バグで好感度8000%になったスペシャルウィークは愛されすぎて毎日が修羅場です   作:スペペペペ

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8話「私はミホノブルボン。いずれ三冠ウマ娘になる者です」

「……眺めていた、ですか。ええっと、クレーンゲーム――遊ばれないんですか?」

 

 服の上からでもわかるくらい、魅力的で引き締まった豊満な肉体(ナイスバディ)を有する栗毛のウマ娘さんのおおよそ常人とは一線を画す(ちょっとやべぇ)言語センスに動揺しながらも、私は気を取り直してそう問いかける。

 

「ステータス『欲求』及び『興味』を認識。遊んでみたい、という気持ちはあるのですが私には同時に遊べない『理由』が存在します」

 

 彼女はロボットみたいに表情を変えることなく、淡々と業務連絡のような口振りでそう言った。なんだろう財布でも忘れちゃったのかな。トレセン学園の制服を着ているからには同じ学園の生徒の縁、別に1000円2000円くらいなら貸してもいいのだけれど。

 

「私が触れると、ゲーム筐体が破壊されます」

 

 そんなことある?

 

「昔から私が電子機器に触れると機能が停止する現象が多発。そういう体質としか言いようがなく、このクレーンゲームも類に漏れることはないでしょう。お店と他のお客にバッドコミュニケーション『迷惑』をかけるわけにはいきません」

 

 成る程。そういう理由があってずっと彼女は無表情ながらもどこか寂しそうに、クレーンゲームとその景品(プライズ)である箱入り戦闘機フィギュアを眺め続けていたのか。体中に電磁パルスでも流れているのかと疑問が浮かぶようなにわかには信じがたい特異体質だけれど、彼女が嘘をついているようにも見えないし、本当のことなのだろう。

 

 なんという不便さ。ありとあらゆる場所に電子機器が満ち溢れ、もはや人がテクロノジーを利用しているのかテクノロジーに人が利用されているのか哲学的な思想に陥りそうになる現代社会において、恭順することも叶わぬ体質の彼女がどのような日常を送って来たのかを考えるだけで正直、涙が出てきそうになる。だってあまりにも可哀想じゃないか、彼女はこうしてクレーンゲームすら碌に遊ぶことが叶わないのだから。

 

「ステータス『諦観』を確認――残念、です。私には……()()()()()()()()()()()()

 

 そう静かに告げる彼女は、諦めの境地に達しているようで……。

 

「――でも、()()()()んですよね?」

 

 一つだけ、私にアイデアが降りてきた。そのアイデアは正直初対面の相手にすることでは無い気もするが、しかし私は種族としてはウマ娘であり彼女も同様にウマ娘。よってその特有の距離感の近さから考えれば特に問題もないだろう。

 

「……はい。ですが先ほども申し上げた通り――」

 

「じゃあ、こうしてみませんか?」

 

 私はそっと彼女の左手を掴み、私の左手の上に重ねるように置いた。さながらロボットのようなクールな彼女でも、その手はとても温かくて、彼女が一個の生命体であることの証明だ。

 

「ステータス『困惑』と『動悸』を確認。一体何を……」

 

 そしてそのまま私は彼女と手を重ね合ったまま、クレーンゲームのレバーの上に置く。筐体は、壊れることなく無事に動いていた。

 

「――ぁ」

 

「こうやって私が間に入れば、大丈夫みたいですよ。ご迷惑でなければこのまま一緒に遊びませんか? 楽しいですから、クレーンゲーム」

 

 

 ………

 

 

 実の所、数週間前からミホノブルボンは()()()()()()()

 

「――契約は今日限りで終了だ。君がそんなに愚かだったとは……失望したよ、ブルボン。そうやって、無駄な努力で才能を潰せばいい」

 

 ため息を吐いて、たとえ契約を打ち切ったウマ娘が相手だとしてもあまりにも酷な言葉を投げかける初老のトレーナーは、彼女に一瞥もすることなくその場を去っていく。

 

