不幸な小狐は幸せを探す   作:うしさん

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叩いて解れて

 

 

 

『カタカタヘルメット団のアジトがあるとされる場所に入りました。ここからは実力行使です!』

 

『みんながんばって!』

 

 

学校を出て数十分、ようやくヘルメット団のアジトとされる場所に辿り着いた。オペレーターであるアヤネの一言で、実行部隊の気持ちが一気に引き締まる。

 

先生は左手にシッテムの箱を携え、何時でも指示を飛ばせるように後方に。アビドス生徒たちは銃や盾等の装備を。

 

そのまま慎重に前へ前へと進んでいく。

 

 

「見つけた。あれがヘルメット団のアジトだね」

 

「うん。気付かれる前に突撃しよう」

 

「相変わらず数だけは多くて嫌になるわ…」

 

「みんな、簡単に作戦を伝えるよ」

 

 

気配を殺しながらヘルメット団員の姿を確認する。まだ相手方はこちらの様子には気付いていないようだ。奇襲を仕掛ける絶好のチャンスに、その場の緊張感も少しずつ高まっていく。

 

そうして先生から作戦が伝えられる。

 

 

「まず始めにシロコが閃光弾を敵の中心部に。それで敵が怯んだ隙にホシノは最前線でヘイトを集めながら蹴散らして欲しい」

 

「ん、任せて」

 

「りょうか〜い」

 

「シロコは右側、セリカが左側から。ノノミは後方から討ち漏らしをお願い」

 

「分かったわ!」

 

「了解です♪」

 

「アヤネはいつも通りサポートをよろしくね」

 

『かしこまりました!』

 

「細かい指示は作戦が始まってから適宜出していく。どうかこの作戦の間だけは私のことを信頼して欲しい。それじゃあ、始めようか」

 

 

先生から開戦の合図が出される。その合図と共にシロコが閃光弾を思い切り投げる。投げられた閃光弾は完璧な軌道を描き敵の中心部へと着弾。

 

ヘルメット団が気付いた時にはもう遅すぎた。慌てる暇も目を塞ぐ暇も無くその場は光に包まれる。その光を直視せずに済んだのは、仕掛けた本人であるアビドス組だけである。

 

光が収まった時、ヘルメット団の拠点は阿鼻叫喚の様相を呈した。大勢の団員が目を押さえ視界が奪われている。何が起きたのか未だに分かっていない団員が大多数。制圧するまたとない機会だ。

 

 

「よし!みんな、さっきの作戦通り頼むよ!突撃!」

 

 

そこからは一方的な蹂躙が始まった。それぞれ与えられた役割を充分以上に果たし、一人の討ち漏らしも無く殲滅していく。先生も場合に応じた指示を新たに飛ばし、さらに効率的にヘルメット団の数を減らしていく。

 

数がかなり少なくなったところで敵が降参し、全員が退却して何処かに行ってしまった。それを確認した後、敵拠点の物資や補給所を破壊していく。

 

 

『カタカタヘルメット団の撤退及び、アジトの破壊を確認。これで作戦は終了です!お疲れ様でした!』

 

「みんなお疲れ様!指示に従ってくれてありがとね」

 

「いやぁ〜やっぱり先生の指示があると楽だね〜」

 

「そうですね!ありがとうございます、先生♪」

 

「どういたしまして。みんなが頑張ったお陰だよ」

 

「これでしばらくは大人しくなるはず」

 

「そだね〜。それじゃ無事に終わったことだし学校に戻ろっか〜」

 

「ユキちゃんのお土産も忘れないようにね!」

 

『やったぁ!みんなお疲れ様!学校で待ってるよー!』

 

 

無事にヘルメット団のアジトを破壊するという目的を果たした。相変わらず先生の指揮は好評だ。無駄な動きは一切無く、最適な指示を出し続ける先生の評価は少しずつ上がっていた。

 

そうして帰る途中にふらっと店に立ち寄り、お土産を買って帰るアビドス外出組。お金はもちろん先生持ちだ。買ったものはおいなりさん人数分パーティーセット。みんなお腹が空いていたらしく、少し多めの購入となった。

