クロノダイバー・クロニクル   作:久本誠一

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エピローグなので短いです。


コーヒーに終わる非日常

 あれから数日。リューズはまた、すっかり馴染みとなったオープンカフェに訪れていた。いつもの訛りが強いウェイターにコーヒーのみを注文し、それに口をつけながら待っていると、やがて向かいの席に人影が現れた。そちらを一瞥し、気さくに片手を上げる。

 

「よう、嬢ちゃん」

「リューズ……私、遅れちゃったわね」

「いや、俺も今来たところさ」

 

 気楽にそう答えると、少し安心したようにその女性……マイ・グリーンフィールドも席に腰を下ろす。その視線がしげしげとこちらの両腕に向いていることに気が付き、リューズは小さく笑った。気付かれていたことに顔を赤くし、マイが若干きまり悪そうに頭を下げる。

 

「ごめんなさい。両腕、本当にもういいの?」

「ああ、この通りだ。詳しくは企業秘密だが、そういう不思議な力があるとだけ思っといてくれればいいさ」

 

 そう言って完治した両腕を、ぐるぐると回してみせる。実際、もうその動きに支障はない。本来ならば全治数か月では済まない重傷だったが、銃弾がどちらも貫通していたのがかえってよかった。弾丸を摘出する手間が省け、抉られた肉が回復するまでの数か月分をリダンの力で吹き飛ばさせたことによる爆速での自然治癒療法だけで済んだからだ。とはいえその際に感じた傷口が塞がるまでの数か月分を一度に圧縮された痛みを思い出し、小さく身震いする。

 それでも、目の前の彼女は安心してくれたらしい。ほっと息をつき、胸の前で両手を合わせる。

 

「……さて、と。それで、嬢ちゃん。仕事の話だが」

 

 そう口火を切ると、マイも真剣な顔になって小さく頷いた。もとより彼女も、和やかにお話をしに来たのではない。もっともリューズにとっては、それだけでもないのだが。

 

「報酬の話ね。ここにあるわ」

「いや、その前にひとつ聞かせてくれ。結局嬢ちゃんはどこであのラジコン戦車のことを知って、あれで何をするつもりだったんだ?」

 

 そう尋ねると、マイはほんの少しだけ躊躇った。けれど周りに聞き耳を立てる人間がいないことを確認し、思い切ったように口を開く。

 

「……私の母は、あの男の……クリス・スワローの愛人だったのよ。私ができて関係は終わり、養育費と手切れ金にっていくらかのお金だけ残して母は捨てられたの。その母も、私が成人する前には病気でいなくなったけれど。ラジコンに何かがあるっていう話は、その母から聞かされたわ。ベッドの上で、何かの拍子に口を滑らせたみたい。今更あの男に父親面なんてしてほしくはないけれど、何か困らせてやりたかったのよ。既婚者で成人済みの子供までいる男を相手にした母にも悪いところはあったと今なら思うけれど、それでも私にとっては母親だったから。あのラジコンも適当にお金でも払わせたら、さっさと返すつもりだった」

 

 よくある話だが、同時に密かに感じていたある予感が正しかったと知り、心の中でやはりと思う。スワロー家のレイに、グリーンフィールド家のマイ。奇妙な名前の類似は、彼女よりもずっと先に本妻との間に生まれていた異母兄妹の存在を意識したものだったのだろうか。

 

「でも、まさかこんなことになるなんて思わなかったわ」

 

 実の父には会ったこともなく、異母兄には誘拐され命を奪われかけ。それでもこの結果をどこか悲しんでいるようにも見えるのは、彼女の善性ゆえか。先ほどここに来るまでの道中で配っていたのをリューズが受け取り手にしていた号外、『スノーダスト・スワロー宅急便、倒産!』の見出しが大きく踊るそれを見て、マイは呟いた。

 

「嬢ちゃんのせいじゃないさ。なるようになった、たまたまその時が今だっただけだ。遅かれ早かれ、悪いことは長続きしないもんだ」

「それ、リューズが言うの?」

「あの野郎はわかってなかったみたいだが、おいおいまさか嬢ちゃんもか?いいか、俺たちは泥棒じゃなくて怪盗だからな。怪盗ってのは、つまり最後に笑う方だって相場が決まってるのさ」

