Half time thief   作:久本誠一

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時翔けるシーフ達(下)

「今からだって遅くはないさ。大人しく約束通りに交換してそのままおうちに帰してくれるってんなら、俺は喜んで回れ右するぜ?」

「むろん、帰してやるとも。私は約束を守る男だからな。君とこちらのお嬢さんの頭の中には、すでにこの馬鹿げたラジコンが乗せていた秘密が入ってしまっているだろう?首から上ごとそれも置いていってくれるなら、それより下は責任をもって送り届けよう」

 

 最後の皮肉にも皮肉で返され、やれやれと息を吐く。わかっちゃいたが、結局こうなるか。

 

「寛大なお言葉だな、まったく泣けてくるぜ……いいって言うまで目ぇ閉じときなよ、嬢ちゃん!」

「ぐわっ!?」

 

 早抜き、からの早打ち。間髪入れずに続いた2度(・・)の銃声と共に目にも止まらぬ速度で放たれた2発(・・)の銃弾は寸分違わず同じ行路を辿り、拳銃をこちらに向けようとしていた取り巻きの1人からそれぞれ拳銃を弾き飛ばし、その利き腕へと深々と食らいつく。

 弾き飛ばされた拳銃が地面に落ちるよりも早く、リューズは既に駆けていた。地面を蹴ったコンマ数秒後に先ほどまで彼が立っていた位置へと斜め上、倉庫内全体を見渡せる俯瞰通路から飛んできた弾丸が突き刺さったが、そちらを振り返る余裕はなかった。あの位置から初撃が来るのは気配でわかっていた、だから回避のタイミングを合わせることに集中しただけだ。

 そしてそのまま、前に出る。

 

「何をしている、殺せ!」

 

 主人の命令に、相棒を失い先ほどの狙撃手よりも冷静さを欠いていた取り巻きがやっと我に返る。手元の銃の狙いを定めようとまっすぐこちらに走ってくるリューズを見たその目が、彼の視線とぶつかり合った。

 

「ひ……」

 

 くぐもった悲鳴が、その喉奥から漏れる。その取り巻きは、自分の暴力には自信があった。レイ・スワローの護衛としてたんまり金を貰い、上等な飯を食い、高級な女を抱く。喧嘩ならナイフだろうと銃だろうと、無論素手だろうと誰も敵うはずがない。勢い余って相手を殺したとしても、レイの地位と人脈が有ればどうということはない。自分の地位は安泰だし、暴力は全て肯定される。だからこそ、その暴力を常に維持するための努力も怠らなかった。

 しかし猛然と走りくるリューズの目を見た瞬間、そんな過去に裏打ちされて築いてきたはずの自信は跡形もなく崩れ去ってしまった。あんな冷たいものが、人間の目であっていいはずがない。あんな深く澄んで、だというのにまるで底の見えないものが、人間であっていいはずがない。人間の目というのは、もっと濁っていて底も浅く汚らしいものだ。そんなクズのことならば、知り尽くしているし怖くない。なのに、なのに。あの目を見た瞬間、まるで無限に広がる深い闇の中にたった一人で放り込まれたような。どこまでも広がるその中で、自分がいかにちっぽけな存在なのかを目を閉じても耳を塞いでもくっきりと知らしめてくるような。

 気が付けば最後に残った唯一の寄る辺、拳銃が動いていた。悲鳴すらも吞み込まれてしまいそうな深淵への恐怖を乗せて闇雲に引いた引き金から飛び出た弾丸は、しかしその速度を緩めもせずに軽く体を捻っただけであっさりと回避される。取り巻きに残ったなけなしの心を、嘲笑いへし折りすり潰すかのように。やめろ、やめろ、こっちに来るな。声なき叫びが喉から出ることはなかったし、手の中の引き金がもう一度引かれることもなかった。飛び掛かって最後の距離を詰めたリューズの強く握られた拳が、視界いっぱいに急速に広がっていく。金属バットのフルスイングを受けたような強烈な衝撃で意識が闇に飲まれる寸前、消えゆく視界が最後に捉えたものは寸分違わず同じ位置から同じ顔面へと迫りくるとどめの拳だった。

 

「そら、よっ!」

 

 顔面を間髪入れずに2度(・・)殴られて完全に意識を失った取り巻きの身体を、倒れるより先に胸倉を掴み最初に銃撃した方の取り巻きへと投げつけた。見かけ以上にあるリューズの剛力で投げつけられた約80キロの意思なき肉塊は右腕を庇いつつ銃を拾いに行こうとしていた取り巻きの後頭部に直撃し、悲鳴を上げる暇すらもなくその意識を奪い2人纏めてその場に崩れ落ちる。あっという間に取り巻きの半分以上を失い驚愕の目で、何か叫ぼうというのか口を半開きにする右手側のレイを一瞥し、次にリューズが睨みつけたのは左手側で言いつけ通りに目を固く閉じたマイを抑えているナイフの大男だった。こちらには即座に飛び掛かりはせず、代わりにすっと片手を上げて指を折り曲げ、これ見よがしの挑発を送る。これも賭けだ。だが、だいぶ分のいい賭けでもある。

