バグで好感度8000%になったスペシャルウィークは愛されすぎて毎日が修羅場です   作:スペペペペ

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1話「彼女達がトレセン学園へ向かう理由」

 私スペシャルウィークは、物心ついた頃から自分が『ウマ娘』なのか『人間』なのかという境界線(ボーダーライン)が曖昧だった。

 

 まあ勿論、私にはフサフサの毛が生えたウマ耳がついていて、同じくフサフサの毛が生えた尻尾があるのだから、誰がどう見ても私は立派な種族ウマ娘には違いはないはずで、これで頑なに「はー? 私は一向に人間ですが」と嘯いていたら自分を人間だと思い込んでる精神異常ウマ娘(やべーやつ)だ。

 

 にも関わらず紛うことなくウマ娘である自分が『人間』であるかのように錯覚してしまうのは、私の少しばかり複雑な生い立ちが人格形成に影響を与えているからなのだと思う。

 

 私には母親が複数いる。

 

 一人は血の繋がった、私をこの世に生んでくれたウマ娘のお母さん*1。私がとても幼い頃に亡くなってしまったから、ウマ娘のお母さんのことは殆ど記憶がなくて、顔は写真などでしか知らないしどのようなウマ娘であったのかという事も人伝(ひとづて)の聞き齧りではあるが――私は尊敬しているし感謝もしている。できれば、生きてる内に親孝行したかった。

 

 一人は血の繋がらない、私を育ててくれた人間のお母さん。元々ウマ娘のお母さんと親友同士だったらしくて、()()()他に身寄りのなかった私を引き取ってくれたとても優しい人。私とは正反対で元気で明るくて、割といい齢だけどいつまでも若々しい肝っ玉のお母さん――血の繋がりがなくても私は彼女を実母のように思っているし、彼女の為ならなんでもできるってくらいに大好きだ。

 

 そしてあと「私のことをお母さんだと思っていいのよ!」とか「私スペちゃんを産んだかも知れないわ……」とちょっとだけ錯乱倒錯した事を言ってくれた方が20人くらいいたのだけど割愛。

 

 話を戻す。そんな理由で私を育ててくれたのは人間で、地元が私以外誰もウマ娘が居ないような田舎だったから数は少ないが一緒に育った友達も人間だった。そんな環境で日々を送っていると己がウマ娘であるという意識がどうにも希薄になっていく。

 

 しかしながら、そんな人間達に育まれてきた私でも別にウマ娘と出会ったことがない――というわけじゃない。

 

 地元には居なくても遠出して大きな街に連れて行って貰えばウマ娘は当たり前のようにいたし……とある理由で短い間だったけど一時期()()に連れられて色んな場所に行ってたことがあって、その時に少なからず各地のウマ娘達と交流を重ねもした。ちなみに私の父親に関しては母親以上に複雑な事情があるので説明は省く。別に仲がいいわけでもないしね。

 

 けれどもウマ娘と出会えば出会うほど、触れ合えば触れ合うほど――私は、どんどんウマ娘が苦手になっていった。

 

 まず第一にウマ娘というのは同族に対して距離感が恐ろしく近い。物凄い勢いでぐいぐい絡んでくる。出会って二日目には私達親友(マブ)じゃん? と言わぬばかりにハグで抱きつく(あいさつ)のは当たり前だしお菓子やスイーツはあーんで食べさせ合うのがデフォルトのようだしお互いの髪の毛が触れ合えそうになるくらい近くでお喋りするのもマストらしい。

 

 テーブル席に座ろうとすると向かい側や横に椅子があるのにも関わらず私の膝の上に乗ったり膝に乗せようとしてくるのはさすがに驚いた。なるほどこれが一般的なウマ娘同士の距離感、省スペース化への意識が高い。

 

 あと知り合った相手には自分の持ち物を贈る文化があるようで、大体のウマ娘は自分の耳飾りだとかアクセサリーを「これを私だと思って」と渡してくるのだ。贈られた物を身につければ「凄く似合ってる」と喜んだり「ずっとつけてて欲しいな」となぜか目からハイライト()を消して笑ったりするので、せっかくの贈り物を無下にするのはどうかと常に身につけていようと思ったこともあったが如何せん貰ったものをすべて付けると頭がもはやレインボーに輝く鳥の巣、またはビーバーが川をせき止める為に作ったダムのようになってしまうくらいの数があるのですべてクローゼットに保管させて貰ってる。

 

 なんかこう――重いわ、ウマ娘同士の日常……。

 

 人間の文化圏だけで育った私には0か100しかないようなウマ娘の中では極めて一般的(ふつう)なのであろうフレンドリーすぎるコミュニケーションがどうにも湿度高め(ディープ)に思えてしまって、うまく馴染めなかった。

