全8話です、対戦よろしくお願いします。
「私を盗み出して欲しい」
そう言い放った謎の美女に呆気に取られつつも、それでもリューズはある懸念からその依頼を引き受けた。珍しい彼らの時代での仕事に対しリダンが、パーペチュアが、そしてリューズがクロノダイバーとして立ち上がる。女の秘めた秘密、そしてその目的とはーーーーーみたいな話。
新たなるヘルプ・コール
「私を盗んでほしいんだ……と言ったら、どうするかい?」
琥珀色の液体が注がれたグラスをゆっくりと傾けて中身を嚥下したのち、女は謎めいた目つきでそう口にした。
ネットワークは地表を完全に覆いつくしてあらゆる距離の制約を乗り越えたリアルタイムでの通信を可能とし、世界中の監視カメラの映像は寄せ集めるだけで地球みっつぶんもの立体映像が完成するとも嘯かれるこの時代においては、もはや超の付くほどの高級品である
ややくすんだ色のウェーブがかった金髪に、装飾の少なさがかえって持ち主の妖艶さとスタイルを引き立てる深紅のドレス。大胆に開いた胸元からは、こぼれ落ちそうなほどに豊かなふたつの果実が形成する深い谷間がこれ見よがしにひけらかされて。そんな総じて嫌でも人目を惹くようなすぐ横の美女に、しかし連れの男は仏頂面でそっけなく返すのみだった。
「随分とメルヘンな依頼だな」
「お気に召さなかったかい?君はロマンチックな男だと聞いていたが」
その声色にかすかに面白がるようなニュアンスが含まれているのを察知し、男の目元の皺がより深くなる。決して背が低いわけではない女と比較してもなお頭ひとつ以上大きいほどに長身の、がっちりとした体格の男である。眼光の鋭さや実用的に鍛え上げられた無駄のない筋肉、目元に大きく走った古傷の跡以上に、無言に放つ近寄りがたい空気感の様なものが堅気のそれではないと雄弁に物語っていた。
「……冷やかしなら帰るぞ。こっちは今ただでさえ、クソみたいな捜査された後始末で忙しいんだ」
「それは困ったな。これは至って真面目な話だし、私もそれなりに必死なんだ」
子供が向けられたらその場で泣き出しかねないような目つきの悪さで睨まれても、しかし女に悪びれる様子はない。それでも肩をすくめて放つその言葉には紛れもない真剣味と、隠そうとしてなお隠しきれないほどの疲労……そして、藁にも縋るほどの色濃い絶望が滲んでいた。それに気が付いた男が思わず動きを止めたところで、女がその目をまっすぐに見つめる。
「もう一度言おう、
尾行の気配や盗聴、あるいは発信機の類は何も感じなかったが、それでも用心のため後ろを撒くような大回りの移動経路を使い、時間をかけて辿り着いた何の変哲もない一軒家の門をくぐる。
瞬間、男はあちこちから刺すような視線を感じていた。一般人には何も感じないだろうが例えば庭の花壇、植え込みのスプリンクラー、通り過ぎたばかりの軽くて頑丈な特殊合金製の門……一見なんてこともない調度品の数々の至る所に家主の最新技術をもって巧妙に隠された無数の監視カメラと分析器による全方位からのデータは、客人あるいは侵入者が敷地内を3歩動くよりも早く家内のメインコンピューターによって纏められ相手の身長や体重はもちろん歩き方のわずかな癖、さらには喉の形から逆算された声紋まで全てを網羅した完全コピーの立体映像を構築しその正体を割り出すことを可能とする。
男にとってはこの物々しい歓迎も慣れたものなのでいちいち反応したりはしないが、それでもこれから会う家主の顔を思い浮かべると随分と偉くなったものだとその度に苦笑が浮かんでしまう。ここの家主はそれだけ侵入者を警戒されて当然と言い切れるほどの業績の持ち主であるという動かし難い事実も、しかし当の本人は保身よりもむしろそれを口実にすれば思い切り大手を振って自宅を改造できるという点に魅力を感じノリノリで技術の粋をぶち込んでいたという裏事情を思うと余計にだ。