 もしここでナイフの男がこちらの挑発に目もくれず手の中の人質を有効に使おうとしてきたら、リューズとしても詰みこそはしないもののかなりやり難くなっていたことは否定できない。だがこの場所で最初にレイたちの姿を認識した時から、リューズはある事に気付いていた。雇い主であるレイの命令であるため、受け入れはしたのだろう。だが長身のリューズよりもさらに頭一つ高いこの大男、明らかに人質担当という自分の役柄に不満を感じている。話の最中にもその太い腕はがっちりとマイを抑え付けたままピクリとも動かさないが、全体的にどこかつまらなさそうな態度を見せていたり、銃を向ける同僚へと羨ましそうな視線を向けたり。

 といっても正々堂々だの人質が卑怯だの、そんなご立派な精神性の持ち主じゃないだろう……リューズはそう分析していた。単純に自分が暴力を振るえないことが、この場所にのこのこ出向いてきた騎士(ナイト)気取りのこそ泥を合法的(・・・)に殺す役を同僚に取られたことが不満で仕方ない、そういうタイプだ。ならこの状況という格好の餌を与えてやれば、戦況や雇い主の安全よりも血に飢えた衝動を優先してこちらに向かってくる可能性は大いに高い。

 果たして、彼は賭けに勝った。大男はニヤリと笑って手の中のマイを横に突き飛ばし、ナイフ片手にその巨体が暴れ牛のように猛然と突っ込んでくる。

 

「はっ、そう来なくっちゃなあ!」

 

 拳銃で迎え撃ってもいいが、万が一この位置だと後ろのマイに当たる可能性がある。あの縛られたままの両手両足では、逃げろどころか動けというのも無理な話だ。即座に判断して初撃を横っ飛びにかわし、着地の際に後ろ手に床を突いてそこを支点にさらに身体を跳ね上げる。大きく飛んだ空中で一回転し、たっぷり距離を離して足から着地したところへと早くも追いつき横薙ぎに振るわれたのは2度目の凶刃。しかしこれも身を沈めて頭頂部の髪数本を犠牲に回避し、そこでギラリとリューズの目が輝いた。間髪入れず跳ね起きる勢いも乗せて放たれた渾身のアッパーカットが、硬質の破砕音と共にがら空きの顎をぶち抜く。

 

「何……?」

 

 小さく困惑する。手応えはあった。拳を叩きこんだ下顎の骨は間違いなく粉砕骨折させたし、歯も数本は吹き飛んだはずだからもはや向こう数か月は固形物が食えないだろう。だが大男はそれだけの衝撃に耐え、口の端から血を溢れさせながらも血走った眼をリューズに向けて確かに笑って見せた。その正気の欠片もないどろりと濁った目に、ようやくピンとくる。

 

薬物(ヤク)か、面倒臭せえ……!」

 

 おそらく、同僚たちがやられている隙にでも打ち込んでいたのだろう。一時的に多幸感を前借りすることで痛みすら感じなくなり、生存本能からくる恐怖すらも打ち消してハイになれるそれは、まさに喧嘩にはうってつけだ。ゆっくりと伸ばされていた両腕が動き、眼下のリューズを捕えようとする。

 だが、次に皮肉気に笑ったのはリューズの方だった。確かに通常の喧嘩なら、これで反撃して勝負はついていただろう。しかし、彼は生憎と並の人間ではなかった。

 

「面倒臭せえが、悪いな兄ちゃん」

 

 次の瞬間、大男はふっと自分の顎から拳が離されたことに気が付いた。いや、離されたというのは正確ではない。まるで、先ほどまであった位置からふっと消え失せたかのような。最後にパンチを放ってきた相手の体勢から考えれば、どう動こうが物理的に不可能なはずの動き。しかし薬物で高揚し楽観的に濁った彼の思考では、それを不審に思うことはできなかった。もっとも彼がもし素面だったとしても、その暇はなかっただろう。間髪入れずに再びの痛烈な打撃音と共に、そのがら空きのままの顎へと下から拳が叩き込まれたからだ。かつてストリート・ファイトでプロボクサー崩れという薬中の野郎から喰らったそれと同等、いやあれよりもなお鋭く重い拳。しかし、今薬物の恩恵を受けているのは自分の方だ。それも、当時はそれが入手できる限界だった質の悪い安物ではない。レイの下で働くようになってから警察にも脅えず買えるようになった、純度の高い最高級品だ。

 彼は再び、その衝撃を無視しようとした。同僚2人を伸した男だ、ここで仕留めた場合の臨時ボーナスがどれほど出るかは想像に難くない。だがその顎に、ふと違和感が生まれた。その違和感はたちどころに全身へと広がっていき、さして間も置かず激痛となって駆け巡り始める。馬鹿な!この短期間で薬が切れるなんてありえない。だが事実その体は絶え間なく痛みを、遮るもののない剝き出しの激痛を訴えかけてくる。それが一線を越えるまで、ほんの数秒もかからなかった。あまりの痛みに音を上げた彼の身体が、発狂から精神を守る為の一時的な逃避としてそれを感じる意識を強制的に失わせたのだ。白目をむいて崩れ落ちる彼の頭の中には、最後の瞬間まで苦痛だけが満ちていた。

 

「……世間の奴らはどうも最近、『ダブルバレル』ってのを俺と(リダン)のコンビ名か何かだと思ってやがるようだが、元々はそうじゃないんだよな」

 

