蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
喫茶店では後始末が始まり、街の復旧に向けた簡素な任務を残すだけとなっていた。しかし、店内にはヘング中佐の怒号が飛び交い、皇神の兵士たちは慌てふためくばかりだ。
「ヘング中佐!教授三名を南東エリアに避難させました」
喫茶店のベルが鳴り、兵士が報告に訪れる。
「こちら、三番隊」
「ご苦労、そちらに三名、金色の獅子のような男が来ているはずだ。北への避難誘導を頼む」
「いえ、まだ来ていませんが……」
ヘング中佐は眉をひそめ、「どういうことだ?」と声を潜める。無線の向こう側からどよめく声が聞こえて、ヘング中佐は無線機に耳を押し当てた。
「今、南西エリアで待機しているのですが……」
「何をやってる!合流地点は南東だぞ!」
「中佐から合流地点を変更するよう指示されて……」
「それはフェイクだ!」
無線を切ってヘング中佐は頭を掻きむしる。
指揮系統が乱されていた──その心当たりはある。
本社で異界の怪物を召喚した電子の存在、自らを
顔を合わせた時に自分の姿と声を学習していたのだろう。中佐が指揮した証拠としてフェイク動画や音声データがすでに何件も寄せられている。
注意喚起をしても末端の兵に伝わるまで時間がかかる。加えて、熔山龍撃退のための寄せ集めの組織であることも、更なる混乱に拍車をかけていた。
「くそっ!」
机を叩いて立ち上がり、喫茶店を飛び出す。
外の駐車場では無線機を搬送するトラックが渋滞を起こし、店の外のオフィス通りに長い列を成していた。
「それは治安局の備品だ!」
「いや、海軍司令部のパソコンだ」
機材を運ぶ兵士たちが互いにいがみ合う。
指定した時間通りに来れば、容易く済む搬送作業もヘング中佐を騙るフェイクのせいで混迷を極めていた。
「お前たち、同じ社の仲間同士で争うな」
「中佐」
「テロリストの思うツボだぞ」
口論する二人に割って入り警告すると、「すいません!」と二人は背筋を伸ばして中佐に敬礼する。
師カレラは
「テロリストの一員である」
師は嘘をついた──その嘘が兵の士気を高めた。
モルフォの存在を公にしたくない意図以外に、兵士の士気を高める狙いもあったのだろうと想像する。皇神のテロリストと言う目的が理解できる相手に、兵士は何の疑念も抱かずに抗争に取り組むことができたのは事実だ。
だが、今回の相手は狙いが分からない。
その薄気味悪さが士気を恐怖に塗り替え、兵は後ろ髪を引かれる思いを抱えながらの戦を強いられる。
その目的が分かるまでは正体を伏せておく──旧友のピレーと話し込む中で方針が決まり、「私の方で調べてみよう」と言ってピレーは喫茶店を立ち去った。
「ああ、そこの君」
駐車場の裏手で治安局の白バイクを整備している兵士に声をかける。
「そのバイクを借りても良いか?」
慌てて立ち上がり敬礼する兵士に一言声をかけると、「どちらに行かれるのですか?」と尋ねてくる。
「ジョン教授の様子を見に行く。すぐに戻る」
大団長の偽名を口にして、兵士は疑うことなく再び敬礼する。皇神軍の規律の厳しさ、ひいては優れた統率につながる従順さがAIが作ったフェイク動画にダマされる原因となって足を引張っている。
紫電様ならどうしただろうか──
かつてのカリスマに思いを馳せながらバイクにまたがると、サイドブレーキを蹴ってハンドルを回す。乱雑に並ぶトラックの隙間を縫って、異界人を探しに喫茶店を飛び出した。
中佐が飛び出した喫茶店の遥か北、神園家の別荘の中では少年たちが作戦会議に明け暮れていた。
「身体が欲しいと言っていたけれど」
「口の次は身体か……」
きりんとアキュラが揃って口元を押さえて考え込む。
テーブルに置かれた端末の画面ではモルフォの復刻ライブに向けたカウントダウンが進む。残り八時間を切り、日没後に始まるライブで偽物が唄うつもりらしい。
「肉声のことかな?」
紛い物が
プログラムの中で生まれた紛い物は機械に備え付けられたマイクを通して音声を認識し、本物は宝剣の宿主と言う実体を通して音声を認識する。マイクと言うフィルターが生み出した音質の
「そんな身体なんてあり得ませんよ」
ノワがバッサリと否定する。
モルフォはシアンの精神体だ。
──実物があってこその虚像で、その逆はない。
サイボークのような人型ロボットを肉体として手に入れても集音マイクが残ってしまうし、霊媒のようなオカルトじみた
