蒼き雷霆ガンヴォルト X MONSTER HUNTER 作:kocolokoro
もちろん、どこかに限界があるはずだ──
永久に生きることはできないのだから──
『ファウンデーションへの序曲』より
「改めて問おう。貴様の
フロアを蝕む黒色の鱗粉に焦りすら見せず、コートの男が電子の謡精の紛い物に問い正す。
「モチロン、あらゆる
失笑に近しい言葉を吐く電子の謡精の人形に乗り移った紛い物は続けて声高らかに名乗り上げる。
「
「絶対的に客観的に……が抜けている、愚か者め」
コートの男からの罵倒に、ホールのシャッターが勢い良く落ちる。電子系統を手中に収めた紛い物の機嫌がトコネノクニの全てを支配している。退路を断たれたことに気づいた青年と大団長が揃ってガレージに体当りするも、その鋼鉄が破れることはない。
「人類を未来永劫に渡り統治する。
シャッターを叩く音が鳴り響く中、コートの男が呟く。
それは世界的な大企業で、異能力者至上主義を抱く皇神──その野望を叶える一つの答えだ。
「誰もが心酔する指導者の思考回路を持つAIの創造。民主主義を重んじる世界において、大多数が支持するカリスマの決定に反対する者はいない」
賛成があれば、反対もある──その一方で、名だたる者が決めた内容に間違いはないと人は無意識に信じている。政治家、教授、医者、果ては芸能人まで、彼らに従う支持者の数が権威となり、世間は根拠もなく彼らを正しいと受け入れる。
「だが、カリスマの心が善だとは限らない」
コートの男はゆっくりと少年の方を向く。
「ガンヴォルト、心当たりがあるだろう?」
少年の脳裏に一人の男がよぎる。
「表向きは紫電を第一候補にすると謳っていたが、その裏では、もう一人の
人類を統治するAIは
全ての雷霆が皇神の手から離れたことで計画は頓挫したが、「いずれにせよ」とコートの男がたられば話を遮る。
「無能力者である我々が抹消される未来しかなかった」
取り巻きの二人が視線を外して、同じ無能力者としてコートの男に深く頷く。その隙に青年がゆっくりと近寄るも、
計画を知り、男はひどく狼狽した。
未来ある若者が無能力者に生まれただけで処分されるディストピア──
「たった一つ嘘をつけば、その人物の心の内を計ることは誰にもできない。不確実な心理試験でカリスマに危険思想はないと主張されても、到底納得はできない」
皇神はカリスマの深層心理を徹底的に洗い出してくれるはず──それが希望的観測に過ぎないと悟り、男はひどく絶望し、決意した。
「バイアスを絶対に削ぎ落とし、人類が育んだ理にも絶対に懐疑的で、絶対に客観的な神の目を持たせたAI。貴様に目を付けた」
コートの男が再びセーレスを睨み返す。
狂竜ブレスの爆発音が響き、誰もがいびつに歪んだシャッターに目を配る中、電子の謡精の紛い物は、「パパの最高傑作だもの、当然の称賛ね」とスカートの裾をつまんで礼をする。
余裕を見せつけられ、コートの男は鼻を鳴らす。
「蒼き雷霆如きでは手も足も出ない竜。それすら上回る自然災害を生み出さんとする玉前博士の研究……そこに、電子の謡精の依代であった少女の記憶を持ち出した」
コートの男は床に視線を落とした。
銃口の先で、玉前監査官が奥歯を食いしばって見上げる。床に広がる血で足を滑らせる監査官に銃を向け直し、「玉前博士は反対されていた」と言葉を続ける。
「絶対的な客観性を持つAIに感情を持ち込むことは断じて許されない、と。だから、私は依頼した。少女のデータから、その客観的な視点で感情だけを抜き取ってもらいたいと。カリスマから邪悪な野心だけを抜き取り、統治AIを再構築する前実験だと」
「ああ……」
電子の謡精の紛い物から小さな悲鳴が漏れる。
人ならざるシアンと言う名の少女の
構成データ復元:96%
宝玉のように無機質で純真な心──それがカノジョの心理と知り、そこに紛れる