ともあれそんな全方位からの機械仕掛けの監視を受けながらも辿り着いた玄関先で男が取り出したのは一般的な電子ロックキーではなく、腰に装着していた小型の機械だった。ひょいとその場に放り投げたそれは、そのまま地面に落下するより前に蝶の羽の様な光波をその上部から発してふわふわとその場に浮かぶ。驚いた風もなくその光波の翼を扉にかざすと、一見何の変哲もない扉に内蔵された小型コンピューターがコンマ以下の単位でその波形を読み取って変換、自動で何重ものロックを解除する。小型ナパームでも突破できないと評判の特殊合金は、やはりここの家主が生み出したものだ……子供の時から幾度も行われてきた命懸けの乱暴なカーチェイスで過去スクラップとなってきた、何機ものテンプホエーラーの犠牲の果ての成果である。
「よっ。どんな感じだ、調子は?」
そして家の中に入り込んだ男が何台ものパソコンと向かい合う家主に後ろから声をかけると
成人は過ぎているもののまだ若い、溌溂とした顔立ちの女性である。もしそうと知らない人間が見れば、この家の家主の上げた業績と目の前の女性がイコールで結びつくことは到底ないであろうほどの若さ。しかし彼女こそが紛れもなくこの家の家主であり、人類史上初となる時空移動理論を完成させた稀代の才女、パーペチュアだった。
「リューズ!ちょっと聞いてよもう、さっきからぜんっぜんダメなの!確かにハッキングは私も専門じゃないけどさ、それにしたってセキュリティ固すぎ!」
リューズと呼ばれた男の返事を待たずして、ひたすらに捲し立てるパーペチュア。ずば抜けた集中力でピタッと黙りこくったかと思えば、その反動でも出ているのかと思うくらい一気によく喋る。その両手に工具ではなくソフトクリームや風船を握っていた
「でも実際、なーんかきな臭いのは本当よ。機密プロジェクトのセキュリティが固いだけなら当然だけど、ちょっと当たってみた社員の個人情報まで全然抜き取れないの。ほら見てよコレ、末端社員の履歴に関するダミーデータとか初めて見たわよ私。無駄に凝ってるものだから危うく騙されるところだったわ」
業務用チェアの上で子供のようにくるくると回転しながら、先ほどまで向き合っていた画面のいくつかを手で示すパーペチュア。当人は専門ではないと自称するし実際その専攻である時空移動理論とは異なる分野ではあるのだが、それを差し引いても彼女のハッキング能力は高い。そんな彼女ですら手も足も出ないとなると、電子戦は不利を背負う覚悟をした方がよさそうだと今後の方向を考えつつ画面を一瞥したリューズも来客用のソファーに身体を預けた。
「……そうか、とりあえず悪かったな。ほれ、こいつは返すぜ」
「よしてよ、最近
そう言いながら受け取ったのは、彼の着ていたシャツの第一ボタン。一見何の変哲もないプラスチック製のそれは、この以来の話を聞きに行く際に彼女から渡された超小型カメラ内蔵の盗聴器だ。先ほどのバーでの会話は、映像含めすべてリアルタイムで彼女へも筒抜けとなっている。当然一から十まで真っ黒な代物ではあるが、順法意識を説く資格のある人間はこの場にはいない。
「そういや、リダンの奴は?」
「ちょっと用意したい物があるからってどっか行っちゃった。私も集中してたからあんまし聞いてないけど」
涼しくなった胸元を扇ぎながら本来ここで待機しているはずのもうひとりの姿が見えないと辺りを見回すが、返ってきたのはなんとも要領を得ない返事。大方ベゼルシップにでも行ったのだろうし、あの男の気まぐれはいつものことだと思うともはやため息をこぼす気すらも湧いてこないのだが困るものは困る。
「あの野郎……仕事だってのに」
「呼んだ?」
しかし予想に反してすぐ後ろの扉からひょっこり顔を出したのは、まさに話題の中心にいた銀髪に片眼鏡が特徴的な優男。無言のうちにも妙な気品すら漂わせる耽美な顔立ちは、まるでどこかの貴族かと思わせるほどだった……その手に握られた、おおよそ貴族らしからぬ湯気の立つ代物を除けば。そしてそれを見て、パーペチュアが指差して大声で立ち上がる。
