不幸な小狐は幸せを探す   作:うしさん

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最悪な白夜夢【希】

 

 

 

 

 

「・・・ねぇ、風紀委員長ちゃん。これはいったいどういう事なのかな…」

 

 

ユキちゃんの現状を目にした今、私に出来るのはこの場で何が起こったのかを知る事だった。

 

ゆっくりと血溜まりの元へと歩み寄る。そこには昼間のように可愛らしい寝顔を見せてくれたユキちゃんの姿は無かった。

 

柔らかな白く輝く髪の毛は鮮血に染まり、澄んだ鮮やかな空色をしていた瞳は、今では深海のような薄暗さを纏っている。生気のない目というのはこのような瞳のことを言うのだろう...

 

私の心は気味が悪いほどに冷静だ。理由は分からない。目の前のユキちゃんの惨状を認識して、心の奥底は悲しみと苦しみで荒れ狂っているのに表面は凪のように落ち着いている。

 

だけど涙は止めどなく溢れてくる。

止めようにも止められない。

 

二年前に同じような事を経験したからなのだろうか。大切な誰かを喪うことに慣れてしまったとでも言うのだろうか。私がそんな非情な心を持っていただなんて思いたくない。そんなことはあってはならない。

 

 

確かに私はどこかユメ先輩とユキちゃんを重ね合わせていたところがあったかもしれない。

 

目を離せないような危なっかしさ、普段の言動から漂う頭の弱さ、私の感情を振り回すその姿は似てこそいないが近しいものを感じていた。

 

ユメ先輩を喪ってから毎日が色褪せた。何をしても楽しくない。学校に行っても独りきり。外に連れ出してくれるような人は何処にもいない。

 

そんな時に現れたのがノノミちゃんだ。そこにシロコちゃんが加わり次第に活気が戻ってきた。今年になってからはアヤネちゃん、セリカちゃんが入学してさらに賑やかになった。

 

最近アビドスに来てくれたユキちゃんも無事に馴染み、沢山の感情を見せてくれるようになった。みんなで色んなところに遊びに行った。一緒にお昼寝をした。勉強をした。夜に電話だってした。

 

借金返済で少し重くなっていた空気も、ユキちゃんの自由奔放な性格で私たちを振り回してくれたおかげで中和されていた。

 

 

だけど、そのユキちゃんは私の目の前で死んでいる

 

 

私はユキちゃんの傍にしゃがみこみ、頬をそっと撫でる。当然反応は何も無い。昼間のように頬を手に擦り付けてくれない。

 

そしてそのまま半開きの瞼を撫で付け閉じてやった。

 

既に冷たくなった頬にも瞳にも失いかけの熱が残り、残酷な現実を突き付けてくる。冷たい風がユキちゃんの髪をサラサラと揺らした。あれだけ感情豊かに動いていた大きな耳も今では何の反応も示さない。

 

私の頬を伝う涙がユキちゃんの頬にぽたりと落ちる。奇跡なんて起こるはずもなく、目を覚ます様子は一切無い。

 

 

でもこの光景を見るのは二回目。

 

一回目は私がこの手で殺しかけた。敵だと勘違いしていたからと言い訳をするつもりは無い。

 

何の罪も無く、家も、頼れる人も無くキヴォトスを一人で彷徨っていた子を、敵だと思い込み致命傷を与えたのだ。

 

その記憶はいくら月日が経とうとも忘れる事など無い。心の奥底に深く刻み込まれた私の罪なのだから。

 

しかし、今の自分を俯瞰しているような奇妙な冷静さは、一体何処から来ているのだろうか...

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい...!ユキをころ、殺したのは私...!小鳥遊ホシノ...私を、私を撃って……」

 

 

風紀委員長ちゃんは未だに謝り続けている。私が彼女を撃ち抜いたところでユキちゃんは帰ってこない。そんな事を聞きたい訳じゃない。今は兎に角話がしたい。

 

 

「・・・あのさ、何があったのか教えてよ。私も何が何だか解らないんだ。何も分からないまま撃つなんて、そんな虚しいことは無いんじゃない...?」

 

 

そうやって諭すと、彼女は事の次第をぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

「・・・うぅ、あぁ...わた、私は、温泉開発部の鎮圧に来たはずだった…」

 

 

「うん...見たところそんな感じっぽいね」

 

 

「だけど、だけど...突然私の目の前に現れて、偶然撃ち抜いた子がユキだったの...!」

 

 

───────え...?

