クロノダイバー・クロニクル   作:久本誠一

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前回のマイちゃんとはまた違ったタイプのヒロイン性の模索。


告発はエマージェントに

「時空移動……」

 

 先ほどまでの騒がしかった様子とは打って変わり、静かに呟くパーペチュア。リダンでさえも常時の一言多い態度は鳴りを潜め、いつになく真剣な面持ちで何事かを考えこんでいる。2人が時おり意味深に向けてきては慌てて逸らす視線の意味を、リューズ自身が一番よく理解していた。

 

 いわゆるタイムマシンの実用化及び一般化は、現在の人間にはほぼ不可能である。それが、稀代の天才パーペチュアの出した結論であった。理論が不完全なのではない。機体の強度や燃料問題をはじめとする、物理的な障害があるわけではない。ただ人間という種族が根本的にその運用に耐えないのだと、彼女の頭脳をもってしてもそう言わざるを得なかったのだ。

 魚が水中を泳ぐのも、鳥が空を飛ぶのも、それが魚だから、鳥だからという思考停止じみた理由で可能なのではない。鰓が無ければ水中で呼吸できないように、翼が無ければ空を飛べないように、時空移動にもそれに耐えうる専用の才が必要となる。と言ってもそれは、目に見える器官や臓器の話ではない。目には見えないDNAの、螺旋の流れに組み込まれた極めて特異なある塩基配列。つい近年までその存在すら発見されていなかった、完全に隠された塩基。

 そして生まれながらにそれを保持する天然の時間旅行の素質を持つ者は、人類の長い歴史の中でもいまだわずか4人しか発見されていない。しかもそのうち3人……リューズ、パーペチュア、そしてこの場にはいないもののオリフィスの塩基配列は全てその形こそ異なれどもそれぞれ致命的なバグが存在する不完全なものであるため、時空移動をある程度行うごとにインターバルが必要となる。つまりいまだ進化の黎明期にある未完成な能力でしかなく、あるいはこのままひっそりと歴史の陰に消え去る突然変異の範疇で治まる可能性すらある。

 しかし唯一リダンのみは、その中でも一線を隠している。少なくとも今この瞬間においては人類唯一にして最初の完全な塩基配列を持つ、時空に愛された億光年の孤独なる寵児。どうしようもなく生まれるのが早すぎた、たったひとりの新人類種。それがかの男の正体であり、人間全般に対し冷めた目線を送る彼が検体として自らの提供を許さない以上時空移動理論はそこで人類の進化を待っての足踏みへと移行するはずだった。

 だが、何事にも例外は存在する。現にパーペチュアにはかつて、今の時代からその時代まで遡った男たちに歴史を変える為襲われた過去がある。そしてその矛盾の答えが、リューズだった。

 

『ああわかったよ!そんなに欲しいんなら、俺の血なんていくらでもくれてやる!だから、だから……っ!』

『「自発的提供者」……惜しみない協力感謝するよ、―――――君』

『実験は成功だ!私は今、十年前の世界にいる!』

 

 顔の古傷に触れるたび、彼の脳裏には過去の記憶が蘇る。この傷が刻まれた当時の二度と思い出したくもない、しかし傷跡と無くした名前同様に絶対に消えることはなく彼自身もまたそれを許さない記憶。パーペチュアはもちろん、リダンにすら詳細を明かしたことはない彼らと出会う前の、まだ『リューズ』を名乗るよりも古い過去。

 彼らが知るのは、ただひとつの結果のみ。リューズの持つ不完全な塩基配列は何らかの理由によって提供(・・)された後も裏社会の中でも特に暗部の世界において今なおひっそりと複製されて出回り続けており、それを自らの遺伝子へ人工的に組み込むことによる『養殖物』の時空移動者が度々発生しているという事実だった。

 当然ただでさえ不完全なものを人工的に劣化コピーしている時点でその使用リスクは極めて高く、そもそも時空移動以前に組み込み段階で拒絶反応が出る危険性すら無視できるほど低いレベルのものではない。それでも時空移動のもたらす莫大な利権、あるいは他の方法ではどれほど金を積もうとも決して不可能な所業を求めて定期的にそれを欲する輩は現れ、彼の塩基配列は今なお想像を絶する高値での取引がどこかで続いている。