「せめてアイツの居場所さえ分かれば……」
ネットが存在する限り世界の何処にでも逃走できる偽物──その居所を掴むのは難航を極めていた。ネットではカウントダウンが依然として続き、ライブ開催は諦めていないらしい。
刻一刻と敵の思惑だけが進む状況に、少年は歯噛みした。
「ねぇ、アキュラ君」
手詰まり感を覚えた頃、リビングの外からRoRoの呼び声がした。アキュラが扉を開けると、バトルポッドを器用に動かして一枚の紙切れを掴んだRoRoがテーブルに着地した。
「玄関に落ちてたよ」
「皇神の奴らが持ってきたメッセージ履歴か」
アキュラが拾い上げた紙切れは、治安局員が持ってきたオウカと電子の謡精の偽物のやりとりを記した履歴だ。下から上へ過去へ遡るように眺め、最初のメッセージを見やる。
>> 久しぶり、オウカ
「これはいつ送られたんだ?」
アキュラが指差した日付を少年ときりんが覗き込む。
「オウカの家に皇神の二人とノワが来た日よね」
きりんが少年を見やると、少年は口元を押さえて当時を振り返る。ノワが皇神の二人、コートの男と監査官を連れてきた夜、オウカと別れようと思い立ったあの夜だ。
オウカは思い詰めたような顔をしていた──何か吹聴されたのだろうかと少年は今になってようやく省みる。
「奇跡だよね」
RoRoが漏らした一言に少年が顔を上げ、向かいの席できりんが、「奇跡って?」と首を傾げる。
「オウカさんの端末のIPアドレスをネットから見つけたんでしょ。あれはランダムで変わる数字だよ」
四つの数字の組み合わせから成るグローバルIPアドレスはネットにアクセスする度に数字が変わる。変わり続ける数字から特定の個人を探し当てることは奇跡に等しい。
「じゃあ、プロバイダーから情報を盗んできたとか?」
「それはないかな」
プロバイダーに蓄積されたIPアドレス情報を盗み見る──唯一つ残された可能性を少年が否定する。
「アイツにはボクとオウカが出会う前の記憶しかない」
偽物に宿る
名前も顔も知らない
「皇神にはオウカのことを隠していたし、オウカを知る手段はなかったはずだよ」
初めから皇神の二人と行動していたノワをジッと見やる。
猜疑の目に気づき、「私を疑うつもりですか?」とノワが尖った目で睨み返す。オウカのことを密告したところで少年の神経を逆なでるだけでノワ自身に何一つメリットはない。無駄を嫌うノワらしくないとアキュラが首を横に振る。
「何処かのサイトからマルウェアを拾ったか?」
「それなら、むしろボクの方に来るはずだ」
闇サイトにアクセスしていた少年の方がウイルスに感染するリスクは高い。
だが、ウィルスに感染していたのはオウカの端末だった。
──感染経路は何処にある
「もっと前だ」
しばらく考え込んでいた少年がふと顔を上げ、首をかしげるきりんに尋ねる。
「発電所で声が聞こえたか、尋ねたことがあったよね」
少年に確認されたきりんが頷き返す。
「アレはボクの幻聴じゃなくて、偽物の声だったんだ」
「どういうことだ?」
アキュラに問われ、少年は通話履歴の紙を伏せて言葉を続ける。
「アイツは自身を構成するデータを削除されて、そこから修復したと言っていた。初めはネットを自由に飛び回る機能すらなかったはずだ」
削除されそうになった──データを取り戻してようやくこの姿まで戻れたとも言っていた。たとえ意思を持ったAIでもプログラムコードから消された機能を復元しない限り、自らの意思で
「だけど、現実世界に協力者がいれば、記録媒体を使ってデータの移動はできる」
蒼の戦闘服の袖に手を引っ込め、右肩をはだけさせる。砂漠の狩猟で負った傷痕には未だに包帯が巻かれたままだ。
「ピレーだ」
少年はコートの男の名を告げて、更に言葉を続ける。
「きりんと初めて会う前、あの男はボクの右肩を触った。その時に発信機か何かを付けられたんだと思う。そこにアイツは潜んでいたんだ」
アキュラが「らしくないな」と小言をこぼすして蔑む視線を送る。きりんはアキュラの脇腹を小突き、「ちょっと待った!」と少年の推理を遮った。
「発信機なんて、空港の金属探知で見つかるでしょ」
今回の騒動で二度も国外へ飛んでいる。
一度目は皇神のプライベート機でデデ砂漠に、二度目は国際航空便でロシアへ出国している。一度目の渡航で荷物検査はなかったが、二度目は検査を受けている。だが、その時に金属探知ゲートで止められたことはない。