 

 冗談めかしたやり取りに、多少元気を取り戻したのか小さく笑うマイ。それを見たリューズも微笑むと、話を元に戻す。

 

「それで、今回の仕事の件だが。嬢ちゃんとしては、これで金の当てがなくなったことになるのか?」

「本当は……だ、だけどリューズ!安心して、あなたに払うお金はちゃんと……!」

「いや、それは受け取れないな。嬢ちゃんが取っときな」

「どうして!?まさか、私を憐れんだなんて言わないで!あなたはラジコンを盗んでくれたし、私のことだって……」

 

 声が大きくなってきた彼女を咎めるように、厳しい顔ですっと指を1本立てる。

 

「まずひとつ。嬢ちゃんを助けに行ったのは、俺が仕事をヘマしたせいで依頼人に迷惑を掛けちまったアフターフォローだ。これで金は貰えないな」

 

 有無を言わさない口調にぐっと黙り込んだ彼女に対しさらに1本、2本目の指を立てる。

 

「ふたつ。そもそも、依頼はあのラジコン戦車を嬢ちゃんに届けることだった。そうだよな?ラジコンは結局あの倉庫に置きっぱなしにして回収するのも忘れてたからな、依頼って意味じゃむしろ失敗だ。だからやっぱり、その金は受け取れない」

 

 何を言っても聞き入れはしないと悟ったのだろう、激昂した反動かぐったりと座り込むマイに締めの言葉を投げかける。

 

「嬢ちゃんにも意地があるんだろうが、これは俺の矜持の問題だ。俺だって、今回は1人じゃ何もできなかった。それで報酬だけ貰いますなんて、それこそ無責任にもほどがある」

「……わかったわ」

 

 うつむき頷いたマイに、ふっと表情を柔らかくして。爽やかに、しかしどこか寂し気に笑いかける。ここからが、今日の本題だ。

 

「嬢ちゃんには、もう会うこともないだろうからな。お互い最後は納得して、笑って別れようぜ」

「……!」

 

 リューズの体内に残っていた時間移動の負荷は、ここ数日の間に抜けきった。この日のうちにはもう、迎えに来るであろうベゼルシップに乗って次の時間軸へと旅立たなければならない。だから、これが最後だった。

 ハッとしたように顔を上げたその視線が、リューズの目を正面から見据える。綺麗な瞳だ、彼女はそう思う。一見すると目つきは悪いし顔には古傷も走っているし、ほんの数日前に初めて会った時は怖いとすら思ったが、今ではもうそうではない。よく見ると澄んでいて、でも底が見えないほどに深くて、見つめていると吸い込まれて包み込んでくれるような、そんな優しい目だ。だからこそ、どうしようもないほどに私は―――――

 

「リューズ、私、あなたのこと……!」

「おっと、そこまでにしておきな」

 

 これが最後というのなら。胸の内からの衝動に突き動かされて思わず発しかけた言葉はしかし、他ならぬリューズ自身の手によって止められた。

 

「口に出しちまったら、後戻りできなくなるからな。ここ数日ずっと悪い夢でも見てたんだよ、嬢ちゃんは」

 

 穏やかにたしなめながら、ずるい言い方もあったもんだ、と内心苦い思いで自嘲する。わかりやすく遠ざけたいなら、はっきりと拒絶してやればいい。夢見る余地なく拒絶してしまえば彼女の心は傷つくだろうが、それでもいつかは立ち直れるはずだ。それができるだけの真っすぐな強さを彼女は確かに持っているし、長い目で見ればその方が彼女のためになる。

 だが結局のところ、リューズ自身がそれを口に出すことを避けているのだ。口に出してしまえば、後戻りできなくなる。それは、彼が自分に向けた言葉でもあった。後に戻るつもりなんて、最初からないくせに。彼女をここから連れて行くことはできないけれど、全てを捨ててここに残るという選択肢もなく。大人ぶったふりをして未練がましく言葉だけ濁し、自分の本音は最後まで明かさない。見ろよ嬢ちゃん、これが俺だ。嬢ちゃんの目に俺がどう映っているかはわからないが、ちっぽけで弱い人間さ。

