クロノダイバー・クロニクル   作:久本誠一

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雷炎の破壊マシン(上)

 深夜。古の時代には闇と月と影の領域であったこの時間帯も、人の科学は克服して久しい。街を見れば昼夜お構いなしに人々は極彩色のネオンの下を練り歩き、無数の街灯は遥か宇宙からでも大地の形をくっきりと刻み込むほどに光を発し、ふと見上げた空には星々ではなく企業の宣伝サーチライト群が所狭しとひしめき合って企業や商品の名を色鮮やかに書き記す。だから(・・・)俺はこの街が好きなんだ……そう嘯いたのは確か、PONTシティをもっぱらの活動拠点とするゲリラ浮世絵師だったろうか。偶然公演に出くわした雑誌記者のインタビューに気まぐれで答えてくれたんだと、今も昔も世俗より自分の研究が好きなパーペチュアが珍しくキャーキャー言っていたのは奇異な光景だったからリューズやリダンの記憶にも新しい。なんなら子供の彼女自身、そんな未来の自分の姿を見てちょっと引いていたほどだ。

 そんな閑話は置いておくとして、それが今という時代の最先端だ。そしてそれは、オール社のような大企業の敷地内でも大して変わりはしない。さすがに極彩色でこそないものの規則正しく設置されその隅々までを一点のムラもなく照らし出す白一色の光の下、24時間ノンストップで動き続ける大工場。

 しかし時代が、そして人間がどこまで変わろうと、彼らのやることに変わりはない。忍び込み、掻い潜り、そして盗み出す……夜の闇に紛れることが不可能ならば、別の手を使うまでだ。

 

「さあて、と。それじゃあちょっとだけ、本気でやっちゃおうかな……おいていけ(フライバック)

 

 空中に一瞬だけ現れた飛行物体から飛び降り、敷地の外側へと降り立ったふたつの影。そのうち銀髪の優男がそっと呟き、装着していた白手袋の手首の部分を引っ張って指の先端まで改めてはめ直す。それだけでコンクリート製の分厚い塀は手も触れていないのにぼろぼろと崩れ出し、その上の鉄条網は凄まじい勢いで錆が走り、それに飲まれて瘦せ細っていく。

 それだけでも異様な風景だというのに輪をかけて奇妙なのは、その怪現象が起きているのがほんの人1人が通れるほどの極めて限定的な箇所でしかないという点だった。他の部分にはひび割れも錆も一切広がらず、たった一点のみがみるみるうちに跡形もなく土に還っていく。

 

「じゃあリューズ、僕はこっちでもう少し遊んでおくから」

「おう、陽動は任せた……早速来やがったな、不正侵入(ハック)

 

 怪奇現象をさっそく察知したのか、どこからともなく飛んでくる警備用ドローン。なんとなく内蔵カメラに向かってピースサインを送ってやると早速社員リストとの照合により眼前の人間が部外者であることに気付いたらしく、問答無用で機体下の催涙ミニガンの銃口を向けようとして、しかし銃身が動かない。まるでそこだけ時間が止まっている(・・・・・・・・・)かのように、異常は検知されていないにもかかわらず反応だけが返ってこない。やむなく人工知能がマニュアルに沿って増援指示を中央へと送った時には既に、その影にいたもうひとりの侵入者は悠々と敷地内に歩いて入り込んでいた。

 そして残った方の侵入者がカメラに向かって手をかざし何事か口にすると、ドローンの自己スキャン機能は前触れもなく一斉にチェックリストの全項目が叫びはじめた異常信号に対処しようとして……そこで内部回路が経年劣化(・・・・)により焼き切れたことで力なく落下し、それきり完全に沈黙した。

 

「さあ、じゃんじゃんおいで。飽きるまでなら構ってあげるよ」

 

 蜂の巣を突っついたような勢いで、同型のドローンが大量に押し寄せる。しかしその中央でまるで警戒した風もなく、いたってリラックスした様子で……こんな子供騙しに興味はないとさえ言いたげに、クロノダイバー・リダンは呟いた。

