不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
・・・なんだかユキちゃんの様子がおかしい。
普段とは全く違う言動、態度、感情。少し観察しただけですぐにおかしいと分かる。どれだけ私がユキちゃんのことを近くで見てきたと思っているのだろうか。
あれで隠しているつもりなら、本当に分かりやすいコだ。
こんなに遅くまで寝ているコじゃなかった。いくら眠れなかったと言っても流石に度が過ぎている。確実に何か外部からの要因が関わっていると思う。
おかしくなったのは今日からだ。昨日の通話の時にはいつも通りの元気なユキちゃんだった。ということは、昨日あの後何かあったと考えるのが妥当なんじゃないだろうか。
私はユキちゃんと二人きりになる為にお昼寝へと誘った。そこで何があったのか聞き出せるのがベスト。だけど無理に聞き出すのは良くないことは私でも分かる。
だから何となく探りを入れる程度で、核心には迫らないように気を付けないといけない。ただでさえみんなからは過保護だーなんて言われているのだから、もう少しユキちゃんのやりたいようにさせてあげるのもいいかもしれない。
お気に入りのお昼寝スペースに二人で向かう。私が先に寝そべってユキちゃんを迎え入れる。身体が密着した瞬間感じる小さい子特有の高い体温は、私の眠気を誘ってくる。だけどここですぐ眠る訳にはいかない。
話しかけてもやっぱりいつもと違う態度に困惑する。必死にいつも通りの自分を取り繕うとしているけど違和感しか感じない。その様子はまるで、自分を見失ってしまったのではないかと思うほどだ。
「シロコのことは好き。もちろんみんなのことも好き。ホシノおねえちゃんのことだって大好き。とっても感謝してる」
こうやって言ってくれるのはとても嬉しい。だけど違和感の方が勝ってしまい素直に受け取ることが出来ない。普段であればもっと楽しそうに言ってくれる。今は明らかに元気が無い。尻尾だって今日は未だ動く様子が見えない。
表情も心做しか苦しく、辛そうなように感じる。あの表情には覚えがある。罪の意識からくる自己嫌悪。私も散々苦しんできた。
いったい何に対して罪の意識を抱いているのだろうか…。
あの短い夜の間に何があったというの?
考えられるとしたら何だ…?
・・・夜、一人、外部要因...
───────まさかっ...アイツか…?
あの黒服は私の神秘を目的に接触してきた。だからアイツが特殊な神秘を持つユキちゃんに目をつけていてもおかしくはない...!
だけど本当にそうか…?何か見落としている気がする。可能性としては無いとも言いきれないけど、本当にアイツかと言われると確信が持てない。
もしもユキちゃんが私と同じ勧誘を受けていたとしよう。だとしたらユキちゃんが自己嫌悪に似た感情に陥る要素はあるのか…?私ならともかく、ユキちゃん本人が誘いに乗って、そうなるのはほぼ有り得ない。
いや...そうやって最初から可能性を否定してもいいの…?