 

店を出た後は、なんてことない雑談を交わしながら学校への帰路に着く。

 

 

 

一方その頃、アビドス校舎。オペレーターとしての仕事を終えたアヤネと応援係のユキは二人でみんなの帰還を待っていた。

 

暇を持て余した二人は、ただ待つだけでは味気ないので会話を続ける。対策委員会の教室に置かれた机。それを囲むように置かれた椅子に隣同士で座り込む。

 

会話の内容は突然現れた大人について。連邦生徒会に要請を送っていたとはいえ、まさかこのタイミングでいきなり来るとは誰も思っていなかった。

 

 

「先生ってすごいね!大人って悪いひとばっかりだと思ってたけど違うんだ!」

 

「そうですね!あの先生が少し特別な気がしますが…」

 

「なんかあの先生からは一緒に居ると安心するにおいがするんだよね。ホシノおねえちゃんとかヒナちゃんに感じるやつ!だから信じてみてもいいと思うんだ!」

 

「そうなんですか?でも何となく分かる気がします。人を寄せ付ける落ち着いた雰囲気、みたいな。ユキちゃんに接する時のように感情が素直に現れるところは好感が持てます!」

 

「それ!撫でるの上手だった!気持ちよかったよ〜。アヤネちゃんも撫でてもらいな!」

 

「あ、あはは…。私はちょっと…

機会があればという感じで…」

 

 

二人の先生に対する評価も悪くは無さそうだ。寧ろ好印象で、セリカからは引かれていたユキへの態度も、どうやらプラスの印象に繋がったらしい。

 

その後もなんてことの無い日常の会話が続く。さっき食べたちゅーるの話、ユキが見たおかしな夢の話、届けられた物資の話等々。先生がやって来たことにより希望が見えた。その影響なのか二人はいつも以上に楽しそうな様子だ。

 

戦闘が終了してからそこそこ時間が経っている。もうそろそろ帰ってきてもおかしくない頃合だ。しばらくそうして話していると、自然と外出組の話になった。

 

 

「みんな遅いね〜」

 

「恐らくあと少しで帰って来ると思いますが…」

 

「おいなりさん買ってきてくれるって言ってたから遅くなってるのかも。ちゃんとありがとうしないと」

 

「そうですね!ちゃんとありがとうを言えるのは偉い子です!」

 

「えへへー」

 

 

慣れた手つきでユキの頭を撫でるアヤネ。嬉しそうに耳を横に倒してユキはそれを受け入れる。この光景もアビドスではもう当たり前になってしまった。

 

緩い空気がその場に漂う。しかし、ユキはそうやって撫でられているうちに、少しずつ表情が暗くなっていった。不思議に思ったアヤネはどうしたのかと聞こうと思った瞬間に、ユキ本人からその理由が語られる。

 

 

「これでヘルメット団は来なくなるんだよね…?」

 

「恐らくは、ですけどね。なのでユキちゃん、安心してください!先生もいらっしゃったことですし、しばらくは安泰です!」

 

「そっか。やっぱりみんなすごいや。ボクも何か出来ればいいんだけど…」

 

「大丈夫ですよ。ユキちゃんが学校で待っててくれるだけでみんなは嬉しく思っているはずです!」

 

「そうなのかな…?」

 

 

どうやらユキは自分の無力さを痛感し、何も役に立てていないことを気に病んでしまったみたいだ。アヤネは本心でユキのことを何とか宥めようとするものの、どうしても気にしてしまうらしい。

 

普段は能天気な様子を見せているユキも学校の問題、特に戦闘面の話になるとかなり神経質な側面が顔を出す。そのらしくない様子を見たアヤネも、どうしようかと悩み始めた時、とある事に気付き表情に笑顔が戻ってきた。

 

 

「そうですよ!私がさっき言ったことは間違いではありません!みなさんならきっと!」

 

 

「・・・え?」

 

 

アヤネの明るい声と共に教室のドアが開かれる。そこから現れたのは外出していた五人だった。その五人は帰ってきて早々、ユキの元へ一直線に駆け寄り声を掛ける。

 

