バグで好感度8000%になったスペシャルウィークは愛されすぎて毎日が修羅場です   作:スペペペペ

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6話「ルームメイトは魔法少女」

「その……ノックは、した方がいいと思うの……」

 

 これから私と相部屋で共同生活を送る予定の栗毛のウマ娘――サイレンススズカさんは、ベッドの上でもじもじと落ち着きのない正座をしながら、頬を染めて視線を逸らすように少しだけ俯きがちにそう言った。

 

「誠に申し訳ございません」

 

 対して私は丁度その反対側に位置するベッドの上で全身全霊を傾けた土下座(シューティングスター)を敢行中である。いっそこのまま夜空に輝く新しい星座になって後世にしくじりの教訓として語り継がれたい気分だった。今日日同性間の間でもセクシャルハラスメントが騒がれる時代だ、いくらウマ娘の距離感が近いと言ってもさすがにラインというものがある。

 

 いや、サイレンススズカさんは『同性だし流石に裸を見たくらいで土下座までしなくても……』とオロオロしながら仰ってくれたのだけれどこれくらいしないと私の気が収まらない。トレセンに来て何度目のしくじりだもはや。新入生風情がほぼ遅刻ギリギリに入寮し、フジ寮長への勘違いで無礼を働き、そして今現在緊張のあまりノックを忘れ乙女の真っ裸を出歯亀――スペシャルウィーク三(かん)達成。

 

 勝利より、たった三度の敗北(しくじり)を語りたくなるウマ娘の爆誕である。

 

「でもスペシャルウィーク――さん。備え付けの更衣室を使わずに部屋の真ん中で着替えてた私も悪かったんだから、もう顔を上げて?」

 

 何でも、サイレンススズカさんは新しい同居人(わたし)の到着を待っていたのだけれど、いつまでたっても来ないので先に寝間着に着替えてしまおう、と去年トレセン学園に入学してから今までずっと一人部屋だったサイレンススズカさんはいつもの癖で部屋の真ん中で着替えていて、丁度そこに間が悪く私がノックもせずに入って来てしまった――とのこと。ははーん、何から何まで私が悪いな、これ? 私は油の切れた機械のようにぐぎぎぎぎ、と重い頭を上げてサイレンススズカさんと向かい合った。

 

「はい……あ、サイレンススズカさん、私のことはどうぞスペとかスペちゃんとか、気軽に呼んでください……皆そう呼びますし……」

 

「そうなの……じゃあ、スペ――ちゃんって呼ばせて貰うわね。私の事もスズカって呼んでいいから」

 

「ありがとうございます。それでは、これからはスズカさんと――すでにご存知の通り本当に不束者ですが、どうかよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくね」

 

 ぐだぐだな初顔合わせだったけれど、ぺこりと頭を下げるタイミングだけは綺麗に揃っていた私達――こうして、幸先の悪いスタートを切った私とスズカさんの共同生活は始まった。

 

 

 ………

 

 

 の、だが。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ――会話が、ない……。

 

 いや、具体的に言えば会話がないというよりは弾まないという方が正しくて、先ほど改めてちゃんとした自己紹介自体はつつがなく行われたのだけれど、スズカさんはどうにも若干コミュニケーションが苦手の気があるらしく――そこら辺は私も人のことを言えた義理ではないけれど、うまく会話のキャッチボールが続かないのだ。

 

 『スズカさんはご趣味とかありますか?』と尋ねると『走ること』の一言で終わってしまったし、『将来の夢とか目標とかありますか?』と聞くと『走り続けること』の一言でバッサリだし、会話デッキの鉄板ネタである『最近天気がよくて気持ちいいですよね』と天気の話を振れば『走るのが気持ちいいわね』と微妙に質疑応答が繋がってるんだか繋がってないんだかわからない答えが返ってきて『ウマレボってやったことありますか?』と私の最後の切り札(ジョーカー)を投げると『やったことはないけれど多分ウマレボより私の方が速いわ』という禁止カードが出てきた。

 

 というかスズカさん走ることがあまりにも大好きすぎる。大体出力される言葉が走りに限定されていて若干怖い。いや私もこの身自体はウマ娘だから、走るのが好きという気持ちはわかるのだけれど。

 