 その一方で、相方に警備システムを相手取らせた隙に敷地内へと潜り込んだダブルバレルの片割れ、リューズはといえば。自身の能力である不正侵入(ハック)を小刻みに使用することで監視カメラや赤外線センサーの監視網に本来は存在しない隙間を強引に作り出し、その中を縫うようにして既にいくつかある工場棟のひとつへと辿り着いていた。当然ロックされている扉の前で立ち止まり、鍵の様子を一目見て舌打ちする。

 

「今時物理錠かよ、用心深い野郎共だ」

 

 皮肉なことにハッキングにより簡単に(・・・)開く電子錠よりも、シンプルに鍵が無ければ開かない物理錠の方が一周回ってセキュリティとしては強固な時代。この時代に適応した並程度の泥棒ならばここで詰んですらいただろうが、クロノダイバーの戦場は電子錠の開発以前の時代にも遡る。リューズも一切の躊躇なく腰から武骨な拳銃を取り出して銃身側を握りスカーフを巻き付けると、慣れた手つきで唸りをつけてグリップ部分を扉を構成する強化ガラスへと叩きつけはじめる。

一度、二度、三度……そのうち、スカーフによって吸収されている鈍い音に変化が現れた。一度叩きつけるたびに、なぜか打撃音だけが二度三度と連続して響きはじめたのだ。不正侵入(ハック)の応用であるリューズのお得意、殴りつけた直後にその寸前の時間帯に自分の手の位置を巻き戻すことで寸分違わぬ位置へと間髪入れずに再打撃を与える、元祖ダブルバレルの技の冴え。累計十度目の打撃とその倍の衝突音を経て、石より硬い頑丈な強化ガラスはついに砕けた。その隙間からさっと手を挿し込み、内側から鍵を操作して扉を開くと内部に身を滑らせる。

 

『電子錠ならタイムレコーダー繋げてくれれば、私から手が出せたんだけどね』

「俺のやり方はスマートじゃないってか?まあリダンの奴なら、確かにもう少しシンプルだったろうけどな」

『ちょっとやめてよね、そんなこと言ってないでしょ?とりあえずそこの5階の一番北ね、予告状送った時に反応を探知した位置は』

「おう。んじゃ不正侵入(ハック)っと」

 

 腰に備え付けたタイムレコーダーから聞こえてくるパーペチュアの通信に軽口で返し指を鳴らすと、カメラの逆回しを見ているかのように飛び散ったガラス片たちがひとりでに浮き上がって扉へくっつき、みるみる元通りに戻っていく。最後にはつい先ほどまで割れていた痕跡すら残さず綺麗な姿となった扉を確認して頷くと極度の集中の反動で一瞬ふらついた体勢を即座に立て直し、機械制御された無人の廊下を音も立てずに駆ける。時間の流れへの不正侵入(ハック)は、自分の体ならばいざ知らずこういった他の物体に対しては一時停止よりも巻き戻しの方が神経を使う。

 

『指なんて鳴らさなくていいのに男の子ねえ、格好つけちゃって』

「ほっとけ」

『……ごめんね、ハッキングに成功していればここの見取り図も用意できたのに』

「気にすんなって、当たりが付いただけでもこっちとしちゃ有難いんだ」

 

 途中で外部から止められるエレベーターは論外、非常階段は外から射線が通るリスクが大きい。機械で制御されたほぼ無人の建物の内部に階段があるかは一種の賭けだったが、幸いにも資材搬入用と思しき広々とした階段が見つかった。重すぎる資材を上下させる際、重量制限の存在しない階段はあると便利なのだろう。

 

『よかったわね、エレベーターシャフトの登攀なんてことに……ザザ、らな……ザザ、ザ、て……』

「パ―ペチュア?おい、どうし……駄目だなこりゃ」

『……』

 