 

「二人ともただいまー!アヤネちゃんサポートありがとね!ユキちゃんの声もしっかり届いてたわ!」

 

「いやぁ、あの声援があるから頑張れるってもんよ〜」

 

「ん、お留守番出来てえらい」

 

「ユキちゃん!おいなりさん買ってきましたよ〜♪早速みんなで食べましょ〜!」

 

「え…?」

 

「ほら、言ったじゃないですか。皆さんならきっと大丈夫だって!」

 

 

ユキの悩みの種は全部杞憂だった。しかしその事がわかっても、どうやらユキは完全に状況を上手く飲み込めていないみたいだ。未だに不安そうな表情が顔に貼り付き、同じく不安そうな声で疑問を投げかける。

 

 

「みんな、ボクが何の力にもなれてないことに怒ってないの…?」

 

「どうして私たちがユキちゃんに怒るのよ?」

 

「それを気にしてたからそんなに悲しそうなお顔をしていたんですか?」

 

 

「みんなにとってボクは何も出来ないお邪魔な子じゃないの…?」

 

「うへ、そんな事思ってるわけないでしょ?大切なアビドスの仲間なんだからさぁ」

 

「気にしすぎ。シロはいつもみたいにアホっぽく振る舞っていればいいよ」

 

「──────っ!!」

 

 

みんなの言葉を聞いて感極まってしまったのか、ユキの目尻にはきらりと光る雫が浮かぶ。すると今の今まで黙って静観していた先生が口を開いた。

 

 

「ねぇ、ユキちゃん。人には適材適所ってものがあるんだ。戦えるみんなは戦闘に、サポートが得意ならオペレーター、私は戦えないから指揮を。さっきの戦闘ではユキちゃんの声援がみんなの頑張る糧になった」

 

「私は今日アビドスに来たばっかりだから、みんなの詳しい事情は何も分からないよ。だけど、これだけはハッキリと分かることがあるんだ。」

 

「──────アビドスのみんなはユキちゃんのことをとても大切に想っている。」

 

「だからさユキちゃん、自分の考えだけに囚われるんじゃなくて、みんなのこともよく見てあげて。君はみんなにとって必要な子だよ」

 

 

先生はユキの目の前でしゃがみ込み、目線の高さを合わせながらそう語る。先生の表情はとても優しく、慈愛に満ちた瞳であった。その二人をアビドスの生徒たちも微笑みながら見守っている。

 

先生の言葉に生徒たちは耳を傾け、静かに聴いている。その様子を見る限り、先生の言葉には間違っているところは無さそうだ。先生なりの心を込めた言葉に、生徒たちは感心する。

 

肝心のユキはと言うと…

 

 

「う、うぅ…せんせぇ……!

うわぁぁぁぁん…!ありがどーぜんぜぇ〜!」

 

「おぉ、よしよし。いいこいいこ。」

 

 

目の前の先生の胸の中に飛び込み泣きじゃくり、時々しゃくり上げながら止めどなく涙を流している。それを先生は全身で受け止め、左腕で背中をさする。右腕は小さな頭を包み込み、手のひらは頭の上でゆっくりと動いている。

 

 

「先生、小さい子をあやすの慣れてるね」

 

「まぁね。昔から小さい子に懐かれやすくてさ。それで面倒を見る機会が多かったんだ」

 

 

そんなやり取りをシロコと交わしている間もユキは泣き止む様子が見えない。先生に対して心を開き切ってしまったのか、ユキは先生の首にがっちりと腕を回して引っ付いている。

 

こんなことを初対面の大人の男性にするのはどうなんだ、という疑問が頭に浮かぶ隙さえ与えない。それ程までに懐いてしまっているように見える。

 

結局泣き止んだのはその数分後。先生のワイシャツには涙で濡れた跡がくっきりと残っている。ユキは申し訳なさそうに謝るが、先程までの深刻な表情はもう残っていない。

 

 

「ごめんなさい先生…。シャツ濡らしちゃって」

 

