人間と人形と学修と   作:寒月

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学習

 __私が完全自立人形の研究を始めて何年、いや何十年が経過しただろうか。

 

 私の家を荒らし、こちらのペースを乱してくる金髪の魔女見習いも、もう永遠に訪ねてくることもなくなり、妖怪から好かれやすい巫女も代替わりしたのも、何年も前のことであった。

 

 友と呼べる人妖は減ってしまったが、私は研究を続けている、いや、続けなければならない。なぜなら、それがアリス・マーガトロイド、「魔女」であるからだ。

 

 

 

 

 そんななか、ついに完成した、完全自立人形試作品第一号。まだ朝晩は肌寒い初夏の朝。ついに起動を迎える。

 媒体は私の魔力。それを魔力の糸によって流し込み、人形に蓄積させ、ぷつんとその糸を切る。

 

 数秒の沈黙。そして、ゆっくりと開き始める瞳。

 

 「__おはようございます。__創造主さま。命を吹き込んでくださり、ありがとうございます」

 一瞬私のことをなんと呼ぶのか迷ったようだ。その少し面白い反応と、ついにこの時がきたのか、という感動、興奮と…様々な感情が入り交じってしまい、変な笑みがとまらない。

 

 

 

 この人形を動かしているのは「学習したい」という意欲であり、「何かを得たい」という欲望である。今までの人形は私からの命令に従うだけの存在であったが、自ら動くための動機づけを与えたわけだ。

 もちろん、それだけであれば、人間で例えると、ただ本能に従って動くだけの動物になってしまう。

 そうはならないために、周りの環境や社会理念、規範といったものを天秤にかけ、正しい方を選択する、またはある程度規範を破っても許される方を選択するように仕掛けた。

 これらの情報をかき集めるのに何年も費やしてしまったが、今この瞬間、全てが報われた感じがする。

 

 「えと、創造主さま…?」

コテンと首をかしげる、金髪の少女。

 

 その金髪と、もっている雰囲気はなんとなく、あの魔女見習いを彷彿させるようであるが、私をまっすぐ見つめる瞳は全てを見通し、ただまっすぐに物事を見つめるあの浮く巫女のような黒目をしている。

 

 我ながら少しアンバランスではあると思ったが、この子にはあの二人のようであって欲しいと思ったのか…作っているうちに近くなってしまったのだから、仕方がない。

 一応、髪も瞳も黒や黄色を少し混ぜることでアンバランスさをごまかしたつもりではあったのだが。

 

 

 「あ、あぁごめんなさい。少し考え事をしてしまって…。__アリス、私はアリスよ。そう呼んでちょうだい」

 「しかし…何かそれだと…」

 「あのね、あなた、自分を生んだ親にそう向かって呼ぶ?呼ばないでしょ?」

 「…しかし、人形と人では違います」

 「…いってくれるじゃない」

 

 さて、なんというべきか。

 制作者の私としては、感情を持った人形は、人の良き友であり、隣人であってほしい。決して持ち主にとってただの所有物であってほしくないのだ。

 

 「でも、あなたは自立している。であれば、ただの人形というのも、おかしな話じゃない?

  それこそ、あなたは常識にとらわれない存在だから…」

 私の困った顔を見て、人形は少し考え込んだ後、

 「では、アリス様とおよびしましょう。いかがですか?」と発言する。

 

 まぁ妥協点か。人形であるという条件付けをしているために、この子はきちんと人間と人形の差をきちんと設けるという考えをしているようだ。 何より、この子が考えた結果を私は尊重したい。

 

 「なるほど、間をとったわけね…いいでしょう。それで。

  じゃあ、私の呼び方を決めたところで、あなたの名前を決めなきゃね。」

 

 そう、実は私はこの子の名前を決めていない。  本来であれば私がつけるべきなのだろうが、私はこの子の親ではなく、むしろ友に近い存在でありたい。  さすがに名前をこの子にゼロから決めさせるのは酷であろう。で、あればせめて一緒に考えて、一緒に悩んで…という行為をしたい。

 

 「私は何でも…『人形』でもかまいません」

無表情で間髪入れずに答える。

 「ちょっとそれはね…」

 

 今までの人形は容姿というか、人形の種類で決めてきた。  従来に乗っ取れば人形の容姿で決めるのだろうが、この子はその子たちとは変えたい。

 

 何かいい案はないか、ぐるりと部屋を見渡す。我ながら人形ばかりだ。

 もっと…今までとは違う…

 

 …ふと窓の外の景色が目に入る。初夏の朝の魔法の森の景色と、私の庭に咲いている花。

 白、黄色、紫、赤、ピンク。様々な色で、まっすぐと立ち並び、咲く花。

 

 

 私の視線の先の花を見て、人形が口を開く。

 

 「綺麗な花ですね。これは?」

 

 「_タチアオイ。花葵とも呼ぶわね。薬草にも用いられる花よ。

  …そうだ、これから名前をとって、『アオイ』なんてどうかしら?」

 

 私は窓まで歩き、窓から身を少し乗り出し、黄色のタチアオイを手折り、手渡す。

 人形はそっと手に取り、まじまじと見つめる。

 

 「素敵な名前です。気に入りました。」

 どこかまだぎこちない顔でそう答える。

 

 「これからよろしくね、アオイ。一緒に『学んで』いきましょう」

 「はい、よろしくお願いいたします。アリスさま」

 

 

 学び…そう、実はこの子にはまだ感情らしい感情がない。

 

 今までの人形は感情をもち、それが現れることを考え、作り続けてきた。

 

 しかし、それは感情の模倣でしかなかった。どうしてもその感情を呼び起こすものも存在しなかったために、「どういうときに喜ぶのか」「どういうときに悲しむのか」ということを全て条件付けしなくてはならなくないのだ。

 

 そこで、その「喜び」「怒り」「悲しみ」といったそれらの感情がどういうものなのかを学ばせることにしたのだ。

 感情を呼び起こす源泉は、欲。

 悲しいときには泣く、怒ったときには顔が赤くなる、喜んだときには顔をほころばせる。 そういった条件はつけ、感情そのものの存在は植え付けているものの、いつそれが発現されるかは、この子が実際に行動して、学んでいく。

 

 

 

 一緒に。そう一緒にだ。まだこの子はきっと不完全だ。

 それがどこなのか、この子と一緒に私も考え、学んでいかなければならない。

 完全自立人形には感情は不可欠な存在。  であれば、この不定形で不可思議で、どこか不完全な感情というものを、私も学んでいかなければならないのだ。

 

 

 

 これから、長い付き合いになるだろう。きっと。

 私は、花と同じ色の黄色と、おしべの周りの花弁が少し黒みを帯びているタチアオイの花をじっと見つめる人形を、優しく微笑むのであった。

 

 

 

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