 自分に倒れ掛かってきた巨体を蹴り飛ばして反対側に倒し、ついでにナイフを巻き上げながらリューズがポツリと呟く。

 

「……ひと打ちで、あるいはひと撃ちで同じ相手を二度殺す。『ダブルバレルのリューズ』……ま、実際昔に勝手に呼ばれただけの、くだらねえ渾名なわけだが」

 

 彼がここまで行ってきたのは、なんてことはない。彼自身に許された不完全な時の旅人としての特殊能力、不正侵入(ハック)の応用だ。自身の能力への深い理解と鍛え抜かれたその練度のみが可能とする、彼にしかできない独自技能。

 引き金を引いた瞬間、あるいは相手を殴りつけた瞬間、自分自身に能力を適用させてコンマ数秒から数秒間前に身体の状態を巻き戻す。それゆえに弾丸は2発ほぼ同時に射出され、拳は最大限に勢いの乗った状態のものが2度、全てがまったく同じ箇所に全く同じ軌道と威力で叩き込める。これを繰り返すだけで彼の全ての行動とその効果は実質倍になる、それが故のダブルバレル。もっとも最後の大男に関しては、2撃目を叩きこむ前に相手の体の状態を薬物を打ち込んだであろう瞬間まで巻き戻してやったのだが。痛覚を多幸感と高揚で塗り潰させる薬物には、同時に全身の感覚を鋭敏にする効果もある。痛みをぶち込んだうえでそれを鋭敏になった感覚で全身に回させたのだ、余計に効いたことだろうが……自業自得でいいだろう。

 

「さ、そろそろ降参するかいレイ・スワローさんよ?」

 

 振り返りながらちらりと上の通路に目をやると、数人纏めて気絶させ仕上げに彼の愛用する獲物、エネルギーワイヤーで縛り付けて捕縛した状態のオリフィスと目が合った。自分の分担はさっさと終わらせて後は高みの見物か、結構な立場なことだと顔をしかめる。上からの狙撃が無くなっていたおかげでだいぶ楽になったことは否定できないので、嫌味を言うのはやめておくが。

 そしてあっという間に部下の全てを失ったレイはといえば、意外にも落ち着き払っていた。もう少し恐怖に駆られている姿を想定していたリューズだったが、その不自然なほどの平静さにまだ何かあるかと警戒して奪い取ったナイフをさっと構える。

 

「なるほど、お友達まで連れてきていたとは。そしてその動き、まったく凄まじいよ。私の部下たちも、いずれも野蛮ではあるが手練れ揃いだと自負していたのだが」

「生憎とチンピラとは年季が違うんでな、簡単に伸されちゃこっちがプロの看板降ろさなきゃいけないんだわ。それにもうひとつ言っておくとだな、俺とそこのスカしたカウボーイ気取りは断じて友達(ダチ)じゃない。それで?ちゃんとこっちの質問にも答えてもらうぜ」

「おや、お友達ではなかったかな?まあどちらでもいい、重要なのは君もそこの彼も少なくとも私とは敵対する立場だということだし、それで私と部下だけではどうにもならなかったのはよくわかった。まったく、便利なものを受け取っていてよかったよ」

 

 不審な物言いに含みを感じ、咄嗟に感じた嫌な予感も合わさって物も言わずに手にしたナイフを投げつける。殺すつもりまではない、多少血を見せて牽制する程度の一撃だ。だが空気を裂いて一直線に飛んでいったナイフは、レイの身体に突き刺さる前にまるで見えない壁にぶつかったかのように硬質な音とともに跳ね返って床に落ちた。

 

「何……?」

「まさか!」

 

 目の前で起きた明らかにおかしな現象に怪訝な顔をするリューズに、何かに気付いたらしく柄にもなく声を荒げるオリフィス。この男がこんな顔をするということは……一拍遅れて、リューズも閃いた。今のナイフの挙動、確かに彼もよく似た現象を知っている。彼らの本来の時代では馴染みもあるが、この時代に来てからは無意識のうちに思考から外していた選択肢。

 

「電磁バリア発生装置か……!」

 

 この時代にはまだ存在するはずのない機械の名前に、レイは意外そうでもなく微笑んだ。

 

「やはり、君たちもこれを知っているのか。昨夜君への電話を終えてから、未来人を名乗る不思議な者が現れてね。もしもの時のためにと、この便利なものを貸してくれたのだよ」

 

 そう言って彼が懐から取り出したメモ帳ほどのサイズの小さな機械は、確かに電磁バリア発生装置。ひとたび起動させれば持ち主の周辺に発生するあらゆる外敵を弾き返す堅牢にして不可視の防壁は、ダイナマイトの直撃にすら耐えるほどの強度を持つ。当然、投げナイフ程度では傷すらもつくはずがない。

 

「クソ、厄介なもの持ち込んでくれたな……こういうオーパーツの持ち込みはお前のとこの管轄だろうが、オリフィス!」

「しくじった、まさか既にこの時代の人間に接触を済ませていたとは……!」

 

