"……"
『先生!やっと絞り込めました!サヤさんたちに協力して集めた情報から園児さんたちの監禁場所として可能性の高いポイントを3つまで特定しました』
"ありがとう、アロナ"
『いえ、プラナちゃんが頑張ってくれたおかげです。今は疲れて眠ってしまっていますが……。今回の件、明らかに"追われること"を理解した動きでした』
"それは……アロナたちに?"
『はい……ごめんなさい、先生。制約のない状態でシッテムの箱の専属AIである私が見知った生徒さんの居場所の特定にここまで時間をかけるなんて……』
"気にはなるけれど、今はそれは置いておこう。とにかく急いでキサキたちに連絡を。少しでも早くココナたちを見つけ出すんだ"
『……。はい、先生!』
◯
梅花園園児一斉誘拐事件から既にかなりの時間が経過していた。あれだけ大勢の児童が攫われたにも関わらず、その後犯人から身代金の要求も犯行声明も一切が行われなかったという事実はヴァルキューレを動揺させるものだった。それは、詰まるところ犯行の目的が児童の誘拐そのものだったということなのだから。攫われた児童たちの安否にとたん暗雲が立ち込める。
その上、ヴァルキューレも山海経もいつまで経っても攫われた児童、そして実行犯と目される春原ココナの足跡を辿ることができずにいた。犯行方法としては薬物で身動きの取れなくなった児童を車に積み込み山海経の外へと運び出した、それだけのはずなのに。以降の彼女らの足跡がパッタリと辿れなくなってしまうのだ。
規模も規模だけに隠し通すこともできず世間からのバッシングも絶えぬまま、関係者たちには焦りばかりが募っていた。
監禁場所と思しき地点を絞り込んだとシャーレの先生から連絡が入ったのはそんな時だった。それぞれの組織で飛びつく様にしてその情報を精査、それが相応に確度の高いものと判断するとすぐさま突入部隊が編成されることとなった。山海経の二大組織である玄龍門と玄武商会から一部隊づつ、そして残りの一箇所にはヴァルキューレと──
◯
「何を言ってるのだ!?むちゃなのだ!!」
最近では訪れる人も減った病室に甲高い悲鳴が響く。練丹術研究会の会長であるサヤがシュンに必死にしがみついていた。
「お願いします……サヤさん。私は、ここでじっとしてるわけにはいかないんですっ」
「だからって……今のシュンの体に更に投薬なんて……ぼく様の想像が正しければシュンが食べさせられた薬はあいつが作ったものなのだ!その後遺症が治っていない状態じゃそもそも望んだ効果が出るかだって……!」
いつになく真剣な表情でシュンを諭そうと肩を抑えるサヤの手首を、震えるシュンの手が握り返す。
「薬物自体はもう抜けていると言われました。サヤさんにも確かめてもらったことです」
「それは……けど!今だって体は満足に動かせないはずなのだ。それはあの薬によって体の神経か脳の一部がおかしくなっているからのはずで……」
言葉を重ねる程サヤの言葉は勢いを失っていく。そんな状態の友人を治療もできない自分の無力さを実感するから。
だが、自責の念で顔を曇らせるサヤにシュンは悪いと思いながらも追い討ちをかける。
「だからこそ、あの薬なら可能性はあるはずです」
「理屈は……その通りなのだ。それでも、一つ失敗すれば今度こそシュンの体は完全に動かなくなってもおかしくない!!」
脳裏に、今も自分では救うことのできない小さな少女の姿が浮かぶ。あんなことを繰り返すわけにはいかない。そう断ろうとするサヤにシュンはベッドから体を投げ出す様にして頭を下げる。
特に麻痺が重くろくに動かない足は体を支えられず、シュンは病室の床に転げ落ちる。
「何をやってるのだ!?そんなこと……っ!」
咄嗟に助け起こそうとするサヤ。だが、そんなことも構わずにシュンは額を床に擦り付けてサヤに頭を下げる。
「お願いします。梅花園の教官として、あの子の姉として、私はここで寝ているわけにはいかないんです。可能性があるのならそれが危険でも試さないわけにはいきません……!」
