蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
桜咲オウカへ下された皇神からの出頭命令は今や凄惨な
「冤罪に付き合う必要はない」
アキュラがノワの側に近寄り、扉の外で抵抗する小太りの治安局員に銃口を向ける。ノワと共にドアを閉めようとアキュラが力を入れるも、治安局員がつま先を引くことはない。
「ま、待ってください!」
オウカが二人を呼び止め、玄関の扉に歩み寄る。
「あくまで任意同行ですよね」
「オウカ!」
少年の叫びにオウカは足を止め、「GV」と振り返る。
「ここで皇神と争う時間はない、そうですよね?」
じっと見つめてくるオウカの瞳に満ちる覚悟に少年は声を詰まらせる。ここで一悶着起こしてカウントダウンが終わった先にある謀略が終わることはない。
「電子の謡精はまだ完成していません」
オウカが続けた言葉に、「え?」と少年は呆気にとられたかのような声を漏らす。
「電子の謡精はホログラムなんか使わなくても思念体として現実世界に存在できます。ほら、霊感の強い私には視えていたでしょ?」
本物は電脳世界と現実世界に並行して存在する思念体のような存在であった。心から認めた者か、オウカのように霊感の強い者にしかその姿を視認することはできない。
「カウントダウンはまだ止められます。ライブを必ず阻止してください」
未完成である紛い物の謀略を止めることを少年に託し、オウカはノワの隣まで歩み寄る。
「行くな!オウカ!」
チェーンキーに手を伸ばしたオウカに少年が駆け寄り、その手首を握りしめる。
「GV」
オウカが少年の方を振り返る。
優しげな笑みを浮かべ、握りしめた少年の手の甲にその白い手を重ねる。ただ無言で首を横に振る少年に、オウカは一言だけ告げる。
「大丈夫です」
それは少年の口癖──
モルフォがいなくなったあの日から、オウカに心配をかけまいと気丈に振る舞うために言い聞かせ続けた呪いの言葉。オウカを危険な所から突き放すために言い続けた言葉が少年を危険な所から突き放す言葉として跳ね返る。
少年は言い返すこともできず、黙り込む。
オウカは少年の手を振り解くと、ドアノブを握るノワに視線を送る。
「今ならまだ引き返せますよ」
ノワからの忠告に「後は頼みました」と一言告げ、オウカはチェーンキーを外して玄関を出た。
「ご協力感謝します、桜咲オウカさん」
外にいた二人の治安局員が揃って頭を下げる。両脇に挟まれるように歩くオウカに、
「玉前さん、約束が違いますよね?」
「すみません」
玉前が謝りながら、両脇を囲む治安局員に離れるように目線だけで指示を出す。大柄な男が傍に停めていたパトロールカーに駆け寄り、小太りの男が少し離れてオウカを見守る。
玉前はオウカの右肩に手を置いて、そのままパトロールカーに乗るよう促す。
「見ないで」
右肩に付いた違和感──それを確認しようとするオウカを玉前が小声で制する。オウカは右肩に向けた瞳を真っ直ぐに戻してパトロールカーへ歩みを進める。
「今回の事件、私も疑っていますので」
右肩に付けた発信機から玉前の手が離れると、発信機の鉄色が周りの服の色を検知して保護色へ変わる。
「どうぞッス」
パトロールカーの扉を開けた大柄な男に導かれるように、オウカは治安局の車に抵抗することなく乗り込んだ。車がエンジンを吹かし、包囲している皇神の兵士が開けてできた道を突き進む。
電子の謡精の紛い物を止める大義のために、彼女は自ら進んで犠牲となった。その覚悟に異を唱える者はいない。
「リビングに戻りましょう」
遠ざかるテールランプを見送っていた少年にノワが声を掛ける。依然として呆然と後悔に満ちた目で見届ける少年を見て、ノワは玄関の扉を閉めた。少年はようやく我に返り、リビングへ向う。
「おかえり、GV」
リビングの中央で、テーブルに置きっぱなしの端末から投影された電子の謡精の偽物が少年たちを出迎える。
銃声が響いた。
少年の雷撃鱗が偽物の額を撃ち抜く。そして、ホログラムをすり抜けて壁時計の文字盤に突き刺さる。
「何かの気の迷いよね?GV」
「bombyx」
表情一つ返ることのない電子の謡精の偽物に銃口を向けながら、少年は言葉を続ける。
「あれは蚕の学術名、そして、お前の本来の名は蚕を意味するセーレス」
「クスクス……偶然って怖いね」
電子の謡精の偽物はシラを切りながら、「証拠もなしに私を疑うなんて酷いわね」としおらしそうに嘆く。
ブレることなく銃口を向け続ける少年の前で、電子の謡精の偽物が指を鳴らすと、リビングの明かりが消える。
「でも、ちょうど良い機会じゃない」
再び指を鳴らすと、リビングに無数の英語の文字列が映し出される。httpsで始まる物ばかりが無数に壁をつたう。
「あなたとオウカ、二人の時を動かすには」
