不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
次の日、ボクはいつもより遅い時間に目を覚ました。
ボクは普段、みんなが来る前には起きてご飯を食べているけど、今日に限っては違った。既にみんなは登校していて、時計を見ると時刻はお昼前くらいになっていた。
原因は分かっている…。昨日の夜更かしのせいだ。アビドス高校に来てから、こんなに長い時間眠っていたのは初めてかもしれない。
ボクは慌てて飛び起きたけど、みんなはいつも通りおはようと微笑んでくれた。ボクも動揺する心を落ち着けて冷静におはようと返す。
今日の夜、ボクにはとある計画がある。誰かにバレる訳にはいかないのだ。だから今日一日は冷静に、隠し事が悟られないように振る舞わなければならない。
「ユキちゃん珍しいね〜。こんな時間まで寝てるなんて初めてなんじゃない?もしかして昨日眠れなかった?」
・・・落ち着け...動揺しちゃだめだ。あくまでいつもと同じように自然体で...
「ちょ、ちょっとだけね。一回目が覚めると眠れなくなるの。あれなんなんだろうね?」
「あ〜あるあるだぁー。おじさんもその気持ちよく分かるよ〜」
「だよね?ボクも目が冴えて意識が落ちなくてさ。すこし辛かったかも。」
よしっ…ここまでは何とか普通に振る舞えてるはず。最初は少し怪しくなってしまったけど段々と分かってきた。いつも通りの会話は確かこんな感じでしてた気がする。
いつも通り振る舞うってこんなに大変なことなのか…。意識すればするほど何が何だか分からなくなってくる。この振る舞いは本当にいつも通りのボクなのかな?この喋り方で合ってたっけ?そもそも自分の事なのに合ってるとか合ってないとか、訳が分からなくなってきた。
「それじゃあ、今日はおじさんとゆっくりお昼寝でもする?ちょうど眠たかったんだよねぇ〜」
「・・・うん。お昼寝したいかも。」
すごくありがたい申し出だ。お昼寝をするなら会話をする必要は無い。ボクは夜に備えてゆっくりと目をつぶっていればいいだけだ。
それに久しぶりのホシノおねえちゃんとのお昼寝はとても嬉しい。最近はあまり二人でお昼寝をする時間は取れていなかったから、今日でその分を取り返すくらいに堪能してやろう。
「ユキちゃん、今日はここでお昼寝しよっか」
保健室から連れ出されて、向かった先は普通の教室。その部屋の窓際には白いマットが敷いてあった。そこに程よい日差しが差し込んでいて心地よさそう。お昼寝にピッタリの場所だ。
「ほらほら〜こっちおいで〜」
「ん。わかった。」
「その喋り方、もしかしてシロコちゃんのが移っちゃった?ユキちゃんとシロコちゃん、すごく仲良しだもんね〜」
「そ、そうかな...?そうかも。シロコのことは好き。もちろんみんなのことも好き。ホシノおねえちゃんのことだって大好き。とっても感謝してる」
「う、うへぇ〜…そんな真っ直ぐに言われるとおじさん照れちゃうよぉ...」
「あははっ、本当のことだよ?」
もういつもの自分が何なのか分かんないや。ここまで来たらなんでもいい。無意識のうちに自然とシロコの口調が移ってしまった。ボクってこんなに隠し事がヘタクソなんだ。初めて気付いてしまった。よりにもよってこんな重要な隠し事があるタイミングで。
でもあとは眠るだけ。ボクはマットに寝っ転がるホシノおねえちゃんの元へゆっくりと向かう。両手を広げてボクを迎え入れてくれるような体勢でホシノおねえちゃんは寝転がっている。そこに誘われるかのようにボクは胸元へと吸い込まれていった。
マットの上に辿り着き、そっと腰を下ろす。そしてちょうどいい位置を見つけてから、ホシノおねえちゃんの胸元に顔を埋めて腕を背中へと回した。
「・・・やっぱりユキちゃんはあたたかいね。」
「ホシノおねえちゃんもすごくあたたかい。それにいい匂いもする」
「うへっ!?匂いを嗅がれるのはすこ〜しだけ恥ずかしいかなぁ〜?」