「気にしないで大丈夫だよ。私のシャツくらい何時でも貸してあげるからね」

 

「・・・うへへっ、ありがとっ!せんせ!」

 

「はいよー。どういたしまして」

 

「・・・なんか見直したわ。小さい子が好きな変態かと思ってたけど違かったのね」

 

「え…?そんな事思ってたの…?さすがの私もショックだよ…」

 

 

セリカの一言に傷付く先生。しかし今この瞬間にそのイメージは払拭された為、先生はギリギリ致命傷を受けずに済んだ。

 

ようやく泣き止んだユキが先生の身体から離れた。それを確認した後、しゃがんでいた先生は「よっこいせ」とゆっくり立ち上がる。

 

しかし感じる違和感。背中に存在する不自然な重み。先生はそれを不思議に思って左手の方向に首を向けた。

 

その目いっぱいに映ったのは、満面のにっこにこ笑顔を浮かべる小狐だった。

 

なんと何故か先生の背中には、白い「もふもふ」がしがみついていたのだ!

 

 

「えーっと、ユキちゃん…?何をしてるのかな?」

 

「くっついてるの!先生のそばに居ると落ち着くんだぁ」

 

「あ、そうなんだ。ならいっか」

 

「いいんだ…」

 

 

先生は苦笑いを浮かべながらユキに問いかける。しかしその状況にすぐ順応してしまった。切り替えの速さに生徒もやや困惑気味である。

 

 

「それじゃ、とりあえずヘルメット団撃退祝いで、軽くおいなりさんパーティーでもしよっか〜」

 

「待ってました!

先生!みんな!お土産買ってきてくれてありがとうございます!」

 

「どういたしまして。先生からいい子にしてたユキちゃんへのご褒美だよー」

 

「さすが大人!太っ腹ね!」

 

「私からもありがとうございます♪」

 

 

そう言って、買ってきた袋を取り出し、中身を机の上に置いていく。袋の中身が空になった時、机の上に置いてあったのはプラスチックケースに入った少し多めのお稲荷さんとペットボトルのお茶人数分。

 

早く早くと言わんばかりに尻尾を激しく揺らすユキを傍目に、先生たちはプラスチックケースに巻かれている輪ゴムを外していく。そうして蓋を開いた瞬間に漂う甘酸っぱい香り。

 

油揚げの甘い香りとお酢が醸し出す酸味が混じりあった香りが、その場に居る全員の鼻腔をくすぐる。その匂いは、まるで肺を通り越して胃袋を刺激するようだった。

 

 

「ん〜!いい香り!はやく食べよっ!」

 

「そうですね!この匂いを嗅いだらなんだかお腹が減ってきてしまいました…」

 

「ん、美味しそう」

 

 

匂いに誘発されるように、先程からユキのお腹の虫が鳴いている。他のアビドス生徒もどうやら、おいなりさんから漂ういい香りにつられてお腹が空いてきたらしい。机の上に並べられたおいなりさんに、全員が身を乗り出すかのようにして眺めている。

 

ユキは先生の服の裾を引っ張りながら、「はやくはやく!」と催促している。それを見兼ねた先生は、特に焦らす理由も無いため早速食べようとみんなに声を掛けた。

 

 

「みんな!さっきはお疲れ様!少し気が早いけど問題が一つ解決したお祝いだよ。私の奢りだから遠慮なく食べてね」

 

「やったぁ!ありがとう先生!!いただきます!」

 

 

そう言っていただきますをしてから、箸を割って食べ始めるアビドス生徒たち。みんな口々に美味しい美味しいと感想を漏らしながら食べ進めていく。七人で机を囲んで和気藹々と食べているうちに、なんてことの無い雑談にも花を咲かせる。

 

その場の空気はだんだんと温まり、先生が来た当初、疑心の念を向けられていた時の事を考えると、比べ物にならない程には距離が近付いているように思える。

 

それは先生が醸し出す落ち着いた空気のお陰なのか、それとも無邪気に食べ、笑う小狐がみんなの心を少しずつ優しく溶かしているからなのか、恐らくはその両方か。

 

