蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
白々しく聞こえるのは、少年が根っからの捻くれ者だからか?
「何だ、この場所は?」
コートの男の声に、少年は歯噛みしながら警戒心を押し殺す。
鍾乳洞の奥にそびえる鉄の扉の先にはがらんどうの空間が広がっていた。荒れた岩肌から小綺麗なタイル張りの床に変わり、その所々に配線を通す穴や机をこすった形跡が残されていた。
何かの施設があった。
そして、日本に籍を置く
その事実を鑑みれば、どこの施設かは容易に想像がつく。
──皇神の施設だ。
少年の直感はすぐさま皇神への猜疑心に変わる。
「炭鉱の物置きでしょうか?」
腹の底から怒りが沸き上がるのを感じながら、少年は冷静さをぎこちなく装う。
証拠がないのだ。
皇神の研究施設があったことを、二人が知っていたと言う確たる証拠が。
裏表の激しい皇神の内情を二人が把握しているとは限らない。
「研究施設かもしれない」
少年はかがんで、机をこすった跡を指で撫でる。
わざと研究施設と口にして動揺を誘ってみたが、二人からの返事はない。
背後を見やると、二人は口を押さえて押し黙っている。それが知らない演技なのかどうかまでは、判別がつかなかった。
少年は指先に視線を戻す。
その指先に埃は付いていない。
床に溜まっていた埃が机の脚に一度払い除けられた後、埃が再び積もる間もなく少年たちが訪れた。
つまり、机を動かしたのは最近のことだ。
赤い竜が近くに飛来して、慌てて施設の物資を回収したと考えるのが自然だが、相手は狡猾な皇神だ。
「先に進もう」
少年はホルスターに手を伸ばし、背後の二人を後ろ目で見やる。襲ってくる様子もなく、まだ戸惑いを見せている。これが演技なら役者だなと感心しつつ、少年は二人を置いて先を進んだ。
────────────────
少年が鉄の扉を見つけた頃、きりんは坑道を歩いていた。
一人通れるかどうかの狭い通路を少し歩くとすぐに分かれ道に出て、青年が来た道に目印を付け、コンパスを頼りに奥へ進むを繰り返す。無計画に掘り進んだ坑道らしく、瓦礫で道が塞がれて、引き返すこともある。唯一の明かりは
「ホントに合流できるかしらね」
きりんが自虐的に呟くと、「オーラ!」と青年がきりんの背中を叩く。彼なりに励まそうとしているらしく、きりんも決して暗い顔は見せない。
「オラペスカ」
初めに気づいたのは青年だ。
二人の前に歩み出て、弓矢を構える。遅れてきりんが鞘に手をかけ、刀身を抜く。殺気立つ二人を見て、篇算者がようやく辺りを嗅ぐ。
「確かに、血の臭いがしますね」
篇算者が種火石の明かりを掲げたが、右も左も暗闇が続くばかりで、怪物の姿はない。野生動物が遺した遺体ならと楽観する者はいない。怪物が遺した遺体ならば、怪物との戦闘もあり得る。
「どっち?」
きりんが青年と目を合わせる。
「ヒー」
青年の嗅覚が示す方向にコンパスが北を指す。
「覚悟、決めましょうか」
三人は互いに頷き合うと、弓を構える青年を先頭にして北を目指す。一本道で、きりんが満足に剣を振るえない。真っ直ぐに飛ぶ青年の弓だけが頼りだ。
砂利を踏む音だけが響く。
誰もいないと希望を抱きそうな静けさだ。
だが、濃くなる血の臭いが希望を否定する。
一本道が終わり、開けた場所に出た。
青年ときりんは一本道から飛び出して、警戒に当たる。
鍾乳洞には生臭い血の臭いが漂っている。随分と近い。
怪物の姿は見当たらない。だが、あちこちに突き出した岩肌が段差となり、怪物が潜むには十分な死角を生んでいる。
きりんは刀身を下ろして、一息つき、再び構え直した。
「誰もいないミタイですね」
暫しの静寂の後、篇算者が漏らした呟きが洞窟に響いた。
その声に反応して何かが飛び出す気配もない。
きりんと青年はようやく得物を下ろした。二人は鼻と耳に神経を寄せる。血の臭いがする方向から、微かに液体の滴る音がする。
「ゼィヤー」
青年が突き出た岩肌を指差した。
きりんは刀を構えながら忍び足で動き、その後ろを篇算者がそろそろと追いかける。
先頭を歩む青年が足を止め、突き出た岩肌の下を覗き込む。鼻をつまんだ青年の隣に並び、きりんも崖下を覗き込む。
兵士の遺体が無造作に投げ捨てられていた。