「え?でもボクのこといつも吸ってるんでしょ?ヒナちゃんの前でも言ってたじゃん」
「・・・うへぇ...それ言われちゃおしまいだぁ」
ホシノおねえちゃんの胸元に収まると、触れた肌から優しいあたたかさが伝わってくる。それに加えて心が落ち着くような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ついさっきまで眠っていたはずなのに、もう既に身体が眠りにつく準備をしている。瞼が重い。体を動かすのも億劫だ。次の瞬間には意識が落ちていてもおかしくない。
「でもボクは気にしないよ。なんてったってボクはホシノおねえちゃんのことが大好きなんだから」
ふわふわとした意識のまま勝手に口が動く。思っていることがそのまま口をついて出てしまう。これでは隠し事をするどころでは無い。ホシノおねえちゃんのあの甘い香りは自白剤なのではないだろうか。そう思ってしまうほどに口が緩くなっていく。
「───────そっか。私も大好きだよ」
「うん。知ってる。みんながボクのことをとても大切にしてくれてることは伝わってくる。すごく嬉しい。毎日が夢心地みたいな気分なんだ……」
そろそろ意識が落ちそう。
自分でも何を言ってるのか曖昧になってきた。
まるで寝言を言っているような感覚を覚える。
自分をコントロール出来ない。これ以上変なことを言わないように祈るしかない。
この感覚的に次の言葉で最後だ。思考能力のほとんどが機能していないまま、勝手に言葉が紡がれていく。
「・・・だから...ボクの、初めてのわがままを...ゆる、し、て……」
「ん?わがまま?」
「───────ごめんなさい...」
そうして意識は闇の底へと消えていった。
その言葉の真相が明かされぬまま───────
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・んんぅ、ふぁぁ〜ぁふ」
目を覚ましたのは夕方頃だった。暖かな日差しが差し込んでいた昼間とは打って変わって、橙に染まる柔らかな光が教室に差し込んでいた。
そのせいか、昼間より気温は少し下がっている気がする。だけどボクに触れるのは暖かな温もり。隣を見るとボクを抱き締めるホシノおねえちゃんの姿。優しい目をしながらボクのあたまを撫でてくれている。
この目とこの表情はあの日のことを思い出す。ヘルメット団のボスに捕まり助け出してもらったあの日…。その時からボクの人生は一変したんだ。
「あ、ごめんね。起こしちゃったかな」
「ううん。そろそろ起きないとって思ってたから」
「そっかそっか。それならよかったよ」
ボクたちは目を覚ましても互いの身体は離さない。抱きしめ合ったまま言葉を交わし続ける。拳ひとつ分も開いていない距離で見つめ合う。かつて無いほどに近い距離で見る空色と黄金の瞳はとても綺麗だと思った。
けれどその美しい瞳に見つめられていると、ボクの全てが見透かされているのではないかと感じてしまう。まるでボクの隠し事は全てわかっていると言わんばかりの目だ。
さすがのホシノおねえちゃんでも、思考や行動を読むなんて出来ないはず。そんなことが出来たら人はコミュニケーションを必要としないのだから。言葉を交わしてようやく人と人は分かり合えるものなのだ。だからボクのこの秘密はバレていないと信じたい。
「───────あのね、ユキちゃん…」
・・・きた...。多分ホシノおねえちゃんはボクのことを怪しんでいる。明らかにボクの今日の態度は少しおかしかった。今日の夜のバイトに行くのを止められてしまうのだろうか。直接止められたら行く訳にはいかない。そんなことをしたら本当に裏切ったような気持ちになって、顔を合わせられそうにない。
・・・だけど、止められなかったら行こう…。行って帰ってきて、ボクは何事も無かったかのように次の日を迎えればいいだけだ。
ボクの中では温泉への抑えきれないほどの好奇心と、押し潰されるような罪悪感でせめぎ合っている。その二つをぶつけた時にどちらが勝るかといったら、ギリギリで好奇心の方が上回ってしまった。
