ビリーがホビーショップで、ラーメン屋で、地下鉄駅前で……いろんな人と出会いながら様々な物を手に入れては様々なものを手放し、というわらしべ長者なお話。
(3章終わりまでの情報で書いたものです)
「今日は久々の休みだぜ! 何してこよっかな~、やっぱゲーセンは外せないだろ? あとは娘たちの為にもオイル買いに行ってー、それからそれから~……」
「ビリー! 昨日はお疲れ様!」
うきうきと休日の予定を立てているビリーの背後から声をかけたのはニコだ。いつもならこのタイミングで話しかけられるのは急な仕事の件だったりする為、ビリーはびくついた様子で振り返った。
「な、なんだニコの親分。まさかこの15連勤をやり通した俺に追加の仕事なんて言わねぇよな?」
「言わないわよ、馬鹿ねぇ!」
その続きに、「――今日は」と言ったのをビリーは聞き逃さなかったが、ひとまず休みが保障されたようで安堵した。
「ほらビリー、仕事頑張ってくれたボーナスにこれをあげるわ」
「ボーナス??」
ニコが差し出したのは小さな紙切れ。受け取ってよくよく見れば、それはホビーショップ<BOX GALAXY>の5%OFFクーポンだった。
「ホビーショップのクーポン?? ニコの親分、これじゃボーナスってさすがに言えねぇ気が……」
「何言ってるのよ! もしこれを使って1個500ディニーするブラインドボックスのフィギュアを20個買ってごらんなさい! クーポンを使えばあら不思議、1個はタダになるのよ!? しかもシークレットが当たった日にはそれを転売すれば元の倍以上のディニーが舞い込んでくる! こんな素敵なボーナスがもらえるなんて百回あたしに頭を下げてもいいくらいだわ!」
「言われてみれば確かにそんな気もしてくるけどよぉ……でもこれ今日までだぜ~?」
「つべこべ言わずにそれ持って行きゃあいいのよ!」
どん、と尻を蹴とばされ、ビリーは邪兎屋の事務所を追い出された。
「どわわわっ、何すんだよ親分……!」
「それじゃ、優雅な休日を送って頂戴ね~」
ばたん、と事務所の扉が閉まる。まだ出かけるつもりはなかったが、こうなっては仕方がないとビリーは体を起こした。
「んだよ~、俺は今次のスタナイの限定ボックスの為に貯金中だってーのにホビーショップで散財なんてできっかよ」
不貞腐れ、ため息を吐きたくなる。しかし手に握ったクーポンを見てビリーは唸った。
「ま、今日は一日休みだし……ちょっとぶらつくのも悪くないよな」
これも何かの縁ってやつだろ、とビリーは六分街へと足を運んだ。
***
「……は~、いっぱいあるな~。これって確かニコが買いまくってたブラインドフィギュアだよな。シークレットは数万ディニーになるって話だったっけ……? まあそれだけ儲けりゃボーナスにはなるけどよぉ」
陳列棚の前でうーんと唸るビリーの後ろを、女子高生二人が通ろうとした。何やら真剣な様子で会話をしていた為、ビリーはつい聞き耳を立ててしまう。
「今日当てれなかったらマジで落ち込むんだけど……」
「大丈夫だよ、私の分の運も使えばいいからさ! 何個まで買える?」
「五個……いや、十個はいける……」
――学生も少ない小遣いで苦労してんだなぁ、とビリーはほろりと心の涙を流す。……が、多分学生の小遣いより自分の小遣いの方が少ない時もあるんじゃなかろうかと思うと嫉妬の念を抱きそうになった。
「ま、やっぱ俺はその少ない小遣いをスタナイの為に貯金しておかないとなぁ!」
即刻5%OFFクーポンの使用を諦め、ビリーはホビーショップを後にしようとする。が、後ろで女子高生が「あれっ?」と声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってそこの機械人!」
「あ?」
女子高生に引き留められ、ビリーは驚きながらも足を止める。すると女子二人はビリーの手元に視線を集中させた。
「うそ、この機械人<BOX GALAXY>の5%OFFクーポン持ってるんだけど!」
「クーポンなんて滅多に配られないのに! なんで!?」
「な、なんでってもよぉ……そんな珍しいもんなのか?」