「……やめるのだ。お願いだから…………シュン……」
「……」
「……」
サヤは顔を歪め、何度も言葉を探す様に口を開いては閉じ、けれど言葉を見つけられずに俯いた。その間もシュンはじっと床で頭を下げた状態でサヤの返事を待っていた。
「…………っ、わかった、のだ」
先に折れたのはサヤだった。
「その代わりこの投薬の責任は全てぼく様のものなのだ。シュンはなんの責任もない、それでいいのだ?」
「それは……」
おかしい。だってこれは自分の我儘で頼んでいることなのだから。
言いかけたシュンは顔を上げて言葉を飲み込んだ。真っ直ぐにシュンを見るサヤの顔を見て理解したのだ。彼女は目的のために自分を巻き込む覚悟があるのかと問うていた。その意思にシュンは一瞬だけ躊躇う。失敗すればシュンはここでココナを探しに行けないどころか梅花園の教官という役割も完全に果たせなくなるだろう。そしてサヤはその咎を一身に受けることになる。普段のシュンなら絶対に選ぶことのできない選択だ。
「……」
それでも。
「お願いします、サヤさん。私に若返りの薬を飲ませてください」
「わかったのだ。少しでも可能性を上げるために調薬を弄るからちょっとだけ待つのだ。突入部隊が動き出すまでには間に合わせるのだ」
「……ありがとう、サヤさん」
◯
あの日からココナは今までが嘘の様に毎日言葉を話すようになった。カイの役に立つのだと、だから許しを欲しいのだと。そう縋りついた日からココナはとても晴々とした心でこの施設での仕事に従事していた。
「うーん、こちらはまだ育ちかけですね。収穫は明日以降にしましょう。けど、左腕の方はとても綺麗で大きなものが育ちました。花丸です。こちらはすぐに収穫してしまいましょう」
即ち梅花園の子どもたちを苗床とした冬虫夏草の一種──人紅山姫の養殖を。
朗らかに話しかけるのは幻覚剤で前後不覚になっている園児だ。ココナ自身の手で攫い、ココナ自身の手で人紅山姫を植え付けた。
薬で意識も朧げな彼女たちは当然ココナの言葉に答えることもない。だが、ココナはそれを気にすることもなく何度も優しげに言葉をかける。並行してその手は児童の腕の肉を裂き植え付けられていた人紅山姫を摘出している。血に濡れるのも躊躇わず、抉り出した傷を縫合消毒し包帯を巻いていく。もう随分と手慣れた作業だ。
「よくがんばりました。きっとこれも姉さんが素敵なお薬にしてくれますからね」
そう言って言葉を返さない少女の頭を慈しむ様に撫でる。そうしていると──
「やぁぁぁぁぁああああああああ!!」
寝台に固定されている子どもの一人が突如大声で悲鳴をあげ暴れ出した。手足は固定されてるので、なんとか動かせる後頭部を必死にガンガンと寝台に叩きつけ始める。
「いけない!」
それを見たココナは急ぎ悲鳴を上げる児童の下に駆けつける。目を血走らせ何か見えないものを恐れる様に悲鳴を上げるその子の様子にすぐに事態を把握する。
「お薬が切れちゃったんですね」
子どもたちへの幻覚剤の投与は定期的にココナが自分の手で行っている。基本的に効果の切れることのない間隔で投与は続けているのだが、やはり個人差があるのかこうして幻覚剤の効果が切れてしまう子が時折出てくるのだ。彼女たちを平和の世界へ誘う薬の効果は強力で、だからこそそれが失われたという事実が被験者に何よりも恐ろしい恐怖として襲いかかるのだ。
「大丈夫、大丈夫ですよ。すぐまた幸せになれます。怖くない、怖くないですよ」
あやす様に声をかけながら素早い手つきで注射器を取り出し針の消毒と薬品の取り付けをすませる。そして、ほとんど確認もせず躊躇うことなく固定されている児童の腕にその針を突き刺す。鮮やかな緑色の、明らかに人体に有害そうな薬品がココナの指の力で打ち込まれていく。
「ああああああぁぁぁ……ぁ、あ……ぁ……」