・・・だめだ...何も分からない。ヒントが少な過ぎる。
今は取り敢えず様子を見るしかないか…。
きっとユキちゃんも色々と悩んでいるのだろう。私たちを頼ってくれるまで待ってみよう。どんな頼みでもこのコの為ならなんだって叶えてみせる。なんとしてでも幸せにすると決めたのだから。
色々と考えを巡らせながら、ユキちゃんとの会話は続いていく。
「なんてったってボクはホシノおねえちゃんのことが大好きなんだから」
今日は本当に素直に好意を伝えてくれる。様子がおかしいのはその通りなんだけど、この好意は本物だ。全身を使って「好き」の気持ちを伝えてきてくれる。
「───────そっか。私も大好きだよ」
だから私も負けないくらい好きだよってこともちゃんと伝える。言葉にするのは少し気恥しいけど、ユキちゃんは真っ向から伝えてきてくれているのだ。こちらからも正面から向き合わないといけない。
「うん。知ってる。みんながボクのことをとても大切にしてくれてることは伝わってくる。すごく嬉しい。毎日が夢心地みたいな気分なんだ……」
どうやら私たちの気持ちは、ユキちゃんにしっかりと伝わっていたみたいだ。こうやって一対一で話す機会は最近無かったから、どう思ってるか少し不安だったけど学校生活を楽しんでくれているようでよかった。
初めは私たちの生活に慣れてもらえるか心配しか無かった。少なくともユキちゃんの今までの生活環境よりかは、かなりマシではあるけれど、合わなかったりしたらどうしようかとみんなで悩んだものだ。
そういうユキちゃんの様子は、目を瞑り今すぐにでも意識が落ちてしまいそうに見える。声も次第にふにゃふにゃとしてきて、普段の甘えてくるような声色になってくる。
そして、決定的な一言がユキちゃんの口から飛び出した。
「・・・だから...ボクの、初めてのわがままを...ゆる、し、て……」
言葉尻が萎んでいき、はっきりとは聞き取れなかったけど、確かに「わがままをゆるして」と聴こえてきた。
再びユキちゃんは無意識に呟くかのように小さく口を開く
「───────ごめんなさい...」
先程よりも小さな声であるはずなのに妙に耳に残ったその声は、はっきりとした謝罪の言葉であった。やはりユキちゃんは何かを隠している。
何を許すのか、何に対して謝っているのか、私には何も分からない。今すぐに問い詰めようにも、彼女は既に深い眠りについていた。小さな身体はゆっくりと上下し、短い間隔で呼吸を繰り返している。
私の身体をがっちりと腕でホールドし、無理に引き剝がすと目を覚ましてしまいそうだ。だから私は大人しくお昼寝をすることにした。湯たんぽのように温かいユキちゃんのおかげですぐにでも眠れる。
そしてそのまま目を閉じ、眠気に身を委ねた。
・・・・・・・・・・・・・
ふと感じる身体の末端の冷えで目を覚ました。窓から差し込む光の色が変わっている。時刻は夕方、この冷えた空気はそのせいだろう。
隣にいるユキちゃんはまだ夢の中だ。眠りにつく前と変わらずに私の身体に抱き着いている。起きているときは辛そうだった表情も、眠っている今では口を半開きにして穏やかな表情だ。
それを見て私の表情も自然と緩んでしまう。大きな耳は時折パタパタと動き、気づいた時には頭に手をのせ撫でていた。どうやらこのコは撫でられるのが好きなようで、眠っている間でも撫でられると手に頭をすりすりとしてしまう癖があるみたいだ。
その愛らしい仕草が何とも庇護欲を刺激する。みんなが思わず過保護になってしまう原因がここにもあると思う。
しばらく手の甲で髪をなぞっていると、もぞもぞと身体を捩らせ始めた。喉の奥からごろごろと声が漏れたと思ったら大欠伸をし、顔が私の方に向いた瞬間ぱっちりと目が合った。
突然の事だったから、思わず謝ってしまった。
「あ、ごめんね。起こしちゃったかな」
「ううん。そろそろ起きないとって思ってたから」
どうやら気を遣ってくれたみたいだ。起こしてしまって申し訳ない気持ちとユキちゃんの優しさへの感謝の気持ちが混ざり合う。その優しさを無駄にしないために、この話をすぐに流すことにした。
目と鼻の先にはユキちゃんの透き通った綺麗な空色の瞳。起きたばかりだからなのかまだ眠そうだ。だけど眠気とはまた違う感情が瞳から伝わってくる。
多分このコは何かを恐れている。具体的に何かは分からない。
隠し事は誰にでもあるものだ。私だって掘り返されたくない過去の一つや二つくらいある。無理やり聞き出したら、今まで積み上げてきた信頼を裏切ることになる。
だから私は───────
「───────あのね、ユキちゃん…」
今思ってることを全て言葉で伝えることにした
