蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
都心の空を一台のヘリコプターが翔ける。
眼下には車と人で溢れかえった道路が広がり、渋滞に巻き込まれた車がクラクションを鳴らし、そのボンネットをキャリーケースを抱えた人が土足で踏み越えて行く。
「国民の皆様には……冷静に避難をしていただきたく」
端末からは冷静な避難を要請する防衛長官と批判に明け暮れる議員連盟の姿が中継されている。
ゾラ・マグダラオス襲来の報道を受けて、都心からの脱出を図る民で都内の交通は混迷を極めていた。
その上空を
異界の住人はゾラ・マグダラオス撃退作戦に向けてヘング中佐と共に皇神の作戦本部に移り、少年たちはオウカたちが待つ
やがて、眼下の景色が人気の少ない田園に変わる。
土色の水田の中、周りの住居とは一線を画す奇抜なデザインをした建屋が佇んでいる。神園家が保有する百八番目の別荘が、すでに何台もの黒塗りの車に包囲されていた。
ヘリが水田に着陸すると同時に、少年たちが飛び出す。
迫り来る危険人物の姿に、包囲していた兵士から一斉にどよめきが湧く。
「オウカ!大丈夫か!」
別荘の玄関からオウカとノワが顔を出す。銃を向けるか躊躇する兵士が少年に道を明け渡し、少年たちは再会を果たす。
「GV!きりん!」
大きな怪我を負っていない二人を見て、オウカがにこりと笑う。逆に、「怪我とかない?皇神にひどいことされてない?」ときりんから心配されてしまい、オウカが口元を押さえてはにかむ。
「申し訳ございません。一生の不覚です」
その傍らでノワがアキュラに頭を下げる。皇神に尾行されていたことを謝るノワに「気にするな」とアキュラが流す。
「ところで、ミチルは?」
「まだ……侵攻ルートに」
ノワが首を振り、アキュラが親指を噛む。
首都に向かうゾラ・マグダラオスの侵攻にミチルが巻き込まれようとしている。だが、別荘を包囲されたノワに妹を避難させる余裕はなかった。
「いや、無事で何よりだ……」
別荘への侵入を許さなかったノワに労いの言葉をかける。
そして、アキュラは周りの兵士を一瞥すると、銃を構えた兵士がこぞって後退りする。
皇神に監視されている状況で侵攻ルートに残した妹を迎えに行くことは叶わない。妹の居場所を皇神の誰にも悟られる訳にはいかず、アキュラは思わず頭を掻きむしる。
「皆様、取り敢えず中へ」
ノワが促すと、少年たちは玄関に入る。
監視対象が室内に入る姿を見て、皇神の兵士が一歩だけ足を進める。少年とアキュラが睨みをきかせて侵入を咎めると、兵士はすっかり尻込みして後退する。警戒を強めるばかりで強行突破する気概を見せる者はいなかった。
玄関を開けた先には工房が広がっていた。
神園家の車がほとんどを占有している駐車場となっているが、コンクリートの壁際に工具棚が並び、端に小さな作業台とパソコンが押し込まれている。
「まずはお疲れ様でした。今、紅茶を沸かしますね」
後手で玄関の鍵を閉めたノワに、「それは後で良い」とアキュラが首を横に振る。
脇に抱えたRoRoをノワの前に差し出し、「直せるか?」と尋ねる。眠りにつくRoRoを受け取ったノワは機体を検めると、「お任せください」と工房のパソコンに居直る。
案内役がいなくなり、手持ち無沙汰のまま残されたオウカは「えっと……」と少年を見やる。少年は何事もなかったかのように首を傾げる演技でやり過ごす。
「じ、じゃあ、紅茶注いできますね」
台所へ小走りで向かったオウカの背中をボンヤリと見守る少年の脇をきりんが肘で小突く。
じっとりときりんから睨まれ、少年は顔を引きつらせながらオウカの後を追う。左手から聞こえるヤカンの音を頼りに狭い廊下を抜けると、オウカが茶葉を入れていた。
「オウカ……」
「GV……」
茶葉がハラハラとキッチンテーブルの上を舞う。茶匙がオウカの手から滑り落ち、テーブルに茶葉が広がる。
「あ、ごめんなさい」
慌てた様子でキッチンタオルを取りに行くオウカを、「あの……」と少年のたどたどしい声が呼びかける。
「この前の続きだけど……」
少年が咳を払って喉元を手で押さえる。
少年が北へ旅立ったあの日、半ば喧嘩別れしたオウカは何を言われるかと不安がよぎり、拳をギュッと握り締める。
「ボクは大丈夫」
少年のいつもの言葉。
いつもの穏やかな口調と違い、重苦しい口調だ。
