不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
アビドス高校に一筋の希望が差し込んだ日の翌日、先生は朝早くからアビドス高校周辺の住宅街を一人のんびりと歩いていた。
人の気配が一切無い街中で唯一聞こえてくるのは、昨日アビドス高校に訪れたばかりである先生の声だ。
「いや〜、一時はどうなるかと思ってたけどなんとか辿り着けて良かったよ。ほんと」
『私は本当に心配したんですよ…?ともかく先生が無事で良かったです』
「心配かけて悪かったね、アロナ。今後は気をつけるよ」
そう言って先生は手元のタブレットに微笑みかける。傍から見たら先生は一人で会話する変な人に見えてしまうが、実際はシッテムの箱の住人であるアロナと会話をしているのだ。どうやら昨日の醜態に関してアロナに心配され、先生が謝罪をしているという流れのようだった。
「それにしても、想像していた以上に酷い状況になってるみたいだね…。アビドス高校は」
『はい…。自然現象が相手なら仕方ない部分もあります。ですがそんな状況に陥っている子供の弱みにつけ込むなんて、大人のする事ではありません…』
「うん。だから私が来たんだ。もうこれ以上あの子達には苦しい思いをして欲しくない。二度とアビドスに手出しはさせない」
『さすが先生です!私も先生の秘書として精一杯お手伝いしますね!』
「ありがとね、アロナ。
と言っても、具体的な解決策はまだ何も思いついてないんだけどさ」
自虐的な言葉をこぼし、苦笑する先生。話を聞いただけで解決策が思い浮かぶのなら、先生はアビドスに来る必要が無かった筈である。それにも拘らず、こうして自虐に走ってしまうのは先生が持つ責任感の大きさ故か。
そんな先生を気遣ったのか、アロナは話題を変えることにした。
『今答えが出ない事を難しく考える必要はありませんよ、先生!対策委員会の皆さんと一緒に解決することに意味があると、私はそう思います!』
「……!そうだね。ありがとう、アロナ」
『それはそれとして、先生は対策委員会の生徒さんたちの事をどう思いましたか?』
「んーどう思ったか、ね…」
『簡単な印象なんかで構いません。先生のありのままの気持ちを教えてください!』
その唐突な質問に先生は一瞬虚をつかれた様な表情を浮かべるものの、すぐに考え込み、数秒もしない内に言葉を紡ぎ始めた。
「ひとことで言うのなら、前向きで凄く良い子達だと思う」
『ほうほう!』
「あんな状況に陥ってるっていうのに、誰一人諦めたりなんかしていない。寧ろこの逆境の中で輝いているようにすら見えた、かな」
『輝いている、ですか?』
「うーん、言葉にするのは難しいんだけどね。大変な思いをしてるあの子たちには悪いけど、私にはそう見えてしまったんだ」
『なるほど…』
「まぁ早く問題を解決してあげて、本来あるべき青春の輝きを取り戻してあげたいと思ってるよ」
『うーん、何となく先生の仰る意味がわかるようなわからないような……』
所々で相槌をうちながら先生の話を聴くアロナ。先生の言葉の真意を解すために『うーんうーん』と少しの間考え込むが、どうやら読み解くことは出来なかったらしい。
その話が一旦そこで途切れ、アロナは間髪入れずに再び先生に話題を振った。
『それでは先生が特に気になった生徒さんはいましたか?些細な事でも大丈夫です!私に聞かせてください!』
「あー、それでいったらユキちゃんかな」
『なるほどー。先生は小さい子がお好きなんですね!』
「アロナさん…?とんでもない誤解を生みそうな発言はやめてね?」
突拍子もなく問題発言を繰り出すアロナに先生は焦りを隠せない。あながち、その発言が完全に間違っているという訳でも無いのが、先生にとってかなり手痛い部分である。その辺の分別がしっかりついている先生は、ちゃんとアロナの発言を否定した。
『どんなところが気になったんですか?』
「まずは年齢不詳で、アビドス高校で保護してるっていうとこ。最初にそれを聞いて疑問に思わないはずも無いよ」
『確かにそうですね…』
「それと一部記憶が曖昧だけど、保護される前は路地裏で生活していた、みたいな事を言ってた」
『ユキさんがチュールを食べていた時ですね』
「そうそれ。そもそもチュールを抵抗感無く食べること自体が訳分からないんだ…。いくらお腹が空いてたとはいえ、私みたいに生死が関わっていた訳でもあるまいし…!」
『まぁ、言われてみれば…』
「人懐っこいところはすごく可愛らしいよ!?大きなお耳も尻尾も感情豊かで愛嬌もあるし…!だけどなんで!チュールは猫ちゃん用!間違っても人間が食べる物じゃないんだ!」
『落ち着いてください先生!言いたいことは分かりますが、ここは住宅街です!まぁ、住人の方は居ませんけどね』
