蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
夜の森を駆け回っていた野良猫がこぞって真っ赤な車の下へ駆け込む。都心から遠く離れた閑静な山間では、吐息は絶えず白く、温もりが残るエンジンはすっかり野良猫たちの集会所となっていた。
そこに足音が響く。
車の下から四つの細い足首が伸びている。近づいて来たかと思うと、頭上から機械音が鳴り、程なくしてエンジンが唸る。車の下でたむろしていた野良猫たちは大慌てで飛び出し、黒い木に止まっていた
追い出された野良猫が上げる抗議の声は、次の瞬間、アクセル音にかき消される。
赤い車が爆音を鳴らし、砂煙を巻き上げながら山道を駆け下りる。大きく車体を振りながら崖沿いのヘアピンカーブを下る車のボンネットに、昇ったばかりの朝日が照り返る。
その光が運転席の赤髪の
ハンドルを豪快に回すノワの右隣で、オウカが冷や汗をかきながらシートベルトを握りしめる。
「あまりプライベートの車を仕事に使いたくないですが」
車体が前後に大きく揺れ、助手席に頭を打ちつけたオウカが一人悶絶する。
「もう少しお手柔らかに運転できませんか……」
「魅せてあげましょう。神園家に伝わる
口角を吊り上げながら真正面を見据えるノワに、オウカは上擦った声で悲鳴を上げる。山道を下り終え、都心へ続くストレートの私道に差し掛かった瞬間、ノワはギアを一段上げてアクセルを踏み込み、車内にエンジンの野太い雄叫びを響かせる。
「誰も来ませんように」
オウカはシートベルトを強く握り直す。
「ところで、どちらに向かっているのですか?」
速度が落ち着いたところで、オウカがノアに尋ねる。ノアはバックミラーを覗き込んでから、指を折って数え、「六十四番目ですかね」と呟く。
「今朝方、アキュラ様から日本に帰ると連絡がありました」
「GVは……皆さんは無事ですか?」
ノワはバックミラーを覗き込むと、静かに頷く。
「ガンヴォルトは右肩を負傷、きりんは頭を三針縫う怪我を負ったそうです。戦闘を続ける分には問題ないと聞いています」
オウカは胸元に手を押し当てて、静かに目を瞑る。
懐かしくも、忌避してきた感情がオウカの心を押し潰す。かつての戦いで慣れてしまった感情も、時が経てば、初体験の時と同じ心を締め付ける感覚に逆戻りしていた。
「六十四番目の神園家の別荘で合流します」
友人の負傷に心を痛めるオウカの横で、ノワが淡々と目的地を告げる。
「心配じゃないですか?」
ノワの冷徹な話し方に、オウカは語気を強める。
何処か怒りを帯びたオウカの瞳を横目に見やり、「心配?」とノワが眉をひそめる。
「アキュラさんも怪我をしているとか思わないのですか?」
「愚問ですね」
ノワはピシャリと否定する。
高速道路の料金所に到着し、車速を落とす。人差し指でトントンとハンドルの淵を叩きながら、ノワは言葉を続ける。
「私はアキュラ様を信じています。何があっても独りで乗り越えていけると。貴方もそうでしょう?」
オウカはただ沈黙する。
料金所を抜け、車体が加速を始める。言葉が出ないまま時間だけが過ぎ、高速道路の本線へ合流してしまう。前方車のテールランプに目を細め、返事を待ちきれなくなったノワは話を続ける。
「私にできることは、ミチル様をお守りし、アキュラ様の帰りを待つこと。ですが、それは私以外にはできないこと。代わりなんていません」
代わりという言葉に、オウカは肩を震わせる。
「貴方もそうでしょう?」
尋ね直すノワに、「私は……違います」とオウカが首を振る。
「誰かの代わりになりたいと……思っています」
「おこがましいですね」
ノワがアクセルを踏み込んだ。
「立ち直るかは当人次第です」
ハンドルを大きく切り、前方を走る車を追い越していく。
「私はアキュラ様が安心して活動できるよう、ミチル様をお守りしているのではありません」
「えっ?」
オウカが小さな驚声を上げる横で、ノワはバックミラーに視線を移す。私有地を抜けてからずっと尾行していた車、
「ミチル様の安寧を願った、そのついでに、アキュラ様をサポートすることになっただけです」