 ……とは、最後まで言えなかった。飲み干したはずのコーヒーの味が舌に残っているのか、ひどく口の中が苦く感じた。

 

「なら、リューズ……せめて、こう言わせて。ありがとう、元気でね」

 

 そしてマイは精一杯に、泣くのを堪えて。それでも最後に見せる私の顔は、あなたの記憶に残る最後の私の姿は、せめて笑顔であってほしかったから。大きく大きくやり慣れない笑顔を作り、溢れそうになる涙を懸命に押し止めて。それでも滲む視界の向こうから、リューズがそっと手を伸ばした。目元の涙を男性らしいごつごつした指で丁寧に拭られるとまた彼の顔が、優しくて寂しそうなその顔が、はっきりと見えるようになる。

 

「ああ、嬢ちゃんこそ元気でな。しっかりやれよ……不正侵入(ハック)

 

 その呟きと同時に、そこにいたはずのリューズの姿は嘘のように消えていた。先ほどまで彼がいた席には空っぽのカップと、2人分のコーヒー代だけが置かれている。それが、先ほどまで確かにそこにいた男の存在を示す唯一のものだった。

 

「悪い夢、なんかじゃ……ない、わよ。本当にありがとう、リューズ……」

 

 その名前を口にすると、涙が堰を切ったように溢れてくる。もう彼は自分の前からいなくなったのだと、現実が重くのしかかる。流れ行く時間と同様に、いつかは泣き止んでまた前に進まなければならない。それでも、せめて今だけは。ボロボロと流れる涙に、ウェイターが何事かとすっ飛んでくる。

 

「あのぉお客様、どうされましたかぁ?」

「ごめん、なさい。ちょっと、長い間ね。とってもいい夢を、見ていたの……」

 

 そう言って、依然止まらない涙を流しながら。それでも彼女は、微笑んだ。

 

 

 

 

 

『……おしまい、でいいのね?じゃ、ベゼルシップ回すわよ』

「おう、頼むわ」

 

 その様子をずっと遠く、大通りの向こう側の更に離れた建物の影から覗いていたリューズが、タイムレコーダーから聞こえてくる未来からのパーペチュアの声に返事する。だが、肝心の彼女からの時間と場所の指定が返ってこない。

 

「……どうした?」

『あー……ねえリューズ。煙草とか、吸いたくない?今』

 

 さすがに訝しんで問いかけると、彼女らしくもなく歯切れの悪い言葉が返ってくる。真意を掴みかね押し黙る彼に、伝わらなかったのかともう少し直接的な態度が返ってきた。

 

『だーからね、少し時間あげるから、もう少しマシな顔にしときなさいって言ってるの。ひっどい顔してるわよ今、自覚ないの?』

 

 呆れたような言葉に、事実そんな自覚はなかったので思わず自分の頬を撫でる。そうなのか。そうなのかも、しれないな。

 

「…………そっか。じゃあ、1本吸ってから行くからそのあたりの時間で頼む」

『ん、了解っと。じゃあその路地の奥、レストランの裏口になってるドアと重なるように入口のワープホール繋ぐから。ベゼルシップ直通の使い捨てルート、7分後に扉開けて入るのよ』

「おう……なあ、パーペチュア」

『何かしら?』

 

 通信を切ろうとしていたパーペチュアに、最後に呼び掛ける。

 

「悪いな、今回は。散々手伝ってもらって、最後まで気ぃ使わせてよ。オリフィスだけじゃなくて、あの時リダン呼びつけたのもお前だったんだろ?おかげで助けられた」

『よしてよ、今さら何言ってるの。パーペチュアさんは大人のいい女なの、わかったら崇め奉っときなさい』

 

 大人のいい女はおおよそ言わないであろう台詞と共に、今度こそ通信が切れる。静かになった路地で、言われた通りに煙草を取り出した。思えば、この依頼を引き受けてからは全然吸っていなかった気がする。これを吸い切ったら、いよいよ終わりだ。この依頼も、この時代も。火を付けたそれを口に咥え、立ち昇る紫煙がゆらゆらと空に向かって飛んでいくのを見送る。この日の空はよく晴れていて、その青がひどく眩しかった。