今日しか体験できないのではないかという貴重な機会なのだ。これを逃したらもう体験出来ないかもしれない。それが決め手だと思う。
それにお金が発生し、学校の借金のために行くんだという免罪符を得てしまった。みんなとの約束を破るのはとても悪いことだ。だけどこのバイトも巡り巡ってみんなの為になることなのだ。そう考えると、自分のすることが少し許されるような気持ちになってしまう。
そしてホシノおねえちゃんはポツポツと言葉を紡ぐ。
「私はユキちゃんが何を隠しているのかまでは分からないんだ。さすがの私でもそこまで超人じゃないからね。」
うん…。そうだよね。ホシノおねえちゃんがどれだけ強いひとでも、心の中は読めないんだ。
「私はユキちゃんのやりたい事を尊重してあげたいと思ってる。だから、ユキちゃんが何をするとしても基本的には止めないよ」
……!という事は今日の夜のバイトは取り消さないで済むってことだ。夜に外へ出ないという約束は破ってしまうけど、無事に終わったら正直に謝ろう。約束を破ってしまってごめんなさいって。
「───────だけど、危ない事は絶対にしちゃだめだよ。怪しい誘いにも絶対に乗っちゃだめ。知らない人にも着いて行かないこと。これだけは守って欲しいんだ。」
うん。大丈夫。ボクが今から行くバイトにはヒナちゃんだって来る。知らない人じゃない。ホシノおねえちゃんもヒナちゃんのことは少なからず悪くは思ってないはず。
「・・・うん。わかった。ありがとう、ホシノおねえちゃん」
「うへー、それならよかったよ〜。おじさんも安心だぁ〜」
何がなんでも今日は無事に帰ってこなければならない。こんなことをするのは今回きりだ。一度体験出来ればボクはそれで満足する。もう二度と約束は破らない。絶対にだ。
だから、今回だけは……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれから日は落ち、みんなが帰る時間になった。
ボクはあの後もしばらくの間、ホシノおねえちゃんにしがみついて離れなかった。複雑な感情で昂る心が抑えられそうになかったからだ。ホシノおねえちゃんに触れている間は、全てのことを忘れて心を落ち着けることが出来る。
ボクたちはあの後、言葉は交わさなかった。お互いに肌を寄せ合い、温もりを感じあっていた。そこに言葉は必要無かった。
窓から差し込む橙色が少しずつ陰りを見せ始めた頃、どちらからともなく身体を離した。もう帰る時間だと言って、ボクを保健室まで連れて行ってくれる。
そうしてみんなはアビドスの校門を通りそれぞれの家へと帰っていく。ボクはその後ろ姿が見えなくなるまで校門前で見送った。
誰の姿も見えなくなり、その場に残ったのはボクひとり。
どこからともなく押し寄せる寂しさが襲い来る。
暗闇に包まれた学校はボクを呑み込む。
長きに渡る路地裏生活で暗闇には慣れているはずなのに、みんなが居なくなった瞬間恐ろしく感じてしまう。
今の時刻は午後六時過ぎ。やることは特にない。
普段であれば八時からの通話を楽しみに、置いてあるご飯を食べている頃だ。だけど今は食欲が無い。心の底からくる渇きが治まらない。だからといって水が飲みたい訳でもない。
この渇きは普段よりも強く感じる寂しさから来るものなのだろう。今ボクが何よりも一番求めているのは人肌の温もり。食欲よりも人肌に飢えているのだ。
罪悪感から来る物悲しさ
夜の暗闇から来る寂寥感
広い学校にひとり佇む寂寞感
毎日同じ状況に置かれているはずなのに、今日だけはそれが酷く辛く感じる。あれだけ楽しみだった温泉開発のバイトも、今では少し行くのを躊躇ってしまう。
だけどここまで来て行かない訳にもいかない。依頼主にも申し訳ないし、何より行くと覚悟を決めたはずだ。ここで退いたら、全てが中途半端で終わってしまう。ボクのやりたいことを尊重してくれるというホシノおねえちゃんの気持ちも無駄になってしまう。