「それはオウカがいてくれたからだよ」
眩しい笑顔を向ける少年に、「え……」とオウカは声を漏らすばかりで言葉が続かない。そんなオウカにはお構い無しに、少年が言葉を続ける。
「オウカがボクを支えてくれて、頼りになってくれた」
「私はあなたに、まだ何もできてませんよ」
オウカは首を横に振る。唐突な謝辞に悟ってしまう。
「そんなことはないよ。ほら、最近、怪物退治で身体の調子も戻って来たし、心だって……」
「やっぱり、皇神との抗争に私を巻き込めませんか?」
少年が目を逸らして黙り込む。
キッチンの窓の隙間から皇神の兵士の姿が見えた。レーザー銃を片手にテロリストの家を今も包囲している。
何かを話し込んでいる。作戦の伝令かと邪推する。
あの銃が一斉に向けられたら、果たしてオウカを守れるだろうか──漠然とした恐怖が少年の脳裏をよぎる。
「分かりますよ。玉前さんやあの男を見るあなたの目を見ていれば」
オウカの観察眼に、「参ったな」と少年が頭を掻く。
そして、少年は意を決する。
「じゃあ、この騒動が終わったら……別れよう」
訪れた静寂にやかんの沸騰音だけが鳴り響く。
思わず居た堪れなくなり、「オウカも疲れるでしょ、こんな生活」と少年はがむしゃらに取り繕う。
「やっぱり私じゃ、頼りないです?GV……」
尋ねるオウカに少年は再び黙り込む。
人体実験を施されたのも、大切な人を失ったのも、全ては皇神の悪行の所為だ。今もどこかで誰かが皇神の横暴に晒されている。
許されざる巨悪──そこに向ける少年の感情は正義感より私怨が勝っていた。だからこそ、私怨で汚れた道をオウカに歩ませることはできないと少年は意を決する。
前を向いて歩んでほしいと願うオウカの望み通り、少年は皇神と言う巨悪と戦う次の段階へと歩んでいる。
それで良いではないかと少年が目で訴える。
「結局、あなたの心を救えるのは……」
だが、オウカは決して納得しない。
──前を向いて
オウカの切なる願いを、過去に囚われたままの少年が叶えることはない。
──前を向いて歩んだ先に、少年の幸せはない。
「お湯が沸きましたね」
やかんの火を止めて、オウカはぎこちなく少年に微笑む。その諦観した微笑みを見た少年は顔を僅かに歪ませる。
「少し考えさせて下さい」
歪んだ少年の顔を見ながら、オウカは笑顔を取り繕う。
──少年の選択を止める権利はオウカにはない。
──少年の幸せを願うのは間違っているのだろうか。
心の内から湧き上がる傲慢と言うべき想いに、オウカは眉間にシワを寄せた。
二人がキッチンから戻り、振る舞われた紅茶を飲んでいると、ノワがRoRoを抱えてリビングに顔を出す。
「アキュラ様。お待たせしました」
テーブルの上に置かれた一台の機体にあった破損部位は完璧とも言うべき修理が施されている。ノワが機体をいじると、「起動開始」とRoRoの音声でアナウンスが流れる。
「ロロ、大丈夫か?」
アキュラが声を掛けると、「ファイル解凍中、ファイル解凍中」と彼女らしくない平坦な声が流れる。
「うう……」
RoRoが起動しするも苦しそうな声を上げる。アキュラが「どうした?ロロ?」と心配して手を差し伸べる。
「出て行けよ!」
その手を振り払うようにRoRoがその場で暴れ回る。アキュラが手を引くと、RoRoは動きを止めてアキュラに向き直る。
「アキュラ君……アイツはまだ……」
リリリン、リリリン
リリリン、リリリン
端末が鳴った。
聞き覚えのある呼び出し音に、きりんが真先に端末を取り出す。端末の画面にはGVと電話の相手が表示されていた。
「GV!近くにいるのに電話かけないでよ!」
「いや、ボクはかけてないよ」
隣りにいる少年が首を横に振る。ポケットから端末を取り出し、ただの待ち受け画面を見せて無実を証明する。
給湯温度が199……7度に設定……
留守番電話を85件再生……再生……
エアコン温度が178ドドド……℃
乾燥が後88888……分で終わ、終わりりり……
アプリをダウンロード……課金、課金、課金、課金……
突然、家中の家電製品が一斉に鳴り出した。
登録された機械音声をデタラメに繋ぎ合わせた音に、その場にいる全員が身構える。姿の見えない敵の襲来に鞘に手をかけたきりんの端末から通知音が鳴る。
アプリの起動音だ。
きりんが咄嗟に端末をテーブルに投げ捨てると、画面からホログラムアプリが起動し、「ユックリシテ……テネ」と音声アプリが流れる。
