覚醒。それはその人物のコーラルデバイスが起動したことを意味する。そうでなければ生きられない。そうでなければ、戦えない。そういう風にできているのだ、強化人間という生き物は。あるいは、ヒトは戦う為の体を持っている、そうとでもいうのだろうか。
巨大なリング構造物を有する、惑星ルビコン3。大気圏外、衛星軌道上に位置するそれは、衛星圏外への突入を可能とする強襲降下を目的として設計された、突入カプセルだった。
『ルビコンが近い。二人を起こしてくれ』
COMがすぐに応じた。
『了解です。ハンドラー・ウォルター』
カプセルは一つ。いや、二つ、先頭についている。本来であれば惑星間戦争の為に開発されたそれを、どうしてハンドラー・ウォルターが持っているのか。そしてなぜ、密航しないといけないのだ。答えは簡単だ。惑星ルビコンは、立ち入り禁止の禁域だからである。
ルビコンで起こった、アイビスの火。それは惑星系ごとに重大なダメージを生じさせる大火であり、多くの記録が失われた今、もはやほとんどの人が原因さえ理解していない。
ごく一部を除き、だが。
突入カプセルはブースターを停止させると、各所のスラスタを使い軌道修正に入った。
『脳深部コーラル管理デバイスを起動』
『C4-621および、617の起動を確認しました』
意識が目覚める。その瞬間は眠りから覚めるに等しい。体感時間ではほとんど経過していなかった。ここが宇宙で、ルビコンと言う惑星の軌道上にいる。それがわかれば必要十分であった。
航行ブースター切り離し。加速用ブースターに点火。カプセルが突入軌道に入った。
『621、617、仕事の時間だ。突入カプセルの電源を落とす。後は合図を待て』
了解を意味する単語を送信しようとしたが、文章化できない。二人ともそうだ。命令を聞き、実行する。その程度の機能しか残されていなかったのだ。
『今だ、起動しろ』
惑星への侵入を検出した衛星砲が軌道を開始する。衛星下部に設置されたランチャーが、突入し、減速ブースター点火に入ったカプセルを狙撃した。
狙撃は辛うじてはずれ、二名を乗せたカプセルは無事に所定の軌道へと入っていく。
『落下地点は予定通り。そのまま行け、621、617』
衛星砲の射程を抜け、ルビコンの大気圏へと突入していく。プラズマ化した大気の為通信が乱れるも、それも想定内だった。
カプセルの爆砕ボルトが作動し、中身をパージする。二足歩行型兵器、アーマード・コアが大気に晒される。双方ともに同じ装備で、全く見分けがつかない。はずなのだが、念のために命名がされていた。
ハウンズ1、黒塗りの機体。C4-621。
ハウンズ2、赤塗りの機体。C4-617。
探査用のパーツに、ライフル、ブレード、ミサイル。オーソドックスで最低限の戦闘を行える、ウォルターからの贈り物だ。
ルビコンに構築された超巨大建造物の表層を貫き、二機が着地する。そこはグリッドと呼ばれる構造体の内部であり、二機はほぼ同時、同じ地点へと降下することに成功したのだった。
『ISB2262 惑星ルビコン3に到着』
『グリッド150。想定通りだ。汚染都市が見えるか?』
機体を起動させた二人は、言われるままにカメラアイを外界へと向ける。
なるほど、遠くに荒廃した巨大都市が広がっているのが見える。
そこからは簡単だ。主を失ってもなお徘徊を続けるガードメカを適当にあしらっていき、汚染都市に降下していく。
巨大なタワーから飛び降りる。そうしていくと、もはや人が住んでいる気配などないその地点へと降りることができる。
『この
そう言われ、わずかに二人は反応を示した。もはや過去など思い出せないが、あるいは、過去を取り戻すことができるようになるかもしれない。それには莫大な額の金額が必要となってくるのだ。
『降りたか。密航者には、身分証が必要だ。地点は既に割り出してある。二名分が必要だ。まずは地点aへ急行しろ、621、617。操作方法には慣れておけ』