効果はあっという間だっあ。叫び声をあげていた子どもは次第に見開いていた目をトロンとさせ、発していた声もおさまっていった。
「よかった……ごめんなさい、ごめんなさい。私がまだ償い切れていないから……私の贖罪が足りていないから」
そう嘆きながら拘束された小さな体を抱きしめる。後頭部、打ち付けていた箇所にコブができていないかを軽く確認し、ホッとため息をつく。その額には焦りからか薄らと汗が浮かんでいた。
「ごめんなさい。私がもっと苦しむから……もっともっと姉さんの役に立ってみせるから……そうしたら、みんな姉さんに許してもらえるはずだから」
彼女の許しを得て園児たちを助けてもらうため、彼女のために園児を薬漬けにして切り刻む。その矛盾はココナの中にはとうになくなっていた。いや、許されるということが彼女の中で肥大化した結果、その後のことがすっぽりと抜け落ちてしまっているのだった。
許されることが大切でそのためなら彼女たちが死んでしまっても仕方ない。だって許してもらわなければ意味がないのだから。
ココナは今も梅花園の生徒たちを慈しみながら、同時に彼女たちを犠牲にすることを当然と考える思考回路を築きあげていた。
「大丈夫……私はもっと……苦しむから……」
額の汗は引かない。いや、そもそもそれは焦りや運動によって浮かんだ汗ではなかった。
「……っ、大丈夫……」
それは痛みに耐える脂汗だった。ココナは急な運動で活性化した内側のそれを宥める様にお腹に手を当てながら、深く息を繰り返して立ち上がる。そこにはカイの施術により腹を開かれ植え付けられた蟲の幼虫が幾匹も蠢いていた。やがて蛹になった時に摘出される予定の蟲たちは今ココナの胎を揺籠としてスクスクと成長しているのだ。ガリガリとぐちゃぐちゃと。揺籠でありまた餌でもあるココナの腑を食い育つ蟲をその奥に感じながらココナは歩き出す。
「これで、私姉さんの役に立ててるのだから。だから、大丈夫」
今更に額の汗を拭い、瞳孔の開きかけた瞳で大丈夫と繰り返しながらココナは今日の収穫作業に戻るのだった。
◯
「やぁ、ココナ。経過はどうかな?」
「姉さん!」
久しぶりに姿を現したカイにココナは喜色満面の笑みを浮かべ出迎えた。姉さんと、本来ならば彼女がそう呼ぶはずの相手は別にいるはずにも関わらず、ココナはカイを姉と呼び慕っていた。それもまたあの日からのココナの変化の一つだった。
「今日はどうしたんですか、姉さん?人紅山姫であれば生産量はいつも通り変わらずです。言いつけ通りに加工して一部は取引先にも送っていますが……」
「ああ、それは把握している。ココナが頑張ってくれているおかげで私も助かってるよ」
「ふふふ」
褒められて笑みを深めるココナの頭を撫でながらカイは言葉を続ける。
「今日はココナの様子を見に来たのさ」
「私の?」
「ココナには色々と協力してもらっているだろう?今日はその経過をこの目で確認しようかと思ってね」
「そうだったんですね。なら、すぐに準備します!」
カイの言葉にまた役に立てる、とやる気に満ちた表情を浮かべココナは駆け出した。
「第三手術室を片してきますね。カイ姉さんも少しお休みしたらそちらにお願いします」
そうしてその場を後にしていくココナを見送りながらカイは愉快そうに吹き出した。
「優秀な助手が得られたと思っていたら、優秀な妹になるとはね。これだから人の心は面白い……。ああ、私の妹というならもっともっと協力してもらうよ、ココナ」
◯
大きなライトが隙間なく照らす施術台の上。一糸纏わぬ姿で横になったココナをカイは興味深そうに検分していた。
それは異様な光景だった。