 『マスター』と仰いだ相手に、見捨てられた。

 

 そうなるに至った経緯は自分が撒いた種とはいえど――計り知れない絶望が、ブルボンの純粋無垢な心を支配する。

 

 

 

 ミホノブルボンというウマ娘には三冠ウマ娘になりたい、という誰にも譲れない夢がある。それは幼い頃からどこか自己が希薄で、他人の言う事(リクエスト)ばかり聞いて生きていた彼女が初めて自ら思い抱いた夢だった。しかし、残念ながら彼女には()()()()()()という才能がなかったのである。

 

 ブルボンがウマ娘の女神様から与えられた適性は短距離(スプリント)。その才能たるや彼女の走りを見るものは絶賛し、将来の短距離G1ウマ娘として輝く彼女を夢想させるものだったが――頑なにブルボンは短距離だけを走ることを拒否した。

 

 三冠対象(クラシック)レースは2000m(皐月賞)2400m(日本ダービー)3000m(菊花賞)と全てが中距離以上。ブルボンの夢はそれらのレースをすべて勝利することだ。その為には()()()()という険しく高い壁を壊さなければならない。短距離レースでは重視されない徹底したスタミナトレーニングが必要だ。

 

 その為にブルボンは、クラシックレースでも確かな実績を持つベテラントレーナーと担当契約を結んだのだが――現実は残酷である。どれだけスタミナトレーニングを重ねても結果がついてこない。どれだけストイックに努力しても、まるで距離適性が伸びない。このままでは埒が明かないと夜間の自主トレーニングに努めてみても結果は同じ。距離適性を僅か100m、200mと順当に伸ばしていくだけのことが――出来なかった。

 

「君に長距離は向いていないんだブルボン。君に夢があるのはわかる、それに向かって誰よりも本気で努力していることも理解している。けれどスプリンターに長距離は走れない――常識なんだ。貴重な才能を捨てるような()()()()()は止めてくれ。何より――これ以上はもう、君が苦しむだけじゃないか」

 

 夢を諦めろ、才能を活かせとトレーナーは言う。それでも、ブルボンは諦められなかった。諦められないから夢なのだ。夢に向かって走り続けていれば苦しいことなんて何もないと、そうした衝突が増えていったある日――。

 

「これが最後だ、ブルボン。君の長距離適性を今一度試す。これで君が走りきれず、それでも尚長距離レースを目指すというのなら――」

 

「……了解しました、マスター」

 

 それが、ラストチャンスだということはブルボンにもわかっていた。これで結果を出せなければどうなるか――ブルボンはテストレースを走った。心臓が破れても構わない、そんな形振りさえも構わぬ程の全力を出した――しかし、結局ブルボンは全くと言っていい程に長距離を走りきることができず――上記の言葉を吐き捨てられて、契約関係はご破産。

 

 ミホノブルボンは、独りになった。

 

 翌日にはブルボンの契約解除は知れ渡っていて、ブルボンの才能に目をつけていた何人かのトレーナーは担当契約を交わしたい、と持ちかけたが三冠を諦める気がないと知ると「君ほどのウマ娘が勿体ない……」「三冠以外にだって夢を見られるレースはあるだろうに」「たった一人だけで夢を見てどうするんだ」とブルボンのあまりのスプリンターとしての才能に対する口惜しさから、そんな言葉を零して引き下がっていく。

 

 誰も、ブルボンの夢を、そして思いをわかってくれない。

 

 それでもブルボンは走った。一人きりになっても走った。たとえトレーナーに見捨てられることがわかっていても、夢を捨てなかったのが己なのだ。ずっと努力を重ねてきたが、きっとそれでもまるで努力が足りなかっただけに違いない。もっとトレーニングの数を増やそう、もっと自分を追い込もう。でなければ私は――。

