蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
犯罪者に赦しも、更生の余地もない──高らかに訴えるモニュメントは悪趣味なカンダタの糸のようだ。
海上牢獄ソコネノクニ──
見上げても天井が見えることはない。
頭上に無数の箱が円形の壁に沿って空高く積まれている。一面だけがガラス張りとなったその箱は全て牢屋で、看守の目は何処にもない。隙だらけの檻の中、囚人はうわ言ばかりを呟き、対面の囚人に気を遣う様子もなければ、ガラスを蹴破って脱出する気概もない。
──彼らは脱獄が不可能と悟っている。
ガラスを破った先に足場はなく、コンクリートの壁に掴める凹凸はない。二十メートル下のエントランスホールに叩きつけられ、汚れた魂は天国に近い檻から地底の冥土へダイブするだけだ。
牢屋を吊るすレールが動き出した。
牢屋が揺れることに戸惑いの声を上げる囚人は一人としていない──新たな
レールが繋がる終着点、牢屋の搭乗口に、オウカは立たされていた。
囚人が入った牢屋が目の前と背後を次々と通り過ぎ、やがて空の牢屋が目の前で止まる。ガラスの扉が真横に開き、オウカの背後に立つ軍服の大男が容赦なく背中を押す。その剛腕に抗う術はなく、爪先が檻の端に触れる。
「うおぉぉ!」
背後からの野太い声が何かが弾ける鋭い音に切り替わり、青い閃光がガラスに照り返る。
「大団長!」
「皆さん!どうしてここに?」
心当たりのある名前が聞こえて振り向くも、男に肩を抑えられる。一瞬捉えた視界には、背後に吊るされた牢屋に押し込まれた異界の住人三名の姿があった。地面でうずくまる大団長に、それを介抱する
「オウカさんコソ!」
篇算者が目を丸くしてオウカに声をかける。
オウカは背後の大男を振り切ろうともがくも、「大人しくしていろ」と牢屋へ押し込まれる。青年がガラスに拳を叩きつけるも、鋭い音が響かせ牢屋の床で転げ回るだけに終わる。
「触らない方が身の為だぞ、お嬢さん」
大男はオウカの牢屋に電子キーをかけ、キーカードを軍服の胸ポケットにしまい込むと、ゴム手袋をはめ直してガラスに手を近づけた。
青い稲光が暗闇の一本道を照らした。
白塗りの壁に現れた影が異形の怪物のように伸びる。地獄に近い搭乗口では高電圧の電流が、天国に近い収容所では位置エネルギーが、現世への帰還を阻む檻として機能する。
「上の決断が下るまで待ってろ」
「ちょっと!どうして彼らが閉じ込められているんです」
立ち去ろうとする男をオウカが呼び止める。
たとえ皇神が法治国家の中枢を掌握していたとしても、法を超える越権行為は許されていない。異界の住人を捕縛するにも正当な理由があるはずと訴える。
「さぁな、悪いことでもしたんじゃないか?」
「さぁ……って」
やる気のない返事に、憤りが小さく湧き上がる。
「貴方、皇神の人間でしょう?」
「皇神?ああ、あの
嘲笑する大男の台詞に、オウカは眉をひそめる。
これほど巨大な施設は皇神のもの以外に考えらない。治安局に護送された自分を拉致して皇神の施設に連れ込めるのは、皇神の闇に近しい人物に違いないと思考を巡らせるも、行動と気概との乖離に疑念を抱く。
「転職するさ」
サラリと答える。
──皇神の恐ろしさを忘れているかのように。
「無能力者にとっては居心地悪い職場だし、ありもしない兵力を改ざんして吹聴する、ステークスホルダーへの誠意の低さにはもうウンザリだ」
風貌とは似ても似つかぬ軽薄な態度にオウカは口を開けたまま固まるも、「あの!」と直ぐに声をかける。
大男の右手がすでに牢屋のレールを動かすタッチパネルにかかっている。一押しすれば檻が動き、地に足をつけることは二度と叶わない。
「そう……貴方の目的は何ですか!」
時間稼ぎの問いに、口の端を歪ませながらタッチ音を一つずつ鳴らす。
ヒタリ、ヒタリ
軽快なタッチ音に足音が混じる。
男は右手を止めて辺りを見渡すも、暗闇の一本道には影一つない。徐ろに腰にかけたレーザー銃を抜いて廊下の左右に何度も銃口を向けた。
ポタリ、ポタリ
肩に生暖かい水がかかる。