それなら思いの丈を叫んでも良いじゃないかと先生は心の内で密かに思うが、声には出さない事にした。
段々とヒートアップしてきた疑問を無理やり抑え込み、深く深呼吸をひとつ。それでようやく先生は落ち着いた。
「ふぅ、とりあえずユキちゃんのことは気にかけておくよ。無理やり探るようなことはしないで、いつかみんなが話してくれる時を待つしかない」
『はい、そうですね!』
他に色々気に掛かる部分はあるものの、何とか落とし所を見つけた。そうして先生とアロナがぽつぽつと会話を続けながら歩いていると、前方に見知った顔が二つ見えることに気付く。他に人のいない住宅街で無視する訳にもいかないので、とりあえず挨拶を交わすことにした。
「やあ、おはよう。セリカ、ユキちゃん」
「げっ、先生…。お、おはよう」
「おはよう!せんせー!」
仲良く手を繋いで歩く二人に爽やかな笑顔で挨拶をする先生。それを見たセリカは顔を顰めながらも挨拶を返してくれる。
そんなセリカとは異なり、ユキは昨日と同じように尻尾を揺らし脳天気な笑顔を振り撒きながらおはようを返した。
「二人ともこんなところでどうしたの?学校は反対側じゃない?」
「先生には関係ないでしょ!」
「え〜そんなこと言わずにさぁ。教えてくれてもいいじゃ〜ん?ね、セリカちゃん」
「んなっ……!ちゃん付けはやめてよね!なんかゾワゾワくるから!」
「あはは、ごめんごめん。でもどうせ学校行くなら一緒に行かない?」
「はぁ、あのね。何でわざわざ先生と学校に行かなきゃならないわけ?」
「なんでって……せっかく対策委員会の顧問になったんだから、みんなのことも色々知りたいなって思ってさ」
「そ、そんなことどうでもいいでしょ!?私は先生のことを一応認めはしたけど、仲良くするつもりなんて一ミリも無いからっ!」
先生はなんとか距離を詰めようと話し掛けるものの、セリカは全て突っぱねてしまう。
それを見て先生の頭の中では、全身の毛を逆立てて威嚇する反抗期の猫の姿が一瞬過ぎった。が、先生は何も見なかったことにする。
それにしても実際問題少し困った。このようにコミュニケーションを拒まれると、この先何も進展させることが出来ない。
どうしたものかと先生が考えていると、セリカと先生のやり取りを眺めていたユキの声が目線の下から聞こえてきた。
「だめだよセリカちゃん!仲良くしないとダメ!ケンカはいや!」
「あ、ユキちゃん…」
「ボクは先生のことすきだよ。セリカちゃんは先生のことキライ?」
「べ、別に嫌いって訳じゃ……」
「じゃあ仲良くしよ?せめてお話くらいしてみようよ!ボクは先生のこと知りたいな」
幼い子供らしく、難しい理屈抜きでセリカを諭し始めるユキ。彼女の気持ちは、ただ大好きな人達が目の前で言い争う姿を見たくないという純粋なものであった。
ユキの前では醜態を晒すことはなるべく控えたいセリカは、これ以上この場で先生と言い合うのは悪手だと思い至る。そして小さくため息をひとつ吐いて、不承不承ながら口を開いた。
「わかったわ…。じゃあ、少しだけなら…」
(ユキちゃん……!!ありがとう!先生感激だよ…)
この時先生には、ユキが小さな救世主のように思えた。心の中でユキに対して合掌。そして感謝の土下座。ついでにイマジナリー高い高いもしてあげる。ユキはもちろん大喜び!
そこで先生の頬は一瞬だらしなく弛んだ。しかしその道のプロじゃないと見逃してしまう程の速さで表情を引き締めた為、セリカ達には気付かれずに済んだ。
とりあえずそんな事は置いといて、最低限の会話はすると渋々言ってくれたセリカ。そんな彼女は口先を尖らせながらぶつぶつと何かボヤいている。大方、「なんで私が…」的なことを呟いているのだろう。
そんなセリカの呟きに耳もくれず、とりあえず先生は気になることを質問してみることにした。ただしその前にしっかりと謝ることを忘れない。
「ごめんね、セリカ。本当に少しだけで大丈夫だからさ」
「謝らないで先生。私も少し突き放し過ぎたと思ってるし…」
「そっか。それじゃあ早速なんだけど、二人は今日学校には向かわないんだ?」
「そうよ。今日は自由登校日だから行っても行かなくてもいいの。私たちは行かないけど、学校には多分誰かしら居ると思うわ」
それを聞いた先生はなるほど、と返事を返す。そこで先生に湧き上がってきたのは二人に対する新たな疑問。
自由登校の日に二人揃ってどこに向かっているのか。
それが先生には気になった。
「そういう二人はどこに行くのか聞いてもいい?」
「それは言わなくてもいいでしょ?先生にそこまで答える義理は無いわ!」
「ねーねーセリカちゃん。これくらいなら先生に教えてあげてもいいんじゃないの?」
「ユキちゃん、これはオトメの秘密よ!だから先生には言っちゃダメ!私たちだけの、ひ!み!つ!
