部屋の惨状を見た瞬間、リューズの頭の中を様々な可能性が一度に駆け巡った。その九割以上が、碌でもない結果に繋がるもの―――――だが彼は奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばって己を律し、真っ先に固定電話へと伸びかけていた手を途中で止めた。落ち着け畜生これは罠だ、あからさまな行動チェックだ。部屋を荒らして動揺を誘っておき、真っ先に連絡する相手を確かめる。よくある手だ、ここでマイの嬢ちゃんに連絡なんて取ってみろ。この電話線が盗聴されてたらそれこそ嬢ちゃんは一巻の終わりだ。それがわからねえほどガキじゃねえだろ、リューズ。
まるで鎮まらない気持ちを理性で上から抑えつけてまず部屋の一角、乱暴に引きずり出されたクローゼットの中身の散乱した箇所へと目を向ける。こんな大したものも置いてないスカスカの部屋に来る物盗りがいるとは思いづらいが、偶然にも彼が留守中に入り込んだ同業者の可能性は決してゼロではない、その場合は深読みしたすべてが裏目に出る……ああクソ、んなうまい話があるわけねえよなあ。
服の替えやパーペチュアが偽装身分証明書と共に用意した(あるいは押し付けられた)表向きの職業である売れない画家としての体裁を整えるためのキャンバスや絵の具、絵筆といった道具の中に、財布とは別に保管しておいたいくらかの紙幣と硬貨がまるで手を付けられた様子もなく転がっているのを確認し、最も話が早く済む楽観的な可能性は即座に破棄された。
オーケーオーケー、なら次だクソッタレ。金が目当てじゃないなら、怨恨の線もある。わざと何も盗らずに家の中だけを荒らしまわることで目的のわからないゆえの恐怖と疑心暗鬼を生み、トラウマを刻みつけて最終的に発狂まで持ち込む。遠回りな上に馬鹿らしい話だが、直接殴り込みに来る度胸も根性もねえ陰湿野郎の手としちゃあ決して聞かない話でもない。金なんてどうでもいいくらいに恨みを買う例も……まあないとは言えないな。
今朝がた追い払ったナンパ野郎の顔がちらりと脳裏を掠めながらも、結局はその説も一瞬浮かんだ男のビジュアルと共に速攻で頭から追い払った。同業者だからこそ見るべきところを見ればわかる、この荒らし方には一定の規則性がある。例えばそう、白菜ひと玉ほどの大きさの『何か』、ちょうどいま持ち帰ってきたラジコン戦車ほどの大きさのものを、この部屋のどこかに隠してあるという前提に探し回ったかのような。壁や天井の一部まで引っぺがされているところを見るに、それも相当執拗に。
「クソが!」
肩透かしで都合のいい話なんて、ありはしない。理解していたはずなのにそれでも無意識に縋ろうとして、見せつけられた現実に怨嗟の声が漏れる。それを聞く相手もいないのに怒鳴ったところで何が解決するわけでもないが、それでも声に出さずにはいられなかった。近所迷惑?こんだけ隣で家探しされといて知ってか知らずか放置決め込んでるような連中だ、知ったことか。
そんならしくもない自分の姿に、自分でも驚く気持ちはあった。いくら何でも熱くなりすぎだ、そんな警鐘をいよいよ最初にあった仮初の冷静さも消え失せて怒りと焦りに塗り潰されつつある理性が鳴らす。
「(―――――おい)」
そして皮肉にも自覚したその暴走しつつある感情こそが、はっと彼を正気に引き戻した。怒り?焦り?仮とはいえ拠点の位置を特定されたうえでいいように荒らされたのだ、怒りはまだ理解できる。だが、焦り?現にラジコン戦車は彼の手の中にあり、それを考えればまだ最悪の状況には遠い。だというのに、どうしてここまで気持ちに余裕をなくしているのか。何が、この刻一刻と心の底から膨れ上がってくるばかりの焦りの源なのか。
考えるまでもなく、答えはおのずから導き出せる気がした……だがリューズは、そこであえて思考を止めた。
今、最も危険に晒されているのは誰なのか。なぜ、そいつが危険な目にあうことを考えるだけでここまで取り乱しそれを良しとしないのか。それ以上考え続ければ、答えがはっきりしてしまうかもしれなかった。そしてその行きつく先は、どう転んでも碌なことにならないだろうという確信があった。
