バグで好感度8000%になったスペシャルウィークは愛されすぎて毎日が修羅場です 作:スペペペペ
「私はメジロパーマー、高等部のウマ娘! 何かあったらいつでも言って! 私でよかったらいくらでも話を聞くからさ!」
ロッカーに閉じ籠もっていたのを発見された気まずさで、メジロパーマーは
「私はスペシャルウィーク、今日入学したばかりのウマ娘です。何かあったらいつでも言ってください、私でよかったらいくらでも話を聞きますから」
机を並べて、目の前に座る眼鏡をかけた青鹿毛のウマ娘はそんなパーマーを見かねてか、そんなことを言いながら親身になって話を聞き出そうとするのでパーマーは誤魔化そうとするのを観念して、ロッカーに入っていた理由を静かに語りだす。
「私、名前の通りあのメジロ家のウマ娘なんだ。有名だからメジロ家は知ってると思うけど……他のメジロ家のみんなはね中央レースで大活躍してるのに、私は全然パッとしなくて――」
正直、自分の事ながら大切な人が数日間学園を留守にしている、という理由だけでここまで心が弱ってしまったということを見ず知らずの、それもトレセン学園にやって来たばかりの年下の新入生相手に露呈させるというのは、パーマーにとって羞恥を感じる行為である。
――けれど不思議な事に、一言目を切り出してしまえば
彼女になら話せる。彼女になら、聞いて欲しい。スペシャルウィークというウマ娘を目の前にすると、何故かそんな気持ちになってしまう。彼女はとても聞き上手で話しやすいウマ娘だから――という単純な理由で納得するには難しい、それ以上の
「でも私にはさ、こんな私を見捨てないでいてくれる頼りになるトレーナーがいて、太陽――みたいな明るさで私を助けてくれる親友もいるんだ。ホント、私には勿体ないくらいだよね……そんな二人に支えられて、色々あったけどこれでも楽しく走ってこれたんだ――でも、そのトレーナーと親友が……居なくなっちゃって――」
あー
そんなパーマーの言葉を聞いた彼女は、眼鏡の中で目を丸くして、しばらく何かを考えるように少しだけ無言になり――改めてゆっくりと口を開いた。
「もし良かったら、このままもっとお話ししませんか。愚痴でも楽しかったでも、何でも聞かせて欲しいです」
「……で、でも! トレセン学園の可愛い後輩ちゃんに、これ以上愚痴とか聞いて貰うのも悪いしさ……それに私も話を聞いてあげたいタイプだから、そんなに楽しい話もできないし……」
「まあそう言わずに。ロッカーの中でスマホ見てるよりも、きっと楽しいですよ」
うぐっ、できればそれはもう忘れて欲しい――と今度は心の中だけでなく、現実でもパーマーの頬が染まった。
そこまで気乗りはしないけれど、しかし他にやることもないので彼女が話したいというのならいいか、と思えどもさて何から話せばいいのやら――と頭を悩ますパーマーであった。
………
「――それでメジロだお嬢様だって騒がれてもさ、実際はみんな生の
止まらない。
「あとそういう意味ではラモーヌさんも家でもやばくてさ! たまにお風呂上がりでバスタオル1枚巻いて
聞いて欲しいことが溢れて、止まらない。
大量の水を保持したダムが決壊したように、次々と言葉の洪水が流れていく。本来パーマーは余程信頼する相手でなければ、身内絡みの事をあけすけに話すようなタイプではない。しかしスペシャルウィーク相手には、自分の大切な物の事を全部聞いて欲しい――まるで十年来の友人を相手にしているかのような気持ちになって、自分でも気づかない内に何もかもを話していた。
メジロライアンが、メジロラモーヌが、メジロアルダンが、メジロブライトが、メジロドーベルが、メジロマックイーンが、お祖母様が、メジロ家の関係者が――。
そして自身のトレーナーや、唯一無二の親友であるダイタクヘリオスのことが
「――でね! でね! ……ぁ」
ひとしきり話し終えて、次は何を話そうか――と考えた瞬間、パーマーはふと我に返った。あまりに一方的にこちらばかり話していた事に気付いたからだ。
目の前の青鹿毛のウマ娘の少女を見る。彼女は、静かに優しい顔で微笑んでいた。その花壇の片隅で一輪だけ咲いた美しい花のような笑みで見つめられると、心臓から順繰りにパーマーの身体が熱くなっていく気がした。
「なんだか悪いね、こっちだけ話しちゃって……退屈じゃなかったかな……」
「いえ。楽しかったですよ、パーマーさんがどれだけ皆さんの事が好きなのか、とても伝わって来ました」
「あはは……そう直球に言われると照れるね……」
