だけど実は私も違いがあまり分かってないというのは言わないでおこう。そんなことを考えていたらアヤネちゃんが答えてくれた。
「あの、ユキちゃん?チーズケーキにはスーパーもハイパーもありませんよ⋯。レアかどうかは作り方の違いです。ユキちゃんが考えてるのはふわふわのスフレチーズケーキだと思われますが、レアチーズケーキはゼラチンで固めて冷やすものです。二つはちゃんと違う種類のケーキなので安心してください!」
「へぇ〜、そうなんだぁ!それなら安心だね!さすがアヤネちゃん、なんでも知ってるんだ!」
「えへへ⋯。何でもは知りませんよ…」
このやり取りさっきも聞いた気がするな⋯。
だけど私も初めて知った。そんな違いがあったんだ。食べさせてもらう時にちょっと意識してみよう。
そうして私たちはそれぞれのケーキを取りに行き、自分の席へと戻ってきた。そういえばさっき限定品があったことを思い出してちらっと見てみたけど、まだ残ってるみたいだから後で食べることにした。
いただきますをして一口分を掬う。フォークが滑らかに通っていく。プリンが中に入っているから当然なんだけど、スポンジ部分もふわふわだ。
鼻に近付けるとさっきまで感じていた甘い香りがさらに近くで感じられる。頭が甘い香りで埋め尽くされてしまったみたい。香りを楽しみながらゆっくりと口へと運ぶ。
「⋯⋯⋯!!おいしい~!幸せってこういう事を言うんだねぇ〜」
「はいっ!とっても美味しいです!」
思わず漏れてしまった感想にアヤネちゃんが同意してくれた。みんなの様子を見ると、それぞれが美味しそうにケーキを食べている。一番楽しみにしてたユキちゃんは、一口食べる毎に美味しい美味しいと言って尻尾をふりふり耳をぴこぴことさせている。
「んぅ~!!おいしい!みんなもこれ食べてみて!
はいあーん」
「おっ、いきなりだねぇ」
すると急に私の方に向けて一口差し出してきた。少しびっくりしたけどせっかく食べさせてくれると言うのだからお言葉に甘えてフォークを咥える。
「んー!このチーズケーキもおいしい~!ありがとねユキちゃん」
「えへへ!みんなも食べさせてあげるね!」
チーズケーキってこんなに美味しかったんだ。別に嫌いという訳じゃないけどあんまり好んで食べてこなかった。だけど久しぶりに食べるとすごく美味しく感じる。
ユキちゃんは楽しくなったのか、みんなの所を回り一口ずつ食べさせてあげてた。そして今度は私たちが一口ずつ自分のケーキを食べさせてあげる。
違う種類のケーキを食べる度に、毎回新しい反応を見せてくれるから私たちも楽しくなってしまった。ユキちゃんが一人一人の所にわざわざ行って一口食べる様子は、まるで餌付けされてるみたいだったという感想は心の内にしまっておこう。
「どれもすっごくおいしい!食べさせてくれてありがとー!」
一通り食べ終わってお礼を言ってくる。このコは無邪気で能天気だけど、所々で礼儀正しいと思う。この間のゲヘナから帰っている時も、私の気を使って「自分で歩くから降ろしていいよ」って言ってくれたし。
私としては羽のように軽かったからそのまま運んだけど、この軽さは今までまともな食事が出来なかったせいなんだ。そう思うとこれから沢山好きな物を食べて欲しいと切に願ってしまう。
今この状況はユキちゃんの為になってるだろうか、という考えが頭を過ぎるけど、ユキちゃんの表情を見る限りとても満足そうで幸せに満ちたような顔をしているから私も安心した。
「よしっ、おじさんは次のケーキでも取りに行こっかなー」
「ボクもいくっ!一番最初に取りに行くぞ!」
ケーキを取りに行こうと椅子を引いたら、隣に座っていたユキちゃんが一瞬で立ち上がりお皿を取った。競争をしている訳でもないのに凄い気合いだ。
しかし次の瞬間、ケーキが置かれてるところに向かってひょこひょこと走り出してしまった⋯!
「ユキちゃん!走ると危ないよ!」
「うん!分かった!」
すぐさま呼び掛けると、ユキちゃんは返事を返してくれた。だけどただ返事をしたのではなく、私の方を振り向きながら返事をしてしまったのだ!走るスピードは少し落ちたものの、目線はこちらに向いたまま前に進み続けている。
ユキちゃんの進行方向の先には人影が見える⋯!このまま行ったらぶつかってしまう!