鼻を突くような酸っぱい臭いに、しかめ面を浮かべる。
男の身体が宙を飛んだ。
レーザー銃が床に跳ね、男の足が宙で踊り狂う。
くぐもった野太い悲鳴が牢屋に響く。思わずオウカがガラスに近づいて天井を覗き込むと、白雷が暗闇を照らした。
白塗りの壁に男の脚の影が現れ、その先に伸びる太く長い影が激しくうねる。
男の身体が宙から落ちた。
白面の顔がガラスに映る。
大きく横に裂ける口から尖った臼歯が覗き、黒色の吐息がガラスを曇らせる。湿ったガラスが光を歪ませ、乳白色の皮に包まれた飛竜の姿が顕になる。
「いやああ!」
悲鳴を上げてガラスから飛び退くオウカに、「静かに!」と向かい側の篇算者が注意するも、時すでに遅し──奇怪竜フルフルがガラスの檻に牙を突き立てる。
伸ばした首を狂ったように振り回し、ガラスに頭を打ち付ける度に青い電流が弾け飛ぶ。鉄壁の電気の檻が同じ電気を扱うフルフルの猛攻を止めることは叶わず、ただのガラス板に成り果てる。
「あ……ああ……」
腰を抜かし、ガラスに走る亀裂を見届けるしかない。
ガラスが粉々に砕けた。
鼻を鳴らしながら、フルフルが牢屋に足を踏み入れる。
「ひっ…!」
ヌルリと首を伸ばし、オウカの前髪に鼻をこすり当てる。そのまま口が横に裂け、オウカの膝元に涎が垂れ落ちる。
「おい!こっちだ!」
暗闇に甲高い口笛が響き、フルフルが足を止めて首だけを背後へ伸ばす。大団長と青年が口笛を鳴らし、手をたたきながら煽る仕草を見せる篇算者を見て、フルフルはゆっくりと
「よし!食いついた!」
フルフルが電気をまとって飛びかかる。
飛来するガラスの破片に、大団長は顔をしかめながらその場で大きく地団駄を踏む。宙吊りの牢屋を揺らす激しい足音だけを頼りに、フルフルがその首を螺旋の軌道を描いて伸ばす。
大団長はガラスの破片が散らばった床へ前転した。
大口を開けたフルフルの頭が背をかすめ、牢屋の壁にぶつかる。
「大団長!」
腰を抜かしたオウカを肩で抱える青年の隣で、篇算者が叫ぶ。
タッチパネルに添えられた彼女の手を見て、大団長は破片を払って牢屋を飛び出した。篇算者がタッチパネルを叩くと、突如動き出した檻の中でフルフルはたたらを踏む。
その隙に、暗いトンネルの奥へ牢屋が運ばれる。
その奥からこだまする甲高い咆哮を背に、大団長はその場から走り去った。
遥か彼方の水平線に茜色に染まった陽が沈もうとしている。
倉庫が至る所に乱立する港を駆けずり回ったヘング中佐は、手すりにもたれかかってため息を吐く。
「一体どこに行ったのだ?」
夕焼けに伸びる自分の息を見送り、頭を掻く。
異世界人の行方が南東エリアで途絶えてから、随分と時間が経った。身を潜める倉庫は百を超え、バイクを乗り回し港全域をあらかた探し回るも見つからず、海をぼんやりと眺めていると、不意に胸ポケットの端末が鳴り響いた。
「どうした?」
端末越しに自分の名を呼ぶ部下の声が自動生成された偽物だ──付きまとう疑念に嫌気が差し、独りごちる。
「
「伝令は届いていなかったか……」
夕焼け空を仰ぎ、「その後は?」と報告を促す。
「
「分かった、彼らを追わないよう伝えてくれ」
この命令が伝わる保証はどこにもない。
降りかかる火の粉を振り払うためなら、相手の息の根を止めることすら厭わない冷徹さを持ち合わせる彼らに、無能力者が束になっても勝てないのは、現場が最も理解しているだろう。
だが、上官からの命令は絶対だ──要となる上官はAIが生み出したフェイクだが、根強い指揮系統に組み込まれた彼らに逆らう権利はない。
かの二人の神経を逆なでないよう祈る他なかった。
さざ波の中にエンジンの轟音が混じる。続けて甲高く叫ぶスピン音に、ヘング中佐はバイクにまたがって表通りに飛び出す。
「あれは……」
眼前を紅いコンパクトカーが横切った。
車内の四人の姿を見た刹那、ハンドルを全開に回してその後を追った。
爆音を上げて港の倉庫街を疾走する紅いコンパクトカーへ倉庫暮らしの野良猫が威嚇し、海鳥が喚き散らす。