・・・大丈夫。きっと上手くいく。無事に帰ってきてちゃんと正直に謝る。
総てはまた明日、笑顔で話せるようにするために…
ここを出る時間は既に決めている。二十一時にゲヘナに着いていればいいんだ。余裕を持って早めに出よう。荷物は用意してある。必要なものはスマホくらいだ。服は制服しか持ってないから、いつもの制服で行くしかない。
現地に着いたら専用の服が支給されるらしい。
確かに温泉開発を私服で行っている様子は想像できない。ちゃんとした服がきっとあるのだろう。それにボクは依頼主の隣でちょっと手伝えばいいだけ。そんなに大変なことをする訳じゃないと思う。
そろそろ出発する時間だ。お金とスマホを持ち、アビドス校舎を抜け出す。
この校舎を夜にこっそり抜け出す感覚は久しぶりだ。あの時はみんなに迷惑をかけないようにってこの校舎を抜け出したっけ。そんなに時間は経っていないはずなんだけど懐かしく感じる。
あの時のボクは勝手にみんなの気持ちを想像して、勝手に校舎を抜け出した。結局ヘルメット団に捕まってしまい、ホシノおねえちゃんが来てくれなかったら本当に酷い目にあっていたかもしれない。
相変わらず物寂しい街だ。住宅街のくせに明かり一つ存在しない。しかも生憎と今日の天気は曇り空。星灯すらも見えない。あと少し行けば大通りで、少しは明かりも灯るだろう。ヤバいやつに目を付けられる前に小走りで向かう事にした。
あれから何事もなく駅に到着した。安全な道を教えて貰っていたから当然だけど、悪そうな人には出会わなかった。
ボクは駅の構内で、ゲヘナ行きの切符を購入する。これも以前ホシノおねえちゃんとゲヘナに行った時に買い方を教えて貰った。行き方も何となく覚えている。最悪分からなくなったらスマホで調べればいいだけだ。
切符を潜らせ改札口を通過する。そしてそのままホームに向かい電車が来るのを待つ。ここからは後は列車に乗っているだけでいい。乗り換えもあるけど暫くは気にしなくて大丈夫。寝過ごさない限りは乗り換えに失敗することはないだろう。
そうして列車が到着し乗り込んだ。列車の中は人があまりいなかった。それもそうだ。アビドスはもう既に廃れかけているのだから。わざわざここに来ようとする人はただの物好きだけ。ボクは誰も居ない椅子の端っこに腰を下ろした。
時刻を確認すると、午後八時前。いつもならそろそろ通話が始まる時間だ。だけどボクは今通話をする訳にはいかない。いくら誰も居ないからって通話したら、周りの環境音で電車に乗っていることが気付かれてしまう。
連れ戻されたりしたら温泉開発は体験出来なくなるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。なんのためにここまで来たのか忘れる訳が無い。
だからボクは今日の通話は出来ないと連絡するしかない。
・・・もういっその事、夜の通話はしなくてもいいよって言おうかな…
だってボクなんかの為にみんなの時間を使わせるのは申し訳ない。最初は寂しかったけど最近は少しずつマシになってきた。今日が特別寂しかっただけで、いつも通りの日常に戻ればそれも無くなるはず。
うん。そうだ。そうしよう。
そう思い至り、スマホを取り出しモモトークアプリを開く。いつも通話しているグループのトーク画面をタッチし、ぽちぽちと文字を打ち込んでいく。
そうしてメッセージを送信した。
これで大丈夫だ。心配事はほとんど無くなった。後は到着までガタゴトと列車に揺られているだけでいい。いつもならこの揺れが心地よくて眠ってしまうだろうけど、今日はたっぷりと眠ってきた。眠気はほぼ無い。これなら夜の終電まで起きていられるはずだ。
そうして何事も無く列車を乗り継ぎ、ゲヘナに到着した。時間までまだ余裕はある。DMで送られてきた集合場所は歩いてそれほど掛からない。何が起こるか分かったものじゃないし、早いうちに向かおう。