煮え切らねえな、本当につくづくらしくもねえ。口の端を歪めて皮肉に笑おうとするが、いつも意識せずとも浮かべられるはずの表情すらもうまくできた気がしなかった。仮に今ここで鏡を覗き込めば、さぞかしひどい顔が睨み返してくることだろう。
ジリリリリ……!突然そんな彼の思考を咎めるかのように、無機質な音が部屋中に爆ぜた。反射的にそちらに目をやると、先ほど手を伸ばしかけて危うく止めた電話が精一杯にベルを打ち鳴らし、神経を逆撫でする甲高い音を響かせている。まだまだ時刻は朝焼けすらも見えない夜更け、そもそもこの仮住まいに電話をかけてくるような仲の相手はいない。リダンやパーペチュアにしても、何か用があるならばこんな代物よりタイムレコーダーを経由してくるはずだ。確かに
だがそれにしたって、あまりに不自然極まりない図ったようなタイミング。つまり、これは。
そう認識した時には、すでに腹は決まっていた。受話器を取った瞬間に爆発するような仕掛けが施されている可能性も皆無ではなかったが、それこそどこにあるかわからないラジコン戦車ごと吹っ飛びかねないものを仕込みはしないだろうという確信もある。果たして何事も起こらず受話器を耳に当てたリューズに、不自然なノイズ混じりでひどく聞き取りづらい声が遠く聞こえてくる。
『お初にお目にかかる、リューズ君……だったかな?遠路はるばるのご足労、痛み入るよ』
「そういうテメエは、家主の留守中に随分と結構な挨拶してくれたな。おかげで夜更けだってのに、こっちは掃除で大わらわだ」
ああ、やっぱり今の方がずっとマシだ。リダンあたりに聞かれたら野蛮だなんだと眉をひそめられそうだが、何も見えてこなかったさっきまでよりも、狙うべき相手がどんな形にせよ目の前に存在する今の方がずっと話がシンプルでいい。わざと声を張って噛みつくことで物音を隠しつつ空いた片手でタイムレコーダーを取り出し、内部コードを伸ばして電話線にくくり付け逆探知の準備を。同時に聴覚を研ぎ澄まし、なんらかのエフェクトがかけられたその音声越しに電話の主の情報を少しでも得ようと試みる。
『確かにいささか無礼な真似ではあったが、元はと言えば君たちが余計なことを始めたのが発端だろう?』
「……君『たち』だと?」
『おっと、失礼した。我が家には今、特別ゲストをお招きしていてね。こちらの用件を伝える前に、彼女の声を君も聞きたいことだろう』
エフェクト越しにはっきりと嘲笑い、次いで何やら機械を取り外すような金属音が聞こえたかと思うと、ノイズが消えたその向こうからは聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『リューズ!』
「嬢ちゃんか……!」
これは、リューズ自身にも意外なことだったが。電話越しでも聞き間違えようのないその声を聴き、少なくとも声を出すのにも難儀するような乱暴はされていないらしいことを知り。彼の中には、怒りよりもまず安堵が先に湧いてきた。ほっとした調子が声に滲んだのは、おそらく向こうにも聞かれているだろう。彼女の存在こそが、今のリューズの泣き所であるという何よりの証左。だが、それすらも今のリューズには気にするだけの余裕がなかった。
『ごめんなさい、リューズ。ついさっき、いきなり4人に家まで踏み込まれて。私、抵抗したけど……』
「気にすんな、無事ならそれで十分以上だ。後は俺がなんとかするから、嬢ちゃんはそこで昼寝でもしてゆっくり待っときな」
声色を調整し、嫌でも表に出そうになる焦りの色を極力消して安心させるように、力強く聞こえるように語り掛ける。マイも気丈に振舞ってはいるが、現状は一般人の彼女にはあまりに酷なシチュエーションだろう。こんな浅い言葉ではほんの気休め程度になるかも怪しい所に過ぎないが、それでも極度の疲労に折れそうになっていたであろう彼女の精神に多少の効果はあったらしい。
ただし確かに持ち直してはいるのだが、むしろ彼の狙いとは逆の方向に。やや過呼吸気味に息を吸って、せいいっぱいに大きく叫ぶような声。
『……リューズ!ここにいるのは全部で8人!顔は隠していて見えないけど、全員同じ作業服の……キャッ!』
「嬢ちゃん!」
