蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
「そっちはどう?」
「全員無事だよ」
端末越しに聞こえるきりんの声から安堵がにじみ出ていた。怪物の猛追から逃げきった少年は離れ離れになったきりんと連絡を取っているところだ。
逃げ込んだ先は鍾乳洞、かなり開けた洞窟だ。迂闊に動き回れば合流を果たすことすらままならないし、留まっていても救援が来ることはない。
「赤い竜の巣で合流しよう」
出した結論は各チームで目的地に向かうことであった。背後で電話を聞いていたコートの男が、「無謀だ」とやり場のない愚痴をこぼす。
巣に近づけば、そこはリオレウスの縄張りだ。
留まってティガレックスに喰われるか、進んでリオレウスに喰われるか。賢明な選択肢はどこにもない。
「方角は分かるのか?」
コートの男が洞窟を見渡して、少年に尋ねる。
同じ景色が続く岩肌が天然の迷路を織り成し、日も届かない洞窟の外から吹き荒ぶ寒波が冷静な判断力を奪う。
「コンパスのアプリだ。これで北を目指す」
そこは文明の利器だ。
奇しくも、
通話を切った少年が洞窟の奥へ歩き出す。
コートの男は少年の背中を睨んで鼻を鳴らし、後ろを振り返る。
「
「だ、大丈夫です。走るよりマシですから」
すっかり腰を抜かした
皇神の二人を後ろ目で見やり、少年は歩く速度を落とす。
洞窟を照らす明かりは少年の放電による蒼い光しかない。全力で走れば皇神の二人を遭難させることもできるが、後味が悪い。
──皇神のためじゃない。
そう言い聞かせて、心優しい少年は起伏の激しい岩肌をゆっくりと進む。
地下水の雫が岩肌を穿つ音だけが響く。
皇神を嫌悪する少年からかける言葉はないし、コートの男も寡黙な
「ここはなぜ禁足地と呼ばれているのでしょうか?」
十七架が耐えきれず声を上げた。
「失礼ですが、監察官。あの老人のたわ言です」
コートの男はポケットから取り出した端末を操作し、十七架に一枚の画像を見せる。砂漠一帯を上空から写し取った衛星写真だ。スワイプして拡大するも、そこに変わった様子はない。禁足地と言うよりも、ただの寂れた荒野だ。
「皇神の衛星写真では、この地に異常は見当たりません」
「皇神は信用できないけどね」
少年がピシャリと否定する。あまりに強い拒絶に、コートの男はクックッと肩を揺らしながら笑う。
「異能力者の方がよほど信用できん」
「そう思うなら、リクルートを止めてくれないか」
坂道で足を止めて少年が振り返る。その顔には憤りがにじみ出ていた。
コートの男はやれやれと言った表情で肩を竦める。
「上からの命令だ。サラリーマンの世知辛さが
ゆっくりとため息をついたコートの男は左目を大きく見開く。焼けただれた皮膚がつぎはぎの皮膚を破って飛び出す。
そこに一陣の風が吹き込む。
襲い来る冷気が火傷でむき出しになった神経を撫でる。脳を駆け抜ける痛みに、左目を抑え、コートの男は少年を真っ直ぐに睨んだ。
「どうしてそこまで異能力者を憎む?」
「憎む?」
口の端を歪めてコートの男は愉快そうに笑う。その微笑みを少年に見せつけた男は、顔を下げて八重歯をむき出しにする。
「恐ろしいのだ」
そう呟き、コートの男は顔を上げる。
「人を簡単に殺める力を持つ個人が支配する世界が、な」
コートの男の怒り肩が少年の横を通り抜ける。坂の上で止まったコートの男は振り返ると、少年を指差しながら告げる。
「七宝剣の一人、デイトナを覚えているか?」
「デイトナ……」
かつての皇神が抱えていた異能力者で構成された戦闘集団、七宝剣の幹部の男の名を、少年は反射的に呟いていた。
「奴はその日も
だが、この男の性格に難があった。
──束縛された少女の姿が何よりもそそる。
初対面でそう言い放った時のデイトナの恍惚とした笑みを思い出し、少年の背筋が粟立つ。
七宝剣はリーダーの紫雷が敷いた実力主義の組織だ。たとえ素行がひどくても、たとえ謀反の意思を内に秘めていても、実力さえあれば、不問とされる。
「君が良く知る、かの少女の前でな」
大きく瞳孔が開いた少年を見て、コートの男は左目から飛び出た火傷痕を指差す。
「奴の非道を止めに入った時の火傷がコレだ」
コートの男の左目に怒りの炎が宿る。
今は亡き憤怒の爆炎が、今も尚、禍根の炎となって
「顔の火傷が疼くたびに、今も恐怖を思い出すよ」
コートの男が左の目をさする。
手を動かすたびにつぎはぎだらけの人工皮膚がぐにゃぐにゃと揺れ動き、火傷痕を擦る。顔に広がる痛みが次第に恐怖を打ち消す。
痛みがコートの男を正気に保っていた。
「弱者は強者の前に膝まづく。これは人類史以降、支配してきた資本主義社会と同じ運命かもしれん」
貧しき者が富める者に平伏するように、無能力者は異能力者に土下座して、「命だけは」と懇願する。
「だが、似て非なるものだ」
その現状を、コートの男は否定する。
「奴らの力は努力で得たものではない。悪魔の気まぐれで与えられた、この世の理から外れた暴力だ」
憎しみに満ちた視線を少年にぶつける。
それを才能と呼ぶには殺傷能力が高すぎる、第七波動の力に無能力者は等しく怯えるしかない。無能力者の誰もが抱え込む恐怖が、コートの男の中で憎しみに姿を変える。