夜のゲヘナはやっぱり治安が悪かった。この間も昼間から銃声や怒声が鳴り響いていたし、喧嘩も起こっていた。夜になればそれも増えている。ここまで治安が悪いとは思ってもみなかった。
銃声が聞こえる度に身体がビクビクと震えるし、隣を誰かがすれ違う度になにかされるんじゃないかと不安に駆られる。ここに来て少し後悔し始めた。
さっきから意志が揺れて定まらない自分に嫌気がさす。ゲヘナの治安の悪さを想定に入れるべきだった。そもそも一度しか来たことがないし、あの時は隣にホシノおねえちゃんが居てくれたから安心出来ていただけだ。
(どうしよう…。流れ弾で大怪我でもしたらみんなに合わせる顔が無いよ…。)
震える身体を抑えながら、何とか人通りの多い道を選び目的地へと向かう。到着まであと少しのところで、大通りから外れて人が少ない道へと進む。
残り数百メートルのところで、空き地のような開けた空間が見えてくる。そこには同じような格好をした人達がたむろしていた。そして至る所に戦車や様々な重機が設置されている。
多分ここが目的地だ。ボクは物陰に隠れて、依頼主に電話をかけた。
Prrrrrrr...Prrrrrrr...Prrrrrrr
『もしもし?』
「あ、もしもし。到着したんですけど、どうすればいいですか...?」
『おーそっかそっか。ありがとな来てくれて!今何処にいるか教えてくれたら私がそっちに向かうわ。』
「場所は───────」
・・・顔を見た事が無い相手だけど、聞いた事のある声だと少し安心する。話し相手が居るのと居ないのとでは、心の落ち着き具合が変わってくる。ひとまずは依頼主と会えそうだ。依頼をすっぽかされなくて良かった。
それから一分も経たないうちに、作業服にヘルメットを被った女の人が目の前に現れ、ボクに声をかけてくる。
「おーっす!キミがユキ?思ってたよりもちっちゃいな!」
「んぇ!?なんでボクの名前を知ってるの!?」
「・・・え。だってアカウントに思いっきり『ユキ』って書いてあるじゃんよ。あははっ、キミ面白いこと言うな!」
「え...あ、まぁ確かに、そうかも...」
びっくりしたぁ。名前を教えていないはずなんだけど急に呼ばれたから焦ったよ。とりあえず会えてよかった。それに顔を合わせて話してみるとすごくいい人そうだ。ボクは今日この人の手伝いをすればいいんだよね。早速話を聞いてみよう。
「あの、ボクは今日何をすればいいんですか?」
「あーそうだな。とりあえず着替えながら話すか。こっちに着替え用意してあるから着いてこいよ!」
そう言われ大人しく後ろを着いて歩く。人の集まる所を突っ切って行くため、少し怖くなって前を行く人の袖を掴んだ。これならいきなり襲いかかられたりしないだろう。
「よしっ!着いたぞー。服のサイズは一番ちみっこいやつでいいな?」
「はい、大丈夫です。」
「そんな固くなるなって!気楽にやればいいのよホント。ほい、これ着替えなー」
「あ、ありがとうございます!」
服を貸してもらい、すぐに着替える。
白いタンクトップに重たいズボン。赤いタオルを首からぶら下げ、仕上げに模様の入ったヘルメットを被る。
やっぱりお耳は潰れちゃうけど我慢するしかない。尻尾を通す穴も無いからズボンの中にすっぽりと入れた。ズボンが大きめで助かった。
「そんで今日やってもらうことだけど、瓦礫の撤去作業だな。まず最初に
「ばばばば爆破ぁぁっっ!!??」
「ん?そんな驚くことじゃないだろ?温泉開発に爆破は付き物だ!」
「そ、そうなんだ…」
温泉開発って思っていたよりも派手なんだなぁ。いきなり初手から爆破だなんて破天荒過ぎるよ...。だけどこうして温泉開発をしている人がいるからこそ温泉に入れるんだ。いい事を知ったかも。
「キミは身体も小さいし、無理して重いものを運ばなくても大丈夫。正直小さい破片の方が集めるの面倒臭いから、小さいのメインでお願いな!」
「分かりました!」
「あぁ、後さっき人混みを通った時袖掴んだろ?」
「ごごごっ、ごめんなさいっ!!つい掴んじゃって、悪気は無かったんです!!」
