蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
忙しくしている側で働かない男どもを睨むノワに気圧され、「皇神の連中が盗聴機を残しているかも」と体のいい理由をでっち上げて、男たちはリビングを飛び出した。
「盗聴機って何だ?」
首を傾げる大団長に、「怪しいものを探せ」とアキュラが曖昧な指示を出す。途方もない探し物にめげず、青年と大団長が花瓶の裏や引き出しの中を物色するのを、少年とアキュラは監視していた。
実際に、少年とアキュラが目を光らせるリビングに、ご丁寧に集まった皇神の職員に盗聴機をつける余裕はなかった。当然ながら、少年とアキュラはそれを知っている。
「ガンヴォルト」
アキュラが窓のカーテンを開け、少年を呼び止める。
屋敷の門扉の遥か向こう、近所の家の塀の裏手に黒塗りの車が停まっている。気品ある有閑マダムが住む高級住宅街に似合わない威圧的な車がプードルに吠えられ、貴婦人からクレームを入れられと、明らかに衆目を集めている。
「次は戦場で会うと思っていた」
素人じみた監視に呆れ果ててカーテンを閉め直すアキュラの横で、「奇遇だね、ボクもだ」と少年が答える。
カノジョを巡って争っていた二人の目的は誰かの平穏のためだった。
だが、その手段は異なっていた。
少年は専守の道を選び、アキュラは排斥の道を選んだ。
「ミチルちゃんを独りにして良かったのか?」
あの日、少年はカノジョをアキュラに託した。
カノジョ自身がアキュラを選んだのも理由の一つだが、それ以上に、カノジョを守れるのは妹を想う兄のアキュラしかいないと少年自身が確信したからだ。
だが、再会したアキュラの隣にカノジョはいなかった。
そして、妹の脅威となる異能の力を殲滅せんと世界を巡っていると聞いた。
少年の中でアキュラに対する不信感が渦巻いていた。
「お前には関係のない話だ」
アキュラが眉間に皺を寄せ、ホルスターに手を伸ばす。少年の疑問に答えを避けるアキュラを見て、託した約束を破られたような気がして、少年は思わず顔を歪める。
「ケイパサ?」
「お、喧嘩とは仲が良いねぇ、少年!」
一触即発の気配を感じ、青年と大団長が二人に歩み寄る。無関係な異界の人間を前に争うわけにはいかないと二人は冷静を装った。
「
「
頭をくしゃくしゃと撫でる大団長の手を払い除け、「余所者には言われたくない」とアキュラが一蹴する。大団長は回顧の笑みを浮かべ、二人の少年の肩を叩く。
「結局、そいつ、迅竜に殴り飛ばされて一週間気絶してな」
大団長は徐ろに歩き、廊下の壁にかけられた油絵に手を伸ばす。「死んだかと思ったよ、あの時は」と呟き、油絵を検める。
「その時からだ。誰にでも全力でぶつかろうと思ったのは」
「それが命のやり取りになっても……ですか?」
少年がぶっきらぼうな物言いをした。
一昔前の根性論を振りかざして、第三者から指摘されるほど二人の関係は単純な話ではない。口を挟む大団長への苛立ちが二人の言葉から漏れていた。
だが、大団長は笑みを崩すことなく、二人を交互に指差す。
「本当に命を奪おうとする奴は、相手の目の前で軽はずみに殺気を振りかざさねぇよ」
大団長が豪快に笑う中、二人はただ押し黙る。
憎い相手を殺すだけなら不意討ちで十分だ。笑顔で近づき一刺しすれば、二人の因縁は簡単に終わる。冷静な判断を下せる二人がその考えに至らないことに、「殺害する意思がない」と評する大団長の言葉が、二人に重くのしかかる。
「ご飯ができたよ、男ども」
階下から呼び声が響く。
「よし!広間へ駆け足だ!遅刻厳禁!」
反論の余地を与える間もなく走り去った大団長の背中を、揃ってため息をついた二人が追いかけた。
不揃いの握り飯を頬張りながら、「コレからドウしますか?」と篇算者がリビングに集まったメンバーを見やる。手詰まりな状況は依然として変わらず、皆が腕組みして唸る中、きりんが手を上げる。
「これ、見てみる?」
きりんがUSBメモリを掲げると、少年が尋ね返す。
「皇神の兵士が持ってた」
オドガロンの手により命を絶たれた皇神の兵士が持っていたUSBメモリを、きりんは皇神に隠していた。一番の重傷者であったきりんと少年には、金属探知機の検査すら行われず、隠し通すこと自体は簡単だったと、きりんは帰国の途を振り返る。
「皇神が?やっぱり……」
USBを見つけた経緯を聞き終えた少年の呟きに、きりんが「やっぱり?」と尋ね返す。少年は洞窟内の重厚な施設が皇神の施設ではないかと推測を話すと、「あの二人が知らないのも怪しいわね」ときりんが頷き返す。
