不幸な小狐は幸せを探す 作:うしさん
前話の続きです。
無人の部屋にピンポンという軽快な音が木霊する。
その部屋の住人の名前を呼び掛けても、いつまで経っても返事は無い。インターフォンを押す人物の後ろ姿は何となく焦っているように見えた。
すると返事が無いことに気付いたのか、スペアキーで家の鍵を開け始める。扉を開け、玄関へと入り込む。靴を脱ぎ奥へ奥へと足を進める。
その家の住人はまだ帰ってきていないようだ。
そう判断し、急いで学校へと走り出した。
・・・・・・・・・・・・・
「電話はしてみましたか?」
「はい…でも数時間前から電源が入っていないみたいで……」
セリカの家から戻ってきたアヤネは、深刻な顔付きでそう答える。
日が落ち、月明かりが射し込む対策委員会の教室には重たい空気が流れていた。
何故こんなことになっているのか。
それはバイトに行ったセリカとユキがいつまで経っても帰ってこなかったからである。普段であればみんなが帰宅する前には学校に一度戻ってきていた筈だ。
しかし今日に限っては違った。初めは自分たちがバイト先に勝手に行ったことに対して、怒って拗ねているんじゃないかと談笑しながら過ごしていた。
そしてとうとう日が暮れ始め、いつまで経っても二人が帰って来ないことに違和感を感じて捜索に乗り出したのだ。
電話をかけても、セリカの家を訪ねても手掛かりは見つからない。みんな不安げな表情を浮かべている。
ノノミ、シロコ、アヤネの三人は対策委員会の教室で、ああでもないこうでもないと考えを巡らせる。
一方その頃、別室では先生とホシノが、先生の持つ権限を使って捜索をしていた。難しい顔でシッテムの箱を操作する先生と、俯きながら先生の手が止まるのを待つホシノ。
生徒たちの表情は一様に重たいものであったが、特にホシノの表情が深刻だった。
それを見た先生は思い切ってホシノに話を振ってみる。
「ホシノ、大丈夫?」
「あ…先生。うん、大丈夫……」
その姿は明らかに大丈夫ではなかった。普段通りの緩い口調は息を潜め、必死に苦悩を押し殺すかのような様子に先生は心配を隠せない。
やはりユキには何か他の生徒と決定的に違う部分がある。
先生はそこでそう確信した。
「そっか。何か手掛かりみたいなものに思い当たることはあるかい?」
その言葉にホシノは首を静かに横に振る。そうして、ゆっくりと口を開いた。
「……実はユキちゃんのスマホにはGPSアプリを入れてるんだ」
それを聞いて先生は一瞬希望が見えたが、GPSが機能していればホシノはこんな深刻な表情をしない事に思い至る。
そして、ホシノは言葉を続ける。
「いくら探知しようとしても位置情報は出ない…。こんなことは初めてなんだ…」
普段の飄々とした態度からは考えられない程に思い悩む姿を見て、先生は動揺する。出会った時から常に余裕そうな態度しか見ていなかった先生にとって、現在のホシノは明らかな異常事態であった。
先生はこれ以上踏み込んでいいのかという葛藤で一瞬押し黙る。しかし先生として直感を頼りに、ホシノの心の内に一歩踏み込むという選択をとった。
「…あのさ、ホシノ。ユキちゃんって身体が弱いんだってね」
「……っ!なんで、それを……」
「昨日セリカが言ってた。ユキちゃんは身体が弱いから私と隠れるようにって」
「あぁ、あの時……」
それは先生がアビドスにやって来て、初めて戦闘が起こった時の事だった。突然の事に驚いていた先生だが、セリカのその発言を聞き逃さなかったのだ。
「まぁ、私には詳しい事情は分からないし、君達が話してくれるまでは追及しないよ」
突然こんな話を振ってくる先生にホシノは疑問を持つ。話の筋が見えてこない。油断のならない大人の巧妙な話術に、ホシノは神経を張り巡らせる。
─────が、それは無駄に終わった
「けどね、私は大人として生徒のことは誰も見捨てない。セリカもユキちゃんも、必ず助ける。だからそんな顔をしないで、前向いて行こう」
「──────っ!!」
少なからず、ホシノにとってその言葉は衝撃的だった。今まで出会ってきた大人達とは違う言葉の重み。嘘をついているようには思えない力強い瞳。月明かりしか無い薄暗く誰も居ない空間で互いに見つめ合う。
気付いた時には、ホシノの口から思わず声が漏れてしまっていた。
「どうして、そこまで……」
「どうしてって、私は大人であり先生だからだよ。子供を護るのは私達大人の責任なんだ」