「あははっ、謝らなくていいよ!私が言いたいのは、私が担当する場所の奴らには、手伝いが来るって伝えてるから安心してくれってこと。まぁ、さすがに部長には言ってないけどな。これくらいならいいだろ」
なんだ…。怒られるかと思った。でもそれなら少し安心した。いきなり「誰だお前ェ?」って突っかかられるのは嫌だったから気を遣ってくれて助かった。
ここでふと気付いたことがある。ヒナちゃんがまだ来てないのだ。でも来る可能性があるってことだから、もしかしたら来ないかもしれない。一応聞いてみようかな。
「すみません、ヒナちゃんって今来てますか?」
「うぇ!?風紀委員長の事か!?相変わらず度胸あるなお前…。あの人はまだ来てないよ。いつも開発が始まってから来るから今は安心しろよ」
なんだ。まだ来てないみたい。久しぶりに会えるのを楽しみにしてたんだけどな。でも温泉開発が始まってから来るらしいし、終わってからでも話せるしまぁいっか。とりあえず今は大人しく開始するのを待っていよう。
もうすぐ時刻は二十一時を迎える。温泉開発開始の時刻だ。最初は爆破から始まるから、ボクたちは遠くで見てるらしい。今は火薬の設置や、重機の配置を皆が確認しながらあちこちに動き回っている。
だんだんと動く人が見えなくなり、ついに準備が完了したようだ。
二十一時をまわり暫くしていると、ボクたちが集まるテントから一際目立つ人影がひとり悠々と前に出てきた。そうして演劇のような大袈裟な身振りと共に声を発する。
「─────皆の者!基礎工事からの準備ご苦労だった!!だがしかし、本番はここからだ!私たちが求める温泉は此処に有るっ!準備はいいかっ!!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
なんかよく分かんないけど凄い迫力だっ…!温泉開発に情熱をかけている人がこんなにも居るんだ!ボクもこの人たちの熱に負けないように頑張って手伝おう!
「さあっ!開発を始めるぞ!!」
ドゴォォォォン!!
その一声が発された瞬間、その場は爆発とともに赤い炎と灰色の煙で立ち込めた。
周囲の建物は弾け飛び、瓦礫が至る所に飛び散る。
もう少し近くにいたら巻き込まれていたかもしれないと思うと、なんとも恐ろしい。
数分程放心状態になり、だんだんと心臓の音が激しくなってくる。
未だに耳は耳鳴りで全然聴こえない。ヘルメットで耳を隠していて良かった…。
「うぉぉー!!開発だぁー!!」
「ブルドーザーを動かせー!!」
「瓦礫を運べぇー!!」
「掘って掘って掘りまくれー!!」
そこからどんどんと動き出した。配置されていた重機を操縦し瓦礫を運び出す人。爆破した地点を重機とスコップで掘り進めていく人。
それぞれが与えられた役割を果たし、どんどんと地面が掘り進められていく。その仕事はまさに温泉開発のプロと言っても過言ではなかった。
ボクは遠く離れた位置でぼーっとその様子を眺めていた。すると、だんだんと聞こえ始めた耳が依頼主の声を捉える。
「おーい!ユキ!!こっちだこっち!瓦礫を運ぶぞー!」
「はっ、はい!!すぐ行きます!!」
ボクは急いでその人の元に駆け出した。カゴを渡され細かい瓦礫を拾うように指示される。
その場の熱気でボクのやる気も満ち溢れている。既に夜であるはずなのにこの場だけすごく明るく感じた。
(すごいすごい!!温泉開発ってこんなふうにやってるんだ!これを手伝えるなんて夢みたい!無理して来た甲斐があったかも!!)
「おーユキー!なんか楽しそうだなー?」
「はいっ!すごく楽しいです!」
「そっかそっかー!とんだ物好きも居たもんだと思ったけど、喜んでくれたならよかったわ!」
瓦礫をカゴに入れて運んでいるだけなのに胸がドキドキと高鳴る。掘り進められていく様子を見ているだけで楽しい。心做しか、温泉開発に精を出している人たちの顔も生き生きとしている気がする。
このまま終了の時間まで精一杯頑張ろう!これでお金が貰えるのならずっとやっていたいくらいだ!
