不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
今日もボクはいつものようにアビドス高校の保健室で目を覚ます。ボクは自ら望んでこの場所に居させてもらっている。本音を言うと、夜の時間もみんなと一緒に居たい。だけどそこまで面倒を見てもらう訳にもいかないのだ。
ただでさえ朝昼夜とご飯をくれたり面倒を見てくれたりしているのに、家について行ってまで面倒を見てもらうのは申し訳ない。たまに誘惑に負けて家について行ってしまう時もあるけど、誘惑する方がよくないと思う。
そんなボクの気持ちを察してくれているのか、無理に家に誘うようなことはみんなしないから、そこに関してはボクも感謝している。
最初はひとりで寂しかったけど、シロコがスマホを買ってくれてからは殆ど毎晩電話をかけてくれるようになった。最近ではホシノおねえちゃんも混ざって来てくれた。そしてそれを聞き付けたノノミちゃんセリカちゃんアヤネちゃんも一緒に通話するようになった。
通話はだいたい三十分から一時間くらい。学校であった何気ない話や、今まで経験してきた面白かったことなんかをボクが眠くなるまでお話ししてくれる。それがあるおかげでボクも安心して眠りにつくことが出来るのだ。
今こうして気持ちよく睡眠を取れているのもみんなのおかげ。そして用意してくれてる朝ごはんを食べれるのもみんなのおかげ。みんながいないとボクは何も出来なくなってしまいそう。
ここに来る前の生活とは真逆の生活だ。雨風を凌げる場所はあるし、ご飯だって満足に食べられる。ここにいる限り、本当の意味で独りぼっちになることは無い。
困ったら助けてくれる。一緒に遊んでくれる。新しいことを教えてくれる。そして辛く苦しい思いをすることなんて一切ない。
この夢のような生活はボクが心から望み、願っていたものだ。ここに辿り着くまでにいろいろあったけど、今となってはアビドスのみんなに対して感謝の気持ちしかない。
そんな気持ちがあるからこそバイトを始めたわけで、別に恩着せがましい事をしたいなんて思っていない。この心の底から湧き上がる気持ちは、純粋な善意なのだ。
初めてのバイト代で買ったお菓子は、思っていた通りみんな喜んでくれた。その時のみんなが喜んでいる顔を見て、ボクは胸の内がぽかぽかと温まるような、そんな感情でいっぱいになった。
あれからセリカちゃんと何回かバイトに行ってお金を稼いだ。そのうち慣れてきて、簡単なバイトくらいならひとりでも行けるようになった。スマホや食費などの今までボクに使ってくれたお金を、そのお給料でみんなに返そうと思ったけど、「そのお金は自分のために使って」と言って受け取ってくれなかった。
だからボクはお給料のほとんどを使わずに取っておいている。まだ九億の借金と比べると気が遠くなる程の金額しか稼げていないけど、いつかその借金返済の助けになるように……
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ひとりで黙々と用意してくれたパンを頬張っていると、少しずつみんなが登校してきたようだ。朝から楽しそうな声が廊下から聞こえてくる。ボクもその声を聞いてだんだんと胸が高鳴ってきた。
今日もまた楽しい一日が始まるんだ!
興奮を抑えきれないまま保健室の扉が開くのを待つ。一晩みんなの顔を見ていないだけなのに、すごくみんなのことが恋しい。今か今かと待ちぼうけていると、ようやく扉が開いた。
「おはようございます~!ユキちゃん元気にしてましたか~?」
「ん。おはようシロ。」
「おはようおはよう!!来るのずっと待ってたよ!」
「ふふっ、元気そうでなによりです♪朝からこんなに甘えんぼさんになっちゃって!」
「これは多分寂しかったんだと思う。シロは甘えんぼだけど寂しがり屋でもあるから」
「うっ...そ、そんなことないもん!」
めっちゃウソついた。全然そんなことある。本当はものすごく寂しかったし甘えたかった。二人の顔を見た瞬間、思わず飛び付いてぎゅってしてしまう程に。
それにしてもボクはそんなつもりは一切無いのに、何故かシロコには反抗したくなってしまう。銭湯の時みたいに素直になれたらいいんだけど…
二人の温もりに触れて、あたまを撫でてもらってようやく心が落ち着いた。…と思ったら他の三人も到着したみたいで、揃って保健室の中に入ってくる。