いきなり言葉を断ち切る打撃音、次いで激しい物音と金属音。何が起きているかは察しつつもどうすることもできず拳が白くなるほどに受話器を握りしめ歯噛みするリューズに、再びノイズとエフェクト混じりの加工された尊大な声が届く。
『……まったくお転婆な娘だ、君もそうは思わなかったかね?』
「ハッ、珍しく同意できること言ってくれるじゃねえか」
怒りも、度を過ぎればかえって冷静になるものだ。あちらも声の調子からこれ以上揺さぶっても意味がないと悟ったのだろう、数拍置いたのち諦めたように本命へと話題を変えてくる。
『では余興もここまでにして、交換条件といこうかリューズ君。私はこれでも平和主義者なんだ、あまり血を見るような手段は好まないからね。といってもなに、簡単な話だよ。こちらからは、君が懸想するこのマイ・グリーンフィールド女史の身柄と安全を。そちらからは、君が今も手元に隠しているであろうそのつまらないラジコン戦車を、どこも壊れたりしていない完全な状態で。ひとりとひとつ、わかりやすい交換レートだろう?』
「……」
またこれか、と、懐のラジコンの感触を手探りで確かめる。センサーの網を張り巡らせてまで守ろうとする爺さんにその奪取を泥棒に頼み込む女ときて、挙句の果てには家探しに誘拐までやってのける阿呆。それら全てが、近所のおもちゃ屋に行けば子供の小遣いで買えるちんけなラジコンを巡ってるときた。だが電話口の向こうの声はエフェクト越しであっても剣呑かつ真剣そのもので、断ればマイがどうなるかは想像がついた。既に事態は動き始めているのだ、こいつらは今更前科が増えることなど躊躇いもしないだろう。
冷静になった頭で素早く皮算用を決め、今も逆探知を頑張り続けるタイムレコーダーに目を落とす……少しずつ範囲が絞れては来ているが、まだ特定には至らない。もう少し電子化が進んだ時代ならばこれだけ時間があれば既に地区どころか番地やどの部屋にあるかまで正確に特定できているのだろうが、今の技術の限界はまだアナログすぎて逆に相性が悪い。
『そろそろ腹は決まったかね?私も忙しいのでね、あまり気は長くはない』
「……日付と場所は?言っとくがな、今すぐには無理だぞ。わざわざこんなボロ家にまでご足労させちまって恐縮だが、こんな所よりもっと安全な場所に置いてあるんでな」
ここで、リューズはひとつ賭けに出た。先ほどから話を聞いていればこの会話には一貫して謎の違和感があり、どうもこの脅迫相手はこちらの事情を全ては把握していないようだ、と察してのことだ。どうもマイから依頼を受けたのがまだほんの1日前―――――いや、日付は越したから一応は2日になるのか―――――であることも、なんならリューズがラジコンを盗んだのがついさっきであることも知らず、もう少し前のタイミングで彼らがラジコンを手に入れたことを前提にしているような節がある。そうでなければ、まだ盗み自体が行われていないようなタイミングでいきなり家探しなんて来るはずがない。
「(つまり、だ。コイツらは、クリス・スワローの爺さんとは別口で動いてることになる。俺に……いや、目的が同じで、だけど馴れ合えない嬢ちゃんに先を越されてだいぶ焦ってるな?)」
交渉、取引。一見するとマイの身柄を人質に取られたリューズが圧倒的に不利かつ下手に出るしかないが、見かけのそれに騙されるほどリューズの裏社会遍歴は短くない。次第に見えてきた状況は、むしろ五分と五分に近い。ラジコン自体が無事であることを盛り込んでくるということは、壊されたり分解されたら困る理由があるということ。つまりここにどんな秘密があるにせよ、電話口のカスどもはまだその具体的な中身を知らない。知り得なければ、その先に何を企んでいるにせよその目論見も御破算になる。
「(まだ、喧嘩の余地はあるな)」
ならば、この賭けが通るかどうかだ。問答無用で殴り込むのもマイが取られている以上は最悪のパターンとしてやむを得ないが、可能ならばもう少しだけでもとにかく時間が欲しかった。
こちらの言葉を反芻し、真意を探ろうとしているのだろう。何時間にも感じるほんの数秒の後、やがて重い声が返ってきた。
『…………よかろう、では明日の午後1時。場所は、そうだなリューズ君。君も、ニュースくらいは見るだろう。波止場付近で最近建設の始まったスノーダスト・スワロー社の冷凍保存倉庫、そこで構わないかね?』