 

(エラー、エラー、エラー、エラー。出力低下を確認、コンディションオールレッド。ステータス『不安』『不全』『不調』『不能』――調整は、壊滅――)

 

 ばたり、と練習場のダートの上でブルボンは倒れこんでしまう。一人で無茶をした結果、身体のあちこちが痙攣していて、何も言うことを聞いてくれない――ブルボンは今まで夢に向かって走り続けて、どんなスパルタトレーニングを己に課して実行しても、決して思わなかった言葉が二つだけある。どれだけ体力を消耗しようと意識しなかった言葉がある。

 

 しかしその言葉をブルボンは、独りきりになって――きっと、生まれて初めて思ってしまった。

 

 ()()()()()

 

 彼女の心の折れる音が、冷たいダートの上に響いた気がした。

 

 

 

 それがつい数日前の出来事。

 

 ダートの上で倒れていたブルボンはたまたま通りすがった教官に発見され、無茶なトレーニングをしすぎだ、と叱咤を受けてしばらく強制休養の沙汰を申し付けられてしまった。そうなるとブルボンには、精々学業に励むことくらいしかやることがない己の空っぽの日常に気づいて、なんだか自爆スイッチを押して木っ端微塵になりたい気分になる。そんなものはウマ娘には搭載されていないが。

 

 特に仲がいい、というわけでもない関係性ではあったけど、いつも以上に様子がおかしいことに気づいた同室のウマ娘*1にも心配されて、気分転換に外で遊んで来てみてはどうかという打診に従い、ブルボンはここ数日間授業が終われば当てもなく街に繰り出していたのだが――。

 

 大した目的もなくトレセン学園の外に出向いても、フラフラと彷徨うだけで何も気分が晴れない。そんな中、ふとゲームセンターの前を通りかかった際に壁に貼り付けられた『あの名作SFアニメのプライズ復刻!』というポスターがなんとなく目に映り――吸い込まれるようにブルボンは店内に入っていた。

 

 そしてクレーンゲームコーナーに足を運べば、そこにあったのは小さい頃に無骨だが優しい父親と共に熱中して視聴していた、とあるSFアニメで大活躍した宇宙戦闘機だ。懐かしい、とブルボンは思った。縦横無尽に宇宙を駆け回り、ばったばったと敵を撃ち落とすその勇姿はミホノブルボンの『格好良さ』の原点とも言えるもので、G1レースの大舞台でウマ娘が身を包む大事な大事な勝負服もデザイナーにこの戦闘機のようにして欲しい、と委託したくらいである。

 

(――私には、あの勝負服を着る資格がありません)

 

 とあるクラシック三冠ウマ娘のレースを見て、ブルボンは果てない情景を夢見た。まるであの宇宙戦闘機の姿が重なるかのような、ターフを力いっぱいに駆けるその姿に憧れ、私もいつかあんなウマ娘になりたい――そう思って努力してきたつもりだった。

 

 けれど、結果はこの有り様だ。夢に近づくどころか、トレーナーには見捨てられ、頑張れば頑張るほど距離適性という現実が迫ってくる。

 

 自身の選択は、間違えていたのだろうか――もう二度とマスターとは呼べなくなってしまったあのトレーナーの言うように、ウマ娘は与えられた才能に従い、分を弁えて走るべきだったのだろうか。運命という物があるのなら、それには決して逆らえず、抗えないのだろうか――。

 

(現に私には、この景品を取ることすらできない)

 

 昔から何故か電子機器に触ると壊れる、という呪いのような体質を持っていたブルボンは、クレーンゲームに触れることすら憚れる。しかし絶対に壊れる――というわけでもなく、現にブルボンはスマートフォンを所有しているが1ヶ月に2、3回クラッシュしてデータが飛ぶ程度の被害で済んでいる。

 