ココナの体の各所にはいくつもの菌糸が埋め込まれその体を苗床として成長していた。園児たちに植えられたのと同じ紅い棒状のものが右腕と左足に。左腕にはまるで鱗の様な楕円がいくつも連なった子実体を形作る別種の菌類が移植されていた。根の様に伸ばされた黒い菌糸の筋がまるでひび割れの如くココナの白い皮膚の下を這っている。腹部にはカイによって施術された際に切り開かれた傷跡がまだ薄らと残っており、また後でもう一度切開する際の目印になる様にその上を当時縫い合わせた糸が残されている。その奥では今も蟲たちがココナの腑を貪り成長しているはずだ。更に右耳からは細い植物の蔦の様なものが伸び、小さな赤い実をその先端に実らせていた。
それらは全てココナに望まれカイが嬉々として植え付けた、人体を苗床として育成することで特異な成分を作り出す貴重な薬の原材料たちだった。ココナは今、この施設の管理人であると同時にカイの私的な研究のためのプランターになっていた。
「一つの体に幾つもの寄生生物を植え付けるのはかなりリスキーではあったが……うむ、やはり相互に影響を及ぼしあってうまく一つの体の中で循環が出来上がりつつある」
「いっぎぁ……!」
ココナの体に植えられたそれらを丁寧に観察しながら、カイはココナを使った自らの実験が思った通りの成果を出していることに満足そうに頷いていた。そうしてより詳細に成分を調べるため左腕から鱗の様に連なっていたきのこを一つ切り出した。抉り出され破れた皮膚から血を流すココナを気にすることもなくカイは切り離したそれをつぶさに観察、細かく刻んでその断面を顕微鏡で眺めたりと自身の知的好奇心を満たすことに集中する。
「面白い……こちらはどうかな」
続いてカイはココナの右耳──頭上にある方──から伸び、髪に絡みつく蔦上の植物を軽く引っ張って見せる。
「ぎゃっ……!ぁ……」
「しっかりと根は張った様だね。菌糸類とは違うからきちんと寄生させられるか不安だったが……うん、よかった」
続いて充血し瞳の色が変わりつつある右目にライトを当てその眼球を観察する。
「ただやはり頭部に植えた弊害か他の器官にも影響がすでに出始めているか……こちらの目は今も変わらず見えるのかい」
「……少し、見えにくくなってるかもしれないです。時々ふと視界が陰るのと、痛みが走ることが定期的に」
「神経に絡まるというのは事実の様だな。ということは──」
改めて耳の辺りに視線を向け、そこに実る小さな紅い実をハサミで切り落としてみる。
「────っぁ!!!」
今までで一番ココナの体が跳ね、痛みに耐え切れず声にならない声が引き攣った喉から発せられた。両の目に涙を浮かべ荒く息を吐くココナを観察しカイはニンマリとその笑みを深めた。
「やはり、神経とつながり感覚を共有し始めている。半ば体の一部とかしてるということだ。……実を千切られて痛かっただろう、ココナ?」
「ひゅー……ひゅー…………は、い……姉さん」
「うん、やはりこうして受け答えをしてくれる検体だとやりやすくていいな」
それから一時間ほど、その部屋で何度もココナの悲鳴が鳴り響いた。
◯
「大丈夫かい、ココナ?よく頑張ったね」
実験室での検分からしばらく。傷の手当てをしてもらったココナは自室にてカイに抱かれる様にしてベッドに腰掛け、紅い茶を口にしていた。
「はい……私、姉さんの役に立てたでしょうか?」
おずおずといった様子で、左右色の変わり始めた両目でカイを見上げてココナが問えばカイは糸の様に目を細くして微笑み返した。
「もちろんだ。ココナはとても頑張っているね」
「あ、あの……それじゃあ……」
「ああ」
カイは自らの唇をココナの耳元に寄せ、静かに囁いた。
「私はココナを許すよ」
「…………っ!」
その言葉にココナは恍惚の表情を浮かべ体を打ち震わせる。あの日以来、ココナは特別にその言葉に執着し、カイからその言葉をなんとか貰おうと尽くす様になっていた。体中に繁茂した寄生生物もその結果だった。
「大丈夫、ココナがどれだけ罪深いのだとしても私が許してあげよう。ココナはいい子だ。こんなにも私の役に立ってくれている」
「あぁ……あぁっ……!」
先ほどの痛みとは違う、感涙の涙を浮かべココナはカイに抱きついた。