 しかしながら会話が拒否されているということはなく、今も何故かぐるぐるぐるぐるゆっくり左回りに部屋を旋回しながらこちらをチラチラとチラ見しているので、何か話さなくては、と会話の花を咲かす種を考えてくれているのだろう。回る意味はよくわからないけど、スズカさんは間違いなく悪いウマ娘ではないと思う。むしろこうして第一印象最悪のはずの私に気を使ってくれているのだからとても優しいウマ娘なのだ。

 

 そもそも先輩に気を使わせる前に後輩である私がもっと率先して話を振っていくべきなのだろうけれど、上記の通り会話のキャッチボールはデッドボールだらけでランナー3周はしているような惨敗っぷり。何よりもスズカさんがかつての思い出したら死にたくなる記憶(トラウマ)の象徴である栗毛のウマ娘であることがどうしても私にさらなる一歩を踏み出すのを鈍らせる。

 

 栗毛…栗毛かぁ……。

 

 いや栗毛だから苦手、という時点でもはや極めて差別的で死ぬほど失礼千万なのは頭では理解しているのだが、どうにもトラウマというのはわかっちゃいても拭えない。

 

 あの子も、スズカさんも、とっても美しい毛並みで毛色で、そして綺麗なウマ娘なのに。特にスズカさんは今まで見てきたウマ娘の中でも上から数えた方が早いというくらいの美少女だろう。物静かな面持ちに透明感のある帳を下ろしたような、どこか儚げな雰囲気がまた彼女の美しさを引き立てる。先ほど目撃してしまったスズカさんの生まれたままの姿など、それはもう淫らさを感じるよりも先に大きな美術館に飾られているような絵画的美しさを見出してしまう程で――。

 

「ス、スペちゃん……急にじっと見つめられると、恥ずかしいわ……どうかした?」

 

「いえ、先ほどのスズカさんの姿が、とても美しかったなって――」

 

 ――

 

「え? ………っ!」

 

 私の言葉の意味を理解したのか、かーっと一瞬でスズカさんの顔が紅葉を散らしたかのように顔を赤らめる。

 

 待って。

 

 違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う! 

 

 待って待って待って待って待って待って待って待って!

 

 何を言い出しちゃってんだ私は。これじゃあまるでセクハラオヤジ、いやそれを飛び越えてド変態みたいじゃないか! 違うんです本当に! いやらしい意味は全く無くてですね!

 

「スズカさん、違うんです、誤解なんです、どうか落ち着いて聞いてください」

 

「う、うん」

 

「卑猥な意味は、全くないです。純粋に裸体のスズカさんが綺麗だと思っただけなんです」

 

 

 ………

 

 

 トレセン学園生活、始まる前に終わったかも知れない。

 

 私の言い直したところでやっぱりド変態的発言にドン引きしたのであろうスズカさんはボンッと音が聞こえるようなくらい顔を赤くさせて「私ちょっと走ってくるから!」と一目散に取り付く島もないまま部屋を飛び出してしまった。寮の規則的に今走りに行っても大丈夫な時間なのだろうか。

 

 このままスズカさんがフジ寮長なり理事長なりに『私の新しい同居人が卑猥なセクハラしてきます』とでも報告すれば私は確実に強制退学は免れまい。盛大に何も始まらないまま終わるぞ私のこの物語(じんせい)

 

 私は呆然と、というかもはや頭が思考をすることを拒否していた為、しばらくぼーっとして……なんとなく、ゆっくりとカバンからスマートフォンを取り出した。

 

 あー、そういえばテイオーと連絡取るって約束してたなー……と思い出したからだ。

 

 パスワードを入れて、液晶画面を開くと――。

 

 着信履歴259件

 

 ……ゴシゴシと目を擦る。成る程、どうにも頭と同時に私の目もボケていたわけではないようだ。着信履歴は変わらず259件のままだった。履歴の詳細を開ければものの見事に発信者は上から下までオールトウカイテイオー……というわけでもなく一部は故郷の友達からだったけど、それでもやはり大部分がテイオーなのは変わらない。

 

 おそらく最も日本で利用されているであろうメッセンジャーアプリの王様であるUMAINE(ウマイン)――と言っても私は諸々知識では知っているけれどほとんど利用したことがなくて、テイオーと別れ際に便利だから、とインストールされたものではあるが――未読通知が200ほど付いている。

 

 私は恐る恐るUMAINEを開く。

 

 

<ワガハイちゃん           [TEL] 三

 

 なんで電話でてくれないの20:10

 