ビリーの問いに答えるわけでもなく、二人の女子高生は目を輝かせてビリーを見上げた。
「機械人のお兄さん、それ欲しいなぁ~」
「欲しい、すっごく欲しい!」
「ほ、欲しいって言われてもよ。これ俺のボーナスだぜ?」
ビリーがボーナスと言うと、「ボーナス?」「しょぼいボーナスね」と二人の女子高生は顔を見合わせた。
「しょぼいって言うなぁ!!」
「あ、じゃあじゃあ! そのクーポン買うよ!」
「え!?」
ビリーは驚き、手に持つクーポンをまじまじと見る。
「これがディニーになんのか?? 買い取ってくれんならこりゃあマジのボーナスだぜ! で、いくらになるんだ??」
喜ぶのも束の間。
女子高生の一人が「はい」とビリーに手渡したのは――
「……滝湯谷の、特製煮卵トッピング回数券?」
「こないだ商店街のくじ引きで当たったんだけど、あたしトッピングってしないからさ~」
「ラーメンそんな頻繁に食べてたらお肌荒れちゃうもんね~?」
「いや俺ラーメンは食わな――」
「はい! じゃあ機械人のお兄さん! これで交渉成立ってことで!」
ひょいとビリーの手からホビーショップのクーポンを取ると、女子高生二人はすごい勢いで近くにあったフィギュアのブラインドボックスをいくつかカゴに詰め込んでレジへと行ってしまった。
「……俺の、ボーナス……」
しょぼんとするビリーは、今一度手にした折りたたまれた回数券を見た。
――特製煮卵トッピング回数券
――滝湯谷・錦鯉/ルミナ・スクエア店
「って、これルミナの方のラーメン屋じゃなきゃ使えねぇのかよ!」
ビリーは頭を抱えながら歩き始めた脚を再度地下鉄の方へと向けたのだった。
***
ルミナスクエアは平日でも人が多い。地下鉄の駅から出ればすぐにティッシュ配りに出くわし、よくわからない勧誘にも出くわす。だが、機械人であるビリーはそういった人間たちはあまり近寄ってこない。
「俺様だって
ぶつぶつと文句を言いつつ、横断歩道を歩く。行先はもちろん駅前にあるラーメン屋、滝湯谷・錦鯉だ。せっかく回数券を手に入れたんだから、とビリーは奮起している。
「トッピングなんてニコたちもあまりつけることないからな。こういう時に俺が恩を売っておくのもアリだろ!」
そう言って興奮したように向かえば、滝湯谷は人が列をなしていた。時刻は十二時を回ったところだ。お昼時はこっちのラーメン屋も随分混むんだな、とビリーは感心した。
「しゃーねぇ、並ぶか~」
そういや卵ってトッピング代いくらなんだ? などと思いビリーは回数券を手にしながらラーメン屋のメニューを凝視していた。と、それと同じようにビリーの後ろに並んだ工業系の制服を着た男性もビリーの手元を凝視している。
「あ!!」
「え?」
突如後ろに並んでいた人物が声を上げた。
ビリーはびくっと首をすくませ、恐る恐る振り返る。
「な、なんだぁ?」
「すみません、その特製煮卵トッピング回数券って……使います!?」
「そりゃもちろん使うぜ」
「ああっ、その、僕その回数券どうしても欲しいんですが! 僕今ラーメンのお使いを先輩たち3人から頼まれてて、一度自腹で払わなきゃいけなくて、でもトッピングなんてしたら僕のお財布の中身がなくなってしまう……給料日前なのに……」
「ええ~? でも俺もこれ使って親分たちに買って帰りてぇしなぁ」
「そこを何とかお願いします!! あ、もしよろしければこの壊れたボンプをお渡ししますので!」
「こ、壊れたボンプぅ?」
「はい、さっき路地裏で見つけたんですけど。これをバラシて部品を売れば小遣い稼ぎになるかなと思い……でもボンプを解体する為の工具を持ってるわけじゃないのでそれを買うとなると本末転倒ですし……」
「うへぇ……そのボロボンプが気の毒だぜ。しゃあねぇ、そいつを助けてやる為だ。回数券はくれてやるよ」
「ありがとうございます!」
男は五枚綴りの回数券を受け取るとまるで神でも崇めるかのように紙を持って膝をついた。ビリーはその様子に若干引きつつ、ラーメン屋の列をそろそろと抜けていく。トッピング回数券がないのではここにいる理由はない。ひとまず男から受け取った壊れたボンプを小脇に抱えてもう一度地下鉄駅前まで戻ることにした。