「私、もっと……もっと役に立ちます!もっと姉さんのためにがんばります。だから……だから……!」
「ああ、いいとも。そうしたら、また私はココナを許してあげるよ」
「はい……っ、はいっ!」
頭を撫でられ、あやす様に背中を叩かれる。その度にココナの今も苦痛に満ちた心に安堵が広がっていく。幸せな笑みを浮かべながら、ココナはカイの腕の中で意識を手放した。
◯
「私がこんな姉妹ごっこに付き合うとはね」
眠るココナの額にかかる前髪を指で弄びながら感情の伴わぬ声でカイはそんな呟きを漏らす。その目はどこまでも冷徹で、だからカイがどのような感情を内に秘めているかなど誰にもわからない。
「まあ、貴重な素材が取れる間は付き合うさ。……あちらの子どもたちはそろそろ限界かもしれないが──」
頭の中でこれからの計画を組み立てながら聴かせることのない独り言を呟く。
その肩が、音速の弾丸に貫かれた。
「がっ……!?」
「汚い手で、ココナに触れるな……っ!」
「お前は……そうか!」
物音を聞かせることなくわずかに開いた扉の隙間から銃口を向ける存在にカイが気づいた瞬間、スナイパーライフルにとっては至近距離といえる位置から第二射がカイの額に打ち込まれた。
◯
"ここが……"
『はい、最もココナさんたちが閉じ込められている可能性の高い隔離空間のひとつです』
アロナに言われ、先生はここに来るまでのどこか見覚えのある入り組んだ道筋を思い出す。トリニティの一角に立つショッピングモール。その地下に広がっていたまるで墓所の様な古い遺跡。その奥がこの薄暗い地下空間だった。
『恐らくカタコンベを模倣したものと思われます。あれ程の複雑さはありませんが空間を歪め繋がる場所のないところへ道を繋げ、知識のないものは迷い辿りつかせない。そうした性質があるものかと思われます』
目を覚ましたプラナの解説を思い出し、先生は歯噛みした。アリウスとの件で一度は経験したことのあるものだ。プラナの説明の通りならその更にダウングレード版といったところか。そうであるのに自分はこんなにも長い間可能性すら考えられずココナたちを見つけられずにいた。固く握り締められた拳からは僅かに血が溢れた。
"今は余計なことを考えてる場合ではないね"
行動を共にするヴァルキューレたちと先を急ぐ。途中まで一緒に行動していた彼女は何かの気配に気付いたのか一人先に飛び出してしまった。心配ではあるが、「みんなのことをお願いします!」そう言い残されてしまっては追いかけることもできなかった。
「先生、恐らくはここが最後の扉です」
突入部隊の指揮をとっていたカンナが鋭い眼光と共にそう報告する。彼女が視線で示した先に重そうな鉄扉が鎮座しており、ヴァルキューレの生徒たちが特殊な器具でその鍵を焼き切っている最中だった。
"わかった。行こう"
頷きを返せばカンナは無言のジェスチャーで部下たちに指示を出し、油断なく銃器を構えたカンナの部下たちはタイミングを合わせて勢いよく最後の部屋に踏み込んだ。
「動くな!」
人影らしきものに銃器を向けながら威嚇の声を上げる。だが、いつまで経ってもその人影に動きはなく、返事も返ってこない。やがてヴァルキューレの生徒たちはそれが寝台に横たえられたあまりに小さな人影であることに気づく。
「これ、は……」
"……なんてことを"
カンナと先生も目の前の光景が何であるかを理解し絶句する。そこに広がっていたのは痩せ細りながら寝台に拘束されて、体から奇怪な植物の様なものを生やす幼い園児たちの姿だった。
◯
肩に一発。額に二発。近づいて至近で更に十発。あまりにもあっさりと無力化されたカイに不信感を覚えながらも、最低限の拘束の後シュンはココナの下へと飛びついた。
「ココナちゃん!!」
その体は妹のココナと比較しても小さい。今のシュンはココナたちにシュエリンと名乗っていた幼女の姿になっていた。ままならない体に残された薬の後遺症を若返りの薬で後遺症のない状態に巻き戻した。それこそが、シュンが考えサヤに頼んで実行したこの突入部隊に同行するための手段だった。