 悔やむオリフィスの声を頭上に聞きながら、頭をフル回転させる。電磁バリアは確かに強力かつ厄介なうえにエネルギー効率も良く、出力最大で電源を入れたままにしても千年はパフォーマンスが落ちないとのふざけたお墨付きだが、同時に欠点もある。確かに外部からの攻撃は届かないが、同時に内部からもバリアの外側に向けて干渉できない。お互いに有効打なく睨み合うしかない千日手ならば、それに付き合う義理もないこちらはさっさとここから逃げてしまえばいい。これはバリアの設定範囲にもよるが先ほどナイフが弾かれた距離から逆算すると、あの直径ではここの扉すらまともに抜けられやしないだろう。扉の向こうからバリアを解除した隙に狙撃してやれば、それで終わりだ。

 だからレイが拳銃を取り出した時も、その銃口が自分を向いた時も、リューズはギリギリまで動こうとしなかった。そんなに無駄弾が撃ちたけりゃ、勝手にやってくれりゃいい。なんならついでに、バリアの内側で跳弾でもしてくれたら儲けものだ。

 しかしその引き金が引かれた瞬間、彼の本能は理性に反してその体を横に投げ出させていた。自分自身でも理解のできない咄嗟のことに受け身も何もなくその場へと無様に転がる彼の目に、先ほどまで自分がいた場所を突き抜けて弾丸が飛んでいくのが辛うじて見えた。一拍遅れて、後ろの壁に当たった弾丸が跳ね返る硬質音。

 

「何……!?」

 

 驚愕したのは、リューズだけではない。同じ光景を見て同じ判断を下していたオリフィスもまた、自分の見たものが信じられなかった。引き金を引くと同時にバリアを一瞬だけ解除した?馬鹿な、ずっと上から見ていたしその間あの男から目を離してもいないが、そんな様子は見られなかった。だが紛れもなく銃弾は放たれ、バリアをまるで存在しないかのように突き抜けていった。

 

「おおっと、どうやらこちらの銃については君たちも知らない代物のようだ。私も受け売りでしかないのだが、これはわが社が遠い未来、軍事産業部門で開発した兵器らしい。名前は次元銃、とか言うそうだ。確か理論としては放たれた弾丸が射出からしばらくこの世界からあらゆるものに触れずその抵抗も受けない四次元空間に入り込んで飛び、一定時間経過後にこの世界に戻ってくる、だったかな?私にはよくわからないが、壁越しの狙撃やシェルター越しの爆撃にずいぶんと役立ったらしい」

「そんな物を……!」

 

 その言葉の意味するところを理解して、オリフィスが小さく息を呑む。壁抜けそのものに、ではない。S-Forceの豊富な人材の中には、同じようなことができる構成員がいないわけでもないからだ。だがそれらは全て替えの利かない当人だけの特殊な資質に依存する『能力』であり、再現も量産も可能で誰にでも扱える『技術』ではない。そんな兵器の誕生を許してしまっては、今後あらゆる防壁は意味をなさなくなる。暗殺に、戦争に、歯止めが利かなくなる。

 やはり何としても、スノーダスト・スワロー宅急便が倒産を免れる未来を作ってはいけない。だが、どうやって?電磁バリアを突破できるほど火力の高い兵器―――――それこそジャスティファイ長官の3門もの反物質エンジンを内包した、空間すらも抉るほどの出力を誇る超力パワードスーツや寡黙な緋色の武者、エッジ・レイサー愛用の亜光速振動電磁刀『発破』及びその対となる電磁反発式加速抜刀鞘『無詩』のような―――――は手元になく、彼自身が愛用するエネルギーワイヤーは汎用性こそ高いものの殺傷力は低いためバリアを突破できない。ならば……そこで、こちらを見上げるリューズと目が合った。どうやら、あの男も同じことを考え同じ結論を出していたらしいと悟り頷きで返す。

 

「確かに驚いたのは否定しないが、弾速や威力はただの銃と大差ないみたいだな?その腕で俺に当たるかどうか、もっと試してみたらどうだ?」

 

 立ち上がって、小刻みにステップを踏みつつ挑発するリューズ。あちら側に一方的な攻撃の手段があるのならば、それを尽きさせてしまえばいい……あれが銃である以上、弾切れまで全弾回避し続ければまたしても状況は千日手になる。辛うじてとはいえ初撃をリューズがうまく避けたうえに向こうがペラペラと得意になって喋ってくれたことで、武器の特性は割れた。向こうはまず当面の狙いをリューズに決めたようで、オリフィスに対しては電磁バリアに全てを任せて背を向けている。ならばリューズにはしばらく回避に集中してもらい、自分はその援護をす ればいい。

 彼自身の愛銃を抜き、ゆっくりとレイとリューズの間に開いた数メートルほどの空間に大まかな狙いを定める。ここから状況を注視して、飛んでいく弾丸をさらに上のこの位置から狙撃する。弾丸に弾丸を見てから当てる、まさに言うは易し、だ。しかしそれを可能とするだけの卓越した技量と反射神経が、彼にはあった。それをさんざん敵対して理解しているからこそ、リューズもあえてあれ以上距離を離そうとはせず近距離に徹して射撃を誘っているのだろう。

