妖魔主教デボエラの台詞に、ヒュンケルは目を見開いた。
ヒュンケル
「別の世界……だと……!?」
デボエラ
「キィーヒッヒッヒ……気付いておらんかったようじゃが、考えてみればわかるじゃろう?我々の世界にサントハイムなどという王国が存在しておらんのじゃからな」
デボエラの指摘に、ヒュンケルは息を詰まらせる。
確かに、ヒュンケルの世界にあるのは、パプニカ、カール、ロモス、ベンガーナ、テラン、リンガイア……そしてオーザムとアルキード。
滅びた国を合わせてもこの8カ国しかない。
どうやらヒュンケルも認めたようだ。
そして、傷付いた自分の体を癒し、この世界に送り込んだのが誰なのか……ということも…。
最も送り込んだ者と体を癒した者は別なのだが…。
ヒュンケル
(神々は何故……俺を異世界に送り込んだんだ?)
一方、アリーナ達はデボエラの話に呆然となっていた。
アリーナ
「べ……別の世界?そんなのが本当にあるんだ」
ブライ
「確かに古い文献にその様な事が書いてあるのを読んだことはありますが……まさか本当に…」
クリフト
「おお神よ…」
アリーナは別の世界がある事に目を輝かせ、ブライは知識としては知っていたがそれが真実だった事に瞠目し、クリフトは混乱して神に祈っていた。
???
「デボエラ……どうやらこいつは、つい最近この世界に来たようだな」
デボエラ
「そのようじゃなギャック…」
もう一人の黒ずくめの男の名はギャックと言うらしい。
ヒュンケル
「では、貴様らがこの世界に来たのは?」
ギャック
「いまから17年くらい前になる」
ヒュンケル
「17年前……地上が魔王ハドラーに侵攻されていた時期か……」
2年前の大魔王バーンとの戦いより15年前……つまり今から17年前、ヒュンケルたちの世界はハドラーという魔王に侵攻を受けていた。
デボエラ
「……ハドラーか……確かに奴は強い。魔王を名乗るに相応しい実力の持ち主じゃったが……我らの居た魔界の大陸の支配者から見れば小物に過ぎんわ」
ギャック
「あの御方が原因で我らはこの世界に跳ばされただからな……」
ヒュンケル
「ハドラー以上というと……大魔王バーンか?」
ギャック
「ほう、人間風情があの魔界の神と呼ばれた大魔王バーンを知っていたか?」
この男達はバーンが魔王軍を率い地上侵攻する前に、この世界に跳ばされたのでいまやバーンの名が地上でも知れ渡っている事実を知らないようだ。
デボエラ
「確かに大魔王バーンも恐ろしい男じゃが……我らの大陸の支配者は冥竜王ヴェルザー殿じゃ」
冥竜王ヴェルザー。
かつて地上に君臨した三つの種族、人間、魔族……そして竜。
いまでこそドラゴンは怪物モンスターの一種とされているが、昔は人間以上の知恵を持っており、言葉を操る者も多かった。
そして、現存する最後の知恵ある竜こそが、『冥竜王ヴェルザー』なのだ。
ギャック
「17年前……ヴェルザー殿はある強敵と戦っておられた……」
ヒュンケル
「……バランの事だな」
デボエラ
「バーンの事だけでなく、あの『
デボエラはザボエラと違い、ヴェルザーの配下だった為、バランが竜の騎士であるという事を知っていた。
ギャック
「…興味があるな。貴様、名前は何という……」
ヒュンケル
「……ヒュンケルだ…」
本来、名乗る筋合いなどなかったが、自分の今の状況を教えてくれたので素直に名乗った。
デボエラ
「ヒュンケル……とはな」
ギャック
「かつて魔界を牛耳った伝説の剣豪の名前を人間が名乗るとは……身の程知らずと言いたいが、その名に相応しい実力を持っているのは分かる」
デボエラ
「……ザボエラの奴の事を何故知っておる?」