重厚な胸当てが紙切れのように切り裂かれ、手首を守るプロテクターには食い千切られたような穴が開き、遺体の至る所から流れ出た血が紅い海を作っていた。
きりんは紅く染まった血の海に飛び降りる。血まみれになったサーバーの上に着地すると、血が宙に跳ねた。
後を追いかけるように回り道で崖を下りた青年と篇算者。血の海の岸辺に打ち上げられたパソコンを、青年と篇算者が興味深そうに眺めている。
二人が顔を上げると、崖下の死角に見たことのない四角い箱が無数に積み上がっていた。こちらの世界では、パソコンにサーバー、ルーターと呼ばれる
「誰かが捨てたモノでしょうか?」
「まさか」
篇算者の推測を否定し、きりんは爪を噛む。
砂漠の奥地にわざわざ不法投棄したとは考えにくい。
きりんは血の付いたキーボードを拾い上げる。錆一つなく真新しい。最近捨てられたものだと確信し、キーボードをそっと戻す。そして、血の付いていないサーバーを渡り歩き、きりんは兵士の遺体に駆け寄る。
きりんは屈みこんで、遺体を検めた。
胸には四本の爪跡が走り、首筋から血が溢れている。鋼鉄の装備を貫く鋭い爪で切り裂かれ、声を出す間もなく喉を噛み千切られたのだろう。
遺体の側にレーザー銃が落ちていた。
「やっぱり、皇神ね」
未来でも見慣れた皇神製のレーザー銃だ。
レーザーの出力は満タンで、引き金を引いた形跡はない。反撃の隙すら与えられず、命を絶たれたのだろう。
──皇神は当分動けんさ。
砂漠へ向かう前、コートの男が吐いた台詞が脳裏をよぎる。
国の許可がなければ軍事行動を起こせない皇神が、その私兵を動かしていた。許可されていたなら、コートの男は嘘をついていたことになる、無許可なら、国際問題だ。いくら天下の皇神と言えど、自ら国際問題を起こそうとする気概はない。
「GVは大丈夫かな……」
きな臭い──それが彼女が抱いた感想だ。
レーザー銃を血溜まりに投げ捨て、きりんは兵士の遺体を漁り始める。ポケットをまさぐるが、所属を示す物は一向に出てこない。皇神の私兵の中でも、素性を隠すべき部隊であろう。
報道用の軍人と比べ物にならない戦闘訓練を受けた部隊が壊滅に追いやられている事実に気づき、きりんは生唾を飲み込む。
きりんの指に硬い物が触れた。
ポケットの奥に手を伸ばして引き上げると、USBメモリが現れる。
「グロッソ!」
青年の叫びを聞いて、きりんが咄嗟に飛び退いた。
血溜まりを飛び越え、先ほどまで屈んでいた場所を見やると、赤く染まった凶爪が振り下ろされていた。
「あれは何?」
きりんは鞘を抜き直して、剣先を眼前の怪物に向ける。
血の海に佇むずんぐりとした身体に、びっしりと赤い鱗が張り巡らされている。白煙を漏らす口から覗く鋭い牙から白い涎が垂れ落ちる。垂れ落ちた涎が、血色に染まった四本の爪に伝う。
「オ、オドガロン!」
篇算者の叫びと共にオドガロンが顔を上げて、きりんを睨む。白い目の中の青い瞳に、シニカルに笑うきりんの顔が映る。
「ヤル気満々じゃん」
呟いた刹那、オドガロンが飛びかかる。横っ飛びに回避して、反撃を加えようとするも、爪を振り回して暴れるオドガロンを前にきりんは踏みとどまる。
「エクスディーズ!」
青年が弓を引き絞り、矢を放つ。
束なった三本の矢が空を切る。その音に気づいたオドガロンが、その爪で矢をはたき落とす。
オドガロンが青年に向かって吠える。
生まれたわずかな隙に、きりんが一気に距離を詰める。遺体を踏みつけながら、流線型に伸びた尾に狙いを定める。
突如、オドガロンが身体を捻った。
オドガロンは唸り声を上げ、飛んできた小蝿をはたき落とすかのように左脚を振り上げる。
血色に染まった六の死線が空に浮かび上がる。
折り畳みナイフのように、四本の上爪の下から飛び出した六本の下爪、
迫る死がきりんの身体に危険のシグナルを送る。
咄嗟に踏み込んだ左足が腐肉のぬかるみに囚われ、体勢を崩す。
「アユーダ!」
それを見た青年が弓を引き絞った瞬間、落石を受け止めた右肩に痺れが走る。力なく放たれた矢は遺体に突き刺さった。
きりんは奥歯を噛み締めて踏みとどまり、刀を真横に薙ぐ。
直後に訪れる衝撃──オドガロンの爪ときりんの刀がぶつかる。
刀身がたわみ、全身に痺れが走り、血の液面が揺れる。
そして、きりんの身体が弾き飛ばされる。
「きりん!」
二人が同時に叫ぶ。
