不幸な小狐は幸せを探す   作:うしさん

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最悪な白夜夢【裏】

 

 

 

 

 

 

 

───────夢を見ていた

 

 

 

これ以上は無いと思えるくらいの悪夢

 

二度と思い出したくもない夢

 

脳に深く刻み込まれる最悪な記憶

 

 

 

 

───────夢を見ていた……

 

 

 

ヒトを殺めてしまう夢

 

血を含んだ重たい咳がやけに耳に残る

 

少しづつ私に近付いてくる穴の空いたカラダ

 

 

 

 

───────ゆめを、みていた……

 

 

 

斃れる寸前に私の名前を呟く弱々しい声

 

私の事を責めるかのような言葉が脳内で木霊する

 

 

 

 

───────ゆめをみてい

 

 

 

とすん、と地面に崩れ落ちる軽い身体...

 

地面の溝に沿って流れる赤い河

 

その場に溜まる血の池

 

 

 

 

───────これはゆめ、なの...?

 

 

 

妙に鼻にこびりつく濃い鉄の臭い。

銃を撃った感触。

 

突然私の目の前に現れた人物。

涙を流し顔を歪める小鳥遊ホシノ...

 

 

目の前に斃れているのはユキ()()()モノ

 

 

ソレを認識した瞬間、私の心臓は止まった。

 

 

 

・・・これは...これは現実なんかでは無いっ...!

 

 

 

 

脳が映し出すこの光景は・・・

 

 

 

 

───────最悪な白夜夢に違いない……

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナ委員長、今お時間よろしいでしょうか?」

 

「どうしたの、アコ」

 

「たった今、

商店街の方で美食研究会が──────」

 

 

呼び出されるのは今日だけで何回目になるのだろうか。十分に休みも取れていないというのに。ユキと二人でぐっすりと眠りにつけたあの日以来、私は再び眠りにつけなくなった。

 

眠る感覚というのは思い出せるけれど、実際に眠れるかといったら話は変わってくる。あのふわふわとした感覚は幾ら試したところで、一人では眠れずに終わってしまう。

 

あの日の休息のおかげで、私は今日まで何とかやってこれた。だけどそろそろそれも限界に近付いている。気絶と覚醒を繰り返し繰り返し誤魔化しているけれど根本的な解決にはならない。

 

セナにも色々聞いて解決方法を探っているけれど、中々上手くはいかないらしい。不眠症というのはなんと厄介なものなのだろう。私もなんとか生活習慣を戻そうとしている。しかしその度にゲヘナの治安の悪さが邪魔をしてくる。

 

風紀委員長としての責務だと割り切るのは簡単だ。だって今までそれでやってこれたのだから。

 

ここにきて不眠症という新たな要因が生まれたせいで、私の生活はめちゃくちゃになった。傷のように時間が経てば治ったり、明確な治療法があったりする訳では無い。ソレはじわじわと私の精神を蝕んでいく。

 

深夜テンションのように突然業務に対するやる気が湧いてくる時もあれば、目眩や吐き気がいきなり襲い来る時もある。そんな時は気が付いたら気を失っていて、目が覚める頃には治まっている。

 

そんな事が定期的に重なると流石の私でも堪えてしまう。目の下の隈は遠目からでもわかるほどに濃く深く刻み込まれている。食欲も湧かないから体重はかなり減っていると思う。

 

風紀委員のみんなからは顔を合わせる度に心配されるけれど、余計な心配だと切り捨てている。心配してくれるのはとてもありがたいし、嬉しいとも思ってる。だけどこれは私の自己管理不足が招いたものだ。組織のトップともあろう者がこのような調子である事が知れ渡ったら、風紀委員会は今以上に舐められてしまう。

 

その為にも私は如何に身体の調子が優れなくとも、見栄を張って騒動を鎮圧しに行く。

 

幸いな事に鎮圧自体は流れ作業だ。暴徒を私が一掃し、後処理はアコ達に任せる。それが一番効率がいい。

 

テロリストの中でも美食研究会や温泉開発部はかなり厄介な部類に入るため、私が出なければ収まらない事が多い。いくら痛い目を見せても、数日後には再び騒ぎを起こす。私の生活習慣を乱す主な原因と言っても過言では無い。

 

時間、場所を問わずに揉め事や爆破を起こすから、おちおち休めもしない。だからこの二つの組織が原因で呼び出された時は、怒りも込めて容赦無く殲滅する事にしている。

 