「私はユキちゃんが何を隠しているのかまでは分からないんだ。さすがの私でもそこまで超人じゃないからね。」
そう。何も分からない。隠さないでいて欲しいというのは本音ではあるけど、隠し事は人なら誰しもが持つものなのだ。
「私はユキちゃんのやりたい事を尊重してあげたいと思ってる。だから、ユキちゃんが何をするとしても基本的には止めないよ」
うん...。本当は一人でバイトに行くことさえ反対だった。だけどずっと此処に閉じ込めてちゃだめだよね。成長の機会を奪うのは私としても不本意だ。「可愛い子には旅をさせよ」って、きっとこういう事を言うんだと思う。
「───────だけど、危ない事は絶対にしちゃだめだよ。怪しい誘いにも絶対に乗っちゃだめ。知らない人にも着いて行かないこと。これだけは守って欲しいんだ。」
・・・ユキちゃんを一度殺しかけてしまった私が言えたことじゃないけど、危ない所には近づかないで欲しい。今は身近に色んな怪しいものが転がっているから、誰彼構わず誘いには乗らないで欲しい。
これでも十分過保護だと思われても仕方がない。
───────だって、ユキちゃんが傷付く姿はもう...二度と見たくないんだから…
私の言いたいことはこれで全て。これさえ伝えられれば私はもう口出しはしない。ユキちゃんは素直ないい子だから、言いつけはきちんと守ると信じてる。
「・・・うん。わかった。ありがとう、ホシノおねえちゃん」
その返事が聞けて良かった…。私の身体の力が一気に抜けた気がする。
もう二度と手放さないように、改めてぎゅっとユキちゃんを抱きしめる。そこからは何も話さず、眠りもせずに身を寄せあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれから時間はあっという間に過ぎてゆき、そろそろ下校する時刻になった。みんなは既に帰る準備を済ませており、残るは私だけになったようだ。
ユキちゃんをここに放置する訳にもいかないので、保健室に抱っこで連れていく。そしてベッドの上に乗せてあげるが、見送りたいと言うので校門前まで一緒に行くことにした。
まだユキちゃんに対する不安は残っているけど、表情はだいぶマシになっていたのでひとまずは大丈夫だと思いたい。
みんなでユキちゃんと別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路につく。私たちの姿が見えなくなるまでユキちゃんは見送ってくれた。
私は真っ直ぐ自分の家に帰る。パトロールは通話の後だ。ひとまずはゆっくり休みたい。今日一日中お昼寝をしていた私が言えたことじゃないんだけどさ。
一人の家に帰り手を洗う。電子レンジで夜ご飯を温める。
いつも通りの日常のはずなんだけど、何故だか心がざわつく。落ち着けようとしても不思議と治まらない。
この後の通話でユキちゃんの声は聞けるんだから、そんなふうになる必要はない。そうやって自分に言いつけて無理やり安心を得ようとする。
そして迎える二十時前。唐突にいつものグループにモモトークの通知が入った。もう始めるのかと思いトーク画面を開くとそこには───────
今日のよるから電話わしなくても
だいじょうぶです。
みんなのおかげでさびしくないです
いままでありがとうございます
それを見た瞬間、私の全身をとてつもない寒気が襲う。唐突にあの日、あの時の血に塗れたユキちゃんの姿がフラッシュバックし、その場で目眩を起こしてしまった。
・・・冷や汗が止まらない...。通話はもうしなくても大丈夫という連絡である筈なのに、私たちの前から消えてしまうのではないかと思うような文面に軽くパニックに陥ってしまう。
私はどうしようもなくユキちゃんの無事を確認したくなる。ベッドの上に寝転んでいた身体を起こし、急いで学校へと向かった。
スマホの通知が止まらない。恐らく私と同じことを考えた対策委員会のみんなだろう。だけど今は一分一秒が惜しい…!こうしている内にもユキちゃんは学校を出る準備をしているかもしれない。
私の思い違いであって欲しい。
何事も無かったかのように保健室のベッドの上にいて欲しい。
そう願いながら夜のアビドスを駆ける。
そして今までで一番と言ってもいい程の速度で、アビドス校舎に辿り着いた。
最高速度で廊下にぶつかりながらも保健室前に到着する。
ひと息付く暇もなくドアを勢いよく開け放った。
中の様子を端から端まで見渡す。
幾つかあるベッドのうち、入口から最も遠いベッド。そこがユキちゃんの定位置。
しかし……
───────そこにユキちゃんの姿は無かった...