「でも、一番聞きたい話がまだ出てきてませんでしたから、次はその話をしてくれると嬉しいですね」
一番聞きたい話? それはなんだろう、とパーマーは考える。大体の人が聞きたがるメジロ家のことはすでに概ね話してしまったし。はて、他に興味を唆られる話題など、私にあるだろうか……と考えていると、彼女は言った。
「私は、
ぞくり、とパーマーの背筋から熱くて、満たされて、身を焦がすような何かが駆け抜けていく。
メジロ家のことでもなく、新入生であれば気になるであろうトレーナーのことでもなく、太陽のようなウマ娘でもあるダイタクヘリオスのことでもなく……彼女が
「いや、私のことなんて話してもさ、つまんない話しかないし……それにさ! まだ家のことで話してないことがあるんだ! 今メジロで一番の有望株のマックイーンのことなんだけど――」
すっ、と話を遮るように彼女はパーマーの手を優しく握って、机から身を乗り出して顔を近づけてくる。パーマーはぎょっとして思わず距離を取ろうとするが、手を掴まれているのでは動けないではないか。
「パーマーさんにとってどれだけメジロ家や友人達の事が大切なのか、どれだけみんなのことが大好きなのか。それをちゃんとわかった上で――あえて失礼なことを言わせて貰いますね」
恐怖はないが、しかしまるで捕食者に食われそうになる被食者になった気分。クールで綺麗な彼女の顔が距離を詰めてくるにつれ、パーマーの心音がどんどん大きくなっていく。
「
――ぞく。
ぞくぞくぞく。
ぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞくぞく。
メジロパーマーの全身から泡立つような
メジロパーマー以外どうでもいい。
彼女の目にはメジロパーマーしか映っていなくて、彼女が興味を持っているのもメジロパーマーだけで、彼女は私だけを見てくれている。
私だけ。私だけ。私だけ。私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ――。
脳が焼けそうになる。パーマー本人を見てくれる人達は、トレーナー然りヘリオス然りちゃんといるのに。どうして彼女にそう言われただけで、まるで細胞の一つ一つまでもが喜んでしまうような気持ちになるのか。勿論パーマー自身、誰かから自分だけを見てもらいたい、認めて欲しいという承認欲求は当然あってそれが満たされたら気持ちよさを感じるのは当然ではあるが――。
パーマーの脳裏に警笛が鳴る。わからない、わからないのだが――この
「聞かせてくれませんか? あなた自身の話を」
「――――う、うん。わかった、よ」
………
パーマーは話した。
聞き上手で頼り甲斐のあるお姉さん、という自身の性格は、メジロ家で居場所が欲しいから作り上げた打算から生まれたものや、中々レースで結果を出せないそんな自分を見捨てないでいてくれるトレーナーさんのキャリアを汚してしまっている申し訳なさ、温かく輝いているダイタクヘリオスという太陽のような親友と一緒にいるには自分は相応しくないのではないかという罪悪感……。
まるで教会の懺悔室で自白するように、自分自身の全てを洗いざらい話した。部屋の湿度は確実に跳ね上がったであろう。
彼女はその全てを受け入れるように、静かに聞き耳を立てている。
「――本当に、ダメダメなんだよ。私って……トレーナーとヘリオスのおかげで、レースを楽しもう、って気持ちになれた。でも、それって結局メジロ家の名前の重圧から逃げて、楽をしているだけじゃないかって……だから、お祖母様にも見限られたんだよ。お前は自由にしろって……」
「大好きな人にそう言われるのは、辛いですよね」
「……うん。辛かった……悲しかった……泣いちゃうくらい……でもね――
それが一番、メジロパーマーというウマ娘を象徴する、
メジロパーマーにはその気概がない。自分への
「私は……私は……もう、本当に逃げたいよ、全部から……私には、
パーマーは、小さく声を零す。自分の頭を、彼女の温かい手が撫でていたから。年下にまるで子供扱いされている、という恥ずかしさはあったけど、それは遥かに上回る心地よさに、悲しい気持ちも心の痛みも緩やかに溶けていくようだった。そしてなんだか、とてもとても懐かしい気分がする。
「――じゃあ、
思わず、パーマーは固まってしまう。今、彼女はなんと言った?
「パーマーさん、私も決して褒められた者ではありません。脛に傷を持つ――とまでは言いませんが、碌でもないウマ娘
「……」
「だから、一緒に逃げませんか?