波止場。この街のスワロー邸のある自然公園とは真逆の位置には海があり、その近辺の波止場といえば一か所しかない。好き好んでこの街に係留する船も少なく釣竿を投げ込んでもさしたる魚がいるわけでもないため、年中を通して人があまり通らない場所だ。そこにスノーダスト・スワローが冷凍保存倉庫を建設しているという話は、確かにいちいちその時代の世情にかかりきりではいられないリューズも小耳に挟んではいた。まだ外側だけしか完成しているため誰かに見られることも、ラジコンを取り戻してからゆっくり始末するうえで邪魔者の恐れもない……とでも思っているのだろう。あまりに見え透いた狙いだ。
それはともかく、明日の昼かといささか考える。タイムリミットまでに、どれだけこちらが優位に立つことができるだろうか。切り札の時空移動が使えない今のリューズは、無慈悲で機械的な時間の流れに大人しく乗るしかない。結局間に合わなかったからもう少し前のタイミングに戻ってやり直し、では済まされない。
そして無論、そんな内心はおくびにも出さない。
「よし、乗ってやるよ。だがいいな、嬢ちゃんに擦り傷ひとつでもつけてみろよ?その瞬間にこの話はご破算だからな、百年経とうが地獄の底まで追いつめてやる」
切った啖呵に返事はなく、それきり無言で電話を切られる。危うく握り潰すところだった受話器を元に戻し、逆探知までには至らなかったタイムレコーダーを引き抜いてデータを整理させ。その間に、乱暴に押しのけられたテーブルを部屋の中心に戻す。部屋全体に
「こんなもんが、ねえ」
とにかく調べてみないと始まらないと、手に取ってしばらく眺めてみる。塗料が不自然に塗り直されていたり、逆に剥げたような跡はなく、重さも別にこの手のおもちゃとしておかしくはない。軽く振ってみても、特に何かが中で動くような音はせず。とりあえず外装を引っぺがして、証拠は
戦車の持つ代表的な機構、キャタピラ。無限に回転し足場の悪い地形を乗り越えるための、彼らの時代では歩行式や浮遊式にすっかり取って代わられた過去の遺物。戦車の例に漏れずこのラジコンにも当然ゴム製の両輪が車体の横にぐるりと環を作っているのだが、それがどうも妙だった。
「ほう……?」
すっとリューズの目が細まり、剣呑な視線がラジコンを射る。彼も別にミリタリー関係にさほど明るいというわけではないが、なんといっても『本物』を、それも博物館入りしたものや過去の映像資料ではなく実物の現役時代をその目で見てきたという強みがあった。
車にせよ自転車にせよ、タイヤを名乗るものには溝がある。これは地面をしっかりと噛み、車体が滑って空周りすることなく前進させるための人類の知恵だ。彼らの時代ではほぼお役御免となった知識ではあるが、それでも数百年、下手をすれば四桁単位で人類を支え続けてきたその知恵にリューズは敬意を表する。当然、それは戦車をはじめとするキャタピラにも同じことが言える。そしてこのラジコンのキャタピラにも溝やでっぱりはついている、それはいい。
ここでもうひとつ、その溝には左右対称であるものだというお約束がある。これも当然だろう、変に凝った装飾は見栄えこそよくなるかもしれないが、左右対称で単調な模様の繰り返しに比べ無駄な生産コストがかかるうえに場所によって地面の噛み具合が変わってくるというのはいらぬリスクを生む。実際、依頼を聞いたときにおもちゃ屋まで視察に行った際見た同じ型のラジコンは、どれも全く同じ溝が等間隔に並んでいた。
だが、これは。まるで子供が適当に引いた線に従って作られたかのように縦と横が規則性も何もなく入り混じるでたらめな溝が、ゴム製の離板部分をぐるりと一周ぶんずっと続いて掘られている。
「お前が当たりなのか?っと……」
一部が抜け落ちているだとか斜めにずれているだのならまだしも、製造ミスでこんなものが出来上がるはずもない。となると、この特注品らしい離板こそがこのラジコンの本体……いや決めつけはよくねえな、一度バラシて他の部分におかしな所が仕込まれてないかも確かめてみるか。それに、この不自然なキャタピラが何を意味しているのかもまだわかったものじゃない。一度慎重にぴんと張ったゴム製のそれを取り外し、ラジコン本体を分解する邪魔にならないよう背後に置こうとして。またしても目に入った部屋の惨状、その一角に広がったあるものを見て、思いついたことがあった。
