蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
檻の中を反響するヒールの音に目覚めた囚人が、動かない身体を芋虫のようによじって檻のガラス窓に近寄る。斜向かいの檻で奇声を上げる囚人に舌打ちして地上を覗き見る。
遥か下に広がるエントランスホールに二つの影があった。スーツ姿の女とコートを着た男は共に研究員らしからぬ珍しい来客であったが、救出しに来た仲間ではない──興味はすっかり失せ、囚人はため息とともに檻の奥に引きこもった。
「人事部異能力者採用課ピレー」
頭上で喚く囚人の奇声をかき消す毅然とした声色に、コートの男が足を止めて振り返る。
「これは……コンプライアンス推進部の
お辞儀した後に顔を上げる。
締まりの良いスーツと銀に輝く眼鏡がいつもと違う厳かな佇まいを際立たせる。銀光を放つ眼鏡の奥の瞳から溢れんばかりの憤りを向けられ、「ここは内勤の方が来る所ではありませんぞ」と和ませる。
「貴方へ聴取しに来ました」
だが、彼女の態度は変わらない。
ますます厳しくなる猜疑の目に、「懲罰委員会にかけられるのですかな?」と尋ね返す。コートの汚れを払って背筋を伸ばす男の動作に一寸たりとて動揺は見受けられない。
「返答次第では」
玉前は咳を払って聴取を開始する。
「ゴア・マガラをご存じですね?」
「大団長とか言う男が言っていた龍のことかね?」
監査官の意図を探らんとゆっくりと言葉を紡ぎ、「実物を見たことはないがね」と付け加えるも、「龍ですか……」の一言で流される。
「覚えていますか?本社に出た異界の蜘蛛を」
コートの男が顎をさすって頷く。
紫色の皮をまとった六の足で歩くおぞましい
「あちらの世界には竜以外にも多様な怪物がいるようですね」
怪物は竜ばかりと思っていた矢先に現れた虫の姿に絶句して、あのタイミングで来た不躾なメールに返信するのに精一杯であったと振り返る。
「何を仰りたいのでしょう、監査官」
対峙した時の恐ろしさ、窮地、死の予感──当時の感想は幾らでも語れるが、コンプライアンスとは無関係だ。
話の筋を問い質そうと次なる言葉を紡ごうとした瞬間、「ピレー」と玉前が制する。
「ゴア・マガラは
コートの男の目じりに深いシワが走る。
異界には様々な怪物がいる──それは、蜘蛛、猿、蛸、兎と怪物の容姿を形容すべき言葉が多岐に渡ることを意味する。見たことはないと主張する怪物を、敢えて
「それはだな……」
「異界の方は一言も龍とは言っていませんよ」
言い訳が先んじて潰される。
かの黒蝕竜が亜龍種に分類されたのは最近のことだ。新大陸から未開の地へ流星の如く調査に飛び出した彼らに、ギルド本部からの通達は未だ届いていない。
「言葉のあやだ。訂正しよう」
コートの男が頬を人差し指でなぞるように掻く。悪あがきを冷めた目で見つめ返した玉前は、「では、もう一つ」と指を立てる。
「貴方の経歴ですが……」
コートの男は口を真一文字に結んで聞き入れる。
「私の父、玉前十三が進めていたフェノメナ•プロジェクト……人工AI開発計画が終了する一月前、本社からその計画に派遣された貴方の異動届が見つかりました」
玉前がコートの男の目の奥をじっと睨み返す。目を細めて火傷痕と人工皮膚を擦り合わせた痛みで動揺をごまかす作戦はすでに看破されている。
「その成果物を名乗る電子の謡精が私たちの目の前に現れました。心当たりは?」
糾弾するかのように語気を強める玉前に、コートの男は首を横に振って弁明する。
「多国籍能力者連合エデンが各地で暴れていた頃でしてな。折角の研究がテロリストに荒らされないよう、代わりの施設を探す仕事をしていた。研究のことはさっぱりだよ」
「デデ砂漠の坑道にあった施設ですね。教えてくれても良かったのでは?」
玉前の追及に声を詰まらせる。
うなじを玉のような汗が滴り落ち、乾いた笑いが漏れる口を手で抑える。それに気づく素振りも配慮も見せず、「では、最後に」と尋問を続ける。
「発電所バベルの怪物の死骸を我が社の生物研究所に搬送したそうですね」
コートの男からの返事がピタリと途絶える。
「搬送した履歴はありませんでした」
「先方の勘違いではないかね?」
辛うじて絞り出した回答に、「確認は取りました」と逃げ道が丁寧に潰されていく。
「どちらに搬送されたのですか?」
「国外への最近の輸出履歴を調べました」
玉前が端末を取り出し、ブルーライトと共にホログラムが映し出される。文字ばかりの文書のホログラムの一行目には輸出許可証と記されている。