 次の瞬間、物も言わずにレイの手元から銃声が響く。全神経を集中させていた彼の目には、射出された弾丸がバリアの内側に到達する寸前ふっと消えた様子がほんの一瞬だけだが確かに見えた。その軌道を頭の中で瞬時に予測、計算して、彼もまた引き金を引く。果たして何もない空間上に四次元からの帰還を果たしてふっと現れた次元銃の弾丸へと、斜め上から一直線に飛んできた彼のそれは猛然と食らいつく。急な障害物に大きく軌道をずらされた2発の銃弾は、それぞれ見当違いの方向に叩き落ちた。

 

「馬鹿な!」

 

 驚愕と苛立ちが半々といった叫びをBGMに、小さく息を吐く。リューズの言葉通りあの次元銃は弾丸が消えて現れるという特性こそ厄介だが、弾速も威力も通常のそれと大差はない。オリフィス自身の手によりチューンされている彼の銃ならば弾丸の威力で負けることはなく、この調子ならば全弾叩き落とせる。仮にもしもの事態が起きたとしても、先ほどのリューズは銃口の位置から判断したのだろう、しっかりと弾丸の軌道から体を外していた。あと何発同じことを繰り返せばいいかは知らないが、きっと乗り切ってみせる。

 

 この時の彼らを、油断していたと断ずるのは酷であろう。想定外続きの事態に対してそれでも最適解を叩き出し続けた彼らが、ようやくほんの一瞬だけ見えてきた光明に肩の力を抜いてから再び気合を入れなおすまでの、ごくわずかな時間。レイ・スワローは、その存在に気が付いた。

 

「あん?どこに……っ!?ま、待て!」

 

 急に銃を降ろして見当違いの方向に走り出したレイをリューズが最初に訝しみ、すぐにその疑念は確信から懇願へと変わる。同じく狙いに気付いたオリフィスも咄嗟に通路から飛び降りようと手すりに手をかけ、どうやってもこの位置からでは間に合わないと歯噛みして指が白くなるほどに強く手すりを握りしめる。

彼らを責めるのは酷ではある……しかしもっと早くに手を打ってさえいれば、十分に防げたはずの事態。身動き取れずその場に転がったまま、それでも首だけ向けて状況を注視していた最後のひとり。マイ・グリーンフィールドの脳天に、電磁バリア越しにその銃口が突き付けられた。

 

「さて、リューズ君。私としてはなかなか面白い事態になったと自負しているのだが、君はこれならどうするね?」

「手前……生きて帰れると思うなよ」

 

 顔を歪めて放つ、地獄の底から響くような怒りと苦渋に満ちた声。その怒りは、リューズ自身に向けられたものでもある。断じて、マイのことを忘れていたわけではない。だが無意識のうちに、この戦場からは除外して考えていたのも確かだった。裏社会に造詣の深く事情通の彼でさえ知らない未知の原理による兵器、あり得るはずもない男との共闘。あまりに非日常的な―――――あるいは彼にとっては本来の日常的な―――――事態の連続に、どこまでも平凡な人間で日常的な、そして彼にとってはどこか非日常的、非現実的なマイという存在は、気が付けば霞んでいた。

 

「君が今から一度避けるごとに、彼女を同じ数だけ撃つ。私は約束を守る、例外はない。お仲間のガンマン君、君も大した腕前のようだが、この位置からでも先ほどの曲芸は可能かね?」

 

 優位に余裕を取り戻したレイが、これ見よがしにリューズとマイにそれぞれ銃口を順番に向け、またリューズに向ける。その一方で名指しされたオリフィスも、あまりに強く握りしめられた金属製の手すりから、みしりと音が鳴りはじめた。物理的に不可能だ……どんな角度とタイミングで引き金を引こうとも、あのレイとマイの距離と角度、そして位置から放たれる消える凶弾の撃墜には絶対に間に合わない。

 

「んー!んーん!」

 

 拘束の内側から身を捩り、必死にマイが何事か叫ぶ。それが合図だったかのように、次元銃が3発目の弾丸を吐き出した。だがそれを打ち落とすオリフィスも、その軌道を見ていたリューズも動けない。

 

「ぐっ……!」

 

 ついに獲物を捕らえた弾丸は、まず最初にその右肩へと食らいついた。鮮血がぱっと舞い、よろよろと数歩後ろに下がって辛うじて持ちこたえる。次いでその傷口を押さえようとゆっくり動いていた左腕の二の腕から鮮血が走り、4発目が着弾した衝撃を殺しきれずに力なく後ろに回る。

 楽に殺すつもりはない、2発の弾丸は言外にそう告げていた。力が入らずだらりと下がった両腕からはだらだらと流れ続ける血がすでに血溜まりを作り始めており、両膝は彼の体重を支え切れず危なっかしく笑っている。その顔面は蒼白で、呼吸も浅く不安定だ……だがリューズはまだその目に冷たい憤怒に裏打ちされた殺意と闘志を残していたし、よろめきながらもその両足で立ってレイ・スワローを睨みつけていた。そんな態度が、余計にレイの嗜虐心をくすぐった。上機嫌に笑い、足元に転がるこの状況の立役者を一瞥する。

 

「ははは、いい気分だよ。ご協力ありがとう、お嬢さん」

「んー!!」

 

 涙を流しながらの声なき悲痛な叫びも、眼下から必死に顔を上げて自分を睨むその瞳も。むしろその声が、姿こそが天上の甘露とばかりにうっとりと眺めて耳を澄まし、また銃口をリューズへと戻す。