 

 特に()()のウマ娘は……昔のトラウマ(やらかし)もあってこの世で一番と言えるかも知れないくらいに苦手だ。

 

 あれはもう記憶がおぼろげになるくらいの幼き頃、お母さんに連れられて大きな街のお祭りに連れて行って貰ったことがある。地元での小さなお祭りとは桁違いの賑やかさで派手な催しにテンションの上がった私は勢い余ってお母さんと逸れてしまい迷子になってしまったのだ。

 

 そんな中で出会ったのが……多分同世代くらいの、同じく迷子な青い瞳の栗毛のウマ娘だった。

 

 その子はどうやら海外のウマ娘のようで、両親に連れられて一緒に日本の北海道へ観光にでも来ていたのであろう。聞き馴染みのないネイティブな発音の外国語を呟きながら、今にも独りで泣きそうになっていた。無理もない、遠く離れた異国で迷子になることほど恐ろしいことはない。まあそれは私も似たような状況ではあったのだけれど、日本育ちの分余裕があったし、さすがに可哀想だと思って、私はなんとかその子を落ち着かせて私達の両親を探そうよ、と手を引っ張ってお祭りの中を走り回った。

 

 そして私は――やらかした。手を引っ張りすぎて彼女を前のめりに盛大に転ばせてしまったのだ。彼女が身につけていたのはお姫様が着るような綺麗かつ子供心にも感じるくらいとても高級そうな服で、転んだ場所が土の上だったのもあって台無し(土塗れ)にしてしまった。

 

 「これはまずい」と頭が真っ白になった私は、何を思ったのか、汚れた部分を私の服に擦り付ければ綺麗にならないか……? とパニックになっていたとしても子供の考えとはいえそうはならんやろ、と自分で自分にツッコミたくなるようなことを始めて、彼女を抱きしめるように汚れた部分を移そうとしたが、当然汚れが落ちるわけもなく私の服も汚れただけという二次災害に終わった。

 

 恐る恐る彼女の見れば顔を出店で売っているリンゴ飴のよう真っ赤になっていて、きっと自分の服を台無しにされた上にそれを誤魔化そうとしていたのを看破され激怒していたのだろう。それからは彼女は終始無言だったからな……。

 

 その後なんとか彼女の両親を見つけて引き渡し、彼女の服を汚してしまったことを両親に謝罪と共に伝えて、気まずさのあまりその場を全力で逃げ出した。

 

 ――いやぁ、今思い出してもあまりにも酷い思い出だ、本当に申し訳ないことをした。あの後、お母さんを探しだし事情を説明して今一度ちゃんと謝ろうということになって探したのだけれど、すでにお祭りから引き上げてしまったのかあの家族と再会することは叶わなかった。まさに後の祭りである。

 

 だから私は栗毛のウマ娘は何も悪くないのにも関わらず苦手だった。栗毛のウマ娘を見ると、あの日の事を思い出してしまって罪悪感で死にそうになるから。私が悪いというのは重々承知なのだが。

 

 話が脱線した。そんなこんなで、ウマ娘達の輪の中に馴染めないのならば私はウマ娘ではなく『人間』なのでは? と考えてしまうのだ。勿論人間の中にだって距離感が近すぎる人もかなり多いけれど、それでもウマ娘ほどではないから。

 

 だけど、いつまでもそんな風に人とウマ娘の境をフラフラしているわけにもいかないという思いも身体が成長するに連れて大きくなっていった。私もそろそろ将来の事を考えなければいけない時期が迫っている年頃だ。

 

 私は決めなければならない。

 

 ウマ娘としてウマ娘らしく生きるのか、それとも人間ならざるとも人間らしく生きるのか。そうでなければいつまでも私はウマ娘でもなく人間でもない半端者だ。

 

 私はテーブルの上にある『日本ウマ娘トレーニングセンター学園入学許可証』をじっくりと見つめる。日本各地から集められたウマ娘が集う通称『トレセン学園』で、全身全霊をかけて何かに打ち込んでみれば――きっと己が何者かを見定められるだろう。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあウマ娘が苦手なのにウマ娘だらけの場所に飛び込んでいくというのは、正直……かなり気が重いのだが。

 

 

 ………

 

 

 グラスワンダーには、決して色褪せることのない幼い頃の大切な思い出があった。

 

 彼女は生まれも育ちもアメリカのウマ娘だったが、日本贔屓の両親に何度も連れられて日本の観光をしていたものだから、日本語はまだ話せないまでも日本で過ごすのはこなれてきた実感も余裕もあって、何より華やかなお祭りが楽しすぎて、逸る気持ちが押さえられずに自然と足が動いて飛び出してしまっていのだ。