「あーっ!ちょっと、それ私の夜食用!」
「むしろ感謝してよね、パーペチュア。どうせなら僕だってもっといいモノ食べたかったのに、ハッキング中で忙しいだろうからって仕方なくこんな賞味期限ギリギリのカップ麺で済ませてあげてるんだから。大体年頃の女の子が夜食にこんなの食べて、もう少し美容のことも考えたらどうなのさ」
「
ギャーギャーと目の前で
「お前ら2人ともうるせえ!ミーティング始めるぞ!」
「痛っ!」
「キャッ!」
「よし、落ち着いたか?落ち着いたな?じゃあ今回の依頼なわけだが、まずパーペチュア。わかってる表の顔まででいいから、いったん纏め頼むわ」
胡坐をかいて座ったリューズにじろりと剣呑な目つきを向けられて、涙目になってヒートアップしていた頭を止められた(物理)際のたんこぶを押さえていた手を離すパーペチュア。代わりに机の上の機器を軽く操作すると、3人の前に半透明の立体映像が浮かび上がった。巨大なビルの周りを、笑顔のマスコットキャラクターが飛び回っている会社紹介用と思しきホームページのトップ画像だ。
「あの依頼人の女の人の話を信じるなら、だけど。今回のターゲットはここ……オール・インダストリ社に務める第四開発部門技術主任、メールナー・マフリーン女史本人の身柄。彼女は会社から逃げられなくて、わざわざクロノダイバーに渡りをつけてきた。ここまで問題無いかしら?」
「会社から逃げられない、ね」
結局勝ち取ったカップ麺をズルズルとすすりながらどこか小馬鹿にするように繰り返していきなり口を挟んだのは、リダン。喧嘩両成敗ではあるもののどう考えても先の件はお前の方がより悪いとパーペチュアより念入りに力を込めて作られたはずのたんこぶは、彼女のそれとは違い既に完全に消えている。それを可能とする力こそが彼の異能、時間の流れを任意の範囲と速度で加速させる
そしてこの力のせいで物心つかぬうちから研究対象として幾度となく人間扱いすらされず、その度に拘束具を、牢を、壁を全て風化させることで何者にも縛られずノータイムで堂々と脱出してきた彼からすれば逃げ出したい、という「いつかの未来」の願望は、常にもっともその人生の近くにあり、同時に何よりも遠くにあり続けた概念なのだろう。
「それで?その程度のことに、なんで僕たちをご指名なのさ」
興味なさげに続いた言葉は辛辣ではあるが、同時にその内容は真実も含んでいる。バーで落ち合ってリューズに直接依頼ができるぐらいならば、物理的に社内に軟禁されているわけでもない。オール・インダストリ社は確かに大企業ではあるが、なにもクロノダイバーに頼まずとも裏社会の住人ならば、人間ひとり攫うくらいそれこそどうにでもなるはずだ。しかるべき金額さえ払えれば、という但し書きこそ付くものの、それは彼らとて同じことである。つい先日リューズが行ったラジコン戦車を盗み出すという珍妙な依頼では色々とあった末にノーギャラで終わる事となったが、あれは例外中の例外にすぎない。
カメラと盗聴器越しに依頼人とのファーストコンタクトを出歯亀していたパーペチュアもそこは疑問だったのか、同調するように問いかける。
「そこなのよね。リューズ、随分あっさり引き受けてたみたいだけど。私から見ても依頼人さんだいぶ美人だったけど、そういうこと?前の仕事のこと引きずってないのはいいんだけど」
「そこまで色ボケしてねえよ。ま、カメラ越しじゃわからないだろうな。だがありゃあ間違いなく、俺らの仕事範囲だ」
「へえ……?」
ぴくり、と、その言葉の意味するところを察知して片眼鏡越しにリダンの眉が動く。今初めて、今回の依頼に彼が興味を抱いたのだ。そしてそれを肯定するように、彼はほぼ確信をもって大きく頷いた。
「ああ。あのお姫さん、過去に時空移動をかましたクチだ」