 ノイズが混じりだしたかと思えば突然聞こえなくなった通信に舌打ちし、しかし足は止めずに階段を駆け上がり続けながらぱっと思いつく可能性を洗い出す。

 こちらの周波数に対応しての妨害電波、の線はないだろう。警備の質から考えても、そこまで対応が早いとは思えない。彼女の身に何か危険が、というのも考えにくい。あのやたらにセキュリティの強い家にこもっていて、直前まで一切攻撃に気付かないというのは少しばかり無理がある。またそもそも彼女は(少なくとも)表の顔は偉人にして有名研究者であり、まだ何も成し遂げていない少女時代ならまだしも今の時代に手を出すのは社会的なリスクが大きすぎる。だからもっと単純にこの内部では通信が制限されていると見るべきだ、そう当たりをつける。なまじタイムレコーダーが高性能なものだから、通話が途切れるまでにはここまで建物の奥に入り込む必要があったのだろう。

 この程度なら想定の範囲内だし、パーペチュアもこれでパニックを起こすほど繊細な神経の持ち主でもなければ踏んだ場数が足りていないわけでもない。息も切らさずに5階まで一気に駆け上がり、言われた通り北に向かって廊下を進む。

 しかしその途中の部屋の前で、ふと彼は足を止めた。何故、と問われると、具体的な理由があったわけではない。ただ、ひどく妙な予感がしたのだ。まるで、街中で偶然すれ違った相手が生き別れの兄弟だったような。少し躊躇した後にその部屋の扉に手を掛けると、幸か不幸か鍵のかかっていない感触。扉に耳を押し付けて部屋の中に動く存在がない事だけ確認すると、ゆっくりと慎重に少しだけ開けてその隙間から覗き見る。

 

「……?」

 

 そこにいたのは、人間よりも頭ひとつ大きいくらいの人型の機械。一瞬硬直するも、その両手両足にまるで力が入っておらず頭部の目元にあたる部分にも光が宿っていない事に気付いて少し力を抜く。しかしその正体を確認してなお妙な違和感は消えるどころかますます強まるばかりで、さらに数秒後彼は思い切って部屋の中に足を踏み入れた。鋭い目を細め、周囲を警戒しながら慎重に動かない機械人形へと歩み寄る。

 

「ライゼオル計画、なんだろうな、コイツも。あのデータの中には入ってなかったが……」

 

 サイズ的に考えて、「ソ―ド」や「アイス」の仲間であることは予想が付く。しかし名称が判明しているいずれの機体の設計図とも、同系統のデザインでありながら明確に違うシルエット。ギリギリまで近づきながらも触れないよう慎重に観察していると、装甲の端に型番が付いているのが見えた。

 

「プロトタイプ・スター・ライゼオル?」

 

 口に出してみるも、やはり知らない名称だ。それでもなぜだか、彼にとってこの機体は強く惹きつけられるものがある……しかし、それがいい意味でか悪い意味でか、それすらも判別ができない。奇妙な感覚だった。一瞬持って行ってやろうかなんて考えも頭をよぎるが、即座に打ち消す。こんな代物への電源の入れ方なんて彼には想像もつかない以上、本気でやるならこの金属の塊を背負っていく必要がある。これだけならば、「スター」のサイズと彼の膂力を考えればまだ持てないこともないだろう。だが今回はまだこの先に本命の「お姫様」が控えているというのに、これ以上お荷物を増やすのは問題外だ。

 結局は自分でもわからない名残惜しさに似た感情を感じながらも元通りに扉を閉め、それきり頭から締め出して今度こそ廊下を走る。最北の部屋に辿り着いた時には、日付が変わるまで既に5分を切っていた。中に人の気配が1人分、あの時バーで聞いた呼吸と同じリズムの存在がいることだけを取り急ぎ確認し、正面から扉を開ける。

 