 ねえお願いだから既読つけてよ‬20:10

 

 またボクの側から居なくなるの20:11

 

 やだやだやだやだやだやだ20:11

 

 居なくならないで20:11

 

 毎日連絡くれるっていった20:11

 

 毎日声聞かせてくれるっていった20:11

 

 キミはボクのご機嫌な日々なんだよ20:11

 

 キミがいなきゃボクはボクは20:11

 

 ねえトレセン学園行くの邪魔したの怒ってる?20:11

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい20:11

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい20:12

 

 捨てないで20:12

 

 

 

 ナニコレ。

 

 ――と思考が完全に停止した、次の瞬間だった。

 

 

<ワガハイちゃん           [TEL] 三

 

 へっへ~! ビビったっしょ~(* ́ε *)チュッチュ20:13

 

 電話も出てくれないし既読もつけてくれないから20:13

 

 暇を持て余したボクによる重い女ごっこでした~(*´∀`*)20:13

 

 もー遅いよスペちゃーん20:14

 

 

 ……成る程。私はこめかみに一本の青筋がピキッと立ったことを感じながら、ポチポチと送信を書き込む。

 

 

<ワガハイちゃん           [TEL] 三

 

 

20:14(既読)びっくりした 

 

 いぇーい無敵のテイオー様ドッキリ大成功~!20:14

 

 

20:15(既読)ブロックしていい? 

 

 ごめんなさい二度としませんそれだけは許してください20:15

 

 

 ――と、返信が来たと同時にプルルルと着信音が鳴り響く。はぁ、とため息を付きながら私は着信を受け取る。

 

『スペちゃんごめん~! 二度としないからブロックだけは勘弁してよ~!』

 

「もうしないなら、許してあげる」

 

『わー! スペちゃん天使! でも用事があったんだろうけどできれば既読は早めにつけて欲しいんだよ~! ボク寂しがり屋さんだからさー!』

 

 まあ善処はするけども、全寮制の学園生活なんだから無理な時は無理なのは理解して欲しい。トレセン学園はスマホ持ち込みはOKだけど、私だって余暇に常にスマホを見ていられるわけではないのだから。というか今それどころじゃないこっちは。何せ入学前に退学というジェットコースターのような瀬戸際である、自業自得だけど。

 

「テイオー、悪いけど今それどころじゃなくて――」

 

『あー! そうそう! それどころじゃないんだよスペちゃん! 大変なんだよ大変! スペちゃんウマスタとかウマッターやって――るわけないか! 今ぱかチューブのURL送るから、とにかく見て!』

 

 どうやら向こうもそれどこじゃなかったらしい。もうそれどころじゃないことの交通渋滞だ。勘弁して欲しい、いったい私が何をした。ほぼ初対面の同居人にセクハラ? ぐうの音も出ない程の正論だ。

 

 ひとまずテイオーの問題から片付けよう、とUMAINE越しに送られてきた動画投稿サイト(ぱかチューブ)のリンクを開いて――私は絶句した。

 

 それは、『ウマレボ凱旋門モードうまぴょい伝説パーフェクトW達成が色んな意味で伝説すぎた』というタイトルの、投稿からわずか3()()()()4()0()0()()()()という途方もないバズりにバズった動画で――その動画に映っていたのは、紛れもない私とテイオーだったのだから。

 

「……は?」

 

 私はガタガタと震え始めた指をどうにか動かして、3000を有に超えるコメント欄に目を向ける。

 

『こんなウマレボプレイ動画みたことない!』 『感動してスマホ落として画面割っちゃったよ俺』 『天才はいる。悔しいが』 『片方がワガハイちゃんなのはわかるけどもう片方のウマ娘誰だこれ!?』 『ヒョェ……尊しゅぎる…』 『パーフェクト不可能と言われた楽曲の初クリアの姿か? これが…』 『とてもじゃないけど小学生中学生くらいの子のダンスじゃねえよこれ』 『いきなりフリー始めた時は思わずはぁ!? って叫んじまった』 『これゲーセンだよな? ライブ会場じゃなくて?』 『ギャラリー多すぎワロタ』  『私この日近くに居た~! どうしてここに居なかったの私のバカー!』 『神を見たことあるかって? ああゲーセンに居たよ』 『戦場で合流した一期主人公と二期主人公の初共闘って感じ』 『黒鹿毛の方の子に一目惚れしちゃった、私…』 『永遠に見てられるなこれ』

 

 等、それはもう頭を抱えたくなるような凄まじい絶賛コメントの嵐。何この人達、本当にシラフで書いてる? 酔っぱらってない?