そうしてボクはしばらく一生懸命に働いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
始まってから数十分。
同じ作業を繰り返していると、周囲の人達が突然ざわざわとし始めた。手に持っていたスコップやバケツを放り投げて走り去る人も現れた。
どうしたのだろうかと疑問に思っていると、急に隣にいた人が銃声と共に倒れていく。
(な、なにっ!?なんで人がいきなり倒れるの?!)
何が起きたのかと理解が追いつかないまま、至る所で人がバタバタと倒れる様子が視界に映る。それを見てボクは軽いパニック状態に陥ってしまった。
「おい!風紀委員会が来たぞ!お前ら撤収だ!」
「一旦逃げよう!落ち着いてからまた開発だ!」
「逃げる必要は無いだろ!私は温泉のために戦うぞ!!」
なんか周囲が騒がしいけどボクの頭の中はぐるぐると混乱していて、何を言っているのか全然聞き取れない。ボクはその場であたまを抱え蹲ることしか出来なかった。
「戦うなんてバカのすることだ!
そこでふと聞き覚えのあるたった一つの単語が耳に入ってきた。
・・・風紀委員長...つまりヒナちゃんが来たんだ!
ボクはすぐさま立ち上がり辺りを見回す。ヒナちゃんの姿を見つけようと必死で走り回った。足場の悪い瓦礫の山を躓きながらも一生懸命に探した。
そうしている間にも周りでは人がどんどんと倒れていく。早くヒナちゃんを見つけないとボクも撃たれちゃう…!ホシノおねえちゃん達に心配はかけさせたくないっ!!なんとしてでも怪我をする前にヒナちゃんと合流しないと...!!
「・・・うっ!」
(なにっ!?肩に痛みが...!)
急に肩に走る痛みに思わず倒れ込んでしまう。即座に痛みを感じた方向に視線を向けると、銃弾が掠ったのか血が流れ出ている。それを認識した瞬間、心臓が早鐘を打ち始め呼吸の間隔が短くなった。
「はぁっはぁっはぁっ!・・・やばい...!やばいやばい!」
(やばいやばいやばいっ!!このままじゃヒナちゃんと合流する前に撃ち殺されちゃう...!)
パニックになりながらも兎に角走り回る。当然、何の戦闘の心得もないボクが銃弾を避けられるはずも無く、そして弾がボクを避けるはずも無く銃弾はボクの身体のあちこちを掠めていく。しかし身体の中心に弾が当たらないだけマシだ。
「・・・い、いたい…!いたいよ...!でも、だけど、逃げないとっ...!」
散々走り回り、遂に土煙の立ち込める向こう側に人影が見えてきた。見覚えのあるシルエットを確認した瞬間、パニックに陥っていたボクの心は驚く程に大人しくなった。
・・・ヒナちゃん。ヒナちゃん!ヒナちゃん助けて!!
心の中で必死に助けを求めるけど、さっきから心の状態が不安定で上手く声が出せなくなってしまった。出てくるのは掠れるようなか細い声だけ。
だんだんとヒナちゃんの元に近付いていく。辺りは銃声や叫び声で騒がしいけど、その中でもヒナちゃんの声だけはハッキリと聞き取れた。
『ヒナ委員長、今度はどうしますか?本当にこいつらも懲りないですね…』
「・・・当然、殲滅するわ」
───────え...?殲滅する?今、殲滅するって言ったの?
誰を殲滅するの?
ヒナちゃんも温泉開発を手伝いに来てくれたんじゃなかったの…?
・・・なんで、手にそんなに大きな銃を持ってるの...?
土煙が晴れ、ボクの目の前には待ち望んでいたヒナちゃんの姿。だけどなんだか心の底から冷えていくような、恐ろしいような感覚を覚えた。
ボクを見つめる冷たい目線。あの時とは別人のような雰囲気に、ボクはヒナちゃんに対して完全に恐怖を感じてしまっていた。
今すぐにここから逃げ出したい...!!だけど、その瞬間確実に何かが壊れてしまうっ!!
銃を持っているけどヒナちゃんがボクを撃つとは思えない…。この間、ぎゅってしながら同じお布団の上で眠ったのを覚えてないの?!
───────あっ...!
そういえばヘルメットで顔が見えて無かった!顔の半分も見えてないし、チャームポイントのお耳も尻尾も見えていなかった!
