蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
蒼き雷霆ガンヴォルトとモンスターハンターのクロスものを描いた二次創作です。アームドブルー側が中心になります。
ネタバレを含みますので、閲覧にはご注意ください。
華やかな生活を自慢するSNS、ロマンを謳う投資サロンには目も暮れず、強盗のバイト募集に薬物や売春が並ぶSNSよりもっと深く、もっと暗い世界に、少年は自ら飛び込んでいく。
ダークウェブをさまよう少年の顔は、喜びから落胆、躍起へと目まぐるしく変化する。
少年の捜し者の旅路は続く。
ズタズタに引き裂かれた心は痛みを知らない。
哀しみに夜明けはない。
「GV、朝ですよ」
扉を開けた少女は、まず豪華なベッドに目を向ける。
そこに、少女が思い描く理想の姿はない。ベッドの隣、家の倉の奥で埃を被っていた固いソファーに、一人の少年が丸まって寝息を立てていた。薄暗い部屋の中でも鮮やかな金に輝く少年の髪は、
「しょうがないわね」
少女は穏やかな寝息を上げる少年の側にかがみ込み、垂れ下がった前髪をそっとかき上げる。露わになった少年のあどけない寝顔の目の下に大きな
豪華なベッドも不眠に苦しむ少年を気遣って買ったものだが、少年は「大丈夫」と頑なに固辞した。
しかし、オウカは、少年の「大丈夫」が大丈夫でないと知っている。しつこく推したが、少年はベッドを使ってはくれない。
「もうちょっと気の使い所を考えて欲しいな」
オウカが寝ている少年の頬を突く。
居候の身を負い目に遠慮しているなら可愛いものだが、オウカが作ったご飯をおかわりする程に食い意地はしっかりしている性格が、オウカにとっては悩ましいものであった。
大人ぶって、子供っぽい、まるで弟のような存在──それが、オウカの少年に対する評だ。
オウカはソファーから垂れ下がった少年の腕をお腹に戻すと、視界の端に白い物を捉えた。
それはタブレット端末で、少年の物だ。
ソファーの下からはみ出たそれを、オウカは屈んで拾い上げる。タブレットの電源がつく。意図せず指が触れたようだ。
オウカは一瞬辺りを見渡し、そっと画面を覗き込む。
閲覧履歴がズラリと並ぶ。
その数、五百件──寝落ちするまで閲覧したサイトの数にしては、異常な数字だ。
捜し物、もとい、捜し者をしていたのだろう。
触れてはならない心の闇を目の当たりにして、オウカは自らの胸に手を当て、深く息を吐く。
だが、一度湧き出た好奇心は収まることを知らない。
白魚のような細い指が、画面に伸びていく。
小さな人差し指がタブレット画面に触れる。
「おはよう……オウカ」
ソファーで寝ていた少年がムクリと起き上がる。
「ひゃう!」
短い悲鳴を上げ、オウカは咄嗟にタブレットを背中に隠す。
オウカの眼前で目を擦っている少年の名は「GV」、はたまた、「ガンヴォルト」。コードネームであり、本名は少年が頑なに名乗ろうとしない。
巨大企業である
能力に適合できなければ、死を迎える凄惨な人体実験だ。
だが、少年の不運はそれだけに留まらない。能力を計測するための非人道的な実験や危険な戦闘試験が続き、試験時以外は皇神グループに軟禁され、洗脳教育を受ける毎日を送っていた。
当時十もいかない年端の少年が一身に引き受けるには、あまりにも残酷な悪行であった。だが、政府の中枢すら掌握する皇神グループに、少年への凄惨な虐待を
幸いにも、皇神グループの実験施設から少年を連れ出した反皇神組織フェザーの仲間や、フェザーを抜けた後に世話になっているオウカのおかげで、少年は健やかに成長した。皇神グループから与えられたコードネームを自ら使う程に心は逞しくなり、世界の危機を二度も救うほどに身体も強くなった。
めでたしめでたし──メリーデッドエンド。
二つの影が、少年の心を真っ黒に塗り潰している。
鋼鉄の鎧のように硬い殻で覆われていた少年の心を解放した大切な人で、ずっと誰かの命令でしか動いたことのなかった少年が初めて心の底から守りたいと感じた大切な人であった。