わかった?」
「ボクたちだけの、ひみつ……。
うん!わかった!ごめんね先生!おとめの秘密なんだって!」
「乙女の秘密か〜。それなら私に言えないのも仕方ないね」
そう言われちゃ仕方ないと先生は潔く身を引いた。それ以上追求する事無く、その話はそこで途切れた。相変わらずユキの様子は楽しそうで、笑顔が絶えない。そんなユキにつられてセリカの表情もふっと綻ぶ。
「それじゃ、もう行くから。バイバイ」
「せんせーまたね〜」
「うん、いってらっしゃい」
そうして二人は仲良く手を繋ぎながら、先生とは反対方向へ再び歩き出した。そんな二人の行先が気にならない訳では無いものの、詮索すると
ユキのおかげで折角縮められたセリカとの距離が大きく離れてしまうかもしれない。そう思った先生は諦めて学校へと向かうことにした。
昨日通った道を思い出しながらしばらく歩く。次第に学校が見えてきた。教室に到着すると、セリカの言っていた通りあの二人以外の四人は既に学校に揃っていた。
おはようと挨拶を交わし、昨日の出来事に浸りながら雑談で場を温める。本日ここに居る四人は、現時点で特にやらなければならないことは特に無いらしく各々自由に過ごす予定のようだ。
「そういえばさっきセリカとユキちゃんに偶然会ったんだけど、みんなはあの二人がどこに行ったか知ってたりする?」
「あ〜二人は仲良くバイトだよ〜」
「ん、ラーメン屋さんのバイトだと思う」
「なるほど、バイトかぁ」
セリカからは行先を教えて貰えなかったが、もしかしたら他の四人なら教えてくれるかもしれない。
そう考え、セリカには申し訳なく思いつつも勝手に聞いてしまった。しかしあまりにあっさりと教えてくれたものだから先生も少し驚いている。
「セリカちゃん達からは教えて貰えなかったんですか〜?」
「まぁ、ね。ユキちゃんなら教えてくれるかなって思ったんだけど、セリカに『乙女の秘密』って言われて丸め込まれちゃった」
「あはは…。セリカちゃんらしいですね。ユキちゃんもそういった言葉に弱いですから…」
「あの子はチョロいから仕方ない。すぐに騙されるし、言いなりになっちゃう」
シロコのユキへの酷評に苦笑いするものの、あながち否定出来ないことに気付く。出会って一日と少し程しか経っていないのに、何となくユキから漂うアホさ加減が先生にも伝わってしまっているようだ。
そんな会話をしていると、ホシノが名案を思い付いたとばかりにニマニマしながらとある提案をする。
「それじゃあさ、お昼時くらいになったらみんなで二人のバイト先に行ってみない?せっかく先生も来てくれたことだし、みんなでラーメンを食べるのも悪くないと思うんだよね〜」
「いいですね〜!おもしろそうです♪」
「ん、賛成。セリカの反応も気になる」
「ええと、みなさん…?本当にいいんでしょうか?」
「だいじょうぶだいじょうぶ〜」
「アヤネ、気にし過ぎ。セリカはともかくシロは私たちが遊びに行ったら喜んでくれる、と思う」
四人は先生を置いてけぼりにして話を進めていく。先程セリカにあれだけ拒絶された先生は、どうしたものかと内心頭を抱えながら会議を聞いていた。
唯一の良心であるアヤネも諭される。他の三人もバイト先に行く気満々だ。今日の目的が定まりウキウキとした空気が教室内に流れ始める。
(うーん…。別に悪いことしてる訳じゃないしなぁ…。私自身も店に来ること自体は止められてないし、まぁなんとかなるか!)