(・・・なんで...どうしてどうしてどうして!!
何処に行ったのっ!?)
ユキちゃんがどこに行ったかなんて見当もつかない。今日一日様子がおかしかったのも、もう通話をしなくていいと言ったのも、夜にここから出る事を決めていたからだろう。
私はどうすればいい…?!無闇に探したところで時間を無駄に消費するだけだ。何か痕跡でも探す...?だめだ!軽く見渡してもそれらしきものは何も見当たらない…。
なにか、何かユキちゃんが何処に行ったか分かるヒントは……!
そうやって考えていると、ふと目の前の机に置いてあるポケットティッシュが目に入った。これは確か、ユキちゃんが初めて行ったバイトで配っていたもの…。
そういえばあの日は持って帰ってきたポケットティッシュを嬉しそうに見せてくれたっけ。
なんで急にこの記憶が蘇ってきたのだろうか。何か見落としている気がする。私はあの日、初めてのバイトに行くユキちゃんが心配で様子を見に行った。
元気いっぱいにティッシュを配る姿を見て、随分と安心したものだ。
───────っ!!!
そうだ...なんであの日ユキちゃんの居場所が分かったのか。今この記憶を思い出せたのは奇跡だ。スマホを持たせたのはこういう時のためだった。
連絡を取る事が出来るということは、幸いスマホはユキちゃんの傍にある。スマホを渡した初日に、こっそりと位置共有アプリをインストールしておいたのが役に立つ...!
その事に思い至り、すぐさまアプリを開き何処にいるのかを確認した。
今ユキちゃんがいる場所は・・・・・
・・・どういうこと...?凄い速さで移動している。
明らかに列車に乗っていると分かる。恐らくこの列車が向かっている先は...
───────まさか、ゲヘナか……?
なんでよりにもよってあんなところにっ!!あそこはユキちゃんにとって危険どころでは無い。しかも今は夜...!丸裸で地雷原に飛び込むようなものだ…!
いや、今は理由なんてどうでもいい。直ぐにでも迎えに行かないとユキちゃんが危ない...!
もう二度と危険に晒さないと誓ったはず。何か隠していると分かっていた上でユキちゃんの自由な行動を許したのは私だ...
今度こそ二年前と同じ過ちは繰り返さない。何がなんでも無事に連れ戻す。それが私の保護者としての責任だ。
とにかく向かわないとっ...!
そうして学校を飛び出し、全速力で駅まで向かう。体力と速さには自信があるけれどゲヘナまでは流石に持たない。
列車を待っている時間すらもったいない。そしてここから何もすることが出来ず、列車に揺られているだけ。私はこの状況に耐えられるだろうか。もどかしさで心の内がはち切れそうになってしまう。
車両内の席はガラ空きだ。しかし私は座る気にもならない。今すぐにでも走り出したい。それ程までに気が荒ぶっている。
気休めにもならないけれど、位置情報を確認し続ける。ユキちゃんは既に列車から降りている。やはり目的地はゲヘナだったようだ。今は駅から少し離れた位置まで移動している。
何をしているのかは全く分からない。わかるのはユキちゃんの身は常に危険に晒されているということだけ。
私の心臓の鼓動は先程から絶えず高速で刻まれている。冷ややかな汗が頬を伝う。次第に手足が震え始めたけれど無理やり抑え込んだ。
そして間もなく私もゲヘナに到着する。まさに地獄のような時間だった。ただの列車の移動のはずが、拷問のように思えたくらいだ。
駅のホームに列車が止まり、私はドアが開くと共に駆け出す。
直近で見覚えのある光景。あの時は日も高く昇り、隣にはユキちゃんが居た。勝手に何処かに行かないように抱きかかえ、手を繋ぎこのホームを一緒に歩いた。
だけど今、隣にユキちゃんは居ない。あのコを守れる存在は近くにいない。流れ弾でも致命傷だ。すぐそこに命の危険が迫っている。
時刻は二十一時過ぎ。出来得る限り、最速最短で辿り着けた。あとはユキちゃんを見つけるだけだ。
ユキちゃんと和解したあの夜は、手掛かりひとつ無いままアビドスを走り回っていた。だけど今は違う。位置情報は手元のスマホに映し出され、真っ直ぐに探し出すことが出来る。
私は駅を出て、最短でゲヘナの道程を駆け抜ける。この調子なら直ぐに辿り着きそうだ。
街中で怒号が響く。相変わらず治安の悪い街だと思いながら、ユキちゃんが巻き込まれていないことを祈り続ける。
しかし次の瞬間、付近で抗争かと思うほど大量の銃声
自分の位置からかなり近い場所だった為、私も少し身構えてしまう。
立ち止まっている暇は無いと、すぐさま銃声乱れる場所とユキちゃんの居場所を照らし合わせる。
「・・・っう...うそ、だ...」
・・・一瞬にして全身から噴き出す大粒の汗
その場所は正にユキちゃんがいる場所だった。心臓はかつてない程に激しく暴れる。息切れが起こり気が遠くなる。視界が揺らぐ。しかしこんな所で意識を失う訳にはいかない...
