蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
──巨大な五頭の龍が瞬く間に消えた。
水平線に現れた夕日の光を覆うほどの巨大な渦を撮影した映像はSNSであっという間に広がり、尾ヒレの付いた情報が少年の端末に届いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
少年たちが立て籠もる
撤退命令が出ていないらしい。
この包囲網で外出できるはずもなく、夕食のテーブルに質素な缶詰と乾物が並ぶ。この先長く保たないとオウカがどうにか料理を振る舞う中、ノワは一人リビングから玄関のアトリエに降り立つ。
アトリエは工具や部品で散らかっている。そのアトリエを占有する車の陰に隠れ、ポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出す。ハートでデコられた──ノワの嗜好には恐ろしく似合わない携帯電話のアンテナを伸ばして通話ボタンを押す。
「全然電話に出ないと思ったから、心配しましたよぉ」
電話口から間延びした女の声が響く。
「黙れ、アホ天使」
「あぅぅ……ひどいですよぉ」
電話の向こうの女──アホ天使と呼ばれる女がおっとりとした口調で答える。
「そもそも、お前らが異世界のゲートを放置したせいデスよね。ガンヴォルトから恨まれる羽目になるし」
「それはもう謝ったじゃないですかぁ……」
謝罪したと訴える声がどこか間抜けに聞こえて、ノワは思わず舌打ちする。腐れ縁と呼ぶべき長い付き合いだが、ノワは未だにこのノロマな口調に慣れずにいた。
「ゲートの支配権、全部押さえたのデスか?」
ノワは語気を強め、本題に入る。
「五パー……」
蚊の鳴くような声に、「あ?」と聞き返す。
「だから、五パーセントは取り戻せました」
「全然取り返せてないじゃないデスか!」
ノワが思わず声を荒げる。
辺りを見渡して素の口調が聞かれていないと確認する間に、「そ、そんなこと言われてもぉ……」と情けない返事が電話口から返ってくる。
今回の騒動で表舞台に出たのも、「助けてくださいよぉ」とアホ天使に泣きつかれて仕方がなくだった。
ミチルを独りにすることに罪悪感を抱き、ガンヴォルトをわざと皇神の人間と鉢合わせた。大団長と言う男がデデ砂漠にいることをアホ天使から聞いたと悟られないように、アキュラを大団長の所へ誘導した。そして、電子の謡精モドキを討ち取ってもらおうと策略した。
膨大な労力と犠牲を割いた……にも関わらず、この体たらく。
──流石は万年ヒラ社員のアホ天使と認識を改め直す。
「やはり、あの電子の謡精のデータを
「お得意の天使パワーを使ってくれたら早いんですが?」
ノワは不満をぶつけるも、「それはできません」とアホ天使から何一つ迷いのない返事が来る。
「現世への過干渉は禁止と言うのが、今のわが社の方針でして……時代は変わりましたねぇ」
世界の理を捻じ曲げる代物──例えば、異世界へ繋がるゲートを秘密裏に処分するのはアホ天使たちの職務の一つだ。
だが、ゲートは電子の世界に現れた。
草原に現れたなら怪奇現象と称してすぐに回収できたが、人工物であるインターネットに現れたことでアホ天使たちの判断が遅れてしまった。その隙に電子の謡精を
「ノワ、いるか?」
階上からアキュラの探す声が響く。
愚痴はたくさんあるが、時間切れだ。
「じゃあ、電話切りますよ。アホ天使」
「私の方でできることを頑張りますね、ク……」
ノワはブツリと電話を切ってポケットに押し込み、そのまま声がする方に駆け上がる。探しに来てくれたアキュラと廊下で合流し、そのままリビングへ向う。
「ノワさん、どうぞ頂いてください」
イワシの釜飯にその油で炒めたパスタ、サバのすり身を混ぜたみそ汁と具材がない中でのやりくりが行き届いている。オウカの手料理に感嘆の息を漏らし、ノワはテーブルに着いた。
「ゾラ・マグダラオスのことだけど……」
きりんが釜飯に箸を伸ばしながら、少年に尋ねる。
「アイツが言ってた通り、皇神が構成データを渡して取引に応じたってことよね?」
少年は口元を手で覆ったまま黙り込む。
偽物の主張通りなら、皇神との取引が成立したのだろう。
だが、反乱軍として皇神と対峙してきた少年にとって信じ難い話だった。たとえ懐刀である七宝剣を打倒してもフェザーの要求を飲むことはなかった皇神が、簡単にAI相手に屈するはずがない。
皇神らしくない及び腰な対応だと少年は疑う。
「だけど、アイツの目的は何だ?」
「データを取り返しておしまい……ではなさそうだね」
アキュラの疑問に空を飛ぶRoRoが付け加える。
「
少年はパスタをフォークで絡め取り、残る疑念を吐き出す。
あらゆる現象を再現するフェノメナプロジェクトの一環として創造されたAIは、再現した後の目的をまだ語っていない。
少年はパスタをさらい上げ、テレビのリモコンに手を伸ばす。熔山龍消失の情報は未だに真偽が入り乱れるネットからしか入ってこない。首都崩壊の危機が去ったのなら、皇神から何らかのアクションが入るはずと期待してテレビを点ける。
デンセツノ歌姫の復活ライブ!開催決定!