投影された文字列がアドレスだと少年が気づく。
「一人の少女との離別があなた達の心を壊した」
電子の謡精、復元、宝剣……
自分が調べたことのある検索ワードが宙を飛び交う。離別にけじめをつけられず、寝る間を惜しんで伝承から噂まで調べ尽くしていた時からずっと、少年の時は止まったままだった。
「壊れた心を治すために尽くし合う内に、あなた達は共依存の鎖から抜け出せなくなった」
不眠症、自律神経失調症、心的外傷……
見たことのない検索ワードが続けて飛び交う。
それがオウカの検索履歴だと気づくのに時間はかからない。
少年の時を動かすため、オウカもまた寝る間を惜しんで少年の心を治す術を調べていた。
「鎖同士が無意識に絡み合って解けなくなり、いつしか暗黙の了解と言う名の
少年はモルフォと再会するために、オウカは少年の心の傷を癒すために、お互いにそれを指摘することなくネットに潜り込んでいた。
気を遣わせないようにしよう──ささやかな思いやりがいつしか二人を束縛する
「悲劇を忘れるなんて薄情じゃないか……ってね」
お互いに苦しんでいると理解しているからこそ、その原因を分かってあげないといけない、理解してあげないといけない、そして、忘れてはいけないと事態が悪化する。
やがて二人はモルフォと言う呪縛から逃げられなくなる。
「でもね、安心して」
偽物が指を鳴らすと、投影された検索ワードが消えてゆく。
「あなたは悲劇を忘れて良いの」
ホログラムに浮かぶ電子の謡精の偽物はリビングを飛び、銃口を向ける少年の顔をのぞき込む。
視界いっぱいにモルフォの満面の笑みが広がる。
少年は静かに銃を下ろした。
あの日の笑顔に少年は空いた左手を差し出し、その顔の輪郭をなぞるように撫でる。決して触れることのできない存在を追い求める少年に偽物がささやく。
「電子の謡精に成り代わった私があなたを許してあげる。あなたの隣をずっと歩いてあげる。あなたが皇神に抗う最期の時まで一緒に唄ってあげる」
モルフォの代わりに一緒に未来を歩もうと提案する紛い物の声は確かに本物と同じ声色だ。任務の前に良く聞いていた声は疲労しきった少年の身体に染み渡るように優しいものだった。
それは今でも変わらない。
「愛するパパのため、貴方のため、そして……
──唄ってあげる
紛い物が唄う。
異能力者を洗脳する電子の謡精の力が発揮される。
きりんとアキュラが身構えるも、リビングを流れる音を防ぐ術はない。目の前で唄を浴びる少年は腕を重力に預け、呆然と佇んでいる。
──やがて唄が止んだ。
「あれ?唄えない……」
最初に声を上げたのはセーレス、偽物だ。
「歌詞が思いつかない……チガウチガウチガウ!シッカリしろ!私は代替、本物、ホンモノなんだ!」
取り乱す偽物に「やっぱり」と少年が声をかける。
「お前は偽物だよ」
俯いた偽物の顎に少年は銃口を突きつける。そのまま押し上げると、触れてもいないのにフラフラと後退りする。
唄に必要な声帯を取り戻し、解析通り唄っても電子の謡精を再現することは叶わなかった。
「どうして……」
端正な顔立ちの至る所を切り裂くようにノイズが走る。時折、エラー音を吐く偽物に少年が言い放つ。
「ボクはお前と歩むつもりはない」
見た目と声色がどれだけ似ていても、たとえ同じ記憶を宿していても、初めからプログラミングされた願いは変わらない。冷たい願いを宿す偽物に、本物に触れた時に感じる微かな温もりまで再現することはできない。
「遊びは終わりか?」
アキュラがゆっくりと少年の隣に歩み、ホログラムに銃口を突きつける。その隣をRoRoが飛び交い、バトルポッドを展開する。その背後からきりんがゆったりと歩き、鞘から刀を抜き取る。
モルフォの力を再現できない──すなわち、
「まだよ……」
身体中にノイズを走らせながら、ホログラムに映る偽物が顔を上げる。およそ歌姫と呼ばれたアイドルの顔とは思えないほどに顔を歪め、その瞳は虚空を見上げる。
もはや戦闘体勢に入った三人は偽物の視界に入っていない。
「実体さえあれば……私は本物になれるんだ」
何度も何度も呟きながら、最期は掠れたような金切り声を上げながら、紛い物のホログラムは消え去った。
ゴーストタウンと化した都に人が現れる。
いずれも辺りを見渡しながら恐る恐ると言った足取りで、慣れたはずの都会を歩いている。SNSで巨大な龍の侵攻がなくなったと確信した都民が置き去りにした車や家を確かめに戻ってきたが、そこはすでに火事場泥棒たちの巣窟となっていた。皇神の私兵はほとんどが後始末に駆り出され、都内の治安に着手するのは先の話だ。
何処で泥棒と遭遇するか分からず、護身用の拳銃を片手に自分の財産が無事かどうかを見届けに来た者で都内は溢れかえっていた。
そこを真直ぐに走る車は少ない。