私は再び駆け出し、その場所へと向かう。次第に開けた場所が見えてくる。建物は爆破されたのか破片が飛び散らかり、そこにいる生徒は逃げ出す者から戦う者まで多数いた。
この中の何処かに必ずユキちゃんが居る...!
位置情報を見てそれを確信した。この酷い様子を見ると巻き込まれていないとも言いきれない。
上手く逃げるか隠れるかしていてくれたら良いけど、位置情報は先程から一歩も動かない。
隠れていることを祈るしかない...
細かい情報まではアプリでは分からない為、ひとまず全体を見渡してみることにした。
至る所に瓦礫の山があり、そこかしこに気絶している生徒の姿が見える。倒れている生徒の服装と銃を撃っている生徒の服装は異なり、これは二つの集団の抗争であると思われる。
この場で何があったのか、何となく掴めてきた。だけどなんでこんな所にユキちゃんが居るのかは依然謎のままだ。
私はそのままユキちゃんの姿を探し続ける。あちこちで巻き起こる銃撃戦。戦況はじりじりと移り変わっていく。そこでふと異質な雰囲気を醸し出す空間がある事を感じ取った。
私から見て正面の奥の方。そこには見覚えのある人影が見えた。白く長いふわふわとした髪、紫で威圧感のある角
・・・あれは確か風紀委員長ちゃんだ...
風紀委員会としてこの騒動を鎮圧しに来たのだろう。だけど様子がどこかおかしい…
私には、風紀委員長ちゃんが蹲り背中を丸め、肩を震わせているように見える。この騒ぎの中で組織のトップとも言える彼女が、あんな所で座り込んでいるのは違和感しか感じない。
それと同時に、あそこに近づいてはいけないと無意識下のストッパーが、私の身体をその場に縛り付ける...
あそこにいったい何があるのだろうか...
最悪な想像が頭を一瞬過ぎる。
(いいや、そんな訳が無い。風紀委員長ちゃんだってユキちゃんとは面識があるはず。あの時の幸せそうな寝顔は忘れてないよ)
すぐさま頭を横に振り、最悪な未来を切り捨てる。
とにかくこの状況を理解し、ユキちゃんを探し出すためには彼女の協力が必要だ。
重い脚を引き摺りながら移動を開始する。
だけどどうしたのだろう...
・・・本当に私はあそこに行ってもいいの...?