心の中でセリカに「ごめん!」と謝りつつも先生は開き直った。
「よしっ!じゃあ昼前になったらこの教室集合にしよっか!」
「ほいほ〜い。おじさんはそれまでお昼寝でもしてよっかなー。時間になったら起こしてねぇ」
集合場所を決めた途端にホシノがお昼寝宣言と共に教室から出ていってしまった。アヤネが仕方ありませんね…と呟いている様子を見る限り、アビドスでは見慣れた光景のようだ。
なんだかんだであっという間にお昼前。教室に揃った五人は早速セリカ達のバイト先に向かう。話を聞く限りユキの望みでセリカとバイトをしているという。
ユキは元々他にもバイトをしていたそうだが、今では辞めてしまったらしい。そこら辺の話は、当たり障りの無い話で誤魔化され深い事情は聞き出せなかった。
先生自身も特に気にする事はなく会話を続けた。
そうしてようやくラーメン屋に到着した。お店の名前は『柴関ラーメン』。大きいお店とは言えないが老舗の隠れた名店のような雰囲気を醸し出している。看板には大将と思われる姿が刻まれ、店の外に設置されているダクトからは香ばしい匂いが漂ってくる。
一瞬立ち止まり、暴力的なまでに香る空気を肺いっぱいに吸い込む先生。昼時の空きっ腹には効果はバツグンだった。
先を行く生徒たちが店の敷居を跨ぐ姿を見て、先生は慌てて後ろを追い掛ける。
「ごめんくださ〜い」
「いらっしゃいま……って、えぇぇぇっ!!」
「あのー☆五人なんですけど〜!」
「なになに!どうしたのセリカちゃん!?
……わぁっ!みんなどうしたの?」
店に入るとセリカが接客をしていた。マニュアル通りに対応しようと入口を見た瞬間に、アビドスの全員が居るのだから驚くのも無理は無い。
セリカの大声を聞き付けて飛んできたユキの様子は、驚き半分喜び半分といったところだろう。五人の姿を確認した途端に尻尾がパタパタと動き始めてしまった。
「み、みんな…どうしてここに……」
「うへ〜来ちゃった〜」
「やぁ、セリカ、ユキちゃん。勝手に来ちゃってゴメンね」
「せっ、先生まで!あの後着いてきてたの!?」
セリカにキッと睨まれるも、即座にホシノが否定した。いつもののんびりとした口調で先生のことを庇う。
先生本人は睨まれて一瞬焦るものの、ホシノが庇ってくれたことでほっとひと息。
入口付近で言い合っていると、大将からのお叱りを受けしゅんとしたセリカが席に案内してくれることに。
ユキも他のお客さんの配膳をしながら、先生たちのことを嬉しそうに眺めていた。
案内された席に順々に座っていく。先生はシロコの隣の空いたスペースに座り込んだ。向かいにはノノミとアヤネ、シロコの隣にはホシノが座り、配膳が終わって手が空いたユキもこちらにやって来た。
「セリカちゃんもユキちゃんもバイトのユニフォーム、とっても可愛いです☆」
「ここで働いてるとこ初めて見たけど、よ〜く似合ってるよ〜」
「あ、ありがと……」
「セリカちゃんはここの看板娘だから似合ってて当然なんだよ!ちんちくりんのボクよりも似合ってる!」
「何言ってるのよ?お客さんの間ではユキちゃんも人気者でしょ?小さくてマスコットみたいに可愛いって」
「んふっ、マスコット…。言い得て妙だね」
ユキの言うようにセリカはこのお店の看板娘である。働き始めた当初から少ないお客さんの間で話題となり、噂となってキヴォトスに広まった。そのおかげか以前より少しだけお客さんが増えた。セリカ目当てで来る客もいるほどだ。
しかしまた、もう一人の小さな店員も話題を呼んでいる。傍から見ても幼女と呼ぶにふさわしい外見、人懐っこい笑みを浮かべ尻尾を揺らすその姿は、看板娘のセリカと対を成すマスコット的存在へと昇華された。
店にやって来たお客さんに可愛がられ、頭を撫でられ、写真を撮られと、客寄せパンダのようになってしまっている。
そんな小狐本人は別に嫌がっておらず、寧ろ喜んでいるため誰も咎められたりはしない。
SNSの一部界隈ではちょっとした有名人だ。肖像権なんてものはこの小狐には存在していない。
「セリカちゃんとユキちゃんには感謝してるよ。二人のおかげでこの辺鄙な土地でも営業出来てると言っても過言じゃあない、ってな」
「大将…!それは言い過ぎ!」
「こんなボクを働かせてくれて、こっちがありがとうしたいくらいだよ!」
そんなやり取りもされ、その後に注文もしっかり取った。
誰がお金を払うか論争になりかけたが、そこは流石の先生。早い段階で「私が払うよ」と言い出てアビドス生徒たちは感謝を述べる。
注文したラーメンが到着し、美味い美味いと口を揃えて食べ進める。あっという間に食べ終わり、先生たちはご馳走様でしたと言って店を出て行った。
「みんなまたねー!」
「もう二度と来んな!バカっ!」
口ではなんだかんだ文句を言いつつも悪い気はしていないセリカと、みんなの姿を見てから尻尾の揺れが止められないユキ。
そんな対称的な二人が働くのは柴関ラーメン。
アビドスの住人御用達の人気店だ。
……そんな争いとは無縁のこの店を眺める影が、店の周囲に複数潜んでいることに誰も気が付かない。