少年はその視線を真正面から受け止めた。
大切な存在と出会ったその日から、何度も浴びせられた視線を今さら否定はしない。
異能の力がある限り、少年は「普通」を得られない。「普通」に手を伸ばしては振り払われるを何度も繰り返す少年を見て、周りの無能力者はコートの男と同じ視線を向けてきた。
「この話は終わりだ。気分が悪い」
先に目を背けたのはコートの男だ。
少年の覚悟を前に、負け惜しみの言葉だけが洞窟に響く。先に歩き出したコートの男を見て、少年は再び歩き始めた。
どこまでも続く広い洞窟。
岩壁が立ち塞がろうとも、迂回路を見つけて一つずつ確実に乗り越えていく。だが、コンパス一つで洞窟を進む内に、果たして合流できるのかと不安が脳裏をよぎる。
「霧が出てきた?」
そんな折、突然、洞窟に霧が立ちこめる。
「夜霧……なわけないですよね」
「気をつけろ」
皇神の二人が護身用の拳銃を構えて辺りを見渡す。少年も微かに髪を逆立て、目を凝らす。
砂埃が混じる乾燥した洞窟内に霧が立ちこめる自然現象はない。
第三者による介入と考えるのが自然だ。
氷や水を操る力、幻影を作り出す異能の力が蔓延るような世界において、当然の発想だ。
「おい!」
霧が深くなる。
皇神の二人の姿は霧にのみ込まれ、少年は
>>やっと会えた、GV。
背後からの機械音声に少年は咄嗟に振り返り、飛び退く。
濃霧の中に人魂のような蒼い光が飛び交うその奥に、一つのシルエットが浮かぶ。
蝶の羽を持つ人型の影、少年は一つの名前を呟く。
「モルフォ?」
少年の言葉とともに霧が晴れる。
>>幻じゃないわ。本物の
白い衣の所々が黒塗りされている。蒼く輝く蝶の羽も破れ、ノイズが走っている。絹のように流れる金色の髪と、妖艶な顔立ちは、別れたあの日から何一つ変わっていないが、頭に乗せた
「モルフォはもういない。お前は本物じゃない」
少年はモルフォに似た存在に銃を突きつける。
電子の存在であるモルフォが実体を持つことはない。特別な繋がりを持つ少年や視えるオウカにはその姿が見えただけで、本来はホログラムでしか見ることのできない存在だ。
ホログラムに映すデータ次第で偽ることはできる。
周りに漂う蒼い光と霧は、さしずめ投影装置を隠すための舞台装置に違いない。冷めきった視線を前に、モルフォに似た存在は顔を伏せる。
>>そう、ワタシはカノジョの
「残滓?」
少年が眉をひそめながら呟く。
モルフォに似た存在は顔を上げて少年に微笑みらしき表情を見せる。それはカノジョの笑みと瓜二つで、少年は思わず顔を背ける。
>>カノジョが消えた時に誕生した残滓。
少年の様子など気に留めることなく、淡々と機械音声が流れる。口パクかどうかすら分からないマスク越しに、モルフォに似た存在は言葉を発する。
>>電子の海を巡って、ようやくココまで修復できた。
モルフォに似た存在は身体中に走るノイズを指差す。
ホログラムで投影された身体の欠落を指差して、本物と主張するその姿は、傍から見れば疑わしい。
「完全に一つになったわけじゃない……」
だが、少年は一つの可能性を口にする。
──カノジョと彼女が同一の存在ではないか。
蜘蛛の糸より細い可能性にすがってしまう程に、少年の心は未だカノジョと決別できずにいた。何度も自分に言い聞かせて強がるたびに、可能性と言う偽りの糸は太くなる。
>>後少しだけ助けてくれないかな、GV。
モルフォに似た存在が少年に手を伸ばす。
「後少し」とは欠けた身体が示す彼女の構成データのことだろう。
そして、完成した暁に、
少年は一歩前に踏み出し、手を差し伸べる。
彼女は微笑みかけながら少年に近寄ると、覚束ない足取りで少年もまた、一歩を踏み出す。
指先が触れ合う。
ホログラムの幻影から少年の手に温もりが迸る。
「何をしている?」
背後から聞こえる野太い声と共に霧が一気に晴れる。
少年の目の前から彼女の姿が、蒼い光ごと消えた。
少年は足元を見やり、崖先に佇んでいることに気づく。後一歩踏み出せば崖下の深い暗闇に落ちていただろう。
少年は飛び退いて、背後に佇む皇神の二人の方を振り向く。
「飛び降りるなら誰もいないところでやれ」
コートの男が踵を返す。
崖から落ちる寸前で声をかけたコートの男の背中を、少年は夢うつつのままで眺めていた。
「ガンヴォルト」
何度も声をかけられ、少年はようやく我に返る。コートの男が向かった方へ駆けつけると、二人が壁を見上げていた。
「向かうべきはこちらで合っていますか?」
鉄の扉だ。
明らかな人工物が洞窟の壁の間に建造されている。鉱山採掘のために造られたとは思えない厳重な扉の先をコンパスが指し示す。
少年が扉に手を押し当てる。
腕に電気を一気に流すと、重厚な音を立てながら扉が開いた。
小話
オオナズチは出ません。
静寂と書いてしじまと読むのを初めて知りました。
クエストタイトルの中で一番響きが良いですよね。本当は後ろに何か付け足したかったですが、ボツにしました。
さて、本稿最後のオリジナルキャラにして、ラスボスも登場させたので、話も折り返しに来たと信じたい所です。