蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
夜が恐ろしいと思ったのはいつぶりだろうか。
眼前に広がる暗闇がまるで未来を暗示しているかのようで、オウカは首を振って起き上がる。床で寝ているきりんと
イヤに静かな夜だ。
グオーーーーー!
訂正、嘘です。
豪快なイビキは狩人のものだ。
慌てて部屋の扉を閉めて、オウカは階下に駆け下りる。リビングの扉から青い光が漏れているのが見えた。
「あれは……」
泥棒を疑い、オウカはリビングをそっと覗く。
確か、
──皇神は危険だ。
事あるごとに呟く少年の台詞だ。
皇神の横暴は許せない──オウカはそう思っている。
少年が受けた非人道な人体実験。あまつさえ一人の少女を犠牲にして、人々を唄で洗脳すると言う皇神の平和への謀略。非能力者も異能力者も平等な世界を目指すと公言しておきながら、その実、異能力者優位の社会を築き上げようとした二枚舌。
数えきれない皇神の悪行を少年から聞かされてきた。
だが、皇神が平和を築いてきたのも事実だ。
七宝剣と言う異能力者だけの戦闘組織が犯罪に手を染める異能力者の脅威から、非能力者を守ってきた。
仮初めだが、オウカは皇神から平和を享受してきた。
──しょうがないよ。
皇神の話題になると決まって呟く少年の慰めの言葉。
その台詞で、皆は納得してしまう。少年は過去にけじめをつけ、皇神に右頬を殴られて腫れ上がった左頬を差し出す聖人に昇華したと。
そして、少年は孤独になる。
悪意になぶられた少年の物語を、たった一言でオシマイにしてはいけないとオウカは思う。
だが、オウカは皇神を真正面から否定できずにいる。
「眠れないのですか?」
「過保護ですよね」
冷蔵庫を開けたオウカの手が止まる。
「ガンヴォルトのことですよ」
キーボードを叩きながら、十七架は言葉を続ける。
「貴方に対してあまりにも過保護が過ぎる。貴方は一体ガンヴォルトにとって何者ですか?」
友人と呼ぶには淡泊だけど、恋人ほど濃密でもない。これに関しては、意図して距離を置こうとするGVが悪いと思う。
思考が逸れたと首を振る。
そう、大切な人だと思い直す。
そもそも初対面の人に追及される内容ではない。文句の一つでも返そうと思った矢先、十七架から言葉が飛ぶ。
「誰かの代わりですか?」
背後からの指摘と冷蔵庫の冷気で、額から冷や汗がぽたりと滴り落ちる。
カノジョの代わりになりたかった。
だけど、カノジョの代わりにはなれなかった、
ポッカリと空いた少年の心を満たすには至らなかった。
ならば、ワタシはナニモノだ?
「ガンヴォルトは貴方を通して誰かを見ているのですね。しかも、身勝手に」
オウカは冷蔵庫を閉め、「違います」と振り返る。
「なら、どう違うのですか?」
その先に待ち構えていた冷徹な視線に、オウカはそっと視線を反らした。
二階からのイビキが消え、本当の静寂が訪れる。
「私も代わりという言葉に苦しんだことがありますから」
十七架がポツリと呟く。
「私の父は皇神で人工知能の研究をされていましてね。入社した頃、良く言われました。玉前博士の娘は役立たずだって」
額に寄せた皺を緩め、静かに微笑んでいる。
「そんなパワハラが嫌で、今のコンプラの仕事に移りました。今ではすっかり、社内一の嫌われ者ですけど」
彼女の眩し過ぎる微笑みに、オウカは俯いた。
まだ見ぬ境地への嫉妬がオウカの心を蝕む。
彼女のように我を貫けるほどの勇気はない。偽善な自分を赦せないけれど、慰めはする。それを延々と繰り返す自身に嫌気が差す。けれど、自分を変える方法が未だに分からない。
「私は……」
「その先は、本人に伝えたらどうですか?」
オウカの言葉を十七架が遮る。
「玉前監察官」
リビングの扉からコートの男が顔を出す。コートの男は路傍の石を見るような目でオウカを見つめ、「明日のスケジュールですが」と十七架に声をかける。
オウカは居た堪れなくなり、また、リビングを飛び出す。
「GV」
その先にいたのは少年だ。クマができた目で微笑む。
皇神の人間と二人きりでいたオウカを見に来たのだろう。
「オウカ、大丈夫?」
普段を演じる少年に、「あの、GV……」と声をかける。
だが、その先の言葉が出ない。
どう話せば良い?