 

話が突飛過ぎて理解が追いつかない。よく見たくもないけど、よく見たらユキちゃんの服装はアビドスの制服ではなくなっている。この服装はあちらこちらに転がっている温泉開発部の服装なのだろう。

 

なんでユキちゃんがこの服を着ているのか、どうして温泉開発部と行動を共にしていたのか、疑問は他にも山程ある。

 

そして彼女は言葉を続ける。

 

 

「そ、それに言い訳になってしまうのだけれど、私の身体はもう限界だった……。ユキと同じベッドで眠った時からまともに眠れた日は無かったの...!だから、相手が誰かなんて確認する余裕が無かった...」

 

 

「・・・っ!!」

 

 

「だからって許されるわけが無いの...!私はユキにずっと会いたかった!もう一度一緒に眠りたかった!・・・こんな再会なんて、望んでいなかった…。ごめんなさい...ごめんなさい...」

 

 

・・・それが本当なら、かなり身体は悲鳴を上げている筈だ。私達がゲヘナで会った時、彼女はセナちゃんに付きっきりで診てもらうほどには重体だった。何徹していたか自分でも分からなくなるほどに意識が曖昧になっていた…

 

あれから殆ど眠れていない...?普通の人なら倒れていてもおかしくないと思う。激務である筈のゲヘナの風紀委員長の職務をこなしながらもまともに休めていないなんて...

 

 

だけど何となく私の心が凪いでいる理由は分かったかもしれない。

 

───────似ているんだ。私と。

 

状況が似ている。敵だと思って引き金を引いた先にユキちゃんがいてしまったが故に起こった悲劇。

 

この場に来て、泣き縋る彼女の姿を最初に見た時、何処か既視感を感じた。既視感と言うよりは身に覚えがあった。

 

これは過去の私だ。

 

だから私も彼女を責めようにも責めることが出来ない。そして似た状況だからこそ思い出す、この最悪な状況から抜け出せる可能性。ここで私が取るべき行動は彼女の心に寄り添うこと。

 

だから私は───────

 

 

「・・・落ち着いて、ヒナちゃん。

…って言葉で言っても落ち着けないと思う。だって私もそうだったから…」

 

 

私はヒナちゃんに近付きゆっくりと抱き締める。こんなことをしたところで何の慰めにもならない事は分かってる。だけどこうでもしないとヒナちゃんの心が本当に壊れてしまう。

 

私があの時正気に戻れたのはあの場にいたみんなのお陰だ。今ここに居るのは私だけ。ヒナちゃんを今ここに繋ぎ止められるのは私だけなんだ。

 

 

「・・・たかなし、ほしの...?な、なにを...」

 

 

「私も冷静になって思い出したんだけど、ユキちゃんはまだ助かるかもしれない。」

 

 

「───────え...?それは、ほんとう、なの...?」

 

 

この話を出した瞬間、ヒナちゃんの瞳には希望の光が一瞬差し込む。

 

冷静になれたおかげで先程思い出したこと。それはユキちゃんの神秘の事だった。黒服が言う神秘の話とセナちゃんが話してくれた謎の異能。

 

それを完全に信じたとは言い難いけど、実際それで助かっている姿をこの目で確認している。可能性に賭ける価値はある筈だ。

 

 

『・・・アビドスの小鳥遊ホシノさん、で宜しいでしょうか…?』

 

 

するとそこで唐突に通信越しで話しかけられた。私の事が知られている。という事はゲヘナの風紀委員会の誰か。

 

 

「なに?私に何か用?」

 

 

『初めまして。私はゲヘナ学園風紀委員会行政官の甘雨アコと申します。この度はゲヘナの問題にアビドスの方を巻き込んでしまい…ええと...何と言えばよろしいのでしょうか...』

 

 

「いいよ、無理に気を遣わなくて。」

 

 

『ありがとうございます…。救急医学部は既に手配済みです。間もなく到着するでしょう。』

 

 

「そっか。セナちゃんが来てくれるんだ。ありがとね。」

 

 

『・・・ええと、セナさんと委員長が、貴女と以前から繋がりがある事は私も存じております。あの、ですので……』

 

 

「それで?何が言いたいの?」

 

 

『こんな状況で何を、と思われるかもしれませんが...ヒナ委員長をあまり責めないようにして頂けないでしょうか…』

 

「アコ...やめて....」

 

『ですがこれは委員長のせいでは…!』

 

 

「やめて!!」

 

 

