バグで好感度8000%になったスペシャルウィークは愛されすぎて毎日が修羅場です   作:スペペペペ

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11話「期待されないウマ娘」

 メジロパーマーは逃げ出したかった。

 

 レースの戦略の一つである逃げ、という意味ではない。逃げて、逃げて、逃げて――この()()そのものから、いっそ消えてしまいたいという陰鬱とした気持ちが頭の上から爪先まで全身に纏わりついて拭えない。

 

 メジロパーマーというウマ娘は“ギャル”然とした華やかで明るそうな外見とは裏腹に、他人の視線に敏感で、どこか自虐的で、己に自信がなくて、時に部屋の窓が曇り水滴が滴り落ちそうなくらい湿度を爆上げすることもあれど――しかし本気で消えたいとまで思い詰めるのは、少なくともトレセン学園で敬愛する担当トレーナーと太陽のように温かい親友(ダイタクヘリオス)と出会ってから数える程しかなかったし、そういった自己嫌悪に陥ってもすぐに手を差し伸べ支えてくれる二人が居たから立ち直るのも早かったのだが……。

 

 今、パーマーの両翼は手の届かぬ場所にいる。

 

 それはつい昨日のことであった。

 

「温泉旅行券、ありがとうねパーマー。ちゃんと私達の太陽の笑顔、取り戻してくるから……でもよかったの? 本当はパーマーだって一緒に居てあげたいんじゃ……」

 

「いいからいいから! トレーナーさんだってたまには羽を休めなきゃ! ヘリオスのことよろしくお願いしますね! それに、今はほら……()()()よりトレーナーさんと一緒の方が気が休まると思うし……」

 

 ちらり、とパーマーはヘリオスの担当トレーナーである彼女の隣で、心細い幼子のようにちんまりとトレーナーの服の袖を摘んでいるズッ友(ヘリオス)()()()()()()姿()を見た。

 

 私の太陽が翳っている

 

 見るもの全てを魅了し元気を分け与えてくれるかのような彼女の笑顔はそこになく、目尻にはずっと号泣していたのであろう跡が見て取れるし、目からハイライトは消えている上に口はぽっかりと開いて完全に魂が抜けている――ヘリオスの口が開いているのは常日頃ではあるが。

 

 なぜこのような皆既日食が起こったのかといえば――至極単純、ダイタクヘリオスは()()したのだ。それはもう盛大に散った。一欠片も残さずヘリオスの恋心は砕け散って、同時に心も頭も爆発四散(サヨナラ)

 

 ヘリオスには思いを寄せる“好きピ”――つまりは好きな人という『友情(ライク)寄りの愛情(ラブ)』ではなく『愛情(ラブ)寄りの恋心(ラブ)』なガチ恋をしてしまった、華麗なる一族に名を連ねるダイイチルビーというお嬢様ウマ娘がいたのだが……。

 

 何かと多忙な名家の令嬢であるルビーは事前連絡(アポイント)を取って貰わなければ唐突なランチや友好の誘いも承諾しかねる――というタイプで、対してヘリオスは常に思いつきとライブ感に身を任せて気分上々自由気まま(バイブステンアゲ)に生きているタイプなので相性が悪く、決してヘリオスを嫌っているわけではないのだが結果として何をするにも塩対応になってしまって、その度にヘリオスは撃沈する――というサイクルを繰り返しており、それでもめげずに猛アタックを続けていたけれど……。

 

『ヘリオスさんがよく(わたくし)のことを“しゅきぴ”と仰っていられるので、よく意味がわからず知人に尋ねたのですが……つまり私はヘリオスさんの“想い人”である、ということでしょうか』

 

『~~~! う、うん! そうなんよ! お嬢マジらびゅ! うぇ~い☆』

 

 そもそも根本的にルビーがパリピ語を理解しておらず今までの猛アタックが全く意味がなかったことにほんの少しだけショックだったが、しかしこうしてお嬢が改めて確認してくれるなんて、もしかしてようやく思いが通じたのかも――!? と高まるときめきが抑えきれない様子でヘリオスはルビーの次の言葉をぶんぶんと尻尾を振って待っていたが……。

 

『申し訳ありません』

 

『――ぇ』

 

『私には――(かね)てよりお慕い申し上げる、心に決めた()鹿()()御方(ウマ娘)がいます。一族の名誉に賭けてでも、私はその御方と必ず添い遂げます』

 

 常に冷静沈着で真剣味のある真顔を崩さないルビーが初めて見せた、花が咲くような笑みで胸に手を当てる仕草は、完全に恋する乙女そのもので――。

 

『ですから、ヘリオスさんの想い人(好きピ)になることはできません』 

 