 だから、ひょっとしたらこのクレーンゲームも壊れないかも知れない――という可能性もあった。けれどもその一抹の可能性にかけてゲームに触れ、壊してしまったらお店に多大な迷惑がかかってしまうし、自分のようにこの景品が欲しいと思ってやってきた者が稼働停止しているクレーンゲームを見たら悲しい思いをするだろう――と考えたら、とても触る気にはなれなかった。

 

 まあ、クレーンゲームの奥には景品である宇宙戦闘機の箱がざんばらな山積みのままそびえ立っているのを見ると、あまり景品として人気がないようではあるけれど。こんなに格好いいのに、とブルボンはさらに胸が締め付けられるような気持ちになってしまう。

 

 だから、ブルボンはずっと眺めていた。何をするでもなく、何もできないからずっと、ずっと惨めな思いを抱えて眺めているだけで――。

 

「あの、どうかされたんですか? 先ほどからずっとここにいるようですけど……」

 

 そんな時だった。青鹿毛の黒い髪を靡かせて、ファッションなどに疎い自分が断言するのは至極失礼だろうとブルボンは思うけれど、なんだか微妙に似合ってない眼鏡をかけた、不思議な雰囲気を纏うウマ娘が現れたのは。

 

 

 ………

 

 

 先程から、ずっとブルボンの心臓は高鳴っていた。トレーニング中のような息が上がって体中に酸素と血液を巡らす為の伸縮運動とは明らかに違う。

 

 それは初めてクレーンゲームで遊べたという喜びもあったけれど、それ以上に自分が彼女の背後から覆いかぶさるような、あたかも二人羽織に似た形で身体が触れ合ってしまっている目の前のウマ娘の体温がとても暖かかくて……彼女の手の平に自分の手を重ねる感触が、とても心地の良い柔らかさがあったから――ドキドキが止まらない。

 

(――ステータス『幸福』を、確認……?)

 

 感情の機微に疎いブルボンでも、それが明確に幸せな気持ちであることが認識できる程だった。初対面の相手なのにも関わらず自分の体を預けてしまう彼女の距離感の近さに驚きつつも、クレーンゲームに直接触れられないなら私を通して遊べばいい、と行動してくれた無限に湧き出る湖のような優しさが、ブルボンの壊れかけた心に染み込んで、ゆっくりと癒やしてくれているかのようで。いくら同じトレセン学園の生徒の好みであろうとも、あまりにも優しすぎる。

 

 しかしそれにしたってどうしてここまで――いっそ言葉にしてしまえば『興奮』していると言っても過言ではないくらいの気持ちになってしまうのだろう? 異性相手なら、まだ理解できる範疇である気もするが、しかし相手は同性のウマ娘。ブルボンにはよくわからなかった。わからないけれど。

 

(もっと、この触れ合いを希望します――)

 

 願わくばこの時間がずっと続いて欲しい、と願う自分が確かにそこにいた。

 

 

 

「うーん、取れませんね。ペイアウト高いのかな」

 

「……ペイアウト?」

 

「ええ、私も今日知ったばかりなんですけど――こういう、アームの力が途中であからさまに弱くなるクレーンゲームは確率機と言って、ある程度お金を入れないと取れないようになってるみたいで」

 

 そういうシステムなのですか、とブルボンは先程から持ち上がりはするがすぐにアームが離してしまい、最初の位置からあまり動いていない景品を見て納得した。まあゲームセンターも商売なのだから、上手いプレイヤーであれば全て1プレイで取れてしまうような仕組みにはできないのだろう。

 

 もうしばらく取れないで欲しい、と願っていたブルボンには逆にありがたくはあったけれど、ちょっとズルいとも思ってしまうような複雑な気分である。

 

「それでも、お金は必要ですがいつかは確実に収得が可能と分析します。ステータス『羨望』を確認――私は、クレーンゲームが羨ましい」

 

「……どうしてですか?」

 