テレビ画面にポップな煽り文句が踊る。
画面に電子の謡精のチビキャラが飛び交い、その中央にはデジタル数字が記されている。
23︰58︰10
二十四時間のカウントダウンが始まっている。
「うわ、ネットのどのページも同じ画面になってる」
きりんに指摘され、少年がチャンネルを回す。
どの放送局も同じカウントダウンの画面だ。放送局にとって不測の事態なのか、すぐに放送終了を告げるカラーバーに画面が切り替わる。しかし、ノイズが走り、再びカウントダウンの画面に戻る。
「SNS以外はこの映像に繋がるようだな」
端末を弄りながら、アキュラが呟く。
あらゆる検索サイト、ホームページがモルフォ復活ライブを告知するカウントダウン画面に変わり、唯一機能しているSNSでは、世界中で起きている異常事態を語り合う。
──電子の謡精による全世界ネットジャック。
数年ぶりのモルフォの復活ライブへの歓喜の声と、ネットジャック騒動の原因がプロデュース元の皇神にあると批難する声とがSNSに入り乱れる。
「アイツの仕業か」
「その通り!」
きりんの端末から明るい声が漏れる。
消したはずのアプリを勝手に再インストールして起動する端末をテーブルに投げ捨て、きりんは二人に目配せしてテーブルから距離を取る。少年とアキュラはそれぞれオウカとノワを連れてテーブルから離れて、ホルスターから銃身を抜く。
「じゃじゃ~ん!」
きりんの端末からホログラム映像が投影され、電子の謡精の偽物が飛び出す。黒いマスクを外した口元にエラー表示はなく、柔らかな唇が艶やかに動いている。
「見てよ、GV!声を返してくれたの!」
二度と聞くことはないと諦めていた声、再会は叶わないと諦めていた姿、少年の心に輝かしい想い出と共に残る彼女が自分の手の届く所にいる。
「良くできた紛い物だね」
だが、如何にそっくりでも偽物だ──そう言い聞かせるように皮肉を吐く口元が震えていることに少年は気づかない。
「あら?言ってなかったかしら?」
電子の謡精の偽物はからかうような目つきで少年を見下ろす。かつてのモルフォが微笑んでいるかのようで、震える心臓の音を鎮めようと少年は思わず自身の左胸を握りしめる。
「
「人格……?」
激しくなる鼓動を抑えようと掠れるような長い息を吐く。クックと含み笑いを浮かべる電子の謡精の偽物の姿が、かつてサプライズパーティーで本物が見せた微笑みと被る。
「電子の謡精の力は魅了することにある。声と容姿を一致させて歌っても、それはただのカバー曲……オリジナルには敵わない。歌い手の人格も人を魅了する要因の一つなのよ」
電子の謡精の偽物は少年の動揺に気づく素振りを見せず、言葉を続ける。
「特に私は電脳世界の存在だからね。
「その人格も、所詮は偽物だろ」
辛うじて反論を振り絞った少年に、「悲しいわね、GV」と憐れむような視線が向けられる。
「忘れちゃった?貴方と一緒に暮らした後、皇神に身柄を拘束された時があったでしょ?」
「まさか……」
少年は信じられないと言わんばかりに首を激しく横に振る。
「その時に、七宝剣の紫電は彼女の記憶を抽出していた。そして、そのデータは私に引き継がれた」
護衛任務として、電子の謡精の依代であったシアンと言う少女との生活を共にしていた時の想い出が少年の脳裏に押し寄せる。
「貴方との想い出を持つのは、今や私しかいないの」
シアンを皇神から解放し、再び捕らえられるまでの穏やかな想い出──オウカですら知らない、少年一人が抱える想い出を眼前の偽物と共有している。
姿も声も思考も記憶も、全てが彼女と同じ存在を、果たして偽物と呼べるだろうか──
──あの時の別れをなかったことにできる。
──もう一度、彼女とやり直せる。
あの日から続く後悔と自責の念から解放される。
目の前の紛い物は手を差し伸べる聖母のように、ドス黒い感情の沼に沈んでいく少年をすくい上げる。
本物と認めるだけで、少年は苦しみから解放される。
「貴方は決してモルフォじゃありません」
揺らぐ少年の前にオウカが歩み出る。
否定された電子の謡精の偽物は、「どうして?」と興味無さげに尋ね返す。
「モルフォは皆の笑顔になる歌を歌いたいと願っていました。あなたは何のために歌おうとしていますか?」
それはかつての彼女の言葉だった。