「お使いください」
いつの間にかリビングを出ていたノワが古いパソコンを持って来た。カメラもマイクもない旧式のパソコン、古物商には希少なパソコンに、きりんは迷わずUSBメモリを差し込む。
メモリ内にはアプリケーションファイルが一件だけ残っており、パスワードもなしに次々と開くファイルに訝しみながら、きりんは難なくアプリケーションの起動ソフトを立ち上げる。
パソコン画面の背景が青色に変わり、ロード中を示す文字列が浮かび上がる。
「ゲームの画面みたいだね」
側を飛び交うRoRoが画面の文字を見てそう評する。その隣で、「こんな小さい箱がピカピカ光るとは……」と大団長が感嘆の声を上げ、青年が童心に帰ったかのように鼻息を荒げる。
「でも、松明の方が明るいデスヨ」
篇算者の指摘に、「確かにな」と大団長と青年が頷き合う。
> Start
Load
Config
Credit
「フェノメナプロジェクト?」
八ビットのピコピコ音がパソコンから鳴り響く。
底抜けに明るい曲調に混じるノイズが、皆が集まるリビングに暗雲をもたらすかのような不気味さを醸し出す。画面のStartボタンをクリックすると、狭い画面内を妖精のようなマスコットのドット絵が蠢き回る。
「おかしいな……」
マスコットから吹き出しが現れたところで、大団長が神妙な面持ちで呟く。珍しく真剣な大団長に、「どうしたのですか?」と篇算者が言葉を促す。
「あの箱に人が入れるとは思えない。まさか、あの
「ええ!中にアイルーが入っているのですか!」
騒然とする異界の住人たちに、「ちょっと黙ってて」ときりんがボヤく。何度かクリックを繰り返すと、吹き出しにメッセージが流れる。
[エラーNo.09X2256:データが破損しています]
>何がシリタイか
「何かのコンピューターウィルス?」
あまりに挙動不審なアプリケーションソフトに、少年がポツリと呟く。アキュラがノワに目配せすると、「大丈夫です。回線は切ってありますので」とノワが続けるように促す。
吹き出しのメッセージは続く。
>[砂漠に雨を降らせたい]
[隣国に干ばつを起こしたい]
[海の向こうの国にエルニーニョ現象を起こしたい]
>最適プランをおとどけ
[文字数制限に達しました]
「要するに、どういうことよ?」
きりんはその言葉を文字に起こしてエンターキーを押す。
再現する特化型人工知能、
ANIです
「ANI?」
一番後ろで首を傾げるオウカに、空を飛び回るRoRoが得意げに答える。
「一つのことの処理だけに特化した人工知能のことだよ。例えば、ぼくはアキュラ君の戦闘をサポートする以外にも、アキュラ君と会話して場を和ませたり、敵の弱点を分析して、適切なウェポンを提供したりできるでしょ?何でもできるぼくからすれば、時代遅れの化石だね」
>特化しているだけ [感情コード003:嫉妬]
RoRoの言葉に呼応するかのように、赤色のメッセージが流れ、「音声認識の機能はあるんだ……生意気」とRoRoが愚痴をこぼす。
「その高尚な人工知能に何ができるのよ?」
画面のチャット欄に文字を打ち込むと、セーレスと自称するナビゲーターのドット絵の吹き出しに文字が並ぶ。
>最適プランをお届け、今ならポイントも
[メンテナンス中]
壊れた挙動を見せるソフトのナビゲーターに、「くだらん」とアキュラが皆の意見を代弁する。
「フェノメナか……」
ただ一人、少年だけが口元を押さえて画面を凝視する。
「あれは確か……」
何処かで聞いた言葉を、少年は何度も呟く。
砂漠の洞窟で夜霧に包まれたところで聞いたはずと確信するも、先の記憶そのものが
霞の中の記憶だけがごっそりと抜け落ちている。
パズルのようにバラバラになった記憶を必死に手繰り寄せようと、少年は一人額に手を当て、眉間に寄せたシワを隠す。
「GV?」
途方もない作業をオウカの呼び声が中断させた。心配そうに覗き込むオウカに、少年は淡白な笑みで答える。顔を一層曇らせるオウカを見て、少年は作り笑いをしたことを悔いる。数え切れない程繰り返してきたすれ違いに二人は咄嗟に視線を逸らし、押し黙る。
「古龍みたいだな」
大団長が漏らした感想に、「何です?その古龍って」とオウカが慌てて話題を移す。
「ワタシたちの世界に古くから生息シテイル龍です。彼らは皆、ワタシたちも想像できないような力で自然災害を引き起こしマス」