 太陽はこうして完全に燃え尽き(脳が破壊され)た。

 

 両者共に学園内の人気者であるルビーとヘリオスという二人の失恋騒動は、トレセン学園でもちょっとした騒ぎになってルビーに想い人がいることを知った学内のファンは阿鼻叫喚の末に枕を涙で濡らしたという。「そっか……ルビーって好きな人、居たんだね……おれちょっと横になるよ……」としばらく寝込んだ同室のウマ娘も居た。

 

『ヴヂだっ゙で黒゙鹿゙毛゙の゙ヴマ゙娘゙じゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ん゙ん゙ん゙!!! ゔえ゙え゙え゙え゙え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙え゙え゙え゙え゙ぇ゙お゙嬢゙お゙お゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙』

 

 まあ毛色でそのウマ娘を好きになったわけじゃないだろうし、そもそもそんなことを言い出したら私も“お嬢”だよ……? と親友と(ラブ)の意味でどうこうなりたいわけでもないが、親友の好きな人が自分と同じ――あまり私には令嬢感はないかも知れないけれど、しかしお嬢様属性のウマ娘ということに、ヘリオスの背を優しく撫でながら若干引っかかっているパーマーであった。

 

 ヘリオスは泣いて、泣いて、泣き叫んで――涙が枯れ果てた頃には完全に魂の抜けたもぬけの殻娘と化した。パーマーとヘリオスのトレーナーはどうにか彼女のメンタルケアに努めるも、一度燃え尽きた太陽に光を灯すのは難しく……ではいっそ学園の外に出てリフレッシュしてはどうだろうか、とパーマーは以前にメジロ家の伝手で貰って、いつか私のトレーナーかヘリオスを誘って行こう――と思えども結局言い出すことが出来ず部屋の机の肥やしになっていた温泉旅行券を渡したのである。

 

「じゃあ行って来るね。お土産は絶対に買ってくるから――でも、パーマーは大丈夫? 今、あなたのトレーナー……地方に出張中よね?」

 

「もー! 私、子供じゃないんですから大丈夫ですって! 丁度トレーナーさんとヘリオスが帰って来る頃に戻って来ますから! 皆が帰って来たら、バイブスアガるパーティでもしよっ! 行ってらっしゃい!」

 

 

 ………

 

 

 結果から言おう。全く大丈夫じゃなかった。

 

「やっぱり、凄いな……マックイーンは……」

 

 いや――いくらメンタルがガラス細工で出来ているかのようなメジロパーマーであれ、流石に自分の心の支えであるヘリオスとトレーナーが数日だけ居ないというだけでメンタルブレイク(つらたん)になることはない――普段なら、だが。しかし、普段通りでなければ容易く情緒不安定になるのもまたメジロパーマーというウマ娘の性。

 

 本日は未来のG1ウマ娘になるべく輝かしい夢と憧れを持ってトレセン学園にやって来た新入生達の入学式だ。毎年の事ではあるが此度の新入生達も幼少の頃から天才・鬼才と称される優秀なウマ娘が集っているが、その中でも一際注目の的となっているウマ娘がいる。

 

 ウマ娘の数多い名家と呼ばれる一族の中でも、最上位クラスに君臨する名家中の名家『メジロ』。そんなメジロ家が満を持して送り出したのが一族の中でも10年に1人――否、30年に1人の逸材とさえ称されるウマ娘、それがメジロマックイーンである。

 

 一目見ただけもわかるその高貴なる強者感(オーラ)を身に纏うその姿。ついこの間までとてもランドセルを担いでいたとは思えないすでに完成されつつある慎ましい体型に高密度に圧縮された風格。

 

 彼女は別格だ――と誰かが惚れ惚れした吐息を零せば、同意するように周囲の皆が頷き首を縦に振る。

 

 しかしそれほど注目の的にされていても、まるでそんな当たり前の事が如何するものか、と言わんばかりにマックイーンは歯牙にもかけずマイペースで己が道を行く。その姿勢にトレーナーだけではなく周囲の新入生達も圧倒され、思わず羨望の目を向けてしまう程で……。

 

 まあ、実のところ中身はそんな風格ある令嬢と相反するようなかなり面白おかしいウマ娘(おもしれー女)であることを昔から彼女を可愛がってきたパーマー含めメジロ家の全員が知っていることなのだが、それは言わない約束である。

 

(あんな風に注目されたことも、期待されたことも、私は一度もなかったな……そしてきっと、これからも……)

 

 どんよりと己の心が荒んでいくのが自分でもわかる。だがそう思ってしまっても仕方がないだろう。何せ、メジロパーマーは――世間はおろか同じ一族の()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 

 