ホシノの心は揺らいでいた。散々騙されて酷い目に合わされた大人を信用してもいいのか。また今回も上手い言葉を言われて丸め込まれているだけなんじゃないのか。
だけどこの先生からは悪意がひとつも感じられない。そもそも生徒を助けることが先生にとって何の利点にもならない。ホシノ達にとってもデメリットでもなんでもない。
「もちろん、セリカ達を助けた後はアビドスの問題にも全力で協力するよ」
すると唐突に先生は柔らかい雰囲気を纏わせ、真剣だった表情をにへらと崩した。
その姿を見て、言葉を聞いて、ホシノの心の中でストンと何かが腑に落ちる。
あぁ、この大人は馬鹿が付くほど、どうしようもない善人なんだ。この人に似た善意の塊のような人物を私はひとり知っている。そんなひとを疑う方が馬鹿らしい。抱いていた懸念がひとつ消えた。なんだか心が軽くなる。
無意識のうちに、ホシノの口角は少しだけ緩んでいた。
「うへ、先の事を言うと鬼に笑われちゃうよ?」
「それを言うなら来年のことじゃない?」
「そうともいう〜」
冗談混じりに言葉を交わし、二人は微笑み合う。
我ながらユキちゃん並にチョロいのかもしれないなと、そんな事を考えながらホシノは先生に対する警戒を少しだけ緩めた。
出会って二日。完全に信用したとは言えないけど、少なくとも悪い大人では無い。今はそんな関係で充分だと、ホシノはそう思う。
そうして先程よりも心の距離が近付いた二人は、先生が持てる権限の全てを利用し、こっそりと連邦生徒会が管理するセントラルネットワークにアクセスした。その結果、セリカたちの端末の最後の発信場所が特定出来た。
その情報を持って、急ぎ足で他の三人が集まる対策委員会の教室へと向かう。
教室へと入ると、すぐに先程得た情報をみんなに伝えた。皆一様に喜びを見せたが、端末の発信源がカタカタヘルメット団の主力が集まる地域だということが判明する。
喜色に満ちた表情が、一瞬にして焦りに変わってしまった。
「……ということは、やはりカタカタヘルメット団の仕業ですか……」
「ん…学校を襲うばかりじゃなくて、人質をとって脅迫しようってこと?」
「考えていても仕方ありません!急いで二人を助けに行きましょう!」
ノノミのその一言で、先生たちはすぐさま学校を飛び出した。
走っているホシノの内心は、全く穏やかでは無い。先生のおかげで、行方不明が判明した当初より落ち着いたとは言うものの、二人のことが心配で仕方がない。
特にユキは銃弾一発が致命傷。当たり所が悪ければ数分も持たないだろう。それにセリカもそう簡単にやられる子では無い。連絡すら出来なくなるまで追い詰められている状況は今回が初めてだ。何か酷い目にあっているのではないかという不安が頭の中を渦巻く。
そんな気持ちが表に出ないように取り繕うだけで精一杯だった。
「ホシノ先輩…?大丈夫?」
「ん〜?おじさんは大丈夫だよ〜」
「そっか」
先生を背負って走るシロコが不意にホシノの方を振り返り問い掛ける。いつも通り振舞っていた筈なのに、その場しのぎの取り繕った態度がシロコにはバレてしまっていた。
もしかしたら他のみんなにも気付かれてしまっているかもしれない。そう思うと、ホシノの心は不甲斐ない気持ちで浸食されていく。
思い返せば、こうしてユキのことを探すために走り回っているのは三回目になる。その度にホシノの心労は溜まっていた。ユキが行方不明になると精神的な疲労が酷いのだ。
その心労を減らす為のGPSだったのだが、まさか機能しないなんて思ってもみなかった。
そしてそれが機能していないということは、スマホに深刻な損傷があった可能性が高い。
ということはそのスマホの持ち主であるユキも……
そんな考えが浮かぶ度にホシノの心はズキズキと痛んでいた。
「……大丈夫。きっと二人は無事だよ」
そんなホシノの痛々しく歪む表情を見かねたのか、先生は正面を見据えながらそんなことを口にする。
先程からずっと地面を睨み付けて走っていたホシノは、それを聞いて首を先生の方に向けた。
想定しうる最悪な結末を考えることを止められない。そして脳内では過去に自身が犯した《罪》が何度もフラッシュバックしていたせいで、ホシノの心には既に余裕と呼べるものは無かった。
「なんで……!何でそんな事を言えるのさ…!二人が無事な保証は無いんだよ…!?ユキちゃんなんて、生きてるかどうか……」
「─────ホシノ」
取り乱したホシノ。声は上擦り震えている。目尻には涙を浮かべ、唇を強く噛んでいる。そこには普段の飄々とした表情の面影は何ひとつ残っていなかった。