ボクは先程と同じように三人の元に向かい、おはようのついでにハグとなでなでを要求した。
「──────ふぅ、満足満足」
「満足して貰えたならおじさんも嬉しいよ〜」
「なんだかいつにも増してスキンシップが激しかったわね…」
「あはは…。確かにそうだったね…。でもユキちゃんが満足したのならなによりです・・・」
たくさん甘えられて満足したので、改めてみんなのことを見渡す。ここに来てからそんなに月日は経っていないハズなのに、いつの間にかここがボクにとっての心安らぐ場所になっている。
最近はボクもみんなもバイトとかでちょくちょく顔を合わせられない時もあったから、みんなが揃うのは久しぶりだ。今日は何をするのかな?それぞれがゆっくりやりたい事をやるのでもいい。みんなでどっかに遊びに行くのでもいい。
とにかくみんなのことを近くで感じられるのなら、何をしてもいい。
「ホシノおねえちゃん、今日は何するの?」
「ん〜特にこれといってやる事は無いかな〜。それぞれ好きなように過ごして貰って構わないよ。ユキちゃんもシロコちゃんと遊ぶなり、アヤネちゃんに勉強教わるなり好きにしていいからね~。それともおじさんとお昼寝でもする?」
「・・・うーん...どれも捨て難い…」
全部魅力的な提案だ。だからこそひとつに選ぶ事なんて出来ない。遊ぶのも楽しいから好き。勉強も大変だけど、新しい知識を知ることが楽しいから好き。お昼寝も気持ちいいから好き。今すぐには選べないよ…
そうやってうんうんと悩んでいると、急に思い出したかのように顔をパッと明るくしてホシノおねえちゃんが話し始めた。
「あ、そういえばみんなに言いたいことがあったんだ!」
「ん、どうしたの?」
「これみて!」
そう言いながら、ホシノおねえちゃんがスマホの画面を見せてくれる。ボクたちは一斉にそこに視線を向け、書かれていることを読んだ。
そこに書かれていたのは───────
「これ!アクアリウムの割引券!昨日の夜SNSを見てたら偶然見つけたんだ〜。もし良かったらみんなで行ってみない?」
「いきなりテンションが上がったと思ったらそういう事ね。ホシノ先輩って魚好きなんだ?」
「あっ...ごめんごめん。ちょっと一人で盛り上がりすぎちゃったみたい。別に無理にとは言わないから安心してよ」
「・・・行きたい!ボクお魚見てみたい!」
「私も普段あまり行かないので行ってみたいです!」
「私もです〜☆多分みんな同じ気持ちだと思いますよ?ですよね?シロコちゃんセリカちゃん!」
「そうね!みんなで行けるなら楽しそうかも!」
「ん。美味しい魚いるかな」
「シロコ先輩!絶対に食べちゃダメよ!?」
普段はあんまり自分からこういう提案をしてこなかったホシノおねえちゃんが、ここに行ってみたいって言うなんてなんとも珍しい。だけど話を聞く限りお魚がたくさん泳いでいる場所みたい。お魚は普段食べるけど、生きて泳いでいる姿なんて見たことがない。
だからすごく気になる!でも泳いでるお魚は食べちゃダメなんだ…。ちょっと残念かも。
「その割引券って私たちにも使えるんですか~?」
「えーっと、どれどれー?『アクアリウムリニューアル記念割引券。来場者はこのアカウントをフォローしていると分かる画面をご提示ください…』かー。割引するためにはフォローさえしていればいいみたい」
「ん、簡単。私はもうフォローした。今すぐにでも行ける」
「・・・あれ?でも待ってください!まだ改装中らしいのでこれが使えるのは一か月後くらい先みたいです…」
「えぇっ!そうだったのかぁ~…。なんだー、残念」
「え、ホシノ先輩知らなかったの…?」
「うへー、これ見つけた喜びの方が大きくて細かいとこまで見てなかったや。いやぁ~ごめんごめん」
「大丈夫だよ!!楽しみは取っておくものでしょ?そしたらその日までずっとわくわくした気持ちでいられるよ!」
「────うへへ...そうだね。ありがとうユキちゃん」
すぐには行けないみたいだけど、楽しみがあるってだけで普段通りの日常でもなんだか楽しく思える。不思議なものだ。時間があるというのなら、より楽しむためにアクアリウムっていうやつについて詳しく知りたい。
だからまず初めに、あかうんとをふぉろー?しなければならない。どうやればいいんだろう?ボクが普段スマホで使うのはモモトークとバイトアプリくらいだ。他のやつは使い方がよく分からなくて触っていない。
「ねーねー。あかうんとをふぉろーってどうすればいいの?」