近頃だと温泉開発部がかなりの頻度で騒ぎを起こす。その度に私が向かい、組織のトップから下っ端関係なく殲滅して救急医学部送りにしている。セナには本当に申し訳なく思う。セナは私の事情を知っているから甘んじて受け容れてくれているのが唯一の救いだ。

 

怪我人が大勢出る事が当たり前になってしまったから、ここ最近では私たちの出動に伴い、後からセナも着いてきてくれることが増えた。「仕方が無いですね...」と言いながらも、必ず来てくれる彼女はやはり優しい。

 

 

取り敢えず美食研究会をいつものように取り締まり、私は再び執務室で書類を片付ける作業に移る。

 

意識は朦朧としている。普段の流れだと私はこのまま意識が落ちていく。恐らくは今回もそうだろう。

 

最後にまともな夢を見ることが出来たのは何時だったかしら。なんて考えが頭に浮かぶ。夢を見ることに対して今まで意識をした事は無かったけれど、こうして夢すら見れない状況になると少し思いを馳せてしまう。

 

夢の記憶は目が覚めたら消えてしまう。だけど夢の中に居る時は私は自由だった。何をしても許される。仕事を放り出しても誰にも何も言われない。普通の女の子がするようなことだっていくらでも出来た。

 

今の私は気絶と覚醒を繰り返すだけの錆びたブリキの玩具のよう。与えられた仕事を現実で只管こなすだけの機械だ。

 

このような状況から脱却する為には、もう一度しっかりとした睡眠を取るしか無い。だから今の私に一番必要なのはユキだ。彼女が隣に居てくれているだけでいい。抱き締めさせてくれるならさらに嬉しい。

 

それなら風紀委員の誰かを抱き締めながら眠ればいいじゃないかという案も浮かんだが、その案はすぐに却下した。身内にそんなだらしない姿を見せたくないというのもある。アコに関しては私を見る目が怖いから純粋に嫌だ。

 

身内でもなく、私の弱みを既に晒けだしたユキと眠りたい。ゲヘナに来てくれたらありがたいけれど、わざわざ来させるのも申し訳ない。私からアビドスに向かおうにも時間が無い。完全に詰んでしまっているのだ。

 

次第に意識が落ちてくる、と言いたいが意識を失うのは一瞬だ。瞬きの間に意識が途切れ私は机に突っ伏した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誰かの話し声で目が覚める。

 

今の時刻はお昼過ぎ。

外は曇り。

体調は変わらず不快。

 

何も食べない訳にもいかないから、軽く栄養食を口に入れ水で流し込む。味はほとんど感じない。食に対する興味を失ってから味覚もおかしくなってしまった。

 

私の脳が味覚を使わない機能だと認識し、排除してしまったのだろうか。それとも度重なる疲労のせいで味覚が馬鹿になってしまったのだろうか。

 

でも実際、ほとんど食事を摂らない今の私には関係の無い話だ。そんな事よりも執務室に誰か来ている。私に用事があるのなら話を聞かなければならない。

 

扉の方に視線を向けると、アコとイオリが二人で話していた。また騒ぎかとうんざりした気分になるけど、一先ず話だけ聞いてみよう。

 

 

「ねぇ、二人とも。私に何か用?」

 

「あ、委員長!聞いてくれ!私がさっきそこを歩いてたら情報部のやつに呼び止められて、とある情報を教えてもらったんだ...」

 

「ヒナ委員長がお休みのようだったので代わりに私が聞いていたんです。」

 

「・・・そう。悪かったわね。その話、詳しく聞かせてもらえる?」

 

 

情報部からの情報...それならかなり信頼出来るはずだ。私も所属していたことがあるから分かる。風紀委員にその情報を流してくるという事は、また何か厄介事に違いない。

 

 

「昨晩、SNSにとある内容の投稿がされていたそうです。」

 

「風紀委員会が動かなければいけないような?」

 

「はい、恐らくは。その投稿は小賢しくも検索避けの為に色々小細工をしていたみたいですが、情報部の手に掛かればそれはもうバレバレです!」

 

「小細工…?」

 

「ええ、そうです。文字と文字の間に違う記号を入れ、最終的にはその投稿を削除しています。明らかに怪しいです...」

 

 

やはりそうだった。そこまでして投稿するということは、かなり切羽詰まった状況だったのだろう。そういえば肝心の投稿内容がまだ聞けていない。

 

 

「それで、消された内容というのは?」

 

 

「あ、そうでしたね。

ここからが一番大事なところです...