 

「テイオー……テイオー!? これなに!? 本当になにこれ!?」

 

『いやーそれがね! あのゲーセンで動画撮ってた誰かがぱかチューブに上げちゃったみたいでさー! もう反響凄いよ! SNSでボク達の話題大爆発って感じ! そりゃウマレボ自体人気高いし初パーフェクトってだけでも話題性凄いのにボク達のダンスなんだから当然だけどさー! ニュースサイトとかまとめサイトも物凄い数の記事出来てるんだよ!』

 

「――お゛、ぉ゛ぉ゛」

 

 私の口から生まれて始めてまろびでたであろう異音は、地元で飼ってた生まれたてのヤギみたいな声がした。

 

 え? 現実なの、これ? 夢でなく? 夢だ、夢だよ。そうだよ最初からなんかおかしかったじゃないか。夢でもなければスズカさんの裸体があれほど美しいわけないもんね神話の女神とかそういうベクトルだったもんあれ。私は自らの頬をねじ切るレベルでぎゅっと抓った。痛いんだよクソッ!!!

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ――!」

 

 思わず呼吸が加速する。どうしてこうなった、いったいどうすればいいのかすらわからない。学園(リアル)でも大問題が発生しているけれどネットでも大問題が発生している。逃げ場がどこにもない、頭クラクラ。平衡感覚が保てない。そもそも私今ちゃんと地球の上に立ててるだろうか?

 

『こんなのもー明日には1000万再生どころか3000万超えちゃうかも! スペちゃん入学初日からとびっきり話題のウマ娘だよ! いやーボク達がベストライバルにしてベストコンビだって世界中に広まっちゃったねー!』

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 

 いや、トレセン学園に入学してトゥインクルシリーズという日本最大のウマ娘のレースに出る、と思った日からいずれはある程度は目立ってしまうかも知れない――という覚悟はしていた。

 

 でも入学初日からこんな悪目立ちするなんて覚悟はとてもじゃないがしてない!

 

 ……帰る? 帰ろうかもう故郷北海道へ――そもそも退学になりそうだし丁度いいじゃないか。帰ってウマ娘である自分を完全に捨て去り人として農業を営み家畜を育て幸せに暮らそう。お母さんだって友達だっていつでも帰って来いと言ってくれている。初日にとんぼ返りはさすがに度肝抜かれて呆れ果てられるかも知れないがもうこの際構わないじゃない。やんぬる哉。

 

 ――帰れるかぁっ! まだなにもしてない! まだ何も見つけてない! お母さん達に何も報えてない!

 

 でも現実にあの動画は大バズリしてしまっている。当然学園のウマ娘達もあれほどの再生数ならかなりの数が視聴しているだろう。私はいったいどうすれば――。

 

 

 

 その時、私に天啓来たる。

 

 

 

 ――そういえば、餞別で貰った中に……ヘアカラーと眼鏡、あったじゃん。

 

 

 ………

 

 

 正直言えば、サイレンススズカは同居人が出来るのが嫌だった。できればずっとこのまま一人暮らしで居たかったのが本音である。

 

 別にスズカは他人が嫌い、というわけではない。少し苦手……ではあったかも知れないしコミュニケーションもまたちょっと下手、という自覚はあれど別に挨拶をされたらしっかり返すし、時には自分から他者に挨拶もする。遊びに誘われたら行けたら行く(だいたい行かない)程度の社交性くらいは持ち合わせている。

 

 だが根本的にサイレンススズカはこの世のありとあらゆるすべての事象よりも()()()()が上に来るタイプのウマ娘だ。他の物事に興味がない――のではなくただひたすらに走ることの優先順位が高いだけ。日常のほぼすべてを走りに捧げたい彼女であるから、例えば深夜に唐突に走りたくなった時に同居人がいたら好きに部屋の出入りが出来なくなったりするかも知れない――などの懸念があった。まあ深夜に走りに行くのはそもそも校則違反なのだがサイレンススズカは細かいことは気にしない。

 

 ――勿論、今まで一人暮らしを続けられたのは栗東寮の人数が二人部屋で振り分けたらたまたま一人だけ余って、仕方がないから一人部屋の希望者を募ったところ偶然スズカが当選したというだけのこと。だから新入生がやって来たら寮の基本原則である二人暮らしは免れない――というのはスズカも理解している。理解しているが……嫌なものは嫌である。