 それはマックイーンの入学の前祝いということで、数週間前にトレセン学園のメジロウマ娘は一時的に本宅に呼び戻され、世間一般的には豪勢だが、しかしメジロ家にとっては慎み深いと言えるパーティーが行われた。

 

 パーティーが終われば一人ずつ、現在のメジロの一族を総括する大奥――通称メジロ家のお祖母様に呼び出され、現在の状況や調子の様子、そして今年の抱負などの報告が終われば、例えばメジロライアンやメジロブライトなどには天皇賞を取りなさい、ラモーヌやドーベルなどにはエリザベス女王杯を――という目標を与えられた。

 

 そしてパーマーの順番が来れば、現在はガラスの足と断じられた脚部不安がまだ快調しておらず思うように走れないメジロアルダンを除いて、他のメジロ家のメンバーに比べ目立った活躍がない自分の事である。どんなお叱りを受けるのかパーマーは不安でたまらなかったけれど、怒られるようなことはなかった。何せ――。

 

「あなたは自由に走りなさい」

 

 パーマーに与えられた目標は、たった一言……自由に走れ。それだけだったのだから。

 

 ――ああ、そうか。私。

 

 

 メジロ家(お祖母様)にさえ、何も期待されてないんだ。

 

 

 これならば、いっそだらしがないと怒られた方がマシだった。これならば、いっそもっと頑張りなさいと叱られた方が良かった。

 

 怒られるのならまだわずかでも期待されていると思うことができた。叱られるのならまだわずかでもメジロの一員として扱われていると思うことができた。

 

 怒られもせず、叱られもせず、与えられた言葉は自由にしろ――。

 

「……あは、は……自由かぁー……仕方ない、よね……こんな私じゃ……」

 

 お祖母様の部屋を退出し深々と扉に向かって頭を下げ、自室に向かう道すがら、ポタポタとパーマーの瞳から降り注いだ大粒の涙は、メジロ家の通路を敷き詰める高級な絨毯の染みとなる。パーマーは思った、きっとそれはやがて乾いて――形跡など跡形も残ることはないだろう。メジロの名を冠していても、世間にも家族にも期待されることも注目もされないウマ娘――メジロパーマー(わたし)のように。

 

 

 ………

 

 

「なぁ、パーマー……本当に()()()なのか? この前、メジロ家に帰ってから調子が悪いみたいだし……出張の話は、先方には悪いが断って……」

 

「大丈夫だってトレーナー! いやね、私の努力不足で、本家でちょっとだけ()()()()()()()()()()()()メンタルブルー……みたいな感じでさー……私もちょっとトレーニングは一旦ストップして貰って、リフレッシュしたい気分だったんだっ。前々から決まってたことをドタキャンも良くないでしょ? 私は()()()だから――トレーナーは心配せずに行ってきてよ! 平気平気! 私には太陽神ヘリオス様だってついてるしっ!」

 

 嘘だった。本音を言えば側に居て欲しかった。彼はメジロの冠など関係なくパーマー自身を認めてくれて、そして見捨てないでいてくれる唯一の人間(ひと)だから。

 

 でも、ただでさえ現在たった一人の担当ウマ娘がこの体たらくなことを思うと、これ以上彼の()()()()の足を引っ張る行為はパーマーには出来なかった。彼にはメジロ家からも自由にしろと見放された私と違ってこれから無限の未来が広がっているトレーナーなのだから。

 

「……わかった。でもパーマー、何かあったら絶対に連絡してくれよな! 飛んででも俺は戻ってくるから!」

 

「あははっ! もう、格好いいこと言ってくれるじゃん! それだけで私のテンション爆上げだよ! さすが私のトレーナー! だから――行ってらっしゃい!」

 

 いつか来る別れの予行練習のように――パーマーは頑張って作った笑顔と共に手を振って、トレーナーを見送った。

 

 

 

 しかし、現在。もう一人の大切な存在であるヘリオスもまた青天の霹靂のような脳破壊(NTR)でメンタルが完全にブレイクしてしまい、今はもう温泉街でトレーナーと共に失恋の傷を癒やしている頃だろう。

 

「……孤独(一人)、だなぁ」

 

 パーマー自身、表向きは明るいギャルであるし、ヘリオス以外にも仲の良い友達や知り合いはいた。メジロ家から見放されたとはいえメジロ家のウマ娘達も変わらぬ大切な家族だと今でも心から思っている。 

 

 それでも孤独を感じざるを得ない。メジロパーマーの繊細な心を真に支えてくれるのは、トレーナーとダイタクヘリオスという両翼だけなのだから。飛ぶための翼をもがれた鳥は、惨めに地を這い泥に塗れるしかないのだ。

 