 

─────今夜、温泉開発部がまた騒ぎを起こすかも知れません…」

 

 

「・・・はぁ...」

 

 

本当に懲りないものだ...。最近は以前よりも手加減をしていないから動ける人員はかなり減っているはず。それにも関わらず決行するなんて、あいつらの精神はどこか絶対イカレている…。

 

 

「何故そう言い切れるかといいますと、その投稿は温泉開発の人手を募るためのものだったのです。ご丁寧にヒナ委員長がいらっしゃるという注意書きがされていましたよ…。こんな募集で人が来るんですかね...?」

 

「さぁ...私には理解出来ないわ。」

 

「それもそうですよね。私にも分かりません。この手口は所謂『闇バイト』というものでしょう。今このような問題がかなり増えてきているらしいですし...」

 

 

・・・こんなものに引っかかる人がいるの?ゲヘナでは私を恐れている人の方が多いと思う。だからそんな注意書きがされていたら普通は来ない。来るとしたら怖いもの知らずの馬鹿か、温泉開発部と同じくらいの気狂いだけだ。

 

だけどテロが起こるということを事前に知ることが出来てよかった。これなら街に被害が出る前に取り締まれる可能性が出てくる。情報部には後で感謝を伝えておこう。

 

 

「決行は本日午後二十一時、場所は詳しく書かれていませんでしたがゲヘナの何処かだそうです。部員を総動員して警戒に当たらせましょう」

 

「そうね。見つけたら直ぐ私に連絡を入れて頂戴」

 

「承知致しました。それにしても事前情報があるだけで何時もより気が楽ですね!」

 

「アコ。油断したら駄目。夜のゲヘナなんて何が起こるか分かったものじゃないんだから」

 

「す、すみません...そうですよね。私もより一層警戒に臨みます」

 

 

本当にこのような時に限って悪い事が重なるのだ。何も起こらないなんて有り得ない。気を緩めた瞬間にゲヘナの風紀は崩壊するだろう。

 

警戒するに越したことはない。アコも疲労が溜まっているのだろうけど、今夜まではもう少しだけ頑張って貰いたい。その分私もみんなの負担を減らせるように動く。

 

取り敢えず今夜が山場だ。それまでは私も万魔殿から押し付けられた仕事を終わらせよう。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『ヒナ委員長!!緊急事態です!』

 

 

書類作業があと少しで終わろうとした二十時過ぎ、唐突にアコから連絡が入った。度重なる疲労は既にピークに達している。

 

やはり私の予想通り、今夜はそんなに上手くはいかないみたいだ。緊急事態と言うくらいなのだから相当な事が起きているはず。二十一時迄には確実に終わらせる。

 

 

「何があったの?」

 

 

『ゲヘナの東地区でヘルメット団とスケバンの大型抗争が起こりました…。温泉開発部の警戒に当たらせていた部員の殆どを総動員しても抑え切れそうにありません...!お忙しいところだとは重々承知なのですが手を貸して頂けないでしょうか!?』

 

 

「分かった。すぐに向かう。私が到着するまでは何とか耐えて」

 

 

『・・・はい...お手を煩わせてしまい申し訳ありません…!』

 

 

正直に言うとかなり辛い。頭はガンガンと痛み、視界はブレる。普段の何倍も重たい身体は悲鳴をあげている。体重は軽くなっているというのに皮肉なものだ。

 

だけどここで無理をしないでどうする。このままではゲヘナの治安の崩壊と共に風紀委員会の権威の失墜に繋がってしまう。

 

心の底の弱い私を押し殺す。愛銃を手に取り執務室を飛び出し夜のゲヘナを駆ける。目的地は遠く離れているはずなのに、ここまで木霊してくる銃声や怒声。これだけでかなり大きな抗争だと分かる。

 

 

(─────急がないとみんなが危ない...)