そんな感じで話していると、話の流れでセリカがとある事に関して口を滑らしてしまう。

 

 

「先生のおかげでヘルメット団の問題も解決したし、これで心置き無く借金返済に取り掛かれるわ!本当にありがとう先生!この恩は一生忘れないから!」

 

「ん…?借金返済っていうのは…?」

 

「あ、わわっ…!」

 

「そ、それは…」

 

 

借金返済という学生が口にするには重すぎる言葉に、つい先生は反応してしまった。

その疑問に対して、セリカとアヤネが動揺を隠せないといった様子で口を閉ざす。

 

そんなふたりに声を掛けたのは、唯一の三年生であるホシノであった。

 

 

「まぁまぁ、いいんじゃない?セリカちゃん。別に隠すような事じゃないしさぁ」

 

「かといってわざわざ話すことでもないでしょ!?」

 

「先生は私たちを助けてくれた大人だよ〜?すぐに解決出来るとは思わないけど、今私たちの問題に耳を傾けてくれるただひとりの大人じゃん?」

 

「ホシノ先輩の言う通りだよ、セリカ。私も先生は信頼してもいいと思う」

 

「で、でも…結局先生は部外者だし…」

 

「今までのやり方だと返済の目処が立たない。ひとまず大人の力を借りてみるのもいいと思う」

 

「…っ!今まで誰も助けてくれなくて私たちだけで頑張ってきたのに、今更大人が首を突っ込んでくるなんて……認めない…!私は認めないわっ!」

 

「セリカちゃん…」

 

 

宥める言葉に反発するように声を荒らげるセリカ。他の生徒はセリカの姿を見て、心配そうな目線を向けている。どちらの言い分も分かるからこその心配、そして不安。そんな生徒たちの様子を先生は静かに眺めていた。

 

このままでは平行線で話が進まない。教室内には重たい空気と沈黙が流れていた。

机の上にはまだ食べきっていないおいなりさんがぽつんと一つ。思い出したかのように甘酸っぱい香りが鼻腔を刺激する。

 

 

「…ねぇ、セリカちゃん。ボクの話を聞いて欲しいんだ」

 

「ユキ、ちゃん…?」

 

 

そこで唐突にその空気を破ったのは、まさかのユキであった。先程までの楽しそうに尻尾を振っていた様子とは打って変わって、しおらしげな面持ちでセリカに語り掛ける。

 

 

「あのね、アビドスに来たばかりのボクの言うことだから、あんまり信用出来ないと思うんだけど…」

 

 

その一言から始まった言葉にセリカは間髪入れずに口を挟んだ。

 

 

「ううん、そんな事ない。ユキちゃんはもう大切な仲間なんだから」

 

「…ありがとね、セリカちゃん」

 

 

それを聞いて、落ち込んでいたユキの表情は少し柔らかくなる。尻尾が一瞬大きく揺れる。そしてそのままたどたどしくも、ユキなりに言葉を紡いでいく。

 

 

「ボクも先生は信頼出来るひとだと思う。これといった理由は無いんだけどね」

 

「うん…」

 

「ボクの直感なんだ。この先生ならボクたちを見捨てないでくれるんじゃないか、もしかしたら借金のことも何とかしてくれるんじゃないかって」

 

「でも!私たちだけで解決しないと…」

 

「セリカちゃんの言うことも気持ちも分かるよ。だけどボクにはそれ以上に失いたくないものがあるんだ」

 

 

そう言うユキの表情は強く決意に満ちたような、今までに無いほどに確固たる意志を持ったものであった。大きな耳はピンと空を指し、大きな尻尾はゆらゆらと空気を揺らす。

その姿を見たセリカは恐る恐るといった様子でユキに問いかける。

 

 

「ユキちゃんが、失いたくないもの…?それって…?」

 

「この学校生活。みんなと過ごす時間」

 

「……!」

 

「ボクはバカだから難しい事は何も分からない。だけど借金を早く返さないと悪い大人たちに何をされるかわかんない。もしかしたらみんな離れ離れにされちゃうかもしれない…。学校が無くなっちゃうかもしれない…」