これならボクだって気付かないのも当然だ。今すぐにヘルメットを外そう。
そう思い、見つめ合っていたヒナちゃんから目線を外しヘルメットを外そうと動いた。
その瞬間再びヒナちゃんの声が耳に入ってくる。
「動かないで」
その言葉と共に至近距離で爆音の銃声が聴こえた。響く銃声が聞こえなくなった時、ボクの身体の感覚は何故か無かった。
そしてあたまからずれ落ちるヘルメット
目の前には変わらず佇むヒナちゃんの姿
だけど持っている銃の先端はボクを向いている
どうしたんだろうか。何故だか足がおぼつかない
ヒュー、ヒューと口から呼吸が漏れ出ていく
それと同時に身体から力が抜けていく
千鳥足でふらふらとヒナちゃんの元へ、一歩一歩足を進める
ヘルメットが外れたボクの顔を見たヒナちゃんは、銃をその場にぼとりと落とした。
そして瞳孔は見開かれ、化け物でも見たかのように顔が引き攣っている。
(・・・どうしてそんな顔をするの…?いったい何が起きたの?)
「な、なんであなたが...お腹がっ...!
あ、あぁ...あぁぁぁっ...!!はやく、はやく治療を…」
ボクのあたまは疑問で埋め尽くされてるけど、だんだんと思考が鈍くなってきた。そして視界も同時にぼやけてくる。
ヒナちゃんの目線の先は多分ボクのお腹。
最後の力を振り絞り目線を下に向けてみる。
そこにはぽっかりと穴が空いていた。ボクの後ろの景色が少し覗ける。
あとは真っ赤っか。内臓と血液。辺り一面に飛び散ってた。
「・・・ごぼっ、かはっ...はぁっ、はぁっ…かひゅっ」
「・・・いや...いやっ!!ゆ、ゆき...?ど、どうして、あなたが、こんなところに...!なんで!!・・・たすけて...せな……!」
ボクはヒナちゃんにそんな顔をさせたい訳じゃ無かったんだ…。久々に会ってお話がしたかった。そしてもう一度抱き締めて欲しかっただけなんだ…。
どう考えても約束を破ってこんなところに来てしまったボクが悪い
・・・初めて会った時のホシノおねえちゃんも、今のヒナちゃんも、ボクさえ居なければそんな苦しそうな顔をさせずに済んだのかな
それならいっそのこと───────
殆ど目は見えていないけど、もう一度ヒナちゃんがいる方に目線を向けた。こんなことになってるけど何で意識はあるのかな。まだ助かるのかな。
ヒナちゃんなら何とかしてくれるはず。
(ねぇ。でも待って。こんな事になったのはヒナちゃんのせいじゃないの?)
どこからともなく意識の奥底から
確かに状況だけ見たらヒナちゃんかもしれない。でもヒナちゃんはボクにこんな事しないよ。だからきっと違う人だ。うん。そうに違いない。
(いい加減現実を見なよ。やっぱりボクってバカなんだね。バカは死んでも治んないって本当だったんだ。)
そんなことないっ!!そんなこと...!
・・・そんなことヒナちゃんがする訳ない!!
(もういいよ。空崎ヒナはボクを殺した。これが現実。さっさと死んでなよ。これで残りはただひとつ。僕が外の世界に出るまであと少しなんだ)
・・・どういうことなの...?
(さぁね?ボクは知らなくていいよ。この現実さえ受け入れてくれればね)
もうじき意識は限界をむかえる。なにか訳の分からない乱入者が意識に紛れ込んでいたみたいだけど、そんなこと考えている暇は無い。今は少しでもヒナちゃんを落ち着かせてあげないと。
しかし、そいつに意識を乱されたせいなのか、赤い塊と共に思ってもいない言葉が口から漏れてしまった。
「・・・ひ、ひな、ちゃん…?ゴボッ...ガヒュッ...ど、どう、して・・・」
そうして意識は完全に消失した。
その身体は力を失いその場にぐしゃりと斃れこむ。
その場に残るのは一つの死体と、ソレに縋り付く一人のか弱い女の子の悲鳴だけだった
最後の部分については次話の後書きで設定解説を入れます。