皇神から解放された後もモルフォは良く歌っていた。もう歌う必要はないのにと尋ねると、「皆を笑顔にしたい」と満面の笑みで答えてくれた。
「笑顔……検索結果十件ヒット……感情コード109︰
眼前の偽物は即答するどころか、笑顔の意味を検索して的外れな答えを弾き出す。
「私はね……」
偽物が口を開けた瞬間、外からインターフォンが鳴る。
「あら?お客さんみたいね」
何処か白々しく振る舞いながら出るように促し、「お話は後にしましょうか、オウカ」とホログラムの映像が切れた。
静まり返るリビングにインターフォンが鳴り響く。
ノワが先立って玄関に降り、チェーンキーをかけてから扉を僅かに開ける。
「私です、皇神の
整ったスーツ姿の玉前の顔が扉の隙間から覗く。その表情はひどく狼狽していて、不審に思ったノワが「要件は?」と尋ね返す。
「こちらに桜咲オウカさんはいらっしゃいますか?」
玉前が顔を引っ込め、よれたスーツを着た二人組の男が顔を出す。エッチング帽を被る小太りな男と無精髭を生やした大柄な男だ。
「皇神の治安局第一課の
「同じく
デコボココンビと形容すべき二人の男は胸ポケットから端末を取り出して身分証明書を見せる。皇神の関係者と判断したノワは、背後で様子を見守る少年たちに奥へ引っ込むよう後ろ手で合図を送る。
治安局は皇神に所属する警察組織だ。
七宝剣は異能力者を抱えるテロリストを相手にする異能力者部隊で、治安局はそれ以外の犯罪捜査を担当している。
皇神傘下の公権力に警戒を強めるノワへ、小太りの男は一枚の令状を見せる。
「窃盗の容疑で桜咲オウカさんへ出頭命令が出ています。少しお話をお聞かせ願えますか?」
「窃盗?」
背後を振り返るノワに、オウカは首を横に振って答える。その隙に扉の奥を覗き込んだ小柄な男はオウカと視線を合わせる。
「失礼ですが、桜咲オウカさんとどのようなご関係で?」
「
二人の警察官の額から汗が滝のように流れ落ちる。
明らかに緊張している二人を訝しみ、ノワはその瞳を観察する。そこには使命感と相容れない恐れが満ちていた。
「昨日、皇神グループが保有する顧客リストが何者かに盗まれました。これがサーバーアクセスの解析結果です」
昨日──ゾラ・マグダラオスの出現で皇神社内が慌ただしくなっていた頃、その裏で皇神の顧客情報の盗難が発生した。だが、皇神程の大企業がサイバー攻撃に遭うことは世の常でもあるし、あの怪物と関係があるとは断定できない。
先の見えない話にノワは黙り込む。
無精髭を生やした大男の方が一枚のコピー紙を取り出し、チェーンキーの下から紙を差し出した。
ノワが紙をふんだくり、背後のオウカに手渡す。
皇神の社内サーバーへのアクセス履歴が並んでいる。日付は昨日で、このアトリエにノワと籠城していた頃だとオウカは思い返す。黄色いマーカーが引かれた箇所には、顧客リストと思しきファイルが持ち出された形跡が残されていた。
「私の……端末のアドレスです」
その送付先はオウカの端末のアドレスだ。
慌てて自分の端末を開いて確認するも、それらしきファイルは一向に見当たらない。
「でも、心当たりはありません」
首を横に振るオウカに、紙を渡した無精髭の男が「そうですよね」と頻りに頷く。小太りの男が容疑者に肩入れする相方の脇腹を小突く。
「桜咲家のご令嬢が窃盗を犯すなど我々には信じられませんでしたが……」
小太りの男がもう一枚のコピー用紙を取り出し、「貴方の通話履歴です」とノワを経由してオウカに渡す。
ショートメッセージの履歴だ。
その相手はbombyx、聞いたことのない名前だと首を振る。
>> 私なら、あなたを苦しみから解放できる
「え……うそ……そんな」
オウカは慌てて端末を開ける。
あれは皇神の人間がノワと共にオウカの屋敷に訪れた夜の出来事だ。新手のコンピューターウィルスだとメッセージアプリを消したはずだ。
だが、そのメッセージアプリが残っている。
「消したはずなのに……」
通知ドットが赤く灯りアプリを開くと、bombyxと言う名の相手からのメッセージが残されていた。
bombyx >> 皇神の顧客リストのスキミングプログラムです
>> これを転送すれば……
bombyx >> リストは印刷物してロッカーに……
心当たりのない犯罪計画を企てる証拠が後に続く。
>> ファイルを入手しました
bombyx >> よくやりました!