「すごいです……私にそんな力、ありませんから」
自身を卑下するオウカに、ノワは鼻を鳴らす。そして、苛立ちをぶつけるようにアクセルを更に踏み込む。一層荒れる運転にオウカはすっかり黙り込み、これ以上の会話が車内に生まれることはなかった。
小高い丘に連なる高級住宅街にとびきり豪華な屋敷が一軒だけ混じっている。無人で開く門扉に黒塗りの高級車が押し入り、庭先に停まる赤い車の横を通り過ぎる。世界有数の大企業、
庭に停車した黒塗りの車の一つから少年が姿を現す。
「おかえりなさい」
帰りを待っていたオウカに、少年は笑みを向ける。
優しげな笑みを浮かべる少年。
その戦闘服は右肩だけが破けており、そこから包帯が顔を覗かせている。その背後から陽気な笑顔で手を振るきりんの頭には包帯が幾重にも巻かれていた。
「大丈夫ですか?」
生々しい傷跡を見せつけながらも、笑顔を絶やさない二人にオウカが駆け寄る。「ヘーキヘーキ」と笑うきりんに、「うん、大丈夫だよ」といつも通りの少年。
その横を皇神の人間が次々と通り過ぎた。中にはコートの男と監査官の
少年に向けられる畏怖の目に気づいたオウカが、皇神の人間を睨み返す。皇神の人間は咄嗟に視線を戻して屋敷へ駆け込んだ。
その後ろをアキュラ、大団長に
屋敷、神園家にとっては数多く所有する別荘の一つに過ぎない家屋だが、その中はお世辞にも綺麗だとは言い難いものだった。客を招待するにはあまり清掃が行き届いていない。
皇神を客と見做していない証左だ。
「さて、改めて話してもらおうか」
リビングに案内されたコートの男は、もてなしの粗茶が出される前に大団長に詰め寄る。
「もう話したんだがな」
大団長が豪快に笑ってごまかそうとするのを、「ふざけるな!」とコートの男が一蹴する。
「顔も背格好も分からぬ異世界の人間一人を探し当てるなど、不可能なのだよ!」
「そう言われてもな……」
頭を掻く大団長の前に、ノワが紅茶を差し出す。
花柄のカップを鷲掴みにして、大団長は一気に紅茶を流し込んだ。その姿を見て、ノワは呆れながら次々と紅茶を振る舞う。
「何があったのですか?」
オウカがきりんに耳打ちする。「実はね……」と耳打ちを返し、きりんは事情を話した。
大団長曰く、大団長の世界にいたフード姿の人物が異界のゲートに関与しているらしい。
「フード姿……ですか?他に特徴はないのですか?」
きりんはお手上げのポーズで答える。
性別も顔も体格すらも謎に包まれた異世界人一人を六十億人の中から探し出すのは現実的ではない。
「だが、そいつは黒蝕竜、ゴア・マガラを連れていた。それなら探せるだろう」
苛立つコートの男に、大団長が反論する。
唯一の手がかりは異界の龍を引き連れていることだ。ゴア・マガラと言う黒い龍で、リオレウスと同等の体格らしい。
「連れているって、怪物を従えているとかですか?」
耳打ちするオウカに、きりんは「さぁ」と投げやりに返事する。
信じられない話だ。
実際の竜と対峙して、その暴力を目の当たりにした者はより強く感じている。もし怪物たちを制御する術があるなら、皇神がここに集う必要すらない、嬉々として技術の独占に走ることだろう。
「とにかく、そいつがゲートを開けて俺の前から姿を消したのは事実だ。この世界にモンスターが出没していると言うことは、そいつもこの世界に潜伏しているに違いねぇ」
自信に満ちた回答をする大団長に、「お前の勘だろ」とアキュラが釘を刺す。「俺の勘は良く当たるぞ」と悪びれる様子もなく答える大団長に、冷めた眼差しを向けた十七架がコートの男に居直る。
「ピレー。宇宙航空開発部の解析結果は?」
コートの男は側に佇む皇神の人間に目配せし、結果を読み上げさせる。
「人工衛星カムヤライが捉えた直近三日間の映像を全て解析しましたが、黒い竜はまだ見つかっていません。今後も解析は進めて参ります」
「ハッキリ言って、眉唾物だ」
解析結果を受けて、コートの男は妄言と評した。
衛星の死角に三日間潜伏する──人間にできても、巨大な竜にはできるはずがない。
「例えば、食料はどうする?
