旅の許可をもらったアリーナ達は、サランの町で待っていたヒュンケルと合流し、エンドールに向かうべく、サントハイムの南東部に位置する祠に向かった。
この祠にはエンドールへと続く『旅の扉』がある。
『旅の扉』とは、いわゆるワープトンネルの様なものであり、繋がっている場所に瞬時に移動する事出来る不思議な道である。
ヒュンケル
「この世界には随分と便利な物があるんだな」
クリフト
「ヒュンケル殿の世界には、『旅の扉』はないんですか?」
ヒュンケル
「ああ。聞いた事もないな」
クリフト
「まあ、私も利用するのは今回が初めてなんですけどね」
ヒュンケル
「そうなのか?」
クリフト
「はい。なんと言っても、サントハイムで旅の扉を利用した神官は私が最初と言う事になりますので」
やけに興奮しながら語るクリフトに、ヒュンケルは苦笑した。
そして、そんなクリフトを見てブライは、なにやら哀れみの表情を向けていた。
ブライ
(やれやれ……クリフトの奴も、自分にとって恋敵とも呼べる男相手に、よくそこまで無邪気に話しかけられるモノじゃな…)
サントハイム王の予知夢で、クリフトにとっての想い人であるアリーナは、ヒュンケルに恋をすると――否、すでに恋していると見て良いか――。
もともとアリーナは、クリフトの事を恋愛の対象とは見ていないだろう…。
アリーナはクリフトを、幼馴染であり、頼りない兄という感じで見ている。
クリフトも、その事を感じ取っている様だが……。
ヒュンケルと合流し、最初に昼食をとる時に、ブライはクリフトにそれとなく訊ねたのだ。
クリフト
「ブ…ブライ様!?」
ブライ
「まさか、気付かれていないとでも思っていたのか?お前が姫様にホの字である事など、サントハイム城の者ならば、ほぼ全員知っておるぞ!」
クリフト
「ええっ!?」
ブライ
「知らぬのは当の姫様と、お前と接点がなかった裏庭のゴン爺くらいじゃわ!」
実はサントハイム王もクリフトのアリーナに対する想いに気付いている。
想う程度はやむをえないと思っているようだし、当のアリーナがまったくその気になっていないので、静観しているに過ぎない。
ブライ
「姫様は、ヒュンケル殿に対し好意を寄せておる……女としてな。本人もまだ気付いておられぬが…」
自分の気持ちにすら気付いていないのに、自分に対する好意に気付くはずがなく、アリーナはクリフトの事を幼馴染としか思っていない。
クリフト
「…解っております。今、姫様が誰に目を向けているか……くらい」
クリフトは常にアリーナを見ている。
故にアリーナの気持ちがどちらに向いているかくらい、直ぐに感じ取れた。
そして、自分に対しては、そんな風にまったく見ていない事など……。
元々、アリーナは色恋沙汰には疎い。
色恋よりも武の方に感心が強いからである。
そんな時に現れた、自分よりも遥かに強く、そして哀しみを宿しながらも澄みきった瞳を持つ男。
アリーナが惹かれるのも、無理はないのかもしれない。
クリフト
「確かに悔しい気持ちはあります。しかし、私もヒュンケル殿に敬意を抱いております。それに…私は何よりも姫様の幸せを願っています。もとよりこの想い、報われるとは思ってもいませんでしたから…」
神に仕える神官は、生涯不犯を貫かねばならない。
無論、抜け道はあるし、王族や貴族などに請われれば還俗しても良いのだが、アリーナの幼馴染とはいえ、今だ見習い神官でしかない自分が、王家に請われるというのは在り得ない。
アリーナが自分に対し、そういう想いを抱いてくれていれば、可能性はあったが……クリフトはアリーナにとってそういう対象ではない様だ。
クリフト
「後はヒュンケル殿の気持ちかと……ヒュンケル殿が姫様の想いを受け入れられ、添い遂げる覚悟がお有りならば……そして姫様を幸せにしてくれると誓って下さるならば……私は神に使える神官として御二人を祝福しましょう…」
ブライ
(などと言っていたが……どうなるんじゃろうな?)