「まあ確かに売れるかわかんねーボンプに賭けるより、確実に節約になるトッピング回数券の方がいいよなぁ……あー! 改めて考えても回数券やらなきゃよかった! こんなボンプ持って帰ったところで何にもなんねーじゃねぇかよくっそ~!」
そう言いながらも、意識のないボンプを見て「まあ仕方ないか」と頭をかいた。
***
ビリーは今、地下鉄駅前で一人ギターを持って路上ライブをしている男の横に、ボンプを持ったまま座っていた。
「はあーあ。これからどうしよ」
抱えているのは意識のないボンプ。
ニコからもらったボーナスはどこかへ消え去り、
ビリーはぼんやりとスクランブル交差点を眺めている。
「このままこいつを連れて帰んのもなぁ……」
人の流れは絶えず、不毛に時間が過ぎていくように感じる。見知らぬ人間たちがあっちへこっちへ。隣のストリートミュージシャン同様に自分もこのまま誰にも気づいてもらえずに一日を過ごすのだ……などと思っていれば、一度通り過ぎたはずの一人の女性が何かに気が付いたようにこちらへ一直線に近づいてきた。
「君……もしかして機械人かい!?」
「ヒェッ!?」
急に近づいてきた女性はビリーの両肩をがしっと掴み、目を輝かせている。ビリーは思わずあわあわとしてしまい、抱いていたボンプをさらにぎゅうっと抱きしめた。
「ああごめん、急に驚かせちゃったね。私は普段機械の整備を仕事にしているんだけど、こんなボディの機械人を見たのは初めてでね。その、後学の為にもじっくり見てもいいだろうか?」
「え、ええーっと……まあ、見るだけならいいけどよ」
「本当かい!?」
了承を得ると女性はビリーの体を掴んで立たせた。ビリーはボンプを地面に放るとそのまま直立不動になり、まじまじと観察される視線に耐える。
「ああああすごい……ボディがツヤツヤだ……指先の動きもしなやか、うん、可動部もきちんと整備されているね。普段修理はどこでやっているんだろう。ああ……この機体を弄りまわすことができるなんて羨ましいなぁ……はあ、不躾かもしれないけれど、少し、ほんとに少しでいいんだ……頬擦りをしてもいいかい?」
「頬擦っ……!? いや、ええと、いいけどよぉ……でも――」
「ありがとう!!」
ビリーの言葉を遮ってその女性はビリーの手を取り、指を絡ませ、頬を擦り寄せる。そしてまたもや固まってしまったビリーはなすすべもなく、女性はさらにビリーを抱き寄せるようにして腹部に耳を押し当てた。
「ああ……内部の駆動音が直に響いてくる……それにこの滑らかな高密度合金腹筋も良い……うっとりして離れたくないくらいだ……是非ここで解体してみてもいいかな!?」
「ダメに決まってんだろ!!!!」
「そう言わずに! ちゃんと元に戻すからさぁ! 機械人を弄ったことは今のところないんだが、記憶力に自信はある。分解の順序を覚えていれば難なく――」
「イヤァー!! この姉ちゃんこわい誰か助けてー!!」
治安局が目の前にあるこの場所でまさか強制わいせつに遭う日がやってくるなどとは、ビリーは思ってもみなかった。しかも先ほどから通行人の目が痛い。これ以上の羞恥に耐えることは無理難題である。
「……ん? 君の足元にあるのはボンプかい?」
彼女の視線がたまたま下に向かい、それを認識した。ビリーもはっとしたように、そして意識が自分以外に向いたことにほっとして、ボンプを抱き上げた。
「あ、ああそうだ。さっき知らねー奴からもらったんだけどよ。なんでも壊れてるらしくって……」
邪兎屋に持って帰ったらきっとニコの親分も「分解してパーツをディニーと交換よ!」とか言うんだろうなぁ――そう考えるとビリーはまた肩を落とした。
「……うん、そのボンプ私に貸してごらん」
「ええ? あんたもこのボンプをバラすのか!?」
「何言ってるんだい? バラすんじゃなくて、ちょっと中を弄ってあげるだけさ」
「弄る……? 修理する、ってことか?」
「そうだとも」
優しく微笑む女性。するとどこからか工具を一式取り出した。どうやら修理ができるってのは信じても良さそうだとビリーは安堵した。