 

「さて、と」

 

 7分後、吸いさしを近くの公共灰皿に突っ込んで両頬をパンと叩く。あまり変わった気はしなかったが、それでも確かに先ほどよりは気が晴れたのも事実だった。パーペチュアの言葉通りに表通りに背を向けて路地を進み……日の当たらないその道を数歩ほど歩いたところで、最後にもう一度だけ振り返る。太陽の下で、遠くに見えるマイは確かに笑っていた。その顔を脳裏に刻み付け、今度こそ前を向いて歩きだす。

 辿り着いた先の扉を開こうとすると、ノブに手を掛けるか掛けないかのうちに内側から勢いよく開いた。飛び出してきた明るい茶色の髪の少女に、思わず驚きの声が出る。

 

「ハーイ、リューズ。元気してたかしら?」

「パーペチュア?なんだお前、来てたのか」

 

 そこにいたのは、まだ少女の方の現代のパーペチュア。リダンに助けられてからその場で別れたとばかり思いこんでいた人間に、しかし当の本人はまだリアクションが足りないと感じたのか微妙に不満そうな顔になる。

 

「来てたのか、じゃないわよもう。私も家に帰るつもりだったんだけど、ちょうどひと段落したところで未来の私から、リューズがこっちでトラブルに巻き込まれてるから加勢して欲しいって連絡があってね?せっかくだから同乗させてもらったの。まあ、リダンに止められたから結局ここで留守番してただけなんだけど。おかげであっちの私から、テンプホエーラーの構造はみっちり教え込まれたわ……リューズも気が付いてたなら教えてくれたっていいじゃない、このパーツ外したら動かなくなるぞって」

 

 よほど暇していたのか言いたいことが溜まっていたのか、表情もころころと変えながら一息にまくし立てる少女。口を挟む隙すらないマシンガントークに閉口しながらも、ふとあることを思いついた。

 

「なあ、パーペチュア?」

「それでねそれでね……ん、どうしたのかしら?」

 

 リューズの側から振ってきた雑談に、珍しいという表情を隠そうともせず即座に問い返す少女。だが次に発せられた言葉は、さすがの天才少女にも予想できないものだった。

 

「お前、日本の昔話って何か知ってるか?」

「へ?日本……あ、えーっと、あれなら聞いたことあるわよ!確かあれでしょ、斧持って熊に乗ってオーガ退治に行ったタロー・ウラヤマ……ちょっと、なんで笑うのよ!」

 

 急で脈絡もない話題にも彼女自慢の灰色の脳細胞をフル回転させ、どうにか絞り出した自信満々の答えを聞いたリューズ。最初少しだけ呆気にとられた顔をして、直後笑い始めた。それも彼らしくもない、心底おかしそうな大声での笑い方だ。食って掛かる少女に、どうにか笑いの発作が収まったらしいリューズが扉の向こう側、ベゼルシップの中へと彼女を連れて歩き出す。完全に全身をその中に入れて最後に扉を閉めながら、頬を膨らませる彼女を宥めにかかる。

 

「いや悪い悪い、お前を笑ったんじゃないんだ。俺も同じことを聞かれた時、同じような間違いをしててな」

「へ?リューズも?じゃあ急になんなのよもう……」

「ま、俺の方がお前の間違い方よりはまだマシだとは思うが」

「本当になんなのよ、もう!」

「また今度教えてやるよ、亀を助けた男の話。俺は、もう覚えたからな。きっと気に入るぜ、もしかしたら俺らの同類かもしれない女も出てくる話さ……」

 

 そんなやりとりを最後に、完全に扉が閉まる。それきり、路地に人の気配はなくなった。




以前も紹介した心の中の夢女氏に、ラストはどうしたいか聞きました。
「リューズには対一般人の場合こちらの告白すら最後まで言わせないでずるい振り方して欲しいしそれきり別れたい、でもそれはそれとしてほんのちょっっぴりだけ完璧じゃない弱さも見せてほしい」とのことでした。
拗らせてるなあ、と思いました。解釈違い等あればごめんなさい。

それでは、ご愛読ありがとうございました。
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