 

「・・・。」

 

「それだけはぜったいにイヤなんだ!大好きなみんなと離れるのはイヤっ!もしもの話ばっかりでごめんなさい。わがままを言ってごめんなさい。でも一回だけ、少しだけでいいから!先生のことを信じてみて欲しいんだ…」

 

「・・・っ...」

 

 

ユキがその話をしている間、セリカを除く他の生徒は優しくそれを見守っていた。初めて見るユキの激情の発露とも言えるその姿に驚くと共に、成長を感じられてまるで親のような気持ちになっているようであった。

 

それを言われた当の本人であるセリカは歯を食いしばるように俯き、拳を強く握り締めている。きっと頭の中では様々な感情が暴れているのであろうと思われる。

 

アビドスの中でも特に感情豊かなセリカにとって、ユキのこの発言に思うことが無いことも無かった。ifの話と言えどもその可能性は捨て切れない。みんなと一緒に居られなくなることはセリカとしても不本意だった。

 

考えていたのは数秒だろうか、それとも数分だっただろうか。気持ちに整理がついたのか遂にセリカが口を開いた。

 

 

「…分かったわ。ひとまずは先生のことを信じてみようと思う。他ならぬユキちゃんの頼みだからね」

 

「セリカちゃん…!」

 

「・・・ほっ」

 

「ただし!怪しい動きを少しでも見せたらソッコーで追い出すから!その辺覚えときなさいよ!先生!」

 

 

急に話の矛先が先生へと向けられた。先程から一言も発さずに見守っていた先生は、セリカに目を合わせ優しい笑顔で口を開く。

 

 

「ありがとう、セリカ。頭の一番奥底に刻んでおくよ」

 

「そ!奥深くに刻みすぎて、逆に忘れるなんて事が無いように祈るわ」

 

「そこは心配しなくて大丈夫だよ。私は()()()()との約束は破った事無いからさ」

 

「んなっ…!!」

 

「あらあら…♪」

 

「ちょっとせんせ〜、早速そんなこと言っちゃう?セリカちゃんも隅に置けないね〜」

 

 

今日が初対面である大人、しかも男性である先生に口説き文句とも捉えられかねない言葉を言われ、セリカは顔を赤くし猫目のようになってしまった。

 

先生の顔面が中性的とも男性的とも取れる端正な顔立ちをしているというのも、尚更タチが悪い。

 

すると気恥ずかしくなってしまったのか、セリカは大声で恥ずかしさを隠すように先生を怒鳴りつけた。

 

 

「やっぱり今すぐ出てって!!先生なんてもう知らないっ!砂漠で干からびちゃえばいいのよ!!」

 

「あー、ゴメンね?大切な生徒って言ったつもりだったんだけど、言葉が足りなかったね。申し訳ない!この通り!」

 

 

そう言って両の手のひらをパンと合わせ会釈程度に頭を下げる先生。しかしセリカは未だに納得出来ていないといった様子を見せながらも、何とかギリギリ許したみたいだ。

 

 

「くっ…!ぐぬぬ…。あーもう!分かったわよ!許せばいいんでしょ?許せば!次おんなじことやったら、ただじゃ置かないんだからね!」

 

「ふぅ、わかったよ。気を付けるね」

 

 

この一連の騒ぎはこれでひとまず収まった。と思われたが、セリカの頬には未だに朱が差したままだ。今はノノミの背に隠れるようにして先生のことを睨み付けている。

 

その姿はまるで警戒する人見知りのネコのようだ、という感想が先生の頭を過ぎるが賢い先生は何も言わなかった。

 

そうして、最後の余ったひとつのおいなりさんを誰が食べようかと、全員で席につこうとした瞬間、小さな人影がセリカの方へと飛んで行った。

 

 

「セリカちゃん!ありがとう!大好き!!」

 

「ななな、なっ…!」

 

「すきすき大好きセリカちゃん!」

 

「わ、あわわ…」

 

 