 

 そしてふと気づけば――両親の姿は、どこにもなかった。

 

 迷子になった、と実感した瞬間。ぐにゃりと視界が歪んだような気がして、心臓が大きくドクドクと鳴り響くのがわかる。

 

 怖い。

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――。

 

 あれほど華やかに見えた日本のお祭りの風景がどんどん名状しがたい何かに見えてしまって、もう大好きな両親と会えないのではないか、ひょっとして自分はずっとここに取り残されてしまうのではないか……といった不安と恐怖が止められなくなって、助けて、助けてと小さく絞り出すような声が知らず口からこぼれ出てしまう。

 

 二つの青い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちようとした、その瞬間。

 

 そのウマ娘は現れた。

 

 同世代くらいの年頃だろうに、彼女はやけにしっかりした印象を抱かせるウマ娘で、彼女は見ず知らずのグラスワンダーの手を握って大丈夫、大丈夫だよと優しく語りかける。グラスワンダーはまだ日本語がわからず彼女の言葉は理解できなかったけれど、彼女が自分を助けようとしてくれていることはその優しい声色からしっかりと認識出来ていた。

 

 不思議なことに、つい先程までグラスワンダーが感じていた心を真っ黒に塗りたくるかのような恐怖は、まばゆい太陽が差し照らしたかのように綺麗に消えていた。高鳴る心音の大きさだけは、なぜか変わらなかったが。

 

 そして彼女はグラスワンダーを導くように優しく手を握って、走り出した。はっ、とワンテンポ遅れてグラスワンダーも走り出す。

 

 言葉も通じない、何者なのかもわからないウマ娘に引っ張られ、右も左もわからないまま走っているのにも関わらず、グラスワンダーの心にはこの瞬間が永遠に続けばいいのにと思ってしまうような多幸感があった。その幸せな気持ちにボーっと頭が呆けてしまい――グラスワンダーは躓いて、盛大に転んだ。

 

 走って転ぶなんてウマ娘としてあるまじき失態であるし、己を助けようとしてくれるまるで映画で見た憧れの『サムライ』のような彼女の前で重ね重ね無様な部分を見せてしまった羞恥に、グラスワンダーは再び泣きたくなってしまったが……その思いを察したかのように、彼女はふわっとグラスワンダーを全身で抱きしめる。

 

 瞬間、グラスワンダーの絆ゲージは壊れた(脳が焼けた)

 

 転んだ拍子に土埃で服がかなり汚れてしまっているのに、彼女は自分の服が汚れてしまうことさえも気にも止めないでグラスワンダーを抱きしめてくれたのだ。大丈夫だよ、痛くなかった? そう言葉ではなく行動で語りかける慈愛の抱擁。グラスワンダーの全身を焼き尽くすかのような熱がありとあらゆる部分から発生して、屋台のリンゴ飴のように頬を染める。

 

 それからしばらくグラスワンダーの記憶は『幸せだった』という一部分を残して消えており、気付いた時にはすでに宿泊しているホテルへと向かう車の中で両親と一緒に乗っていて、あのウマ娘は忽然と姿を消していた。 

 

「今すぐあのウマ娘さんへお礼を言わせに行かせてください!」

 

 とグラスワンダーもはやどうにもならぬ絶叫をあげた。

 

 それから日本へやってくる度にあのサムライのように格好良くて優しい恩人のウマ娘を探していたが、再会が叶うことはなかった。しかしどうしても彼女ともう一度会いたくて――彼女は日本へ留学することを決意する。元々日本が好きだったのもあるけれど、グラスワンダーが日本のトレセン学園へ入学する一番の理由はそれだった。

 

 名前なんてわからない。容姿だってあれから何年も経っているのだから変わってしまって気づかないかも知れない。

 

 それでも関係ない。どれだけ時間と労力をかけようとも必ず探し出す。自分が汚れることなんて厭わずに抱きしめてくれた、彼女の慈愛の『サムライ』の精神に報いれるような、そして隣に立ち並ぶに相応しい『大和撫子』になって――。

 

「……必ずもう一度会いに行きますから、待っててくださいね。私の愛しい君」

 

 鍛え上げられた名刀のような鋭さと艶めかしさを持つ二つの青い瞳が、輝いていた。

 

 

 1話『彼女達がトレセン学園へ向かう理由』 おわり

*1
IFスペシャルウィークは母親を『お母ちゃん』ではなく『お母さん』と呼んでいる。




尚、好感度8000%補正によりスペシャルウィークの行動は概ね好意的な意味合いで解釈される。

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