 

「じゃああの依頼人、メールナーさんも……?」

 

 慎重に言葉を選びながら問いかけるパーペチュアの濁した言葉に、当のリューズは彼自身も誰よりも早くそして深くそのことを考えていたであろうことなどおくびにも出さずにあっさりと肩をすくめてみせた。

 

「それか5人目(・・・)の俺らの同類か、だな。なんにせよ、まずはこいつを見てみようぜ」

 

 その言葉の持つ可能性がいかに空虚なものであるかは、彼自身よく承知している。それでも、その存在をどこかで願わずにはいられない。切り捨てる事など、できはしなかった。リューズに出会うまでずっと種族単位での孤独を抱えてきたリダンには、その心が痛いほど理解できる。

 そして取り出したのは、ごく小さな記録媒体。依頼を引き受けて彼女との別れ際、最後にそっと手の中に滑り込まされた代物だ。それを受け取ったパーペチュアが、手近な互換機器に早速それを挿し込む。

 

「うーん、市販品ね。通信機能とかはないし容量も少ない、本当に事前に記録したデータを持ち運ぶためだけのものかしら。一応ウイルスのスキャンだけして……大丈夫そうね、じゃあ再生してみるわ」

 

 そして再生ボタンを押した瞬間、机の上に椅子に座った状態で足を組みこちらを見つめる半透明の小人が現れた。無論これも立体映像であり、その姿は格好こそ先ほどのドレス姿ではなく仕事用と思しき白衣でこそあるものの、つい先ほどリューズに依頼を託したあの女のものであった。

 

『さて。これを再生しているのが、クロノダイバーの諸君であることを切に祈るよ。そして君たち……と言ってもこれを録画している今の私は、まだその顔も知らないわけだが。ともあれこの映像を再生しているということは、どうやら依頼は成功した、と思いたいね。ああ、もしこれらの前提が違うのであったとしても、このまま喋らせてもらうよ。この段階で既に躓いているようならばどうせこの私、メールナー・マフリーンの命運は尽きているからね』

 

 年齢不詳の美女はやはり先ほどバーでリューズに見せたものと同じ、尊大さと紙一重の大人びた態度を崩さない。それだけに、その口にする内容の余裕のなさが際立って感じられた。

 

『では手短に、本題だ。君たちの評判はかねがね聞いているが、大方なぜ私が君たちを選んだのか、なぜそこまでする必要があったのか、そのあたりを疑問に感じていることだろうと思う。本来ならばこれから向かう依頼の場で直接話すのがマナーだろうが、私としてもこの話は本当に誰にも聞かれたくないのでね。もっとも、こんな話を信じる人間がどれだけいるのかという話でもあるが……君たちに二度手間を掛けていることはその通りだ、先に謝罪させてもらうよ』

 

 椅子のひじ掛けを握るメールナーの手に、わずかに力がこもるのがやや荒い立体映像の画質からでも見えた。

 

『まず、私はこの時代の人間ではない。ちょうど280年前の世界から10年前に拉致されて、それ以降ずっとこの未来に閉じ込められている身の上だ』

「そういうことか……!」

 

 リューズが思わず呟き、パーペチュアが横で息を呑む。彼の直感は間違っていなかったが、方向が逆だった。今の時代から過去に跳んだ経験があるのではなく、過去の人間の未来への移動。それが意味するところを考える前に、彼女の話は進む。

 

『何故?最初は不気味で仕方なかったさ、いきなり訳のわからない機械に乗せられたかと思うと訳のわからないことばかりを喋る見知らぬ連中に取り囲まれて、これまた見たこともない技術と理論を文字通り頭に流し込まれてね。まだほんの小娘だった私がどれほど心細かったかは、察するに余りあるだろう?』

 

 昔を懐かしむように目を細め、くすくすと笑うメールナー。だがその両腕はわずかだが確かに震えており、ひじ掛けを握る細い手はよく見るといつの間にか全ての指が真っ白くなるほどに力がこもっていた。