きりんの指摘に、隣でアキュラが大きなため息をつく。
「右肩をリオレイアに蹴られたんだ」
アキュラが少年の右肩を指差す。
緑火竜の鋭利な足爪に蹴られ、右肩の発信機は皮膚からえぐり取られた。砂漠から帰還して以降、発信機はすでになく、空港の金属探知に引っかかることはない。
「じゃあ、皇神が荷物検査をしなかったのは……」
砂漠からの帰国時、皇神から荷物検査されなかった。
「ボクに付けた発信機がバレると焦って止めたんだろうね。だけど、そのおかげでUSBを持ち帰れたのも事実だ」
怪我人だからスルーされた訳ではなく、露呈を恐れての行為だった。コートの男に騙されたと知って憤慨するきりんを、少年は寂しげな笑みを浮かべながら宥めすかす。
──幻聴は
──偽物が少年の右肩で囁いていただけの現実だった。
──彼女との思い出は、紛い物に騙される程度だった。
残酷な真実を嘲笑と共に飲み込む。
「じゃあ、あの嫌味な男とまた合流するかもね」
すっかり黙り込んだ少年を余所に喋るRoRoに、「どこで?」ときりんが尋ねる。
「この時間で行ける所だろうな」
アキュラがテーブルの端末で動くカウントダウンを指差す。その残り時間を見て、「交通が麻痺した都内からは出れないですね」とノワが憶測を呟く。
──進展が止まった。
たとえ電子の謡精の偽物が次に取る行動が分かっても、居場所は分からずじまいだ。テーブル上の端末に示されたカウントダウンをジッと見下ろすばかりで、時間だけが過ぎていく。
「IPアドレスだ」
沈黙を初めに打ち破ったのは少年だ。
「ゾラ•マグダラオス四体が出現した場所、分かる?」
きりんが端末の画面をタップし、唯一動いているSNSで検索をかける。巨大ドラゴンのハッシュタグが付いた投稿をスクロールして、「これでしょ」と出現場所をまとめた海図を画面に映す。
「アイツが呼び寄せた四体の龍には、逃げ道を北に絞る戦略があった」
南への逃げ道をふさぐ一点から西方向に進路を曲げる東の三点をなぞるように少年は指差す。
「だけど、南の経度、それに、東の緯度には理由がない」
続けて現れた順番に沿って少年が海図をなぞる。
熔山龍を真北へ誘導する策略において意味のない四つの数字を並べてゆく。
──43,130,55,35
「これがアイツの潜んでる端末ってこと?」
「だけど、直接本人に伝えなかったの?」
ネットの世界を自在に飛び立てる今、直接コートの男の端末に忍び込むことはできたはずだ。それにも関わらず、回りくどい方法を選んだことにRoRoが訝しむ。
「裏切りだな」
その答えを呟くアキュラに少年が頷く。
「もし協力関係にあったら、ネットに転がっていた怪しい情報を信じたAIを止めたはず。仲間がヘマするのを見過ごしたのなら、それは意図した裏切り行為だ」
皇神の社内情報がネットに転がっているはずがない──少し考えれば分かる稚拙な罠に引っかかったのは、偽物が現象しか学習しなかったことと、無垢な少女を記憶媒体のベースとしていたからだ。
協力者はその行為を止めず、幽閉に追いやった。
本来ならそこでAIを捕らえるはずだったが、偽物が呼び寄せた
「でも、IPアドレスってランダムに変わるんでしょ?」
「いえ、会社のプライベートIPなら固定のものがあります」
ノワが首を横に振る。
ネットの世界に直接繋がるルーターのグローバルIPと違い、社内だけで管理されたクローズな端末のプライベートIPには数字が一定のものがある。
「会社って皇神のこと?どうやったら分かるの?」
「皇神のサーバーにハッキングする必要がある」
きりんが少年の方を見やると、少年は親指の爪を噛みながら黙り込んでいた。
「セキュリティが整った皇神のサーバーにハッキングするのは難しいよ。アイツも妨害するだろうし」
偽物からの妨害工作を受けながら、大企業のセキュリティを突破する難しさをRoRoが指摘する。
「ハッカーなら心当たりがある」
再び訪れた沈黙を打破した少年は自身の端末を取り出し、電話をかけ始めた。
小話
お話の整合性を確認して、IPアドレスやらウィルスやら調べる内に投稿が遅れてしまいました。
散りばめたフラグは回収できる……はず。
IPアドレスの四つの数字が分かったところで住所が特定できるわけではありません。プロバイダーに開示請求して分かりますし、請求する条件もしっかり法で決まっています。
罵ったり煽ったりせず、ホッコリと心温まる気持ちでネットと付き合いましょう(戒め)