『・・・っ!失礼しました...出過ぎた真似を...』

 

 

「はぁ、もういいよ。最初からヒナちゃんを責めるつもりは無かったし。私も同じ事をしたことがあるから元から誰かを責める権利なんて無いよ」

 

 

多分この行政官はヒナちゃんの事をとても大事に思っているのだろう。私にとってのユキちゃんのように。大事な人のために自分の気持ちが先走ってしまう心情はよく分かる。

 

だからこそ庇われてしまうヒナちゃんは耐えられなかった。自分が最悪な事をしたと自覚している時に庇われるなんて、これ以上無いほどの屈辱を感じるはず。

 

ヒナちゃんは未だに私の腕の中で過呼吸気味に啜り泣いている。私は身体が触れる面積を増やすように腕をヒナちゃんの背中に回す。

 

私とほとんど変わらない程の体格なのに、ものすごく小さく感じてしまう。きっと怯える小動物のように身体を震わせ縮こまっているせいだろう。

 

ヒナちゃんの肩越しに見えるのは残酷な現実。

 

血溜まりに沈む()()()()()

過去の私の''罪''がその姿と重なる。

 

あの時の自分も今のヒナちゃんのようになっていたのだろう。周りの全てが私を責めるかのような感覚。それに加え、胸の内側から襲い来る絶望。

 

無意識の内に私の呼吸が速くなる。心臓が痛む。心が針で刺されるかのような痛みが身体の中心から広がっていく。

 

収まったはずの涙が再び目尻から零れてくる

 

 

「・・・っはぁ...!はぁっ…ハァッ、ハァッ...っ!ユキちゃん...!」

 

 

あの日の記憶が唐突にフラッシュバックし、私にも過呼吸のような症状が出始める。その場でヒナちゃんと二人、震えることしか出来なくなった。

 

 

「ほ、ホシノ...?あなた、大丈夫なの...?」

 

「っぐ...う、うん…ごめんね。ヒナちゃんを落ち着かせるつもりが心配させちゃって...」

 

「・・・そんな事はないわ。あなたのお陰で少し、落ち着いたから…」

 

「そっか...」

 

 

震えが治まらない…。目の前のユキちゃんが目を覚ます兆候は何も無い。本当にこの間と同じように目を覚ましてくれるのだろうかという不安が心の中で暴れ出す。

 

先程の冷静さが嘘だったかのように焦りが浮かび上がってくる。自然と身体に力が入ってしまいヒナちゃんをきつく抱き寄せてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっと...ホシノ、ほんとうに大丈夫なの…?」

 

 

「・・・はぁっ、はぁっ...!ごめん、ごめんなさい...気に、しないで...」

 

 

「・・・っう...!嫌、いやだ...ユキ...!わたしは、どうすれば...!そうだ、せな、セナはまだなの…!?」

 

 

ヒナちゃんにも私の焦りが伝わってしまったのか、一度落ち着いたはずの感情が再びパニックに陥っている。今すぐに落ち着かなければと思っても、どうしても手脚から凍り付いていくような寒気を感じてしまう。

 

 

「はぁっ、はぁ...!ヒナちゃんっ...!」

 

 

「う、うぅ...ほ、ホシノ…!わた、わたしっ...どうしよう…」

 

 

この場にいるのは私たち二人と、ひとつの熱を失った身体だけ。逃げる温泉開発部を追って他の風紀委員は他所へと移動した。誰も寄り付かないような瓦礫の陰で私たちは息を潜めて互いに求め合う。

 

誰かが来る気配はまだない。セナちゃんはいつ来るのだろうかと待ち望む。そう願っているとタイミング良く朗報の通信が聴こえてきた。

 

 

『お二人共!落ち着いてください...!もう直ぐそこまでセナさんは来ています!』

 

「・・・え?」

 

 

唐突に入った通信内容が心の奥底まで染み渡る。次第に手足の震えは治まっていった。もうすぐセナちゃんが来る...