「よう、お姫様。デートの準備はできていますか?」

「あなたは……!おおっぴらに人を誘っておいて、遅刻寸前に来るとはね。ノックもせずにというのも、女性の部屋に入る前の作法としてはいただけないな。もう少し乙女心への配慮を頼むよ」

 

 腕時計を見ながら所在なさげにしていた部屋の主、メールナー・マフリーンが、突然の侵入者を認めた瞬間目が煌めいて大人びた顔立ちからは想像もつかない満開の花のような笑顔を浮かべる。しかしそれもまばたきするより早く皮肉屋な女博士の仮面の後ろに隠れ、一呼吸置くころには完全に先日見せつけていたようなふてぶてしい態度に戻っていた。

 

「へいへい、そりゃ悪うござんしたね」

 

 そうなってしまうに至った背景を思えば可愛らしくすら見えてくる態度に苦笑と共に肩をすくめ、すぐに真面目な顔になる。後は彼女を連れて引き上げてベゼルシップまで辿り着いてしまえば、それこそどうにでもなる。しかしそこで気を抜くのは素人未満の仕事であり、リューズはプロの仕事を自認していた。

 例えば、この建物から出る方法ひとつとってもそうだ。見渡した部屋に窓はなく、ここまでの廊下に時たまあった窓もおそらくは入口と同じ硬質ガラス製かつ外側には鉄格子付き、しかも細身の人間しか通れないようなサイズの小さいものしかないことは確認済みだ。ガラスと鉄格子を破壊したとして、リューズ自身が長身で足も長く肩幅もがっしりした体形のため多少厳しいだろうが、この依頼人は……。

 

「……乳か尻か、いや両方引っ掛かるか?大人しく階段で降りるっきゃないな」

「なに?」

「いーや、なんでもない。こっちの話だから気にするな、準備ができてるなら早速出発だ。警備程度ならどうってことはないが、騒ぎを聞きつけたS(セキュリティ)Force(フォース)の連中……そういう厄介な野郎どもがいるんだけどな、そいつらまで次元の狭間から騒ぎを聞きつけて出張ってくる前にとっととずらかるぜ」

 

 本人たちの前では絶対口にはできないがこれがパーペチュアならば、あるいは前回の依頼人だった彼女ならばあの窓からでも抜けられただろうが、それこそ言ったところで仕方がない話だ。持ち出したいものはないというので再び廊下に抜けて彼女の手を引き、来た時と同じペースで走りだし……数歩も進まないうちに明らかな速度の違いを感じ、慌てて足を止める。

 

「ま、待ってくれ!さすがに、ペースが……!」

「あー、今のは俺が悪かった」

 

 考えてみれば、女博士として10年間こんな所で研究だけをさせられてきたような女性に現役の怪盗である彼と同じペースでの運動量を期待する方がおかしいのだ。パーペチュアだってかなり体力には気を使っているため立場を考えれば相当動ける方だが、それでも逃避行を繰り返していた子供のころに比べるとトレーニングの時間も量も減った分だけ体力も瞬発力も落ちているのは見ていてもわかる。

 しかしそれでメールナーの体力とペースに合わせていてはそれこそ朝までかかってしまう、というのは流石に比喩ではあるが。ただここであまり遅れると危険がそれだけ増す……以上に目に見えた地雷が彼にはあった。今現在外で囮役をしているリダンは彼の帰りが遅いと判断した時間の長さに比例してかなりえげつない急角度のグラフで拗ねていくだろうから、そうなると後で機嫌を直すまで相手してやるのがそれだけ面倒臭いことになる。

 

「……なら作戦変更だ。悪いついでに失礼するぜお姫様よ、舌噛まないように気を付けな!」

 

 少し考えたのち、掴んだままの彼女の手に軽く力を込めてぐいと引き寄せながらひょいと屈む。不意を突かれてよろめく彼女の腰へ謝りながら片手を回して押さえつけ、立ち上がりながらさっと持ち上げた。俗に言うお姫様抱っこの体勢にまた皮肉のひとつでも飛んでくるかと内心ちょっと期待していたのだが、目を落とした腕の中の顔は予想外に真っ赤に染まっていて。