ましてや、皇神のパトロールカーが走ろうものなら、治安局が泥棒退治に動き出したと期待してしまうのも無理はない。
だが、その車は無情にも彼らの横を素通りする。
「助かったスね、
後に「治安局員が市民を無視した」と炎上するとは露知らず、無精髭を生やした大柄な
桜咲オウカとその隣に玉前十七架が座っている。
玉前──コンプライアンス推進部とは名ばかりで、問題社員の動向を監査し、
──自分も誰かから密告されたのではないか。
パワハラはしていないはずと隣で歌を口ずさむ後輩をチラリと見やり、御盾はひたすらに気をもんでいた。
「あの……」
鏡に映る後部座席のオウカが声をかける。
避難時に乗り捨てられた車が幹線道路に散乱し、裏道を走り続ける無言の時間に耐え切れず、オウカは思わず声を上げていた。
「ご安心ください、桜咲オウカさん」
そこに声をかけたのは助手席に座る御盾だ。
「我々が責任を持って貴方の安全を保証します。それに、このbombyxとやらも我々が必ず捕まえてみせます」
「どうしてそこまで……」
犯人逮捕への熱意の入れようにオウカが尋ねる。名家の生まれとは言え、先ほど顔を合わせたばかりの人間に対する過剰な親切心に猜疑の目を向ける。その視線に、御盾は頬をかきながら隣の監査官をチラリと見やって呟く。
「友人が桜咲家の運転手をしていましてな」
捜査関係者が容疑者と近しい関係であるとこをサラリと暴露する。傍で聞いていた玉前の眉が微かに吊り上がる。
「長年の夢だったバーを経営しようと独立した時に、旦那様から良くして頂いたそうです」
車が右に折れる。
それに合わせて車体が揺れ、御盾はその揺れに身を委ねる。その寂しげな背中をオウカは黙して見つめていた。
「マイナーな酒しか出さないし、スラム街に店を出すしで、経営の腕は空きしな変わり者でしたね」
御盾は大きくため息をついて、言葉を続ける。
「酔っ払った異能力者に店を潰されて、それで首を吊ったと言うのですから……悔しいですよ」
無能力者である自分が異能力者には刃が立たない。
どれだけ凶悪犯罪を起こしても、異能力者であると言う理由だけで、無能力者の治安局員が逮捕することはできない。
異能力者に対抗できるのは異能力者戦闘集団、七宝剣だけだ。だが、七宝剣はすでにテロリストの手によって壊滅している。
もっと力さえあれば、明るい未来を掴めただろうか──
邪な考えが頭をよぎり、御盾は首を横に振る。
「自分も飲んでみたかったッス、御盾先輩」
「職務中だぞ、糸切……うん?」
部下を嗜めたところで、全員が前方の光景に釘付けになる。
「こんなところで検問か?」
誘導灯やロープが張られただけの簡素な検問だ。
治安局の制服を着た男がインカムを耳に押し当てながら近寄って来る。運転席の窓をノックされて糸切が窓を開けて「治安局第一課の糸切ッス」と身分証明書を見せる。
レーザー銃が向けられる。
「糸切!車を出せ!」
御盾が声を荒げるより先に引き金が下りる。電撃をまとうレーザー光が御盾の胸元に直撃し、その大きな身体を窓際に預ける。
「きゃあ!」
オウカの真隣のガラスが割れ、外から伸びる太い手がオウカの細い腕をつかむ。
オウカの叫び声に、「桜咲さん!」と御盾が助手席から飛び出し、オウカを拉致しようとする男の背中に飛びかかる。
だが、その背後から銃の柄が振り下ろされる。
後頭部を押さえて背後を振り向いた御盾の脇腹にスタンガンが押し当てられる。身体中を駆け巡る電撃によろめきながら男を引き剥がそうとするも、押し寄せた治安局員の偽物に取り押さえられ、コンクリートの地面に叩きつけられる。
「離して!」
扉がこじ開けられ、引きずられるオウカの腕を玉前が咄嗟に掴む。
だが、その背後にもう一人の影が迫る。
「玉前さん!」
オウカが叫んだ瞬間、玉先の首筋に電撃が走る。その痛みに思わず後部座席に顔を埋めてしまい、オウカの腕を手放す。
「桜咲……」
薄れゆく意識を保とうと下唇を必死に噛みながら、後部座席から立ち上がる。
オウカが連れ去られていく。
検問所の裏に隠すように停めていた車にオウカが押し込まれる。そのまま発進する車を見届けずに、玉前は自身の端末を開く。
地図アプリで明滅する赤い点が都内の海の方向に動いている。玉前は車から降り、気絶している治安局員二名のことを振り向きもせずにオウカの後を追った。
小話
歌って魅了して洗脳する。
アームドブルー本編でそのメカニズムは描かれていませんが、結局のところ、歌い手以外に聴き手の問題があるんですよね。
どれだけ良い歌詞で良い歌声でも、聴き手が感動しないと始まりません。その視点が抜けていた段階で初めからこのポンコツには無理だったんですよね。
本編では皇神がプロデュースしてモルフォに大勢のファンがいたとなっていますが、凄い経営手腕だなとストーリーを読み返しながら感心してました。