 

それだけで私の心は落ち着いてしまう。あの時の信頼から今となっては依存の域にまで達しているかもしれない。希望が目の前にちらつく。ユキちゃんを救えるのはセナちゃんしかいない。

 

身勝手な期待を寄せ、今か今かと待ち望む。すると遠くの方から車両が走る音が聞こえてきた。その音に私の身体は反応し、すぐさま周囲を見渡す。

 

数秒の後、爆破で開けた空間に一台の車両が凄い速さでやって来た。急ブレーキで止まり、タイヤが地面を滑っていく。やがて完全に停止し、その中から待ち侘びていた人物が降りてきた。

 

 

「・・・お待たせして申し訳ございません。救急医学部、現着致しました。」

 

 

その姿を見た瞬間、私は情けなく大声を上げ助けを求めた。初めの落ち着き具合は何だったのかと思う程に取り乱している。

 

 

「セナちゃん...!!ユキちゃんが、ユキちゃんが...!おねがい...ユキちゃんを、助けて...」

 

「・・・セナ、私からもおねがい...!ユキを助けてっ...!」

 

 

セナちゃんは車両から降りるとすぐに、血溜まりの元へと向かった。そこに倒れているユキちゃんの姿を確認した時、表情のあまり変わらないセナちゃんの顔が沈痛な面持ちで歪められた気がした。

 

 

「・・・最善は尽くします…。ですが、あまり期待はなさらないでください。ここまで酷い状態だと、以前のように奇跡が起こらない限りは目を覚まさないでしょう...」

 

「・・・きせき?」

 

「それでもっ!それでも今はその奇跡を祈るしか無いんだ…!セナちゃん、おねがいだよ...」

 

 

人目を気にせず子供のように喚き散らす。過去の自分が今の私を見たらみっともないと一蹴するだろう。だけど大切なものを本当に喪ってしまう前に動かないと、未来の私は必ず後悔することを知っている。

 

 

「・・・分かりました。それでは直ぐに処置を開始します。ユキさんを車両に運ぶので手伝って頂けますか」

 

「うん、わかった。」

 

「わ、私も手伝うわ」

 

 

そうしてセナちゃんは担架を持ち出し、ユキちゃんの隣へと置いた。ユキちゃんの様子を見てみると、相変わらず目覚ます様子は見られない。

 

しかし、先程よりも肌の血色が戻ってきている気がする…。

 

まさか回復が始まったのか…?前のような奇跡が起きているというの?!そんな思考が頭の中を埋め尽くす。期待を込めてセナちゃんに強い目線を送った。

 

するとセナちゃんは担架の上に乗せる前に、手首、首元、心臓に手を当て脈拍を確認し始めた。数秒そうして確かめる。その場は沈黙が支配している。一秒がとてつもなく永く感じる。

 

そして遂にセナちゃんが口を開いた。

 

 

「・・・動いています。まだ、希望はあります。」

 

「ほ、ほんとうに...?」

 

「はい。この間と同様です。ユキさんの頭上に、一つの小さく光る勾玉のようなものが見えませんか?恐らくこれは彼女のヘイローの一部、私たちが普段認識出来ない物がこうして淡く輝いているのです。」

 

 

───────ユキちゃんが、還ってくる…

 

その希望が現実味を帯びてくることを実感し、私たちは手を取りその希望に縋る。ヒナちゃんの涙も、身体の震えも既に治まっている。そして興奮のままに声を上げた。

 

 

「・・・ホシノ...ユキが、ユキが助かるかもしれない…!」

 

「うん...うん…!きっとユキちゃんは戻ってくる。だからヒナちゃん、顔を上げて!無事に終わるのをここで待ってよう…!」

 

 

今はもう既に、救いようの無い絶望的な状況では無い。あの日と同じ奇跡が再び起こったんだ。脈は動き始め、この場にはセナちゃんがいる。後は信じて待てばいい。

 

手伝いをしたい気持ちで溢れているけど、医学の素人が居たところで邪魔にしかならない。だから担架で運ぶくらいの手伝いだけでいいからやらせてもらいたい。

 

そうして二人でユキちゃんの身体を、ガラス細工を扱うように丁寧に担架に乗せた。セナちゃんの指示に従い救急医学部の車両内に運び込む。車両内は独特な消毒液の匂いで充満している。至る所に医療器具が備え付けられ、手術室だと言われても遜色のない空間が広がっていた。

 

二人で車両から降り、ゆっくりとバックドアが閉まっていくのを見守る。ここから私たちにできることは本当に何もない。やはり沈黙が続くと、どこからともなく不安に駆られる。

 

希望は見えても完全に不安が消えたわけではなく、自然と互いに隣にある熱を求めてしまう。身を寄せ合い、手を固く繋ぎ手術が終わるのを待った。

 

するとヒナちゃんの口がそっと開き、静かな声がその場に響く。

 

 

「・・・ホシノ。あなたも以前はこんな気持ちだったのね…。そうとも知らずこの間は無神経なことを言ってごめんなさい」

 