「ほら、ここをこうして……摩耗してる部分があるな、応急処置で一旦ここを繋いで……うん、どうだい? かわいこちゃん」
彼女がひと撫ですると、ボンプは一瞬遅れて意識を取り戻した。
「ンナ、ン、ンナナナ……」
「うおお、すげぇや! 姉ちゃん器用なんだな!」
「これでも技術屋だからね。……でもこのボンプはまだ中の交換しなきゃいけない部品がいくつかある。もし君がよければ、このまま連れて帰ってもいいだろうか?」
「もちろん大丈夫だぜ。俺のじゃねーしな!」
「よかったねかわいこちゃん、元通り動けるようにしてあげるからね。安心して」
「ンナァ……」
「よし。じゃあもう一度機械人のお兄さんを――」
彼女の意識が再度ビリーに向いてしまったその瞬間、後ろから「グレース!」と呼ぶ声が聞こえた。そこにいたのは巨体を揺らしゆっくりと歩くクマのシリオン。その恰好から白祇重工の従業員だということがわかる。
「おいグレース、何してる。さっさと帰らねぇと社長がカンカンだぞ」
「おっと……悪いねベン。今素敵な出会いがあったところなんだ」
「素敵な出会いだぁ? ……おいおい、この機械人さんに迷惑かけてんじゃねーだろうなぁ」
「迷惑なんて! ねぇ?」
「いやいやいやいやとても迷惑です!!!」
ビリーがぶんぶんと体の前で両手を振って見せると、クマのシリオンは状況を察したのか大きなため息を吐いてグレースと呼ばれた女性の肩を掴んだ。
「おい、通報される前に帰るぞ」
「通報? 何かあったのかい?」
「お前さんだよ。まったく、悪いな機械人さん。こいつの言うことは聞かないでくれていいんだ。さあ、帰るぞグレース」
「ああっ、ちょっと待って!」
グレースはするりとベンの手から体をすり抜けると、ポケットからくしゃくしゃになった何かを取り出した。
「時間を取らせちゃって悪かったね、機械人のお兄さん。はい、これどうかな?」
「これはー……コーヒーチケット??」
「ボンプをくれたお礼にってのと、あとは楽しませてくれたお礼さ。何でもこのチケットじゃなきゃ飲めない特別なコーヒーがあるらしいんだけど、私は仕事で忙しくてわざわざ買いに行けないからね。君がもしよければこれをあげるよ」
「お、おお……サンキュー。でも俺コーヒーは……」
「え!? なんだい!? もしかしてコーヒーチケットより私に体を弄り倒される方がお望みかい!?」
「あああああいやいやいや感謝してるぜ! 俺様今とってもコーヒーにハマッててぇ! それじゃ、ちょっくら飲んでくるから!! 姉ちゃんあばよー!! あとクマのおっさん助けてくれてサンキューな!!」
ビリーは急いでその場から離れ交差点を渡る。
背後で「俺、おっさんに見えるか……?」とクマのシリオンが悲しそうにしているのが聞こえた。
***
くしゃくしゃになったコーヒーチケットをそっと指先で伸ばす。ビリーはよくよくそれを見て、「よし、これはどこの<COFF CAFE>でも使えそうだ」と顔を綻ばせた。そうしてルミナスクエアの歩行者エリアを歩いて行き、奥に店を構える<COFF CAFE>まで向かう。
「っつってもコーヒーの味は違いがわかんねぇんだよなぁ~」
以前コーヒーの味の違いがわかるようになりたくて味覚モジュールをアップデートしようかと思ったこともあったのだが、結局「インスタントコーヒーで十分なら節約になるしOK」という結論に至り――今もそのままである。
「ま、タダだし飲んでみるけど~」
そう言って少し期待で胸が躍るビリー。花屋の横を通ろうとした時、何やら項垂れているスーツ姿の青年が目に入った。
(不景気そうな兄ちゃんだな~)
なんてことを思いながらビリーがその横を通り過ぎる時、その青年はカッと目を見開いてビリーを振り返った。
「おいそこの機械人! ……さん!」
「オイオイ最初っから敬称は付けろよな」
ついツッコミをしてしまい、ビリーは立ち止まった。
「で、なんだぁ?」
「そのコーヒーチケットをくれないか!?」
「ええ? あーいやこれ、もらいもんだからさ……」
「頼む! そうだ、この『ボンプinワンダーランド』の先行上映チケットをゆずってもいい!」
「ボンプinワンダーランドだぁ??」