 

「さて。実際、いつまでもこうしていたいところだが」

「……おう、やってみろよ……俺はしぶといからな、この程度じゃくたばらないぞ」

「まだ減らず口を叩く余裕があるかね?だが君たちの見立て通り、こちらも弾丸が無限にあるわけではない。名残は尽きないが、君と戯れるのはこれでおしまいだ」

 

 銃口は、ぴたりとリューズの脳天へと向けられていた。その奥に広がる暗闇の空間を、真っ向から睨み返す。時間そのものに不正侵入(ハック)を試みるか?停止した時の中で、かつてパーペチュアにやったように俺1人が動いてマイを掠め取り、この場所を離れる……いや、駄目だ。怪我はどうだっていい、掠り傷ではないし放置すれば危ないが、今すぐ致命傷になるほどでもない。だが、まずいのはその先だ。彼女には、この先もこの一本道の時間の中で生きる人生がある。俺がバカやらかしたせいで危険に晒してはいるが、これ以上誰にも手を出させるわけにはいかない嬢ちゃんだけの時間が。仮にこの場を凌いだとしても、止まった時の中ですらあの電磁バリアは破れない以上やれることは逃げ出すだけ。リューズにしてもこの先いつまでもこの時代に留まるわけにはいかず、そうなれば時空移動適正の有無という関係上連れていく、という最後の手段も使えない、この男に顔も名前も割れたままこの時代に生きなければならない彼女はどうなる?今ここであの男との決着はつけておかなければ、確実に遺恨を残す。

 あえて残酷な言い方をすれば、マイとパーペチュアではわけが違う。彼女は時空に関する特殊な力も持たなければ、この先の人生で何か世界的な大事をなすわけでもない。未来からの刺客に狙われる謂れもなく、時空怪盗団とて常にその人生の動向にアンテナを張り続けるわけにはいかない。そんなどこまでも平凡な田舎娘で……だからこそ、リューズにとっては眩しく尊い存在。

 ここまで考えて皮肉気な、しかしどこか弱々しい笑みが口元に浮かんだ。それもこれも、結局はこの場を生きてなきゃ単なる皮算用か。とにかく不正侵入(ハック)を使うしかないと、動かす度に激痛の走る両腕は垂れ下げたまま精神を集中させ始める。単純な物体やごく限られた空間に対する停止や逆行と、文字通り自分以外の世界全てに干渉する時間停止は彼にとってはまるで別物だ。気力体力の消耗も必要な集中も、後者は前者の比ではない。先ほどマイの下に向かうレイを止められなかったのも時間不足と動揺、そして怒りによる精神の乱れが大きかった。今回はどうだろうか?あの指が引き金を引き、吐き出された弾丸が彼の脳天を貫くよりも先に時間を止められるか?そしてこの両腕で彼女を攫い、時間を稼げるような位置まで移動できるほどその停止時間は保つだろうか?

 不確定要素だらけのあまりにか細い可能性だが、それでもやるしかない。できなければ、ここで怪盗人生も年貢の納め時だ。浅く荒い呼吸を整え、声を出すために息を吸う。同時に、引き金が引かれた。

 

不正(ハッ)―――――」

「死ね」

 

 極限状態の集中によって鋭敏になったリューズの感覚は、次元銃の弾丸が一度消えて再び空間に現出、彼の脳天へとまっすぐ飛んでくる様をくっきりと捉えていた。時間停止に向けて全ての力を回していた彼にそれを回避するだけの余力はなく、その時間停止自体もこの弾丸より早くはどうあっても間に合わないことも。

 ああ畜生、これで終わりかよ……。

 

おいていけ(フライバック)

 

 突如として、弾丸とリューズの前に割り込んだ影があった。黒のマントを靡かせたその銀髪の男が一声呟くと、空中の銃弾に変化が起きる。男に到達するまでのわずか数メートル足らず、時間にしてコンマ数秒。その間にも突き進みながら金属製の弾丸は加速的に腐食していき同時にその推力をみるみる失い、やがて錆び付いたぼろぼろの塊となって力なくその場に落ちた。それを興味もなさそうに踏み潰しつつ、片眼鏡を装着したその男が振り返る。リューズと同じ左手の黒手袋に、右手には何らかの機構が内蔵された白手袋。

 

「お前……」

 

 リューズが、自分を庇うように立つ眼前の男を見る。目の前の光景が信じられないとばかりにポツリと呟くと、彼と同じような装束に全身を包んだその男は大きく首を横に振った。

 

「それは駄目だよ、リューズ。駄目、そんなのは僕が認めない。僕を置いて死に逃げなんてダサい真似、絶対許さないから」

 

 その男……ダブルバレルの片割れにして時空怪盗団(クロノダイバー)最後のひとり。リダンはそう言い切ると、もう一度首を横に振った。

 

「まだお仲間がいたのかね?何をしたかは知らないが、邪魔をするな!」

 

 苛立った調子でそう言うが早いが、レイの手元から銃口が三度火を噴いた。3発の銃弾が四次元空間を経由して、新たな乱入者へと襲い掛かる……だが。

 

おいていけ(フライバック)

 