謂れのない犯罪の証拠が続く。
「何かの間違いです!」
息を荒げるオウカの側に少年が駆け寄り、「落ち着いて」と肩を叩く。そのまま少年は玄関の隙間から覗く二人組を睨む。
「ちょっと待ってください!」
争う姿勢を見せる少年に二人組の男の声がきれいに揃う。
「そのデータは直接送られてきた物です。我々も履歴を調べて裏は取りました」
「誰から?」
ノワが指摘すると、「分かりません」と首を横に振る。
「真偽不明の情報を信じるのですか?」
ノワが尋ねる声が低くなり、不快感が滲み出る。
「不自然な文章が多過ぎます。まるで機械が書いたみたいだ。更に言えば、このデータは社内で盗難が発覚したと同時に送られました。疑うなと言う方が変ですよ」
小柄の男は証拠の怪しさを認めつつも、眉間にしわを寄せて言葉を続ける。
「ですが、盗難被害があったのも事実なんです」
「じゃあ、アンタ達はオウカを疑ってないわけね」
確認するきりんに、「個人的には」と二人組の男は言葉を濁す。
大柄な男がスーツの胸ポケットから紙を一枚取り出す。
そこに書かれたのは出頭令状の文字──任意同行を飛ばした越権行為に、「その出頭令状は?」とノワがドアノブを握る力を強める。
「
「どういうわけ?」
きりんから軽蔑の視線を向けられ、二人はバツが悪そうに頭を掻く。そして、扉の隙間から二人の少年を指差した。
「桜咲オウカさんの側には
皇神に逆らう
「それは誰から聞きました?」
ノワが二人組の背後に佇む玉前を睨む。
少年たちに不利になる情報は上に伝えないとの約束を反故にした後ろめたさからか、玉前は咄嗟に視線を逸らした。
「桜咲家から猛抗議が来ているにも関わらず、上は貴方を疑っています」
二人組の治安局員は否定することなく、話を続ける。
「本家も把握しているのですか……」
オウカの息がますます荒くなる。
「オウカ、大丈夫だから……」
少年が何とか励まそうとするも、肩に伸ばした少年の手をオウカは振り払う。咄嗟に「ごめんなさい」と少年に謝り、オウカは深く深く息を吐く。
「桜咲オウカさん」
小柄な男の方が突然声を張り上げる。何か覚悟を決めた声色に、ノワは目を細めてドアノブを掴む指先に神経を張り巡らせる。
「我々は貴方に任意同行を求めます」
ノワがドアノブを引く。
扉の隙間に治安局員が足を伸ばす。
扉が音を立てて止まる中、少年とアキュラはホルスターから銃を抜き取り、きりんがオウカの前に立ちはだかる。
「桜咲オウカさん!」
大柄な男が扉を掴みながら、オウカに呼びかける。
「貴方が応じれば、我々治安局が責任を持って身柄を引き取ります。ですが、拒んだ場合、テロリスト案件として皇神の異能力者部隊との合同捜査となってしまうんです!」
「それは脅し?」
ノワが言質を取りながら、二人の治安局員の男の背後を見やる。皇神の兵士たちが双眼鏡でこちらを覗きながら慌ただしく動いている。
オウカが任意同行に応じなければ、この場で銃撃戦が始まる。何千もの皇神の兵士がテロリスト相手に銃撃を叩き込み、五人と一台が異能の暴力でそれを迎え撃つ。
勝敗は火を見るより明らかだ。
「これは無能力者からのお願いです、桜咲オウカさん」
二人が頭を下げた。
「我々は無血の道を選びたい」
それは懇願──無能力者の命乞いだ。
平和を願う無能力者の叫びと謂れのない罪状への憤りに挟まれ、血の開戦の決定権を握らされたオウカは言葉を失っていた。
小話
長くなり過ぎたのでここで一区切りです。
それにしても、アホ天使とは誰のことなんだ?(すっとぼけ)
このお話の中でノワを出そうと決めた時に、半ば隠居生活の彼女をどう引張り出すかはかなり悩みました。アホ天使との関連はガンヴォルト本編では仄めかされる程度にはなっているので、そちらを拝借しました。
前作のデーモンパージは面白かったし、サーヴァントも遊びたいですね。個人的にはあのバカバカしさ全開のぎゃるキャンシリーズも続編出て欲しいですね。