 彼女が少しだけ首を傾げながらこちらの方へ向いたので、ブルボンの心臓はさらにドクンっと跳ね上がる。何故ならほぼ身体を重ね合わせているような格好の都合上、彼女の顔がとてつもなく近いからだ。ブルボンは胸が波打っているのを悟られなくて、できるだけクールに努めながら返答を返す。

 

「私には、夢がありました。三冠ウマ娘になるという夢が――ですが、私の本質は短距離向き(スプリンター)……努力を重ねたつもりですが、距離適性はまるで向上しませんでした」

 

「……」

 

「……努力をすれば、夢は叶う。どれだけ可能性が低くとも努力ですべてが覆せる――そう信じていましたが、やはり短距離向き(スプリンター)長距離向き(ステイヤー)には成り得ない。運命は変えられない。常識には、勝てません」

 

 彼女は、静かにブルボンの言葉に耳を傾ける。

 

「……だから、いつかは目標を必ず達成できるクレーンゲームが羨ましい。私は時にサイボーグというあだ名で呼ばれることがありますが――同じ機械なら、クレーンゲームのようなマシンになりたかった。私がやってきたことは――()()()()()だったのですから」

 

 ――果たして、私はスラスラとこんなに弱気な発言が口から飛び出すウマ娘だっただろうか? とブルボンは自問自答する。今まで、弱音なんて吐いたことはなかった。苦しいと思ったことも、辛いと思ったこともなかったのに、初めてそれらを思ってしまったあの日から、完全に心が折れている。

 

 人生で笑ったことなんて覚えている限りでは数える程しかなかったけれど、実に笑い話だとブルボンは思った。この程度のウマ娘が三冠を夢見ていたというのだから。今なら、自分への失笑で笑顔になれそうな気さえした。なのだが、目が痛い。

 

「――夢を、諦めちゃうんですか?」

 

 哀れみが含まれているわけでもなく、かといって慰めが含まれているわけでもない凛々しい声で彼女は問う。

 

「……わかりません。今の私は、何も……」

 

 対してブルボンの声は今にも消えてしまいそうな程、か弱いものだった。

 

「そうですか……じゃあ、こうしませんか。次の1プレイで、いっそクレーンゲームにすべての命運を委ねてみるというのは」

 

 彼女の提案に、ブルボンのウマ耳がぴくりと揺れた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それ、は……」

 

 そのギャンブルじみた提案は、あまりにもブルボンのこれからを決めるには、刹那的すぎるように感じてしまう。結果としては現在のどん底のような有り様で、自分自身今までやってきたことは無駄な努力だったと自嘲しても、それでも今まで積み重ねて来た物を心の底から否定できているわけでもない。

 

 1プレイのクレーンゲームの結果などに、果たしてこれからの運命を委ねてもいいものか? しかも先程までのアームの弱さを鑑みるに、確実にまだまだ投入金額が足りないことは明白だ。取れない可能性の方が遥かに高いに決まっている。

 

「だけど、もし取れたら――それは、()()を覆せる証明になりませんか?」

 

 まるでブルボンの心中を見透かしたような口振りで彼女は言った。彼女は魔法使いか何かだろうかとブルボンは驚きを隠せなかったが――それでいいかも知れない、と肩の力が抜けるような気がした。

 

 確かにそうだ。これだけ努力をしても距離適性が伸ばせないのなら、突然新しいトレーニング方法を思いついたり、いきなり長距離走法のコツを掴んだり、自分の距離適性を伸ばせるトレーナーが都合よく現れたりといった奇跡でも起きない限り夢の三冠達成は不可能だろう。

 

 もしも、取れる確率の方がはるかに薄いはずの次のプレイで景品が取れたのなら――これからそんな沢山の奇跡が起こって、運命なんて覆せると。何よりも――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ブルボンはもう一度、自分を信じられる気がするのだ。

 

「ミッション了解――次の一投に私の命運を賭けて、クレーンゲームを開始します」

 