 

 

無意識のうちにギアを上げ、さらに速度を加速させる。一瞬で過ぎ去る街並みに目もくれず、私はひたすらに脚を動かす。

 

一刻も早く辿り着く為に、地を強く蹴り建物の上へと翔んだ。背中に付いた大きな翼で体勢を制御しながら、建物から建物へと翔け抜ける。

 

向かい風は髪を後方へ。冷たい風は瞳の水分を奪っていく。それでも私は最高速度を維持し続けた。

 

そうして次第に目的地が近付き、先程よりも大きく聞こえてくる銃声。

 

その様子が視界に映る。激しく争う二つの集団は勢いを止めそうに無い。あちらこちらに銃弾が飛び交い、一発の流れ弾が私の頬を掠める。

 

風紀委員会は建物の陰に姿を隠しながら隙を伺っている。至る所に部員の倒れる姿が確認できる辺り、最初は奮闘したのだろう。しかしあの勢いを前に方針を変えざるを得なかった。

 

イオリは不機嫌そうな顔で銃を構え、チナツは後方で負傷者に処置をしている。状況を詳しく把握するために私はアコに通信を入れた。

 

 

「アコ、現場に到着した。状況を教えて」

 

 

『は、はいっ...!御覧になって分かると思いますが、風紀委員は手を出せない状況になっています…。争いの規模が大き過ぎて何処から対処すべきか、私が分析しているところです!』

 

 

「そう。ありがとう、アコ。」

 

 

『もう少しで解析が済むので……』

 

 

「・・・もう大丈夫よ」

 

 

『────はい...?』

 

 

「私が全て終わらせる」

 

 

いつも通りだ。私が殲滅し後処理はアコ達に任せる。だけど今日はまだ温泉開発部のテロが控えている。その為にもここだけにリソースを割く訳にはいかないのだ。

 

 

「ここの鎮圧は私に任せて。アコはこの後控えるテロに備えて部員の配置をお願い」

 

 

『わ、分かりました!』

 

 

その返事を聞き届け、私は戦場のど真ん中に降り立った。途端に視線がこちらに集中する。

 

騒ぎ出す者、逃げ出す者、狂乱しながら襲いかかって来る者、全てが私の敵だ。

 

 

視界に映る全ての者を睨み付け、殲滅行動に移行した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

数分後、そこに立つのは私一人。先程まで荒れ狂っていたこの地は、恐ろしく静かになった。

 

一先ずここの対処は終わった。後から救急医学部が来るはずだ。だけどこの人数をセナに任せるのは申し訳ない。残った部員に救急医学部を手伝うように指示をした。

 

他の部員は別の地点に移動しテロを警戒している。

 

時刻は二十一時過ぎ。私は戦闘に集中していたから周囲の様子に気を配る余裕は無かった。その為、温泉開発部は既に動いているのかどうか分からない。

 

周囲の様子を見る限り、比較的落ち着いているように感じる。だからもしテロが起きているとしたらこの辺りではないだろう。

 

するとそこでアコから再び通信が入った。

 

 

『ヒナ委員長!温泉開発部です!ゲヘナの西地区で大規模な爆破発生!イオリと近くを警戒させていた部員に向かわせています!』

 

 

・・・間に合わなかった...!

 

街に被害が出てしまった。事前に情報は流れていたにも拘わらず防ぐ事が出来なかったなんて風紀委員会のトップとして情けない限りだ…

 

それにしてもゲヘナの西地区...

ここから正反対の位置だ。全力で向かっても数分は時間がかかってしまう。

 

・・・急ごう。

 

 

「アコ、目的地までの最短ルートをお願い。」

 

『分かりました。直ぐに出します!』

 

 

アコに道案内を任せ私は再び駆け出した。今の戦闘で頭が興奮しているおかげで何とか動けているけれど、正直いつ倒れてもおかしくない。

 

辛うじてここが現実だと認識出来ているレベルで意識が曖昧だ。

 

これからが本番だというのに弱音が漏れてしまいそう...

 

星ひとつ見えない曇り空が、私を嘲笑うかのように冷たい風を送り付けてくる。体調は絶不調。これ以上は限界だ。この騒ぎが落ち着いたら一旦休ませて貰おう...