「ユキちゃん!前!」
「あっ⋯ユキちゃん前!前見て!」
「・・・え?まえ⋯?」
その様子に同時に気付いたセリカちゃんと一緒に声を張り上げる
───────が、時すでに遅し⋯
「うわぁっ!」
「ん?・・・え、大丈夫⋯?」
ユキちゃんはケーキの前に居た人影にぶつかってしまったみたいだ。幸いな事に、ユキちゃんの小さな体格とゆっくりになったスピードのおかげで相手の方は微動だにしていない。その代わりにあのコはその場で尻もちをついてしまった。手に持っていたお皿も割れることなく済んだため、とりあえずホッと息をつく。
だけど相手方に迷惑をかけてしまったことには変わりない。すぐに謝りに行かないと…
「すみません~!このコはしゃいじゃって⋯!怪我とか無いですか?
ユキちゃんも大丈夫?怪我とかしてない?」
「うん⋯。ボクは大丈夫。
・・・あの、ごめんなさい。前見ないでぶつかっちゃって⋯。」
ユキちゃんに怪我は無いようだ。すぐに立ち上がってぶつかってしまった人に謝っている。すぐに謝れることは良い事だ。素直なコでよかった。私は相手の人が怒ってないかと様子を伺ってみる。
「いや、全然大丈夫。むしろそっちの方が怪我してないか不安なんだけど⋯」
(────よかった⋯)
どうやら怒ってないみたい。こっちからぶつかったのに逆に心配してくれるなんて、すごく優しい人のようだ。もう一度ちゃんと謝ろうと思い、相手の姿を見るとそこには──────
・・・・・トリニティの生徒?
私の目に映ったのはトリニティの制服を着た同年代の生徒の姿。制服の上から黒いパーカーを着ている。その人は少し困ったような、心配するかのような顔をしてユキちゃんを見ている。すると奥からその人の友人らしき人達が声をかけながら近付いてきた。
「大丈夫ですか?!お怪我とか無いですか⋯?」
「あぁ…杏山カズサよ…。期間限定ケーキを食べたいが為に弱き者を押し退けるような真似をするなんて…あたしゃ悲しいよ。およよ…」
「えっ…?アンタ、そんな理由でこんな小さな子に手を出すなんてガッカリだわ!」
どうやらユキちゃんがこの人にいじめられたと勘違いしているみたい。うちのコが悪いのにそんな風に思われるのは心外だ。直ぐに訂正しないと、と思ったけどなんだかぴりぴりとした空気を感じる。ぶつかった人に目をやると、俯きながら拳を握り締めてプルプルと震えていた。
───────そして遂に口をひらく
「・・・私はやってない!!!」
「・・・おぉ、怒った」
「そうなの?」
「そうだよっ!」
このままではよくない方向に進んでしまいそうだと思った私は、話に割り込もうとしたけど私より先にユキちゃんが声を上げた。
「あの!ボクが悪いんです!この
そう言いながら手をめいっぱいに広げて、庇うように「ねこのおねえちゃん」の前に立った。その人は驚いたような顔をしてユキちゃんの姿をじっと見ている。
「ふぅ...よかった~」
「まぁそうよね。あんたがそんな事する訳ないわよね」
「フッ...私は最初から分かっていたぞ。一部始終を全て見ていたのだからな…」
「それなら先に言いなさいよ!なんで一回私を悪者にしようとするのさっ!?ヨシミもナツの言うことをすんなりと信じるな!」
「ガーン...なんでそんな事言うの…?」
(・・・まぁ、ケンカとかにならなくて良かった...のかな?)
なんだかんだあったけど仲がすごく良さそうに見える。無事騒ぎが収まったところで、私から改めて謝ろうと声を掛けた。
「あの~ウチのユキちゃんがゴメンね。迷惑かけちゃって。洋服とか汚れてたりしないかな?」
「あー、大丈夫大丈夫。本当に気にしなくっていいから。
・・・それよりその子、ユキちゃんだっけ?」
「うん…」
どうしたのだろう?ユキちゃんに何かあるのだろうか。名前を覚えられて後で何かされる、なんてことはこの優しい人に限って無いとは思うけど…
「・・・少しだけ頭を撫でさせて貰ってもいい、かな…?」
「え」
「カズサちゃん?!」
「いきなりどうしたのよ!」
「衝撃の展開…!この私でも読めないなんて…」
まさかの言葉が飛び出してきた。「カズサ」と呼ばれたその人は照れくさそうに視線を明後日の方向に向け、人差し指で頬をかいている。
ユキちゃんを撫でたい?私としては騒動に発展させないでくれるだけで凄くありがたい。
でもそんなことを言われるなんて想像も出来なかった。当の本人はどう思ってるのだろうか。人懐っこいユキちゃんのことだから、拒否はしないと思うけど。
「いいよ!ボク撫でられるの好きなんだ!いくらでも撫でて!」
ユキちゃんは嬉しそうにカズサちゃんの足元に駆け寄り、下から見上げるようにして目線を合わせる。いわゆる上目遣いというやつだ。背の小さなこのコは意識をしていなくとも、どうしても上目遣いになってしまう。ユキちゃんの上目遣いはかなり胸の内に込み上げるモノがある。
「さっきは庇ってくれてありがとね」
そう言いながら微笑み、目線の高さを合わせ、ユキちゃんの頭に手を近付ける。ユキちゃんは期待するかのように耳をパタパタと動かしている。
そうして頭にそっと手を触れゆっくりと梳くように撫でていく。どうしてこんな状況になっているのかという疑問はさておいて、なんだか二人とも幸せそうな顔をしているから結果オーライと言うべきか…
(・・・でもやっぱりなんでこんなことになってるのか気になる...!)