何から話せば良い?
ずっと避けてきた話題の振り方を二人は知らない。
「ね、眠れないの?」
首を傾げてオウカの言葉を待っていた少年に、ようやく吐露した言葉が暗闇に響く。目元にできたクマを見れば、誰でも分かる。
「ああ、イビキがうるさくてね」
「お部屋代わりましょうか?」
「いや、良いよ」
他愛もない会話がいたずらに時間を潰す。オウカは頭の中で、少年を引き止めるための言葉が逡巡する。
「じゃあ、お休みね」
少年が踵を返す。
何かを伝えないといけない義務感に駆られても、そこから先の言葉が出ない。
少年の背中が客間に消えた。
その後ろ姿を見届けたオウカは握り拳を作り、そのまま二階に上がる。静まり返った廊下を抜け、駆け込むように寝室に入る。胸を抑えながら息を整え、床に眠る二人をまたいでベッドに飛び込んだ。
「あら?」
枕元に置いていた端末の画面が青く光っている。
何の通知履歴だろうかと端末に触れる。
>>久しぶり、オウカ
画面に表示されたメッセージに、「え?」と声を漏らす。
「あなたは……誰?」
オウカが声を漏らすと同時に、画面に文字列が並ぶ。
>>電子の謡精……の残滓、あなたのことは電子の海で調べた
垂れ流される文字列をオウカは冷めた目で見つめる。
コンピューターウィルスの類だ。
ブラックハッカーによる総当たり攻撃にでも引っかかったのだろう。特に皇神製の端末は彼らの腕試しとして狙われやすい。端末の録音機能を使って声を拾い会話しているように見せかける、古臭い詐欺の手口だ。
オウカは端末を動かし、メッセージを表示しているアプリを見つけ出す。
>>私なら、あなたを苦しみから解放できる
オウカはそのメッセージに目配せすることなく、アンインストールする。そして、端末を布団にくるんで枕に顔を埋める。
「いい加減なこと言わないでよ」
オウカの愚痴にも似た叫びは枕の中へと埋もれた。
───────────────────
一方、客間に向かった少年は一人ため息をついていた。
「オウカ、何か言いたげだったけど、何だろう?」
少年は首を傾げて考え込む。
「まぁ、オウカが無事なら良いか」
争いを好まないオウカの優しい性格のことだ。心配してくれているけど、かける言葉が見つからなかったのだろうと、少年は一人納得する。
「さて、どうするかな」
後は、皇神に見つかってしまった問題をどうするべきかだ。
今すぐにでも、オウカから離れるべきだ。
少年はすぐに結論付け、シミ一つない天井にため息を吐く。
かつてフェザーから抜けた時に、いくつか隠れ家は見繕っている。いずれも風雨をしのぐだけなら十分だ。
「はは、寂しいなぁ」
少年は目を閉じ、一人呟く。
まぶたの裏に三人での共同生活の日々が映し出される。サプライズパーティーの日、照れ笑いでごまかしたけど、本当は嬉しかった。三人で食卓を囲んだ日々、カノジョは食事をとれなかったけれど、ゲームの話でたくさん盛り上がった。
決意が揺らいでしまいそうで、少年は首を振る。
ふと窓の外を見やると、中庭の菜園に青い光が灯っていた。
あそこには
窓を開け、光の元に向かう。
正体はすぐに分かった。
ノワだ。
皇神の魔の手からオウカを守るため、ノワの屋敷に匿ってもらうよう少年はお願いをしていた。今晩にでもと思ったが、「準備がある」とオウカに断られ、ノワも一泊してくれることになった。
「変わった携帯だね」
背後から声をかけると、滑り落とした携帯電話をノワは慌てて掴み、背中に隠して振り返る。
奇妙な携帯電話だった。歴史の教科書でしか見たことのない携帯電話もそうだが、ピンクのハートが付いたアンテナに天使の羽を施したファンシーな電話だ。見ているこちらも小恥ずかしくなってしまう。