強化人間相手に随分と親切なものいいをするのだなと、617は死んだ脳細胞をフル回転させて考える。戦い以外のことをそぎ落とされているとはいえ、多少の余力はあった。
機体を進ませていくと、二足方向のガードメカが群れている。
『サキニイク』
短く文を打って来る、621。既に言語機能を取り戻しているあたり、相当に慣れが早い。返すことなどできない617はしかしぴったり背後につけていた。ターゲットマルチロック。二機が同時に1機4発のミサイルを放ち、ガードメカを吹き飛ばす。盾持ちが姿勢制御を奪われ硬直しているところへと、617の赤い機体が既に飛び込み蹴りを見舞って葬っていた。
さらに進むと、破壊されたACが擱座していた。コアは無事なようだった。
『アクセスする……独立傭兵名、カロンブライブ………機体名、ファイアバード』
『ソレデイイ ソノ ヨウヘイメイ ト キタイ メイ デ イイ』
やっと、言語野の機能が戻って来た。カロンへの賄賂とは、また皮肉な名前だ。もう半分死んでいるような自分には丁度良いではないかと思ったのだ。
『お前がそういうならそれでいい。カロンブライブ。それが暫定的な傭兵名となる。次を当たれ』
二機が離陸する。市街地。戦闘ヘリが周回するその場所は、ルビコン解放戦線のゲリラが拠点にしている場所であった。
ACは無敵の兵器ではないが、一般の兵器、対人兵器に対して遅れを取る様なことはあり得ない。
既に617はライフルでヘリをカトンボのように叩き落し、突撃している。臆すれば死ぬ。そんな風な戦い方は、617特有のものだ。
対する621は距離を開けた射撃戦闘を展開するのだが、ヘリのコックピットのみを狙って撃ち、人型MTに対しては脚部を撃ち、前傾したところで一気にブレードで膾切りにするなど、とにかく殺意が高い戦術を駆使する。
開けた場所に出た。一機のACが擱座している。
621が通信をしてくる。
『ワタシ ノ キタイ』
『リョウカイ』
こちらで見張るからと了解の意思を示し、そして解析に掛からせる。
『登録番号Rb23傭兵ランク圏外……識別名は……レイヴン。機体名、
既に迎撃に入っている。二機は緩やかに機動を取りまずは様子を窺った。
ACを超える全長と高さを誇る、AH12という識別名の汎用ヘリである。機動兵器を搭載できるほか、地上の爆撃にも使われる。探査用の心もとない機体では少々不利な相手ではあったが、逃げ切れる相手でもない。
惑星封鎖機構。人類の政府が作り上げた組織。ルビコンを封鎖し、侵入者を排除する為の組織である。
『封鎖機構とやり合うのは本意ではないが……今ならお前たちが特定されることもない。目的のものは既に手に入った。あとはそいつを落とせ』
『リョウカイ』
『リョウカイ』
ミサイルが降り注いで来るのを、二機はアサルトブーストで足元に潜り込む。建物のヘリに足をかけて、通称ブーストドライブと呼ばれる戦闘機動を発揮。まずは一太刀、ネモが攻撃を仕掛ける。
そして、その傷口にアサルトライフルを叩き込み、上を取ろうとアサルトブーストを使用するも、既に敵は離脱している。
ヘリなのだ、ローターさえ壊せば墜落するだけだ。それをわかっているのだろうが、リロードの完了したミサイルを叩きこまれてはたまらない。姿勢を崩し、制御を失ったところで、621のブレードがコックピットを貫いていた。
完全に飛行能力を喪失した機体はふらつきながら飛んでいき、派手に斜面に衝突して爆発炎上、動かなくなった。
『惑星封鎖機構SG、大型武装ヘリの撃墜を確認した。ミッションは完了だ。戻って休め、レイヴン。カロンブライブ』
そして二機は、拠点型の大型ヘリが飛んでくるのを見た。ハンドラー・ウォルターがこの惑星における拠点として用意したもので、これを使い、各地へと繰り出していくことになるのだろう。
ヘリが徐々に高度を下げてくるのを、静かに見守る。