「誰も心当たりのないコンテナが、皇神名義で海外のバイオ研究機関に送られていました。皇神とは違う別会社です」
不審なコンテナが一台、皇神のシベリア商社を経由して海外に発送されていた。怪物騒動で混乱の渦中にあった皇神の監視網をすり抜けたコンテナの中身こそが、皇神の所有地に落ちていた死骸ではないかと詰問する。
「我が社の所有物を無断で外部に出したとすれば、コンプライアンス違反で懲罰委員会にかけられる重大事案です」
コンプライアンス推進部の監査官として突きつけた最終帳簿に、「私が独断でやったと?」とコートの男が尋ねる。
「証拠を見せましょうか?」
コートの男を睨み、手元の端末に視線を落とした。
腹部に激痛が走り、脚に生温かい液体がただれ落ちる。
そのまま視線を落とす──洗い立てのスーツに真赤な血が溢れ落ちるのを見届け、そのままホールの床に倒れ伏した。
「残念だよ、玉前監査官」
コートの袖から白煙が昇る。
弾けた火薬の匂いを撒き散らし、地に伏せた玉前に銃口を向けながら歩み寄る。
「AIによる統治システムについて、君の父上とはよく語り合った仲だったがね」
撃鉄を引きながら歩み寄られ拳を強く握りしめるも、血に濡れた床から立ち上がることすらままならない。睨み返すだけしかできない相手に、コートの男が慢心する様子はない。
コートの男の袖から小さな拳銃が現れる。
その銃口が頭に向けられる。
迷いも動揺もない──覚悟を決めた瞳が頭上から注がれる。
「ピレー様」
白色の防護服に防毒マスクを被った二人の男に、「おお、待ちかねたぞ」と振り向く。その隙に限りある力を振り絞って上体を起こすも、「動くな」と再び銃口を突きつけられる。
防護服を着た二人が冷凍ボックスを抱えている。その蓋が開き、ピレーがボックスの中からアンプル瓶を取り出す。
黒い粉だ──そこで思考が飛ぶ。
気を保とうと頭を振るも、腹部から滴る血の温もりが徐々に失われてゆく。視界が不意に下がり、床に広がる血溜まりと男の靴の爪先が映る。冷たく硬いものが頭に押し付けられるのを感じ、玉前は静かに目を閉じた。
「俺たちは余所者だ。あまり口出しはしたくない」
野太い声が響く。
「だが、人殺しの現場を見て黙ってる訳にはイカンな」
背後を振り返ると大団長が腕組みをして仁王立ちをしていた。その端に控えるオウカの姿に、玉前の唇が微かに緩む。
「ピレー!」
玉前の頭上から、「もう来たか……」と苦々しげな声がする。
声の主の正体──ガンヴォルトだ。
入り口から三人の足音と共にホールへ踏み込み、ガチャリと撃鉄の音を鳴らして少年が銃を向けると同時に、コートの男が玉前の頭に銃口を押し当てる。
「どうなってんのよ、コレ……」
すでに刀を抜き終わったきりんが呟く。
その隣でアキュラが銃を構え、RoRoが赤く発光して戦闘の構えを取る。その切先が向けられたコートの男との間に、防護服を着た男が割り込み、光線銃を向ける。
「アナタ、それが何か分かってイマスか?」
「狂竜ウィルスですよ」
コートの男が持つアンプル瓶に漂う鱗粉を指差し、「それがどれほど危険なモノか……」とまた一歩歩み寄る。
「第一次世界大戦、人は数多の兵器を作り出した」
コートの男がポツリと呟く。
「大砲、戦車、地雷、爆撃機、化学兵器……人類と動物の力の差は確固たるものとなり、この星は人類のエゴが全て許されるようになった」
数世紀前に起きた世界大戦──今も語り継がれる人類の負の歴史を語り始める。
「それでも尚、人は自然を畏れた」
一撃で山を吹き飛ばし、一夜で焦土に変え、一日で密林を枯らすことを可能にした支配者たる人類は今も尚、大自然に恐怖の念を抱く。
「先の大戦で人類を死に追いやったのが、殺戮兵器ではなく、感染症だったからだ」
一億人を超える死者を生み出したスペイン風邪は世界大戦の終息に導いた一因を担ったとも推測されている。
「断じて、
かつての歴史に異能力者の存在はなかった。
ある日突然、何の前触れもなく現れた第七波動──その言葉に憎悪を乗せ、異能力者である少年を睨む。
「竜を狂わせるウィルスの力はこの目で確かめた。人もただでは済まない、多くの死者が出るだろう」
「させない!」
少年が銃を構え直すも、「ガンヴォルト」と赤子をあやすような声色で告げる。
「世界が元の姿に戻るだけだ……第七波動に恐れる歪な世界から、ウィルスを怖れる、かつての、あるべき正しい世界にな」