 

 しかしすでにスズカの部屋に同居人が増えるのは決まったことなのだ。渋々新入生を迎え入れる準備をして――そして、サイレンススズカはスペシャルウィークと出会い、いきなり着替え中の全裸の自分を目撃される、という中々衝撃的なスタートを切った。

 

(――まだ、顔が熱いわ)

 

 肩で息をするほどの距離と速度で疾走して、落ち着きを取り戻したもののそれでも火照りが残る顔に手を触れて、スズカはスペシャルウィークのことを思い出す。

 

『いえ、先ほどのスズカさんの姿が、とても美しかったなって――』

 

 スズカはよく周りからクールなウマ娘だと言われるが、しかしクールさという点ではスペシャルウィークも負けていないどころか勝っているような、パッと見てどこかミステリアスな面持ちの美形のウマ娘だ。そんな彼女の口から当たり前のようにさらっと出てきたのは、自分の裸体を美しいという賛美である。

 

 スズカは動揺した。嘘でしょ!? と内心大声で叫んだ。体が爆発しそうなくらい熱くなるのを感じて――。

 

『卑猥な意味は、全くないです。純粋に裸体のスズカさんが綺麗だと思っただけなんです』

 

 スズカは全力で走り出していた。走らないと体が本当に爆発しかねなかったから。

 

 いくら同性のウマ娘であっても、大分ラインを越えている発言だ。寮長や理事長に直談判すれば何らかの処分が彼女に降されるのでは、と思うレベルで。しかし不思議とスズカは彼女の発言に一切の嫌悪感を感じることは全くなくて、寧ろ――()()()()()。走りが美しいと言われたことはある、ウマ娘の中でもとびっきりの美女だ、と言われたこともある。走るのに究極的に向いてそうな体型(ひんにゅう)だ、とも言われたことがある。さすがにそれにはスズカであってもキレそうだったが。

 

 ――だが、当たり前なのかも知れないが――裸体を他人に絶賛される、なんて初めての経験で。

 

(……イケメン、無罪?)

 

 ふとスズカの脳内にそんな単語が思い浮かんだ。昔、少女漫画で読んだ中にそんな言葉があったような、あるいはクラスメイト(主にフクキタル)の誰かが言っていたような。イケメンのやることはすべてが肯定され許されるだとかなんだとか――。

 

 スペシャルウィークはイケメンだから、セクハラめいたことを言われても嫌にならないし、それどころか嬉しく感じてしまうのか。少なくとも今までそういった分野に全く興味が湧かなかったからスズカにはその感情の機敏が全く理解できない。

 

 ――とりあえず、走って落ち着いたし部屋に戻ろう。戻って、今一度話し合おうとスズカは決めた。

 

 単純にからかわれた、という可能性もあるし、純粋にスペシャルウィークは女の子の裸が好きな()()()()のウマ娘なのかも知れないが――兎にも角にも話さないことには、わからないではないか。

 

(――でも)

 

 まあ、彼女がそっち系でも別にいいか……とスズカは新しい同居人が特殊な性癖であろうと、なんだが受け入れられる気がした。欲望に任せて襲ってくるようなタイプには見えないから多分、安全だと思うし――。

 

(本当に、不思議なウマ娘――まるでいつの間にか魔法でもかけられたみたい)

 

 だってきっと、魔法でもかけられていなければ――あれだけ嫌で、渋々受け入れるつもりだった新しい同居人への不満が、スズカの心の中から一切の欠片も残さず消えていることの説明がつかない気がしたから。

 

 

 ………

 

 

「――嘘でしょ……スペちゃん、よね?」

 

「度重なるご無礼、何度土下座しても決して許されることではないと思いますが――お願いします、どうか私をトレセン学園に居させてください。私に出来ることなら何でもします」

 

 スズカを部屋で待っていたのは、最初に見せた土下座よりもさらに深々としたそれは見事な土下座を成すスペシャルウィークだ。まあそれはいい。それはちょっとだが予想していたことでもあるが――。

 

「なんで毛色が――真っ黒になってるの…? あとその黒縁眼鏡、なに?」

 