 

「こ、こっここ、これ……!」

「いやニワトリかよ。こういうのは意外と耐性なかったんだな」

 

 言ってしまってから、最低でもこの10年間は浮いた話などあるはずもない彼女に対し今の言い方は無神経だったと苦い後悔が胸をよぎる。彼自身まさかこんな箱入りお嬢様のような反応が返ってくるとは思わず、つい軽口が出てしまったのだ。だが幸いにも当の本人はいまだに顔を赤くして見るからにいっぱいいっぱいであり彼の言葉も聞こえていなかったようなので、その場で軽く腕の位置を納まりがいいように調整だけして走り出した。

 

「う、うわ、うわ……!そ、その……だな……」

「あん?怖かったか?悪いけどここ降りるまでは我慢して……」

「い、いや!そうじゃない、んだ……わっ、ととと」

 

 「スター」の部屋の前を何事もなく通り過ぎ、再び辿り着いた階段を二段飛ばしに駆け下り始めたあたりで。依然として顔は赤いものの多少は自分を取り戻したらしいメールナーが、恐る恐るといった様子で上目遣いにリューズを見上げる。

 

「なんにせよ今だけはじたばた動かないでくれよ、怪我したら大変だ」

「あ、ああ……だが、そのだな。つまり、私のことだが。重く、ないだろうか……?」

 

 随分と言いにくそうに引っ張ったかと思えば、そんなことか。思わず吹き出しそうになったのをぐっと堪え、顔には出さず内心にやりと笑う。彼女の体重は持ち上げた感じおおむね同年代の平均値程度であり、鍛えてある彼にとってはさしたる重量だとも思わないし今も全く苦ではない。だが、あまりに本人が深刻そうなので少しからかってやろうという気になったのだ。

 

「俺が今役得な分でチャラだからな、追加料金は取らねえよ」

「……変態め。覚えておけよ」

 

 そう口をとがらせながらもなぜか両手をリューズの首に回し、自分から体を密着させていくメールナー。色々と悩ましい体つきを白衣越しに押し付けられながらも、それで集中が切れたり赤面するほど彼とて初心ではない。

ないが、さすがに急な心境の変化は気にはなる。

 

「おいおい、なんのつもりだ?」

「『じたばたして怪我でもしたら大変だ』からね、しっかり掴まらせてもらうとするよ。それに先ほどまでで私の体重がチャラになるのなら、これで割引ぐらいはしてくれるのだろう、うん?」

 

 唖然として胸元に視線を落とすと、自分でも恥ずかしいのかまた顔を赤くしながらもしてやったりとばかりにぺろりと小さく舌を出すメールナーと目が合った。一瞬言葉を失い、次の瞬間堪えきれずに大声で笑う。

 

「はははっ、なかなか言うじゃねえかお姫様!」

「それと、そのお姫様、というのもやめてもらえないか?確かに私の名をくれた両親はこの時代にはとうにいないだろうが、名前は私の中で生きているんだ」

 

 今のやり取りで少し緊張がほぐれたのか、依然としてお姫様抱っこで彼の首に抱き着くような体勢のままついでのように注文を付けてくるメールナー。先ほどの負い目もあり、それで満足してくれるのならと大人しく従ってやる。

 

「わかったよ、メールナー」

「メル」

 

 しかし言われた通りにしたにもかかわらずまだ不満げに、腕の中で彼女はポツリと一言呟いた。

 

「え?」

「昔はよく、親しい友人たちからそう呼ばれていたんだ。だから、そう呼んでくれ。私自身、そう呼んでくれる相手もいなくなってもうずいぶんと忘れていたが」

「へいへい。それじゃあメル、そろそろうちの奴らと通信が繋がるからな」

「……ん」

 