ヴァルキューレ、先生と共にこの地下施設にやってきてすぐシュンは本当に微かなココナの悲鳴を聞き取り、一人ここまでやってきていた。自分がこんなにも身勝手な人間であったのかと心の底で愕然としながら、それでもシュンはココナを優先してしまった。あるいは、この幼い体に引きづられたのかもしれないが。
そうして、我儘のままに単独行動をしてしまったからこそ、失敗は許されないのだと、ココナたちの居場所に辿り着いた後も息を殺してカイの隙を探り続けた。カイがココナの体を切り裂く間も、その後にらベッドの上でココナを抱きしめる間も。シュンは心を凍り付かせて息を潜めその瞬間を待ち続けた。元々ある程度技術は修めていたシュンであるがこの小さな体は隠れ潜むことに非常に高い親和性を発揮してくれた。おかげで最後の最後までカイに勘付かれる事なく事を運ぶことができた。
それでも何度も口の中を噛み切って痛みで自分を抑えたか数えられないが。
「ココナちゃん……ココナちゃん……!!」
彼女がどんな姿にされてしまっているかは隠れ潜んでいる間に何度も確認した。それでも、間近でみる変わり果てた妹の姿には涙が滲んできてしまう。
「ココナちゃん……っ」
「ん、あ……シュエリン……さん……?」
「ココナちゃん……!」
間近で銃声が鳴ってすら眠ったままであったココナがようやく目を覚まし、シュンはその顔に笑みを浮かべる。
「どうして……こんなところに…………」
ぼんやりとした表情のまま、ココナは安堵の表情を浮かべるシュンをじっと眺める。
「ああ、姉さんが新しい苗床を用意してくれたんですね」
「……………え?」
思わぬ言葉にシュンの反応が遅れる。
「ココナちゃ……!」
体格差のまま強引に押し倒されたシュンが見たのは歪な笑みを浮かべながら刃物を向ける妹の姿だった。
「大丈夫です、シュエリンさん。すぐに気持ちよくなりますから……みんなで一緒にキノコを育てましょうね」
「いやっ、やめて……正気に…………ココナちゃん!!」
「みんな同じ様にしてるから怖くありませんよ。ほら、私の体にも、生えてる……。みんなで姉さんの役に立って、それでみんなで姉さんに許してもらいましょう?」
「ココナちゃん!!」
「ほら……お薬の使い方、沢山教えてもらいました。だからきっと、大丈夫」
「…………っ!!」
わかっていたことだ。ココナは今正気ではない。それでも、カイと引き離せば、自分が声をかければ、そう思っていたのだ。
現実はもっと救いようがなかった。
シュンは覚悟を決めるとココナの体を下から投げ飛ばし、意識を奪うためにこめかみに銃口を当てた。だが──
「ぎぃ…………ぁ……」
軽く投げ飛ばされただけでココナは全身の痛みにのたうち動くことができなくなっていた。彼女はずっとここで動けない子どもの世話とカイの相手だけをしてきた。最低限の動きしかしてこなかったからこそかろうじて生活が送れていた。本来なら歩き回れる様な体ではなかった。
「いたぃ……ぃたい…………けど、苦しいことが償いだって…………許してもらえるから……きっと、許して…………ごめんなさい、ごめん……なさい…………みんな、姉さん…………ごめんなさい…………」
シュンが何をするでもなく、ココナはそのまま意識を失った。呆然とその様子を眺めることしかできなかったシュンは、覚束ない足取りで今は自分より少し大きな妹に歩み寄り、その体を抱きしめた。
「あ、あぁぁ……ああああ…………ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そうして泣く理由もわからぬ幼子の様に顔をぐしゃぐしゃに歪めながら泣き叫んだ。ひどく体温の低くなった妹の体を温める様にピタリと体を触れ合わせて、シュンは泣き続けた。
今はもう、そうすることしかできなかった。