ユキちゃんの保護者として聞く権利はある筈だ。しばらく撫でて落ち着いたところで私から質問を投げかける。
「えっと...カズサちゃん、でいいんだよね…?カズサちゃんはどうして急にこのコの頭を撫でたいなんて言い出したの?」
「あー…、庇ってくれたお礼を言いたかったっていうのもあるけど、実は私、この子のこと前に見た事あるんだよね。その時にこの子の姿を見て、撫でたい欲求に駆られた事をさっき庇われた時に思い出したというか…まぁ、特に深い理由はないよ」
「なによ、その深い理由がありそうな発言。いつになくめっちゃ喋るし。というより二人は会ったことあるのね?」
「何言ってんの?ヨシミもあの場に居たでしょ?」
「あの場って言われても分かんないわよ!?」
「カズサちゃーん、いつ!どこで!誰と!何を!した!?が無いと伝わんないんじゃな〜い?」
「くっ…!いちいちムカつく言い方やめて…!」
「・・・あっ!思い出した!」
「なになに!?いつの話?教えてアイリ!」
「あの時だよ!ほら、アビドスの方でスイパラの閉店セールやってた時!凄い安くなってたからみんなで行ったの覚えてない?」
「「あっ……!」」
どうやら彼女らはユキちゃんとの面識があるようだ。多分私たちと出会う前の話なのだろう。あのコ曰く、ヘルメット団のおねえさんと一度だけアビドスのスイパラに行ったらしいから、その時偶然そこで出会ったと考えるのが妥当なはず。
それにしてもトリニティの生徒がわざわざアビドスまで来てスイーツを食べに来るって凄い行動力だ。しかも今は平日昼間だし、此処にいること自体疑問に思う。
「みんなはさ──────」
「おっとそこまでにしときな…。大方聞きたいことは分かる。何故私たちが平日昼間にこんな場所にいるのか…だろう?これを知ってしまった者はこの世から姿が・・・」
「馬鹿なこと言ってないで最後まで話を聞きなさいよ!」
「うへぇ...まぁ大体そんな感じかな?」
「ええと…このままだと長くなりそうなので、皆さんがよろしければ話をしながら一緒に食べませんか?スイーツで出会った縁も一期一会ということで!」
「スイーツだけにイチゴ一会ってね」
「もうあんたは黙ってなさいよ」
私としては別に嫌では無い。せっかくこうして出逢えたのだから縁を広げていくのもいいと思う。それにユキちゃんの交友関係も増やしてあげたいし。とりあえずみんなに聞いてみよう。断ることは無いと思うけど一応だ。
みんながいる席に一旦戻り、さっき起こったことを話した。そして肝心の質問だ。
「そういう訳でさ、トリニティの子たちが一緒に食べないかって言ってくれてるんだけど、どう?」
「私は賛成です♪ここから眺めてた感じだと、とても賑やかで楽しそうだったので~!」
「私もです!せっかくの機会ですしね!」
「ん。悪くない提案。」
「そうね。断る理由なんて無いし私も賛成よ!」
やっぱりみんななら断らないと思っていた。「人が増えると楽しくなる」ということは、ユキちゃんがアビドスに来てからみんなが実感している。私一人だった時と比べると、賑やかさが段違いだ。
(この出逢いが私たちのこれからにとって良いものになるといいな)
そんなことを考えながら、トリニティの子たちの所へと向かう。そうして店員さんにお願いして、大人数で座れる席を用意してもらった。人が少ない時間帯でよかった。
聞きたいこと、話したいことはいくらでもある。なんてったって私たちは花の女子高生なのだから。
それぞれが新しくケーキを持ち寄り席に着く。
互いに顔を見合せ、アビドスとトリニティの小さな交流会が始まった。