カロンへの賄賂   作:キサラギ職員

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ルビコンを越えろ


『ゼロ時間へ』
カロンの渡し賃


「また来たのか」

 

 地球ではない、どこか。遠い未来。人類が地球圏を飛び出して、その版図を宇宙に広げた、まさに黄金の時代においても、暗闇は確かに存在した。

 明かりがともされる。俯いた、二足歩行の巨大な姿。一つ目のサイクロプスが傾ぐ、その傍らに、タブレット端末を持った胡散臭い薄汚れた白衣を着込んだ男が佇んでいる。

 

 そして、杖を持った一人の老人が、静かに部屋へと入って来た。

 

「よくもまあ、飽きないことだ」

 

 ありふれた戦場。そのどこかにて、猟犬の異名を取った三匹が、今まさに敵陣地へと攻撃を仕掛けていた。

 

『ハウンズ、作戦領域到達』

 

 フェーズ1、敵陣地への侵攻。可能な限りセンサーを掻い潜り肉薄することだ。

 フェーズ2、直接攻撃。ガトリングを持った巨人――――機動兵器、アーマード・コアが、今まさに、敵陣地へと突撃を敢行していた。他にも二機いた。装備はバラバラだったが、敵弾を掻い潜って突撃しているという点では一緒であった。

 

『高熱源反応』

 

 それに、満足に動かせる肢体はなかった。ただ樹脂製の構造物に肉体を固定され、パルス受信装置と脳電気信号装置によって機体を動かすことだけを想定された、ものと化していた。それに、ろくな感情と言うものは――――あるいはあったのかもしれない。

 敵陣地から放たれるプラズマビームを緊急的にブーストで回避した巨人は、更に速力を上げた。

 

 

「617達はその後、どうだ……」

 

「ハンドラー・ウォルター」

 

 

 

「……617は健在だ」

 

 

 

「ああ、では」

 

 

「他は死んだか」

 

 

 

「まあいい、在庫処分の手間が省ける」

 

 

 

 そして、ここに歴史が一点だけ切り替わる。たった一つのイレギュラー。たった一つの相違点。

 

 

「C4-617、行け」

 

 敵弾を躱したC4-617が機体を駆動させていく。ひらりひらりと躱す様子はまるで踊るようで。アサルトブースト起動。火炎を帯びてふわりと舞い上がるや、仲間が放った垂直発射型ミサイルが敵防衛設備を蹂躙する様を観察する。しかし、彼、あるいは彼女は発射されるプラズマビームを回避すること叶わず、命を散らしてしまった。

 

『619生体反応ロスト』

 

 死んだ。あっけなく死んだ。

 ああでも、それも悪くなかったのかもしれない。生前の彼、あるいは彼女はこう言っていた。

 

 

『好きなように生き、理不尽に死ぬ。それでいい』

 

 

 

 けれど、そう。生きて居なければ、戦えない。我々の目的はたった一つ。飼い主の敵を打ち砕き、あらゆるものを蹂躙するためにいるのだから。目的などない、意味などない、ただ冷凍処置され続けて埃を被る無意味な生に、『意味』を与えてくれたあの人に報いる為に。

 

 パルスシールド展開。敵弾に耐えつつ射撃戦に持ち込もうとする617は、しかしシールドに被弾するや否やパージして、スピンした。回転しつつ、パルスブレードを起動する。まとわりついてくるミサイルの群れをあろうことか薙ぎ払うことで対処。破片が次々機体に突き刺さるも、無視してアサルトブーストを起動した。

 

 見えて来た標的は、カタフラクトという重装備の特務機体。戦車を大型化し、各種装備を拡充したそれは到底“AC如き”で倒せる兵器ではなく、しかし617は怖気つかない。

 

「機能以外は死んでいるものと……」

「御託はいい、起動しろ」

 

 “医者”の言葉を遮って、老人は低く、しかしよく通る声で号令をかけた。

 

『サキ ニ イッテイル』

 

 短い文章が送られてくる。死なぬものはいない。あるいは、死をも超越した先があるのかもしれないが、生身の肉体を使う以上、滅びは避けられない。レーザーキャノンを近距離から浴びせかけられた620の機体が瞬く間に蜂の巣になり、肢体がはじけ飛ぶ。

 

『620 反応ロスト』

 

 

 

 

 

 

「とどめを刺せ」

 

 

 

 

「617」

 

 

 

 

 突撃。敵のガトリングを掻い潜りつつ、弱点である無限軌道の中央、制御装置でもあるコアMT目掛け、肉薄する。ブースト起動。空中でハイGのかかる急激な操作。強化人間でなければ口から内臓がはみ出ているであろうそれによって、散弾を回避する。

 ゼロ距離。右腕に握られたガトリングガンを押し付け、白熱するまで撃ち続ける。撃ち続ける。撃ち続ける。過熱警告。すかさず、その穴だらけになったコアMT目掛け、拳を叩きつけると同時に、離脱しながらブレードを放った。

 コアを失えば、もはや制御など効くはずがない。汎用性を求め、コアMTを採用した、その欠点が明らかになっていた。

 

「回避しろ、617」

 

 返す言葉など、そもそも、喋ることすら難しい身である。

 大型の砲塔がプラズマビームを照準してきているのを、アサルトブーストで横に回避すると見せかけ、脚部めり込ませてドリフトターン。

 

『………』

 

 超高温のビームが機体を掠める中、空中へと踊りだす。

 

 コア機能作動。アサルトアーマー。全方位にまき散らされるパルスの波が辺り一帯を制圧した。

 

 

 

『ターゲットの消滅を確認』

 

 

 

 

「617、よくやった。ミッションは完了だ」

 

 

 

 

「帰って休め。それが今のお前の仕事だ」

 

 

 

 

「621………お前に意味を与えてやる」

 

 

 そうして、歴史は動き始める。イレギュラー、すべてを焼き尽くす黒い鳥。あるいは、希望。あるいは、自由意志の表象。

 拘束具が解かれ、解凍処置が完了した。アーマードコアと直結しているシステム群が目覚め、彼、あるいは彼女の意思によって、機体のメインシステムを起動する。一つ目の巨人のカメラアイが動き、自らを見上げて来る男の姿を見遣った。

 

 

「仕事の時間だ」

 

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