「あれ、ユキちゃんこのアプリは使ってなかったっけ?」
「うん。使い方がまだよく分からないんだ」
「それじゃあおじさんが手取り足取りしっかりと教えてあげるね~」
「おねがいします!」
「ちょっと画面みせてね。このアプリは多分最初から入ってたと思うよ。ほらここ、青い鳥のアイコンがあるじゃん?」
「あ、あった。これは何のアプリなの?」
「これはキヴォトスの情報が一番早く出回るSNSアプリでさ、みんな自由に好きなことをつぶやいたりしてるんだ」
「へぇーなんかすごいねぇ。ボクおじさんだからよく分かんないや」
「あはは…ホシノ先輩が普段から変なこと言ってるから、ユキちゃんもマネしちゃってますね…」
「ふふっ、かわいらしいおじさんです♪」
「うへ、変なことってなにさー!おじさんはおじさんだよ~!」
「ほらホシノ先輩!変なこと言ってないでユキちゃんに教えてあげなって」
「ぐぬぬ…みんな後で覚えてろよ~!」
青い鳥のアイコンをタッチしてみると、バイトアプリの時と似たような画面が出てきた。ここでも情報をいろいろ入力しないといけないみたい。この前はセリカちゃんが全部やってくれたけど、今回はホシノおねえちゃんがやってくれた。
「よしっ、おっけー!これでユキちゃんもこのアプリが使えるよ~。早速さっきのアカウントをフォローしてみよっか」
「ありがとう!ここからはボクがやってみるね」
「そだね。使い方もいろいろ教えてあげるよ~」
ホシノおねえちゃんからスマホを受け取り、とりあえずポチポチと触ってみる。下に下にとスクロールしていく度に新しい投稿が目に入ってくる。さっきのアカウントはどうやって見つければいいのかな?
大人しく聞いてみることにした。
「アカウントを調べるのはどうすればいいの?」
「それはねー、画面の下にいくつかマークがあるじゃん?その中の虫眼鏡マークをタッチして、このアクアリウムの名前を入力するんだ」
「やってみるね」
言われた通りに虫眼鏡のマークをタッチし、アクアリウムの名前を入力する。するとその名前に関連したたくさんのつぶやきが流れてきた。次々に見ていくと、その中にアクアリウムのアカウントの投稿を見つけられた。
「見つけた!これでいいんだよね?」
「そうそうそれそれ~!それじゃあ次はそこのアイコンをタッチしてみよっか。そしたらフォローボタンが出てくるからそれをポチッと押してみて〜」
「アイコンをタッチして...フォローボタンはーっと……これか!これだよね?」
「だいせいかーい!よく出来ました~!」
「うへへ!これで完璧だね!いつでも行けるよ!」
よしっ!あとはお魚について勉強すれば準備は万端だ!ホシノおねえちゃんはお魚が好きみたいだからいろいろお話聞いてみよう。
それにしてもこのアプリは面白い。本当にたくさんの人が普段の何気ない日常を呟いてる。しかも使いこなせたらこの割引券みたいにオトクな使い方だって出来る。
このアプリの使い方もホシノおねえちゃんが教えてくれるって言ってたから、ボクも使いこなせるようになって賢い生き方をしようと思う。目指すはかっこいいオトナのオンナってやつだ。
今日だけで知りたいこと、学びたいことが沢山できた。今日はお勉強の日にしよう。普段はアヤネちゃんに教わることが多いけど、今日はホシノおねえちゃんとお勉強がしたい。
お魚のこと、アプリのこと、その他もろもろ。そして勉強が終わったら一緒にお昼寝がしたい。
これが今のボクの何気ない日常。
優しいひと達に囲まれて感じる心の安らぎ。
幸せで溢れる場所。
路地裏でしていた想像を超える幸福な生活。
これを手放したくない。ずっとみんなと一緒に過ごしたい。もう独りには戻りたくない。
アビドスのみんなは優しいからボクのことをすごく大事にしてくれる。なんの取り柄もないし、役にも立たないこんなボクをだ。
この人たちが居なかったら今頃は、どこかの路地裏で誰にも知られることなくひっそりと死んでいたかもしれない。ぼろ雑巾のように腐ったボクの死体が路地裏のゴミに紛れていたかもしれない。
そんな世界線もあったと思う。そうならなかったのは偏にみんなが居てくれたから。アビドスの敵として現れたボクを見捨てないでくれたから。
たくさんの奇跡が繋がって今ここに至っている。
だけど奇跡だけでは説明できないこの幸福。
アビドスのみんなが居てくれたからこそ生まれた幸せ。
ボクは今日もこの『幸せ』を噛み締めながら生きている。
次の話から曇らせ注意です。