その背後から何台もの軍用車が迫る──野良猫は奇声を上げながら道端のゴミ袋に頭から突っ込み、漂う腐臭に頭を振るって恨めし気に砂ぼこりを睨む。
「また追いつかれるわよ!」
後部座席からの悲鳴に、「分かってます」とノワは苛立ちながらハンドルを切り返す。火花を散らしながら直角に曲がって裏路地へ逃げ込むと、巨体の軍用車は迂回を強いられる。
追跡を振り切ったも束の間、空を切る音が車内に響く。
「ヘリだ」
少年が後部座席から空を見上げた直後、機銃が火を吹いた。
雨漏りだらけの倉庫に降り注いだ鉛玉の雨が更なる風穴を開け、四人を乗せた車に迫る。窓から顔を覗かせた少年が空に向かって手をかざすと、蒼雷に輝く
ハンドルを左に切り、大通りへ飛び出す。
先回りしてきた軍用車に噴出孔が転がり迫る。
トランクから切り離された噴出孔が鉄塊となって軍用車のフロントガラスを叩き割り、廃屋のガレージへ引きずり込む。
「振り切れないか……」
廃倉庫から流れる黒煙の奥から次々と軍用車が飛び出す様を、サイドミラー越しに見やったアキュラが舌打ちする。
仲間の車が標的の背後に張り付き、空からの銃撃はピタリと止む。街中に仕掛けられた監視カメラと連携した追跡システムで皇神の軍用車が大通りを追い回し、路地裏ではヘリが空から監視する布陣を敷き、皇神が追い詰める。
泥沼と化した逃走劇──ついに終わりが訪れる。
「あの検問を突破します」
一本の吊り橋へ繋がる検問所、その先に広がる湾を越えた人工島にあるのは目的地、トコネノクニ。
アクセルを限界まで踏みこみ、検問所に正面からぶつかる。侵入を防ぐバーは容易く折れ曲がり、腰を抜かした職員の眼前を何台もの軍用車が過ぎ去り、最後尾を一台のバイクが駆け抜ける。
小道も曲がり角もない吊り橋と言う一本道に差し掛かる。
純粋な馬力だけが物を言うレースで、軍用車が猛追する。残された手は足止めしかない──乗り合わせた三人が得物に手を伸ばし、迎撃可能な距離に踏み込まれてから反撃するよう互いに相槌をうって確認し合う。
その最中、ノワがハンドルを振り回した。
車体が吊り橋に対して垂直に滑り、少年は後部座席の足下に倒れ込む。続けてハンドルを切り返し、後部座席を大きく振りながら車体が元の道へ戻る。
「ハンドル切るなら、先に言いなさいよ!」
きりんが抗議した瞬間、背後から破裂音が炸裂した。
リアウィンドウから顔を出すと、皇神の軍用車が横転して一本道をふさいでいた。後続の軍用車が次々とぶつかり黒煙を上げる中、一台のバイクが隙間を縫って飛び出す。
「あれは……ヘングか」
空をしきりに見上げる中佐の姿を見ながら少年が呟くと、空から機銃の音が響いた。咄嗟に結界を作り直すも鉛玉は一発すら落ちて来ず、依然として鳴り止まない銃声に顔をしかめる。
ヘリが黒煙を上げながら墜落する──大きな水飛沫を上げて湾に沈むヘリがサイドミラーに映る。
「何が起きてる?」
アキュラがためらうことなく窓から身を乗り出す。
その首根っこを掴んで、ノワがアキュラの身体を車内に引き込んだ。顔があった所に金色の刃が飛来し、サイドミラーに深く突き刺さる。
刃のように鋭い鱗──刃鱗だ。
「上だ!怪物がいるぞ!」
背後から迫るヘング中佐の忠告の後に、刃の嵐が降り注ぐ。少年が張り巡らせた電磁場を容易く貫通し、天板を刃先が貫通する。行く先にも敷き詰められた鱗を縫うように蛇行を繰り返す車から身を乗り出した少年の瞳に、千の刃に身を包んだ金色の飛竜が映る。
千刃竜セルレギオスが暗黒色に蝕まれた鼻息を荒げ、紅色に輝く車に迫る。少年の迎撃をもろともせず、車速を上回る速さで肉薄する。
小話
中身を書くよりタイトルの短歌を書くのに時間がかかるのはどうなの……
ちなみに、字余りになる予定です。
今回出てくるトコネノクニは原作に近いところから引用したオリジナルのものです。ポンコツAIの蚕の元ネタと整合性は取れているはず。
蚕は人間がいなければ生きていくことができない、人間との共存に特化したかのような昆虫です。中国が漢だった頃より前から織物の糸として使われ続け、飼い慣らされた不自由を象徴するため、創作の題材にもなりやすいそうですよ。