 あの余裕綽々な態度自体が、そもそも彼女にとってのか細い自己防衛の手段だったのだろう。こうして口にしているように、ずっと心細くて仕方がなかったはずだ。それこそ、外面だけでも大物ぶって自分に言い聞かせ続けていなければ心が壊れてしまいそうなほどに……ここに来てそう察したリューズの両目に、なんとも言えない感情が宿る。

 

『監視自体は緩いものだから、うまく偽装すれば今日のように外出もある程度はできるのだけどね。だがそれは、栄光ある(・・・・)当社の油断を意味するものではない。より広い檻、より長い鎖……結局私はどこへ行こうとも、この時代から抜け出すことはできないという忌々しくも事実である余裕ありきのものだ。そして当然この時代には私の戸籍や身分なんてものもありはしないのだから、仮に逃げおおせたとしても未来もないわけだ』

 

 いや、ここ(・・)こそが「未来」、か。そう皮肉に締めくくり、一息つく。

 

『話が横に逸れたな。そんな私が勤続10年目にして今更なぜこうして助けを求めたのかというと、だ。限られた情報、検閲される端末……それらをどうにか搔い潜って君たちの存在を知り、どうにか連絡を取付けるまでにゼロからのスタートではここまでかかってしまったからというのがまずひとつ。そしてもうひとつが、私の才能……いや、もはや呪いと形容するべきかな。それに由来するんだよ。そしてそれこそが、全ての元凶でもある』

 

 そこで立体映像の小人が片手を無造作に振ると、彼女の下に新たなファイルがポップした。

 

『このデータは罠ではない。この記録がここまで再生されたときに自動的にロックが解除されるようにプログラムを組んだ、言うなればデータの二重底だ。せめてもの誠意としてこれらはすべて君たちに提供するから、私が言いたいことを言い終わった後に好きなだけ見てもらって構わない』

「このちゃちな市販品にそんな仕込みを?少なくとも、技術力はガチねこの人」

 

 いつの間にか同じ研究者の目となって……直接命を狙われ今ここにいる未来の自分と、そしてリューズとリダンに出会い成長し、なし崩し的に「クロノダイバー・パーペチュア」として時空を飛び回っていた小娘時代の万能感と好奇心に満ちたあの目とはまた違う、分別を身に着け現実も知った大人に特有の冷静さを擁しながら、同時に今なお燃える炎を宿した目でコメントを漏らすパーペチュア。しかし次の瞬間、それも全てぶっ飛んで疑惑と驚愕の色にその表情が染まり上がった。

 

『中身は私がこの10年で作り上げてしまった、世界を壊しうるだけの火力と持続性を持った破壊兵器の詳細設計図とそのブラックボックスだ』

 

 さらりと飛び出したのはあまりに現実味のない、荒唐無稽な単語。しかしそれを口にする彼女は真剣そのもので、額に滲んだ汗はその言葉に嘘がない事を示していた。

 

『と言ってもまだ仮想空間上でのシミュレーションだけで、現実にはようやく試作品ができつつあるぐらいだけどね。逆に言えば、既にその段階まで研究は進んでしまっている。なあ、クロノダイバー諸君。信じられなくても仕方がないのだが、私は誓ってこんなものネジひとつだって作りたくはない、こんな研究は設計図の線一本たりとも引きたくはないんだ。なのに、私自身はこの10年間それを止められないでいる……』

 

 そこで限界が来たのか少女の様に頭を抱え、椅子の上で縮こまるメールナー。その弱々しい動きに、リューズは改めて彼女と落ち合った時のことを思い返していた。

 少なくとも彼女はこの映像を用意した後で、あれだけ虚勢を張って助けを求めていたわけだ。彼女の自我が作り出した自分を守るための殻はそれだけ強固に育った代物であり、そしてそうせざるを得ないほどに孤独に、そして罪悪感に追い込まれ追い詰められてきたのだろう。カウンセラーの真似事などは仕事のうちにないし性にも合わないので真っ平御免だが、それでもいっそ痛々しさすら感じるこの落差を目の当たりにすると彼とて思うところはある。

 

『……頼む、今ならばまだ間に合う。こんなものを完成させないためにも、私をここから解き放ってくれ!』

 

 縋るようなその一言を最後に、再生は終わった。




今日はここまで。
次回は明後日にまた2話まとめて投稿予定です。
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