「博士は嘆いておられたよ」
コードに書き足された「
構成データ復元:98%
少女の能力──電子の世界に自分の分身とも言える存在を顕現させる異能の力が、ありふれたプログラムを媒体にして蘇る瞬間だった。
「いや……」
少女の記憶に呑まれた電子生命体、セーレスが何度も首を横に振る。よろめきながら後退りする等身大人形の背中で、ゴア・マガラがシャッターを叩きつける音が強くなる。
「感情を学習し、客観を失い主観になる様をな」
徐々にひしゃげていくシャッターに視線を送る取り巻きの男たち──その隙をついて青年が駆け出した。
鉄の床を蹴り上げ、防護服の取り巻きへ肉薄する。
腰をひねって銃を向けるも時すでに遅し。懐に潜り込んだ青年が銃を持つ右腕にしがみつく。騒動に気づいたもう一人の男が、咄嗟に少年から目を逸らす。
「神園派閥が貴様を消去しようとした?笑わせるな!」
「やだ……」
紛い物の震え声が銃声にかき消される。
少年の
残るアンプル瓶は一つ──コートの男の手の中だ。
大団長ときりんが同時に駆け出す。
「ありもしない敵を作り、事実から目を背け、記憶の
「やめて!聞きたくない!」
悲痛な叫びがホールに響く。
創造主たる博士は創造物たる自分を娘のように愛していたに違いない──親愛なる博士を妬む
──そう思い込み、彼女は生まれた意味を決めつけた。
かつて生きる意味を与えられた少女の紛い物は、生きる意味を自身に架した。
そこに、博士が愛した
「貴様を消したのは、玉前博士だよ」
構成データ復元:99%
──慟哭が世界を揺るがす。
──悲鳴とも喚声とも似つかぬ叫喚は冥土からの誘い。
トコネノクニのあちこちで放送がでたらめに鳴り響く。
自我とともに制御を失う──ホールのシャッターも天井高くに並ぶ檻の扉も、全てが一斉に解き放たれる。
囚人たちが檻から飛び出す──ある者は「お空を飛べるよ」と元気よく、ある者は人体実験の苦痛から逃げるために檻の外へ、空へと漕ぎ出す。
天井から囚人が次々と降り注ぐ。
地面にぶつかった囚人の頭が砕け、辺りに腐臭を撒き散らし、黒蝕の鱗粉を鮮血に染め上げる。コートの男に迫る大団長ときりんの前にも囚人が降り、「くそっ!」と足を止めて舌打ちする。
「パパ……!ワタシを愛してよぉ!」
囚人の雨の中、喚くセーレスの背後で爆発音が響く。
シャッターが力なく倒れ、黒い塊が姿を現す。
鱗粉に覆われた塊かから翼脚が伸び、薙ぎ払われる。その頑強な翼脚が
鱗粉が晴れ、紫の触角を生やした黒蝕竜がホールに足を踏み入れる。床に広がる鱗粉が人間を捉え、接敵の咆哮を上げる。
その巨体が頭上を跳ぶ。
影に覆われた少年──その頭上から降り注ぐ鱗粉に、少年とアキュラがその場から飛び退く。巨躯をねじらせたゴア・マガラは懐に近づいて来る少年に向かって翼脚を振り下ろす。
少年は咄嗟に
少年の着地先に叩きつけられた翼脚はさながら黒い鉄槌で、鋼鉄の床にクレーターを形成する。
「くそっ……」
その手前に着地した少年に、ゴア・マガラが顔を向ける。敵の居所を確信しているかのように、足音もなく移動する少年に触角を突き立てる。瞳代わりの触角で少年を睨みながら、逃げ道をふさぐように回り込む。
少年はゴア・マガラの背後を見やった。
コートの男とその取り巻きの二人はすでに通路の奥へ逃げ出していた。世界を揺るがす異界のウィルスを抱えて逃げる男の背中を無防備な大団長と青年が追いかける。
ホールを陣取る黒蝕竜が少年の行く手を阻む。
勝手の分からない異世界に巻き込まれた黒蝕竜は誰かの意思に縛られることなく、ただ本能の赴くままに終焉をもたらすウィルスを撒き散らす。
「いけるか?」
アキュラの言葉に頷き返す。
平穏を阻む者は誰であっても力で止めてきた──今までは人間だったが、相手が
一呼吸置いて銃を向け直し、黒蝕竜に相対する。