「わかりました。では、少しだけ私の右手を離して貰っていいですか?」

 

 え、やだ――とブルボンは反射的に思ったが、しかし渋々と彼女の言う通り手を離す。すると彼女は空いた手でおもむろに自分の眼鏡を取り外して、クレーンゲームの筐体にそっと置いた。

 

 この日、間違いなく一番と言えるくらい盛大にブルボンの心臓が跳ね上がる。

 

 こんな表現は月並みだろうけれど、顔の作りは愛らしいのに、凛と音さえ聞こえてくるような堂々たる顔つきがあまりにも格好良く見えて。まるで紫水晶(アメジスト)のような輝く瞳が、あまりにも美しく――そして、不思議とどこかで見覚えのあるような目をしていたから。

 

(――ステータス……『不明』『不明』『不明』『不明』『不明』『不明』。心のエラーが止まりません)

 

 ブルボンの理解の範疇を超えている。眼鏡っ娘とは、眼鏡を外しただけでここまで変わって見えるようなものなのだろうか。眼鏡っ娘って凄い、ブルボンは心の記憶媒体に新たな常識をインストールした。

 

「お待たせしました。さぁ、始めましょう――どうぞ手を」

 

 激しい動悸できっと火照ってしまったであろう手を、ブルボンは再び彼女の手の平の上へ重ねる。柔らかくて、すべすべで――そしてやっぱり優しく心地のいい温かさに満ちていた。

 

 そして運命のゲームが開始される。このたった1プレイで全てが決まるのだ。サイボーグの異名を持つブルボンであれ、緊張に身体が武者震いを引き起こしそうだった。

 

 ブルボンはそっと、重ねた彼女の手を動かすように力を込めて――あれ? と、先程まで合わせるように手を動かしてくれていた彼女が、頑なに手を動かさないことに気がついた。

 

「――()()()()()()。本当は、やろうと思えば最初から出来たんです。でも、これはあまりにも正攻法じゃないし、下手すると私だけじゃなくあなたも出入り禁止になってしまうから、やっていいのか迷ってました」

 

 彼女は、ブルボンの意思に反して自ら手を動かしていた。アームはウィーンと機械音を上げて、先程まで取ろうとしていた景品を通り過ぎ――()()()()()()()()()()()()()()にぐんぐん進んでいく。

 

「でも、やることにしました。常識だとか運命なんて――そんな()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうしてクレーンがおそらく最奥まで達したのであろう停止し、そのまま下がって行くと乱雑に立ち並べられた景品の端にアームが引っかかり――()()()()()()と景品が雪崩のように崩れ落ちてしまったではないか。

 

「これは――」

 

 大量に崩れ落ちた景品は勢い余って2個ほどポケットに滑り込み、ガシャンガシャンと心地よい音を奏でながら取り出し口に落ちていく。彼女の言うように、おおよそ正攻法とは言い難いゲット方法ではあったけど――確かに、景品は取れたのだ。

 

「勿論、これでも確実に取れるって保証はなかったですけど――普通にやるよりは、遥かに取れる確率が高いと思いました」

 

 彼女は取り出し口から景品の宇宙戦闘機の箱を取り出して、ブルボンの前に突き出す。ブルボンがずっと欲しかった物が今、目の前にあった。

 

 クレーンゲームをよく知らないブルボンでも、今の取り方はおそらく彼女の言うようにあまりよろしくないものだと理解できる。しかしブルボンの疑問は尽きないのだ。何故、彼女は下手をすれば店から出入り禁止を言い渡されるような方法まで使って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうして彼女は、見ず知らずの自分にここまでしてくれるのだろう。

 

「私は、あなたのことをよく知りません。あなたがどんな走りをするウマ娘なのかも知りません……でも、これだけはわかります。あなたは――本気で努力してきたウマ娘だって。そうやって――()()()()()()()()()()()()()努力してきたんでしょう?」