そんな考えが止まらない。あそこで現実を直視してしまったらもう二度と戻れなくなるかもしれない。さっき捨てた筈の悪い想像が再び蘇って来る。
一歩一歩、前に進む度に身体の震えが酷くなる。
「はぁっ...はぁっ...ハァっ、ハァッ」
口から漏れるのは短い間隔の呼吸。
段々と息が詰まり苦しくなってきた。
「・・・う、うぅ...ユキ、ごめん、なさい……」
風紀委員長ちゃんの背中が次第に大きく見えてくる。長い髪は地面に広がり、そこに響くのは小さな呻き声。
周囲は銃声や叫び声で騒がしいはずなのに、その場だけは奇妙な静寂に支配されていた。
このまま進んでもいいのか、ここで止まるべきなのか、自分の中で激しくせめぎ合う。止まったところで何も状況は変わらない。それなら進むしかない。
鉛の着いたような脚をさらに進める。
冷や汗が止まらない。
位置情報は、目の前を示している。
そこでふと地面まで届く風紀委員長ちゃんの髪先が何故か赤黒く染まっていることに気付いた。
さらによく見ると、そこら一帯の地面をじわじわと侵食する赤色。
蹲る彼女の身体からはみ出して見える、赤く染まった小さな手。
「・・・カヒュッ....ぅ、あ、あぁ...あああ…!」
先程の最悪な想像が現実味を帯びてくる。
「・・・ハァ、ハァッ...っぐ...う、うぅ…」
呼吸が上手く出来ない。
「ゆ…ゆき、ちゃん……?」
喉が締められ胸が押し潰されるような感覚。
「いや...いやだ...いやだよ、ユキちゃん...」
ここまで情報が揃って、次第に私の脳は現状を理解し始める。ここで何が起こったのかは未だに分からない。しかし、私の目的であるユキちゃんがどうなっているか見当がついてしまった。
・・・だけど私はこの最悪な現実を直視したくない...!受け容れたくないっ!!
それならいっそ現実を見なければ、結果は分からないままだ!このまま踵を返して見なかった振りをすればこの現実と向き合わずに済むはず…!
その思考が一瞬にして脳内を乗っ取った。今出来る選択肢として一番最悪なものだと分かっているのに、身体が行動に移そうとするのを止めない。
私の身体はゆっくりと音を立てながら後ずさりを始めてしまう。しかしその音に気付いたのか、風紀委員長ちゃんはゆっくりとこちらを振り向いた。
その顔は酷くやつれ、涙でぐちゃぐちゃだった。
そして縋るように声を掛けてくる。
「・・・ぁ、たかなし、ほしの...?あぁ...あぁぁごめんなさい...ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…!」
「・・・・あぁ...」
もう、だめかもしれない。私も限界だ。
辛い。苦しい。気持ち悪い。
鼻腔の中には濃い血の香りが充満している。
未だに彼女は私に謝り続けている。
身体を引き摺る事で隠れていた彼女の奥の様子が、次第にはっきりと見えてきた。
私の目はそこに釘付けにされ、視線を外せない。
(やめて...もう、そこを動かないで...)
頭の中でそう祈るも、その願いは儚く散っていく。
先程から見えていた小さな手から、腕、頭、胴体と順々に視界の中に飛び込んでくる。
その腕は、手と同じく小さく細い。そして所々に付着する赤色。
頭は───────
・・・大きな耳、純白の白い髪、半開きの濁った青い瞳、口元には大量の血液。蒼白に染まる見覚えしかない面影…
胴体...
腹部に致命傷と思われる怪我。風穴が空いている。死んでいると一目で理解ってしまう。そこから溢れ続けるユキちゃんの命...
「─────あぁ、まただ...また、私は……」
結局私は二年前のあの日から何にも変わっちゃいなかったんだ。大事なものは何一つ護れやしない。
護ると決めたものは掌から全て零れ落ちていく。
護るなら徹底的にやらなければいけなかった。
一人の外出を許可した私が全部悪い。
ユメ先輩…
私は、どうすれば良かったんですか…?
「・・・ねぇ、風紀委員長ちゃん。これはいったいどういう事なのかな…」
前話の最後の部分については、今後登場するか分からないので今解説してしまいます。
あの存在は、小狐の九回の肉体的な死をトリガーにして顕現する反転した意識の片鱗になります。本人も知らず知らずの内、密かに募らせる自分を死に追いやった者への怨みから生まれた別人格です。
元々何かが封印されていた訳ではありません。
今回は、九回の死という条件にリーチが掛かったこと。そして小狐本人による自己存在の否定がされた事で、フライング気味に出てきてしまいました。
致命傷を負ってから少しだけ意識が保たれていたのはコイツのおかげです。
詳しい設定はまたいつか。あるか無いか。