青年はスリンガーに詰めた小石を放ち、篇算者は逆転の道具がないかと鞄を漁る。しつこく打ち続けた小石を鬱陶しく感じたのか、オドガロンが青年を見やる。
「いっ……」
うめき声の中に愚痴が混じる。
柔らかな遺体がきりんの身体を辛うじて受け止めていた。
立ち上がらなければ、待つのは死のみ──頭で理解していても身体が追いつかない。
オドガロンが眼前まで迫り来ていた。
音もなく近づき、鼻をヒクヒクと動かして倒れているきりんを品定めしている。
オドガロンが鍾乳洞の天井に向かって高らかに吠える。
勝利の咆哮を上げた瞬間、オドガロンの身体が宙を飛んだ。
きりんの真横から硬いものが落ちる音が響く。きりんは上体を起こし、後ろに飛び退いたオドガロンを睨む。
きりんの頭上を黒い塊が飛ぶ。
黒い塊がオドガロンに飛来し、オドガロンが更に後ずさる。
黒い塊──それはサーバーの筐体だ。
デスクトップモニターや机や大型コンピュータの筐体が、きりんの頭上を次々と飛び越える。その全てが暴風雨の如くオドガロンに飛んで行き、オドガロンはきりんの背後に威嚇する。
「ハッハー!良い投げやすさだ!」
快活な男の声に、きりんが振り返る。
金色の獅子のような髪をした大男が血の池に落ちていたサーバーの筐体を片手で拾い上げては、片腕一つで投げ飛ばしていた。
「大団長!」
篇算者がその男の名を叫んだ。
烈火の如く豪快に笑いながら、嵐の如く電子機器を投げまくる金色の筋肉ゴリラ然とした男に、オドガロンは狙いを定める。
「今だよ!アキュラ君!」
上空から響く機械音声にオドガロンが見上げる。
茶色の球が鼻先に迫ったかと思うと、一気に茶色の煙が広がる。
「臭っ!」
悪臭に鼻を摘み、きりんは弾け飛んだ刀のところまで後退する。
「これで良いのか?」
遺体に刺さった刀を抜いたきりんは、声がする上空を見上げる。
赤と白の装甲に身をまとった銀髪の少年が足裏につけたホバーブーツのジェット噴射で空を飛んでいた。「やっぱり臭いよ、アキュラ君」と少年の周りを飛び交う球体ビットがボヤいている。
「おぉ!上出来だ、ボウズ!」
空でホバリングする少年に手を振った大団長に、「その呼び方はやめろ」と少年が文句を垂れる。
少年が投げたそれは、
縄張りを主張する糞の悪臭がオドガロンの身体を包む。暗い洞窟に生息し、視覚よりも嗅覚に優れるオドガロンはのたうち回り、悲鳴を上げる。そして、脇目もふらずに情けない悲鳴を上げながら、オドガロンは逃げ出した。
「大丈夫か?」
大団長が血溜まりを渡り、刀を鞘に戻したきりんに声を掛ける。
「あなたが大団長?」
「おう、そうだ」
大団長は腕組みをしてきりんをじっと眺める。
「良い腕をしてる。度胸も十分だ」
何度も深く頷き、大団長はきりんに手を差し伸ばした。
「なぁ、俺と世界を見て回らないか?」
「それって、
「フラれたな」
頭を掻いて豪快に笑う大団長のもとに青年と篇算者が駆け寄る。久しぶりの再会で近況を話しているらしい三人から離れ、きりんは地面に降り立った少年に歩み寄る。
「アンタがアキュラね」
「お前は何者だ?」
「アタシは戦巫女、きりん。彼を探しに来た」
「そうか、アレの保護者か。ようやく解放されるわけだ」
踵を返すアキュラに、「待って!」と呼び止める。誰も寄せ付けない苛立ちを顕わにしながら、アキュラがきりんを睨む。
「まだ用があるのか?」
「GVも来てる」
殺気が迸る。
きりんが鞘に手をかけると同時に、アキュラがきりんの額に銃を突きつける。
「貴様、ガンヴォルトの仲間か?」
「話を聞いて。そして、できれば協力して」
二人の間に沈黙が続く。
球体の機械が忙しなくアキュラの周りを飛び交う。
「協力?斬りつけようとする奴とか?」
「人の頭を撃とうとする奴に言われたくないわ」
引き金を引くのが先か、鞘から刀を抜くのが先か。
手練れ同士の技で、どちらが先になるかは分からない。
争いに気づいた大団長たちが駆け寄るのを見て、二人は互いの武器を渋々と納めた。
小話
オドガロンは設定上、折り畳まれた下爪が上爪に上がってくるらしい。爪の収納はどうするのとか、歩いたら足の裏に爪が喰い込まないかと疑問を抱くが、器用に歩いているんでしょうね。
いよいよ大団長の初登場。
電子機器を片手で投げ飛ばす無法ぶりですが、まぁ、大団長ならやるだろうと考証はあまりしていません。