「ここで何をしているデスか、ガンヴォルト」
「それはボクの台詞じゃないかな?」
当の持ち主は、いつもと違う言葉遣いで少年を睨み、八重歯を見せながら息を荒げていた。少年は可笑しくなってクスリと微笑むと、夜空に顔を上げた。
都会の夜空の星は離れ離れで孤立している。
行く末を思わせる星空に、少年はため息をついた。
「オウカのこと、ありがとう」
「それくらいはさせていただきますよ」
ノワは眼鏡のブリッジを上げて、いつもの口調で話した。
「一つ、お願いがあるんだ」
少年はゆっくりと振り向き、屋敷の二階の窓、オウカの部屋を見上げる。
「オウカをこのまま匿ってくれないかな?」
「いつまで?」
「分からない」
少年は首を横に振る。
「彼女には話しましたか?」
「いいや、まだ」
「話すつもりもない?」
少年は首を縦に振る。
「皇神に居場所がバレた。怪物退治が終わったら、ボクはこの家を出る。だけど、オウカのことは心配だ。だから、匿ってほしい」
丁寧に事情を語る少年の背後で、ノワは目を細め、唇の裏で歯を噛み締めていた。
少年自らが別れ話を切り出せなくて、別れる理由をノワに押し付けているだけだ。厚かましい言い訳じみた話を聞かされ、ノワは苛立っていた。
だが、少年と皇神のニンゲンを引き合わせたのは、他ならぬ、ノワ自身だ。断れる立場にないことも折り込み済みのお願いに、ノワは拳を作って手の平に爪を喰い込ませる。
「あのアホ天使め……」
ノワが漏らした恨み節は誰にも聞かれることはなかった。
「私から貴方に何かを言う権利はありませんが、一つだけ言わせてください」
背中を向けたままの少年の肩を掴んで振り返らせる。
「残された者は辛いだけですよ」
二度と会わないと誓った兄の帰りを待ち続ける妹を知っている。気丈に振る舞い続けていても、寂しさは隠しきれていない。帰ってこないと本能が理解していても、帰って来ると念じ続けなければならない。
一生の枷をオウカに背負わせるのかと、ノワは少年の肩を揺さぶる。がらんどうのマネキンと見間違う程に少年の身体は簡単に揺れた。
「頼む」
「貴方も中途半端デスね」
力なく項垂れる少年に、ノワは皮肉をぶつける。
「そう、中途半端だ」
呆気なく認める少年。かつてしのぎを削った時の諦めの悪さや曲げない信念、そう言った気迫を今の少年から感じることはなかった。
「初めは、皇神を許せなかった。カノジョの想いを踏みにじってきた皇神と闘ってきた。だけど、ボクは平穏を欲しがった。それをオウカに見出してしまった」
垂れ流す
聞いてくれる天使はこの場には居ない。
熱血漢だった少年の姿はこの場には居ない。
ノワの中で、少年への興味が冷めていく。鋭かった瞳孔はいつもの光を取り戻し、気だるげな表情を浮かべていた。
「カノジョがいなくなった後も、オウカとの生活が楽しくて離れられなくなっていた。皇神から目を背けることもできた」
「それは、彼女に話すべきことではないですかね?」
語り続ける懺悔の言葉をノワが遮る。少年の肩を掴んで爪を喰い込ませ、「お休みなさい、ガンヴォルト」と耳元でささやき、ノワは屋敷に戻った。
残された少年は案山子にもたれかかり、力なく笑った。
小話
感情回と言うことで……
ゲームの主人公はプレイヤーが感情移入しやすいように、無個性であるケースが多い。ですが、プレイヤーと同じタイミングで熱くなるよう物語に組み込まれています。
小説の場合は行動する理由が大事なので、主人公に個性を盛り込む必要があります。読者の視点にワトソン役を用意しておく感じですね。
同じ物語を描いても、媒体によって主人公の個性が変わる。
こういう創作論は奥が深くて面白いですね。