「え…?それって、なんのこと?ちょっと身に覚えが...」

 

「ホシノとユキが二人でゲヘナに来た日よ。思い出したくもないような記憶を掘り返すようなことを聞いてしまったでしょ?」

 

「あー、あれね...気にしてないから大丈夫だよ」

 

「だとしてもよ。もう一度ちゃんと謝りたかったの...」

 

「・・・そっか」

 

 

その会話の後、私たちの間に会話はなく只々静かな時間が流れていた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

どれだけ時間が経ったか分からない。数分かもしれないし数時間かもしれない。

 

地面に広がる血痕は、既に乾き始めている。途中で風紀委員が数人やってきたけど、この場に漂うただ事ではない雰囲気を感じ取ったのか、私たちと同様に立ちすくんで居る。あれから通信も入らない。

 

ただひたすらに手術が終わるのを待っている状況だ。

 

 

その時が来るのは突然だった。

 

車両のバックドアが音を立てる。その音が聞こえてきた瞬間に車両に目を向け、ゆっくりとドアが開くところを眺めていた。

 

完全に開き切った時、車両の中からセナちゃんが降りてくる。その顔には、はじめユキちゃんを目にした時のような苦しい表情は無かった。

 

その表情を見て私はなんとなく結果を察したけど、しっかりとセナちゃんに確認することにした。

 

 

「セナちゃん、ユキちゃんは…」

 

「安心してください。彼女は息を吹き返し、容体も安定しています。相変わらず、不思議な力ですね...」

 

「セナっ!ほんとうに、本当にユキは無事なの…?」

 

「無事ですよ。途中から私は要らないのではないかと思う程の速さで回復し始めて困ったくらいです。」

 

 

改めてセナちゃんの口からその結果を聞いて涙腺が緩み始める。もう二度と逢えない、顔を合わせてお話出来ないと思っていたからその喜びは計り知れない。

 

ヒナちゃんの瞳からも涙が溢れ、啜るように泣いている。だけどその泣き顔は数刻前の絶望に染まった表情では無く、安心しきった晴れやかな表情だ。

 

 

「もしよろしければユキさんの顔でも見ますか?」

 

 

その提案に私たちは直ぐに頷き車両内に通される。その中心に横たわっているのは紛れもなく生きているユキちゃんだった。

 

血色は元通りになり、小さな胸はゆっくりと上下している。大きく空いていた風穴は完全に塞がり、白く柔らかな肌が見えた。

 

 

「・・・あ、あぁ...ゆき、ユキっ!ごめんなさい…!本当に...生きていてくれて、よかった…!」

 

 

ユキちゃんの生きている姿を視界に入れた途端に、ヒナちゃんはその場に崩れ落ちる。掌で顔を覆い隠し、肩を震わせ喜びを噛み締めているように思えた。

 

そういう私もさっきから涙が止められない。死別してしまったらもう二度と逢えない。その事をよく解っているからこそ、思わず感極まってしまう。もう助からないと思っていた所から生き返るなんて、これ以上無いほどの奇跡だ。

 

 

「・・・セナ、本当に感謝してるわ...」

 

「お礼には及びません。と言いたい所ですが、風紀委員長からのお礼という事ですので有難く受け取りますよ。どういたしまして」

 

「セナちゃん、私からもお礼を言わせて欲しいな。この間も今回も、ユキちゃんの命を救ってくれてありがとね…。助けが欲しい時は私の事を何時でも呼んでよ。こう見えても役には立つと思うからさ」

 

「機会があれば是非。ですがここまで回復したのは、殆どユキさんの治癒力のお陰ですけどね。」

 

 

セナちゃんは相変わらず謙遜が過ぎる。いつもどれだけ私がセナちゃんのお世話になっているか、本人は知らないからそんなことを言えるんだ。

 

だから私はセナちゃんから頼まれ事をされたら、可能な限りその要求に応えよう。それでも全然つり合わないと思うけど、私なりの精一杯の恩返しだ。

 

 

すると次第に周囲でこちらの様子を伺っていた風紀委員の面々が近付いてきた。前髪で顔が覆われて表情を上手く読み取れない子が多いけど、何となく全員困惑している様子だ。

 

 

「な、なあ、委員長…。もう大丈夫なのか...?なんか大変そうに見えたけど...」

 

「悪かったわね。もう大丈夫よ。それよりもテロリスト共はどうなったの?」

 