大切な人を少年は未だに探していた。もう会えないと分かっているはずなのに、それでも、少年はネットの海を
「朝ご飯作ったから、食べてくださいね」
心臓がキュッと締まる音がして、オウカは堪らずタブレットを持って部屋を飛び出す。
オウカは少年の大切な人のことを覚えている。
大切な人と少年の三人で共に過ごした時期もあった。戦いに明け暮れる少年に、サプライズパーティーを開こうと計画を語り合った夜を今でも鮮明に覚えている。
オウカは大切な人の最期を少年から聞かされた。
最期に立ち会うことができなかった。ただただ泣き喚く少年を慰めることしかできなかった。どこかホッとしている自分が許せなかった。大切な存在と離別した瞬間を少年の口から語らせた自分が情けなかった。
あの日、少年が泣き疲れて眠りについた後、オウカは脇目も振らず嗚咽を漏らした。
あの日の混沌とした哀しみを忘れたことは一度もない。
二人ともあの日から時が止まっていた。
特に、少年の方は酷かった。
時が解決してくれると祈りながら、時を動かすしかない──咄嗟にタブレットを隠したのもそのためだが、少年は勝手に持ち出してしまうだろうとオウカは半ば諦めている。
オウカはただ悔しかった。
リビングに降りると、テーブルの上にプレート皿が置かれていた。いちごジャムをふんだんに塗ったトーストに、有精卵の目玉焼き、トマトチリソースで炒めたタコさんウィンナーに、庭園で採れたばかりのアスパラガスをオリーブオイルで和えたサラダがプレート皿の上で少年を出迎える。いずれもオウカ自慢の手料理だ。
「オウカ。ボクのタブレット知らない?」
階上から少年の声がした。
オウカは慌てて辺りを見渡し、持ち出したタブレットを食器棚の奥にしまい込む。見つかった時の言い訳を考えながら棚を閉めると同時に、少年が目をこすりながらリビングに入ってきた。
「さ、さぁ……後で探しましょうか」
オウカは足早に少年の背中に回り、少年を朝食のテーブルに座らせる。プレート皿から立ち上る湯気に、少年の小さな鼻がひくつき、まどろんでいた瞳が一気に開眼する。
「うわぁ、美味しそう」
少年は目の色を輝かせて、プレート皿に手を伸ばした。活きの良い腹の音がリビング中に鳴り響き、少年はいちごジャムを塗りたくったトーストを口に入れる。ジャムの塊がこぼれ落ち、サクサクと小気味良い音を奏でる。
「今日の紅茶はダージリンですよ」
少年はすでに目玉焼きに口をつけていた。
無邪気に食べる少年の姿を見届け、オウカは軽やかな足取りを踏んでキッチンへ向かう。電気ケトルに水を注いで、キッチンの引き戸から紅茶葉を探し当てる。
オウカは紅茶葉を摘まんで香りを楽しみながら歌を口ずさむ。
それは、大切な人がよく歌ってくれた曲だ。
タイトルは
異能の力を持つ者の意思を支配するため、皇神グループが生み出したヴァーチャルアイドルだ。
そして、ある少女の精神を肉体から切り離してできた偶像と実在の存在──歌で心を支配する力を巡って、かつて二度の争いが起きた。その争いの中、偶像と実在は少年の元から去った。
そして、その偶像と実在を、少年は未だに探し求めている。
少年が朝食を食べ終えてから幾ばく、髪を整える少年の隣でオウカは少年の髪を編んでいた。
「オウカ、別にいいよ」
「ダメ、私にやらせて」
オウカは慣れた手つきで髪を一つずつ編んでいく。
オウカの柔らかな吐息が少年の耳にかかる。一つ屋根の下の男女に色恋話が一つもないのは、少年の卑屈な性格が原因なのか、オウカの奥手な性格が原因かは分からない。
「いつか毛先のトリートメントもしたいなぁ」
「はは、それは難しいかな」
耳元で囁くオウカに、少年は乾いた笑いを浮かべる。素っ気ない返事に、オウカは頬を膨らませながらも、ひたすらに髪を編み続ける。
少年の髪はいささか特殊である。
電気を操る力を持つ少年は、髪の毛をコーティングした弾丸を銃に込めて放ち、刺さった相手に電流を飛ばすことができる。髪の毛が避雷針のような役割を果たし、少年が発する電流がそれに向かって一斉に飛来する。相手の体内を高電圧の電流が駆け巡って感電させ、精密機械の装備を全てショートさせ、無力化する。