 ――ふと、スマートフォンで時刻を確認すると、もう時刻は夕食時で今頃食堂は満席だろうか。しかし鬱々とした気分で胸が一杯の今、お腹が空かなかった。悲しいときでも辛いときでも生き物は腹が減る、と誰かが言っていた気がしたけれど、成る程どうやら迷信らしい。ウマ娘は苦しさだけで腹を満たせる、新発見だ。

 

 何をするでもなく、パーマーはふらふらと人気のない教室の方に向かっていった。孤独は辛いが、しかし同時に一人になりたかったから。

 

 ――否、メジロパーマーは()()()()()()。今の自分があまりにも情けなくて、いっそこの世界から消えてしまいたい――とまで思い詰めるほどに。それほど彼女は、限界が来ていた。

 

 夕暮れに染まる教室は暗く、静かだ。ゆっくりと中を見回すと――誰かが開けたまま仕舞い忘れたのだろう、中身が空っぽのロッカーの扉が空いていた――パーマーは吸い込まれるようにその中に入っていって、中から扉を閉める。

 

 真っ暗だ。

 

 別に落ち着くわけではないし、寧ろ暗闇は怖いまであったのだけれど――それでも、今はこの光のない狭苦しくてなんだかちょっとカビ臭い空間こそメジロパーマーという情けないウマ娘に相応しい気がして、しばらくここに居ようという気持ちになる。この中なら、ちょっとは世界から消えれた気がするのだ。

 

「そう悪くもないかなここ……カビ臭くなければ……」

 

 ――変な話だが、日常から切り離され誰にも見つけられないであろう空間に隠れることによって気が紛れたのか、少しだけ何かする気分になってきた。

 

 再びスマートフォンを起動させそういえば今ギャル友達の間で話題になっている動画のURLが送られてきたな、ということを思い出して、音量を最小にして動画を再生させる。

 

 そこに映っていたのは、もうブームは過ぎ去ったとはいえゲームセンターで根強い人気を持つウマーベラス・レボリューションというダンスゲームでダイナミックかつ繊細に踊り狂う二人のウマ娘の姿。

 

「……すっご」

 

 以前、ヘリオス達とゲームセンターに行った時にパーマーもウマレボをプレイしたことがあるのでその難しさは理解しているが、トレセン学園でダンスも学んでウイニングライブの振り付けも一通り覚えているパーマー達ですら上から2番目の難易度であるG1モードで何回もプレイして、ようやくギリギリクリアできたような難しさのそれを、彼女達は更に上の最難関――凱旋門モードでプレイしてノーミスでクリアしているのだから、その凄まじさたるや驚嘆に値する。

 

 でもそれ以上にパーマーの目を奪ったのは――ダンスの上手さよりも、とても楽しそうに笑顔を浮かべて踊る二人の姿。特に片側の黒鹿毛のクールなウマ娘の優しい笑顔に――目どころか心までもが奪われるような感覚がしてしまう。

 

 格好いい、素直にパーマーはそう思った。メンタルブレイクしてロッカーに引きこもるような自分とは大違いだ。こんな子が、自分の代わりにメジロに生まれたウマ娘であればよかったのに……と捻くれたよくわからない妬みさえ湧いてくる。

 

 きっと、なりたかったからだ。メジロパーマーは、こんなにも格好良く、自信満々に人前で輝くことのできる彼女のようなウマ娘に。そして多分――こんなウマ娘に、まるで映画や本に出てくる王子様のように連れ出して欲しい、と縋るような気持ちで願っていたのだ。この惨めな世界から。

 

 ――その瞬間、ガッチャンと、唐突にロッカーの扉が開かれた。

 

 呆け続けたまま、パーマーはスマホから顔をゆっくりと上げて、その扉を開いた存在を見る。部屋の電気はつけていないようで、真っ暗だから、見えるはずがないのだ。

 

 見えるはずがないのだが――それでも、パーマーには何故かそのウマ娘の顔が見えた気がした。眼の前のウマ娘はなんだか、動画の黒鹿毛のウマ娘に似ている、と。でも、動画のウマ娘と違ってなんだか髪の毛がやたらと黒いような気がするし、あまり似合っているとは言い難い眼鏡をかけているのものだから、やっぱり別人か――と思い至ったところで。

 

 パーマーは、今の自分がロッカーの中に入っていたことを思い出し、急に羞恥心が湧いてきて――。

 

「……つ、使ってます……」

 

 パーマーは恥ずかしさと緊張から盛大に冷や汗を流して、どこかズレた返事をあげた。

 

 

 11話「期待されないウマ娘」 おわり




尚、お祖母様が言っていたのは自由にしろではなく自由に『走れ』である。

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