「自動車とか言う乗り物に詰め込めば良いだろう?」
「いい加減にしてください!」
大団長の言い分を十七架が遮る。
その怒鳴り声に、控えていた皇神の人間が揃って俯く。
──手がかりは潰えていた。
そう判断せざるを得ない状況では、次策の意見を求められる。だが、あまりにも荒唐無稽な事態に答えを用意できず、先生に当てられたくない学生のように視線を逸らす。
──結果が出るまで待つしかない。
少年が抱いた所感は十七架も同じだったらしく、十七架は紅茶に口をつけることなく立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
アキュラが十七架を呼び止める。
「本社に報告に戻ります」
アキュラと少年が銃を突きつける。
十七架の額に向けられた二つの銃を見て、リビングにどよめきが駆け巡る。
「あなた達が不利になるような報告はしません」
暗に皇神に居場所を教えないと十七架は主張するも、二人が皇神を信用する道理はない。猜疑心を強める二人の射線上に、コートの男が無防備に立ち入る。
「ホウレンソウ……社会人の基本だよ、ご両人」
監査官を庇うように間に入ったコートの男は、動揺している周囲の皇神の人間を見渡して、説得を続ける。
「これだけの人間を動かしているんだ。上に報告なしで動く訳にはいかない」
「そもそも、こいつらは一体何者だ?」
砂漠へ発つ前におらず、帰りのプライベートジェットに搭乗していた皇神の人間を、アキュラが一人ずつ睨み返す。殺気を振りまくアキュラに、周りにいた皇神の人間の顔が次々と青ざめる。
「赤い竜の対策チームです。昨日付で発足しました」
「安心し給え。皆、無能力者。追い出し部署の職員だ」
茶化すコートの男に、「あなたは……」と十七架が叱責する。
「人件費率向上のための
人事部のコートの男からリストラ対象と告げられ、皇神の職員が揃って動揺する。銃を構える二人の前で大きな隙を晒している。着込んだスーツに武器を隠した形跡もなければ、テロリストに対する動きにも統率がない。
彼らが使い捨ての人材であることに疑いの余地はなかった。
コートの男の言い分が事実と確信し、少年は強い嫌悪感をにじませる。
「世知辛いサラリーマンを救うと思って、見逃してはくれないかね?」
少年が向けていた銃口が微かに下がる。
コートの男の説得に胸打たれたわけではない。
ここにいる皇神の人間が全て無能力者であることに、少年の心の中で躊躇いが生まれていた。
──世界の
忌まわしい台詞が脳裏をよぎる。
それは世界を自分だけの物にしようとした暴君達の甘言だ。価値のない無能力者どもを一人残らず銃殺しても、異能力者の王ならば赦されると誘ってくる。
ここで引き金を引けば、否定してきた彼らに屈することになる。誰かを守るためと言う信条が薄っぺらい免罪符に変わってしまう。
「大丈夫ですよ、私は……」
オウカの声がする。
オウカに視線を投げていたことに気づいた少年は、静かに銃口を下ろす。それを横目にアキュラも鼻を鳴らし、銃を懐にしまう。
「ありがとうございます。約束は必ず守ります」
コートの男が横にずれると、一人頭を下げる十七架の姿が現れた。周りの皇神の職員も安堵のため息をつく中、その内の一人は二人の少年の殺気に気圧されて腰を抜かしていた。
「約束が反故にされたら、タダじゃ済まさない」
少年が改まって忠告した瞬間のことだ。
給湯温度を55℃に設定しました。
1時28分にお風呂の予約を開始します。
突然、流れた給湯器の案内音声に、「見てきます」とノワが立ち上がる。首を傾げながら外に出たノワの後ろ姿を見て、リビングに綻びが戻る。
きりんが咳払いして、リビングに再び緊張感をもたらすと、十七架が頭を下げて言葉を続けた。
「ゴア・マガラと言う竜に関する情報が入りましたら、皆様に真っ先にお知らせします。連絡係を置いてもよろしいでしょうか?」
「敷地内は駄目だ。外で待機させろ」
別荘を管理するノワに代わって、アキュラが指示を出す。目配せした十七架に、「承知しました、玉前監査官」とコートの男が告げる。コートの男がリビングを出て、職員達が後に続く。最後まで残った十七架は再度頭を下げると、ノワと入れ替わるようにリビングを出た。
小話
皇神と言う企業は敵としてガンヴォルトの前に立ちはだかりますが、兵隊は銃を携帯しています。異能力者集団に銃は要らないのではと思いますが、リーダー格だけ強い力を持っているのでしょう。
でも、生まれながらの能力で人を選別していると言う事実は、多様性に欠けており、未来の世界にはミスマッチかなと思いました。その解釈として非能力者も形だけ雇っていると言うことにしていますが、金で黙らせるなんて芸当はできるんですかね?
仮想の企業の話ですが、皇神なら金で黙らせようとやりかねないなと言う謎の説得力がありました。