彼女は、握手をするようにパーマーの前に手を出した。一緒に逃げよう、という意思表示。
「――本気? いや、あの、そういう冗談は……」
「逃げて、逃げて、逃げて――二人で、誰も知らない場所で暮らしませんか。私達、きっと相性良いと思うんですよ。ウマ娘なら中学生と高校生でもいくらでも生計は成り立ちますし――生活は楽ではないかも知れないですけど、それでも――今よりは、楽になれますよ」
その眼鏡の奥の真剣な瞳は、その言葉が冗談ではないということをパーマーに告げているようだった。
「私から誘ったんだから、責任は取ります。私がずっとパーマーさんの側に居ます、パーマーさんのことだけを見てます、パーマーさんのことだけを考えて生きます」
彼女のその口振りに、どろりと自分の耳にはっきりと聞こえて来そうなくらい、パーマーの脳が、心が、何もかもがグズグズに溶けていく音がする。彼女の一言一言が暴力的な快楽を与えてくる麻薬のようだ。
「だから……一緒に、逃げよう?」
――本当に、この手を取れば、彼女は一緒にここから逃げてくれて、そしてずっと側に居てくれるというのか? ああなんて魅力的な誘いなんだろうか。全てを捨てて、まるで駆け落ちのように二人での逃避行。
突如現れた
逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい一緒に。たとえその道の終着点が破滅だとしても、彼女が一緒に潰えてくれるというのなら一切構わない。それほどの魅力と価値が彼女にはあると信じられるのだ。
出会って間もないというのにここまで彼女の事を想えてしまうなんて、まるで
否、彼女は怪異でもなく――まるで私だけを照らしてくれる、
ふるふると手を振るわせながら、パーマーはゆっくりと差し出された手に向けて己の手を伸ばす。
もう十分苦しんだじゃないか、苦しい思いをしたじゃないか。辛い思いをしたじゃないか。悲しんだじゃないか。これ以上ここに居てどうなるというのか。走る意味なんてどこにあるのだろう。
そう、意味なんて――。
「……ある、よ」
彼女の手を取ろうとした瞬間、パーマーの脳裏に思い浮かんだ人達がいた。
『ウェーイ! アゲて行こうよズッ友ー!』と太陽のような笑顔でパーマーの名前を呼ぶ親友がいる。『頑張れパーマー! 俺はお前を信じてる!』とパーマーを光の先へ導こうとしてくれているトレーナーがいる。
自分の名を呼ぶメジロライアンがいる。メジロマックイーンがいる。メジロラモーヌがいる。メジロアルダンがいる。メジロブライトがいる。メジロドーベルがいる。メジロ家に携わる人達がいる。そして、お祖母様が――。
「……ごめんね。これだけは
メジロパーマーには、トレセン学園で走らなければならない――否、
大好きな大切な人達が、メジロパーマーにはいるのだから。
「……ほら、そうやってパーマーさんにはあるじゃないですか。大切な物が……それと、これは私の推測にすぎませんが、お祖母様がパーマーさんに全く期待してなくて、本当にどうでもいいと思っていたら――自由にしろ、なんて言わないと思います」
そんなパーマーを見て、彼女は真剣味を帯びた顔から打って変わって優しい微笑みを浮かべ、問うように語る。
「だって、どうでもいいウマ娘がメジロを名乗りながら中央レースで適当に走っていたら、それこそ名家の名折れじゃないですか。そんなにメジロ家の名前は軽い物なんですか? 本当にどうでもいいなら――もう走るな、って命令されるんじゃないでしょうか」
「……」
確かに、とパーマーは思う。厳格なお祖母様の事だ、本当に自分に幻滅しているのなら、それくらいのことは言ってしかるべきだろう。
「そもそも、自由にしろとパーマーさんは言ってましたけど――本当にそう言ってました? もしかして――自由に走れ、と言ってたんじゃないですか?」
「――そう、だけど。でも、どっちにしたって違いは……」
「全然、違うと思います。自由に走れって――そのままの意味じゃないでしょうか」
彼女は、再び優しくパーマーの頭を撫でながら言った。やはりその感触は、どこか懐かしく――。
「優しいから色々と悩んでしまうパーマーさん相手だからこそ、メジロの名や様々なしがらみに囚われずに自由に走って欲しいって」
――その言葉と頭を撫でられる懐かしさが、パーマーの脳裏にかつての幼少の頃のお祖母様との記憶を蘇らせる。
メジロパーマーの両親は、一概にメジロ家と言っても分家に当たる立ち位置だ。ウマ娘の名家中の名家たるメジロである、分家だからという理由で差別をするような狭量さはないが、しかしどうした所で区別という分類がついて回るのは名家の常。