ヒュンケル
「奴は、2年前地上に侵攻してきた魔王軍の軍団長だった」
ヒュンケルは簡潔に答えた。
流石に自分もその魔王軍の軍団長で、ザボエラの元同僚であった事は口にしなかった。
何しろ、魔王軍にいた頃からヒュンケルはザボエラをダニとして忌み嫌っていたからだ。
デボエラ
「ふむ。それで奴はどうなった……?」
ヒュンケル
「……死んだよ」
ヒュンケルの返答にデボエラは可笑しそうに哂った。
クリフト
「自分の従兄弟が死んだと聴かされて、何故哂っている!?」
神に仕えるこの真面目な青年から見て、血縁者が死んだ事を悲しまない目の前の男に怒りの表情を見せた。
デボエラ
「フン。あの情けない男とは縁を切っておる。ワシと同格の妖魔力を持ちながら、強者に媚び諂い、他者を道具として利用し、栄達しようとする様な屑など死んで当然じゃ……」
デボエラの言葉にギャックも軽蔑しきった顔をしていた。
デボエラ
「彼奴の死因も、どうせ他人に取り入ろうとしてそれが通用せず、切り捨てられゴミの如くくたばったのじゃろう。自らを高めようとせず口先だけで栄達しようとする者の末路はそんなものじゃ…」
実に的をいた推理にヒュンケルは目の前の男を見据えた。
ザボエラの血縁とはいえ、ザボエラとは違う価値観を持っている様だ。
最も人間に対しては、ザボエラと同じく見下しているようだが……。
まあ、これは殆どの魔族と同じだろう。
人間と友誼を結んでいるロン・ベルクと人間の女を妻にしたラーハルトの父が珍しいのだろうから……。
☆★☆
ギャック
「話がそれたな……何故、我らがこの世界に来てしまったのかというと……」
ヒュンケルの師である勇者アバンが魔王ハドラーと戦っていたのと同じ時期に、竜の騎士バランは冥竜王ヴェルザーと戦っていた。
デボエラの言うとおりヴェルザーに比べれば、超魔生物ではない当時のハドラーなどは小物に過ぎない。
バランとヴェルザーの戦いは激しく、ヴェルザーは戦いに勝利する為に禁断の兵器を使用した。
『黒の
魔界に伝わる忌まわしき伝説の超爆弾によって、ヴェルザーの支配していた大陸は消滅してしまった。
デボエラもギャックも当時はヴェルザーの配下であり、その大陸に滞在していた。
『黒の結晶』の凄まじい爆発に消し飛ばされようとしたその瞬間とき、時空が歪み、デボエラとギャックはその歪みに飲み込まれてしまった。
デボエラ
「これはワシの推測じゃが、黒の結晶の凄まじい爆発力は次元そのものを歪ませてしまったのじゃろう……それに飲み込まれたワシ等は、気が付けばこの世界にいた……というわけじゃ…」
ギャック
「最初はこの世界の魔族たちに溶け込もうと思っていたが……どうもこの世界の魔族たちとは馬が合わなかったのでな……人間達の裏社会に潜んでいたのだよ」
ヒュンケル
「成る程……それで今はそこの男に雇われていた……という訳か…」
ヒュンケルは先ほどデボエラの『
ギャック
「ああ。お前たちも知っての通りの屑だが……金払いだけは良かったからな……美味い酒には不自由しなかったな」
アリーナ
「じゃあ、何故裏切ったの?」
いかに悪人だったとはいえ、仲間に裏切られボロ屑の様に捨てられた男を憐れみ、アリーナが詰問した。
デボエラ
「キィーヒッヒッヒッ……それは
デボエラは、『黄金の腕輪』を掲げた。
デボエラ
「この腕輪には素晴らしいほどの暗黒の力が宿っておる……これをワシにとって最高の研究材料になる。旨く行けばワシ等は絶大な力を得て、この世界の魔族共を屈服させることが出来よう……」
ギャック