そして数分後、狙い通りの物を手に入れたリューズは少しの間思案したのち、再びタイムレコーダーを手に取ることにした。こういう頭を使うことは、俺よりも適任が未来にいる。
いよいよ日は昇り、約束の時間まであと2時間といったところ。リューズはラジコン戦車といくつかの物をスポーツバッグに放り込むと、いつも通りの様子で結局片付けはしていない部屋を後にした。汚い部屋は彼の趣味ではないし、ベゼルシップの
ふらりと町へ繰り出したリューズが最初に向かったのは、ほんの数日前にマイと初めて待ち合わせた街角のオープンカフェ。あの時と同じようにまだ客のいない店先で、机を拭いていたウェイターが彼の姿を認めて愛想よく手を振った。
「いらっしゃいませぇ、お客さん。今日はどうなさいますぅ?」
「おう、また来たぜ。コーヒーと……この前のサンドイッチ、あれまだ頼めるか?」
「お客さん、ツイてますねぇ。この前も言いましたけど入荷したサーモン、ちょうど最後の一皿分がまだ残ってるんですよぉ」
「ならそいつを……そういやこのサーモンも、スノーダスト・スワロー宅急便かい?」
相変わらず彼の背にはやや小さい椅子に身体を収めて足を組み、注文を取って店内へ向かおうとするウェイターの背にふと気になって呼び掛ける。どうしてそんなことを聞くのかと不思議そうな顔で、それでも彼女は足を止めて頷いた。
「へぇ、そうですよぉ。うちの人はいろいろ創作料理が好きですからねぇ、この辺じゃ珍しい食材でも冷凍で届けてくれるあの会社には、いつもお世話になってるんですよぉ」
「ほーん……いや、悪いな邪魔しちまって。注文はそのままで頼むわ」
実際、それを聞いたからといって何がどうなるわけでもない。彼らしくもない無駄な会話だ。らしくもなく散らかったままの部屋に、らしくもない雑談。心拍数、呼吸の速さに深さ……いずれも異常はない。荒事に備え部屋を出る前に入念に確かめてきた手足の反応も指一本、コンマ一秒単位で彼の意識とのずれはない。体調は万全、自覚するほどの緊張もない。
それでも、リューズは今がいつもの自分とやや勝手が違うことを認めざるを得なかった。他の誰でもなくマイを救出するという目的の問題か、はたまたいつもならば隣にいるはずの
「相席、失礼する」
「……っ!」
迫りくる時間に向け目を閉じて精神を集中させていたリューズの耳に、前触れもなく男の堅い声が響く。聞き覚えのある、どころか間違えるはずもないほどに聞き飽きたその声に、彼の体感時間は瞬間的に鈍化した。なんでテメエがここにいやがるこんのクソ忙しい時に、後で腐るほど相手してやるから今だけは邪魔すんじゃねえドサンピン。
考えるより先に手が動き、愛用の拳銃を瞬きするより早く引き抜いて。当然安全装置の外れたその銃口を、狙いたがわず声の位置から逆算した相手の腹へ向け狙いをつける。頭や心臓を狙ったところで、この男ならおそらくはこの至近距離ですら回避を試みるだろう。ならば的の小さい急所を一撃で射貫く分の悪い賭けよりもずっと当たりの箇所が大きく、それでいて内臓に当たればダメージの高さが見込める腹回りに狙いを定める方がより効果的だ。
だが、その男は自分の腹にねじ込まれんばかりの勢いで突きつけられた銃口を見下ろしてもなお落ち着き払った、リューズがその引き金を引ききることはないと確信さえしているような態度で形式だけ
「……チッ、それで?こんな時代のこんな辺鄙なとこまで、はるばる何しにきやがった」
実際返す言葉もないほどにその通りとはいえ、行動が完全に読まれているというのは気に食わないものだ。まして、目の前のこの男相手には。だが男は憎々しげな視線と皮肉たっぷりの言葉を柳に風とばかりに平然と受け止め、カウボーイハットのつばをクイと片手で引き上げる。それから男はたっぷり数秒かけてリューズのことを見定めるかのように沈黙し、おもむろに口を開いた。
「上からの命令でな。お前とも一時休戦だ、今回は共闘させてもらう」
男の名は、オリフィスといった。