 虫でも追い払うように軽く手を振ってそちらを見もせずリダンがそう呟くと、全ては先ほどの繰り返しだ。彼の所まで辿り着く事すら敵わず、推力を失った弾丸はその全てが落下の衝撃でも砕けるほどに腐食されきった錆の塊となって力なく落ちていく。まだ何か言いたげだったリダンだが、まずはこちらを片付けないときりがないと判断したのだろう。小さく息を吐いて、ゆっくりとレイへと向き直った。そのまま理解の追い付かない現象に圧倒されて怯んだ彼のもとへと、堂々と一歩一歩散歩でもしているかのように歩いて近寄っていく。そして手を伸ばすが、しかしそれは電磁バリアに阻まれた。

 

「ど、どうだ!これがある限り、私に触れることは……」

「おじさん。ちょっとうるさいから、黙っててね」

 

 片手でバリアの外周に触れたまま、ほんの少しリダンが集中する。それだけで、変化はすぐにあった。レイの手元から突如、小さな警告音が鳴り始めたのだ。慌てて電磁バリア発生装置を取り出したその目が、驚愕に見開かれる。

 

「馬鹿な!先ほど点けたときは、まだエネルギーは100%と……!」

 

 最大出力を維持し続けても千年保つ、そう未来人から聞いていたはずの電磁バリアのエネルギー残量が、こうしている今も目の前で急速に減っていく。明らかに、この目の前の男のせいだ。だが、何が起きている?

 ……答えは単純で、特別なことは何も起きていない。それが答えだ。

 

 おいていけ(フライバック)。それは世界でただひとりだけ存在する完全な時の旅人、時空の寵児である彼のみに許された、人の身には過ぎた規格外の力。その本質は、時の加速。当たり前の時の流れを変えることなく、ただその速度のみを上げる力。

 しかしその真の特異性は、あまりの異常な出力にこそある。彼がほんのわずかに意識するだけで指一本動かすほどの労力もなく、その対象には……あるいは空間には数千年、数万年の時が瞬きよりも早く過ぎ去っていく。この能力が故に誰もが彼を恐れ、しかし誰も彼を害することすらできず。あらゆる拘束具は一瞬にして素手でも千切れるほどにスカスカの錆となり、いかなる箇所への幽閉もその壁を瞬時に億の時を経て風化させることで穴を開け、堂々と通り抜けてきた。能力の対象に選ばれた時点で他のあらゆるものを後ろに置いて行き、時を飛び去って老いて逝く。だからこそ、彼はその力をおいていけ(フライバック)と呼ぶ。

 そんな彼がいかにしてリューズと出会い今に至るのかはまた別の話だが……あまりにもあっさりとエネルギーの全てを単なる時間経過(・・・・・・・)により使い果たさせることで電磁バリアをついには無力化し、それまでの彼とオリフィスの苦労は何だったのかと言わんばかり、馬鹿馬鹿しいほどにあっさりとレイを捕えたリダンの姿を、リューズは感謝の入り混じった苦い思いで眺めていた。

 

 リダンの加速の力と、リューズの逆行の力。お互いに対となる能力を持つ音に聞こえた時空怪盗団(クロノダイバー)の双璧、クロノダイバー・ダブルバレル。リダンは自分が独りじゃないとこの呼称を喜んでいる節があるので彼の前ではおくびにも出さないように気を付けてはいるが、これを耳にするたび何が対だ、何が双璧だとリューズは叫びだしたい気分になる。ああ、確かに俺たちの能力は、その性質は逆だろうさ。だが、それだけだ。例えるならば、蟻1匹とロケットをロープで結んで真反対に走らせるようなものだ。ただ向きが偶然真逆だっただけで、その間には見比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの隔絶がある。

 俺にはリダンが孤独であることは理解できても、リダンの孤独をわかってやれる力はない。彼がおいていけ(フライバック)を使用するところを目の当たりにする度に、リューズは手ひどい無力感に苛まれる。自分の持つ不正侵入(ハック)の力など彼に比べれば無きに等しいちっぽけなものでしかなく、彼の抱える真の孤独までは理解してやれない自分の無力さが恨めしい。そしてそんな自分にもできるごく浅い意味での理解を、それでも僕の初めての理解者だと心から無邪気に喜び信用し依存するリダンの存在が、ますます彼をやりきれない気分にさせる。

 今回の依頼をリューズがリダン抜きで引き受けたのは、彼がパーペチュアの件で忙しかったというのはもちろん大前提ではあるが、彼が自分自身に証明したかったというのもあったのかもしれないと今になって思う。リダンがいなかろうが俺だってやれるんだ、俺はアイツに、その能力に都合よく頼り切っているわけじゃないんだと、他の誰でもない自分に対して言いたかったのかもしれない。

 だがその結果がこれだと拘束されたままこちらを心配そうに見るマイを見返して、血塗れの自分の両腕に目を落とす。笑いたくなるほどに俺は敗北し、都合よくやってきたリダンに助けられた。これでは……。

 幸か不幸か、そこで一度思考は中断された。目の前でリダンが縛り上げたレイを、静かな怒りに満ちた目で見降ろしていたからだ。痛みと無力感で重い体に鞭打ってそちらに歩くリューズが彼のもとに辿り着くより先に、リダンが冷たい声を放つ。

 