その間に、一筋の蒼い線が走る。
通路の奥から蒼光がホールになだれ込み、ゴア・マガラが鼻息を荒げる。少年に背を向け、玉前の介抱に当たっていたオウカと篇算者の背後に広がる暗闇を見やる。
暗がりから響く足音に、羽音が混じる。
「雷光虫……」
篇算者が空を見上げ、その行き先を追う。通路の奥の暗闇へ飛んで行く雷光虫が蒼白に輝く一筋の帯に集っていく。
その帯の先から伸びる二つの角が煌めき、飛び交う蒼光が敵意に満ちた瞳を照らす。ホールに前脚が伸び、その巨体が光の下に曝される。蒼い甲殻を身に纏った狼の背に身を寄せ合う無数の雷光虫が激しく眩き散らす。
雷狼竜、ジンオウガが吼えた。
オウカの頭上を跳び超え、ゴア・マガラへ肉薄する。
敵を感知したゴア・マガラが四つの前脚でジンオウガを真正面から抑え込む。一気呵成の飛びかかりは勢いを失い、頭を握られたジンオウガは鬱陶しそうに唸る。たちまち重心を下ろしたジンオウガは巨木のような尾を振り回す。咄嗟に屈んだきりんの頭を雷狼竜の尾が掠め、そのままゴア・マガラの首筋を捉える。脳に響く振動によろめいた黒蝕竜は拘束を解き放ち、その隙にジンオウガが飛び退き、アキュラの眼前に着地する。
二頭の争いが始まった。
敵視から外れた少年たちはオウカの元へ駆け寄る。篇算者が破いた服の裾で血がこぼれる脇腹を強く締めつけ、玉前がうめき声を上げる。
「オウカ……どうしてここに?」
駆け寄る少年にオウカは苦笑いで答える。
「ガンヴォルト……」
篇算者の肩を借りて玉前が立ち上がる。背後で暴れ回る二頭を余所に端末をいじり、画面を見せる。
「セーレスはまだ諦めていない」
残り一時間を切ったライブ開催までのカウントダウン──電子の謡精の復活を告げるライブを予定通り開催するつもりだ。玉前の肩越しから見えるゴア・マガラが居座り続ける通路の先に、転がっていたはずの等身大人形の姿が消えていた。
「お願いがあります」
玉前の張り上げた声に、少年は視線を戻す。篇算者の肩にかけていた腕を外して独力で立ち上がった玉前が頭を下げる。
「父が愛していたあの子を止めてください」
そのまま力なく床に倒れ込む玉前を篇算者が抱きかかえ、身体を起こす。玉前はうなだれながら、「生前、父が語っていました」と呟く。
「何度もエラーを吐きながらも、自然の神秘に立ち向かう彼女の愚直さは美しかった……と」
それは
互いに頷き合い、篇算者が口火を切る。
「ワタシは大団長たちを追います」
「じゃあ、玉前さんは私が外へ連れていきます」
オウカが篇算者の肩にもたれかかる玉前を抱え直すと、「待って……」と玉前が声をかける。
「貴方達の武器は恐らくこの先の警備室に置いてあるはず」
篇算者が頷き、そのまま通路の奥へと走り出す。大団長を追って通路の暗闇に消えた篇算者の背を見送り、少年がオウカに声をかける。
「外にいるノワさんと合流して、ここから遠くに離れて」
頷くオウカを見て、少年たちはゴア・マガラとジンオウガが殴り合う後ろの通路へと駆け出す。雷狼竜の背から広がる落雷をくぐり抜け、狂竜ブレスの瘴霧をかき分けて争い続ける二頭の脇を通り抜けた。
「桜咲さん」
三人を見送ったオウカに声がかけられる。
「少しだけ……寄り道してもらえますか」
オウカの肩にもたれかかる玉前が地下深くへと繋がる通路を指差す。決別の意を決した彼女の瞳に、オウカは地下の暗闇へ足を踏み入れた。
小話
統治AIになって百年も生きる人なんていないでしょ(すっとぼけ)
元ネタ先のアシモフ語録に挑みましたが、ルビの見にくさと格闘する日々でした。原作の頻度を再現できているかの確認が一番時間かかってしまいました。
タイトルもネタバレ回避の文字化けを使おうとしましたが、復元できない文字が含まれていて、結局、断念。
お話の方は割とすぐ書けたんですけどね……