「この世界の魔族を統べる者は、ヴェルザー殿や大魔王バーンには遠く及ばないが、それでも我らよりは強いからな……奴を凌駕する為に我らが利用させてもらう」
ヒュンケル
「そんな事させるか!」
ヒュンケルが『黄金の腕輪』を取り戻そうとデボエラたちに斬りかかるが、既にデボエラは『
ヒュンケルの剣は、後一歩のところで届かず、デボエラ達は飛び去っていた。
以前にも述べたが流石のヒュンケルもルーラ級のスピードには追いつけない。
それに体が癒えたとはいえ、2年間のブランクは大きく、彼の技量は少し衰えていたのだ。
デボエラ
【今は、お主には勝てない事は理解しておる……人間風情の癖にお主は強い……恐らく魔界でも一勢力を築けるくらいにのう】
ギャック
【我らの野望の前に、貴様は必ず障害となろう……何れ貴様の首を貰い受ける】
デボエラ
【じゃが、我らの世界からこの世界に来た魔族は我らだけでない。せいぜい気をつけることじゃな。キィーヒッヒッヒッ!】
ヒュンケル
「くそっ……取り逃がしたか」
あたり一面に響く、デボエラたちの声が響き、ヒュンケルは拳を大地に打ち付けた。
☆★☆
こうして『偽サントハイム姫君誘拐事件』は一応、幕を閉じた。
アリーナの名を騙った少女の名前はメイといい、ヒュンケル達が推理したとおり、ちょっと調子に乗っていただけの旅芸人との事だ。
本人たちもすっかり懲り、特にメイは人が焼け死ぬ姿を見せられたので蒼白になっており、アリーナ達に侘びを入れてフレノールを後にした。
ヒュンケル
「いいのか?騙りを働いた者を捕らえなくて…?」
いくら悪気がなかったとはいえ、王族の名を騙ったのだ。
本来ならば、かなりの重罪になる。
アリーナ
「もう十分報いを受けているでしょう。二度とこんな事はしないだろうから、今回は許してあげるわ」
ヒュンケル
「お前が良いと言うなら、それで構わんがな」
そこへブライが会話に割り込んできた。
ブライ
「では、姫様。明日になったら城に戻りますぞ」
アリーナ
「何でよ!?」
ブライ
「今回の件で解ったでしょう。一国の姫がお忍びで旅をすることがどれだけ危険なのが……」
アリーナ
「イヤよ!私はまだまだ旅を続けるんだから……旅をするのが嫌ならブライだけ帰ればいいわ。別に頼んで着いてきてもらったわけじゃないし……貴方たちが勝手に着いてきただけなんだからね!!」
ブライ
「姫様!」
言い合いを始める主従を見て、ヒュンケルは微笑んだ。
ヒュンケル
「お前たちも苦労している様だなクリフト」
クリフト
「解っていただけますか……ヒュンケルさん」
ヒュンケル
「だが……確かにあの姫君に城で大人しくしているのは似合わんな……サントハイムという国には悪いが、あの姫には狭い城ではなく、広い大地で伸び伸びとするのが似合っている」
クリフト
「……はい。ブライ様もああ言っていますが、内心ではそちらの方が似合っていると思っていますよ。でも、サントハイムの重鎮として、姫様の教育係として、それを認めるわけにはいかない立場ですからね」
ヒュンケル
「…そうだな」
ヒュンケルは、そのままこの場を後にしようとした。
アリーナ
「ちょっとヒュンケル……何処に行くの?」
ヒュンケル
「とりあえず今晩は宿に泊まって……明日、旅に出るつもりだ……」
アリーナ
「一人で?」
ヒュンケル
「無論だが……」
何故、神々が自分をこの世界に送り込んだのか理由は解らないが、元の世界に戻る為には何かをしなければならないのだろう。
旅をしていれば、その『何か』にぶつかるかも知れない。
それに、デボエラとギャックの件もある。
アリーナ
「ねぇ、ヒュンケル……それじゃ、しばらく私たちと一緒に旅をしましょうよ」
ブライ