扱いが悪い、などは感じたことはないけれど、しかしパーマーは幼くして両親達が本家の人々にどこか遠慮をしているのを感じていて、それに倣いあまり前に出ることはすまい、と大人しくしているような聡明な子供だった。
そんなある日、すでにメジロ家のトップの立場になっていたお祖母様は、わざわざパーマーだけを連れて散歩に出かけたことがある。何か自分は粗相でもしてしまったのだろうか、と居心地の悪さに居た堪れない気持ちになるも、そんなパーマーを察してかお祖母様はわざわざ腰を屈め、パーマーに目線を合わせて言った。
『あなたは賢くて優しい子ね、パーマー。でも分家や本家なんてあなたが気にする必要は何もないのです。あなたは、私の愛する大切なメジロの家族なのですから』
そう言って、微笑みながらパーマーの頭を優しく撫でてくれたお祖母様――。
そうだ。そんなわけがなかったのだ。あの厳格ではあるけれど、メジロの人々を愛する優しいお祖母様が、たとえ結果を出せずとも藻掻き苦しんでいるメジロパーマーを見限ることなどあるはずがないじゃないか。
メジロパーマーを見限っていたのは、たった一人しかいない。それは何よりも
「お祖母様――! ヘリオス、トレーナー、皆……! ごめんなさい……!」
パーマーは泣いた。しかし悲しみの涙ではない。それは、必ずやお祖母様の
………
「はー、なんか、すっごいすっきりしちゃった……」
流した涙を袖で擦りながら、パーマーは湿度などどこにもないからっとした口調で呟いた。
「それはよかったです。何度も頭撫でちゃって、すいませんでした」
いや、それは全然いいというか寧ろもっとやって欲しい――と思えども、これ以上情けない所を見せたくない。そんな照れ臭さを誤魔化すようにパーマーは話を変える。
「あのさ、さっきの一緒に逃げよう、って言ってくれたのさ……もしも私が手を取ってたら、どうしてたの?」
「先程も言った通り、一生懸けて責任取るつもりでしたよ」
後ろ髪が惹かれすぎてパーマーはポニーテールが解けそうだった。
「まあでも、出会って少し関わっただけの相手に一緒に逃げようと言われても、普通同意する人なんていませんから。それにパーマーさんは大事な人達が沢山いるんですから、絶対取らないと思ってましたし」
全く何もかも見透かされていたようで、パーマーは顔が赤くなってしまう。しかしそれが全く嫌じゃなくて、寧ろそこまで自分の事をわかってくれる、まるで読心術でも使いこなす魔法使いのような彼女のことがますます気になるのだから不思議なものだ。
「なんというか、スペ――ちゃんは自信満々って感じで、いいなぁ。一番星とか、一等星みたいなオーラあるよ。私も、もう少し自信つけないと……でも私だけが持ってるような、自慢になることってないんだよね……」
「私もそこまで自信ないですよ。精々、胸張れることなんてウマレボの上手さぐらいですから」
「へー、スペちゃんウマレボやるんだ? 今話題だよね、ウマレボ。動画でさ、凄く格好いい二人のウマ娘が凱旋門モードのパーフェクトだしてて。知ってるかな? 特に黒鹿毛のウマ娘の子が格好良くってさー…………」
――あれ? とパーマーは改めて彼女の顔をまじまじと見つめる。
そういえば、似てる。気のせいか――いや、気の所為じゃなくやっぱり物凄く似てる気がするのだ、動画の黒鹿毛のウマ娘と。けれど彼女は青鹿毛のように真っ黒な毛色だし、眼鏡もかけている……別人? ただの赤の他人の空似? いや、それにしては――もしくは彼女の姉妹とか、双子という線も――。
「……自慢になるかは、わからないですけど。一つだけ、パーマーさんにプレゼントしますね」
彼女はおもむろに眼鏡を外して、言った。
「あの動画の片方、私なんですよ。悪目立ちするのが嫌なので、変装してるんですけどね」
――瞬間、メジロパーマーの
「――ぇ、あっ……えぇ!?」
そうして彼女は、突然の告白に半ばパニックに陥ったパーマーに向かって小悪魔のようにニヒルな笑顔を浮かべ、人差し指を真っ直ぐに口元に立ててから、小さな声で呟いた。
12話「私達だけの、秘密ですよ」 おわり
尚、この世界における依存性の高い薬物ランキングは
5位 大麻
4位 覚醒剤
3位 コカイン
2位 スペシャルウィーク
1位 ヘロイン
の順番で危険である(独自調べ)。
※ちなみに私達だけの内緒というのは(スズカとテイオーを含めた)私達でありスペシャルウィークに他意はない。
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