いきなりセリカの胸に飛びついたのはユキであった。先程の騒ぎから落ち着いて来たセリカは再び頬を染め、ユキを優しく抱きとめる。一体全体どうしたことかとみんなは視線を二人に向ける。

 

 

「突然どうしたのよ?ユキちゃん…」

 

「ボクのわがままを聞いてくれてありがとうのぎゅーだよ!もいっかいギューって!」

 

「え?ぎ、ぎゅー?」

 

 

どうやらセリカが先生を信じてみるという決断に至ったことを嬉しく思ったようだ。それで感情が爆発してしまい、思わず飛びついてしまったのだそう。

 

そして暫くの間セリカは、はにかみながらもユキの小さな身体を抱き寄せていた。ユキも満面の笑みで身体をセリカにすりすりと預ける。

 

 

「いやぁ〜仲良きことは美しきかな、だねぇ」

 

「うんうん。女の子同士の仲睦まじさって他には変え難いよねー」

 

「あ、先生も分かってくれる〜?」

 

 

そんな事を話すホシノと先生。その会話を聴いて、セリカはゆっくりと身体を離した。ちょっぴり物足りなそうにするユキ。ユキと抱き合う事ができ、ニマニマとするセリカ。すると突然セリカが怒った顔で再び先生に怒鳴りつけた。にやけ面が顔面に張り付いたままに。

 

 

「こっち見るなロリコン変態!ホシノ先輩も本当におじさんみたいなこと言わないで!」

 

「うへぇ、怒られちゃった…」

 

「ね。怒られちゃったね。だけどこれはこれで悪くないかも」

 

「先生…?」

 

「ごめんごめん、冗談だよ」

 

 

今度こそ、この話の流れは途切れた。全員が再び元いた席に座り、会話が始まる。大分話が脱線してしまったので、何とか元の借金の話へと戻る。

 

 

「えーと、簡単に説明するとこの学校、借金があるんだー。まぁ、ありふれた話だけどさぁ」

 

 

そう言って話すのはホシノ。続けるようにして、先生に事のあらましを語っていく。

 

アビドス高校には九億を超える借金があるという。これを返済出来なければ廃校手続き一直線。

現時点で、完済出来る可能性は限りなくゼロに等しいらしく、かつて残っていたほとんどの生徒が見限ってアビドスを去ってしまった。

 

借金をする事になった根本的な原因としては、数十年前の砂嵐。かつて無いほどの規模で襲いかかってきた砂嵐に為す術もなく、学区の環境が変えられていく。

 

そんな自然災害を克服するために多額の資金を注ぎ込んだのだ。しかしそのお金を借りた先が悪かった。普通の銀行は片田舎の学校に融資をしてくれるはずも無く、頼れるのは悪徳金融業者だけ。

 

毎年規模が大きくなる砂嵐。それに伴い巨額の融資を受けるアビドス高校。気がついた時には借金が膨れ上がり、街は砂に埋もれていたのだという。

 

現時点で彼女たちは毎月の利息を払うだけで手一杯。弾薬も補給品も底をついてしまった。

 

そんな時に現れたのが先生であった。

 

セリカがあれ程までに神経質になっていたのは、今までまともに取り合ってくれる人が居なかったから。真剣に向き合ってくれたのは先生が初めてだと、シロコはそう語る。

 

 

「ま、そういうつまらない話だよ」

 

 

粗方の事情を話し終えたホシノはそう言って話を結んだ。先生の表情は真剣そのもの。先生の内心は子供から搾取する悪い大人達への怒りで満ちていた。

 

そして過去の出来事の話を結んだホシノは、声のトーンをほんの少しだけ上げ現状の話に移る。

 

 

「で、先生のおかげでヘルメット団っていう厄介な問題が片付いたから、これからは借金返済に全力投球出来るようになったってわけー」

 

「なるほどね…。そんな事情があったんだ。話してくれてありがとう」

 

「もし先生がこの委員会の顧問になってくれたとしても、借金の事は気にしなくていいからね。話を聞いてくれただけでもありがたいし」

 