その名に聞き覚えがあるかどうか考えるが、一度も聞いたことのないタイトルだという結論に至りビリーは肩をすくめた。
「……本当は花屋を営んでいる素敵な女性を誘って行くつもりだったんだが……実は今さっき彼女に極度のボンプアレルギーなんだと言われてしまって……」
「ボンプアレルギーってなんだ? 金属アレルギーみたいなもんか?」
「とにかくこの『ボンプinワンダーランド』はすごく話題になっていてチケットを手に入れるのも苦労した大変貴重な品だ! これとならそのコーヒーチケットを交換してくれるだろう!?」
ビリーの疑問に答えもせず、青年はビリーの手をぎゅっと握った。触覚センサーからは感じられない暑苦しさを彼の知能によって感じ取り、ビリーはげんなりとする。
「えー、いや、まあ別に俺はいいけど……」
「よかった! 今度はこのチケットで彼女をデートに誘おう! 隣のコーヒー屋にはよく行くと言っていたからきっとこれで僕の誘いを受けてくれるに違いない!」
ビリーからコーヒーチケットをひったくるようにすると、青年は代わりに映画のチケットをビリーの胸に押し付けて行ってしまった。
「いやー、多分ありゃ次の誘いも振られるだろうな」
ボンプが出てくる映画というだけなのにボンプアレルギーという理由で拒否するのだから、そもそもが男性とのデートを嫌がっているだけだろう。そう結論付けるとビリーは途端に青年が憐れに思えてくる。
「恋は盲目ってぇのは、恐ろしいもんだね~。って、俺もモニカ様を目の前にしたらあんなふうになっちまうのか……!? 想像できるあたりが怖いぜ……」
ふと見る。
手の中に新しく収まる紙切れ。
ビリーは長いため息のように唸ると、腕を組んだ。
「これは、俺が持ってていいやつじゃねぇよな」
***
陽が暮れかけた頃、六分街にあるビデオ屋の扉が開いた。
「いらっしゃいませ~」
二人いる店長のうち、女性の方の店長が今しがた入ってきた客に声をかけた。
「……あれ、ビリー?」
「おう、店長」
ビリーの知り合いである店長――リンはきょとんとした顔をしている。更に奥からやってきたもう一人の店長、アキラも首を傾げた。
「ビリー、ビデオを借りに来たのかい? スタナイの新作はまだ入荷していないよ?」
「あー……今日は借りに来たわけじゃねーんだ」
「レンタルじゃないって言うなら、もしかしてまた邪兎屋のおつかい~?」
他に客もいないからと邪兎屋の名前を出すリンは、怪訝そうにビリーを見ている。
「いやいや、今日はちげぇーって! あのよ~、これなんだけど……」
ごそごそとポケットから取り出す仕草に、リンもアキラも少し身を乗り出した。
「店長たち~これいるか? 映画のチケット2枚もらってよ~。映画っつったらアンビーが喜ぶかと思ったけど、俺とアンビーの二人で行ってもな~。先行上映だと今から追加でチケット取るのも無理そうだし」
そう言ってビリーが取り出したチケットをリンとアキラは目を丸くして見た。
「え! お兄ちゃんこれ『ボンプinワンダーランド』の先行上映だよ!」
「へぇ……こんな貴重なのどこでもらったんだい?」
「いやまあ成り行きと言うかなんというか」
「かなり話題になってたけど、倍率がすごかったんだよね。まあ私たちは端から手は出してなかったんだけど……」
「でもタダなら話は別だ。ああいや、タダじゃだめだね。そうだビリー、ちょっと待っててくれるかい?」
アキラが奥の部屋へとまた引っ込んでしまう。リンは映画のチケットを表裏とひっくり返して「本物だよね?」と悪戯っぽく笑った。
「本物だって! ……いや、偽物かもしんねぇな? もらいもんだからよくわかんねぇんだよ~」
「あはは、ちょっとからかっただけだよ! にしてもお兄ちゃん何探しに行ったんだろ?」
リンが従業員用の部屋の扉を開けようか見ていると、そこからアキラが出てきた。アキラはにっこりと笑い、手には薄い袋に包まれた何かの紙切れを持っている。
「なんだぁ? それ」
「きっとビリーが喜ぶものさ」
そう言ってアキラはそれをビリーに手渡した。
ビリーは首を傾げながらも、袋からそっと中身を取り出す。