「ねえおじさん。よくもリューズを傷つけてくれたね」

「おい、リダン!」

 

 予想以上に怒りの籠ったその声色に慌てて声を上げるが、すでに遅かった。

 

「あ……が……!?」

 

 ぎこちなく苦痛に喘ぐレイの顔に、みるみるうちに深い皺が刻まれていく。いや、顔だけではない。手からも足からも、全身の肌という肌から瑞々しさが失われていき、その頭髪からも早回しでも見ているかのように色が抜けていく。年老いている。それも瞬きするほどの間に、数十年分を一気に。

 

「やめろ、リダン!」

「いい加減にしろ、馬鹿!」

 

 駆け寄ってきたオリフィスが後ろから羽交い絞めにして、鬱陶しそうに目を向けたところを怒鳴りつける。その時には既に、壮年だったはずのレイは一回りも二回りも小さくなったよぼよぼの老人と化していた。かすかな呼吸音から何とかまだ生きてはいるが、これ以上続ければ間違いなく老衰で死ぬだろう。そしてリダンは、明らかにまだ続けるつもりだった。

 

「リューズ!でも、このおじさんのせいでリューズが」

「それでも、だ。ガキじゃないんだからもうちょっと冷静にいこうぜ、な?それが怪盗の流儀ってもんだ」

 

 まだ不満気なリダンに無理して笑いかけてやると、ようやく渋々ながらに引く気になったらしい。どうにか抵抗をやめたその体をオリフィスが離したところを見計らい、今度はそちらに声をかける。

 

「ありがとうな、リダン……悪いオリフィス、頼めるか?何十年飛ばされてるかは知らねえが、俺には少し荷が重い」

「いいだろう、この男にはこちらも聞きたいことがまだ残っているからな」

 

 そう言って頷いたオリフィスが眼下の老人に手をかざし、一声呟く。

 

遊びは終わりだ(ショウダウン)

 

 すると、レイの身体がびくりと跳ねた。先ほどの急速な老化を逆再生するかのように、再びその髪に、肌に若さが戻っていく。

 そしてこれこそが、オリフィスの持つ時空移動適正者としての固有の能力。リダンの持つ絶対の力、おいていけ(フライバック)に世界で唯一正面から対抗できる鬼札、遊びは終わりだ(ショウダウン)。彼の能力は、自分一人では何の役にも立たない。同じ時空移動適正者の持つ能力に対して、その逆の結果をぶつけることでいかなるそれをも相殺するという変わり種の力。

 一見すると便利な力だが、リューズはこれを見る度に神の―――――そんなものがいると仮定してだが―――――底意地の悪さを感じずにはいられない。なにせ時空移動適正者という存在自体、過去に未来にとあらゆる時代のあらゆる国を飛び回ってきたリューズとリダンですらいまだに彼ら3人とここにはいないパーペチュア、その計4人しか見たことがない。リューズのDNAコードを移植されることで強引に適性を得た『養殖物』には、彼らのような特有の能力までは芽生えない。つまりオリフィスという男の持つアイデンティティは、実質彼ら時空怪盗団(クロノダイバー)に対するメタでしかないということになる。

 他者を、それも世界で数人といないごく限られた相手を否定する為だけに生まれ、それ以外には何の役にも立たない能力。本人はその過去を黙して語らないが、S-Forceという居場所を見つけて所属するまでにどんな苦しみが、紆余曲折があったかは想像を絶するものがある。彼がリダンたちを追い求めそれと敵対する今の道を選んだのは、そうしないと自分を保てなくなるからというのもあったのだろう。知りたくもないし興味もない、まして甘ったるい同情をしてやる義理もない……しかし、多少なりとも思うところはある。だからといってそれで追われるこちらとしてはいい迷惑ではあるし、たまったものではないのだが。

 埒もない事を考えているうちに、レイの変化が元の壮年で止まった。短期間で老化と若返りを受けたせいか完全に気を失っているが、生命に別条はないようだ。

 

「終わったぞ。この男は、一度こちらで預からせてもらう。本部に連行して情報を絞り、記憶を処理してこの時代に帰す……それでいいな?」

「ああ、その辺は勝手にやってくれ。興味はねえよ」

「いいだろう、ではさらばだ。パーペチュアにもよろしく言っておいてくれ」

 

 リューズの返事に頷きで返したオリフィスが、一方的な別れの言葉と共に担ぎ上げたレイごとふっとその場からかき消える。まるで最初から存在しなかったかのようにあっけない別れに脱力し、いよいよ本格的に痛み始めた両腕の感触に顔をしかめながらも、リューズにはまだやることがあった。自分が動こうとしたリダンを制してちょうど近くに転がっていた先ほどのナイフをまだ動く左腕で拾い、屈みこむと苦労してマイの拘束を切る。

 

「……リューズ!」

 

 自由の身になった瞬間、ばっと自分の胸に飛び込んできたマイをどうにか倒れ込まず抱きとめる。恐怖、不安、安心、心配……あらゆる感情がごっちゃになってもはや何と言っているのかもわからないほどに泣きじゃくり、涙でぐちゃぐちゃの顔で胸の中からこちらを見上げる彼女に、声をかける。我ながら、優しい声が出た。

 

「……悪いな、嬢ちゃん。遅くなっちまった」

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