 

私は半分夢心地で脚を動かし続ける。アコの声に従い進む方向を変え、次第に目的地へと近付いていく。これではまるで壊れたラジコンみたいだ。そんな感想が一瞬頭を過ぎるが直ぐに消えていった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「・・・はっ、はぁっ、はぁ……ふぅ...」

 

 

『だ、大丈夫ですか...?ヒナ委員長...』

 

 

「・・・だい、じょうぶ、よ……」

 

 

騒ぐ声が聴こえる。目の前には爆破された形跡。粉々になった建物と、深く掘られた地面。テロリストの何時もの手口。私は漸く現場に到着した。

 

身体に無茶をさせたせいで息は絶え絶えだ。こんなに疲れたことは久しく無かった。心臓の鼓動がどくどくと高速で刻まれる。今まで動けているのは偏に私の頑丈さ故だ。ここまでくるとその頑丈さに感謝する気も起きない。

 

視界は揺らぐ。足はふらつく。こんな状態で私は参戦出来るのか。

 

・・・いや、出来る出来ないじゃない。

 

やらなければならないのだ。

 

 

 

そこでは銃撃戦が行われていた。見たところ風紀委員会は健闘しているようだ。元々二百人程いた温泉開発部の部員も、私が病院送りにしたせいで今では半分も居ない。

 

相手が万全な状態だったら苦戦を強いられていたかも知れないが、この人数なら任せても良さそうだ。私はいつものようにカスミを捕まえればいいだけ。今回ばかりは少しキツめの罰を与えよう。いつにも増して私の余裕は無い。

 

 

『委員長、無理はしないでください...私にとって何より大事なのはヒナ委員長ですので...』

 

 

「分かってるわ。出来るだけすぐに終わらせる。だからアコ、そんなに心配しないで」

 

 

『・・・そうですか...

それなら私も精一杯のサポートを致します!』

 

 

「ありがとう、アコ…」

 

 

倒壊した建物の隙間を一人歩く。段々と現場が近付いてくる。見たところもう暫くすれば終わりそうだ。私はここからカスミを探せばいいだけ。

 

次第に目の前が開けてくる。未だその現場は砂埃が立ち込めていて、奥の様子が見辛い。

 

その場に立ち尽くしていると、私に近付いてくるひとつの気配を感じた。

 

この混沌とした戦場で私のことを狙いに来たのだろう。それを確認したアコが通信越しに声を掛けてくる。

 

 

『ヒナ委員長、今度はどうしますか?本当にこいつらも懲りないですね…』

 

 

私に挑んでくる者は今となってはほぼ居ない。本当に私の事を知らないか、気が狂ってしまったかのどちらかだ。

 

だけど、誰が来ようと私が執る行動はただ一つだけ…

 

 

「・・・当然、殲滅するわ」

 

 

銃を何時でも構えられるように持ち直す。

 

視界を塞ぐ土煙がだんだんと晴れていく。

 

それに伴い先程感じていた気配の人物が姿を現す。

 

 

かなり小さい子だ。幾ら小さな子だとしても私の仕事を妨げるテロリストの一味。そう思うと怒りがふつふつと沸き上がってくる。

 

 

完全に視界が晴れ渡り、目線が交差する。そしてそのまま互いに膠着状態に陥った。

 

私は相手がいつ動いてもいいように引き金に指を置く。

 

その子は蛇に睨まれた蛙のように動けなさそうだ。

 

私の姿を見て怯えている様子を見る限り、偶然私の元に来てしまったらしい。

 

可哀想だけど一旦眠ってもらおう

 

そう思いながら相手が動くのを待った。

 

 

待つこと数秒、何故かとてつもなく長い時間に感じる。

 

頭は熱を持ったようにぐらぐらと揺れ、意識がボーッとする。

 

身体が重いし怠い。少しでも気を緩めたら膝から崩れ落ちてしまいそう。

 

弱気な私が顔を出す。意識を叩き起こそうとしても完全には覚めない。

 

視界がぶれ目に映るもの全てが何重にも重なって見える。

 

 

すると相手に動きが見えた。

 

腕が動いたと思ったら、その手は頭に向かっている。

 

意図の読めないその行動に、ボーッとしていた私の脳は即座に働き出した。

 

 

「動かないで」

 

 

引き金は反射的に引かれていた。

 

聞き慣れた銃声、今まで散々引いてきた引き金。その筈なんだけど感じる違和感...

 

 

私の目の前に立つ子が被っているヘルメットが徐々にズレていき、次第にその全貌が目に飛び込んでくる

 

 

 

「───────え...?」

 

 

 

な、なんで…?なんであの子がこんなところにいるの...?

 

私がずっと逢いたいと希っていたから?私の願望が見せる幻?

 

 

・・・それよりも私は、さっきこの子に何を、なにをした...?