篇算者からの途方もない力の説明に、誰もが呆然としていた。異界の住人すら想像できないと断言するほど信じられない存在、それが古龍だ。自然現象があらかた解明された世界の住人には、もはやおとぎ話の類と変わらない。
納得のいかない住人を見て、篇算者が言葉を詰まらせる。
「例えばだ、さっき話したゴア・マガラは古龍シャガル・マガラの幼体だ」
そこに大団長が助け舟を出す。
「どんな怪物なの?」
「疫病だ」
ニヒルに笑う大団長に、少年たちは首を傾げる。
「狂竜ウィルスと言う黒い鱗粉をばら撒く。その一帯に住む竜はウィルスに頭をやられて、狂ったように暴れ出す」
ウィルスと言う聞き慣れた言葉に、少年が驚声を上げる。身近な脅威となったことで理解が深まったのか、「人間はどうなの?」ときりんが大団長に尋ねる。大団長は頭を掻きながら篇算者に振り向くと、待ってましたと言わんばかりに嬉々として篇算者が答える。
「人への発症例は少ないですが、発熱や下痢、嘔吐と風邪に似た症状と、見境なく狂ったように暴れたり、死に至る症例が報告されてイマス」
人命を奪うパンデミックの危険性を嬉々として語る篇算者に、少年たちは思わずドン引きする。「心配シナイでクダサイ。鱗粉を吸い込まなきゃダイジョーブ!」と間違った方向で安心させようとする篇算者に、少年たちは異界の住人の逞しさを噛み締めた。
「他にも竜巻を操ったり、陽炎をもたらしたり、霞を生み出したり、吹雪を起こしたりと……古龍は自然の脅威の体現者と言われている」
「霞……」
少年が深刻そうに呟くのを見て、大団長が説明を加える。
「霞龍オオナズチと言ってな。毒霧を吐いて自分の姿を霞の中に紛れさせる古龍だ」
「え?近くにいたら毒を吸い込むの?」
広域に毒を散布するテロリスト然とした能力に愕然とするきりんに、「健康被害の報告はアリません、今のところは」と篇算者は軽々しく答える。
その隣で少年は再び思考を巡らせる。
濃霧の中の記憶が曖昧なのは毒のせいか──新たに出てくる荒唐無稽な仮説をあり得ないと少年は首を振り、思考を放棄する。
「そう言えば、クレジットがあったよね?」
きりんはエスケープキーを押してメニュー画面に戻し、Creditのボタンをクリックする。
提供 皇神グループ
制作関係者を記すクレジットに、二行だけ表示される。
「
その聞き覚えのある苗字に、きりんが手を叩く。
「あの監査官の名前、確か、
コートの男を監視していたコンプライアンス推進部の女、玉前十七架の名前を聞いて、オウカがおずおずと答える。
「父親が人工知能の研究をしていたと仰っていましたが、その方の名前でしょうか?」
オウカの口から出た新情報に、「そうなの?」ときりんが戸惑う中、少年は取り留めなく溢れる仮説を整理するように、ゆっくりと思考を吐露する。
「詐欺まがいのコンピューターウィルスに製作者が本名を載せるわけないよね」
ソフトの不審な動作を見る限り、情報を盗み取るウィルスに近しい。詐欺を働く人間が本名を名乗ることはない。
「それより気になるのが、USBに入れたデータが一つしかないことだ。容量はまだ余っているのに、後生大事にこのデータだけ保管するかな?」
コンピューターウィルスだけをUSBに移す理由も解せないと少年は主張する。データを移す前に消去するなり、パソコン自体を壊してしまえば済むのに、ウィルスを抜き取る必要は何処にもない。
「感染しないように、コンピューターウィルスのデータだけを隔離したとか……後は、データを消去する時間がなかったとか?」
少年の疑問にきりんが考えられる推論を吐露するも、どれも納得できずに首を振る。マウスのスクロールボタンを転がすと、「あれ?まだ続きがある」ときりんが画面を動かす。
[ N55E128 ]
「なにこれ?」
羅列された脈絡のない英数字に、きりんは目頭を抑えて背中をグッと伸ばす。
「手がかりなし。皇神からの報告を待つ?」
「いや、心当たりがある」
諦めかけたきりんの肩を、アキュラが叩く。その場にいた誰もがアキュラが見上げる視線の先、空を飛び交うRoRoに視線を送った。
小話
特殊文字機能を使った回でした。
小説では滅多に使われることはなく、ただ資料を読むだけでも良かったのですが、異質さを出そうと言う試みでした。
個人的にはルパン三世の小説で出てくる、「転がり避けた」の文字が丸くなって転がっているのを表現しているのが好みです。紙媒体とは違うのだから、もっといろんなことができても良いのかなと思います