「半分は逃げられてしまいましたが、もう半分は捕らえました。今は拘束して一箇所に固めてあります。」

 

「そう。お疲れ様。カスミはどこに居る?」

 

『すみません、ヒナ委員長…。彼女は委員長の気配を感じ取った瞬間に一瞬で逃げてしまいました...』

 

「・・・そう。部員を見捨てるなんて薄情ね...」

 

『まぁ、委員長を前にしたら泣き喚く事しか出来ないただのお荷物ですし…』

 

「それとアコ…。さっきは申し訳ない事をした。ごめんなさい...」

 

『い、いえ!私が勝手な事をしたばかりに……』

 

「ん?何だ?委員長とアコちゃん、さっき何かあったのか?」

 

「イオリ、あまり何でも顔を突っ込むのは良くないですよ。この話題に私たちの出る幕は無いんです」

 

「わ、分かった。ごめん...」

 

 

一連のやり取りを済ませた後、風紀委員会は騒ぎの元凶をどこかに運んで行った。この場に残るのは元居た四人のみ。話の議題はこれからどうするか。眠りにつくユキちゃん以外の三人で話を進める。

 

 

「これからどうしよっか。電車は一応まだ動いてるけど...」

 

「もう夜も遅いしユキも寝てるし、叩き起す訳にもいかないものね」

 

「回復したとはいえユキさんは一応怪我人です。私と致しましては、今夜だけでも学園内にある救急医学部の部室に寝かせるのが良いかと」

 

「そうね…。私が付きっきりで見ていてもいい?」

 

「風紀委員会の皆さん次第では?」

 

「・・・はぁ。めんどくさいわ…。もういい。無理矢理にでもユキと寝るから」

 

「ちょいちょいちょい!私はどうすればいいのさ!?やっぱり一人で帰らないとだめかな...?」

 

「何を言っているの?あなたも一緒に眠ればいいでしょ。ユキの保護者が一人で帰ってどうするつもり?」

 

 

「ヒナちゃん...!」

 

 

「・・・なんだか、お二人共仲良くなりましたね...」

 

 

「そ、そうかもしれないわね。色々複雑な気持ちだけど、ホシノが来てくれて良かったと思ってる...」

 

 

「・・・・・・ヒナちゃんっ...!!!」

 

 

「ちょ、ちょっと、いきなりくっ付いて来ないで…。恥ずかしいから...」

 

 

方針は決まった。私は抱き着いていたヒナちゃんから剥がされ、手を絡めるだけに努めた。ヒナちゃんも嫌がっている訳では無いみたいだから良かった。

 

そして私たちはセナちゃんが乗ってきた車両に乗り込み、ゲヘナ学園へと向かって行く。車体の揺れが危ないので、ユキちゃんは私の膝の上に寝かせている。直接肌に触れる温もりは、紛れもなく生きた人間のもの。

 

それだけで十分幸せを感じられる。生きていてくれることがどれだけ嬉しいか実感する。今ユキちゃんの温もりを一番必要としているのはヒナちゃんだ。だから私は、隣に座っているヒナちゃんの膝の上にユキちゃんを抱えて乗せてあげた。

 

 

「・・・とても、温かい。」

 

 

そうぽつりと呟き、頭を優しく撫でている。暗いから表情はあまり見えないけど、時折鼻を啜る音が聞こえてくるあたり感極まっているのかもしれない。

 

その後は言葉が交わされることなくゲヘナ学園に到着した。ヒナちゃんがそのままユキちゃんを背負い、私たちは救急医学部の部室へと向かって歩いていく。

 

静かな夜だ。先程の騒ぎが嘘だったかのように辺りは静まり返っている。既に下校してひと気がない学園内だから当然ではあるけれど...

 

 

気が抜けてなんとなく空を眺める

 

今日一日中、空は重たい雲で覆われていた。しかし今では雲の隙間から星空が覗いている。

 

分厚い雲は風で流され、星空の範囲が広がっていく。

 

冷たかった夜風も、心做しか温もりを帯びてきた。

 

 

月が輝き月光が降り注ぐ

 

夜空のスポットライトは私たちを照らす

 

そこに照らし出されるのは穏やかなユキちゃんの寝顔

 

ヒナちゃんはうつらうつらと船を漕ぎながら歩を進める

 

 

何気ない夜の一幕

 

 

希望と絶望が入り交じった混沌とした今晩

 

 

だけど、今の様子を見る限り

 

 

明日の天気はきっと晴れだ───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、後日談
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