 

 

この場に響くのはか細く細かく刻まれる呼吸の音。

 

ゆっくりと覚束無い足取りで私に近付いてくる目の前の子。

 

近くで見ると私の勘違いでは無いことがはっきりと確認できてしまう。

 

私の目の前に立つのはユキ。

 

 

・・・そして...わたしは、ユキのことを……

 

 

 

そのことを認識した瞬間身体から全ての力が失われた。手に持った銃はその場に転がり、私の心臓は次第に早鐘を打ち始める。呼吸の仕方を忘れる。

 

改めてユキの姿を見てしまう…。

 

顔は表情が失われたように凍りつき、辛うじて困惑しているであろうことが伝わってくる。

 

少し下に目を向けるとぽっかりと空いた穴...

 

赤い水滴がぽたぽたと滴る。

 

 

(・・・これを、わたしが...?

 

な、なんで…なんでなんでなんでなんでっ....!!!)

 

 

「な、なんであなたが...お腹がっ...!

あ、あぁ...あぁぁぁっ...!!はやく、はやく治療を…」

 

 

 

「・・・ごぼっ、かはっ...はぁっ、はぁっ…かひゅっ」

 

 

(嫌、いや...嫌だ...!ユキ...!し、死んでしまう。私が撃ったせいでユキが死んでしまう...!!すぐに処置をしないと!)

 

だけど私の口から漏れるのは情けない声ばかり

 

 

「・・・いや...いやっ!!ゆ、ゆき...?ど、どうして、あなたが、こんなところに...!なんで!!・・・たすけて...せな……!」

 

 

最近セナのことを頼り過ぎている。こんな時でさえセナのことを求めてしまっている。自分で何とか出来るのなら何だってする。だけど私には医学の知識は無い。

 

あれこれ頭の中でぐちゃぐちゃと考えている内にも、ユキの容態が急速に悪化している。

 

瞳から色は失われかけているのにも関わらず、とめどなく溢れる涙。

 

目に見えてわかるほどに震える手足。

 

口から溢れる血の塊の勢いが治まらない。

 

お腹には変わらず穴が…

 

 

・・・そして遂に限界を迎えた...

 

 

「・・・ひ、ひな、ちゃん…?ゴボッ...ガヒュッ...ど、どう、して・・・」

 

 

私を責めるかのような言葉と共に───────

 

 

 

「・・・あ、あぁ…あぁぁゆき...ゆき...!起きて…目を覚まして…。撃ってしまってごめんなさい、ごめんなさい...ごめんなさいっ」

 

 

ぐしゃりと前に斃れた小さな身体を仰向けにさせる。やはり何回みても変わる事ない結末。半開きの瞳は瞳孔が開き切っている。お腹には風穴が空き、脈は止まっている。心臓の鼓動も既に失われている。

 

・・・ユキが死んだ…。私が殺した...

 

 

何だか目の前が霞み始めた。何も考えられない。どす黒い空間をふわふわと漂う感覚を覚える。

 

 

 

───────あれ?この感覚、もしかして夢...?

 

 

うん。きっとそうだ。これは夢なのかもしれない。こんなに酷い夢は見た事がない。私も疲れているんだ。

 

不眠症だ何だと診断されて、眠れたのは結局ユキと寝たあの時だけ。

 

あれから久しく眠れていなかったけれど漸く眠りに着けたんだ。よりにもよってそんな時にこんな最悪な夢を見るなんてどうかしていると思う…

 

ユキに会いたい気持ちが強すぎて殺してしまう夢を見るだなんて、今どき俗に言うヤンデレという性格なんかでは無いというのに…

 

でもこれが夢だと分かって良かった。今私の目の前に広がるこの景色は全部無かったことになる。

 

ユキは生きてるし、私は殺してない。

 

見ている夢は最悪だけれど、いつもの気絶とは違ってちゃんと眠りにつけている。目が覚めた時には疲れが少しくらい取れているはず。

 

もう一度眠り直してこの夢は無かったことにしよう。

 

 

『・・・ヒナ委員長...』

 

 

・・・アコの声が聴こえる。現実で私の事を起こしているのかも。またなにか騒ぎ事?今だけはゆっくり眠らせて欲しいのに...