先生はその発言を聞いて顔付きが変わった。まるで怒っているような、だけど少し悲しんでいるような、そんな曖昧な表情。
言葉の続きを言わせまいとばかりに、名前を呼びかけることで言葉の続きを遮った。
「だめだよ、ホシノ。その先は言ったら駄目だ」
「……っ!あ、あぁ……ご、めん、なさい……」
たった今自身がしようとした発言の意味に気付いたのか、ホシノはさらに表情を曇らせる。
先生はその姿が見ていられなかった。先生が先程の言葉の続きを紡ぎ出す。
「私は何も根拠が無いままに『無事』なんて言った訳じゃない」
「根拠、ですか……?」
そうやって先生に問い掛けるのはノノミ。先程から不安そうな面持ちでホシノと先生のやり取りを走りながら耳に挟んでいた。
その問いを受けて、先生は語り始める。
「うん。二人はきっと無事だよ。ホシノが心配するような事は起きてないはず。
ヘルメット団の目的は、恐らく私たち全員をおびき出すこと。セリカとユキちゃんは人質として利用する筈だ。
人質っていうのは大抵の場合、生かしていないと交渉材料にならない。つまり、少なくとも積極的に命を奪うような行為はヘルメット団もしないってこと」
先生は優しい声音で全員にそう語る。ホシノには宥めるかのような目線を送りながら、話を結んだ。
「なるほど……確かに先生の仰ることは一理あります…」
「ん、言われてみれば」
その話に納得したのか、アヤネとシロコは相槌を打つ。
一方ホシノは沈痛な面持ちを崩さない。やはり言葉だけではホシノの崩れかけた精神を立て直す事は厳しいらしい。
もう一方の先生は悩んでいた。ホシノがここまで心を痛める原因を知りたかった。だけど先生とアビドスの生徒たちは出会ってたったの二日。
それだけの付き合いで、あからさまに隠そうとする禁忌とも言えるユキの秘密を探るのはご法度。
こんな短い期間で分かり合えたとは思っていない。警戒の視線を向けられていることは重々承知している。
しかし先生として、一人の大人として、目の前で辛く苦しい思いをしている生徒を捨て置く訳にはいかない。
先程、ホシノと教室で二人きりになった際、既に先生はユキの秘密に一歩踏み込んでいる。
それならばもう今更の話だ。生徒の命が懸かっているのだ。こんな所で四の五の言っていられない。
覚悟を決める。深く息を吸い込む。背負われて揺れる視界の中、隣で走るホシノと真っ直ぐに視線を合わせる。
そして遂にホシノの心に足を踏み入れた。
「ねぇ、ホシノ。教えて欲しいんだ。ホシノとユキちゃんのことを」
「……っ!」
「先生っ、それは……」
「分かってる。知り合ったばかりの私が踏み込んではいけないことだって。それは承知の上だ。
ホシノが言いたくないならこれ以上聞かない。だけど辛そうな表情をしている大切な生徒が目の前にいる。それを見捨てるなんて選択肢をとることを、私はしたくないんだよ」
最初の言葉を発した瞬間に空気が変わった。空気が重くなったと言うべきなのか、ホシノは苦しい表情を浮かべながら俯き、他の三人は困惑している。
そんな生徒たちを尻目に、先生は言葉を続ける。
「……とはいえ、これは私のエゴの押し付けだ。余計なお世話ならそう言って欲しい。何も聞かずにセリカとユキちゃんを助ける事だけに専念するさ」
「…………。」
その言葉を最後に、その場は静まり返ってしまった。
相変わらずホシノは俯いており、ノノミ、シロコ、アヤネは心配そうな面持ちでホシノに視線を向けていた。
先生自身はその言葉に後悔をしていない。総てを受け止めるつもりでその言葉を発したのだから。
自分から足を踏み入れた以上、見捨てるなんてことは有り得ない。これも大人としての責任だと、何もかもを割り切っていた。
静寂が流れ始めて数分。目的地へ向かうための足音だけが響いていた。その場にいる五人はそれぞれ何を考えているのか、互いに何も分からない。
共に過ごした時間が長いアビドス生徒同士では、何となく分かっているのかもしれない。
だけど心の底に根差すホシノの深く暗い感情だけは誰にも理解されない。
それに何より、ホシノはその気持ちを誰かに理解されようなどと、微塵も望んでいなかった。
───────先生が来るまでは……
個人的に先生と生徒の距離感は健全な範囲で近ければ近い程好きです。なのでこの二次創作では距離感近めで書いていこうと思ってます。
次話は久々の一人称視点です。