確かにクリフトの態度は立派なモノと云えよう。
神官としての自分の立場、アリーナの気持ちなどを考慮している考えだ。
しかし、本人の意思とは別に、炎とは燃え上がるモノ。
ブライも、若い頃にそんな想いを経験した事がある。
あれは、並大抵の自制心で抑え切れるモノではない。
まあ、クリフトは基本へタレだから、そこまで深刻に考えなくてもよいだろうが……。
ブライ
(ふむ。もしかしたら、姫に対する想いを抑える為に、信仰の道を選んだのかも知れんな)
旅の扉は、扉というよりも水が渦巻いているという外見をしていた。
ヒュンケル
「あれが旅の扉か?」
アリーナ
「この先に憧れのエンドールに通じているのね」
いつも好奇心旺盛なアリーナは、武術大会が開かれているというエンドールへの期待に目を輝かせている。
そして、ヒュンケル達は旅の扉を通り、エンドール地方北西部に位置する旅の扉に移動した。
初めて通った旅の扉に関する感想は……最悪の一言に尽きた。
アリーナ
「お腹も頭もぐちゃぐちゃだわ……」
アリーナは、旅の扉から掛かる負荷に酔ってしまい、ブライも咳き込んで気持ち悪がっている。
意外なのはクリフトで、彼は旅の扉の神秘的な仕組みに感動していた。
ヒュンケルも『
ちなみにヒュンケルも、少し顔が青くなっているが、アリーナ達程ではない。
むしろ、平然としているクリフトが異常である。
旅の扉のある小屋から出ると、直ぐ横に宿屋が建っていた。
この旅の扉は、交易商人がよく利用するので、宿屋が完備されているのは当然なのかもしれない。
今回は、サントハイムから『瞬間移動呪文』を使わずに歩いて来た為、既に日が暮れている。
今日は、この宿屋に泊まる事にした。
宿屋に入り、受付を済ませ、部屋に向かおうとした時、一人の戦士が目に入った。
立派な口髭を生やし、その体は細身ながら見事に鍛え抜かれており、一目見て歴戦の戦士であると判る男であった。
しかし、ヒュンケル達がこの男に感じたのは、それだけではなかった。
何やら、不思議な感覚に惹かれているかの様に…。
それはどうやら向こうも同じだったらしく、こちらに向かって挨拶をしてきた。
戦士
「私はバトランドの王宮戦士ライアン。故あって祖国を離れ旅をしている」
ブライ
「ほう…バトランドの…」
バトランドとは、サントハイムから東の方にある国で、強力な王宮戦士を擁する国として知られている。
ブライも若い頃、使者としてバトランドを訪れた事があり、バトランドの王宮戦士の強さに感歎を抱いた事があった。
ブライは、祖国サントハイムを愛するが故に、他国を見下す傾向があるが、良い所は素直に認めている。
アリーナ
「私はアリーナ……サントハイムの王女よ」
クリフト
「姫様!?」
ブライ
「いきなり御身分を明かされるなぞ…」
ブライとクリフトは焦るが、アリーナは何故かこの男に対しては、何故か見分を隠す気になれなかった。
ライアン
「なんと姫君であらせられましたか、これは御無礼仕りました」
ライアンはその場に跪き、王族に対する礼儀に乗っ取り、敬意を表した。
ヒュンケル
「俺はヒュンケルだ、よろしく」
ライアン
「此方こそよろしく」
ライアンは立ち上がり、ヒュンケルと握手を交わす。
それと同時に、相手の実力を瞬時に見抜いた。
ライアン
(…強い!まさかこれ程の戦士がこの世に存在するというのか?)
ライアンは、目の前の男が自分を遥かに上回る戦士である事に悟り、驚嘆した。
ヒュンケル
(この男……只者ではない)
ヒュンケルも、ライアンの実力を感じ取っていた。
現段階ではアリーナよりも上であろう事も。
ライアン
「私は伝説の勇者を探す為、旅をしています。何れ世界の為に戦われるであろう勇者様を見つけ、お守りする為に…」
その後、ライアンと少し雑談をして別れた。
アリーナ
「何故かしら…あのライアンって人、不思議な感じしたわね」
クリフト
「初対面なのに、以前何処かで逢った事がある様な…」
ヒュンケル
「お前たちもか……実は俺もだ」
城にずっと居たアリーナはもとより、ヒュンケルはこの世界の人間ではない。
にも拘らず、この様な感覚に捕らわれるとは、奇妙だった
だが、ヒュンケルはそれよりもライアンの語った話の方が気になっていた。
勇者と聞き、ヒュンケルが思い浮かべたのはダイの事だった。
ヒュンケル
(もしかしたらダイは異世界にいるかもしれない)
地上にはいくら探してもいなかったダイだが、生きているのは確実である。
魔界か天界にいるかもしれないと予測していたが、もしかしたら自分や、デボエラ達の様に異世界に飛ばされている可能性もある。
元の世界に戻る方法を探すのと同時に、この世界にダイがいないか捜索して見るのもいいかもしれない。
その為に、このエンドールを拠点に活動を始めた方が都合がいい。
ブライの話では、エンドールは世界一の大国。
世界中から人が集まるので、いろいろな情報が手に入り易いだろう。
無意味に世界を歩き回るよりは、効率が良い。
ヒュンケル
(この国で、アリーナ達と別れる事になるかもしれないな)