 スペシャルウィークの毛色は元々黒には近かったがそれでも茶色の混じった綺麗な黒鹿毛だった。だが今目の前にいるスペシャルウィークは青鹿毛(黒髪)ウマ娘もびっくりの黒一色に染まったウマ娘と化し――そしてまるで全く似合ってない大きな黒縁眼鏡もかけている。

 

「あの……諸事情で、私の正体を隠さなければならないことになりまして……」

 

「…………スペちゃんは――やっぱり魔法少女なの?」

 

「――はい?」

 

 魔法をかけられたみたいに二人暮らしへの不満が消えた→何故かいきなり青鹿毛化している→正体を隠さなければならない→つまり何か密命を帯びた存在→よって魔法少女的な何か? というスズカの非凡なる天然の発想の飛躍にまるで理解の及ばないスペシャルウィークであった。

 

 6話「ルームメイトは魔法少女」 おわり

 

 

 

 おまけ

  

「マルゼン先輩お疲れ様です! 今日のライブ、とっても素敵でした~!」

 

「なんだかいつもに増して輝いていたっていうか!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 マルゼンスキーはご機嫌だった。彼女を慕うウマ娘達の頭を無意識の内に思わず優しく撫でて、頭を沸騰させてしまうくらいにはそれはもうイケイケでチョベリグでバッチグーである。

 

(ステージからは見当たらなかったけど、あの子――きっと見ていてくれたわよね!)

 

 レース場の観客席へ、たまたま目に入ったウマ娘が居た。どこか不思議な雰囲気を持った、そして運命的な何かを感じるウマ娘だった。しかし、彼女は何故か儚げな表情をしていて――ノンノン、せっかくの可愛らしいウマ娘がそんな顔をしていては駄目じゃない、と普段は平等にファンを愛する彼女には珍しく、そのウマ娘だけに向けてマルゼンスキーは投げキッス(ファンサービス)を飛ばしたのだが――。

 

 そのウマ娘はニヒルに笑顔を浮かべ、二本の指をゆっくりと自分の唇に寄せていき素敵なキス、頂きました、と言わぬばかりのファンサ返しを行ったではないか。

 

 不覚にも――ちょっとやそっとじゃ動揺なんておくびにも出さないマブいアダルトレディーであるマルゼンスキーは、まだ小学生から中学生に上がったばかりにも見える幼い少女が纏うにはあまりにも似つかわしくないその色っぽい仕草にモーレツに()()()()()しまった。レースの全力疾走中と同じくらい、心臓が跳ね上がったような気さえする。

 

 ――だからその日ばかりは、常にファンへの感謝と同じレースを走ったウマ娘への敬意を忘れず全力でウイニングライブを踊るマルゼンスキーではあれど、いつにも増してウイニングライブを輝かせた。まるで、あのレース場で見かけたたった一人の少女へ捧げるように。

 

「そういえばマルゼンさん! 今凄い勢いでバズってる動画があるんですよ! 本当に凄いんです! もう見ただけでマルゼンさんのライブと同じくらい元気を貰えるっていうか! マルゼンさんも見てみませんか!」

 

「へえナウいじゃない。どれどれ――えっ!?」

 

 ふと、とあるウマ娘がスマートフォンに映し出した動画にマルゼンスキーは目を丸くする。それは間違いなくレース場で見かけたあの子だったのだから。

 

「これ、なんでもついさっきこの近くのゲームセンターで撮影されたらしいんですよ! どっちのウマ娘ちゃんも凄くかっこいいんですけど、この黒鹿毛の方がとってもイケてて――!」

 

「……つい、さっき?」

 

「はい!」

 

 ――つまり、私のライブ……見て貰えてなかった?

 

 マルゼンスキーはなんだがじわりと目元が熱くなった気がして、あの子がそれは素敵な笑顔で踊る動画の画面がゆっくりと滲んでいった。激マブで大人な女性であろうと涙は出るのだ。だって女の子だもん。

 

 おまけ おわり




尚、髪を染め似合わない眼鏡をかけたとしてもスペシャルウィークの好感度補正に影響はなにもない。

およそ1章分くらいのストーリーはこれで終わりです。ここまでブクマや感想や評価やここすきや誤字脱字修正を行ってくれた皆様は本当にありがとうございます!お陰様で高いモチベーションを保って創作に励むことができています!引き続き2章も楽しんでいただけるような作品に出来るよう精進を重ねますので、これからもこの作品の応援をどうかよろしくお願い致します!
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