 

 ――泣く? ブルボンはそっと目元に手を当てると――ひんやりと、冷たい水滴の感触がした。

 

「確認を所望します。私は、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「――えっ。気づいてなかったんですか? 無駄な努力とか何とか言ってた時から、かなり泣いてましたけど……」

 

 ブルボンに羞恥という感情がインストールされた。

 

 それにしても、涙を流すなんて果たしていつ以来なのだろうとブルボンは物心ついた時を節目に己の人生を振り返ってみても、思い浮かばなかった。感情の機微に疎く、子供の頃からトレーニング漬けで、情緒が育っているとは言い難いそんな自分が、わけのわからないまま泣いてしまっていたとは。

 

「つまり――あなたは私に、同情してくれたのですか?」

 

「……今から、勝手なことを言いますね。さっきも言いましたけど、私はあなたが努力して来たことしか知りません。他は何もわかりません。だからあなたは三冠ウマ娘になれる、なんて事も言えません。でも――」

 

 彼女は、すぅっと息を吸って――力強くも優しい眼差しを携えながら、言った。

 

「これだけは、言えます。三冠ウマ娘になって欲しい! 夢を叶えて欲しい! だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 ――その瞬間、ミホノブルボンの絆ゲージが壊れた(瞳から涙が溢れ出した)

 

 

 

 思えば、親元を離れトレセン学園に来てからいつの間にか一年の月日が経過して。

 

 その間に自身の夢を誰かに応援されたことなど、久しく覚えていない――当初は、ウマ娘の夢を応援する教員の方々や、夢や憧れを共有するクラスメイトから頑張れ、できるよ、と言われたような気もする。

 

 しかしブルボンに短距離の才能があるとわかってから、長距離の素質が全くないとわかってから――誰も、ブルボンの夢を応援することはなかった。

 

 才能を捨てないでくれ。

 

 長距離は君には無理だ。

 

 もったいない。

 

 違う夢を見て欲しい。

 

 ――かつて交わした、ブルボンの父親との会話の記憶が脳裏に蘇る。

 

『お父さん――私、私……三冠ウマ娘になりたいです』

 

『……! そうか、ブルボンは、三冠ウマ娘になりたいか。それなら、頑張って目指そう。三冠ウマ娘を。お前は頑張り屋だ、だから絶対に大丈夫だ』

 

 厳格で、無骨だけれど――誰よりもブルボンに優しく、そして愛してくれた父。ああ、そうか。とブルボンは思い出した……彼女の力強くも優しい目は――そんな父に、よく似ていたんだ。

 

「――最後に、少しだけ、少しだけ……希望をオーダーしても、よろしいでしょうか」

 

「はい、私に出来ることなら」

 

「頭を、撫でてください。そして、私の名前を呼んで、頑張れ――と言って欲しいのです」

 

 かつて、ブルボンが幼き日、父がそうしてくれたように。そうすればきっと、もう一度立ち上がれるから。頑張っていけるから。もう二度と、折れない自分で居られるから。

 

「わかりました――でも、今更で恐縮なんですが」

 

 ふふっ、と彼女は少しだけ照れくさそうに小さく笑った。

 

「自己紹介、してませんでしたね。私はスペシャルウィーク――今日トレセン学園に入学したばかりの新入生です。あなたは?」

 

 成る程、確かに今更だった。こんなにも触れ合っていたのに、まだお互いの紹介すらしていなかったなんて。それがなんだがとてもおかしくて、ミホノブルボンはとても綺麗な笑顔を浮かべながら――しっかりと答えた。

 

 8話「私はミホノブルボン。いずれ三冠ウマ娘になる者です」 おわり

*1
ニシノフラワーはまだ入学しておらず別のウマ娘。




尚、好感度補正8000%のスペシャルウィークとの濃厚接触は重度の精神的依存性が高まる恐れがあり大変危険である。

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