「姫様、何を言われます!?」
アリーナ
「だって、あのデボエラとか言う奴等の話が真実なら、ヒュンケルはこの世界の人間じゃないんでしょ?だったら地理とかも疎いなんてものじゃないじゃない」
ブライ
「……確かにそうですが…」
アリーナ
「こうして出会ったのも何かの縁でしょう……ヒュンケルがこの世界に慣れるまで同行した方がいいんじゃないかしら。私としてもヒュンケルと手合わせをしたいし…」
元々アリーナは、武者修行の為にお忍びの旅をしているのだ。
そして強くなるには、強い者との手合わせするのが最も良い修行となる。
ヒュンケルならまったく申し分が無い。
それに、何となくだがアリーナはヒュンケルと一緒に居たかった。
それがどの様な感情なのか、アリーナ自身も気付いていなかった。
ブライ
「しかし姫様。確かにヒュンケル殿は悪人ではありませんが、異世界の人間などという得体の知れない者を同行させるのは……」
アリーナ
「イヤなら、本当にブライだけ城に戻りなさい!」
流石にブライの物言いに怒りを覚えたアリーナは、ブライを睨む。
ヒュンケル
「アリーナ。ブライ殿の言う事は最もだぞ……」
クリフト
「ですが、ヒュンケルさんの事を考えるなら確かに我々と同行したほうがよろしいかと。我々はともかく他の人はヒュンケルさんが異世界の人間とは知りませんし……ヒュンケルさんの世界と我々の世界とでは常識が違う所もあるかもしれません」
クリフトとしても微妙なところである。
クリフトはアリーナに対し恋慕の情を抱いている。
そして、だからこそアリーナがヒュンケルに対し好意を抱き始めている事にも気付いていた。
アリーナ自身もまだ気付いていない感情に……。
しかし、神に仕える神官として異世界からの迷い人を放って置くことも出来ない。
それにアリーナの件では嫉妬を覚えているが、クリフトもまたヒュンケルに対し敬意を抱き始めていた。
ブライも言っていたが、ヒュンケルの強さは凄まじい。
それほどまでの強さを得たヒュンケルに憧れを感じずにはいられなかった。
神に仕える神官とはいえ、クリフトも若い男である。
強さという者に憧れるのも仕方がないのかもしれない。
僧侶の中には、神に対する信仰とともに武道を嗜む者も存在すると以前、城の教会に勤める神父様から聞いたこともあった。
ブライ
「…クリフトも賛成か……では仕方ないのう」
結局、ブライもヒュンケルの同行を認めざる得なかった。
口は悪いがブライも、何だかんだで人が良い。
ヒュンケルの腕は認めるし、人倫も悪くは無い。
そして、ブライは気付いていた。
このヒュンケルという男は、とてつもない辛酸を舐めている事を……。
そうでなければこの若さで、アレほどの強さには到達できない。
一言では語れないほど、重い人生をきっと彼は歩んできたのだということを……。
アリーナの提案は正直、ヒュンケルには有難かった。
いくらヒュンケルとはいえ、まったく知らない土地で旅をするのは確かに無謀だ。
ヒュンケル
「…そうだな。では御言葉に甘え、しばらく同行させてもらおう……」
こうして、サントハイムの姫様御一行に加わる事になったヒュンケル。
彼は、この異世界の地で何を見、何を為すのか……この時点では誰にも解らなかった。
デボエラって名前がⅤのヒロインの一人であるデボラと名前が似ていますね。
でも、まったく関係ないですからね。
にじファンで連載していた話では、クリフトは最初ヒュンケルに対し険悪な態度だったんですが、此方ではその設定はなくしました。
クリフトが失恋するのは間違いないですが、此方のクリフトはヒュンケルに対し微妙ですが好意的にしています。