電子兵器が発展したこの時代において無類の強さを誇るが、大量の電解水に濡れると放電がコントロールできなくなる弱点を抱えている。
そのため、整髪剤はご法度だ。
ワックスで寝癖をごまかしているが、年頃の少年が髪型でお洒落を楽しめないと言うのはどこか侘しい。
反乱軍に所属していた頃、同じ反乱軍のモニカという女性にそのことを指摘され、髪を編むよう勧められた。始めは面倒くさがった少年であったが、お姉さん気質のモニカの根気に折れ、毎朝自分で髪を編むようになった。
だが、編み終えるまでに途方もない時間がかかってしまう。
手持ち無沙汰になった少年はリモコンに手を伸ばし、テレビを点ける。
「スタジオのみなさーん!」
画面の向こうの女性アナウンサーが手を振っている。その背後には砂原が広がっていた。殺風景な岩肌に乾いた砂の大地、華やかさが売りのアナウンサーが出向く土地ではない。
「こちら、デデ砂漠に来ております」
「今日はこちらで何があるんですか?」
ワイプに映った司会の男の発言を皮切りに、女性アナウンサーは歩き出し、カメラがゆっくりと回り出す。
野営キャンプが広がっていた。様々な電子機械の前で軍服を着た男たちが何やら議論を交わしているようだが、キャンプの屋根に付いた皇神グループのロゴに、少年はすっかり釘付けになっていた。
「GV、テレビ消す?」
「いや、いいよ」
オウカの提案を断り、少年は再びテレビ画面を観察する。
アナウンサーは興奮した様子で野営地に近寄り、仁王立ちで出迎える大男に挨拶を交わしているところだ。
「皇神グループの最先端の無人航空機の初お披露目!本日は航空ショーを生中継します!」
湧き上がるスタジオの歓声やコメントをよそに、少年は皇神グループの野営地の設備を細かく観察していた。
求心力を失いつつある皇神グループのプロパガンダであることに疑いの余地はない。無人で操縦できるなら、僻地の演習場に私兵を集める必要はない。エアコンの効いた部屋で航空パイロットが画面を見ながら操縦するだけで十分だ。
ベレー帽を着た軍人の男、アヌビス隊長と言ったか、一見すると、筋肉隆々で頼りがいがある。だが、修羅場を何度もくぐり抜けてきた少年からすれば、無駄な筋肉が多いとか、肩にかけた銃の手入れが疎かだとか、容易く看破できるデコイだ。恐らく、隊長の肩書もメディア向けのものだろう。
皇神が余計な情報を映すことはない。
そう結論づけた少年は大きな欠伸をして、オウカになされるがまま、微睡み始める。
「うわ、何!」
突然、テレビから悲鳴が上がった。
少年は勢いよく身体を起こす。
砂埃が吹き荒れる突風から、軍人がアナウンサーをかばう。アナウンサーは何とかその場で踏みとどまったが、側にいたカメラマンが耐えきれずに転倒してしまったらしく、カメラが空を向いた。
画面に映る大きなシルエット。
巨大な両翼と垂直に縦に伸びた影。優に十メートルを超えるその影はお披露目の最新航空機かと思ったが、それなら軍人が驚声を上げるのはおかしい。
その影は野営地の上空で停泊しているようだ。ホバリングしているにしては、エンジン音やジェット噴射の音はしない。まるで羽ばたくような音で、人工物の音はしない。
逆光が弱まり、その全容が露わになる。
四本の黒い大爪が生えた二本の後ろ脚が画面の中央を独占する。両翼と思わせたものは鳥が風を受けるための生物の物で、その先端には黒い爪が並んでいる。翼に対して垂直に伸びた影は、その生き物の尻尾と首らしく、赤い鱗がびっしりと付いている。
砂の大地に向かって尻尾を垂れ下げ、大きな両翼をはためかせながらホバリングするその様は、まさに、西洋のおとぎ話に語り継がれるワイバーンだ。
赤い竜が吼える。
画面越しでも腹の底に響く咆哮が砂を巻き上げ、カメラが転げ回ったところで映像は途絶えた。
その赤は紅蓮の炎の如し。
「天から見下ろす景色は、全て我が縄張りなり」と言わんばかりの咆哮が砂の大地を揺るがす。地に足つける飛べない者は、かの竜を畏怖し、逃げ惑うことしかできない。
かの竜の名は、火竜、リオレウス。
空の王者なり。