 

 

『ヒナ委員長...しっかりしてください!』

 

 

はぁ...仕方が無い。私が出ないと解決出来ない案件が起こったようだ。そろそろ目を覚まそう。

 

 

「・・・どうしたの?アコ。今度は何処で騒ぎが起きたの?」

 

 

『目を...目を覚ましてください...ヒナ委員長っ!』

 

 

私は目を覚ましているのにおかしな事を言う。たまにアコは変なことを言うけどまたその類なの?若しくはアコのこの呼び声も夢の中の出来事なのかもしれない。

 

 

『これは夢なんかではありません...!!』

 

 

───────え...?ゆめじゃ、ない?

 

 

うそだ。私は信じない…

 

信じない信じない信じない信じないっ!!

 

 

「そんな訳ない!!私がユキを殺すなんて有り得ないっ...!!こ、これは夢よ...」

 

 

『・・・ヒナ委員長...現実を受け容れられない気持ちは解りますっ...!ですけど目を背けた所で何も解決しないじゃないですか!!』

 

 

「・・・ほんとうに、わたしが、ころしてしまったの...?」

 

 

『・・・・・』

 

 

「ねぇ、何とか言ってよ…アコ...」

 

 

『・・・セナさんを呼びました。先程の現場から直ぐに来てくれるそうです…』

 

 

先程の現場...ということは大抗争が起きた所。あの時はまだ辛うじて現実だと認識していた。

 

・・・つまり、これは...

 

その現実と地続きの今は...

 

 

───────夢なんかでは無かった...?

 

 

脳が見せる白夜夢でも無いし、深い眠りの中で見る夢なんかでも無い。

 

ここにあるのは非情な現実のみ。

 

 

 

「・・・う、うぅ...ユキ、ごめん、なさい……」

 

 

私はその場に崩れ落ちるしかなかった。声を上げ小さなユキの亡骸に縋り付き、意味など無いと分かっているのにひたすら謝り続ける。

 

ユキの身体は次第に熱を失い冷たくなっていく。私の心も同時に冷たく、壊れていく。

 

なんでこんな事になってしまったのだろう。私の体調が最悪だったから?眠れないせいで意識が曖昧だったから?それとも……

 

幾ら言い訳したところで亡くした命は戻らない。殺したのは私。あんなに大切に思っていたユキのことを殺した。小さなお腹に大きな風穴を空けたんだ...

 

 

暴力のように襲い来る自責の念に駆られていると、私の後方から足音が聞こえてきた。

 

 

この現場を見られてしまう...

 

・・・いや、この際そんな事はもう、どうでもいい

 

 

後ろを振り向くと、そこに居たのは小鳥遊ホシノだった…

 

 

こちらを見る小鳥遊ホシノの顔は涙で歪んでいる。

 

彼女はユキの保護者。私の傍にはユキの亡骸…

 

その絶望に染まる顔を見て、私は自分のした事を改めて思い知らされた

 

 

「・・・ぁ、たかなし、ほしの...?あぁ...あぁぁごめんなさい...ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…!」

 

 

謝り倒すことしか出来ない。謝ったところでどうにもならない。

 

小鳥遊ホシノともあろう人物が、あれだけ大切にしていた子を私は殺したんだ。

 

あの日、短い時間話しただけで伝わってくる過保護ぶりは尋常ではなかった。

 

その子を失う絶望は計り知れない…

 

 

小鳥遊ホシノになら殺されても文句は言えない。そう思い少しずつ、少しずつ彼女の元へ地面を這い向かっていく。

 

 

「─────あぁ、まただ...また、私は……」

 

 

ぽつりと小さく呟く声が頭の上から聴こえる。その発言の意図は汲み取れない。

 

だけど小鳥遊ホシノの様子が変わったような気がする。涙は頬を伝い、地面を濡らし続けているけど、憑き物が取れたような落ち着きを見せた。

 

 

 

「・・・ねぇ、風紀委員長ちゃん。これはいったいどういう事なのかな…」

 

 

 

その質問をされた瞬間、私の心臓はきつく締め付けられたような感覚を覚えた……

 

 

私の首は今、断頭台にかけられている──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想でも頂いたので前話後書きの補足です。

世の中の理不尽に晒され続けてきた小狐の精神は、無意識下の防衛本能により、もう一つの人格を作ることで今の自分を守っています。

そのせいで全ての恨み、辛み、怒りを受け付けない今の人格は、能天気で楽観的、過去の苦しい経験から何も学ばない馬鹿で阿呆な性格になってしまいました。
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