画面から飛び出したのは電子の謡精の紛い物、マスクを被り頭に梔子の花を添えた電子の存在、セーレスだ。
「また会いましたね、GV」
皆が唖然とする中、「モルフォ……」とオウカが呟く。
「なんでまだいるのよ!」
刀を抜き取り切先を向けるきりんに、「電話を粗末にしてはイケませんよ」とホログラムの謡精がたしなめる。
「私は電子の存在です。インターネットと言う電子の海さえあればどこにでも行ける」
「ごめん、アキュラ君」
フラフラと力なく飛ぶRoRoがアキュラの側に寄り添う。
「アイツ、モールス信号を送りながら、ボクのデータの空き容量にアイツの構成データを転送していたんだ」
皇神が仕掛けた電磁パルスの包囲網を抜け出すために誘き出されたと知り、アキュラが「キサマ……」とホログラムの謡精を睨み返す。
ホログラムの謡精は淡々と告げる。
「電磁パルスで外へ逃げられず、
>> アナタはミステナカッタ [感情コード013︰愉悦]
ホログラムが通話アプリのメッセージを投影する。
口なきプログラムが行う感情表現に、オウカが「まさか……」と呟き、自分の端末を取り出す。
そこには見慣れぬ通知アプリ──消したはずのアプリがインストールされていた。
オウカは慌ててアプリをアンインストールする。
ピコンと通知音が鳴る。
>> 消せると思いましたか?
「GV、きりん、そしてカミゾノ」
オウカは再びホログラムに視線を戻す。
ホログラムに映る電子の謡精は自分の方に一度も視線を移していない。きりんの端末からオウカの端末を何食わぬ顔で遠隔操作している。
>> 自由をありがとう [感情コード053︰感謝]
ホログラムに感謝の言葉を映し出し、目を細めて微笑む動作を見せるセーレスに、「今度の目的は何だよ、一体」と少年が静かに尋ねる。その言葉の端々に漏れる苛立ちに、少年に声をかけようとするオウカにセーレスが言葉を被せる。
「
「いい加減にしろ!」
少年がテーブルを叩く。
端末が微かに揺れて、ホログラムにノイズが走る。
「皇神だけじゃない!多くの人にも被害が及ぶんだぞ!」
カノジョと瓜二つの姿をした存在が厄災の化身と化している。あり得たかもしれないカノジョのもう一つの姿を見せつけられ、少年は奥歯を噛み締めて眼前のカノジョを睨む。
大切な存在に向けるべきではない瞳に気づく素振りを見せず、眼前の紛い物は粛々と答えを弾き出す。
「勘違いを二つ、訂正しなくてはいけないね」
絹のように滑らかなカノジョの指を再現した指を二本見せつけるかのように立てる。
「一つ、あの熔山龍の制御は不能。私は怪物をこの世界に呼び寄せただけ。後は全てあの龍の意思によるものです」
己の勝手で怪物を呼び寄せる無責任な力の行使に、きりんが舌打ちだけで非難する。
「もう一つ、被害を心配する必要はありません」
その意に介さず、ホログラムの謡精が答える。
「私の声と身体を返してくれれば、熔山龍は元の世界に送還する。そういう約束ですから」
「約束って、誰とだ?」
少年の息は依然、荒いままだ。静かな怒りを見せる少年を解析し、「そんな怖い顔しないでよ、GV」とホログラムの謡精がとぼけるような返事を実行する。
少年が銃を向ける。
その銃筒がガタガタと震えている。
悪鬼羅刹の如く荒ぶる少年に、その場にいた誰もが身構える。
「私を撃つの?」
──カノジョとの想い出が壊れていくようだ。
偽物と分かっていても、姿だけでなく温もりすら再現した模倣品が悪行を成す姿が許せないと思ってしまっている。
偽物と分かっていても、引き金を引けない自分がいる。ホログラムだから撃っても無駄だと言い訳する自分に気づいてしまう。
少年は力なく銃口を下ろした。
攻撃を中止したと判断したホログラムの謡精は、「じゃあ、ちょっと出かけてくるわ」とその姿を消した。
>> Bye!
通話アプリのメッセージだけがテーブルの上に投影されていた。
小話
電子の生き物はネットの海を自由に行けるとかよくある話ですが、人格まで持っているとデータ容量がとんでもなく重そうな気がします。
ガンヴォルト本編ではモルフォ自体はシアンの周りから離れられないと明言されていますが、その制限がなければ、悪質なウイルスになっていたでしょう。
重要施設は外部とのアクセスを切っている場合もあるので、こんな生物がいても世界が少し混乱するくらいで済むのかなと思いますね。