「お……うおおおおお!? スターライトナイトカフェの特別食事券!?!?」
「この券を持っていけば、特別席で食事ができるらしいよ」
「あ、そういえばそれもらってたのすっかり忘れてた! お兄ちゃんよく覚えてたね?」
「期限がなかったからね、奥にしまいこんでたんだ」
兄妹店長が会話する中、ビリーは床に膝をつき、天を仰いでいる。
「まじか……そうか、俺は、俺は……この日の為に
大泣きでもしそうな叫びに、アキラは苦笑いした。
「全く大袈裟だな、ビリーは」
「店長ぉ~~~!!!」
「うわわっ!?」
アキラとリンに抱き着き、そのまま嬉しそうにビリーは飛び跳ねた。子どもみたいなはしゃぎっぷりに、アキラとリンは呆れつつも微笑む。ビリーのこういう素直なところが二人は好ましく思っているのだ。
「よかったね、ビリー!」
「ああ! まさかホビーショップの5パーセントOFFクーポンがこんなすげーもんに化けるとは思ってなかったぜ!」
「なんだい? ホビーショップの5パーセントOFFクーポン……??」
ビリーがこれまでの経緯を話すと、リンはけらけらと可笑しそうに笑い、アキラは「僕なら特製煮卵トッピング回数券は絶対に渡さなかったな……」と何故か悔しそうに言っていた。
***
陽も落ち始め、あたりが仄暗い青に染まり始めた時刻。
ビリーは心を落ち着けながら邪兎屋の事務所の扉の前に立った。
――ガチャ
「た、ただいま戻ったぜー」
そう言いながら入れば、ニコ、アンビー、猫又が視線も向けずに「おかえり」と声をかけた。
「な、なぁニコの親分」
「ん~?」
「そのーちょっと聞いてほしいことがあんだけどよぉ」
「何よ」
妙な気配を感じ取ったのか、ソファに座るニコは怪訝そうにビリーを見上げた。
「あ、あのな? 店長たちからスターライトナイトカフェの特別食事券をもらったんだ! これ!!」
そう言ってチケットを天高く掲げ、キラキラと輝く満面の笑みでビリーは三人に見せびらかす。
「そんなのなんでもらったのよ。あんたの喜びようを見るとかなり貴重なものなんじゃないの?」
「もちろん貴重だぜ! なんてったって配給元のお得意先や出演俳優やその他芸能関係に繋がってないともらえないって噂の券だからな!」
「いくらで買ったの? ビリー」
「だからもらったって言ってんだろアンビー! あ、いや違うか。俺が『ボンプinワンダーランド』って映画の先行上映チケットをあげたからその代わりにー……」
「「「先行上映チケット???」」」
不思議そうな顔をするニコ、アンビー、猫又に、ビリーは今日一日の出来事を話した。
「――へぇ~、まるでわらしべ長者みたいだ!」
「わらしべ長者? 猫又、それは一体どんな映画?」
「アンビー、これは映画じゃなくて昔話で~」
「ビリー、その食事券売った方がはるかに価値があるわよ。私に寄こしなさい」
「こ、これはニコの親分でもぜってぇ譲らねぇ!!! 俺にとってスターライトナイトは命にも等しいんだぜ!?」
「ったく、ほんとおこちゃまなんだから。ま、いいわ。……ほら、さっさと全員支度しなさい」
「わかったわニコ」
「あ~あ鯖がないとこなんて行く気しないけど、まあ仕方ないかぁ~」
「ビリー? 何突っ立ってんの。ほらさっさと行くわよ」
ニコが手を差し伸べる。
ビリーはきょとんとして三人を見た。
「えっ、なんだなんだみんなして」
「何ってバカね、どうせその食事券使いにスターライトナイトのカフェに行きたいんでしょ? ほら、今日ならみんな休みだし一緒に行ってあげるから。それとも何? 一人で行くつもりだったの?」
「あ……いや、もちろんニコもアンビーも猫又も、お前ら全員誘うつもりだったぜ!!」
先を行ってしまう三人を慌てて追いかけて、ビリーは事務所を飛び出した。
「帰りは全員で写真撮ろうな!」
バタン、と事務所の扉が閉まった。
今日は人生のボーナス日だ!
と、ビリーが思えたのは。
スターライトナイトカフェの特別食事券だけが理由でないことは
知能構造体である彼にも十分理解できることであった。
<了>
みんな大好きビリー
ver1.2のムービーに出てきて全俺が沸いた