 そこまで言っといて略称でいいのかよという言葉を飲み込んで心なしか甘い調子の満足気な声を聞きながら、先ほどパーペチュアとの通信が途絶えたあたりを通り過ぎた。

 言外に含ませただからそろそろ手を離してくれという意味が理解できない相手でもないだろうに回した腕をいまだ解こうとしない彼女の心境は、彼にも見当はつく。なにせ10年間誰も助けてくれなかった身の上で心がボロボロになるまで追い込まれながら、やっと掴んだ救いの手がこの時空怪盗団なのだ。しかも悪いことに依頼の初顔合わせから実際に連れ出すまで、彼女はずっとリューズの姿しか見ていない。もうひとつおまけにこのお姫様抱っこの体勢も、思いのほか乙女心を忘れていなかった彼女には少しばかり劇薬だったらしい。

 つまるところ、彼女の抱いているのは吊り橋効果とその場の雰囲気に流された気の迷い、少女らしい甘い夢に過ぎない……そう論理立て結論付ける。だが、彼は自分が白馬の王子様などという日の光の当たる存在からは程遠い人間であるということをよく知っている。それに、どうせ彼女とは仕事の繋がりでしかない関係なのだ。ひとつ前の仕事で依頼人につい入れ込み過ぎて、それで最後どんな思いをしたか思い出せ、そう強く自戒する。だからとにかく今はしらばっくれて、それとなく諦めるように誘導するべきだろう。

 そこまで心に決めたところで、あの時と同じで相も変わらず俺はずるい大人だ、口には出さずともそう自嘲する。そんなことをわざわざ考えなきゃいけない程度に俺はこの精一杯皮肉に強がる外面と少女の純粋さを忘れない内面を同時に持つ、どこか放っておけないお姫様に惹かれ始めている。そしてそんな自分がどこかにいることも理解したうえで、あの時と同じくそれを見ないふりして終わらせようとしているわけだ。

 しかしちょうどそこで思考を断ち切るように、息を吹き返したタイムレコーダーから突然切迫した声が響いた。

 

『リューズ、リューズ!聞こえる!?お願い、急いで!』

「どうした、パーペチュア!」

 

 彼やリダンほどではないにせよ大概に百戦錬磨で、下手すれば彼ら以上に肝の据わっているパーペチュアらしからぬ調子に時間のかかりそうな思考はこれ幸いと一度脇に追いやり、ただ事ではないと怒鳴り返す。

 

『繋がった!?じゃあ外!デッドネーダーが動いて、リダンが追い込まれてる!』

「……!」

 

 腕の中で体を強張らせ、目を見開くメールナー。しかしそんな彼女を慰めたり安全な場所に降ろす手間すら惜しいと廊下を駆け、先ほど巻き戻して修復した際も鍵だけは開いたままにしておいた玄関扉を半ば蹴り飛ばすようにして外に出る。

 ありえない。断じてパーペチュアを信用していないわけではないが、それでもそこに広がる光景を自分の目で見るまでリューズは心のどこかでそう考えていた。所詮はケチな超能力者の範疇、小細工や手品の類がやっとでしかない自分とは格が違う本物(・・)の人の身に余る力を秘めた、時の旅人の最高傑作。あのリダンの力を前にすれば、彼が敵対する相手に擦り傷ひとつ付けられることすら考えられない。だから、きっと何かの間違いだと。

 だが、しかし。リューズは自分が息を呑むのを、どこか他人事のように感じていた。そこにいたのはまず見上げるばかりに巨大な、おおむね人型のロボットと形容すべき有り余るエネルギーを全身に纏わせる巨体。それが敷地の工場と工場を繋ぐ広々とした搬入路に仁王立ちして夜の闇を駆逐する無数のライトに照らされる姿と……その足元に倒れ、埃ひとつ付くたびにねちねち文句を言うほどにお気に入りの衣装もあちこちが無惨に焼け焦げた状態で苦しそうに大きく息をつくリダンだった。




あえてここで切るスタイル。
次回更新はまた明後日です。
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