「そうだね。先生はもう充分に力になってくれた。これ以上迷惑はかけられない」

 

「うん…。認めたくないけど先生には感謝してるわ…」

 

 

そうやって、先生に対して口々に思いの丈をぶつける生徒たち。少し俯き、暗い表情で現状を嘆く。

しかし、先生だけは違った。

 

 

「みんな顔を上げて。私はみんなを見捨てたりなんかしない。最後まで面倒を見る事を約束する。だから私も対策委員会の一員として、一緒に頑張らせて欲しいんだ」

 

「え、それって…」

 

「本当に、いいの…?」

 

「うん、もちろん。さっきも言ったでしょ?大切な生徒との約束は絶対に破らないってさ」

 

「せ、せんせい…」

 

 

先生のその言葉に生徒たちは一斉に顔を上げ、次第に表情に笑顔が戻ってくる。先程はあんなにも反発していたセリカも、今では落ち着いた様子だ。

 

 

「あ、ありがとう、先生!

さっきはたくさん怒鳴ったりして悪かったわ…。ごめんなさい」

 

「あははっ、気にしないで大丈夫だよ。

可愛い(教え)子に怒られるのもたまには悪くないものだし、ね」

 

「〜〜〜〜っ!そういうとこ!ホントにやめてよね!?」

 

 

再びセリカのことを怒らせてしまったが、何となく先程よりも怒鳴り声に鋭さが無くなっているようだった。

先生はそんなセリカの様子を微笑みながら見守り、胸中では決意を新たにしていた。

 

(私がこの学校を救ってみせる。一人の大人として、頼れる先生として)

 

 

「それじゃあ、よろしくね!対策委員会のみんな」

 

「よろしくお願いします!先生!」

 

「よろしくお願いしますね♪」

 

「いやぁ、先生も変わり者だね〜。こんな面倒事に首を突っ込もうだなんて」

 

「君たちの手紙を読んだ時から最後まで責任を持つって決めてたよ。だからなんでも頼ってよ。私に出来ることなら、何でも」

 

「ん、本当になんでも?」

 

「まぁ、私に出来る範囲のことに限るけどね」

 

「分かった。考えとく」

 

 

その場の空気は先程と比べると格段に明るくなっている。シャーレの先生が力になってくれるという事が、アビドス対策委員会にとっての希望になったのだ。

 

実際に、早速ヘルメット団という問題も解決し、底をついた物資も満足のいくまで補充された。生徒たちとの心の距離も少しだけ縮まり、好きな時に頼ることの出来る大人が顧問に存在しているという安心感が生徒を焦りから解放する。

 

そうして、わーわーと騒いでいると先生の背中に何かが飛び付いてきた。最初は腰に、次第に上へ上へとよじ登っていき、ようやく肩に辿り着いた。

 

何事かと先生が振り向くと、いきなり口の中においなりさんが放り込まれる。

 

 

「ふぇ!?あにぼふぉなにごと!?」

 

「ありがとうのおいなりさん!最後のひとつは先生にあげるね!」

 

 

唐突なおいなりさん攻撃にたじろいだものの、すぐに咀嚼しお茶で流し込んだ。先程から一つだけ余っていたおいなりさんは、先生の口の中へとホールインワン。

犯人はユキ。にこにこと楽しそうな笑みを浮かべるユキに先生は怒るはずも無く、お礼を言いながら頭を撫でり撫でりと、つい頬が緩む。

 

 

「ありがとね、ユキちゃん。最後の一個なのに私が食べて良かったの?」

 

「うん!あのねあのね!先生のおかげでみんなが楽しそうなんだ!そのお礼!」

 

「そっかそっか!じゃあ、ありがたく頂くことにするよ。美味しかったよー」

 

「うへへー」

 

 

そうして小さな祝勝会は幕を下ろした。

 

その後は生徒たちによって学校の案内が行われた。七人でわいわいがやがやと廊下を歩き、順々に部屋の説明をしていく。

 

それが終われば、先生が持ち込んだ補給品の整理をし終えたところで日没を迎えたのだった。

 

 

 

 

 




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