玉前に向けられた銃身が微かに震える。奥歯を噛み締めシワが浮かび上がり、貼り合わせた人工皮膚の縫い目がうねり出す。
「なぜ無能力者は異能力者に怯えねばならん!努力や運で得た刹那的な富とは違う!ある日突然現れた悪魔のような暴力に、理を超越した
異能力者に焼かれた火傷痕が何度も擦れ、顔の全身に迸る痛みが不条理を思い起こさせる。異能力者が無能力者を平然と
「それで転職するんだから、ひどい話よね」
そこに響く喜色の声に全員がホールの奥を向く。奥に広がる暗闇から電子の謡精──もとい、その
「皇神を辞めて、そのウィルスを他所で研究して兵器に運用するんでしょ?アナタの転職活動に巻き込まれる身にもなってみたら?」
のっぺりとした表情のまま、「転職代行なら任せてよ」とせせら笑う人形の背後から黒い霧が流れ出す。
「まぁ、ここから逃がすわけないけどね」
仄暗い通路の奥から伸びた暗黒の頭に、光を視認する目玉はない。影から現れた大きな翼をはためかせると、漆黒の鱗粉が舞い落ちる。
「ゴア・マガラ……」
篇算者の呟きにゴア・マガラが顔を上げる。
気配を感じ、しきりに鼻を鳴らしては唸り声を上げている。
「音と鱗粉で相手を察知するのよ?賢い子ね」
その隣に佇む人形には目もくれず、ゴア・マガラはその反対側の声がする虚空──小さな一台のドローンへ飛びかかる。垂直に飛び立ったドローンの真下で壁にぶつかり再び索敵するゴア・マガラ、その頭上から「クスクス」と人形から送信された声が響く。
ドローンがそのままホールに向かって飛んで行く。
「ほら、こっちよ!」
ドローンからのけたたましい叫び声に振り向き、上体を天に向かって起こして吠える。溢れんばかりの鱗粉が濁流となってホールへ押し寄せる。
「吸うな!」
大団長の叫びと共にその場にいた人間が息を止め、鱗粉の嵐が過ぎ去るのを待った。
ただ一つ、電子生命体であるセーレスが乗り移った人形だけが鱗粉が漂うホールへと歩み寄る。無邪気な少女のように黒
「この子も可哀想なの」
人形が背後に広がる通路の奥で呻くゴア・マガラに視線を送り、そのまま言葉を続ける。
「私が消されそうになった時に現れたゲートをくぐった先で、この子は一人ぼっちだったの。初めて外の世界に出た者同士だったからね、感じちゃったのかも……」
──感情コード088:同情
表情を崩すことのない人形が「ケラケラ」と嘲笑いのような声を上げる。振り返ってコートの男の方へ歩み寄り、「最終警告よ、ピレー」とその場で指を鳴らす。
「囚人脱走、メインホールを閉鎖」
メインホールに警告音が鳴り響く。
不協和音に続いて流れる無機質なアナウンスに、ゴア・マガラが誘き寄せられる。ホールへ駆ける黒蝕竜の前で鋼鉄のシャッターが降り、そのまま頭をぶつけて苛立ちの咆哮を上げる。
「残り5%の欠けた
電子の謡精の人形がコートの男を指差す。
シャッターの向こう側から何度も叩きつける音が響く。敵意ある者を見つけた確信に満ちたかのようにしつこく叩きつけ、やがて爆発音が鳴り響く。
鋼鉄がひしゃげた。
狂竜ブレスを放つゴア・マガラの姿がシャッターの隙間から漏れる。崩壊の悲鳴を上げるシャッターの隙間から黒い
「……全て渡したはずだ」
訝しむような視線を向けるコートの男に、「嘘つき!」と喚き散らす。
「お前が送ったデータを
憤りに似た感情をぶつける間に少年の背後の入り口がシャッターで閉ざされる。コートの男の背後の通路もシャッターが降り、「まずい」と少年が動く。
メインホールを閉じて狂竜症感染を狙う紛い物の策略に気づいた少年は残る抜け道──オウカの背後を見やる。
そこに撃鉄の音が鳴る。
篇算者に銃を向けた男が、防護服をまとって感染することのないコートの男の部下が目配せだけで少年の勝手な行動を咎める。
「騙されて
最後の抜け道がシャッターに閉ざされ、空気の逃げ場を失ったホールの床が徐々に黒く蝕まれていく。
コートの男は天を見上げて嘲り笑った。
閉ざされたホールに響き渡る悪意の嘲笑に、「何がオカシイ!」とセーレスが声を荒げる。
コートの男は静かに顔を下ろし、憐れみながら電子の謡精の紛い物を見下ろした。
小話
構想当初は竜と龍で意味合いが違うところをヒントにしようと思いましたが、公式からゴア・マガラの種族が定められるとは思いもしませんでした(手遅れ)。
海外のバイオ研究所も傘の会社にしようかなとか考えましたが、今は壊滅状態……のはずなのでボツ案に送られました。
時の流れは恐ろしい……